Fallout: City of New York   作:42代目ムアイク

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【ChapterⅠ ゛RED Vault゛】

 

 

 

 

 

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INITIATNG…

 

 

 

INITIATNG…

 

 

 

INITIATNG…

 

 

 

WELCOME

 

 

 

 

 

【今日から日記をつけようと思う】2287年10月23日 クリスティア=カテジナ

 

 今日から日記をつけようと思う。

 まったく同文をタイトルにしておいて今更だけど、今日から日記をつけようと思う。

 18歳になったことだし、士官学校の卒業というのも人生の節目に相応しいものだ。新しい習慣のタイミングとしては絶妙というやつじゃないだろうか? 日々の事柄を書き記せば私が生きてきた証にもなるし、文章力を養え、報告書にも転用できるはず。

 Vault 66でも技術者や軍人に優先されて配られるPip-Boy 3000を、私は幼いころから左腕に嵌めてきた。それなのにせいぜい健康診断ぐらいにしか利用してこなかったのは、宝の持ち腐れというものだろう。

 埃が挟まって恨めしげなキーボードを掃除してやり、いかにこのハイテク腕輪型ターミナルを活用してこなかったのかを真っ黒になったちり紙で理解した。

 キーボードは小さくて打ちにくいけども、そのうち慣れることだろう。とりあえず最初の日記――今日のハイライトから書いていくことにする。

 午前中に私は、38人の同期たちと共に薄暗いVaultの一室へとつめ込まれて職業適性検査(G.O.A.T)を一緒に受けてきた。

 私たち士官候補生のみならず、昇進試験でもあることから普段は散っているレッドVaultのあらゆる階級の同志たちまでもが集まってきて受けるものだから、これほど人間がいるのかと毎度驚かされるほど人々が廊下にごった返していた。試験期間の一週間の間だけはVault 66の人口が二倍になると言われているが、その言葉に嘘偽りはなさそうだった。

 人の群れをかき分けて試験会場に入り、脳みそフル稼働で必至に解答欄を埋めていく30分間。なんとかなった、そう安心できるぐらいには順調に終わった。普段はそれほど中の良くないパワーアーマー・オペレーターを目指す同期と一緒に、この時ばかりは共同戦線を組んで答えあわせをした。『このクァンタムハーモナイザーを君のフォトニックレゾナンスチャンバーに入れるぞ!』というあの設問は、やはりみんなにとっても難問だったらしい。だがみんなの話を総合して導かれた結論は――6年間の訓練はそう、報われたと思う。

 とはいっても明日になってハンマーシュミット教官から正式発表されるまでは、取らぬ狸の皮算用。安心はできない。

 今は二段ベッドが並べられた宿舎へと舞い戻り、みんなして思い思いに過ごしている。

 早々に寝てる奴もいれば、トランプを配って車座になっている連中もいるし、私なんかは二段ベッドの上段に居るせいでVaultの低すぎる天井がより近くなってもういっそ心地よくなってきた圧迫感のなか、日記を書いていたりもする。

 みんな楽しみでもあり、それと同じくらい怖くもあるのだ。緊張を紛らわせるために何かしていたいのだろう。

 兵科に関しては、個人の適性と努力によって選ばれるものだが、配属先となると軍の都合次第。この部屋の全員がバラバラの任地になるのは、確実だ。

 ただ士官候補生は経験を積むために前線勤務が普通だ。つまりは、Vaultの外へと配属される。

 士官候補生の99%が、生まれてからずっとVault 66の穴ぐら育ち。私もまたそうだった。

 外生まれの私の友達は、しばしば外の世界(ウェストランド)のことを話してくれた。誰もがあっと驚くほど素晴らしい話だと感じるものを、彼女は身振り手振りを加えて臨場感たっぷりに話してくれるのだが、その口上を私はしばしば止めなければならなかった。

 彼女にとっては当たり前の知識でも、私には実感のわかない知識が飛び出てくるからだ。

 ビルとは? 車とは? 砂漠とは? 嵐とは? 海とは? 太陽とは? そして時折見える、澄み切った青空とはなにか?

 どれも基礎授業で習い、ユスティア――私の友達から補足説明もされたてきたけれど、どれ一つとして、私はこの目で見たことがないものばかり。 

 レッドVaultに貢献したいという愛国心は当然ありはする。育てくれた父上に、おかげで私は立派に育ったと見せたい気持ちもある。だが士官候補生となったのはVaultの外に配属されることが決まっているという個人的な欲望も、大きな動機となっていたのは事実だった。

 うん書いてる内に喉が渇いた。少し休んで水を仕入れてこよう。

 さて戻った。スキップしそうな心持ちで空のコップ持って出かけて、コップを水で一杯にして不機嫌になりながら戻ってきたぞ。さあ続きだ。

 将来の展望はさておいて、6年間の訓練期間を総括しておこうかと思う。今を逃せば、振り返る時間はないだろうから。

 まず私の身体について書こう。私は、数字にして4フィート 2.79インチ(129センチ)しか身長がない。朝食に必ずセットとなるバラモンミルクをがぶ飲みするという努力も虚しく、私の身体は背を伸ばそうという考えについぞならなかったらしい。

 チビというアダ名がついてまわるのも当然な、平均よりも心持ち背が低い――いや、私的な日記で着飾っても仕方がない。そう、軍務不適合一歩手前なぐらい、水飲み場でレッドフィールドの馬鹿から執拗にドワーフだ幼児体型だといつものごとくイジられるくらいには、小柄だとも。

 12歳で士官候補生となってから私は、0.1インチすら身長が伸びていない。

 兵士というのは体力が求められる。士官候補生となってから10マイルマラソンが日課とされていたが、いつも私は最後尾に張り付いて息も絶え絶えだった。身長が低ければ、足も短くなる。そうなると平均体型よりもずっと足を動かさないとならなくなる、そんなハンデを背負っていた。訓練開始から1ヶ月は、疲れすぎて記憶がまったく残ってない。

 射撃訓練にもこの忌まわしい体格は不利に働いていて、大きすぎるアサルトライフルを何とか担いでも、軽い体重のせいで銃の反動を受け止めきれず合格ラインを行ったり来たりするはめとなった。

 女であることにプラスして背が低い。それだけでも下に――別に深い意味はない――見られる宿命を背負っているのだけども、ここに軍務志願という項目まで加わると、もうはみ出し者扱いは避けられなかった。

 最初の1年は、最悪だった。

 老いによって主任教官が代替わりした2年目は、吐気がするほどに最悪となった。

 私の夢についてこれない不自由な身体に苛立ちもしたが、レッドフィールド、あの冷酷で傲慢な臆病者の金髪小僧が好き放題にできるぐらいに士官学校の環境も酷いものになってしまった。

 犯罪とは民主主義者特有の病であり、正しい共産主義を信ずるレッドVaultに犯罪などない。そういうことになっているのだ。レッドフィールドに追いつめられて自殺したアマンダも、別に性的虐待を受けたわけでは断じてない。そんなことを起こすのは非道な民主主義者だけであって、レッドVaultでは起こりえないのだ。

 そんな鬱になる建前を新しい主任教官は都合よく信じていたし、スリーピー・ホロウ強制収容所所長の息子であるレッドフィールドを罰するよりも、奴のコネに期待して媚を振ったほうがいいと自分のためになる判断を下してもいた。

 レッドフィールド一派こと高官の親をもつ捕食者勢は優遇されて、奴らは訓練に参加せずともA+の評価を得られるぐらいには、2年目の士官学校は腐っていた。

 私の父上はそう、それなりの地位にある人物だ。だから前任の主任教官からも、レッドフィールドからも、表立って標的にされることはなかった。そんな中途半端な立ち位置のおかけで、イジメられていた外生まれや労働者の親をもつ残りの同期生とは溝が生まれてしまった私は、劣等生であることに加えてますます孤立していった。

 父の威光のによって全問不正解のテスト用紙ですら全問正解で返されてくる訓練――これで私の父上に恩が着せると、本気で思っていたらしい――に失望していた私を救ったのは、外の世界で第一線で戦っていた生粋の兵士。丸太のような両腕には火傷痕が刻まれ、その傷の療養のため後方に下げられたというのが、確信に近い噂として出回っていた歴戦の猛者。前線帰りの゛マッドネス゛・ハンマーシュミット教官だった。

 さすがに問題視されたのだろう。主任教官の地位はハンマーシュミット教官――いやこの時はまだ大尉だったのけど――に変わることとなっていた。私は正直その話を聞いても期待などしていなかった。自己憐憫に酔いしれていた私は、どうせ別の種類の無能だろうと、高をくくっていたのだ。

 食堂Bにて分かりやすく三派に、加害者と被害者と、人間国境線のように両勢力のど真ん中に位置するその他1人といういつもの食事の真っ最中。着任したばかりのハンマーシュミット教官は、レッドフィールドと談笑していた前任の教官に近づいていくと、挨拶代わりに前歯を全部へし折った。あとレッドフィールドの前歯をも全部へし折って残りの4年間おとなしくするよう゛去勢゛して、後に銀歯に総入れ替えする契機をつくる功績もさらりと残しつつ、ハンマーシュミット教官は血まみれで悶絶する前任者の鼻に指を突っ込むと、そのまま引きずっていった。

 指示がなければ士官候補生は宿舎からも食堂からも出られないから後の話は人づて、というか唯一の友達である目撃者ユスティアからの情報だ。

 レッドVaultがシティ・オブ・トゥームストーン中に物資を運んでいる電動トロッコは、線路にそって敷設された電源を動力源としている。その3本目の線路に人を押しつけて感電死させる、電気レールの刑というものが古くからレッドVaultにはあるのだが、着任からわずか30分でハンマーシュミット教官はそれをやってみせて、教官職の引き継ぎを終えた。

 以上が、マッドネスというアダ名の由来であり、私の恩師との初遭遇の記録だった。

 それからの4年間は今までの比ではない厳しい訓練となったけど、遥かに意義のあるものとなった。

 何より同期生はみんな、訓練への身の入れようが変わったことがその現れだ。

 ハンマーシュミット教官はいかなる区別もしない。等しく地獄のような訓練の日々へと叩きこむ、真の共産主義者だった。

 そんな日々にレッドフィールドが実力で残ったのは以外だったけど、その取り巻きの怠け者のほとんどは訓練から脱落して、ホリスタウン開拓地で今は畑を耕しているのがその好例だろう。

 そして激動の3年目が始まった。環境が好転した分、自分自身の問題と向き合う年となった。

 年のはじめに私は、ハンマーシュミット教官から至極まっとうな通達をされた。゛お前は兵士に向いていない゛。

 確かにそのとおりだと思いもしたけれど、言われたその夜は二段ベッドの上で少し泣いた。

 だか諦めるつもりなどさらさらない。

 座学だけは上位に入っていたが、頭がいいだけではデスクワークに回されるだけだ。外には出られない。

 自分の身体を呪うのはもう散々やってきたが、呪ったところで背が伸びることはこの先ないだろうと実感もしていた。だから対抗策を捻り出すしか、道は残されていなかった。

 レッドVaultの兵科は主に4つ。軽装備(ライトアーマー)でもって偵察と奇襲攻撃を担う偵察兵(スカウト)。数の多さと汎用性で主力を務める狙撃兵(ソルジャー)。技術的な問題を解決する工兵(エンジニア)そして、圧倒的な重装甲と重火力ですべてを蹂躙する機動兵器パワーアーマーを操るオペレーターだ。

 この内で私は、パワーアーマー・オペレーターだけに的を絞ることに決めた。

 パワーアーマー。核動力で動く、ウェストランドがかつて一つの大国だったはるか昔に生み出された強化装甲服で、そのスペックを使いきれば街1つを単騎で壊滅させることができるという、レッドVaultの名実ともに主力兵器の名前だ。

 まさに天職だった。あれならば身体能力のハンデも意味消失する。走り回るのはパワーアーマーに任せて、私は上手く操縦すればいいだけなのだから。

 それに動かすたげならともかく、複数のオプション装備使い分け、戦闘力を常に維持するための整備の知識まで求められるとなると、中々に頭を使うこととなる。座学だけは強い私の得意分野を生かせるというものだ。

 ただ一つだけ問題だったのは、短すぎて足が届かず、動かしたくとも動かせないことだけだった。

 原点に帰るとか、元の木阿弥とか、そういう話で(Luck)とはあまり縁がない私ではあるが、この時だけは別だった。

 レッドVaultは技術職を尊ぶ。

 労働者のために作り上げられたのが共産主義思想というものだ。発明品に寛容なのが追い風となった。

 義足の一種に、人の足の形を素直に真似るポピュラーなタイプではなく、金属板をS字に曲げたデザインのものがある。他の義足と異なって全力疾走もできる高い運動性能をもつそれは、安定性に欠けるという欠点がありはしたけど、戦闘で足を失くした傷痍軍人からは、走り回れるこの義足は人気があった。Vault 66でもよく見かけて、ずっと気になっていたものだ。

 ヒントを受けた私は、あれを自分の身長を伸ばすのに転用できないだろうかと考えたのだ。

 一言で表現するなら竹馬靴(スティルツシューズ)

 さんざん手こずらせてきた低身長への復讐劇とかで内なる創造力が燃やされて、思いのほか簡単に完成してしまった。いらない義足を医務室から貰ってきて自分用に調節するだけだったというのも、大きな理由だろうけど。

 軍用ブーツ越しに装着して、高さ調節用の伸び縮みするレールを足首に固定する。レールをめいいっぱい伸ばしきれば身長5フィートと3.39インチ(161センチ)となり、わりと身長制限ギリギリではあったがパワーアーマーを操れる身長にかろうじて達することはできた。

 固定ボルトを外してレールを溝に沿ってたためば、元の身長へとすぐに逆戻りできる。あまり嬉しくはないが、やはりバランスをずっと取り続けるのはキツイ。それと意図しない副作用といやつだったのだが、折りたたんだS字の義足部分はハイヒールのようで、中々に可愛らしいデザインとなった。

 性格の腐った同期生に笑われながらもパワーアーマー搭乗訓練に初めて履いていった時には、総入れ歯を覚悟したものだが、杞憂に終わった。

 善悪やルールについては厳格にすぎるほどのハンマーシュミット教官だったが、こと実戦に関わることとなるとすごく柔軟な対応だったのだ。きっと長年の実戦経験が、そうさせていたのだろう。

 無駄な対抗心を燃やしたレッドフィールドが、パチンコで手榴弾(フラググレネード)を飛ばせばグレネードランチャーの生産者は全員失業して野垂れ死ぬと発案した時でさえ、テストを許したぐらいだ。

 前には飛ばなかったとだけ書いておく。

 こうして、パワーアーマー乗りのクリスティア=カテジナ士官候補生は、残る4年間を何とかやってこれた。

 座学とパワーアーマーの成績は、常にトップクラスを維持してきたつもりだ。自信はあるが、明日に聞くことになるハンマーシュミット教官最後の怒鳴り声が配属先を読み上げるまでは、不安なままだろう。眠れそうにない。

 不慣れなキータッチで慣れない日記を書き続けている内に消灯時間となり、今は毛布で灯りが漏れないようにしながら書いているが、眠気がまったく訪れない。その徴候すらない。

 試験当日ですら日課の10マイルマラソンをやるハンマーシュミット教官の容赦の無さで疲れが溜まっているはずだけど、これも6年の成長というやつだろうか? 体力がついたものだ。

 ふへへ。

 いや、駄目だ。だらしないニヘラ顔が止まらない。明日が楽しみでならない。

 私と同レベルでパワーアーマーを操れる同期生は2人ほど。その実力にしたってその日の調子で上下するファジーなものでほぼ拮抗していて、その他の同期生とは明らかに一線を画すものだと自負している。

 空から魚が降ってくるぐらいの事態が起きなければ――地下に降らせられるなら降らしてみろ――まずパワーアーマー・オペレーターになるのは確実だ。

 そうだ空!!

 ついに言葉と写真だけで満足させられてきた空をやっと見れる!!

 毛布の下から顔を出してみて天を見上げてみても、見えるものはいつも通りにリベット張りの天井だけだ。それともおさらばだ!!

 明日になれば――いや明日は無理か、準備期間という名の7日間の休暇期間があるから。まず父上に挨拶して、あとスティルツシューズ制作まで裏から手助けしてくれた私の友人ユスティアになかとか借りを返してそして、配属先へと送られてVault 66を出る。

 18年の人生で初めて、外の世界(ウェストランド)を、噂に聞く空というものをこの目で見るのだ。

 もしかしたらのワーストケースとしてパワーアーマー・オペレーター以外の兵科にされるかもしれないが、それでも卒業すれば少尉補の士官だ。慣例通りに外へと送られ、最悪でも空は見れる。

 正直、それだけで十分だ。

 青空だといいが、いや別に曇り空でもいい。きっと絶対、感動する光景だろうな。

 ああ駄目だ。際限なく思考が脱線していき、取り留めのない文章を永延と書くはめになりそうだ。もう消灯時間になっているのに、肝心な時に寝こけてしまうかもしれない。

 この辺りで切り上げ、全身全霊で眠る努力をするとしようか。 

 ああそうだ。あと部隊に配属されれば、他人の汗臭い使い回しの訓練用、旧式機のT45パワーアーマーに乗ることもなくなって、完全に私専用のパワーアーマーが支給されるはずだ。出来たてのX-01パワーアーマーだといいな。出荷されたばかりでビニールが貼ってあるやつだ。

 昔にビニールをビリビリと散らばらせた後、新品のパワーアーマーを乗り回してる若い兵士を見たが、大人気ないなと感じた第一印象と今では、随分と考えも変わったものだ。

 私もやる。絶対やる。

 支給された機体に名前を与える儀式が新兵にはあるというが、その名前はウルフィーにしよう。発作的に思いついたが、中々に愛らしい名前で悪くない。そうしよう。今ここでメモっておけば、忘れても大丈夫。

 いやダメだ。もう寝なければ。

 今度こそ本当に眠るとする。おやすみなさい

 

 

 

 

 

【7回目の陳情】2287年10月30日

 

 最初に明記しておく。

 この日記に証拠能力を与えるため、一連の会話を記録したホロテープに基づいて、会話文は書き起こされている。容量の問題でホロテープは1日ごとに音声記録を抹消することになるので、オリジナルのデータは残っていない。以上。

 署名クリスティア=カテジナ少尉補。

 

 とりあえず、これから毎日書いていこうと決意したその翌日から空欄を作るという自分の無能さを戒めつつ、今日の出来事を思い出していきたい。

 長い一日だったから中々の文量になる。もしかしたら区切りをつけて数回に分けるかもしれないけど、時間だけはたっぷりとあるから問題ない

 朝。

 この日に目覚めたときの時刻は0500時。起床ラッパが放送される丁度60分前のことだった。

 同期生たちは、明日に控えた任地への派遣に備えていつもより深く、寝静まっていた。ここ一週間ほどは同期生一同が集う最後の馬鹿騒ぎでこの宿舎もうるさかったものだが、羽目を外す時とそうでない時の見分け方については、ハンマーシュミット教官の薫陶が行き届いていたらしい。

 少尉補任官によって与えられた不名誉な赤とオリーブグリーンの士官服に着替えて、戦闘用ブーツの上からスティルツシューズをいつものように装着した。肩口のベルクロに本来ならば、所属を示すワッペンを装着する義務があるのだが、私は付けることができない。

 

「諦めればいいのに・・・・・・」

 

 二段ベッドの下に住まうジョーンズ同期生の呟きを聞きながら、私は訓練生宿舎を後にした。

 昼夜のサイクルを再現するためとかで、Vault内は朝、昼、夜で照明の明るさが変わっていく。外の世界(ウェストランド)を再現することで正しい生活リズムを身につけることだ目的だそうだが、本当に外の世界(ウェストランド)ではそうなのかを知らない私としては、どこまでの再現度なのかはコメントできない。

 俗称゛太陽シミュレーター゛と呼ばれるこの照明システムと同じよう、外の世界(ウェストランド)でももしかしたら担当者が照明のスイッチをつけたり消したりを繰り返してるのかもしれない。そんな妄想がよぎる。

 これが妄想なのか、それとも万が一にも真実なのかを確かめるすべがないことは、一週間前にハンマーシュミット教官が教えてくれた。

 そのハンマーシュミット教官は報告書のあるべき書き方も教えてくれていた。その極意とは、知り得た情報は、無駄と思ったとしてもすべて書き込むこと。私にとって無駄なディティールだとしても、報告書を閲覧する誰かにとっては価値ある情報へと変貌するかもしれないからだ。

 だから、廊下にところ狭しと吊るされた無数のテレビが発するかすかなノイズについても書いておく。

 Vaultの声。

 それが24時間365日にわたって゛レッドVaultに参入せよ゛とのプロパガンダ放送と、工場等の作業員のために労働歌が流され続けるレッドVault発のラジオ放送の名前であり、テレビ放送の名前でもあった。もっともテレビ放送は、Vault 66内部でしか受信できないそうだが。

 この時は放送されていない状態を示す待機画面。゛PLEASE STAND BY゛の字が大写しとなっていたが、朝7時になれば、サムズアップしたマスコットキャラクターのシルエットに切り替わるはずだ。それがレッドVaultを率いる書記長。偉大なるザ・マンの象徴だった。

 レッドVaultに属する者にザ・マンの姿を思い浮かべろと言われたら、あの真っ赤なマスコットキャラクターを脳裏に描く。誰でもそうだ。

 毎朝7時の定例演説のためだけにこのテレビは配置されていたが、人っ子一人いない薄暗い廊下を歩いていると、あのノイズは耳についた。

 エレベーターを待つ間は、特にそうだった。

 私は乗降ボタンを押して、自分が今いる階へと、オレンジ色したニキシー管の階数表示が近づいてくるのをただ見つめていた。

 

 1F――副書記長そしてザ・マンの執務室および委員会最高会議室。[Pip-Boy 3000にアクセスキーをインストールしておかないと選べもしない]

 2F――委員会幹部の私室を兼ねる官邸。[上に同じく]

 3F――医療施設と秘密警察本部。[出入りは自由。だけどこの二つが併設されているので、私にはどうにも居心地が悪い]

 4F――大食堂Aと、図書館はじめとした娯楽施設。[よく入り浸った。本は良い]

 5F――Vault 66科学アカデミー。[何をしてるのか、誰にも分からない]

 6F――大食堂Bと士官候補生宿舎。[つまり現在位置]

 7F――旧食料倉庫、現人工農場区画。[18年の人生で、一度も縁がない区画]

 8F――リアクター室。[選びぬかれた技師にしか入室できない最高警備区画。その気になれば核融合炉を暴走させてVault 66跡地というクレーターを生むことだってできる場所なのだし、当然だろう]

 

 これが純正区画(オリジナル)のVault 66の全体図だ。

 いつも何かのパーツがギシギシと唸り声を上げる心臓に悪い210年物のエレベーターへと私は乗り込んで、10Fのボタンを押し込んだ。

 Vault-tecなる企業がこのVault 66を作り上げた時には、キレイにパネルへと収まっている階数表示にあらわれているように8階層しかなかったそうだ。だが今では、無理矢理感がただよう溶接跡ででこぼこな9階と10階のボタンが増設されていた。

