Fallout: City of New York   作:42代目ムアイク

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【Prologue ゛10.23゛】

【War.. War never changes.】2277年10月23日 マンハッタン島

 

 シティ・オブ・ニューヨーク。

 13連邦州でもっとも繁栄した、きらびやかなる眠らない街。

 偉大なる都市(グレート・シティ)、ビッグアップル、世界の首都、エンパイアシティ。

 その繁栄を一目でしらしめるかのように天高く伸びた摩天楼の膝下で、私の愛車は疾走していた。

 自宅を出てからスピードメーターの針は時速80マイルを指したまま一度も下がってないのに、この入り組んだ混雑(カオス)な町並みをよくも走り抜けてきたものだ。自分に感心する。

 石油が枯渇したことで始まった恐慌が、思わぬところで役に立ったということなのだろうが。

 化石燃料で走る車などは、一般家庭のほとんどでガレージの新種の置物となっていた。だからこのニューヨークで走っている車はすべて核動力の車のみ、数は少ない。万年渋滞の過去を懐かしむ声すらあるほどだった。

 他人の不幸が、私の幸運となり変わっている。あらゆる意味で。

 それでも時代に抗ってしつこく生き延びていたイエローキャブ(タクシー)が、アクセルから足を離さないイカれたドライバーたる私にクラクションでもって抗議をしてきたし、歩道を歩く何人かは911と、警察への番号を脳裏に描きながら電話ボックスへと駆け込んでいくことだろう。

 呑気なことだと、いっそ不謹慎な思いを描く。

 彼らは知らないだけだ。まぁ、すぐ知ることになるだろうが。

 私は、それなりに地位のある男だ。

 この地位のために人を殺せるかと問えば、100人の内、5、6人はそうだと答える程度に地位がある。それは軍と裏のホットラインを持つぐらいの特権を、私に授けていた。

 勤勉なニューヨーク市警察(NYPDブルー)は私を捕らえるためのカーチェイスをやる覚悟があるだろうが、構ってなどいられない。

 世界は滅びるのだ。

 願わくば、その中に自分と最愛の妻が含まれないことを祈りながら、私はただ愛車を急かすだけだ。

 

 

  僕は世界に火をつけたい訳じゃない(I don't want to set the world on fire)

 

  ただ、君の心に火を灯したいだけなんだ(I just want to start a flame in your heart)

 

 

 物悲しい男の歌声が、私の耳に届いた。

 この非常事態に、悠長にラジオを聞くつもりなどなかった。

 時には歩道へと乗り上げて障害物を避け、逃げまどう通行人をシャシに巻き込まないよう気を配る。そんな作業の合間にラジオへと耳を傾けるほど、タフな神経をしていない。

 ハンドルを握る手はコップ一杯ぶちまけたかのように湿っていて、クラクションを叩くたびに飛び散るほどだった。

 それでもラジオが流されていたのは、単なる習慣。イグニッションキーを回せばコルベガ・アトミックのV8小型核融合炉エンジンに火が入ってラジオはONとなり、イグニッションキーを引き抜けばOFFとなる。

 いちいちラジオをつける手間が省ける。ただそれだけのことだった。

 

 

  僕の心にあるたった一つの願い(In my heart I have but one desire)

 

  それは君ただ1人。他の人じゃだめなんだ(And that one is you no other will do)

 

 

 こんな状況だというのに、この歌詞に懐かしさがこみ上げてきた。

 記憶が蘇る。失われつつある世界の記憶が。

 エンパイアステートビル。この都市でもっとも高い場所から2人で夜景を眺めていたあの時、絶妙のタイミングでどこからかこの曲が流れてきたものだ。一生忘れないえない初デートの締めくくり、世界のすべてを見通すようなクリスタルブルーの瞳が地上の星空のような夜景に反射して――私たちはただ見つめ合っていた。死ぬその時まで忘れえない思い出。

 あの時と変わらぬクリスタルブルーの瞳は今、高熱にうなされてもがき苦しみながらバックミラーに写りこんでいる。

 自宅を出たその時より、妻の呼吸は明らかに悪化している。聞いてるだけの私ですら痛みを感じるほどの、荒々しく痛々しい呼吸音。酸素吸入器を持ち込んでいたが、荒い運転のせいか口元につけるマスクが外れていた。

 付け直してやりたい。そういう願望がもたげてくる。

 だが、軍の情報が正しいならば、1分1秒のロスタイムですべてが終わってしまう。

 リスクは冒せない。

 苛立って冷静さが掻き消えつつある頭からなんとか地図情報を引き出そうと、私は努力した。

 ここで生まれ育った。

 私のホームベースだ。

 ショートカットぐらいできずにどうする?

