「父さん、母さん、真由……久しぶり」
真は岬の丘に造られた慰霊碑に花を添えて話しかけた。
十年前、白騎士事件の際に日本を脱出しようとした船舶が事故を起こして沈没した。
そういう名文で建てられた慰霊碑だが、それが真実ではないことを真は知っている。
「…………」
何を言うでもなく、ただその慰霊碑の前にたたずむ。
彼らの墓は別の場所にあるが、真は何故かこちらの慰霊碑によく足を向けていた。
不意に袖を引かれて真は振り返る。
「犬……?」
そこにいたのは一匹の老犬だった。
黒く薄汚れた老犬はジッと真を見つめて、踵を返した。
「何なんだよ?」
人の気を引いておいて、何事もなかったのように歩き出した老犬に真は首を傾げる。
「お前、怪我してるじゃないか?」
改めて見て、真は思わず声をかけた。
全身が薄汚れていて、後ろ足の片方を引きずっている。
首輪をしていることから飼い犬だと分かるが、とても人に飼われている様子の犬ではなかった。
老犬は真の呼びかけを無視して歩き続ける。
その歩みは遅く、力なく歩む様は風前の灯のような印象を感じる。
「どこに行くんだよ?」
何故か、目を離せなかった真はその老犬の後についていく。
帰巣本能。
捨てられた犬が遠く離れた場所に行ってしまった飼い主の下に帰るという話を真は思い出す。
その類なのか、しかしそれにしては老犬が自分に寄り道をして行った理由が分からない。
海岸線の道路から砂浜に降りて、そのまま浜辺を歩く。
そして、浜辺から岩場に登ろうとする老犬は足の怪我もあり、右往左往する。
「仕方ないな」
岩場の上に持ち上げてやろうと、老犬の身体を抱えた真は思わず息を飲んだ。
「お前……」
身体が汚いことは覚悟していたが、それ以上に気になったのは重さと体温だった。
大型犬だというのにとても軽く、それでいて死んだ動物のような冷たい。
しかし、その老犬はまだ生きて動いている。
真に礼を言うように小さく頭を下げた老犬はそのまま岩場の上を歩き出した。
「ちょっと待てよっ!」
慌てて真は岩場を登り老犬の後を追い駆けるために岩場を登り、その向こうへと降りる。
そこには一体のロボットが打ち上げられていた。
「これは……」
ちょうど岩場の影に隠れていて海岸からは死角になっていて分からなかった。
それに岩場に寄り添うように打ち上げられているため、遠目には岩場の一部に見えそうだった。
「ISだよな?」
今の世界で人間大のロボットと言えば、最初に浮かんでくるのはやはりインフィニット・ストラトスだった。
しかし、ありえるのだろうか?
ISのコアは世界に限られた数しか存在していない。
男であり、学ぶ機会がないとはいえ、そのコアが厳重に管理されていることくらいは理解できる。
間違ってもこんな人気のない海辺の岩場に放置されているようなものではない。
「どういうことだ?」
近付いて見ると、そのISは酷い有様だった。
頭は潰れ、左腕が肩からなくなっている。全身の装甲に大小様々な亀裂が走っていて今にも崩れそうなほどだった。
「人は乗っていないみたいだけど……」
呟きながら、真は何気なくそれに触れた。
瞬間、脳裏に様々な情報が流れ、咄嗟に真はそれから手を放す。
「っ……何だよ今のは?」
ISは女にしか使えない。それが不文律なはずなのに、真が触れた機体はそれをきっかけにするように低い駆動音を上げていた。
真は緊張に唾を飲み込み、もう一度それに触れた。
覚悟していた情報の奔流が真を襲う。
男性用のISコア。
思考制御体感操縦式システム搭載型IS、ファフナー二番機。
そして――
『俺の名前は将陵僚……俺達は戦っていた。世界を変えた天災、篠ノ之束と』
その機体の操縦者の最後のメッセージが流れた。
*
テロリストの襲撃の翌日。
目を覚ました真が最初に見たのは見知らぬ天井だった。
「ここは……?」
「おはよう、戸高真君」
状況が理解できない真の呟きにすぐに応じる声があった。
真は身体を起こさず、首だけ動かして声の方を向くとそこには一人の女子がいた。
どこか超然としており、全体的に余裕を感じさせる態度とイタズラっぽい笑みを含めた眼差し。
その顔は真も知っていた。
「更識楯無……さん……?」
「あら、私のこと知ってるの?」