 我がレッドVaultのご先祖様がどれほどの苦労を重ねて、背がちょっと高い羨ましい奴がジャンプさえすれば天井に手が届く。そんな8Fから上の純正区画(オリジナル)から掘り進んで、輸送コンテナを4つ縦積みしても余りある巨大空間を掘りきることができたのか? それも2階層分も。

 つねづね知りたい物だと思っているけれど、レッドVaultは過去を記すことを好まない。だから今日まで知れずにいた。

 レッドVaultは少し、過去を隠しすぎる。

 音割れのひどい電子音のベルが鳴り響いて、エレベーターの扉が閉まってい――く前に一度なぜか停止しかけたが、一度叩くとなんとか閉まりきった。

 いつかこのエレベーターはワイヤーが切れるなりして事故を起こすと思う。Vault 66のエレベーター全部が全部この調子なので、必ず起きるだろう。

 6、7、8、数字が下がっていく。ここまでは一定の間隔だ。

 9Fに差し掛かると、階数表示のニキシー管その挙動が怪しくなり始め、微妙に閉まりきっていないエレベーターの扉から純正区画とは異なる雰囲気の光が漏れてきた。光量ばかり強い、実用本位な光。太陽シミュレーターの管理下にない10F、その光は特徴的だった。

 10Fに到着。この倉庫区画に一歩でも踏み入れると、空気が変わることがすぐに分かる。

 

「ゴホっ」

 

 咳がこぼれた。いつ来ても、ここの空気は()()()()()体に悪い。

 摂氏76度から温度計の針が動かない快適すぎる純正区画(オリジナル)とは大違いで、倉庫区画と併設されている工場区画からの排煙装置はほとんど機能していない。だから10Fいつだって白く霧がかっていた。

 一応は、Vault 66の空気清浄機と接続されてはいるのだが、ただでさえ設計図から外れた違法建造の巨大空間。カバーするには広すぎた。

 そこら中をパイプが這いまわり、コンクリート製の外壁はススで汚れて、ひどい湿気が苔やキノコをあらゆるところに生やさせている。そんな風に薄汚れて、許容量を超えて山と積まれているコンテナの間を縫うようにして、私は目的地へと歩いていった。

 左右対称(シンメトリー)をテーマにしたかのような純正区画(オリジナル)とはまるで異なる猥雑さ。

 ついた名前がコンテナ・スラムだ。

 好んで居たいと思える環境ではない。

 それだけは確かだったが、Vault 66その人口のほとんどは、このコンテナの中に住んでいた。

 Vaultの声は役目を果たした。果たしすぎたのだ。

 トゥームストーン一帯に放送されたプロパガンダ放送によって、無数の人々をレッドVaultへと呼びこむことに成功していたが、あまりにその人数は多すぎた。純正区画(オリジナル)の収容人数ではまるで足りないほどの人々がVault 66へと殺到して――その結末がこの有様だ。

 コンテナに詰め込む目録に物資だけではなく人も書き加えるという解決策がなされてから久しく、今では立派な地下都市へと変貌してしまった。

 めざす目的地までは、6年間通った道だ。だから、しばしば裸電球だけの明かりで足元が見えづらくなったとしても、道に迷いはしない。気を配るべきは別にあった。

 スティルツシューズの鋼鉄の踵が大きすぎる靴音を響かせてしまい、コンテナスラムに暮らす労働者の幾人かに早起きを強いてしまったようだった。コンテナの溶接機で切り取られただけの簡素な窓に明かりが灯っていく。

 後悔先に立たずというやつか、いいゴムが見つからず伸び伸びとなっていたスティルツシューズの足音問題のツケを、この時の私は支払っていた。

 次は右かと、道路標識代わりのスプレーの落書きを見つけて私の意識は一瞬、スティルツシューズから引き離された。その標識をよく見えるようにするための裸電球の明かりは、コンテナとコンテナの間に挟まるように収まっていた寝ぶくろも照らしていて、寝ぶくろにくるまりながらこちらを窺う7、8歳ほどの少年――その、すすで汚れきった真っ黒い顔が見えた。

 このコンテナスラムに住むのは、例外なく全員が工場労働者だ。ここから他の部署へ、例えば士官学校などに行くのは難しい。もう死んでしまったアマンダも、ここの出身だったことを思い出し、シミ一つない軍服がすこしだけ恥ずかしくなった。

 さらに10分ほど歩き倉庫区画のはしっこ、目的地である兵器庫11のBへと私はたどり着いた。

 士官候補生の銃火器を保管、管理するのが兵器庫11のBの役割であり、場所柄が場所柄だけに兵器庫へとつづく入り口の受付は、鉄網で区切られたボックス状だった。そこから受付兼ガードの姿がが消えることは、どんな時間帯でもありえない。

 起床時間前のこの時にしたって、周囲の闇と反比例するような大きい明かりがボックスの中から漏れていた。さらに光のみならず声までも、ボックスからは漏れ聞こえていた。

 気だるげな男の声と、無機的なロボットの声だった。

 

「ソノ時、グロックナックのバーバりセンスが閃いタ」

 

 念のためもう一度書いておくと、この下手くそな朗読含めてすべて録音からの忠実な書き起こし。嫌なことでも、記憶から抜け落ちていたことでも、正確に書かねばならない。

 朗読者は、兵器庫の門番として顔なじみとなっていたいかにもロボット――プロテクトロンだ。あの機種らしい滑舌の悪さ、歩くブリキ缶などと表現されヨタヨタと動き回り、どことなく生命力がひ弱そうに感じられる。

 

「まて、その話は前にも聞いた気がするぞ。それ、145号だよな?」

 

 そのプロテクトロンに命じて、悪辣なる民主主義者どもが発行する禁制品のコミックブックなどというものを堂々読ませていたのは、この日の受付役。教官補佐の同志ウィリアム=ヘルツ伍長であることは明白だった。

 すきあらば紙巻きタバコをふかし、その代償をしゃがれ声で支払っていた。年は20代後半だと聞いていたが、見た目はもう10歳ほど老け込んで見える。ただその外見は、外の世界(ウェストランド)出身者に共通して見られるものであり、特別なものではなかった。特徴といえばせいぜい、右の眉だけが気の早い白髪となっていることぐらいだろうか。

 士官候補生一同からはノルマをこなすことだけが救いの、勤労精神を焼却炉に放り込んできた不良軍人一歩手前のような男だと評されていた。

 なぜヘルツ教官補佐の前歯がぜんぶ揃っているのかは、ハンマーシュミット教官七不思議の一つと数えられている。ちなみに残りの6つはまだ決まっていない。

 士官候補生としての私とこの男との接点は武器を受け渡してくる雑用係であり、少尉補として目当ての相手ではなかった

 だから無視する。 

 それとなく私が来た道を見渡せる立ち位置に移動して、直立不動の姿勢をとった。Pip-Boy 3000の時計によれば待ち人はそう、あと数分で現れるはずだった。

 それまでこのショートコントを聞き続ける苦行に耐えなければならなかったのは、頭の痛い問題だった。

 

「違いマス。279号デス」

 

 プロテクトロン。

 ロブコ社製のこのモデルシリーズは、どうにもAIが弱い。

 いわく、劣悪なAIなんだそうだ。

 この会社のロボットは全部こんな感じだと教わったがその通りで、7階の農場区画に務めるゼネラル・アトミックス社製のMr.ハンディなんかは、あの丸っこい機体の中に人間を詰め込んでいるんじゃないかと疑いたくなるぐらい、人間となんら遜色ない喋り方をしていた。

 性能を差し引いた分だけ価格が安く、それが元で大量に生産されたらしいが、おかげでプロテクトロンの頭の悪さは致命的だった。荷物運びの最中にうっかり手榴弾のピンを抜いて自爆をやらかすという迷惑行為を経て、この無名のプロテクトロンは、兵器庫11のBへと放り込まれてきた。そんな逸話が表れだ。

 いや待った。聞き流さず書き出すことで冷静になって見てみると、手榴弾のピンをうっかり抜いてしまうようなロボットがなぜ兵器庫に回されるのだろうか? 重大なミスというやつではなかろうか? 機会があれば進言してみよう。

 

「ほんの5分前に渡した145号が、どうやったら134も足し算されてすり替わるんだ? サバ読みすぎだろ。俺のお猿のティモはどうなった?」

 

 怒っているような言葉回しのくせに、口調からは気だるさばかりが漂っていた。

 この手のミスが初めてではないのかもしれないと考察することもできたし、単につまらない仕事がもたらした徒労感の発露、だったのかもしれない。

 

「ティモ・ザ・モンキーは、146号デ復活したクリスタルドラゴンの生け贄とシて食べられマス」

 

「・・・・・・貴様、今ネタばれしたのか?」

 

「湖の乙女フィオナは、200号で四次元宇宙を渡っテキタDr.ブレインウォッシュに殺害されマス」

 

「今、メインヒロインがどうやって死ぬかネタばれしたのか!?」

 

 自由な自我とやらに目覚めたロボットが労働者としての義務を果たさず、反乱を企てるというSF小説を呼んだことがあるけど――当然、公共図書館の一品だ――、世界征服を果たしかけたあの物語に比べひどく低レベルながら、本の内容そのままの惨状が目の前で繰り広げられているのかもしれない。

 座っていたパイプ椅子を軋ませて、ヘルツ伍長が禁制品のコミックブックをプロテクトロンから引ったくった。

 3本指のプロテクトロンがどうやってコミックブックを朗読できるように持っていたのだろうかと、今さらながら疑問を抱いたものの立ち位置が悪かった。書類の束に遮られているうえ、遠くから眺めていた私からでは、肝心なところが見えなかった。

 ヘルツ伍長は、奪い返したカラフルなコミックブックをパラパラと開いていった。

 

「なぜ279号にすり替わってるんだ・・・・・・」

 

 ギリギリ録音可能だった独り言を呟いておきながら、その言葉の内容と裏腹にコミックブックの紙面には、ヘルツ伍長の意識は向いていないようだった。

 横目で、私の方を見つめていた。

 

「・・・・・・なんど来ても無駄だ。あのハンマーシュミット教官が一度決めたことを曲げるものか」

 

 私にとってはもう、教官ではない。試験官と一介の少尉補にすぎなかった。

 ヘルツ伍長からはてっきり、また無視されるものだとばかり。

 この日でついに一週間。その間に私がハンマーシュミット教官――いや、大尉と交わしてきた会話をことごとく無視してきたというのに、なんの気まぐれだろう? 

 まさしくその気まぐれだったのかもしれないが。

 会話が成立していることすら怪しくなってきたAIより、私をいじるほうがマシという線も十分ありえる。

 相手にするつもりは、まったくなかった。無視を決め込む。

 舌戦を交えて勝ったところで、権限なるものが欠片もない雑用係たる教官補佐では――ただひたすらに不毛なだけだ。

 敵は゛あの゛と強調しなければならない強敵。マッドネス・ハンマーシュミットただ1人なのだ――そうできれば、1人であってほしかったけれど・・・・・・。

 

「ついに7日めか。どう考えたって6回拒否された陳情が7回に増えるだけだろう?」

 

 ヘルツ伍長がプロテクトロンにコミックブックを握らせ、手振りで鋼鉄の扉が開け放たている兵器庫の奥を指し示した。

 親指を向けられた方向へよたよたとプロテクトロンが歩き出し、銃架(ガンラック)に数えるのが嫌になるほどのアサルトライフルが収められてチェーンによって繋がれた兵器庫へと、消えていった。

 慣れたものだった。

 一人と一機は、ハンマーシュミット教官があらわる時間帯になると、いつものように黙々と証拠の隠匿を始める。

 どこに隠しているかを知ってさえいれば、Vault風紀改善委員会こと通称(AKA)秘密警察に通報することやぶさがではないのだけど、兵器庫に部外者が立ち入ろうとすれば射殺されても文句はいえない。そういう制度だ。

 ガシャ、ゴショとうるさい音を立てながらいったいどこに隠しているのやら、随分と奥まったところが隠し場所らしい。

 

()()()には何が不満なのか、俺にはまったく理解できんね」

 

 耐え忍ぶことは、あの悪夢のような士官学校2年目で悪手だと知った。

 だが何事にも時と場合というものがある。

 ここで相手にしてしまっては、単にキレやすいだけだ。

 

「・・・・・・今、お嬢様と呼んだか?」

 

 あの時にすべき反省を、今している。

 この時の自分はもうすこし冷静だったと記憶していたが、主観とは恐ろしいものだ。録音を聞けば、怒鳴っていないだけで明らかにキレてはいる、そんな自分の声が吹き込まれていた。

 

「共産主義は平等こそが信条。レッドVaultに上も下もなく、誰もがイコールである。そうあらねばならない義務を人民は背負う――知っているはずですよね? ()()ヘルツ伍長」

 

 ほとんどがザ・マンの演説からの引用だった。

 

「まあそのとおりだな。特にコンテナ・スラムで引用するのは、適切きわまる」

 

 ウィリアム=ヘルツ伍長。教官補佐のヘビースモーカーにして、口の減らない男。新たな評価が加わった瞬間だった。

 

「平等ね。模範解答そのものだが、100人に聞いて100人が寸分たがわず同じ回答だと、真っ当な人間は疑いたくもなる」

 

 士官候補生の99%はVault出身者で占められる。別に統計学に長けていなくたって、この数字の異常性は私だって分かっているさ。

 Vault生まれは、共産主義が排除しようと目指してきた特権階級(ブルジョアジー)そのもの。陰口としてありふれていて、そう言ったものは罰せられていた。

 ヘルツ伍長への嫌悪感は少なからず、逆ギレでもあった。

 

「考えてもみろ? レッドVaultのナンバー2、カテジナ副書記長の一人娘でなければ、あのハンマーシュミットが律儀に取り合うものか」

 

「父は関係ない!!」

 

 ゛すべては私の意志だ゛

 今にして思えば、言うべきはこっちの言葉だったろう。

 私の努力は、私だけのもの。 副書記長の娘だからと特別扱いされるなど望んだことはないし、御免だった。

 ハンマーシュミット教官のあの前任者などは、まさしく私を副書記長の娘として、立身出世のツールとしてしか見なしていなかった。

 前任者の名前をここまで書いてこなかったのは、もう抹消されたからだ。出世のためだけに高官の子供なりふり構わず優遇してきた汚点は、それだけ罪深いということだ。

 そう、無邪気に確信していた。

 

「権威だけなら確かに、ハンマーシュミット大尉は動きはしないだろうさ。だが、かつて独立任務部隊を率いたハンマーシュミット隊長となればどうかな? 知ってるだろうが、独立任務部隊はカテジナ副書記長の直轄部隊だ」

 

 借りならば話は別。

 そんなことで超法規的措置がとられてたまるものかと、私の怒りは増していくばかりだった。

 私は口がうまくない。でも、なんとか反論を絞りだした。

 

「お言葉ですが、ハンマーシュミット教官がたとえかつての上官からの要請とはいえ、レッドVaultの法を犯すとは考えられません」

 

「前任者を線路でバーベキューにする以外にはか? すでに前科一犯じゃねえか」

 

「あれは――」

 

 喉から出かかった言葉は、ヘルツ伍長に遮られた。

 

「まさか、正義がなされたなんて考えていないだろうな?」

 

「それ以外、何だと言うのですか!?」

 

 あの地獄のような2年目を知らない奴に、軽々しく言われたくなどない。

 録音を聞いているのが嫌になってきた。

 自分で自分に、すこしは冷静になれと助言したい・・・・・・。

 

「あの前任者が問題視されたのは、ハンマーシュミット教官が私的な()()をした後のことだ。どんな馬鹿やっても士官学校を受かれるとなれば、高官どもはあの前任者を歓迎こそすれ、罪に問うはずがない」

 

「そんな馬鹿な話が――」

 

 一度ならず二度までも、遮られる。

 

「法手続きのない処刑行為にも関わらず、ハンマーシュミット教官は罪に問われなかった。単に腐敗が正されたのならいい宣伝材料になる。それなのに、あの件は誰も口にだせないタブーとなった。高官連中よりもよほど大物が出張ってきたと見るのが、自然だろう?」

 

 ハンマーシュミット教官を前線から引き上げられる権限をもち、高官達とは別の利害で動ける人物。

 たとえ私が話さなくとも、最上階に住まう父が、足元で起きている事態を知らないなんてことはありえない。それこそ不自然だ。

 

「でも、あの前任者を処罰したのは間違ってはいない・・・・・・」

 

 苦し紛れの言い訳を、私は述べた。

 

「論理的にはそうだろうさ。問題なのは、超法規的措置が行なわれたということだ。理由さえあれば例外が認められると、お嬢様ご自身が認めてくださるわけだな」

 

 精神的に追いつめられつつあった私に比べ、ヘルツ伍長は余裕の顔だった。

 表紙にグロックナック・ザ・バーバリアン145号と書かれたコミックブックを見つけるまでは。

 しばしヘルツ伍長は、文字どおりに頭を抱え、兵器庫の薄暗がりへと目を向け怒号を放った。

 

「オイ、ブリキ缶!! なぜ俺のグロックナック・ザ・バーバリアンが床に落ちてるんだ!!」

 

 ギシ、ガコと身体をきしませながら゛ブリキ缶゛がもたもたと戻ってきた。

 

「千の顔ヲもつグレイテスト・タイガーは、炎ノ王国のスパイでス」

 

「誰がネタばれしろと言った!! 誰が!!」

 

 人の心を宿したロボットというのは反乱を起こすものと相場は決まっているけど、しょーもない嫌がらせも反乱の内に入るのだろうか? 

 どちらにせよロブコ社製のAIは意外と人間臭く、性根が腐りきっているのは確かだった。

 

「さっき隠したのはなんだ?」

 

「279号デス」

 

「なんで俺の買ったことがないコミックブックがあるんだ・・・・・・いや、それはいい。これ持ってけ。さっさと隠せ。もう時間が――」

 

 そこで私は「ゴホッ」と一つ咳をした。

 比喩ではなく空気が悪いというのもあったし、私の立ち位置はヘルツ伍長と異なって道を見渡せるというのも理由だった。

 私を見やりながらもしかしたら゛大丈夫か?゛と声をかけようとしたのかもしれない口の動きには、チクりと少しだけ罪悪感を感じもした。だがあのタイミングで咳き込まなければ、禁制品のコミックブックを持って佇むプロテクトロンとヘルツ伍長という犯行現場を抑えることは、不可能だったろう。

 子供ぽい意趣返しだったかな・・・・・・。

 ともかく。

 目の周りに隈、顔が半分埋まる髭面、両腕の火傷痕、歩幅はゆるがず一定で、鉄骨が入っているかのように背筋まっすぐなハンマーシュミット教官の姿が、兵器庫11のB入り口へと現れていた。

 休めの姿勢とは、足を開いて後ろ手に組む姿勢をさす。上官が入ってきた時にする姿勢としては正しい振る舞いだし、コミックブックを自然と後ろに隠せるという意味でも有効だった。

 ウィリアム=ヘルツ伍長。教官補佐のヘビースモーカーにして、口の減らない男そして、往生際が悪い。

 

「良い朝ですね。同志ハンマーシュミット教官」

 

「地下から太陽が見えるのか?」

 

 明らかな不発だった。

 地下ぐらし18年として言わせてもらうなら、一度ぐらい見てみたい。

 

「報告は?」

 

「格別のものはなし。近場のコンテナにモールラットが潜んでいたとかで夜中一騒動ありましたが、兵器庫11のBにはなんらの影響もありません」

 

「そうか、同志ヘルツ伍長。後ろ手に隠している禁制品を出せ」

 

 こうなっては、隠せば隠すほどに逆効果だ。

 恨みがましい横目を私へと向けながら、ヘルツ伍長はコミックブックを差し出した。

 

「同志ハンマーシュミット。禁制品ヲ発見。ご報告しマス」

 

「黙れ。貴様は初期化だ」

 

 悪意は無限大。友情はかけらもないらしいプロテクトロンは清々しいほどに、一刀両断されていた。

 正直、あの悪徳プロテクトロンは初期化しても直りそうにない気がする。

 それはともかくとして。

 

「この手の禁制品は黙認されているという声もあるが、ヒビの入ったダムの下で、決壊の心配もなしに安穏と暮らせるか同志ヘルツ?」

 

「・・・・・・いいえ」

 

「過ぎたる楽観は身を滅ぼす。ライターを出せ」

 

 右手にはコミックブック。空いた左手で腰をまさぐり出すヘルツ伍長。

 妙に時間がかかっているなと思っていたが、どうやらあれは無駄な努力の一環だったようだった。

 

「右の、胸ポケット」

 

 ハンマーシュミット教官の言うとおりの場所から、金メッキのオイルライターがすぐ現れた。

 絶妙に悪趣味な金色だった。

 50後半で背はさほど高くはないが、眼力その迫力は実戦経験の分だけ重く、印象だけは巨人に見える。そんなハンマーシュミット教官相手では、ふてぶてしさが取り柄のヘルツ伍長もさすがにすくんでいた。

 ヘルツ伍長から引ったくられた金メッキのオイルライターが、炎を生み出した。

 

「俺がいいと言うまで、手を離すな」

 

 炎の熱さだけではない、いわゆる冷や汗というものを掻きながらヘルツ伍長は燃えさかるコミックブックを右手で保持しつづけ、それを尻目にハンマーシュミット教官は、兵器庫内部の電灯のスイッチを押し込んでいた。

 もうすぐ右手を焼き払われる男を置いて、スリングスイベルに誰のものか分かるように訓練生ごとのドックタグが括りつけられたストーナー63アサルトライフルを点検して、私の後輩へと整備の大切さをネチネチ説教するための下調べを始めるハンマーシュミット教官。

 教官からすれば、私は日常業務の片手間で扱う案件のようだった。

 ハンマーシュミット教官は、顔をこちらへと向けずにあくまで銃架(ガンラック)へと向けたまま、私との戦いを始めた。

 

「何のようだカテジナ少尉補。任地に赴くまでの一週間という休暇期間を、なぜこんなところで消費している?」

 

 私は、そうハンマーシュミット教官のことを尊敬していた。

 公明正大で、なにごとにも動じない勤勉さ。正しいことを正しいと、どんな逆境でも言い切れる人物。それは私が目指した軍人像そのものだった。

 だからこそ、7日前に伝えられたG.O.A.Tの試験結果に納得がいかなかったのだ。決して。

 

「発言してもよろしいですか?」

 

 上官にはそう聞くものだ。

 ハンマーシュミット教官は1挺に目をつけチェーンから外し、槓桿(コッキングレバー)を何度か引いて確かめていた。

 

「許可する」

 

 幸か不幸か、あの1挺だけで点検作業は終わり。燃える速度がいがいと遅いコミックブックをもって立ち尽くすヘルツ伍長という、異常なオブジェを無視しつつ、さっきまで当のヘルツ伍長が暖めていたパイプ椅子へハンマーシュミット教官は座った。

 そして左右でつるの色が異なる眼鏡をかけたあとで、書類をめくり始めた。

 視線は一度だって、私へと向けられなかった。

 嫌がらせや罪悪感の表れといった風でないのは、醸しだされる戦士のオーラのお陰というやつだろうか。単に7度目ということで対応が雑になっていただけかもしれないが。

 私は、緊張に包まれながら、声を絞りだした。

 いつだってこの瞬間は緊張した。

 

「なぜ――」

 