 妻の苦しみが、もう2、3人轢き殺しても知ったことかと私を吹っ切れさせた。アクセルをさらに踏み込んで、土壇場で思い出したショートカットをタイヤから煙を吐かせつつ曲がりきった。

 スピードメーターの針が跳ね上がっていくほどに到着は早まり、私の心はささやかな安心を得る。それだけがたった1つの、今の状況下で私を慰められることだった。

 最初は、ラジオによって連想された過去の幻聴なのだと、()()()()()()

 気が強く、いつだって活発な私の妻は、あのような弱々しさとは無縁のはずだった。だが確かに、かつて飼っていた犬が死んでいく直前、あの肺から絞り出された最後の吐息のような囁き声が、バックシートから聞こえてきた。

 振り向くのを恐れている自分がいた。

 もし振り向いたら、彼女の姿を見る最後の時になるのではないかという恐怖。それは、自分にも振りかかる死がどうでもいいことのように思えるぐらいの衝撃になるだろう。

 死がふたりを分かつまで、そう誓ったのだから。

 

「・・・・・・フランク」

 

 私の名だけは、鮮明に聞き取れてしまった、

 

「大丈夫だ!! もう着く!!」

 

 着いたところで、妻のためになることがあるとでも?

 私の中の私ではない誰か。悪意か、あるいはリアリストがそう頭へと吹き込んできた。

 赤色の信号機を無視して交差点を突っ切り、四方八方から吹き鳴らされたクラクションがドップラー効果で過ぎ去っていくのを聞き届けて、一息をつく。

 バックミラーには新たに大破した車の群れが見えたのは、妻の姿から気を逸らせる福音となった。浅ましい現実逃避だ。

 アドレナリンが吹き出し、残り数マイルという位置にまでたどり着いた喜びだけを意識しようと努力する。

 その罪はすぐ自分に返ってくる。

 

「フランク? ここはどこ?」

 

 妻はもう、自分がどこに居るかさえ分からなくなっていた。

 仕事に身を捧げ、この偉大なる国にも身を捧げた。

 そのツケを支払ったのは、たった1人で家に残っていた妻だった。子供を作る暇ぐらい、作るべきだった。

 家に縛り付けられた彼女は病み、私が人生を捧げたこの国は自滅しつつある。

 

「大丈夫だ・・・・・・大丈夫」

 

 もう彼女に掛ける言葉ではなくなっていた。自己暗示の部類だ。そう信じたかった。

 チラッと見たバックミラーでは、妻の口が魚のようにパクパクと開いていたが、それが熱病に冒されたせいなのか、それとも私に必至に話しかけようとしていたのかは、判然としなかった。

 またたく間によぎった看板の地名と、現在のスピードを照らし合わせる。

 あとほんの数分。

 一度だけ試みた自主的な避難訓練で、この道は確かに通った。以外に近いなと、危機感のないことを覚えたものだ。そう、もうすぐ入り口が見えてくるはずだ。

 だが人生でもっとも長い数分になることは、確実だった。

 

「フランク・・・・・・」

 

 まただ。

 またあの囁き声が聞こえてくる。

 まるで責めているようだと、私の自責の念が身勝手にすぎる翻訳文を出力する。

 妻、自分、クソのような今の現状。そのすべての苛立ちが、弱りきった彼女を真っ向から拒絶する怒鳴り声を、ひねり出させていた。

 

「Vaultにたどり着けばすべて解決する!! 何のためにVault-tecの連中に便宜を図ってやったと――」

 

 咄嗟の急ブレーキは本能のなせる技か、世界一のクソ野郎としてのセリフを忘れて、アスファルトがヤスリとなってタイヤを削りとる悲鳴が轟いた。

 なぜ? どうして!? 困惑が広がり、目の前が暗闇で沈んだ。

 吐き気をこらえながらハンドルへと額を押しつけて、エンジンの緩やかな振動を感じた。

 すると、自虐的な笑いがこぼれてきた。

 真っ黄色な工事用プロテクトロンが゛立ち入り禁止゛の看板を抱えて立っていて、一本道の道路の舗装はことごとく引き剥がされ下水管が剥き出しとなった道が、私の眼前に広がっていた。

 車を即座にバックにいれて迂回路をたどるという選択肢も――いや、遠すぎた。

 それに気力は、とうに尽きていた。

 ここが終点だ。そういう気分に、私はなっていた。

 このまま彼女をたった1人で行かせるよりは、そう最後まで手を握っていてやるほうがマシだと、私は確信していた。

 もうVaultには間に合いはしない。

 そう、間に合わない。

 

『ジ・インク・スポッツで、I don't want to set the world on fireでした。気の早いスケートリンク場が徐々にオープンし始めている今日このごろのニューヨークですが、本日10月23日にも・・・・・・待ってください。どうやら、緊急ニュースが入ったようで――』

 

 状況を理解してない脳天気なDJの声を、私はツマミを捻ることで抹消した。

 アドレナリンを過剰摂取した反動だろうか、虚脱感が全身を支配していき、運転席のクッションに沈み込んだ。

 労働組合のストライキのおかけで職を得た、銀色のゴミ箱に手足を生やしたような黄色い建築作業用のプロテクトロンが回転灯を回しながら歩いて行く姿をただ、呆然と見送っていく・・・・・・。