「そりゃあ……雑誌とかニュースとかで名前くらいは知っていますよ」
代表候補生ならともかく、国家代表。
それも日本人にしてロシアの国家代表となった彼女の存在は一時期大きくメディアで扱われた。
ISに積極的に関わろうとしなくても、周囲の状況から最低限の知識くらいは真も持っている。
「そ、でも改めて自己紹介させてもらうわ。IS学園一年、更識楯無よ」
「……どうも、戸高真です」
差し出された手を無視して真は挨拶だけを返す。
しかし楯無は気を悪くした素振りを見せずに頭を下げた。
「最初に御礼を言わせてちょうだい。貴方のおかげで私の妹が怪我もなく無事だったわ、ありがとう」
「妹……?」
「貴方が最初に助けた検査運営のスタッフだった子よ。日本の代表候補生で、その関係で運営の手伝いをしていたの」
「ああ、あの子か」
「それで、貴方の体のことなんだけど、おかしなところはないかしら?」
「いえ……特には……」
せいぜい身体の節々が痛む程度だが、取り分けて異常と思えるものを真は感じなかった。
「その目は?」
「目……?」
楯無の指摘に真は首を傾げ、彼女が差し出した手鏡を覗き込む。
そこにはいつも見ている自分の顔があった。しかし、一点だけ違いがあった。
日本人らしい黒い目が赤い目になって、鏡の中の自分を覗き込んでいた。
「何だよこれ?」
虹彩が黒から赤に変わっているだけ。特に視力が落ちたなどの変化もない。だからこそ不気味に思えた。
「まさか……これが同化現象?」
「同化現象? それは何のことかしら?」
真の呟きを耳聡く聞き逃さなかった楯無が質問し、さらに続ける。
「貴方があのISを手に入れたのはいつ? 何処で?」
「それは……」
「ああ、ごめんなさい。別にそれで貴方を責めるわけじゃないの」
真が警戒心を強めたのを敏感に察して、楯無は首を横に振り、『謝罪』と書かれた扇子を広げる。
「世間では織斑一夏君が単純にISに乗れることが発表されたけど、実際は貴方と同じタイプの機体に誰かに乗せられて暴走したのよ」
「残念ですけど、こいつは浜辺で拾っただけですよ」
真はいつの間に自分の右腕に腕輪となって存在を感じさせる待機状態のファフナーを掲げて見せて答えた。
「それは何処の浜辺かしら?」
「えっと――」
真が答えようとしたところで部屋の扉が開き、白衣を着た医者らしき人が看護婦を引き連れて入って来た。
「話は後で聞かせてもらえるかな? まずはちゃんと検査をして身体に異常がないか確かめましょう?」
楯無は医師に場所を譲って部屋から出て行く。
「あ、あのっ!?」
その背中を真は呼び止めた。
「ん、何かしら?」
「アスラン……えっと、ISに素手で向かっていった人がいたはずだと思うんですが、その人はどうしましたか?」
「ああ、彼ならちゃんと治療を受けたんだけど……その……落ち着いて聞いてちょうだい」
「まさか……」
神妙な顔をする楯無に真は最悪の予想が脳裏に浮かぶ。
「お見舞いに来た二人の女の子が、どっちが看病するかで大騒ぎがあって入院期間が長引きそうなの」
『修羅場』とかかれた扇子を広げる楯無に、真はなんとも言えない表情を作ると共に、平常運転な先輩達の様子に安堵した。
*
「御苦労だったな、更識」
政府運営の特殊病棟の会議室で戻ってきた更識楯無を織斑千冬は迎えた。
「いえ、これくらい何でもないです」
『お仕事』、そう書かれた扇子を広げる楯無から視線を外し、大型のモニターに映し出された彼がいる病室に目を向ける。
「とりあえず、暴れる様子はありませんでした」
「ああ、見ていた」
戸高真の腕には織斑一夏と同様に取り外せなくなったISがある。
彼が目を覚ました時、どんな行動に出るか分からなかったため、楯無を着けておいたがその心配は杞憂で済んだようだ。
「しかし、一生徒に任せる案件ではないと思うんだがな」
引継ぎを拒み、半ば強引に彼との事情徴収に参加してきた楯無を千冬は軽く睨むが、楯無は軽く受け流す。
「それにしてもまさか二人目が現るとはな」
「意外でしたか、織斑先生?」
「一夏一人だけならば束の関与を疑ったが、戸高真は束とも私とも何の関係もない一般人だ……
わざわざあいつが有象無象と見ている誰かに特別なことをするとは思えん。だが――」
「だが?」