 だがなんだろうか。この時は人の発言をさえぎるがブームとなっていたらしい。

 

「゛G.O.A.Tの試験に不正が差し挟む余地などない。コンピューターによって算出された試験結果が、部署も立場もことなる試験官の精査にかけられたうえで最終判断が下される゛」

 

 人が言い終わるまえに定型文が返ってきた。

 既視感を覚える。

 7日前に聞いたことを、7日後の今でもまた聞いていた。

 ハンマーシュミット教官の声で朗読される、他人の説明文だ。これを私は、つごう7回聞いたことになる。

 

「不正はあくまで無かったと、そう言い張るのですか?」

 

 ありえやしない。

 私ですら気がつくことが、ハンマーシュミット教官に気づけないはずがない。

 

「6年間軍人として訓練を受け、それなりの功績も残したつもりです」

 

「謙遜は無用だ。そのスティルツシューズのおかげで、足を失いながらもパワーアーマー・オペレーターへと復帰することができると立証されたのだからな。お前の功績に感謝している者は、両手の指だけでは数えきれん」

 

「それならば!! なぜ、私を工場の監督官などに任ずるのですか!!」

 

 7日前のことだ。私たち士官候補生は、次々に配属先を告げられていった。

 チャイナタウン前線、スリーピーホロウ強制収容所、カルチャータウン大使館付き武官。悲喜こもごもの発表会に、皆黙って耳をそばだてていた。

 自分のこれからがすべて決まるのだから、自分自身のこと以外に目を向ける余裕は、本来ないはずだった。

 だが私の名前が告げられ、続いてレッドVault内の工場区ラインB監督官へと任命されたその時には、同期生全員が私の表情を伺っていたことを鮮明に覚えている。

 覚えているのはそれだけだ。その後のことは、視界が真っ黒になってなにも思い出せない。

 私の6年間の努力そのすべてが、目の前で砕け散った。それも前例などない、軍人の工場勤務というありえない形でだった。

 

「一つのラインを任せられる監督官となれば、大出世と言っていいだろう」

 

「工場がどのように回って何をするべきなのか、それを知るために年単位の時間と情熱をかけた熟練の労働者であれば、賞賛されるにたる役職だと私も思います。でも、私は工場を見たことすらない門外漢ですよ!?」

 

「なら、どうしたい?」

 

「ハンマーシュミット教官がいつだって求めてきた――公平さです」

 

 コミックブックの炎は持ち手に迫り、ヘルツ伍長の手の震えは激しくなってきた。

 兵器庫は火気厳禁だが、不測の事態には備えるものだ。私は手近の消火器を手にとって、薄れかけていた消火訓練の記憶を引っ張りだしながら上部のハンドルを回そうとした。

 そんな私の動きにハンマーシュミット教官が座りながらで先手を打った。

 足元のくずかごをひっくり返して空にしてから、

 

「ヘルツ伍長。その禁制品をここに捨てろ」

 

 そう指示をだした。その瞬間ですら、視線は書類に落とされたままだった。

 命令は迅速に果たされた。投げ捨てるようにくずかごへコミックブックは放り込まれ。ギリギリ残っていた持ち手部分もくずかごの底ですぐ炭へと変わり、煙は新しい公害となって空中に霧散していった。

 私は消火器を元あった場所へと戻して、ヘルツ伍長は右手を振って痛みを紛らわせつつ、傷の具合を確かめていた。

 

「俺の知るかぎり、貴様は士官を目指していたな同志ヘルツ」

 

「ええ・・・・・・まぁ」

 

「それならば問うが、こんなものにうつつを抜かす時間があるのか?」

 

「・・・・・・」

 

「格納庫20周。その後でそこのブリキ缶を初期化してから通常業務に戻れ。以上だ」

 

 兵器庫から出たところを始めて見たプロテクトロンは、まず確実に逃亡を画策していたのだろう。足が遅いから無駄だったが。

 ヘルツ伍長は、努力家のプロテクトロンへと駆け寄って、利き手でないらしくおぼつかない手つきの左手で電源を切った後、コンテナ・スラムへと消えていった。

 格納庫ランニングコースは、直線ならば大した距離ではないけれど、コンテナで複雑に仕切られた隘路を登ったり降りたりするとなると過酷極まるコースだった。

 それを20周。

 午前中はもう会うことがないだろうと、この時の私は思った。

 駆け足が遠ざかっていくのに、しばし耳を澄ませる。

 足音が完全に消え去ると、ハンマーシュミット教官はおもむろに切り出した。

 

「そのとおりだ」

 

 私は待った。

 てっきり中途半端に切られただけで、まだ言葉が続くものだばかり思ったからだ。

 だが言葉の代わりに続いたのは、ページがめくられて万年筆が署名する規則的な音だけだった。

 

「そのとおりだって・・・・・・何がですか?」

 

「クリスティア=カテジナ少尉補は、自分の試験結果が改ざんされたと疑っている。今のところ明言はしていないが、試験結果に介入できる主任教官である俺を疑っている。でなければ毎朝この場所へ通えはずがない。ちがうか?」

 

「・・・・・・そうです」

 

「だからそのとおりだと言っている。俺は試験結果を改ざんした」

 

 いくらなんでもあっさりしすぎていて、7日間粘ってやっと得られた勝利、そんな感慨は、まったくなかった。

 感情が湧き出てきたのは、Pip-Boy 3000の画面から確かに録音がなされているのを読み取った、そのあとのことだった。

 

「なぜ、ですか・・・・・・」

 

「ヘルツ伍長のせいだ。奴は怠けても罰せられないギリギリのラインを攻める、小賢しい男だからな。よほどの理由がなければ兵器庫から追い出す口実がなかった。この話題を奴に聞かせるわけにはいかんだろう?」

 

「そういうことではなく!!」

 

 マッドネス・ハンマーシュミット。厳正にして厳格な私の恩師。その人物が方を破るという忌み嫌っている行為をして、

その事実を告白した。そのことに私は、少なからず悲しみを覚えていた。

 そうだとも、あの前任者に罰を下した時、私はこの人物へと憧れを抱き、一つの目標として目指してきたのだ。

 

「俺がなぜ、もちえる職務権限でもって試験結果を変更したのか。第202狙撃兵大隊所属のパワーアーマー・オペレーターから、兵器庫11のB勤務に変えたのか、それを知りたいのだろう?」

 

「そうです!!」

 

 勢いあまって言い切って、違和感に気がつく。

 私は工場の監督官にされたのだ。なぜハンマーシュミット教官は、兵器庫勤務なんていったんだ?

 ミスにしては、あまりに度が過ぎる。

 

「兵器庫勤務?」

 

「そうだ。貴様は、字は読めるだろう? ならヘルツ伍長よりはるかにマシなのは明らかだ――また書式を間違えてる・・・・・・」

 

 書類をめくっては、傍線をひいて訂正文を書き入れる作業に、ハンマーシュミット教官は勤しんでいた。

 

「゛コンピューターによって算出された試験結果が、部署も立場も異なる試験官の精査にかけられたうえで決定される゛。()()()()()()()()()()()。コンピューターの結果は完全ではないから、教官主任である俺には、あの電脳の計算結果を拒否する権限が、俺にはある。場合によってな」

 

 どうにも、話が繋がらなかった。

 恩師の裏切りでただでさえ混乱する頭には、複雑すぎた。

 確かにハンマーシュミット教官には、G.O.A.Tの最終結果を拒否する権限がある。そこに、違法性はない。ただ工学の専門家を漁師にしたところで意味がないよう、受験者ごとの専門分野にのみに派遣先は限られる。

 軍人ならば、軍の管轄下にある兵器庫勤務などがそうだ。

 だったら、それは改ざんにあたらない。

 いやむしろ、わざわざ私を工場勤務なんて横紙破りな配属先にしてしまえば、それこそ教官の職務権限外の改ざん行為となってしまう。

 受験者の思わぬ適正を見いだして、他の分野へと送り込めるのはコンピューターの計算結果のみだからだ。

 

「訳が分かりません・・・・・・」

 

「ハッ。悪人が善行をなし、善人が悪行をなす。人間は訳の分からないことをする生き物だ」

 

「そんなありきたりの人生訓を聞きに来たのではありません!!」

 

「わかっている。昔言ったことを覚えているか?」

 

「教官からは、多くを学びました」

 

「そうだな。そしてお前は兵士になれんとも言った。それから3年後、お前は同期のなかで第三位の成績を収めた。よくやった」

 

 ハンマーシュミット教官の褒め言葉のなかで最上のものは、褒め言葉がかけられることそれ自体だった。

 こんな前後の会話を忘れて、始めての褒め言葉に嬉しくなった自分がいた。

 ある意味、死刑囚に最後の晩餐が振る舞われるのとおなじことだとは、気がついていなかった。

 

「だが貴様は、喘息を抱えている」

 

「それは、」

 

「敵が目の前にいる。理想的な交差射撃位置に敵が近づいてくるまで、お前の属する部隊は、物音一つ立てずにいる必要がある。気がつかれればご破産だ。反撃をうけて、ミイラ取りがミイラになる可能性だってある。その時、お前にあの咳の発作が起きたら?」

 

「だからパワーアーマー・オペレーターを志しました。外部マイクを切れば、咳が漏れ聞こえることはありえません」

 

「だとしても、咳き込みながら精確な射撃ができるか? 俺はリアリストだ。戦場の現実を知っている。努力し、結果も残し、懸命に持病と向き合う兵というのは美談だろうが、前線の部隊にとってはリスクにしかならない。貴様が兵器庫に勤めれば、誰も死なん。すくなくとも貴様のせいではな」

 

「それは穿ちすぎな意見です!! そういう偏見をなくすためにG.O.A.Tはコンピューターによって判定を下すのではないのですか!?」

 

「試験の当日。俺が結論を下したその直後に、貴様の父上が訪れた」

 

 驚きは、なかった。

 最悪の可能性であったけれど、すべてに説明がつく可能性にはとうに思い至っていた。

 ああやっぱり。そうだったか。

 

「゛余命1年゛だと聞いたが、事実か?」

 

「・・・・・・医者は、そう言っています」

 

 記憶に靄がかかるぐらいに、昔のことだ。

 8歳になるころ、突然咳が止まらなくなった。

 口の中に血の味がするほど咳が続いた時もあったが、医者から出された薬を飲みはじめてからは弱まった。

 弱まった。

 そう弱まっただけで、一向に治る気配がなかった。

 ただ私としては、時折、身を曲げて苦しみが去るのを耐え忍ぶことがあるぐらいで、不便ではあるが、なかなか伸びない背のほうがよほど心配だったことを覚えている。

 人間は何にでもなれる。物心ついたばかりの子供ならなおさらだ。

 ただの、喘息。

 空気清浄機は200年物の骨董品だ。身近におなじ病状の者がいなかったわけでもないし、運悪く、私もその1人になっただけだと、最初はそう思っていた。

 10歳になるころには病気との付き合いも長くなって、どう折り合いをつければいいのかを学んでいた。

 変わったのはその年の誕生日、休日というのが2、3時間の長めな休み時間なのだと思っているらしい父が、丸一日も休んだ。その時に、私に残された時間はあと9年であることを、父は告げた。喘息は単なる症状一つ。例えるなら時限爆弾のパネルにすぎないのだと教えられた。

 薄緑色のビンに詰まった薬で、病気の進行は遅らせられる。だが、直すことはできない。

 唯一の良いニュースは、死ぬ直前まで身体機能はほとんど衰えないことぐらいだろうか。

 

「カテジナ副書記長が俺に話し、医者へ確認をとった。俺はなにか勘違いをしているか?」

 

「いいえ・・・・・・何一つ」

 

「医者の言うとおりに、咳をのぞいて身体機能は死ぬその瞬間まで衰えないとしても、もし作戦行動中に突然貴様が死んだら、お前の同志はどうすればいい? 戦闘状態になくともパワーアーマーという強大な戦力の、それも育成が困難な専門職である操り手(オペレーター)を失えば、その穴を埋めるまのは容易ではない」

 

 やっぱりか、合点がいった。

 わざわざ工場送りなんてする必要が、ハンマーシュミット教官にはないのだ。私を前線に送らなければいいのだから。

 工場へ送れる手段と動機を兼ね揃える人物は、この世界に1人しかいない。

 

「・・・・・・お前は馬鹿じゃない。それが分かっていて、まだ結果に不満を抱くか?」

 

「はい」

 

 即答に、あのハンマーシュミット教官ですら、驚きがあったようだ。

 頑なに書類を書く手が、この時だけ止まった。

 あと9年で死ぬと告げられた時にショックは・・・・・・当然あった。だけどそれより、焦りのほうが上回った。

 残り時間でなにができるか? 多くはない。だけど、何か一つでも自分で成し遂げたかった。

 

「基礎学校で、私よりもずっと長生きする同級生に囲まれて、この世の不平等を自覚したその時――すべての人々に平等を与えんとする共産主義をトゥームストーンに広めるのは、悪くない意趣返しだと思いました。その直後、軍に志願を」

 

 それに、Vault生まれが外の世界(ウェストランド)へと確実に出るためには、軍は都合がいい。

 私は身近なすべての人々に迷惑をかけるだろうが、それでもささやかな貢献を自分の手で成し遂げて、青空の下で死ねるのは、そう、とても切りが良いとそう思えたのだ。

 

「ハンマーシュミット教官のお考えは、納得しました。ぐうの音も出ません。でも、なぜ罰せられのがわかっていながら、父からの試験結果を改ざんせよとの命令を、受け入れたのですか?」

 

 病気のことを隠していたのは、事実だ。

 私の100%の非だ。

 でも、諦める気はさらさらない。

 録音はされなかったがハンマーシュミット教官は深い、静かな溜息をついた。

 

「頑固な親子だ・・・・・・」

 

 その一言が、私人と公人が入り交じるハンマーシュミット教官の、昔語りの始まりだった。

 

「昔の話だ・・・・・・俺の前任者を覚えているか?」

 

「できれば忘れたいです」

 

「だろうな。お前は、俺が交代の主任教官だと聞いていたろうが、真実は異なる。俺は新任のサバイバル教官の予定だった。あの前任者とは挨拶だけのつもりだったんだが、一目でアレが権威に守られた馬鹿だと分かって・・・・・・こう、無性に腹が立った。冷静になれなかったのは、俺にしては珍しい。2週間前に妻子が皮を剥がれて殺されたことが原因だな」

 

 さらりと、重すぎる過去が語られた。

 こんな身の上話の最中ですら、ハンマーシュミット教官の鉄のような表情は崩れていなかった。

 だが目だけは、ここでない別の場所を見ていた気がした。

 

「セカンド・フリートの、たぶんドッグ・ヘッド・テイラーかノーノーズ・ブッチャーの仕業だろう。奴らのいうところの戦女神に捧ぐために、よく皮を剥ぐんだ」

 

 口を湿らせるためだろうか、ハンマーシュミット教官は紙コップに給水器から水を注いでいた。

 

「お気の毒です」

 

「いや、そう言われる資格がない。そもそも妻子だと認めなかった。息子と血がつながってるのは確かだったがな」

 

 私はなぜか、驚いていた。

 ハンマーシュミット教官も人間だったのかと、見当違いな驚きを。

 私は恩師をどうにも神格化しすぎていたようで、それが結果的に人間扱いしないというひどい認識につながっていた。逆に侮辱しているな、これ。

 

「それで、だ。つい処刑したくなった。諸々の手続きを踏まずにな。後にも先にも、私事だけで動いたのはあの時だけだ・・・・・・いや、今となってはもう一つあるが。奴を゛クリスピー゛にしたのは、正しいことだと思うか?」

 

「はい」

 

 断言できる。

 私も、もしかしたらあのレッドフィールドでさえ、結果的には私の同期生全員により良い道を進ませただろう事件だった。

 

「だが、組織において手続きなき正義ほどの悪例もない。俺も死ぬ予定だった。それがレッドVaultの法、そのあるべき姿だ――カテジナ副書記長に助けられるまではな」

 

「あの父上が・・・・・・」

 

「意外か?」

 

「父上はハンマーシュミット教官に負けず劣らず、ルール第一の人ですから」

 

 すくなくとも、私の前ではそう振舞っていた。

 

「俺のためなら助けん。カテジナ副書記長の例外はただ一つ、貴様だけだ。娘により良い環境で学べるようにする為、俺を放免するというリスクを背負ったんだ」

 

 飲み干された紙コップが机に置かれ、ハンマーシュミット教官は自分のPip-Boy 3000を起動して時刻を確認した。

 もうそろそろ、Vault 66の起床時間だった。

 同級生にとって最後の休暇の始まりであり、労働者にとっては就業時間の始まりだ。

 ここもすぐ騒がしくなる。

 

「俺には借りがある。それを――」

 

 そこで言葉は途切れた。

 時計の針は7時となり、起床ラッパの電子音がスピーカーというスピーカーから流れ始める。

 そしてこの兵器庫だけではなく、Vault中のテレビが点灯した。

 ハンマーシュミット教官も一時言葉を止め、パイプ椅子から立ち上がった。

 私も教官にならって、直立不動の姿勢をとる。これがレッドVaultのすべての人民の義務だった。

 Vaultの声の、放送時間だった。

 

 

ドーブラエ ウートラ(おはよう)Vaultの同志諸君』

 

 

 テレビのPLEASE STAND BYの文字が消えて、真っ赤な親指を上げたマスコットキャラクターのシルエットへと入れ替わる。そして深い、染み渡るような低音のハスキーボイスがスピーカーから流れだした。

 

 

『世界に平等をもたらさんとする同志諸君。私とともに血を流すことを厭わない同志諸君。こちらはVaultの声――ザ・マンである』

 

 

 このコンテナ街に、正確に何人が住んでいるのかは知らない。もしかしたら誰も把握していないかもしれない。

 だが起床時間を守っている者は、百や二百で済まないことは確かだった。

 

 

Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」

 

 

 掛け声が唱和して、反響音で何倍にも増幅されつづけた。

 音というよりはまるで振動。声の圧力が私を貫いていた。

 義務ではないそういうことになっている。だが、合わせなければ排斥される。これはそういう行事だった。

 同志ザ・マンの偉業は、いくらでもあった。代表的なところでは、今もレッドVaultが存続しているそれ事態がザ・マンの功績だった。

 その偉業は誰もが知っている。だがその姿を知っている者は、片手で数えるほどしかいない。

 このレッドVaultを統べる生活向上委員会のメンバーだけが、直接その姿を見ることが叶うのだ。

 セカンド・フリートの工作員によって硫酸をかけられ顔が焼きただれた。それがよく聞く説だったが、いわゆる有力説というやつであって、事実かどうかは分からない。

 セカンド・フリート。レッドVaultの宿敵、民主主義を゛信仰゛する者達。その異常性は、ハンマーシュミット教官のような経験が゛ありふれている゛ことからも明らかだ。レッドVaultの大部分の人々が、セカンド・フリートに肉親を殺されている。

 話が逸れた。

 とにもかく、書記長として私たちを指導しているのは、ザ・マンその人であることだけは、確かだった。

 私は喘息持ちとして、掛け声は免責されていた。

 特権を使うのは憎んでいるが、演説を咳で妨害してしまい煙たがれるよりはマシではある。

 

 

『かつて、我々の理想がこのシティ・オブ・トゥームストーンを包み込む寸前だった。鉄さびに装飾された戦艦が蘇るまでは、あの世界を焼きつくした悪意が蘇るまでは』

 

 

Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」 「Ypa(ウラー)!!」

 

 

『最終戦争の時と同じく、忌むべきセカンド・フリートは海岸線をあの巨砲によって破壊し尽くした。諸君の先達たち、今を生きる我々のために犠牲となった革命戦士もまた、あの巨砲に薙ぎ払われ、ロボットに追い詰められ、野蛮人に切り刻まれた。その犠牲が何を残したかのか?  今日もまた戦いを始める、たった一つの正しき思想を信ずる戦士たちに、道を指し示したのだ』

 

 これ以上、ザ・マンが何と語ったのかは、もう書かないことにしよう。

 私にとって演説どころではなかったし、その気になれば図書室のアーカイブで調べられる。

 朝から熱狂の度合いを高めていく掛け声にかすれぎみで、最初はハンマーシュミット教官の声はうまく聞き取れなかった。

 ハンマーシュミット教官はザ・マンへと敬意を見せていたが、演説に毎回付き合うほど盲目的な支持者でもないのだ。

 

「このコンテナ・スラムだと、空気が悪い。持病が悪化するかもしれない。そう、カテジナ副書記長は懸念していた。だから俺は借りを返すために、空気清浄機がまともに働く部署へと試験結果を改ざんした。参考までに、俺の考えを話しておこう――」

 

 ハンマーシュミット教官は、私へと向き直った。

 

「――この件は、レッドVaultの範疇外だ。すべてはそう、家族の問題だ」

 

 これで話は終わりだった。そう、お互いに。

 最後に資本主義の害悪を広めようとしているセカンド・フリートを批判するアジテートで締められた演説を聞き終えてから、私は敬礼を残して兵器庫11のBから立ち去った。

 改ざんされた理由が分かりさえすれば、すべて解決すると馬鹿な考えを抱いていた。

 むしろ問題は深まってしまった。

 悪意なら、跳ね除けることを躊躇したりしない。だけど、善意ならばどうしようか? 押し付けがましく、窮屈なものでも、動機が親子の情であるのなら・・・・・・。

 作業開始を伝えるベルの音が、耳の痛い音割れをともなってスピーカーから流れだし、コンテナ・スラムの道は労働者、それと新たな士官訓練生達で埋められていた。

 その人波を掻き分けながら私は、格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

【家族の問題】 2287年10月30日

 

 午前中いっぱい長々とベットに寝そべりながら、考え事なのか、それとも父との対決に覚悟を決めようとしたか、そのどちらかに時間を費やした。

 この件について、書くことが見当たらない。

 休暇という名の、私が使える自由時間は今日までだというのに、悠長すぎたのは認める。

 でも、我を通すためには父の善意を踏み潰すしかないことへの罪悪感は、中々にキツイ。

 父は単に、私に1日でも長く生き延びてほしいだけなのだろう。そのために、何十年も範を示しながら守ってきた法を、破るぐらいの覚悟で。

 ふう。

 録音されたため息は多すぎて、数えたくもない。

 堂々めぐりの駄思考は置いておき、まずは私の友人であるユスティアについて書こうと思う。私のたった一人の友達のことを。

 フルネームでいうならば、ユスティア=()()()()

 ウェスト4(フォース)st駅に生まれし子ユスティアの意味で、これだけで彼女がトンネルラッドの生まれであることが分かる。

 どうしようか。書くべきだろうか。いや復習の意味も兼ねて、レッドVaultとトンネルラッドという部族の歴史を書いておこう。それはユスティアの個性(キャラクター)にも直結していることでもあるし。

 それは、薄れ消えかかったVault 66の壁の表記だけでなく、住まう人々からもVault 66と呼ばれていた時代の話。今からそう、200年ほど前の話だ。

 なぜかは知らないけど、当時のVault 66には、私のご先祖である共産主義者の一団と、その宿敵である民主主義者の一団が同居していたそうだ。

 地上がなぜ焼きつくされ放射能で汚染され尽くされたのか? そして今も繰り広げられているセカンド・フリートとの戦争を思えば、平和的共存なんてありえるはずがない。なのにというか、まあ予想にどおりにVault 66内部でも戦いが始まった。