 好きなだけこの街に穴を掘るがいい。それに意味があるのならな。

 私を自分への失望から現実へと引き戻したのは、二の腕のかすかな感触だった。

 病魔に蝕まれながらバックシートから身を乗り出してきた妻、その手を柔らかく握り返して、バックシートにまた横たえさせる。

 運転席から彼女へと向き直って、今となって邪魔なだけとなった固定具代わりのシートベルトを外してやった。

 

「・・・・・・すまない」

 

 凡庸な言葉だったが、それしか思い浮かばなかった。

 あらゆる過去を片付けるのに、この一言では軽すぎると自分でも思う。

 もっとも妻のことだ。名コピーライターの傑作ですら、誤魔化すことはできなかったろう。ここが終わりだということは。

 きっとその仕草は、首を振ったつもりだったろう。だが最後の気力を私へと手を伸ばすという行為に費やした後では、身体の激しい震えと見分けはつかなかった。

 

「謝らないで」

 

 驚くほど、はっきりとした喋りだった。

 熱が冷め切っていた私は不思議と、この一言で妻の寿命はどれほど縮まったのだろうかと妙に冷静になって考えていた。それもまた一つの現実逃避の手だったのかもしれない。

 

「ただ、運がなかった。ただそれだけのことなのよ」

 

「ああ。そうだな」

 

 彼女がどれほど支離滅裂なことを言おうと、私は肯定しただろう。だか私を慰めるぐらいなら、罰して欲しかった。

 辛いのは彼女のほうだ。

 なのに私よりも強く、いつだって聡明でありつづけた彼女はその最後の時ですら、私を励まそうとしていた。

 

「ほんの一瞬、ドアを開けるのに手間取って・・・・・・そんなことが巡り巡って車に轢かれたりもする。その程度のことなのよ」

 

「それでも何かできたはずだと思うのが、人間というものだよ」

 

 私は君ほど強くはなれない。

 今ですら、これが最後の会話になるのだと恐怖で一杯だったのだから。

 

「間が悪かった。ただ、それだけのなのよ」

 

「あと、数マイル足らずだったんだ」

 

 たどり着いたところで意味なんて無かったろうが、私は頑張ったのだと、妻に思わせたかった。

 

「誰のせいでもないの・・・・・・フランク、まだそこに居る?」

 

 妻の目から光が消えていくのに気がついて、私はより強く彼女の手を握りしめた。

 燃えるような妻の体温が、私にも伝わってきた。

 

「私が死んでも、あなたが死んでも、この世界まで滅びるワケじゃないのよ? だから精一杯、生きてねフランク」

 

 ゛それは難しいよ゛

 口元だけはそう紡いだが、声には出さなかった。そうすれば、彼女は今から世界がどうなるのか知らずにすむ。

 妻は、あの高温すら少しずつ冷えていく彼女は、あの言葉で私が納得できるとそう思っていたのだろうか。ただ、納得して欲しいとは、思っていたかもしれないが。

  そんな事ができる未来があるのだろうかと考えようとして、やめる。

 そんな未来、あるはずがない。

 だがもしあるなら、私は、私の全てを費やしてそれを成そうと自分に誓った。

 

『空襲警報。これは訓練ではありません』

 

 ああ、予定通りだ。

 素晴らしい。この偉大な都市の行政能力は、その最後の瞬間まで機能し続けている。

 定型文の放送が繰り返されているのを聞きながら、私の意識はそんなものを無視して過去へと飛んでいった。

 定型文の放送が繰り返されていたが、私の意識はそんなものを無視して過去へと飛んでいた。

 コロンビア大学のキャンパス。アルマ・マータ像を興味深げに眺めていた彼女の後ろ姿を思い出す。

 六度目のエンパイアステートビルの夜景を、プロポーズを思い出す。

 これは走馬灯だ。そう知って、静かに私は受け入れていた。

 黒く濁っていく彼女の瞳から通してみる、彼女と私の走馬灯だった。

 2066年。

 召集された私は自宅を離れる前に、必ず帰ってくる彼女へと誓い、軍のバスへと乗り込んだ。

 2068年。

 石畳を軍靴で踏みながら自宅が見えてきたその時、私は勲章などより彼女との約束を果たせたことにこそ、誇らしさを感じていた。

 どこからか、サイレンの甲高い警報が聞こえてきた。

 すべての終わりが向かってきている。それを感じ取る。

 地面が揺れ始め、力が抜けていく彼女の手がすっぽ抜けないようにさらに強く握りしめた。骨が折れてしまったとしても、もう彼女は気にしないだろう。

 目を閉じて、幸福な過去に浸れるよう、精一杯の努力を試みる。

 そして、まぶた越しからすら目がくらむほどの激しい白色光に、私たちは覆い尽くされていった・・・・・・。 

 

 

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