艦隊これくしょん -Outside the Wall- 作:蒼穹ウミスズメ
数年前、世界の秩序と均衡は破られた。
その均衡は自然災害でもないし、人的要因における災害と経済的崩壊でもなく、ましてや人間同士の戦争による衝突で破綻した事でもない。
だったら何が原因だよと問われると、この場合侵略された……というのが正しい。ただその侵略をしてきた相手がなんともSFチックで奇天烈な話なのだが、海の底から現れたのだ。
未だ人間の手の及ばぬ未知の世界、深海から現れた存在──近年の研究では深海から現れたことから”深海棲艦”と名付けられたその存在は、化物と呼ぶに相応しい無骨で異形の姿形をした者、青白い肌であれど人間そっくりな姿形をした者……といった具合に外見が異なる面々から連なり、個性溢れる独特な容姿に当時の学者達の間に大きな波紋を与えた。
最初の頃は少数の目撃例から海に於ける都市伝説の類とされていたが、その目撃例が徐々に増加し、やがて集団で海上に浮かんでいるという目撃報告によって国連は各専門分野の代表者を集めて調査団を派遣、最初の接触を試みた。
──しかし、奴らから送られてきた返答は言葉でも、まして友好の握手でもなく、全てを叩き伏せる武力での宣戦布告だった。
深海棲艦らは手始めに、接近してきた調査団の船を身に纏っていた飾り……と見せかけた兵器で沈め、その後は調査団の護衛していたイージス艦を難なく沈め、それが済むと群れを成して世界中の海洋に出没しては、多くの国家の領海を奪い取った。
その最中で軍隊……この国だと軍ではなく自衛隊だから海上自衛隊だな……の船舶もさることながら、最悪な事に物資を搭載した輸送船はおろか、民間人の乗船した客船諸共、奴らの手によって海の底へと沈められた。
勿論その様子を静観している国々ではなく、多くの国家は深海棲艦に最新鋭の兵器で以って反撃作戦を展開する。
しかしその戦果は凄惨極まりなく、海を奪還するどころか、イタズラに多くの人命と最新鋭の兵器を犠牲にし、それによって防備力が薄まって深海棲艦の本土への接近を許してしまうという最悪の結果となった。
それからというものの、世界に点在する大陸や島国の多くは海路が隔てられた事により多くが孤立──鎖国状態となり、また、深海棲艦の攻撃により防備力の薄れた沿岸部に面した多くの都市が、見るも無残な廃墟と化した──。
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「全く、いい迷惑だよ」
日課のモヤシの水撒きを終え、先日拾った大衆雑誌を床に放り投げてベッドから身体を起こす。
「いてて……」
長い間横たわっていたものだからか、固まっていた関節の節々や筋肉がやたら痛む。今日は休息日とはいえ、いくらなんでも休みすぎたか。
「ただいまー」
その時、高い声と同じくして部屋の入り口からリュックサックを背負った小さな影が現れた。
「おかえり。外の様子はどうだった?」
「相変わらず殺風景。華が無いわよ、全く」
部屋に入ってきた、フードを被った小さな背丈の人物は肩を竦める。
「それよりも今日の夕ご飯はどうするの?」
「今日は探索しなかったから、缶詰とモヤシで我慢してくれ」
「べ、別に我慢できるし……」
リュックサックを部屋の隅におろしてフードを外し、そこから重力に導かれるまま背中から零れ落ちる紺色の長い髪を整え、憮然とした高い声音を上げる人物──少女。
表情に出さず、言葉の淵に不満を滲ませる程度で堪えたのは多少は成長した、といったところか。
「はぁ……」
ガラスの吹き飛んだ窓から覗きこむ景色は相変わらず荒廃して、殺伐としている。以前は豊かな景色が今では面影もあらず、その一変ぶりはまるで俺自身の心象風景さながらだと内心で皮肉る。
……あの雑誌特集で記事は終わっているが、この話にはまだ続きがある。
その後奴らは自らの行動を阻む邪魔者がいなくなると、沖合から数度本土の沿岸部に向けて昼夜問わず攻撃を行い始めた。その際、多くの建造物ならびに人命が失われたのは過言ではない。
この慈悲も何も無い無差別攻撃の影響により、ただでさえ保証されていた長い安全神話が崩壊したのだ、大量の市民が住まいのあった沿岸部を捨て海から程遠い内陸部の都市へと避難──否、殺到してきた。
大規模な避難住民に対して、政府も即座に衣食住の提供をする対応をしたが、不幸にも日本はその国土を占める多くの地形が山岳部でもある為、まとまった数の仮設住居を設置しようにも場所が限られ、更には膨大過ぎる数の避難民との仮設住居の数が間に合わず、その中に収まり切れなかった多くの者が都市部に流入して、地元住民とのいざこざを起こして治安が乱れた。
そこに深海棲艦が全国の沿岸部に与え続ける苛烈な攻撃も加わり、避難誘導や対処の遅れ、沿岸部寄りの交通路が破壊されたことにより、物資の輸送路が限定されて滞りがちとなった。
そこへ最悪な追い打ちをかけたのが、人型の深海棲艦による沿岸部からの上陸だ。今まで奴らは洋上でのみ活動する通説が流布している最中にその活動範囲が実は陸上にまで及んだ、という衝撃は語るまでもない。
勿論その影響で避難は完全に混乱して停滞。陸海空の自衛隊全てが展開しても奴らの侵攻は退けるどころか、多少遅くした程度で効果は皆無の有様だった。