 先制攻撃は例によって民主主義者から。

 拡張工事以前の、今よりもうんと狭いVaultの中で、両勢力とも厳重に保管された銃火器に手が出せなかったそうだ。そのために、凄惨な手作り(ホームメイド)武器での肉弾戦が繰り広げられた。

 床も、壁も、天井すら血で染まって、数でまさる民主主義者たちは徐々に、ご先祖たちを下層へと追いやっていった。最下層の武器庫へと。

 リアクター室に併設されていた当時の武器庫は、危ないものは一極集中で管理するという思想だったのだろう。爆薬も詰め込んでいたそうだから、安全管理としてはどうなんだろうかと思いはするけど。

 とにかく。

 歴史書が書くところでは、ご先祖様は最初こそほくそ笑む思いだったそうだ。武器庫へのアクセスキーを多大な犠牲を払って手に入れていたご先祖たちは、一発逆転を狙える武器庫へと追いやられていたのだから、そうだろうとも。

 だが民主主義者たちは、最上階のVault監督官のコントロールセンターを抑えていた。

 今日ではザ・マン執務室となっているその部屋からは、Vault 66すべての隔壁を閉じることができるのだ。

 予定通り、パワーアーマーすら手に入れ武装しつくしたご先祖様だったが、隔壁はすべて閉じられてしまい、食料庫は隔壁の向こう側にあった。

 民主主義者たちからすれば、ただご先祖様が飢え死ぬことを待てばいい。

 最小限の被害で、最大限の利益をえる。恨みつらみが文面からほとばしる歴史書ですら手放してで褒め称える、本物の戦略的勝利だった。

 いかに苦労して開けようと試みたかは、数十ページに渡って記載されていた。だがすべて無駄に終わる。核の直撃に耐えられるよう設計された隔壁は、生半可な方法では傷をつけることすらできなかった。

 手に入った最大火力である小型核爆弾(ミニニューク)を使うというアイデアもではしたが、すぐに却下された。

 核兵器に耐えうるよう設計された隔壁に向かって核兵器を使うというのは、一か八かの賭けすら成立しない、新手の自殺にすぎない。それほど飢えに追い詰められていたのだと、いえなくもないだろうけど。

 ミニニュークを使うとしたら自爆覚悟。爆風が返ってきて焼き殺されるか、それともVault自体が崩落するか、どちらにせよ最後の缶詰が開けられた後では、ご先祖様に選択肢などなかった。

 志願者の名は、勲章の名にもなった英雄レナード=フィッツカラルド。21歳の彼は、たった10フィート(3メートル)の導火線からミニニュークを起爆させ、命と引き換えに地下鉄へと通ずるルートを掘削した。隔壁は硬かったが、外壁まで同じ規格で設計されてはいなかったのだ。

 今ではレッドVaultの出入りに使われている城門(ヘルズゲート)は、この時の核爆発をもとに整備されたものだ。

 あるかどうかすら怪しい食料を、地下鉄のどこからか探し出すという作戦は、ご先祖様達の予想に反して成功を収めた。あの最終戦争の時、地下鉄へと逃れることで核の災厄を生き延びた人々――トンネルラッドとの出会いによって。

 弓と槍で武装して食用キノコを栽培するという原始的な部族社会は、今も昔も変わらない。それがトンネルラッドという人々の、生き残るための術だった。

 そんな彼らから食料を得ようとしたご先祖は、最初こそ友好的に接しようと努力はしたらしい。平等こそが共産主義の本質だ。

 だが、なぜ彼らが弓と槍で武装せねばならないのかを、トンネルラッドが齧っていた゛肉゛の正体から気がついたことによって、ご先祖様達その努力は消え失せてしまった。

 人肉食い(カニバリズム)への嫌悪感が、Vaultに蓄えられていた近代兵器をつかう正当化へと繋がっていった。弓と槍で太刀打ちできるはずもなく、一晩のうちに一部族が抹消された。

 この不幸な出会いはトゥームストーンすべての地下鉄へと恐怖をともない伝わって、すぐさま他の部族からの貢ぎものへと繋がった。

 ご先祖様は、細心の注意を払って貢ぎものからキノコだけを選別して、ついに飢えから解放された。

 武器もあれば、食料もある。食料があるということは、民主主義者たち最大の武器である時間も、ご先祖様の味方になったということだ。

 外の世界(ウェストランド)から回収してきた物資でもって気の長い採掘作業が繰り返された結果、Vault 66の隔壁は少しずつ削り取られていった。

 10年の時が費やされた。

 最上階へとたどり着いたご先祖様はそこで、毒の酒をまわし飲みした民主主義者たちの亡骸を発見したそうだ。

 こうしてVault 66は赤く染めあげられた。

 宿敵は今のところ消えた。そうなると問題になったのがトンネルラッドの処遇だった。

 レッドVaultの理念。共産主義の理念とは、すべての人民をイコールで結ぶことである。

 醜い外観だからと差別されるグールも、対話困難とされるスーパーミュータントも、すべて共産主義のもとでは平等だ。なのにトンネルラッドの゛悪食゛が許しがたいことだといって、彼らを下に見ることはあってはならない。

 ゛平和こそが我が職業゛というのが我が家の家訓らしいけど、同じ言葉にご先祖は従った。そうでなければ、私はユスティアに出会うことがなかったろう。

 Vault最古の同盟者として、トンネルラッドのほとんどの部族がレッドVaultと盟約を結んでいる。共産化できなかったのは、あの不幸な出会いが尾を引いているのは、確実だろう。

 レッドVaultには今だに、トンネルラッドへ露骨に差別的にあたる者もいた。レッドフィールドなんかはその典型だが、野菜スープを作っている横で二の腕の串焼きを焼きはじめるとなると、ある程度お互いに非があると思えなくもない。

 教科書丸写しで書き終わったぞ。ユスティアの話に戻ろうか。

 ユスティアは、私が心から友人だと言い切れる唯一の人であり、おそらく短い人生でこの先超えられることはないであろうと思わせるほどに、個性的な女性だった。

 立っても座っても、喋ろうが喋るまいが、呼吸するだけで個性がほとばしっている。そんな人だ。

 私よりは5、6歳ほど上だろうが、よく笑い、しばしば青白い肌の人なんて呼ばれるVault居住者と同じぐらい外の世界(ウェストランド)に生まれにしては血色のいい美しい肌をしていた。妙に鋭いギザ歯をチャームポイントに加え、美人で巨乳で炎のようなの赤毛はサラサラと綺麗だった。背丈は人並みだけど、それもたまに、ときおり、頻繁に、嫉妬したくなった。

 華奢な見た目に反して、鍛えぬかれた背筋から生み出される矢の一撃は、重い。下手なスナイパーよりも素早く、正確に標的を射ることができる生まれつきの弓兵だった。私ならパワーアーマーを着込んでやっとユスティアと対等に張り合えるぐらいの、すさまじく高い戦闘力の持ち主だ。

 なんだこの完璧超人・・・・・・。

 創作混じえて目一杯贔屓しても、嫉妬心から全力尽くして批判的に書いたとしても、文面は似たり寄ったになるだろう。どうあがいたって事実なのだ。

 さらに付け加えるなら、謎の赤身肉を食べだしたりもしない。少なくとも目の前では、今のところ。

 ここまで事実だけを書いたきのに褒めちぎってるよう見えてしまうが、ユスティアにだって欠点はある。端的にいうと、性格が月ぐらいまでぶっ飛んでいる。

 月か、丸いと聞くけどどんな風に丸いんだろう? いやそうではなくて。ユスティアとの出会いは、3年前のことだった。

 私は訓練の一環として、城門(ヘルズゲート)の歩哨に立っていた。いずれ士官になるのだからこそ、兵の仕事を体験すべきというのが訓練の趣旨だった。

 風の音が化け物の咆哮のように聞こえてくるパラノイアを育てる完全な闇の中。私はストーナー63に取り付けられたライトだけを頼りにして、歩哨を続けていた。

 膀胱の小さいジョーンズはすぐトイレへと消えていったため、私一人だけで地下鉄のトンネルに立ち尽くす時間は長かった。そんな時、普段は電動トロッコが出入りするトンネルから、ユスティアが一人ひょこひょこと歩いてきた。手からだくだく血を流しながら。

 小型チェーンソー(リッパー)を作業で使っている時に綺麗に切断されてしまったそうだ。右手の小指切断というそれなりの重症だったために、最寄りの医療施設であるVault 66まで部隊を外れて歩いてきたと、後から聞いた。普通ならこのことを歩哨である私に話し、場合によっては医務室へと同行を願うのが真っ当な対応というやつだろうが、たしか゛ういのう゛だのと呟いて、ユスティアは私と立ち話を始めた。

 年上だからというのもあるだろうが、ユスティアはしばしば姉のように振る舞いたがる。この時だって、ポシェットから小さめなテディベアを取り出して、私にプレゼントしようとした。血まみれの右手で掴んでテディベアに赤黒いまだら模様つけながら、握るのに邪魔だからと切断された小指を口に咥えて。

 倫理観がどうにも欠落してる。

 そうと決めれば、行動あるのみ。

 目先の欲望のまま刹那的に生きていると表現してもいい。

 正直、本気で何考えているのかわからない時が頻発するのが、私の友人というやつだった。

 普通人は、自分とちがう相手とは相容れないものだ。例えば、私の喘息のことを知って憐れんだり、副書記長の娘ということでご機嫌を伺ってみたり、逆にいじめたり、違いというのは人と溝を作る。

 だけど清々しいほど真逆となると、逆に仲良くなれたりするのも人間だ。

 今のところユスティアにしか該当してない持論だけども、そう的外れな説でもないと思う。

 そんなユスティアに私は、相談することに決めた。

 相談と称して背中を押してもらいたいだけかもしれないけど、鬱々と時間を費やすよりはマシだ。時間がないのだ。そう結論づけた。

 私は赤黒く変色したまだらのテディベアが眠る個人ロッカーから薄緑色の薬ビンを取り出してから、医務室を目指した。

 

 

 清潔感をたもつという使命を背負う医務室は真っ白で、シミ一つない。黒白のタイル張りの床に、空の点滴器とベッドが整然と並んでいて、その一床に彼女はいた。

 傷は3年前に治っていたのに、ユスティアは医務室に住み込んでいた。

 住み心地はいいのだろう。コンテナ・スラムどころか、私の宿舎よりもずっといい。

 どうやったかは、知りたくない。

 年単位の住人となっているのに秘密警察が現れない辺り、よっぽどのことをしたのだろうが、他に迷惑を被るものがいないのだからと、私も黙認していた。

 ヘルツ伍長とコミックブックの一件を思いだして、ダブルスタンダードかなと自戒する。ユスティアに甘すぎるかな。

 ここはベットが10床ほどの軽傷者用の狭い病室で、長期入院用の病室はここよりもはるかに大きい。

 軽症者というように、利用者のほとんどが工場で切り傷を負ったとかの、包帯と消毒液でどうにかなるそういう人ばかりだった。

 ベットは実質お飾りなのだ。

 利用される機能の九割が薬棚であり、常勤する医者すらいない。必要とあれば内線で連絡して来てもらうのだ。ちなみに私の薬ビンを補充するのはこの場所で、Pip-Boy 3000のアクセスキーで薬棚を開けてからセルフサービスで持っていく。 

 うん? ふと思いついたが、ユスティアはもしかして利用者第一位の私と自然に会えるからこの医療室に住んでるとか・・・・・・いやいや、いくらなんでも自分に価値を認め過ぎだろう。世界は私を中心に回っているわけではないのだし、自意識過剰すぎる考えだろう。

 外れた。話を戻そう。

 病室に入ると、静音殺傷術に長けたスカウト、恐るべき弓の達人、鱗のような鉄板を貼り付けたスケイルメイルの真っ赤スカートをいつも履いている私の友人は、とうの昔に縫いつけられて傷跡すら見えない右手をひらひら振りながら私を迎え入れた。

 

「やぁやぁ、我を見舞いに来たのかな?」

 

 いつもそう言う、ベッドに寝そべるエセ怪我人め。

 明朗快活というか、いつも自信に満ち溢れいるというか、なんというか常時ハイテンションなのがユスティアの個性の一つだった。

 ベットの空いた部位を手で叩くユスティア。いつもどおり無視する。

 ここのイスは好きだった。スティルツシューズを伸ばさなくとも、簡単に座ることができる理想的な高さだった。

 Vault 66で一般的なイスは、断じて一般的ではない。平均身長に合わせているということは、私の足の短さには対応していないと同義なのだ。ジャンプする手間がないだけで、座り心地は二割増しだった。

 

「気の抜けたヌカ・コーラ飲むか? 冷えているぞ」

 

 医療機器が本来なら接続されるべきコンセントから電源を引っ張ってきて、外の世界(ウェストランド)からサルベージしたのだろう錆が浮かぶ小さな冷蔵庫へと繋げられていた。そこから寝転がったままでだらしなく、ビンを2本取り出すユスティア。冷蔵庫は医務室にあるべき備品の一つだとは思うけど、中身をびん詰の清涼飲料水で埋めるのはどうなのだろうか・・・・・・。

 

「ユスティア・・・・・・何度も言うけど、少しは周りに配慮しろよな」

 

「死んでるものは論外。生きてるものはベットにしばりつけて動けないのが医務室というもの。我のヌカっと爽やかヌカ・コーラが迷惑かけているとは思えんがのう」

 

「そう、大っぴらにここを使えるのは怪我人だけだ。ただでさえ目立つんだから、あまり騒ぐなよ」

 

 秘密警察に連行される友人は、見たくはない。

 ただでさえ、秘密警察本部の真横なのだ。

 

「だがレッドVaultの戦死率を考えれば、ここのベッドが埋まることはあるまい?」

 

 負傷者に本格的な治療ができるのはVault 66だけだが、ここから前線は遠い。ここにたどり着くまでに緊急度の高い負傷兵は死んでしまうし、そこまで重症でない兵士はそもそも前線で治療できてしまう。

 医務室の主だった利用者はVault在住の老人や私だった。

 コンテナ・スラムの人々は、ここを利用できない。そういう規定になっていた。

 ユスティア()()以前は、私のほうが医務室の主によほど近かったろう。10歳から通い詰めだ。

 コミックブックなんかは民主主義者の洗脳装置として禁制品になっているレッドVaultなのだが、このヌカ・コーラだけは特権的になぜか一切規制されていない。レッドVaultでは最大の娯楽品であり、給料の人民ドルをすべてヌカ・コーラに費やすものも少なくない。恐るべき中毒性。私もあの味は好きだったから素直に受け取った。直接お金を手渡そうとすると嫌がるので、いつもどおりに5人民ドル札を冷蔵庫の上に叩きつけて、栓抜きをとった。奢りは共産主義的じゃない。

 汗をかいているヌカ・コーラの冷たさを、手の平だけでなく、すぐ喉でも感じられた。

 ガイガーカウンターが微妙に反応するのが怖いが、不健康な味はおいしいな。

 そう思っていると、いつものようにユスティアがヌカ・コーラのボトルキャップをよこせと手招きしていた。いつもの収集癖だ。しつこく集めている割には、そのコレクションを見たことがなかった。ユスティアの性格なら見せびらかしそうなものだが、不思議だ。

 

「で、ハンマーシュミットは説き伏せられなんだか」

 

「・・・・・・同志ハンマーシュミット大尉な」

 

 ここ最近の話題は、外の世界(ウェストランド)の話ではなく、対策会議という名の愚痴だった。

 悪いとは、思っている。そしてありがたいとも。

 悪く言えば、一方的な感情のはけ口と捉えられても仕方がない。だけど、モールラットは本当にネズミ科の生き物なのか? 新種のミュータントではないか? と丸一日ぶっ続けで話された過去でチャラだとは思う。

 変なところで知識が深いというか、妙に凝り性になることがあるから、よくわからない奴だ。

 ちなみに先の議論がなぜ起きたかといえば、頭を切り落としても生き延びたモールラットの個体をペットにしている奴を目撃したことで生まれた疑問らしい。

 

「いや、むしろ試験結果を改ざんしていたと言質をとったよ」

 

「・・・・・・意外よな」

 

 目を大きく見開いて、ユスティアはそう言った。

 ハンマーシュミット教官の逸話は、Vaultの内にも外にも轟いている。

 ユスティアは、あくまで同盟者であるトンネルラッドであるとして、レッドVaultの正規訓練を受けたことはない。つまりは教官としてのハンマーシュミット教官のことは知らないけど、兵士として第一線にいたころのハンマーシュミット大尉のことは知っていたそうだ。

 いわく、共産主義者の鋼鉄の化身。

 工兵時代に味方のへこんだアーマーを鍛え直していた時に敵襲があり、溶鉱炉の炎の中へ突き落とされたが、燃えながら金槌振りかざして敵を殴り殺していったとか、色々と伝説を築きあげていたらしい。

 だからこそ純粋に、不正に関わっていたというのは驚きだったのだろう。

 

「゛アレ゛はジョシュア叔父と同じタイプだと思っていたがのう」

 

 ジョシュア叔父はどうやらユスティアの恩師らしいのだが詳細を話してくれず、先ほど書いたハンマーシュミット教官が燃えながら敵を倒したくだりを゛まるでジョシュア叔父のような芸風じゃな゛なんて話す辺りから推測すると、人間辞めてる可能性も視野に入れる必要があるかもしれない。

 

「命令には絶対服従。部下が99人死んでも、生き残った1人が任務を果たせばそれで良しな、全身に歯車詰まってそうな冷血漢がのう」

 

「ユスティア、お前ハンマーシュミット教官のこと嫌いだろう」

 

 あと面識無いってたの嘘だろう。

 

「部下には欲しいが、上官となるといつ使い捨てられるか分からんなー」

 

 ユスティアの多すぎる個性の一つ。妙に上からものをいう。

 それが様になってせいで、伍長にすぎないユスティアに上官として接することができないでいる。2人だけならまだしも、公の場では問題となりそうだ。

 

「まぁ、私も病気のことを隠していたからな・・・・・・」

 

「なんだ。バレたのか」

 

 2年ほど前に、歩哨にしつこく絡む話し友達となっていた時に、発作のようなひどい咳に襲われたことがあった。血反吐吐いて床をのたうち回り、ユスティアに介抱された。その時に、せいぜい19までしか生きられないことをつい、話してしまった。

 ゛19とは、我の出身地の平均寿命なみだな゛そう一言で、同情も哀れみもなしに切って捨てられた。トンネルラッドはもうすこし平均寿命は長いはず。そうでなくては部族を纏める長老会議は成立しないだろうなと思いながらも、朗らかな笑みのままのユスティアの嘘を、私はそのまま受け入れた。

 そんなことの後でも、何も変わらない友人関係が私は大好きだった。

 

「その顔見るに、納得してるという風じゃな」

 

「G.O.A.Tに健康診断の結果は反映されてないからな」

 

 今にして思えば、入隊時の健康診断の結果も父上によって改ざんされていたのかもしれないと、昔のことを思い出そうとした。だが、分かるはずがないからやめた。ツケが回ってきたのなら、自業自得として受け入れるだけだ。

 

「で、スパっと諦めるのか?」

 

「諦めるのなら、ずっと愚痴たれてる」

 

 ふはははははと物騒なギザ歯を晒して笑い出し、ユスティアはグリーンの瞳を妖しく輝かせた。

 

「手段を問わぬのなら、秘密警察にタレこむのをおすすめするが?」

 

「手段を問うからここに来たんだ。父上やハンマーシュミット教官を処刑場に送ってたまるか」

 

 レッドVaultの理念を傷つけ、私の人生をかけたささやかな夢を踏み潰すものだとしても、そこまではしたくない。

 秘密警察ことVault風紀改善委員会に、冗談は通じない。不正が原因で捕まるれば、父上でも強制収容所か処刑の二者択一となるだろう。

 それぐらい、G.O.A.Tの改ざんは危ない橋だ。

 

「いや待て。カテジナ副書記長が関わっとるのは確定か?」

 

「言いそびれてたな・・・・・・喘息を理由に試験結果で跳ねたのがハンマーシュミット教官。その教官に掛けあって、Vault内の工場送りにしたのが父上だ」

 

「無駄に複雑な構図。難儀よのう」

 

 父が関わっている可能性を上げたのはユスティアだから、意外ではないのだろう。

 

「動機は娘への愛か?」

 

 はっきり言われると気恥ずかしい。

 

「・・・・・・多分な」

 

「しかし、動機が善意となると正攻法は難しいのう。正義の味方は人の話を聞かんものだ」

 

「それ、逆説的に悪人なら話を聞くってことか?」

 

「いや悪党はどんな話でも頭っから無視する。だからレイダーどもを見かけたら根絶やしにすのじゃぞ。慈悲は無用。肉付きのいい財布が歩いていると思え」

 

 ユスティアの口からはしばしば自称ウェストランド的常識が飛び出るけど、共感しづらいのはVault育ちだからだろうか。

 あとその理屈なら、言葉は無力じゃないか。

 五分に一回ぐらいの割合で、話を仕切りなおさないと進まないのがユスティアとの会話だった

 

「・・・・・・とにかく。説得するのは、まず無理だ。人に求める以上に自分も品行方正であろうとした父上が、率先してルールを破ったんだから、な」

 

 

「まして、カテジナ副書記長といえばザ・マンのもっとも古くからの同志であり、人を動かす手練手管心得た政治家じゃ――でも、諦めるつもりはないのじゃろう?」

 

「あ、た、り、ま、え、だ」

 

「頑固な親子よなー」

 

 それは、共通認識としてレッドVault中に広まっているのだろうか? 

 知人は皆そういう性格なんだと断じるあたり、正真正銘に私は頑固な性格だということだろうか?

 自覚があまりないな。

 

「なら、会って話てみても譲らない者同士の消耗戦。最後はたかが士官学校出たての少尉補よりも、副書記長の年季が勝るじゃろうな」

 

 時間がないというのは、めっきり人生のテーマのようになってしまっている。

 自由に使える休暇期間は今日を残すのみで、日をまたげば任地――といってもVault 66の個室兼オフィスに缶詰めだろう。時間はいつも私の敵だ。

 任地に行かないという子供じみた抵抗をすれば、命令不服従で秘密警察がすぐ会いに来る。私にとっても父上にとっても、それは幸せな結末ではない。

 話が詰んだ。

 打開する方法、そのきっかけすら掴めず。この時の私は、頭から煙がでそうになっていた。

 意味もなく、二人して天井を見上げていた。

 

「しかしツマらんのう、やはり」

 

 ユスティアの強引な話の転換はいつものことだし、この話題も何度か挙がっていた。

 煮詰まったのだから気分を変えるのにちょうどいいかと、私も乗っかった。

 ユスティアに振り回される雑談は、嫌いじゃないし。

 

「最終目標は、変わらずパワーアーマー乗り回しての地上勤務ということで良いのだな? やはりつまらんぞこの最終目標。もうすこし欲張ってもいいと思うが? 」

 

「ユスティアからすればそうかもしれないけど、私からすれば8年越しの夢なんだからな・・・・・・・」

 

「トゥームストーン征服して帝国築き上げるぐらいのささやかな野心を持ったりしたらどうじゃ?」

 

 それはささやかとは言わない。

 今度ユスティアと話すまでに、辞書を持ち出すことをメモしておこう。ユスティアは言葉を拡大解釈しすぎる。正しい知識を知ってほしい。

 

「実現性どの程度なんだその妄想・・・・・・あと1年の時間制限だと分かっているよな?」

 

 私の寿命を加味しなくとも、無茶と無謀が積み重なっている。

 それ目指すにはトゥームストーンの三大勢力。セカンド・フリートにB.O.SそしてレッドVaultことごとく滅ぼすか征服するしかないだろう。後1年で。無茶いうな。

 

「我なら80パーセント。クリスならば・・・・・・そうじゃのう、根回しの時間が足りんから0.2パーセントぐらいかのう」

 

 愛称で人を呼びながら、どこまでもユスティアは真顔だった。

 ユスティアの冗談と本気は見分けがつかない。

 

「それなら父上の執務室に乗り込んで説得するほうが確立高いだろう」

 

「というか、カテジナ副書記長を説得して軍門に加えるところがスタートラインじゃな」

 

 父上を利用しての傀儡政権を樹立してからがスタートラインか・・・・・・妙にディティールあるから侮れない妄想だ。

 あと自己評価すこし高すぎやしないか?