「良くも悪くも気まぐれな奴だ。あいつの遊び心に運悪く巻き込まれた可能性もゼロではない」
考えるだけでも頭が痛くなってくる。
「まあ、いい……それでお前の目から見て、彼はどうだった?」
「一見は普通の男の子ですね……
過去に暴力事件を起こしていること、ISに乗った時の好戦的な性格を見るに実際はかなりの激情家だと思います……
ですが、自分の身を危険にさらしても前に出て戦う気概から、その性根は善性であることは間違いありません」
「随分と気に入ったようだが、惚れたのか?」
「妹を助けてもらった恩人に対しての正当な評価ですよ」
これが自分の後輩だったら、慌てふためいた反応を返してきただろうが、楯無は余裕で千冬の言葉を受ける。
「ただ自分がISに乗れた理由などは把握していた素振りがありました。彼の身辺調査では不信な人物や組織の接触はありませんでしたが気を付ける必要があると思います」
「そうか……」
「やっぱり彼もIS学園に?」
「お前が迅速に彼の存在を隠したから、今のところ大きな騒ぎになっていないがそれも時間の問題だろう……
どこかの国や企業がかぎつける前に学園で保護した方が得策だ」
「分かりました……彼への説明はどうします?」
「検査が終わったら私が話そう」
*
「疲れた……」
医師の問診から始まり、様々な検査を行われた真は宛がわれた元の部屋のベッドに身体を投げ出して愚痴をもらした。
「…………腹減ったな」
目を覚ましてからどれだけの時間が経ったか分からない。
だが、その間に食事休憩もなく真はたらい回しに検査を受けさせられた。
「入るわよ」
不意にドアがノックされ、真が返事をする前に開け放たれる。
入って来たのは目を覚ました時に最初に会った、更識楯無だった。
「お腹空いていると思って御飯持ってきたけど食べられる?」
彼女が問いかけてくるが、真は直前まで感じていた空腹感を忘れ、楯無に続いて部屋に入って来た女性に目を奪われていた。
「織斑千冬……」
「ああ、そうだ。だが名乗らせてもらうぞ。IS学園教諭の織斑千冬だ」
凛とした佇まいでそう名乗る千冬に対して、真は思わず彼女を見る目を強くする。
「さて、君は世界でISを動かした二人目の男となったわけだが――」
「はっ……世界で二人目ね」
思わず反抗的な口調で真は千冬の言葉を遮っていた。
「何が言いたい?」
「別に……」
人を射殺さんと言わんばかりの目で睨みつけられるが、真はそれを睨み返す。
「君の人権を守るために、君にはIS学園に――」
「そんなことよりも俺はアンタに聞きたいことがあるんだけど」
「ちょっと真くん、これは貴方の今後についての大切な――」
千冬の言葉を二度遮り、喧嘩腰で構える真を楯無が諌めようとする。
「うるさいっ! そんなことよりも俺はこいつに聞かなくちゃいけないことがあるんだっ!」
興奮して聞く耳のない真に千冬は嘆息して、彼の言葉を促す。
「何だ? 何が聞きたい?」
「お前が白騎士の操縦者なのかっ!?」
「っ……!?」
前触れもなかった予想していなかった問いに千冬は驚いて息を飲む。
が、真は彼女の動揺を見て、詰め寄り千冬の胸倉を掴んで叫ぶ。
これまで誰にも言うことができなかった言葉。いつか彼女に言えたらと思っていたが、そんな機会は一生ないと何処か諦めていた。
しかし、振って湧いたように目の前に訪れたチャンスに真は歯止めが利かずに捲くし立てる。
「お前じゃないなら誰だ!? 篠ノ之束かっ!? 答えろっ!」
「私は……知らない……」
「だったら誰がっ……誰が、父さんと母さん、真由を殺したんだっ!?」
「っ!? 知らないっと言っているだろっ!!」
真の言葉に千冬は顔を引きつらせて、力任せに真を突き飛ばした。
無造作とはいえ、世界最強が繰り出した両手の突き出しに真は盛大に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ちょっ!? 織斑先生っ!」
「貴様っ! 千冬様に何をしているっ!」
楯無の戸惑いの声をかき消すように怒声を上げて部屋に数人の女性が駆け込み、痛みに喘ぐ真を床に押さえつける。
「放せっ! 俺はそいつに――」
「黙れっ!」
頭を掴まれ、そのまま床に叩きつけられる。
頭に響く鈍痛に歯を食い縛って耐え、真は――