 

「・・・・・・さっきから聞いてたが、お前の病気は存外深刻なのか?」

 

 横入りしてきただみ声を、私は全力で無視した。この場では換気扇のカラカラいう音と同列の存在として処理し、ユスティアとの会話に集中した。

 

「もっと実現性高い手はないのか?」

 

「ふむ。マグナ=リー大使はどうじゃ? 叔母ならば肉親の情で手助けしてくれるのではないか?」

 

「叔母上か・・・・・・」

 

 ユスティアは勘違いしているが、叔母とはいったが血の繋がりがある訳ではない。だけど子供の頃から家族のように接してくれた人ではある。

 Vaultの内に外にと仕事で忙しい父は、男手一人で幼い私を育てることはできなかった。母の詳しい話をしてくれたことはないが、お産の時に亡くなったということだけは教えてくれた。普通は寄宿舎に入れられるところだった私を、リー叔母様が保護者を買ってでてくれたのだ。実のところ父と過ごした時間より、リー叔母様とのほうが長いくらいだ。

 そして時が流れ士官学校へと入った私と入れ替わりに、リー叔母様はトゥームストーン最大の都市にして中立地帯であるカルチャータウンの特命全権大使という重職を担うためにVaultを出て行った。

 

「力になってくれる――とは思う。だけどな・・・・・・」

 

 だが、単純にVault 66からカルチャータウンまでは遠い。まず何より外の世界へと出る必要があるあたり致命的だ。外に出るための手段を得るために外に出るというのは、もう訳がわからない。

 

「クリスの署名入りの手紙でも持参すればあるいは――」

 

 ナチュラルに自分がメッセンジャーを努めようかと聞いてくれるあたり、良い友人をもったと嬉しくなったが、その提案は無理だろう。

 

「いや、無理だよユスティア。カルチャータウンはトゥームストーンの外交最前線なんだぞ? 私の友人だからといって大使館の戸口で言ったところでリー叔母様が会ってくれるもんか。疑われて秘密警察の尋問受けるだけだ」

 

 外交最前線というのは、スパイ活動の最前線でもあるということだ。

 恐ろしいことだが、レッドVault大使館の向かい側には、B.O.Sの大使館が立っているそうだ。さらに何箇所が曲がると、セカンド・フリートの大聖堂まであるというから、まさに人外魔境。

 よく大使館職員が頭にナイフを突き立てられて゛事故死゛するというから、ガードはそうとうに厳しい。

 可能性があるとすればやっぱり、私自身が直接尋ねるしかないだろう。

 

「尋問で済めばいいがのう。トンネルラッド如きとりあえず処刑しておいて地下の焼却炉に放り込むとかのほうが、現実的見立てというやつか」

 

 共産主義は万人を平等にするのが理想だ。だが求めるだけで得られるなら、この世界から病気はなくなるはずだ。

 平等にと努めようとしても、歴史的背景もあってトンネルラッドの地位は低い。

 はっきりと差別されていると目に見えるてる訳じゃないあたり根が深い問題だが、レッドVaultを指導する生活向上委員会のメンバーにトンネルラッド出身者がいないことだけは、明白な事実だった。

 レッドVaultには抱えきれないほど矛盾が多い。

 

「うむ、やはり全てを諦めるしかないのではないか? それ以外に幸福な未来図を描けん」

 

「・・・・・・元も子もないことを言うな、いくらユスティアでも怒こるぞ」

 

「我は本気だ」

 

 というか、ユスティアはいつでも本気だ。

 3年ほどの付き合いで分かったことだが、ユスティアは嘘をつかない。というか、欲望のまま生きているので嘘をつく暇がない。思いつきと行動が、同義語になっている。

゛いずれ貴様らの部下になるだろうから言及しておくが、トンネルラッドは言うことを聞かないものと知っておけ゛

 そうハンマーシュミット教官の座学で教えられたものだ。

゛奴らは狩猟民族レベルに技術のみならず頭まで退化ているから、とにかく万事に刹那的だ。奴らを操るなら命令はせず、餌をぶら下げて誘導するのがコツだ゛などと、躍進射撃の授業中に突如として講義が脱線したから何事かと思ったが、教科書に載らないノウハウの伝授というやつだったのだろう。とても役立っている。前線帰りはひと味ちがう。

 

「唐突な会話がお家芸なのは知ってるが、今日のは極め付きだぞ」

 

「我は本気だぞクリスよ。レッドVaultを捨て、父を捨て、諸々のしがらみに背を向ければ、すべて万事解決するではないか」

 

 何を言っているのか、瞬時に理解したのは、私だって考えたことのある妄想だったからだろう。

 私の心の奥深くにうずくまった思考を、ユスティアは読み取っていた。

 

「・・・・・・まさか、今、脱走するかと誘ってるのか?」

 

「いかにも。クリスティア=カテジナよ。お主が望むのならこのVaultからの脱出を手引し、残る1年共に生きること、やぶさかではないぞ?」

 

 壁掛け時計の針が聞こえるほどに黙りこくって、どれほど経ったのか。

 録音によれば時間は4分となっていけれど、それ以上に感じられた。

 ユスティアならやり遂げるだろうなと、奇妙な安心感がその言葉にはあったけど。

 

「・・・・・・それはダメだよユスティア」

 

 それは、正直言って魅力的な提案だった。

 でもやはり、駄目だ。

 

「なぜだ? 我はやれるしやるぞ?」

 

 勝ち気な微笑みはいつも通りだが、どこかしか寂しげだった。

 いや、それを疑いはしないけどさ。

 

「私は、正しくあろうとしてきた。そうあり続けたと思う。そう、父上に教わってきたしな」

 

 この時やっと分かった。

 私は父にもハンマーシュミット教官にも、家訓たる゛平和こそ我が職業゛のとおり、正しくあれと説いてきたちに怒りを抱いていないことに気がついた。

 だた、悲しみは感じていた。

 存外に、ショックだったのだろうな、尊敬する人たちの裏切りというのは。

 

「だから、ダメだ」

 

「むぅ・・・・・・」

 

 もっとユスティア流に、教えを破られたのだからといって破り返すのは、粋な復讐方法じゃないとでも言ってやれば良かったかなと、すこし後悔が残る。

 

「ほんに頑固で、自虐的に真っ直ぐな娘よのう。自分に報いてくれん存在にそこまで殉ずるか――」

 

 らしくない殊勝な姿に、私もすこし気落ちする。

 私にとって思いの丈を話し合えれる友人は、この世にユスティアしかいないのだ。

 

「――となれば、痛覚神経に訴えかけるしかもはや手がないな。こう、爪の間にハサミを差し込めばいかな頑固親父といえど、娘の自立を認めるだろうて」

 

「お前、ホント人の話を聞かないのな!!」

 

 あと意味を都合よく解釈するのな。

 すぐバイオレンスに訴えかけようとするこの女は・・・・・・。

 年上なのに、目を離すとどこまでも走って行きそうな子供っぽさが恐ろしい。それも大概は破壊行為をなしながら走っていくのだ。なまじ実行力があるから尚更恐ろしい。

 

「爪と指の間とは神経の塊。その痛みは、一流の戦士ですら痛みに泣きじゃくる。唯一の防壁エレベーターにしても、副書記長の娘なのじゃから最上階の暗証番号ぐらい知っておるだろう? なのに・・・・・・なにが問題なんじゃ?」

 

 本気で分からない風の、困惑顔だった。

 この時の私は、心の底から頭を抱えていた。また悪い病気がでた。 

 駄目だ。じゃんけんのルールを理解したうえで、拳で相手を殴りとばすとかが有力な選択肢に入ってくるような相手には、相談のしようがない。

 

「そういうことじゃなくてな!!」

 

 切れ味が傍から見ても良さ気な医療用ハサミをユスティアの手から引ったくった。

 どこから手に入れたのやら。無防備にすぎる医療室の管理体制に、私は懸念を抱いた。仕事なさすぎてダレているのではないだろうか?

 むぅ、とユスティアは天井を見上げながら考えこみだした。

 願わくば、なんで父上を拷問にかけてはいけないのだろうかという、常識(コモンセンス)に向けた悩みでなければいいのだが。

 

「なあ」

 

 努めて無視しようとしてきただみ声が、またしても耳に入った。録音にもしっかり記録されているぐらいだ、聞き取れないはずはない。

 この医務室の利用者は、普段なら士官候補生がその大部分を占める。

 訓練時に捻挫、打ち身、切り傷を始めとして、時には脳震盪なども運ばれてくるが、ベットの利用者はユスティアぐらいのものだ。

 だがこの日ばかりは、利用者がもう1人いたのだ。

 ついでにいえば、要治療の怪我人にも心当たりが1人あった。

 そりぁ燃えさかる禁制品のコミックブック握りしめてれば、医務室に赴いて怪我の治療もしたくなるだろうし、奴の人格ならばついでにサボっていくぐらいはしていくだろう。

 

「さっきから残り1年だとか言っているが、他のキーワードと照らし合わせるに、それはもしかしなくてもお前の寿命のことなのか? 喘息持ちだとは知っていたが、そこまで重病だったのか?」

 

 喘息――という当たらずといえども遠からずなカバーストーリー――なのは周知の事実だ。

 追い出すのが最良の処置だったろうが、あれでも怪我の一旦は私のせいでもあるし、あの事なかれ主義で有名なヘルツ副教官が何かできるとも思わなかったのが、無視してきた動機だった。

 まさかハンマーシュミット教官にサボっているうちに盗み聞いたと話すのか? と楽観視していたのだが、まさかユスティアが古今東西の軍隊で重罪とされる脱走まで堂々とほのめかすとは思わなかったので、正直対処に失敗したと思う。

 

「そうだ。私の持病のせいで、私自身はおろか取り巻く人々にまで多大なる迷惑をかけています。ところで同士ヘルツ伍長はなぜ医務室にいるんだ?」

 

 棘のある言い方だな、我ながら。

 真っ白い包帯が右手に撒かれているのだから聞くまでもないのだが、でも、邪魔者に皮肉の一つぐらい返したくもなった。

 なんだろう。ヘルツ伍長の前だと狭量になりたくなってしまう私がいた。

 どことなく不真面目さがあの前任者に似通っているのが、嫌悪感を呼び覚ますのだろうか。

 私の問いかけに、ヘルツ伍長は戦闘服の裾をまくって二の腕を見せつけてきた。なぜか二の腕には手のひらのような包帯ではなく絆創膏が貼られ、血が滲んでいた。

 そっちの怪我に心当たりはなかった。

 

「窮鼠猫を噛むを地でいったプロテクトロンに襲われてな、腕に重度の切り傷を負った」

 

 絆創膏で止血する程度なら、ツバつけとけば治る部類だと思った。

 

「あの性悪プロテクトロン・・・・・・病原体の一つや二つぐらい持ってそうだからな、感染症を警戒して念の為に治療に来たんだ――ああ、それと忘れるところだった。どこかの誰かが囮となったおかげで、ハンマーシュミット来襲に気がつかず右手を焼かれたのもあったかな。そっちが医務室を使う予定は1年後なんだろう? だったら俺のほうが緊急度よほど高いだろう」

 

 皮肉を送ったら、送り返されてきた。

 きっとまず確実に、あの時の私はジト目になっていたことだろう。

 

「そうか、そうか」

 

 そんな険悪な雰囲気にあってして、むしろユスティアは笑顔を増して頷いていた。

 

「ついに我のクリスも、いたずらに人を傷つける喜びに目覚めたか。ウェストランドに生きるならばそうでなくてはな」

 

 人は誰しも悪癖はあるものだ。

 私だって、ユスティアの冷蔵庫から気づかぬ内に3本目のヌカ・コーラを空けていたなんて悪い癖もあるが、ユスティアの隠す気さらさらないサディストの気は大問題だ。ときどき心の底から、引く。

 

「ユスティア、ユスティア、ユスティア」

 

「なんじゃい」

 

 冷静に3度名前を呼べば、とりあえずユスティアは落ち着く。

 

「・・・・・・お前のその暴力的傾向はどこから湧いて出たんだ?」

 

「そうあれは9つの時。ジョシュア叔父に腕立て伏せを日課にするように言われての。我は嫌だったが、なんとかこなしていった。そして13の時、気がついたのだ。横っ面殴りつけるときに相手の奥歯がはじけ飛ぶことに!!」

 

「人間つくづく環境だよな」

 

 そのだみ声に、つい頷きたくなった。

 トンネルラッドの悪評が高いのは、教育体制の問題だと思う。これを改善できれば野蛮人の悪評を払拭してその地位は自然と上がると思うのだが、どうだろうか。

 

「でだ」

 

 仕切り直しはヘルツ伍長からだった。ユスティアに合わせていては話が進まないと、早くも理解したらしい。

 

「脱走するというのは、本気か?」

 

「まさか」

 

 モゴモゴとうごめく失言生成装置ユスティアの口を塞ぎつつ、すべてを丸く収めようと試みる。

 

「友人同士の他愛ないお喋りに目くじらを立てるので? ついでにいえばヘルツ伍長、少尉補である私への、上官への敬意はどうした?」

 

 傍からは卒業した途端に上官だからと、かつての教官へ横暴に振舞っているレッドフィールドのごとく見えたかもしれない。

 レッドVaultは平等こそが信条だが、上下関係がなければ組織が回らないのも事実だ。

 まして人の生き死にを決めることが仕事と言い切ってもいい軍隊となれば、厳格な規律が求められる。

 私は士官。奴は下士官。ちょっと前ならポンコツ教官補佐と士官候補生だったが、立場は7日前に逆転している。こういうのはあまり好きじゃないんだけど。

 この試みは、清々しいほど無視された。

 

「お嬢様はコネがあるんだろう? リー大使に」

 

 またコイツはお嬢様と・・・・・・。時間が経ってもムカついてくる。

 

「コネなんてない。ただ、親愛の情は互いにある」

 

 リー大使は夫に先立たれて、子供がいない。そんな裏事情もあって、私は実の娘のように溺愛されていた。それだけだ。

 

「それをコネと言うんだよ。レッドVaultのスパイマスターとあっさり話せるなんてのは、片手で数えられる程度だ。確かにあの人なら、副書記長を牽制できるだろうな」

 

 レッドVaultの対外諜報部門をまとめているのは、リー叔母様だという噂だ。

 私としては、どうにも温厚な叔母様のイメージと合わないので、話半分に聞いている。

 

「随分と、知ったような口を聞くのだなヘルツ伍長」

 

「知ってるさ。独立任務部隊に4年いた。特殊作戦のほとんどは、あのおばさんからの直接命令だからな」

 

「・・・・・・」

 

 瞬時に思考が繋がらなかった。

 レッドVault最精鋭の部隊。あのハンマーシュミット教官がかつて率いていた部隊に、この昼行灯が在籍していただと?

 だが考えてみれば、不真面目な仕事ぶりなのにハンマーシュミット教官が粛清しようとしなかったのは、古参の部下だからという理由があったのかと、長年喉に引っかかった小骨がやっと落ちた気分になったものだ。

 屈強な特殊部隊員と、新しいアーマーの防弾テストとかで撃たれのたうち回る間抜けな教官とのイメージは、今もってうまく繋がらないが。

 

「どうなんだ? 頑固さで高名なカテジナ副書記長を説得できる算段はついたのか? まぁ話を聞くかぎり、ルールを破る権力者なんてある意味無敵の存在に勝つ術は、見つからないと思うが」

 

「・・・・・・道理に反する無茶を、道理でもって説き伏せるのがそんなに難しいことですか?」

 

 ああ、分かってるとも。

 稚拙な対抗心が、現実からかけ離れた対策を口から吐き出させていた。

 自分を呪いたくなるひどい返したが、あの男はどうにも人の神経を逆なでする癖があった。

 正しいこと言っている、現実をまざまざと見せつけてくるのは、そういう類のものなのかもしれない。

 

「難しくはないだろうさ。ただ不可能なだけで」

 

 嫌な奴から目をそらす。だからといってこの世から消えるわけでもないのに。

 そうだから悩んでいるのだ。なのにこの男は場をひっかき回すだけ。話すだけ無駄だと思った。

 そうしていると袖を引かれ、私は文字通りの口封じの手を離した。

 小声のユスティアは、珍しかった。周りに配慮する神経なんてないはずなのに。

 

「あれ誰?」

 

「そこか」

 

 全力で、脱力した。

 私が医務室入る前から二人きりだったんだから、自己紹介ぐらいすればいいものを。

 

「・・・・・・ざっくりいえば、私の副教官だった男だ」

 

「ああ、思い出したわ――マッドネス・ハンマーシュミットの犬か」

 

「犬って・・・・・・」

 

「うむ? 言葉が悪かったかのう? マッドネス・ハンマーシュミットのモングレルドッグか」

 

 ニュアンスとは難しい。

 どこが違うのか分かりかねた。

 

「男というのはダメだな。どうにも顔が覚えられん。全部似たり寄ったりの毛深い生き物にしか見えん」

 

 どういう人物評なのだろうか。その理屈でいえば、見分けられるのはハゲ頭のハンマーシュミット教官だけとなるが――だから名前がスッと出たという可能性に書きながら思い至った。恐ろしい仮説だ。ここだけの話にしとこう。

 

「俺なら脱獄に乗るがね」

 

 いや、脱走か。

 そんな訂正文を独り言のように呟いたヘルツ伍長に、私は心底驚いた。

 自分本位で保身第一の男。さらに不真面目。それが私の人物評だったのに、いま違法行為を堂々と勧めてきたのだ。

 

「それが・・・・・・仮にもレッドVaultの訓練教官の端くれとしての助言ですか?」

 

 心の底から、そう尋ねた。

 

「ああ。それ以外に、お前が地上へ上がる術がない」

 

 どうやって話を切り上げるのか、八つ当たりに等しい感情から始まったこの会話について、最初そんなことばかり考えていものだった。

 だが、会話の方向は妙なほうへと進み始めていた。

 

「妙な話だが、人間てのは選択肢を二つ示されると、そのどちらかを選ばないといけない、そんな気に駆られる。どちらも選ばないとか、その二つの長所を組み合わせて一つの妙手に変えてみせるとか、そんな柔軟性が大概の奴にはない――リー大使は説き伏せられるんだろう?」

 

「あ、ああ。協力してくれる、と思う」

 

 父を穏便に収めて、レッドVaultを正すため動いてくれる唯一といっていい人だ。

 

「権力者を制するために権力者の手を借りる以上の妙手はない。道先案内人にはツテがあるだろう?」

 

 私はおとなしく事態を見守るだけのユスティアを一瞥した。

 

「トゥームストーンは広くない都市だが、直線でたどり着ける場所がただの一つもない。道と事情を知る道先案内人は、お嬢様には特に、必須だろうな。ここまで条件が揃ってるんだ――Vaultを脱獄して、カルチャータウンまで直接会いに行けばいい。内部告発のための決死行というのは良い大義名分だし、最悪でも、外には出られるだろう?」

 

「それは――」

 

 なるほどと頷きたくなるような魅力的な折衷案に、最初は思えた。

 どう転んでも空とはどういうものなのか知れるのが特に、魅力的だった。脊髄反射でこの手を選びそうになるが、赤髪の友人の姿が、私を押しとどめた。

 

「いや、やはりダメだ。父は私を罰しないだろうが、ユスティアは別だ」

 

 巻き込むわけにはいかない。

 処刑だって、十分あり得る。脱走罪とは元来、そういうものだ。

 そんな真剣に思い悩む私へと向かって、いつも通りのあっけらかんとした態度のユスティアが話に混じってきた。

 

「いや、我は構わんぞ?」

 

「お前のその覚悟は嬉しいけども、レッドVaultを捨てることになるんだぞ?」

 

 最悪の可能性は、あえて口に出さない。

 百も承知のはずだ。

 

「いやいや、レッドVaultなぞ端からどうでも良いし? クリス亡き後ならなおさら愛着などあらんわ」

 

「いやユスティア、もう少し考えてから決断しろ。な」

 

 怖いぐらいに決断の早いユスティアに今さらな説教は、今だと恥ずかしいぐらいだな。

 ユスティアはいつだって本気だ。

 

「ウェストランドこそ我の生まれし地。岩だらけの穴ぐらで死ぬなど御免という感情は、クリスティア=カテジナよ。お主が思うより我も共有しているのだぞ」

 

 ユスティアがごく自然と伸ばしてきた頭を撫でる手を二撫でほどで振り払ってしまったのは、すこし後悔している。

 あの言葉には、グッとくるものがあった。

 ユスティアの覚悟を、無下にはできない。

 

「なんで・・・・・・協力を?」

 

 あるいは、なんで突然心変わりをでもよかったろう。

 幸せのフェイススケール表とかいう標識をやたらと目を細めながら眺めていたヘルツ伍長は、ひょいと肩をすくめ、

 

「さぁ」

 

 なんて返してきた。

 

「しいて言えば――心の平安のためかな」

 

「何言ってんだあいつ」

 

 よくわからない回答についてユスティアとは同意見だったが、私としては解決策が定まった喜びでどうでも良かった。

 7日ぶりの高揚感で、頭が曇っていた。

 今では後悔と一緒に、あの回答の意味を知っている。

 

「では、方針はまとまったかのう?」

 

「うん・・・・・・やるぞユスティア」

 

「ならば良し!!」

 

 寝そべっていたベットから飛び降りて、トンネルラッドが愛用する廃材から組み上げられた十字型、滑車に弦が伝うクロスロングボウを手に取るユスティアは、心からの満面の笑みを浮かべていたと思う。

 

「それとなくカルチャータウンまでの2人分の物資を集めて城門(ヘルズゲート)で待つ。事は、感づかれる前に急いだほうがいい。そっちの準備も手早くの」

 

 今日中に行動に移さなければならない。

 自分の身支度はもう終えて、即断即決の生き見本のようにユスティアは動いていた。

 本当に、いい友達をもてて、幸せだ。

 

「助かる・・・・・・ユスティアあの」

 

 お礼というのできる限り早く言ったほうがいいのだが、どうにも私のダメなところだ。すぐに言えない。

 対人経験の薄さが、ここで響いていた。

 

「ふむ。礼は成功報酬。無限の愛を所望しよう」

 

「お前もそうとう訳わからんこと言ってるぞ?――なんとか叔母様には巻き込まれただけで通すから、レッドVaultを捨てるなんて軽々しく言うなよ?」

 

 言動は不安になるが、その足取りは頼もしく、自信にあふれたユスティアは、医務室から去っていった。

 そして2人きりとなった。

 どうしようかと、逡巡する。

 

「あの・・・・・・」

 

「なんだ?」

 

 なにか話すべきだろうか、いやそれこそ、素晴らしいアイデアを提供してくれた感謝をするのが筋だろう。ついでに、あのコミックブックについても謝っておこうか、あれはハンマーシュミット教官のやり過ぎだとさすがに思ったし、ああなるとは予想していなかった。そんな人の悩みは、ヘルツ伍長の仕草で遮られた。

 

「少し待て」

 

 指を一本立てられて、私の言葉は口の中で押しとどめられた。

 ベット脇には内線には二種類のボタンがあり、一つ目は誰でもいいから人を呼びつけるための緊急ボタン――赤色がその現れだ――で、もう一つは青色の緊急度の低い相談用のボタンだった。後者を押せば、ナースセンターへと通話ができる。その後者のほうをヘルツ伍長は押し込んだ。

 

「ナースセンター? いや、あんたらには厳密には用がないんだ――」

 

 ただ見守ってしまった。

 手近には鈍器が溢れていたのだから殺すとまでいわないが、頭から血を流しながら虫の息で地面をのたうち回させるぐらいはできたはずだった。

 でも、すべては過去の出来事。

 後出しならいくらでも勝てるものだ。

 

「秘密警察に繋いでくれ。2名ほど脱走を試みてる奴がいる」

 

 清々しいほどあっさりと、私たちを秘密警察に売り渡す男がそこに居た。

 心の平安は、密告によって得られる昇進がもたらすもらしい。

 私は今、秘密警察の留置場でこの日記を書いている。時間はたっぷりあるのだ。

 振り返ってみるとなかなかに波乱万丈な1日だった。

 今日という日を締めくくるならこの言葉で締めたいと思う。

 ヘルツ。奴には必ず思い知らせてやる。

 

 

 

 

 

【対決】 2287年10月31日

 

 体が痛い。

 人が寝ることを想定している設計だとは思えない寝床のせいだろう。

 鉄格子で区切られたこの部屋で寝ようとすれば、ソファーなのかベットなのか判然としない物体しかなくも、致し方なくこれで夜を明かした。

 べつに書かなくても分かるだろうが、寝心地は最悪だった。

 身体の節々の痛みに耐えてる内に、心の痛みも加わってきた。

 ユスティアはどうなったのだろうか?

 プライドが高いし、すぐ暴力でものごとを解決策しようするユスティアと秘密警察の相性は悪いし、風当たりが強いトンネルラッドというのも悪条件だ。反逆を企てていた身の上で、父上がユスティアに配慮してくれることを身勝手に期待するほかない。そんな浅ましい自分がいた。

 この留置場には私に流れる副書記長の血のおかげで、他の囚人の姿がない。配慮はされている。それだけが安心材料だった。

 ヘルツ伍長いや、()はご丁寧に2人と密告したのだから、ユスティアが拘束されていない可能性というのは夢物語だ。留置場は一つではない。隣か真ん前か、どこかの房にいるはずだった。声も聞こえないし姿も見えなかったが。

 不安に飲まれないよう、対策を立てようとしたことを覚えている。

 といってもできることは、無いに等しい。

 いずれ尋問室へと連れていかれるその時に、ユスティアは士官の権威で強引に巻き添えにしたと声を大にして叫ぶぐらいしか私にはできないだろう。冷酷非情、百戦錬磨で知られる秘密警察の尋問官にそんな手がどこまで通じるのか。

 拷問だけはないと信じたかった。

 ・・・・・・時間だけが無為に過ぎ去っていく。

 こうしてただ待つだけなのは、怖い。

 時間は有限なのだと、骨の髄まで刻まれているせいだろう。

 どうしても時間が余った時なんかは、よくランニングで誤魔化したものだが、狭い留置場でできるわけがない。

 そうやって悶々としていると、いつもの奴があらわれた。

 吸入器を咥えつつ、咳が止まるのを待つ。そんな所に突然、鉄格子が開いていった。

 オリーブグリーンの制服につけられた赤色の肩章とは、レッドVaultの標準的な軍服であって変わったところはない。だが軍と出自が異なる彼らを見分けるのは簡単だった。全員そろって、表情が無い。そうあるように務め、徹底されている。それが秘密警察の規律というやつだ。

 まず秘密警察員がなんというかは、完璧に予想ができていた。

 

「カテジナ副書記長がお呼びだ」

 

 そうだろうとも。

 手錠を嵌めるジェスチャーぐらいするべきだろうに、そんな素振りも見せずに秘密警察員は私の両脇に立って歩き出した。

 父と対決するしか術はないのだから、わざわざ抵抗するつもりはない。

 憂鬱だったが、最低でもユスティアの安全は買わねばという使命感で自分を鼓舞した。

 いつもどおり不調なエレベーターに乗り込む。

 ニキシー管の階数表示が瞬間で減っていき、1Fとすぐに指し示した。

 エレベーターのドアが開くと、下の階層とはコンテナ・スラムと対照的な別世界が広がっていた。

 1Fは父、そしてザ・マンの居城だ。Vaultでもっとも手が入っている区画なのだ。

 調度品はよくあるVault備え付けの合理的な鉄製ではなく、すべてが木製。繊細な刺繍入りの真っ赤な絨毯だけでもそうとう豪華だが、そのうえシミ一つ見当たらなかった。

 1Fの特別仕様は、そもそもVault 66の初期設計からそうなっていたらしい。それが如実に表れていたのは、吹き抜け構造の2階建てだった。

 1階の右半分は、生活向上委員会の幹部一同がすべての政策を決定するスモークグラスはられた最高会議室で、左半分は父の執務室。そして2階すべては、神聖不可侵なザ・マンの執務室――かつては監督官管理室と呼ばれていた場所だった。

 あの2階の丸窓は、すべてカーテンが下ろされていて室内は窺えない。私の知るかぎり、あのカーテンが下ろされたことは一度としてない。だが鉄面皮の秘密警察員にとっては、あのカーテンがわずかに動いたよう見えただけで気圧され、息を呑んでいた。

 犯人は、父の執務室にもあった扇風機だろうけど、もしかしたらこちらを伺っていたのかもしれないという妄想が、秘密警察員の胸中に渦巻いているに違いなかった。

 ザ・マンがあの執務室から出ることはない。2階に昇るための階段へはレーザーセンサーの赤い光で遮られ、許可無き者が立ち入れば、マシンガンタレットが天井に張り付いている理由を知ることになる。

 18年前のことだ。

 レッドVaultは、あと一歩のところまでシティ・オブ・トゥームストーンの征服が叶おうとしていたらしい。沿岸地帯を残すのみで、ほとんど消化試合のありさまだと慢心していたというレッドVaultは、そこで洋上の戦艦からの砲撃に襲われた。

 世に語られるセカンド・フリートの出現である。

 艦隊(フリート)の名の通り、すでに鉄くずとなっていたはずの戦艦が突如として息を吹き返し、そこから砲弾の雨とロボットの大軍が現れたのだ。

 このトゥームストーン侵攻を始めた書記長の名は、もう抹消されてしまい知ることはできない。なぜなら200年の雌伏の時は終わりを告げたと大演説を打って侵攻を始めたにもかかわらず、たった一度の砲撃で海岸線に送り込まれた大部隊が壊滅したあげく当時の書記長は慌てふためき、考えうるかぎり最悪の手を打ったのだから。

 ひたすらの突撃こそが勝利を生むと信じ、全軍に総攻撃を命じたのだ。

 ボートの一隻すら持たない陸軍主体のレッドVaultに、どうやって海を渡れというのか? よく観察すれば、いやしなくとも砲撃は海岸線のみに行われ、内陸には1発も放たれていないことに気づけたろう。だがすべてに気がついたのは、総兵力の6割が消え失せた後のことだった。

 名無しの書記長が、誰からも歓迎されたクーデターじみたおこないで生活向上委員会に処刑されたところで、6割もの損害で挫けたレッドVault軍の士気を戻すのは、不可能。そのはずだった。

 広い占領地を守るために薄く広がったレッドVault軍は、一点突破を繰り返す単純なロボットの群れにすら対処できず、連戦連敗を重ねていった。

 上官殺しに脱走兵の続発。氷点下以下にまで士気は下がりきり、またVaultへと逃げ帰るという選択肢が現実味を帯びてきたその時に、ザ・マンが現れた。

 ザ・マンにとって最初期からの同志である父上に曰く、どこから現れたかすら分からないそうだ。当時から、謎の人物。だか同時に、もっとも純粋な共産主義者であったともいわれている。

 ある日フラリと現れて、生活向上委員会を説得して指揮権を握り、瞬く間にレッドVaultの軍を立てなおしてみせた。まさに、伝説の英雄だ。

 時に単独で作戦を遂行するような優秀な戦士にして、偉大な戦略家であったザ・マン指揮のもと、セカンド・フリートは蘇ったレッドVault軍に押し戻された。

 今では名実ともにレッドVaultこそがトゥームストーンの最大勢力として君臨しているが、その功績はすべてザ・マンがもたらしたものであり、戦いが小康状態にはいった後、正式に書記長として生活向上委員会から選出されたのは、当然のことだったろう。

 これら数々の伝説によって、レッドVaultで崇拝と畏敬を一身にあつめるザ・マンの正体は、当人の願いによって闇に閉ざされている。レッドVaultとは別の、キャピタル・ウェストランドにあるVaultの居住者であったともいわれるが、諸説さまざまな説は、すべては噂の域をでていない。誰一人として――いや一番の側近である幹部たち以外、その姿を見たことがないのだから。

 そのザ・マンが、薄いガラス窓一枚に隔てられて先に居るというのは、所詮は下っ端である秘密警察員に冷や汗を浮かび上がらせるのには、十分にすぎたのだろう。父の一言は、彼らの救いになったはずだ。

 

「下がれ」

 

 

 生真面目な人という表現を聞くと、私は父の顔をいつも思い浮かべる。

 血をつながっているのか疑わせる長身は、よく糊の利いた飾り気のない幹部の制服に栄えていた。ユスティアなんかは目元が私と似ている気がするというが、どうなのだろうか。主観ではわからない。

 年々、白髪が増えていく気がする父は、ぞんざいに秘密警察員を追い払った。

 ザ・マンの喉なんてアダ名もある父は、職務の大体はザ・マンの代弁者として生活向上委員会との中継ぎをすること。そういう地位にあると、腐敗してるだとかあらぬ疑いが起きそうなものだが、父はひたすら生真面目に、地味にすぎる仕事に励みつづけた結果、感情のない灰色の人なんて呼ばれることもあった。

 職務に熱心なのは当然のこととしても、何よりザ・マンからもっとも個人的な信頼を寄せられているというのが、父にレッドVaultの副書記長という重職を勤め続けさている理由だった。

 

「待ってください!!」

 

 最低限の目的。それを果たすには、秘密警察員の立ち会いがあったほうが好都合だった。

 大声は苦手だ。この時も叫び終えるとすぐ咳き込んでしまった。

 でも効果はあった。

 たかが小娘な私になんの権限もありはしないのに、秘密警察員はエレベーターへと向かう足を止めていた。

 

「いいから中に入れ」

 

 顎をしゃくり父は自分の執務室を示した。

 だが引くわけにはいかなかった。

 

「同志ユスティアは、私の命令に従っただけです。レッドVaultの軍規を守ったのですから褒めらこそすれ、責められるべきではありません。秘密警察にその旨を伝え、即時釈放をお願いします」

 

 父の苛立ちは、溜息の形であらわれた。

 私に対してはいつも穏やかで、時に憂いた表情を懸命に隠していた父のそんな姿は、胸が痛かった。

 試験結果が改ざんされた後でも、申し訳ないと心の底から思っている。でも、ユスティアの件だけは譲れない。

 

「・・・・・・共犯者は今どうなってる?」

 

 踵をあわせた音が鳴って秘密警察員が父へ向き直り、質問に答えだした。

 

「所定の手続きとおり移送準備中です。軍務不服従の脱走は、強制労働20年に相当しますので」

 

 冷や汗が、背を伝った。

 事態は想像よりも深刻だった。父はなんの手も打っていない。

 甘く見ていた自分を恨らみたくなった。

 

「前線ならば即席裁判の後に銃殺することも認められる重罪だぞ。同罪のお前がいったい何の権限で要求する?」

 

 副書記長の娘として特別扱いされたくないと普段から父の介入を望まなかった私が、随分と都合よく主義を変えたことについては、自覚していた。

 父は私へと近寄ってきて、秘密警察員に聞こえないよう耳元に口を寄せてきた。

 少しだけ言いよどんで、

 

「ハンマーシュミット大尉から、すべて話したと聞いた」

 

 そう父は話した。

 

「なら・・・・・・借りを返してください」

 

 私の姿を静かに見つめていた父はまた一度、こんどは幾分か小さい溜息をついた。

 

「釈放しろ。ただし当面、Vaultから外に出さすな」

 

「承知しました」

 

 疑問など、秘密警察員は挟まない。

 敬礼を残して足早にエレベーターへと向かい、その足で父の命令は果たされるだろうと、すこし安心した。

 すくなくとも、ユスティアにはもう火の粉はかからないはずだった。

 小声での「ありがとうございます」というのは、G.O.A.T試験結果を改ざんしたことで始まった騒動なのだから、父は皮肉として捉えたかもしれなかった。

 

「・・・・・・部屋に入れ」

 

 これで親子二人きりとなった。

 父の執務室は、レッドVaultのナンバー2に相応しい広さだった。具体的には、一般的なVaultの個室より五割増しほど。

 艶やかな木目のデスクが中央に陣取り、それを囲むようにして本棚が左右対称に配置されて、無数の学術書が収められていた。

 父の几帳面さがそこかしこに見られるこの部屋に、懐かしさを感じた。なにせ士官学校に入るまでは、この執務室に併設された私室が私の家でもあったのだ。扉一つ隔てた先には、まだきっと私のベッドが残っているだろう。

 昔つけてしまったデスクチェアの小傷に気がついて、懐かしさから指で撫でてしまった。それが催促しているととられてしまったかもしれない。

 

「座れ」

 

 命令口調だったが、父は私を吹けば消えるかのように恐れ、身体に負荷をかけないよういつだって配慮していた。

 だから、後ろに手を組んで肩幅に足を開き、休めの姿勢をとった。

 もう父はなにも言わず、外の世界からサルベージされてきたアームチェアへと腰掛ける。私に背を向けながら。

 沈黙。

 互いに互いの出方をうかがう、胸の痛む沈黙が場を占めていた。

 ユスティアからファザコンなんて揶揄されたこともあるが、そうだとも。それは当たらずといえども遠からずというやつだ。

 父のことは、尊敬している。゛平和こそ我が職業゛、その家訓のもと私は正しくあることを父から教わり、努力し続けることを学んだ。だからこそ、試験の改ざんは、単純な善悪の問題ではないのだ。

 

「父上――」

 

 意を決した。

 覚悟とともに話しかけた私の言葉は、父の独白に塗りつぶされた。

 

「お前がどれほど頑張ろうともあと19年の命であると、私はこの部屋で告げた。覚えているか?」

 

「それは、勿論」

 

 人生が様変わりしたあの日を、父にとってもそうだったろうあの日を、忘れることはできない。

 

「正直言って、父親としての自覚はずっとなかった。義務は理解してた。毎日ミルクを与える・・・・・・だがそれは作業であって、父親としての有り様ではない」

 

「父上?」

 

「変わったのは、したり顔の医者が現れたあの日だ・・・・・・。お前が死ぬと知ったあの日、父親としての本当の義務を理解した。お前に終わりの日が来るまで、ただ娘のためだけに生きようと」

 

「・・・・・・軍に入ることを決めた時、父上は反対しませんでした」

 

「当たり前だ。私の娘が、自分で選んだ道だ」

 

「そう言われるのならなぜ!!  試験結果を改ざんしてまで私をVaultに残そうとするんですか!?」

 

 父上は私に、カウンセラーをつけたことがある。

 子供には重すぎる事実だと、そう考えたのだろう。

 口の堅さには定評があるカウンセラーだった。なにせ医療用ロボットのMs.ナニーだから、彼女に私もすべてをさらけ出して話したものだ。

 Q.死ぬのは怖くないですか?

 A.怖いに決まってる。 

 そう言い切ったのは、彼女だけだ。高官のカウンセリングも担当していたから、秘密保持のためもう初期化されてしまったMs.ナニーも覚えていないだろう。だから、知るのはこの世に私一人だけだ。

 死ぬの怖い。だから、何か一つだけでもいい、なにかを成し遂げたいと私は強く願い、自分に誓った。

 そのきっかけをくれたのだから、カウンセリングはあの一度きりで十分だった。

 

「努力してきました。他者からも、自分で自分を認められぐらいに技術を磨き、外の世界に出られる準備はしてきたつもりです――それは、ハンマーシュミット教官からお聞きになられたでしょう」

 

「・・・・・・ああ」

 

「そのすべてを父上はぶち壊しにするというのですか!!」

 

「私が望んでそうしたとでも思っているのか!!」

 

 追い詰められて、糸が切れてしまった。あの時の私は。

 目先のことだけを近視眼に見て、父の態度すべてがただ理不尽なものだと思い込みたくて、怒りを爆発させてしまった。

 

「もう私にはわかりません!! ゛平和こそが我が職業゛それが家訓だと父上は繰り返し私に教えて、ハンマーシュミット教官は間違いを正すために全力を尽くす人のはず、それなのに皆、不正に加わって・・・・・・ザ・マンは世界に平等をもたらすために戦っていると、おっしゃいました――」

 

「クリスティア!!」

 

 ザ・マンを槍玉に挙げるのは、一線を越える行為だ。

 私だって、ほんの少しでも冷静さが残っていれば、こうは言わなかったろう。

 

「工場ではたまたま外に生まれたというだけで幼い子どもまで働かされてます!! 言葉にされないだけで、内で生まれた者は特権階級として好きな職につける。これでは実質的にはカースト制度ではないですか!? 共産主義の理想ととはかけ離れて・・・・・・レッドVaultには嘘とごまかしがあふれていて、もう私には何が正しくて何が間違っているのかわかりません!!」

 

 椅子ごと振り返った父が、拳を机へと叩きつけて、すべてが途切れた。

 暴力の恐れはなかった。父はこんな時でも手を挙げることはしないそういう人だったし、軍での訓練でさんざん鍛え上げられたのだ。むしろ、銃声のような殴打の音で訓練を思いだして、すこしだけ頭が冷えたぐらいだった。

 それでも、無邪気に自分の正しさを確信していた。

 後になってPip-Boy 3000のちみっちゃいキーボードを叩く私としては、やはり子供じみていたなと、見とめざるおえことだったけど。

 

「いつも重要な情報は、伝令が直接届けに来る。スカラー伍長、気のいい若者だ。そう遠くない日に、彼は前線のどこからか届いた電報を手に持って、私の執務室のドアを叩く。娘が死んだと事務的に言うためにな」

 

 私はやはり、父に甘えきっていた。

 あの優しさは無尽蔵で、いつまでも続くと。

 娘を喪う恐怖はもしかしたら、私の死の恐怖などより大きいものなのだと想像できずにいたことを、いまさらに気がつかされた。

 

「病気だけではない。撃たれたのか、それとも爆弾に吹き飛ばされるか、死の危険は無限にある。お前が死ぬその時に、私はお前の側で支えてやることができない。それだけは、確かなことだ」

 

 人は大なれ小なれ仮面を被って演じるものだ。

 私がハンマーシュミット教官とユスティアとでは違う言葉使いをするように、父は父親としての仮面を被ってこの時まで私に接していた。それはもう剥がされて、悲壮な顔をした一人の親の顔を、父はしていた。

 

「もし、これから1年のうちに治療法が確立されたら?」

 

「今まで、そんな可能性だって・・・・・・」

 

「可能性は、お前が外に出たその時に潰える。だが残れば? 心臓が止まるわずか1秒前まで、治療法が発見される可能性は残り続ける!!」

 

 それが、父にルールを破らせた動機だった。私の夢を叶えるより、もしかしたらの可能性に、父はすがったのだ。

 考えた。

 ずっと、前だけを見てきた17年間の人生を省みるなんて、この時が初めてだった。

 気持ち悪くなるぐらい考え続けその上で、私は結論づけた。

 

「イヤです」

 

「クリスティア・・・・・・」

 

「私は絶対、自分の力で外に行きたいんです。自分の力で」

 

 父は首を振りながらうつむいて、時を刻むよう机を拳で小突いていった。

 煮詰まった会議などで、自分と他者の会話を無理やりに終わらせ考えを纏める時に、しばしば父はこの仕草をしたものだ。そんな幼い日のことを思い出していた。

 

「私が政治家になった時――ザ・マンと共にこのVaultにたどり着いた時から、随分と経験を積んだ。古臭い家訓よりも現実的な教訓のほうを、私は優先する。正しい道よりも、上手くいく道をこそ選ぶべきだ」

 

 ペン立てから一本の万年筆を取り出して、父上が手帳へと書き始めるのを私は見守った。

 

「クリスティア=カテジナ少尉補に城門(ヘルズゲート)警備部門への配属を命ずる」

 

「父上! そんな手帳なんかに!!」

 

「私が署名すれば、これは公文書として認識される。副書記長の命令に反すれば、それは反革命罪として罰せられる。その罪はユスティア=フォースにも連帯責任として被せられる」

 

「・・・・・・そこまでやるんですか?」

 

 脅迫に、なりふりかまわない父の姿に、涙が滲んだ。

 

「Vaultで治療をうけて一日でも長く生きながらえろ。それも無為に終わり、お前が最後の眠りにつくその時に側にいてやれるなら、私の職分などクソ食らえだ」

 

 

 破り取られた手帳の一ページに、父が自分の名前を書き記していった。

 あの肉筆があれば、もう公文書だ。レッドVaultでほとんどのことがまかり通る。

 なりふり構わない父の前では、私の夢など無力だ。

 分かっていたことだ。

 私は無力なのだ。

 

「クリスティア=カテジナ少尉補。命令書を受け取り、今日中に部署に出頭。着任の手続きをしたまえ」

 

 人間の手は、いつも震えている。

 私が狙撃兵の道を諦めたのは、手が小さいのもあるし、この揺れのタイミングを図るほど気が長くなかったのが理由だ。あの訓練での成績は、記憶から抹消したいほど目も当てられないものとなり、100発撃って1発当たれば命中のうちに入る機関銃手にさせられたものだった。

 この時の命令書と称された手帳一ページを握る父の手は、そんな平均的な手の震えよりもはるかに、大きく見えた。

 ここまで理由が積み重ねれば、言葉をどれだけ費やしても父を説得することは無理だと、否が応でも理解できた。

 ・・・・・・できてしまったのだ。

 

「もう退出してよろしい。カテジナ少尉補」

 