「こちらへ、千冬様」
入って来た女の一人に促されて部屋から出て行く千冬を最後まで睨み続けた。
*
「大丈夫ですか、織斑先生?」
「…………ああ」
いつもなら声を掛ければすぐに返事があるはずの千冬の反応は鈍く、それに加えて覇気もなく上の空だった。
戸高真が彼女に問いただした白騎士の操縦者。
十中八九、それは目の前の織斑千冬だと楯無は思っている。
もっとも、それは多くの人が思っていることであり、誰も聞いてはいけない不文律がいつの間にIS業界には出来上がっていた。
「初めて見ますね。織斑先生のそんな姿」
「私だって人間だ……何もかもに見切りを付けられる束とは違う……ただの人間だ」
束。篠ノ之束。
出てきた名前に楯無は思考を巡らせる。
白騎士の操縦者が誰なのかという秘密と同時に、白騎士事件には誰も触れない事柄がもう一つ存在している。
それは白騎士が現れる切っ掛けとなった各国のミサイルをハッキングして日本に発射した誰か、もしくは組織。
日本を終わらせようとした危険な人物だというのに、未だに犯人を特定できていなければ、捕まえてもいない。
――それも白騎士と同じなのよね……
厳重なプロテクトがかかっているはずの各国の軍事基地に一斉にハッキング可能な技術力を持つ人物など一人しか思い至らない。
それはきっと誰もが思っていることであり、だからこそ口を噤んでいることでもある。
「でもそんなに動揺することですか? 去年も私達が入学した時に同じことを聞いた薫子ちゃんを吊るしてましたよね?」
新聞部の友人を思い出し、当時のことを思い出す。
入学したばかりの頃、暗黙の了解である不文律を彼女は軽々と踏み越えて、それを千冬に尋ねた。
知らないの一点張りでコメントを拒否する千冬に対して、彼女はしつこく食い下がり、最後には千冬を怒らせて寮の外壁に簀巻きにされて吊るされた事件があった。
「同じなものか、あいつのは興味本位からの質問だ……だが、戸高真のは……」
言いかけて千冬は俯いてしまう。
「白騎士が家族を殺したと言っていましたが、それは間違いです」
白騎士事件の犠牲者は皆無。
そのわずかな数字も軍関係者ばかりであり、白騎士の流れ弾が民間人に被害を出した記録はない。
「民間人の被害は暴動や事故によるものです。どんな陰謀があったにせよ、撃たれたミサイルを迎撃した白騎士の行動は間違ってません」
「白騎士……白騎士か……」
楯無のフォローに千冬は自嘲する。
「あんなもの、頭の悪い中二がない頭を必死に悩ませて考えた代替案に過ぎないのにな」
「代替案?」
「本当ならあいつは自分を馬鹿にした奴らへの報復に隕石を――」
「織斑先生、それ以上は」
あの事件の真相については楯無も興味があるが、それをこんな周囲の一目があるところで言わせるわけにはいかない。
何より今は心が弱まり、自棄になっているようで全てを暴露しかねない。
白騎士事件の真相。
それはIS至上社会となっている現代を根底から崩す猛毒だろう。
そう思って楯無は千冬の言葉を止め、彼女もわずかに正気を取り戻し口をつぐむ。
「織斑先生は今、二十四でしたよね?」
「ああ……」
そうすると白騎士事件の時は十四歳。
自分のような特殊な家柄の人間や、篠ノ之束のような人格破綻者でもない常人の思考の少女には白騎士事件の秘密は大き過ぎたのかもしれない。
「織斑先生は――」
唐突に、楯無の言葉を遮るように火災報知機が音を立てて鳴り響いた。
*
「くそっ……好き勝手殴りやがって」
手錠を掛けられ、ベッドに縛り付けられた真は悪態を吐く。
身動きが取れない状態にされているが、何故か右腕に装着されたISは没収されていない。
その代わり、任意で電流が流せると忠告された首輪を付けられていた。
そのスイッチはドアの前に立つ、帽子を被った女に握られている。
「あいつ……絶対に何か知っている」
真の言葉に明らかな動揺を示した織斑千冬。
やはり白騎士の操縦者が彼女だったのではないかと、確信するも決定的な証拠もない。
「痛いな……」
それにしても痛い。
拘束されているため、さすることもできないのが辛い。
特に殴られた顔ではなく、頭の芯がズキズキと痛む。
「そのままで聞け」
顔をしかめることしかできない真に監視に立っていた女が声をかけてきた。
「何だよ、いきなり?」
首だけ動かして真はそいつを睨む。が、そんな視線に怯まずに女は続ける。
「この部屋がモニターされている。さっきの騒ぎでマイクを壊しておいたが、不信な動きをすればまた奴らが手を上げる口実を与えることになる」
「お前……もしかしてあの時のテロリスト?」
目深に被った帽子で分からなかったが、その女は検査の時に最初に真と対峙した黒髪の少女だった。
「私のことは今はどうでもいい。それよりも問題なのは、今お前を蝕んでいる同化現象についてだ」
「同化現象……?」
「その赤い目と頭の痛みは同化現象の進行によるものだ。お前はこのままだと数日で結晶となってこの世界からいなくなる」
「は……? 結晶になっていなくなる? そんな話信じられるわけないだろ」
「お前は将陵僚が残したレコーダーを聞いているはずだ。ファフナーに乗ることの意味を知らないとは言わせないぞ」
「っ……」
「まあいい。知らないというなら改めて教えてやる……
男性用のIS、十三機のファフナーにはニーベルングシステムが搭載されている……
素人のお前でも熟練のIS操縦者と遜色のない操縦ができるようになるシステムだが、このシステムには致命的な欠点が存在している」
「欠点?」
「ファフナーの特徴は操縦する必要がないということだ。ニーベルング接続により人体と機体を一つとして、操縦ではなくファフナーになることで動かすことができる」
それは真も実際に体験して理解していた。
初めて乗ったISはイメージで動くという一般常識の知識ではなく、機体そのものが自分の身体に置き換わったように動かすことができた。
「このシステムの恩恵については省くが、先程も言った欠点はコアと人体の境界線を取り払ったことで、ファフナーに乗る度に人はコアに同化されていく……
そして最後には人間はコアに食われて、この世界から文字通り消滅する」
突然に突きつけられた自分の生存限界を理解できなかった。
「だが、亡国機業にはその同化現象のために拮抗薬がある。お前がこちらに来るというなら治療を受けることは可能だ……
ああ、IS委員会に治療の期待はするなよ。奴らはファフナーについて何も知らないからな」
「ふざけるな。自分の命惜しさでテロリストの仲間になるなんて、それこそ死んだ方がマシだ」
少女の続く要求など分かり切っている。
命を盾にして使われる様が容易に想像できる。何より――
「元々こんな世界になんて未練なんてないんだ。同化現象でいなくなる? は……それがどうした」
虚勢でもなく、本心から真は言った。
十年前の白騎士事件の時に、目の前で家族を失った光景がずっと忘れられない。
自分を引き取って今まで育ててくれた養父も、周りに馴染めない自分をずっと気遣ってくれた先輩たち。
彼らにはいくら感謝しても感謝し切れないが、彼らの中にいる平和にずっと違和感が付き纏っていた。
――ずっと、いなくなりたかった……
胸の奥に黒い炎が燻っているのを自覚しながら、彼らと笑い合っている日々が辛かった。
「帰れよ……俺の体のことを教えてくれたから騒がないようにするけど、こんなとこに侵入するなんてあんただって危ないんだろ?」
少女から視線を逆に移し、真はぶっきらぼうに言い捨てる。
が、少女は動く気配もなく、言葉を続けた。
「戸高真……お前は小学六年の時に暴力事件を起こしているな?」
「それが何だって言うんだよ?」
「理由は社会科の授業で話題になった『白騎士事件』」
「っ……」
「子供は単純だ。あの事件で日本を守った白騎士を何の疑うこともせずにヒーローとして見ている。もっとも世間の反応も同じ様なものだがな」
「お前は……」
「だが、お前にとっては違ったんだろ?」
「お前は白騎士に乗っていたのが誰なのか知っているのか?」
少女の言葉を肯定するように真は尋ねていた。
「いや、知らんな」
「なっ!?」
思わせぶりなことを言っておきながらの否定の言葉に真は絶句する。
だが、そんな真を無視して少女は続けた。
「だが推測はできる。もっともそれはお前も同じはずだ」
「それは……」
少女の指摘に真はさっきの織斑千冬の顔を思い出す。
「あいつが白騎士の操縦者だったという証拠はない。本人もそれを認めない以上追求したところ無意味だ」