 もうきっと、名前で呼ばれることはないだろうな。

 ざらついた手帳のページを片手でいじりながら、私は無言で父の執務室から退室した。

 人生最悪なその時、人生最高峰の暗鬱な気分の中、またしてもあの男が出現する。

 手持ち無沙汰に父の執務室の前に立つは、もう宿敵にカテゴライズできるウィリアム=ヘルツ伍長その人だった。

 そうまたしても奴は、私の前に立ちふさがっていた。

 

「親子喧嘩に負けた面だな」

 

 私は腫れぼったい目を拭い、袖を湿らせた。

 どの口が言うか。忌々しい。

 

「・・・・・・なぜここに?」

 

「応える義務はないが、ヒントを出そう。一人娘の出奔をお偉いさんに通報したおかげで、昇進できる」

 

 ヒントが答えだった。

 拳を握るフェイントからの足を踏む攻撃は、本気だった。それなのに躱された。無駄な素早さ、忌々しさが二割増しだった。

 ハンマーシュミット教官がアーマーの重要性を知らしめるべく、SN-42アーマーを着せられて射撃場に立たされた男とは思えない身のこなしだった。わざわざ大口径の308口径で撃たられ後で、赤黒い青あざこさえて悶絶していた男と本当に同一人物なのだろうか? 誰かが皮を剥いでなり変わっているんじゃないだろうかと本気で懸念しだしている自分がいた。現実逃避のたぐいだとは、分かっていたとも。

 

「浅ましい奴だ・・・・・・」

 

「いい感じのクーラーと個室によって心の平安が得られるなら、俺は何でもするタイプでな――生まれてからすべて揃っていたチビのお嬢様には、分からんことだ」

 

 頭に血が上ると、自分はよくハンマーシュミット教官に鍛えられたのだと気がつく。

 まずスティルツシューズのビスを外して、最大限まで引き延ばす。奴の背丈は5フィート(170センチ)ほどだが、靴の分だけ背が伸びた私は、少しだけ見下される程度までになって、差は縮まる。

 低身長、性別、はなから殴り合うには不利なのは重々承知しているが、その差を埋める努力は怠るつもりはない。

 私に優位な点は、それとなく足を引いただけで奴は戦う姿勢を見せなかったことだ。まず先制の権利は私にあった。

 右ストレートキックが届く予定まであと数秒ほどだったが、ドアの開閉音がそれを邪魔した。

 あんだけ騒げは、気まずくとも父上は顔を出さざるおえない。

 

「同志ヘルツ伍長、だったな。私の娘と殴り合いをしているのか?」

 

「まさか。そのようなことはありえません、同志副書記長。」

 

 胡散臭い作り笑いで奴は場を流そうとして、その隙をついて私は足への奇襲攻撃を成し遂げた。

 スティルツシューズその金属で作られたS字の先っちょを、足の小指それも真横から叩きつけてやった。奴の作り笑いにヒビ一つ、ひきつる表情を入れた戦果を確認してから、エレベーターへと歩き出した。

 背後では、父は堂々と私の反抗を見逃していた。

 

「娘の件を報告したのはお前だな。よくやった」

 

 父の声はそれほど褒めているようではなかった。すごく、義務的な言葉使いだった。

 

「ここでは密告は推奨されていますから」

 

「ああ。それがレッドVaultの法というものだ。執務室で話そう」

 

 奴が乗ってきたばかりだったのだろう、ボタンを押せばすぐエレベーターの扉が開いて乗り込むことができた。

 マシンガンタレットがキリキリと音を立てて首を振るその音の狭間から、父と奴の声が聞こえていた。

 

「ぜひ士官として管理業務を任されたいと、常々思っていました。お役に立てますよ」

 

 Vault 66の管理業務は多岐にわたるが、どれにつこうと個室と奴の表現を借りるところのいい感じのクーラーがつく。確かに、目的は心の平安それだけらしい。

 

「いや。もっと相応しい、似合いの職務がある。それを任せよう」

 

 父はその言葉を残して執務室の分厚い扉閉められて、それにまるで同期するかのようにエレベーターの扉もまた閉じる。

 経年劣化で点滅するライト、自分の吐いた息がすぐ循環するような狭く薄暗い籠のなかで、私は9Fの城門(ヘルズゲート)のボタンを押しこんだ。

 胸の憂鬱は増していって、こみ上げてきた咳を封じ込めようと、私は苦労した。

 

 

 

 

 

 

【日常業務とその終わり】 2287年11月02日

 

 城門(ヘルズゲート)の第4警備隊の業務の始まりは、まずザ・マンによるVaultの声の放送に耳を傾けることから始まる。つまり、Vault 66のいつもの日常というやつだ。生まれてこの方ずっとこの儀式が続いている。まるで宗教だと思いはすれども、言うことは厳禁だ。共産主義は宗教を禁じている。

 ユスティアいわく、セカンド・フリートのみならず外の世界(ウェストランド)では放射能そのものを崇めているようなカルト教団も跋扈しているそうだから、合理的な判断だと思う。

 朝番の警備隊メンバー達と放送を聞き終え、栄養価だけは保証されているピンク色したフードペーストの無味乾燥とした朝食をとってから、兵器庫11のBの門番として新たに配属されたかつての同期生ジョーンズからストーナー63と弾薬を受けとり受領書にサインして、私は持ち場の見回りを始める。

 ちなみに、太り過ぎの警備班指揮官である同志フォンタナ=ジョフリー大尉を筆頭にして、三項目めの見回りというのは、おうおうにして飛ばされていた。理由は、単にやる気がないからだ。

 今だガイガーカウンターが微量の放射能を検知するトンネルは輸送班の縄張りで、そこから網の目のように線路が伸びている広大な貨物乗り入れ場も同様だった。彼らの管理領域だけで城門(ヘルズゲート)の八割が埋まるのだから必然、私たちの仕事も少なくなる。30分程度で終わる見回り、どこに行っても輸送班が忙しそうにしていて、私たちを仕事の邪魔だと疎ましそうに見つめている。正直いって私たちは邪魔者だった。

 これが私たちの警備区画のすべてというやつだ。(やる気ポイント-1)

 レッドVaultの主な輸出物は、弾薬と土だ。

 土。放射能に汚染されていない、宝石よりも価値のある土。

 ザ・マンの数多い偉業の一つに、この土を近隣の農家に無償で配ることによりトゥームストーンの食糧事情を改善して、その農家から未来の同志達を獲得したことであった。

 さてこの土を生み出すのは宝石どころか黄金よりも――いや値段のつけようがないVault 66でもっとも価値があるロストテクノロジー、G.E.C.Kだった。

 Garden of Eden Creation Kit (エデンの園創造キット)略してG.E.C.K。これはVault 66が建造された当時から厳重に守られてきた小型のテラフォーミング装置という恐るべきシロモノだった。

 ゛充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない゛とは誰の言葉だったろうか? どうにも思い出せないけど、この言葉はG.E.C.Kのためにあるように感じられる。

 日々、数十トンもの汚染土がトロッコで運び込まれ、G.E.C.Kによって浄化されて送り出される。

 この輸送業務の利便性と、あらゆるコストを費やしてでも守らなければならないというアンビバレンツは、無人のトロッコだけをメインゲートをこえてレーザーセンサーまみれの防御装置を通りぬけさせ、パワーアーマーを着込んだ精鋭部隊の検分を受けたうえでG.E.C.Kの安置室へとたどり着くというプロセスによって果たされていた。ちなみに、ここまで重要な業務を任されるのは秘密警察の実働部隊であって、私たち第4警備隊ではなかった。

 メインゲートへは見回りとして立ち寄ったが、特注のブラストドアが開け示される姿を遠巻きに見守るだけでG.E.C.Kの影すら見えず、すぐにカマキリ顔のX01-パワーアーマーとミニガンで武装した秘密警察員に睨まれだけで追い払われてしまった。(やる気ポイント-1)

 おいしくない昼食が詰まったランチボックスを左手に、16インチのバレル長が私の背丈には長すぎて、スリングで背負っても地面をこすり始めるという忌々しいストーナー63に悩まされつつ、私たちは最後に防御塔へと向かった。

 そこが私たちの持ち場となるのだ。

 防御塔。大層な名前がついているが、武装はブローニング1919機関銃それも1丁だけという貧弱なもので、プレハブ小屋を土のうでコーティングしただけの、いかにもなお手軽物件だった。

 ここで私は夜番と交代するまで12時間も過ごすことになる。(やる気ポイント-1)

 城門(ヘルズゲート)に攻めこむには細長いトンネル一本だけしかない。見渡しの良い障害物のない一本道ほど、防御側が守るに容易い地形もない。

 一応は城門(ヘルズゲート)内部にはダメ押しの塹壕が掘られているが、あれを埋めるほどの人員がそもそも第4警備隊にはない。邪魔だからと橋代わりのベニヤ板を上からかぶせられたり、工具置き場として活用されたりしていて、長い間ノーメンテ。暗がりにはキノコが群生していた。

 射線が被らないようにL字型に配置された6つの防御塔が第4警備隊の持ち場のわけだが、(やる気ポイント-1)と先に書いておく必要があるものが、私たち警備隊の背後に控えている。

 メインゲートに上からかぶさるようにして、三本脚のマシンガンタレットがこれでもかというぐらいに敷き詰められて、スポットライトが目を光らせていた。あんだけあれば、第4警備隊の防御塔はむしろ火力集中の邪魔だろう。

 どう考えたって、城門(ヘルズゲート)の防御の主体はあのタレット群だった。(やる気ポイント-1。だから書いたろう?)

 つまりは、城門(ヘルズゲート)の防御において私たち第4警備隊はいらない子なのだ。

 更に付け加えれば、城門(ヘルズゲート)にたどり着くためには3つの防衛線を破る必要がある。 

 一つ目は警備隊の最精鋭が属する、外の世界(ウェストランド)に隣接する地下鉄入り口の防衛線。スナイパーに狙われることが日常業務のうちに書き加えられるほど危険な部署であり、パワーアーマーを大量配備した頑強な防御基地となっている。

 二つ目は、鉄材を幾何学的に組み合わせられた中門を守る部隊。彼らは臨検が主業務であり、業務のほとんどがVaultに入り込もうとする害獣の駆除に費やされている。士官候補生が歩哨に立たされるのがこの場所だから、すこしは知っていた。長年の害獣との戦いによってついたアダ名がフレーマーズ。火炎放射器でよくダクトを照り焼きにしていた。

 三つ目は・・・・・・このあたりからダレてくる。情報源(ユスティア)によれば、あそこは片手間の警備業を隠れ蓑とした闇市となっているそうだ。ああそうだ。忘れてたけどユスティアは無事だった。警備班の配属初日に、ヌカ・コーラ満載の冷蔵庫を抱えてコンセントを探す彼女を見つけた時には、色々な意味で虚脱感に襲われた。

 それはさておき、三つ目の防衛線では禁制品が高値で取引され、Vault 66へと密輸入されているらしい。ご法度の賭け事も毎日開かれているそうだ。あの燃え尽きたコミックブックは、まず確実にココ産だろう。

 そして四つ目。四番目の防衛線だから、第4警備隊。

 ここは、とにかく怠惰だ。

 防衛線の奥深く過ぎて敵襲の可能性は微粒子レベルでしかないが、かといって堂々とサボるには秘密警察員が近すぎる。だから見回りを新人に押し付けて、仕事をしているジェスチャーをするのが主業務だ。私が確認した限りでは、10年ほど遡っても報告書はすべて同じ文面だった。゛異常なし゛その一言だけだ。

 防御塔の椅子に座って、勤勉な輸送班、厳格な秘密警察員の仕事ぶりを見つめるだけの簡単なお仕事。あまりにもすることがないので、眼下の人々に申し訳ないという罪悪感すら浮かんでいた。

 第4警備隊の構成人員は、負傷して前線を外された兵士や初老に差し掛かった老兵ばかりで、真面目に養老部隊に変えるべきだなんて議論すらされているらしい。つまりは、そういう部隊だった。

 パイプ椅子に腰掛け、゛交代要員は水をやってくれ゛とメモが貼り付けられた、土のうに植え付けられた青紫の何かの植物に夜番の隊員の退屈さかげんを幻視しながら、私は見回りの報告書を書きだした。

 異常なし。

 

「真面目じゃのう」

 

 ユスティアがボヤいた。

 父の配慮か彼女も同じ隊、同じ班に配属され見回りに付いて来て、一応は少尉補である私の部下となっていた。

 

「父上に無理やり配属させられたとはいえ、仕事を怠るつもりはない」

 

「先達は誰もやっていないようじゃが? というか、やらなくとも問題ありそうに思えんが?」

 

「やらないほうがおかしいんだ!!」

 

 プライドの問題だ。

 目のいいユスティアなら尚更だが、トンネルから向かって左にある私たちの防御塔から、トンネル正面に配置された防御塔へと目を凝らせば、私でもチェスを動かす老兵の姿が見えた。具体的には指揮官のジョフリー大尉だった。

 あの老兵たちは仕事をする素振りすら見せない。

 

「やってもやらなくとも、結論゛異常なし゛なのじゃから、むべなるかな」

 

 うんうんとユスティアは頷いていた。

 休めの姿勢で窓際に立つユスティアは、どうなのだろうか。私に合せてくれているだけかもしれないが、真面目に任務を遂行しているように見えた。

 

「本部が一番前線から遠いのは健全極まる話よ。この地に精兵集めたところで、見栄を張れるだけで宝の持ち腐れというやつだ。ほれ、あれだ。゛平和こそ我が職業゛?」

 

 人の家訓ぶんどって、だから使えない奴ほど本部に集まると言いたいらしい。

 合理的だと言いたいのだろう。

 頷きたくもなるけれど、私は嫌だった。

 

「どのみち本部の守りその主力は、秘密警察の実働部隊だろうしのう・・・・・・奴ら正式名称がないというのは不気味だと思わんか? 諜報機関だからかのう?」

 

「私が知るか!! ぐっ、ゴホッ」

 

 ストレスでめっきり咳が増えて、喉がいつもヒリついて痛む。吸入器が手放せない。

 こんなユスティアとのしょうもない戯れ言に私が苛立ちを返す。それが1日12時間、もしかしたらあと1年死ぬまで続く。

 何かと構ってこようとするのは、ユスティアなりの不器用な慰め方だったのだろうか?。そうだとしても、こういうことが得意ではないのは火を見るより明らかだった。

 いっそ自殺でもして父上の鼻を明かそうかと、そんな暗すぎる想像すら浮かんでくるのが、第4警備隊での日常業務というものだった。

 

「かつてのその逆境にめげない突撃豆タンクぷりにこそ我は惚れたものだが、人並みに会話ぐらい成立していたものだぞ? 我は悲しい」

 

「なんだ突撃豆タンクって? どっから湧いた? そんなアダ名広めてないだろうな!?」

 

「広めてはいたな。我ではなく何とかいう元教官補佐が」

 

「ヘルツ!!」

 

 私は叫んだ。

 叫べば聞こえる範囲に、奴の姿があった。

 出世が途絶えたという一割の喜びと、あろうことか同じ部署に配属されるという九割の嫌悪を私から浴びつつ、ウィリアム=ヘルツ゛軍曹゛殿は防御塔の片隅に座っていた。

 なんの嫌味か、よれたセピア色に変色した戦前の写真――柔らく笑う幸せ家族の図を防御塔の土のうの壁へと貼りだしていた奴は、それに加えてこりもせず禁制品のラジオなんかを持ち込んでアンテナをいじくっていた。そりぁ地下だからな。受信は難しいだろうさ。

 ヘルツ軍曹は私の叫びで顔を上げて、不機嫌な面で私を一瞥すると・・・・・・ラジオを叩く仕事に戻っていった。

 これが仕事として十分成立するのが第4警備隊だ。本当の意味で働いている輸送班の邪魔さえしなければ、ノルマ達成。

 ヘルツ軍曹の天職だと思うのだが、当の本人は違う考えらしく、全力で私の存在を無視していた。

 父は迅速に私を売り渡した手腕を評価して、ヘルツをお目付け役とすることにしたらしい。

 悪意ではないと信じたい。

 個室付きの士官の道を絶たれたあたりは、腹を抱えて笑ってやれる出来事であるのだが、同僚として配属されるとなるとすぐ泣きたくなった。

 アンテナの角度がマッチして放送を拾うようになったのか、ラジオの耳障りなノイズが意味ある人の言葉に置き換わっていった。

 

『ハロー。トゥームストーン』

 

 音質の悪すぎるラジオDJの声は、どこか無機的で平坦に感じられた。まるで区切れがちな原稿用紙を読み上げているだけのロボットのような、そんな声だった。

 それに私は、聞き覚えがあった。

 

「おい――これ、敵性ラジオじゃないか!!」

 

『こちら、スターパラディン・セドリック。Galaxy News Radio NYのDJ、です』

 

 局名Galaxy News Radio NY。放送主は新たなるレッドVaultの宿敵たる、ブラザーフッド・オブ・スティール(B.O.S)だった。

 空飛ぶ円筒――飛行船とやらに乗ってどこからともなく現れ、レッドVaultとセカンド・フリートによってシティ・オブ・トゥームストーンが二分される中に、無駄に練度の高い機械化歩兵で戦いに介入したあげく、都市中央にあるエンパイアステートビルに立てこもって街中の物流を阻害するという迷惑行為に励む武力集団であるとのことだった。

 

『この街に、住まう皆さんに、我々の大義をより、理解して頂くため、に、当番組は放送されています。ブラザーフッド・オブ・スティールは平和をもたらすために、この街へと参りました』

 

 などとプロパガンダ放送を繰り返して兵を募っているそうだが、実際に志願者が赴くとレーザー光線でもって追い返されるという、何がしたいのかはっきりしない過激な純血主義者の集まりだそうだ。

 外回りのベテランであるユスティアにして、何がやりたいのか徹頭徹尾に訳がわからないという。

 ()()ユスティアに真顔で断言されるとは、相当訳がわからない集団なのだろうなと漠然に思っていた。この時は思い返せば、平和だったな。

 

「貴様・・・・・・禁制品の言葉の意味を知らないのか?」

 

 真面目に聞いた。

 やさぐれていた奴はもちろん答えやしない。

 

「このDJに会ったら胸に2発、頭に1発撃ちこんでやる。俺は愛国的だろう?」

 

 心底忌々しげにヘルツは呟いた。

 なら選局替えろと私は思った。

 

「流す曲は良いからのう、その局。カルチャータウン・トゥデイなんかは自惚ればかりが強い自作曲と大根役者のラジオ劇しか流さんし、Vaultの声の労働歌は退屈じゃ。だがGalaxy News Radio NYは戦前の名曲ばかり流すからのう。うん、それだけはよいな。DJは論外じゃが。あれはプロパガンダ臭くて鼻が曲がる」

 

 我が道を行くユスティアが、禁制品に同意してしまった。

 疑惑が確信に変わった瞬間でもあった。第3警備隊の闇市に詳しいのはそういうことだよなーと理解して、何かこう、どっと疲れが押し寄せてき、私は粗末なパイプ椅子にへたり込んだ。

 実際のところラジオ放送は罪を免除される確率が高い。眼下に広がる線路網には積み荷を満載した電動トロッコが行きかっていたが、その乗り手はラジオを堂々と流している。勿論、選局はVaultの声だけではなかった。

 ハンマーシュミット教官のように禁制品の娯楽に一切触れないというレッドVaultの法に純血を貫く人もいるが、少数派なのが実情だ。見つからないようこっそりやれば、ことラジオに関しては問題は起きない。かぎりなく形骸化していて、父ですらラジオを聞いていたのを覚えている。上がそうなのだから、下も自然と倣い出すものだ。

 

「ユスティア、お前はどっちの味方なんだ?」

 

 科学的な根拠とは無縁だし、薄い人生経験からはじきだされた頼りない持論を繰り返すと、良くつづく友情というのものはまったく同じ人間かまったく違う人間としか築けない。この間を取ろうとすると、打算と妥協が引き出されてきていつしか離れていってしまう。

 そういう意味では、ユスティアと私の相性は良いらしい。世界観が天動説と地動説を唱える学者ぐらいかけ離れていると、一周回って逆に仲良くなるものなのだ。

 

「我は我の味方だ」

 

「ああそう」

 

 何言ってるんだが。

 

「我は我の味方だから我が味方しようとした相手も我の味方だ」

 

 無駄に頭を使うようにみせかけて、実はただ舌がもつれそうなだけのどうでもいいことを言っていた。

 もうユスティアと話すのすら億劫に感じて、まだ11時間11分つづく拷問を脳裏に浮かべながら目を閉じた。

 二転三転と激変する環境で、疲れが溜まっていたのだ。

 

 I don't want to set the world on fire

  僕は世界に火をつけたい訳じゃない

 I just want to start a flame in your heart

  ただ、君の心に火を灯したいだけなんだ

 

 物悲しい歌声。ラジオからは、そんな歌詞が流れてきた。

 認めよう。確かに、いい曲だった。

 目を閉じた分だけ、聴力が上がったような気がする。かつて車などど呼ばれていた四輪電動トロッコが行き交う騒音に作業員の指示が混じりあって、環境音に昇華していく。そんな雑多な音に耳を傾ける、空虚な時間が流れていった。

 まぶたで隠された暗闇の中から、曲に合わせたユスティアの綺麗なハミングが聞こえてきて――ほんの数日前まで抱えていた反抗心がこの狭苦しい防御塔で霧散していくのが感じ、怖くなってきた。

 私はここで終わるのだろうか? ユスティアといるのは好きだ。気を紛れさす騒々しさと、ふとした安らぎがある。だけど、これで終わるのは、怖い。

 目を開ける。

 閉じる前と、何一つ変わっていない止まった世界が目の前に広がっていた。

 なにかしたかった。なんでもいい。そんな気の迷いが、ずっと気になっていたあのセピア色の写真のことをヘルツに尋ねるなんて愚を犯していた。

 

「その写真は・・・・・・なんでもない」

 

 寸前で思いとどまる。

 また目を閉じて時間が流れるがままに任せようとも思ったが、すぐはまだ怖かった。私は眠るのだって、時間が知らぬ間に消えていくようで怖いのだ。

 ふと、横目だけでこちらを覗いているヘルツに気がついた。 

 人の目線というのは、なにか見えない光線でも飛ばしているのだろうか? 不思議と気がつくものだ。

 

「・・・・・・なんだよ?」

 

「なんの写真か知りたいのか?」

 

 なんのつもりなんだかと、訪ねておいて理不尽な気持ちを抱いたのを覚えている。

 

「この写真に、何が見える」

 

 パイプ椅子を軋ませながらだらしなく座るヘルツ軍曹は、顎で写真を指し示した。

 何が見える?