「回りくどい、何が言いたいんだよお前は?」
「確実に知っているはずの人間が一人いる。そいつだけは知らないと言い逃れすることはできない」
「…………あ」
「そうだ。篠ノ之束だ。亡国機業は奴を捕まえるために動いている」
「っ……」
そう言う少女の目には剣呑な気配が含まれていた。
とても捕まえるだけでは済まさない。そう思わせるほどに殺意の溢れた眼差し。
だが、その眼差しに真は引くよりもむしろ親近感を思った。
「あのレコーダー……アルヴィスって島を篠ノ之束が襲ったって本当の話なのか?」
「ああ」
短い肯定の言葉。そこに押し込まれた様々な感情の全てを真は読み取ることはできなかった。
「別にお前がこちら側に来たくないというなら、それでいい……
私の仕事は元々お前がいなくなった時の混乱に乗じて、コアを回収するだけなのだから」
「俺の命には興味ないってことかよ?」
「テロリストに仏心など期待するな」
当然な切り返しに真は納得する。
「白騎士事件が誰によって引き起こされたのか、様々な憶測が飛び交っているが、誰も真実を明かそうとはしていない。何故だか分かるか?」
「それは……もしその人が本当にあの事件を起こしたとして、その人の機嫌を損ねたら世界が終わるから?」
「概ねその通りだ。各国の軍事基地を同時にハッキングできる技術力に兵器の頂点にあるISを作り出すことができる存在……
この世界には奴を止められる人間は存在しない。奴がその気になればそれこそアルヴィスの様に世界は滅ぼされるだろう」
「あれ……? もしかしてお前達の方が正義の味方?」
「ふん……亡国機業も似たり寄ったりだ。無駄な人殺しはするなと気取ってはいるがやっていることは下種の極みだ」
ふと真は目の前の少女が本当にテロリストの一味なのか疑問に思う。
彼女の言動には組織への嫌悪が見え隠れしている。
「あんたは……」
「ともかく、お前がこちら側に来るというなら治療による延命はしてやれる……
実働部隊に配属されることになるが、相手は篠ノ之束だ。お前にとっては好都合な条件だと思うが?」
「俺は……」
「お前はいなくなりたいのか? それともまだここにいたいのか? どっちだ選べ」
突きつけられた二択に真は目を閉じて考える。
少女の話が本当なら自分はあと数日でいなくなる。
失った家族のことを忘れられず、ISが中心となっている今の社会に馴染めない自分が養父と先輩達に掛けていた迷惑の大きさは測り切れない。
――いなくなるっていうなら、それでもいいと思った……
だが、真の前に新たに示された道ができた。
それは復讐のための修羅道。
一歩でも踏み出せばもう後戻りはできない道だが、それはずっと真が心のどこかで望んでいたものだった。
「ずっと……」
「ん……?」
「ずっと俺の胸の奥に炎があるんだ……」
初めて、真は自分の胸の内に押し込めてきた思いを口にする。
養父にも、先輩達にも語ったことのないそれを見知らぬテロリストの少女にただ吐露する。
「何度も消そうとした……でも、消せなかった……忘れられなかった」
ずっとあの時の一瞬の光景が瞼の裏に焼き付いて放れない。
「復讐は何も生まない。それは他人の理屈だ……復讐を果たさなければ、この気持ちは一生胸の奥で燻り続ける」
少女にも真の言葉に思うことがあるのか、そんな独白をもらす。
「俺はまだ生きたい! 生きて何で父さん達が死ななくちゃいけなかったのか知りたいっ! それでもし下らない理由だったら……」
「そうか……」
少女はドアの前から離れ、真の傍らに立つ。
おもむろに取り出した無針式の注射器を取り出したかと思うとそれを真の腕に当てて、中の薬を注射する。
「っ……」
それを機に感じていた頭痛が引いていく。
「短い付き合いになるだろうが、歓迎しよう戸高真」
「違う……俺は戸高真じゃない」
哀れみを混ぜた目を向けてくる少女に対して真は首を振って間違いを指摘する。
「何……?」
「俺は飛鳥真だ」
こうして俺は復讐の道を歩き出した。
歪んだ世界の平和を捨てて、真実の代償を知らず、何もかもを犠牲にする旅が、始まった
ようやく真が飛鳥姓になってスタートラインに立つ。
そして気が付けば、マドカが某自爆男のノリでエージェントをやっていた。