 一軒家、それも戦前のものだろう。それだけでヘルツ個人と関わり合いのある写真でないことは知れた。家の前にはきっと妻と夫、そしてお手伝いロボットのMr.ハンディが映り込んでいた。仲睦まじく。

 

「幸せそうな家族の写真。だが、お前のじゃないのは確かだな」

 

「そうか――なら、なにが()()()()?」

 

「?」

 

 写真に音? 謎かけかと疑うが、ヒントもなにもあったものではない。だから見たままを正直に答えた。

 

「写真に音はしないだろう?」

 

「その通り。俺はこの写真のような心に平安をあたえる静寂がほしい。だから、黙って寝てろ」

 

 そう言い終えると、奴は目をつむった。

 頭から水を引っ掛けでもしなければもう反応はすまい。

 腹立ちまぎれにしかたなく、私はまたまぶたの作り出す暗闇に戻っていった。

 愚にもつかない、堂々めぐりな思考の迷路のその出口は、結局見えなかった。

 人質になっているとユスティアが知ったら、彼女はどうするだろうか? ついに愛想を尽かされてしまうかもしれない。それとも、スタンス変えずに暴力的解決策を選んで、父を殺そうとでもするだろうか? 気まぐれな猫みたいな、それがユスティアだ。読み切れないな。

 どうせ考えたところで仕方がないのだが。

 私はどうやっても、Vaultから出ることはないのだから。

 でも、どうしても考えすぎてしまい、それが時間を潰していった。

 気がついたら、昼飯時だった。

 レトルトパウチの封が切られる音がして、目を向けると犯人はユスティアだった。

 昼食は携行糧食A7こと、スタンダードなキノコと豆を交えたレトルトスープ。水分、塩分、糖分をバランスよくいっぺんにとれるうえ長期保存もできる優れものだが、評価項目に味を加えると一気に90点から30点ぐらいに減点されてしまう代物だった。

 

「ときおり油がスプーンいっぱいに掬えるのよな、これ」

 

 ユスティアがレトルトパウチに突き立てた携行スプーンは、垂直に立ったまま微動だにしていなかった。凝固した油の吐き気を堪えるのは、辛い。

 

「・・・・・・普段はスプーン三分の一ぐらいだ」

 

 自分でも慰めかどうか怪しい言葉だと思った。

 火で温めれば少しはマシになるのだが、水もガスも貴重品。レトルトパウチ温めるだけに支給されるのは難しいから、仕方がない。

 三人一組で防御塔に詰めることが義務付けられていたから、念のために3人分のレトルトパウチを持ってきてはいた。

 嫌な奴だが奴は軍曹、私は少尉補。部下の面倒をみるのは私の義務だ。

 顔を背けながら右手だけで差し出すが、この日に限っては、一向に右手から重みが消えることがなかった。

 嫌だが理由を確かめようと顔を向けると、変わらずあのセピア色した写真を目の前に貼り付けたヘルツ、奴は無発酵パンに具を挟んだ明らかに美味そうな昼食を食べていた。俗にいうサンドイッチ。それも、ヌカ・コーラまでも完備しながら。

 目に見えて、軍の支給品ではないことは確実だった。

 サンドイッチは食堂で見たことはあまりなく、あっても挟まれる具はいつも赤青色とりどりなジャムであるはずだ。それが私の常識だった。だがあの時にヘルツが食べているのは、私の常識外にある別物だった。なにかこう、白っぽい肉のようなものを挟んで食べていた。

 無造作に捨て去られた紙の包装からしても、外から持ち込んできたものは確定的だった。

 

「ほう美味そうだな。我の分をよこせ?」

 

 ごく自然と、ユスティアが分け前を要求して食いついた。厳密には、食いつこうと飢えた獣のように目をきらめかせていた。

 ヘルツはユスティアを嫌い、ユスティアもヘルツを嫌っていて、普段は、互いに存在が見えないかのように振舞っていた。

 人を緩衝材にと恨み言を言いたくもなるめんどくさい人間関係が、この両手を伸ばせば届きそうな狭苦しい防御塔にひしめいていた。

 そんな人の気を知らずか、知って無視するヘルツは、ゆうゆうとパンに歯型を刻んでいった。

 

「1コ40キャップ」

 

「セットで40キャップでも暴利だわ!! ざっと見積もって10キャップじゃな!!」

 

「その場限りの快楽がたったの50キャップで買えるんだぞ?」

 

 しれっと値上がりしていた。

「これだからすね毛が生えた生き物は・・・・・・」とぶつぶつ言っていたユスティアがしゃがみ込み、自分の靴のかかとを外しだす。

 外せたのかという人の驚きを尻目に、両足のかかとには小物いれとしての機能があったらしく、中の空洞部分からユスティアは次々とキャップを取り出していた。キャップ――つまりはヌカ・コーラの王冠。なんでそんな後生大事と思っていた私に、一つの推理が浮かんできた。

 

「お前ら・・・・・・知り合いだったのか?」

 

「むう。遠目で胴元に金むしり取られるさまを眺めて笑けていたという意味では、広義の知り合いかのう」

 

 無造作に差し出されたヘルツの手のひらに一つ一つ数えながらキャップを載せるユスティアは、名前を聞いたから知り合いぐらいの暴論を並べ立てていた。

 広義すぎだ。あと案の定すぎる。

 

「ヌカ・コーラキャップのコレクター仲間・・・・・・とかじゃないのか?」

 

 人の頭を撫でだすのはいつだって突然。ユスティアの奇癖はこの時も発動された。

 チビだからと、すぐ人を子供扱いして・・・・・・。

 

「ういやつ、ういやつ」

 

 唱える呪文はいつもと同じ、その手を払いのけるまでがワンセット。

 結局分からずじまいだ。なぜボトルキャップで物々交換が成立するんだろう。レッドVaultの裏にヌカ・コーラキャップコレクター組合とかがあるのではないのか? そこと高値で取引できるとか・・・・・・。

 満面の笑みで何か白っぽい謎の肉を挟んだサンドイッチをユスティアはかじり始めた。あくまで警務のために休めの姿勢で、いわゆる立ち食いというやつでだ。無作法なのかそうでないのか、判断がつきかねた。

 

「そのパンに挟んでるの、一体何なんだ?」

 

 好奇心が、そんな質問を生み出していた。

 なんの肉か見ただけでは分からなかったのだ。

 それに、トンネルラッドはしばしば()()()()()()を食べる。ユスティアにはおいしくても私的には論理的問題が絡むものだとしたら、このままカニバリストの祭典として受け流そうと心に誓っていた。

 ユスティアはサンドイッチを食べながら無理に答えようとする。よだれと肉片が口から漏れそうになって、それにまず食べてからと諌めてから、私は答えを聞き出した。

 

「鶏肉のサンドイッチじゃが?」

 

「そっか」

 

 鶏ね。

 鶏、ニワトリ、にわとり――鶏とはなんだろうか?

 そう心に描いて「鶏って、なんだ?」とも口に出してしまった。

 するとユスティアはまたしても頭を撫でようとしてきたが、今度は寸前で食い止めてみせる。

 さらには以外なことに、希望外の配属先でずっと人を無視しよう努力していたヘルツまでもが妙な表情していた。

 侮蔑のような、困惑のような、どうにも言葉が見つからない顔だった。

 より具体的に表現するならば、密造酒を回し飲みしたあげく奇声を挙げながら全裸で走り回っていたジョーンズ同期生を目撃した私のような顔をしていた。

 ゛妙なものを見てしまった゛。そんな表情だ。

 ヘルツが重々しく口を開いた。

 

「・・・・・・鶏を知らないのか? あの、鶏だぞ?」

 

 撫でかけの手を私に塞がれたままのユスティアが、私の代わりに答えを述べた。

 

「なにせVaultには家畜がおらん。農家に受けはいいがキャラバンとは仲が悪いのがレッドVaultだからのう、仕入れ先がない」

 

「ああ、なるほど。確かに外に出なければ合成肉ぐらいしか食ったことはないか・・・・・・」

 

 それで話を終えることだってできたはず。だがなぜか、この話はヘルツの癪に障ったらしい。

 奴は、人の怒りを刺激することだけは、天才的な男なのだ。

 

「それでよく外に出ようとしたな。さすがお嬢様は脳天気でいらっしゃる」

 

「・・・・・・なに?」

 

 Vault生まれというだけの嘲りは、私の夢をも笑うもののように聞こえていた。

 

「私は人並みに生きられない。それでも知ろうと努力するのはおかしいことか?」

 

「ああ。あと1年で死ぬんだったな」

 

 ヘルツは残るサンドイッチをヌカ・コーラで喉奥へと流しこんだ。

 

「ウェストランドになんの幻想を抱いてる? あと1年も生きられると呑気でいられる奴はウェストランドには1人も居やしない。太陽とうんざりするほどの砂――いやこの辺りだと、まるで墓碑のような過去の遺物しかない一面の死の世界。゛あと1年も生きられる゛。そう無邪気に確信できるほどにVaultは安全な場所だ」

 

 ヘルツ軍曹の沈んだ瞳は、ここではないどこかを見ているようだった。

 幻想を抱いてるだと? なに一つとして地下以外のことを知らない私にとって、Vault以外はすべてファンタジーの世界に他ならない。

 

「無意識なあたりなおさらたちが悪いな。1万人殺してでも欲しがられる幸運を、ゴミクズのように捨てようとしやがる」

 

 頭から、私の夢が踏みにじられる。

 最近分かってきたことだ。私はどうやら気が短いほうらしい。

 でもその怒りは、私ではない友人によって先を越された。 

 

「随分と知った風よのうウェストランド人(ウェストランダー)。あまり我のクリスをいじめないでもらおうか?」

 

 弓の弦が指で弾かれてピンと、高音が鳴り渡る。

 ユスティアの口元は見慣れたいつもの笑みだったが、目は別だ。

 射抜くような目というのは、弓兵にこれほど相応しい表現もないだろう。

 いつの間にかクロスロングボウつがえられた矢はすでに引き絞られて、ヘルツ軍曹の眉間を狙っていた。

 

「弓は嫌いだ。1発放つ間に、銃なら3発も撃ちこめるからな」

 

 撃鉄の下ろされる音は特徴的だ。

 弾をいつでも撃てる状態になったなら注意を怠るなと教え込まれることもあり、あの音には敏感だった。

 いつの間にか、ユスティアの脇腹には1丁のピストルが突きつけられていた。3人しかいない空間でユスティアと私を省けば、ピストルを撃てるのは必然1人だけだ。

 

「・・・・・・それ我のデトニクス45じゃ」

 

「ああ。今度からは盗まれにくいところに挿しておけ」

 

 レッドVaultから支給されるピストルは、基本的に士官のみとされている。

 射程距離が短いし、ライフルと比べたら威力も精度も装弾数も少ない。さらに付け加えるのなら、ライフルと規格違いの弾丸を使うから補給の問題もある。

 士官の象徴としての意味合いが強いものなのだ。私も官給品のブローニング・ハイパワーを下げてはいるが、これを実戦で使う局面になったらそれは負け戦だと思う。

 外で拾っただとか買ったとかで私物のピストルを持つものは結構いるが、ユスティアの場合はあのジョシュア叔父とやらから贈られたらしい。ユスティアは感触がないとか言って銃を使いたがらない。そんなお守り代わりのデトニクス45は、いつの間にか手癖の悪い男のもとに渡って主人に牙を向いていた。

 弾は込められている。

 武器はいつでも使えるようにしておくというユスティアの信念が、めぐりめぐって状況を悪化させていた。

 そんなヒートアップする2人に反比例して、私の頭は急速に冷えていった。

 大人げない、士官としてあるまじき余裕の無さ。安易に挑発に乗ってしまった。未熟なのは分かってるんだから正さないとと自戒しているその間にも、当事者置いてきぼりにしてユスティアの怒りは高ぶっていった。

 

「脳みその間に矢が挟まれば、引き金を引くことができるかのう?」

 

 ギリギリとさらに引き絞られて、弓の弦が鳴いていた。

 思いの外、ユスティアはキレているようだった。

 不謹慎の部類だろうけど、すこしだけ嬉しかったのはユスティアには言えない。これを正しい行動だと思い込んで、ところ構わず喧嘩を売る可能性がある。

 対するヘルツは、ユスティアの凄みに眉一つ動かさなかった。

 正直に告白すると、ついさっきの自戒と反省はわりと後になってからのことで、この時の私は迫力あるユスティアの姿に怖気づいて、怒りがどこかに吹き飛んでいたというのがより正しい表現だろう。

 普段マイペースでのほほんとしたユスティアしか知らないから、あの迫力に正直かなりビビっていた。

 そんな私に対してヘルツは、眉一つ動かしていなかった。

 

「45ACPを至近距離で弾けるほどの半端な強度がアーマーに無いといいな。俺はともかく、愛しのお嬢様に跳弾が当たるかもしれんぞ?」

 

 よくよく考えてみれば、あのハンマーシュミット教官が馬鹿や無能を自分の下にわざわざ置いておくほど慈善家であるはずがない。

 元独立任務部隊というのは、虚言癖の類でないのかもしれないとこの時から思い始めていた。 

 私を中心とした代理戦争に――日記に嘘は書かない――口をぱくぱくさせた間抜け面をしていた。

 暴力沙汰は初めてではないけど、人の生き死にレベルの諍いが眼前で繰り広げられたのは初めてだった。

 足りない経験からどうやって場を収める策を思いついたのかは、どうにも記憶に残っていない。だがこれを書いている時点で一応、私もユスティアもヘルツも生きているのだから答えは一応でている。

 そうとも苦手なのだ。人間関係。

 嘘は書かないと宣言した以上、私の交友関係も書いておく必要があるだろう。ああそうとも、過去を遡っても私には友人がユスティアしかいない。

 トンネルラッドからすら爪弾きにされている変人ユスティアと、すぐ周りに噛みつく゛判事(ジャッジ)゛クリスティア。嫌なアダ名だ。もう二度と聞きたくない。

 

「ユスティア!!」

 

 録音は、霞がかった記憶の答え合わせをしてくれる。

 どうやら私は、与し易い友人から説得を始めたようだった。

 

「弓を納め――ゴホッ――ろ。」

 

「我の生まれ育った地では、侮辱は死罪よ。まして人の野心をあざ笑うなど――」

 

 ああそうだ。また微妙に脱線し始めたユスティアを止めたのだった。

 どうやったら夢を野心と言い換えしまうのだろうか、あいつは。

 すぅと、覚悟決める深呼吸が録音されていた。

 

「命令だ」

 

「・・・・・・」

 

 すごく不満気に眉間にしわ寄せていたユスティアが何を思ったのかは、分からない。

 でも弓の引き絞りを少しだけ弱めていった。

 まだ銃を突きつけてくるヘルツの出方次第では、考える。そういった意思表示だろう。

 

「同志ヘルツ軍曹」

 

 奴は、微動だにしていなかった。デトニクス45に手の震えがまったく見えないほどだ。

 切っ掛けがあれば次々にと、鮮明に思い出せるものだな。

 土壇場で、そうだ。私は勝算のある手を考えついたのだった。

 

「ユスティアを撃て」

 

 ヘルツ軍曹は驚いていた。ユスティアも初めて見る驚愕した顔で私に驚いていた。ついでに聞いている私も驚いていた。無茶を言ったものだな、私。

 

「まさか銃声を聞きつけられないなんて考えないよな? Vault内部で同志を殺せば、その行いは速やかに自分へと返ってくる。すぐに昇進できなかった不満があるとはいえ、すべてを棒に振るほど価値のある喧嘩なのか、これは?」

 

 損得勘定こそヘルツ軍曹の根幹にある価値観だ。どう考えたって、殺し合いに利点はない。

 読みは、ありがたいことに当たっていた。

 肺の空気をすべて吐き出すかのような深く、長い溜息をつき終えると、ヘルツ軍曹はスライドと撃鉄の間に左手の親指をはさみながら、少しずつ慎重に撃鉄を戻していった。ああして指を挟んでおくと、万が一の事態でも指が腫れるだけで弾丸は飛び出ない。

 その姿を眺めていたユスティアも、つがえた矢を左腰の矢筒へと戻していった。

 終わった。ギスギスした空気は防御塔に漂っているけども。

 そう胸をなでおろしていると、ヘルツ軍曹はセイフティを掛けたデトニクス45を腰に挿して、上着で隠していた。

 

「待て。しれっと、ユスティアの守り刀ならぬ守り銃を盗むつもりか?」

 

 ユスティアが何か言い出す前に、場をとりなそうと先制する。

 ヘルツ軍曹、奴はさも心外だと言うような表情で私を見返した。忌々しさは記憶に残りやすいもの。

 

「Vaultには、登録外の私物の銃火器は持ち込み厳禁だ。まさか密輸入された銃が見えるとでも言うのか? 眼科は3Fだぞ?」

 

「・・・・・・いつか殺す」

 

 殺害宣言残してぶぅたれたユスティアは、とりあえずは大人しくなってなんとかこの場は留まってくれた。

 私はどうにかしてデトニクス45を後々取り返そうとしなければと、使命感を覚えた。でなければユスティアはやる。

 それもヘルツは割とやり手のようだから、Vault 66の一角は火で包まれるかもしれない。

 日常業務で防御塔に入ったら、2人うちどちらかが一向に現れないなんて未来は御免だった・・・・・・直後に起きた出来事のせいで、どうにも文章がバイオレンスに引っ張られがちだな。表現が皮肉にすぎる。それも笑えない皮肉ばかりだ。

 ことの兆候はまず、輸送班の一作業員の大声から始まった。

 

「トンネルを封鎖しろと言ってきてるぞ!!」

 

 トンネルを封鎖。

 普通はそんなことをしない。というか城門(ヘルズゲート)と名乗っているが、別にトンネルを覆うゲートがあるわけではないのだ。それでもやれと、誰かが言っている。

 普通でないことが言葉、それも大声で上がるということは、ユスティアとヘルツにすら喧嘩を忘れさせて聞き耳を立てさせるぐらいの出来事が起きているということでもあった。

 

「封鎖だと? どういうことだ!?」

 

 作業員の大声にヘルツ以上のしわがれた声で反応したのは、輸送現場を取り仕切る現場主任のグール。表現をはばからずにいうと、全身が焼けただれたような外観で恐れられて、よく誤解される種族の出だった。黄色い作業用のヘルメットが目立っているので姿は見知っていたけれど、名前を知る機会がなかった。

 

「分かりません!! ただ277のトロッコの連中がそうしろって!!」

 

 トンネルの出入り口の直ぐ側にいた現場主任と、掘っ立て小屋から大声で喋っている作業員とでは距離が離れていた。

 掘っ立て小屋。あそこには輸送用トロッコを統括するための無線機があったはずだった。

 2人の普通ではない会話に、数百人単位の輸送班ですら異常を感じ取って、耳をそばだて始めていた。

 

「どうやって封鎖しろっていうんだ!! そもそもどうして封鎖しろとトロッコ野郎が言うんだ!! ストライキのつもりかなにかか!?」

 

 なにかしら作業員は答えようとしたが、別の声が横入りする。発言者は、私の位置からでは誰かわからなかった。

 

「見ろ、侵入標識が動いてる!!」

 

 トンネル横に備え付けられていた赤、黄、青の信号機が激しく点滅していた。

 トロッコが侵入してきたことを伝え、受け入れ体制を整えさせるのが目的の、線路につけられたセンサーだ。ここ2日ほどあれの点滅を見せられてきたけども、あれほど早く切り替わったのは初めて見た。それだけ高速の物体が線路上を走っているのだと、もっと警戒心を抱くべきだった。後悔は尽きないものだ。もっと死なずにすんだかもしれない。

 

「次の便は!?」

 

 きっと現場主任にも分かっていた答えを、掘っ立て小屋の前にいたあの作業員が解答した。

 

「28分後です!!」

 

 時間厳守はレッドVaultの美徳だ。

 妨害がなければ、トロッコの誤差はせいぜい5分だ。予定外の便であることは明白だった。

 10ヤード(約10メートル)離れた防御塔からジョフリー大尉が這い出てきて、現場主任のもとへと駆け寄っていった。

 勤労意欲が遅ればせながらもたげてきたことでの、現状を確認するための行動だったろうが、何が起きているかわからないと大声で話している人に聞きに行っても仕方がないと思うし、後になってからでは、トンネル出入り口というのは最悪の立ち位置だった。足元にはトンネルから続く線路があるのだ。

 2人が何かしか話し始めてから1分も待たずして、何かが迫り来る激しい金属音が増していった。

 あの2人どころか、弾薬箱の積み荷を運んでいた作業用のパワーアーマー数十人の作業員そして、線路上の電動トロッコまでもがすべて轢き潰されて、城門(ヘルズゲート)を覆うほどに粉塵が舞った。

 ラッドローチのように散り散りに逃げまどう作業員たちを見下ろしながら、私の兵士として訓練されてきた年月が、防御塔に備え付けられた機関銃ブローニング1919の銃把を握らせていた。

 粉塵が消えていくと、何がこの城門(ヘルズゲート)へと現れたか、その全貌が見えてきた。

 かつて地下鉄には、トロッコではなく電車という乗り物が走っていたという。角ばった四角形の電車はトロッコの親のように大きいうえ、車輪にきっとジョフリー大尉の肉片がこびりついているはずだった。

 その電車の外壁には、錆色の装甲板が貼り付けられて、ところどころにスパイクが出っ張っている攻撃的な外観に改造されていた。きっと道中の警備隊の努力のたまものであろう無数の弾痕が刻まれていて、それは同時に3つの防衛線がどうやって突破されたのかを物語ってもいた。

 私はブローニング1919の引き金を絞るタイミングを見計らっていた。これは敵襲、それだけは明らかなことだった。

 でも、現状を正しく認識していたのはいきなり初陣を迎えた少尉補の私などではなくベテランのユスティアであり、ヘルツ軍曹だった。 

 ヘルツ軍曹は椅子を蹴倒して立ち上がり、ユスティアは私をブローニング1919から引き剥がして抱きかかえた。

 もしユスティアよりも体格が良ければ逃げ遅れて、ミサイルランチャーの直撃で死んでいたかもしれない。長年呪ってきた低身長をありがたがるのは、妙な気分だ。

 

 

「避けろ!!」

 

 ヘルツか? それとも城門(ヘルズゲート)の誰かか? 録音からでも雑音まみれではっきりしない警鐘が轟いた時、私は宙を舞っていた。

 しばしの浮遊感は、吹き飛ばされた防御塔の爆風ですぐ横に流された。

 キーンと嫌な高音が私の聞こえるすべてとなって、コンクリートの地面に叩きつけられた身体の痛みはその後から現れた。

 列車のずらされた装甲板から突き出た、まだ煙を吹いていたミサイルランチャーの銃身を、遠い異世界のできごとのように呆けて見ていたことを思い出す。

 周囲を見渡すと8コあった防御塔すべてが爆発していて、一部では炎上したせいで誘爆した曳光弾が飛び交っていた。

 列車へと、目を戻す。

 等間隔に並べられた沢山の扉が横開きに、一斉に開いていった。

 私の耳では聞こえなかったが、録音はこの非常時でもちゃんと機能していたようだ。

 

『扉が開きます。ご注意ください』

 

 間抜けなアナウンスを合図にして、列車から次々にと、広がる翼に3個のギアが掛け合わされ、1本のロングソードが貫いている紋章を印字したパワーアーマーに身を包む兵士たちが降り立っていった。

 

「クソッ・・・・・・」

 

 私のもとに帰ってきてくれた聴力がまず聞かせてきたのは、ヘルツ軍曹の悪態だった。そのたった一言で、すべてが物語られていた。

 弱兵ばかりの城門(ヘルズゲート)に敵が奇襲を仕掛けてきた。ブラザーフッド・オブ・スティールの紋章を掲げながら。

 レッドVaultの宿敵が、私達を撃ち殺せるほどの距離に、突如として表れていた。

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