このまま避難が終わるまで自衛隊ならびに市民の犠牲を増やし続けたまま深海棲艦に侵略されるのを指をくわえて傍観するかと想像し、反面、交渉の余地なんぞ深海棲艦の今までの行動からして持ち合わせていないの至極当然、人間が蹂躙……淘汰される未来図は誰もが想像しただろう。
淘汰され、人間が駆逐される将来の可能性の危惧もしかり、それ以外の不安要素も続々と噴出したのは自然の成り行きだ。その尤もたる具体例が他国間との海路並びに空路の遮断、そこを往来していた物資自体の不足、そして海を主にした産業の殆どが破綻した事が起因である。
日本はただでさえ資源不足で、近年の農業による食料自給率の低迷率の高さ。そこに拍車をかけるのが漁業への高い依存率並びに、他国による輸入品への高い依存率だ。
深海棲艦が猛威を振るう以前はそれでよかれど、あらゆる面で不足を補ってきた手法が全て途絶された現在の情勢下では徐々に不足、悪化して……兆候はあったが……、困窮と貧困が全国に蔓延して……たとえ深海棲艦の攻撃がなくなった事で交通路が回復しても……、全てが以前と元通りに帰結する前に国家自体が破綻する将来図が漠然と浮かぶのは明白。
だからこそ政府は、その内患が完全に発症する前に決断を下した。沿岸部と内陸部の間に膨大で、長い防衛線を敷くことで、そこに近付く者は全て退ける事によって秩序を保ち、一定の制限を設けた選択を。
──その選択によって生まれた防衛線こそ、深海棲艦ならびに自分達と同じ国の住人であろうとも例外なく退ける境界線でもあり、なおかつ国家が自らが生き残る事を選び、一部の国民を切り捨てるという最悪の選択だった────。
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「「いただきます」」
声を揃えて手を合わせる。電気代わりの薄暗いロウソクで灯された室内、くすんだテーブルの上に並ぶ数個の缶詰と皿に盛られたモヤシが本日の夕食だ。
食料……日持ちする缶詰に関してはまだ数に余裕があれど、やはりもう少し数は揃えておきたい。管理している食料の中で現状、一番欲しいのは新鮮な肉ではなく野菜の方が望ましい。
モヤシ自体悪い食材ではないのだが、やはりこういった限られた物しか食べられない現状耐えるべきだが飽きもくるし、たまには他の野菜も口にしたくなるのは本能の欲求そのものだ。
そんな他の野菜も食べたいという欲求が脳裏に渦巻いている時、向かい側に座っている少女がおもむろに小さく呟く。
「……お肉が欲しい」
「魚の缶詰があるじゃないか。これも立派な肉だぞ? 魚肉だぞ?」
缶詰……サバ味噌を頬張る。味に関して少し味噌が濃い。保存食だから当然の味付けかもしれず、そのお陰かモヤシの減りが普段より早く感じる。
「魚じゃなくて、たまにはこう、豪勢な……そう! 豚や牛とかの獣肉がいいわっ!」
「俺だって欲しいよ。ここいらに動物がいれば率先して捌くんだが」
先程はなんともなかったが、結局は少女も俺と同じような不満を漏らした。しかし前述の通り、お互い同じようなメニューを食しているものだから、飽きてきているのは至極当然の流れともいえる。
ここだけの話、まだ俺の傍には少女もおらず単独で行動してた頃、この近辺には豚が飼われていた牧場があったのだが、以前覗いた時にはもぬけの殻だった。よって、そこで飼育されていた動物は既に誰かの胃袋に収まっていることだろう、というのは想像に難くない。
しかし確保したところで電気が通っていないので、冷蔵庫が使えない今では大型動物に該当する牛や豚の肉ほど日持ちしない、扱い辛い生食品はないかもしれない。
「さ、捌けるの……?」
「全然。多分簡単じゃないか。取り敢えずナイフや包丁で血を綺麗に抜いたら内蔵を──」
「で、ディナーの時にそんな話をしないでっ!?」
「あっ。うん、すまん」
おぞましい光景を想像したのか、少女は身を震わせて抗議する。実際、自分でも食事時に話す会話ではないな、と自省。それどころか、どうして自ら血生臭い想像をしながら夕食を摘まなければならんのだのと自分自身にも叱咤した。
しかし、獣肉か……と、脳裏をよぎるのは舌鼓を打つあの食感。やっぱり長い事口にしていないからか、一気に食べたいという欲求が高まる。
「……ああ、なんか俺も新鮮な肉食べたくなってきた。手頃なのは鳥類で……カラス?」
「カラスっ!?」
驚愕する少女を尻目に、カラスに思いを馳せる。
近年の食料事情により新たな食料として注目されている日常……今はその日常自体崩壊したが……では忌避されるカラスだが、研究によって意外にもカラスの肉は美味いらしいと、風の噂で聞いたことがある。
──が、都市部や工業地帯に生息するカラスは環境汚染の影響で、食すのは危険とみなされている。しかし、幸いにもここらは比較的綺麗な土地なので汚染物質を含有している可能性が低いから、食用として捕まえるのも有用かもしれん。
生きる為に糧として捕まえるのには実際抵抗はない反面、カラスは雑食で、フィクションではよく死骸……特に人間の死体をつついている悪印象が強い。
その影響なのか、あの日の、深海棲艦による本土侵攻による犠牲者達の収容が間に合わず、放置したまま野晒しだった光景を幾度もこの目で見てきたのが何故か自然と浮かび上がる。
「──」
……だからこそ脳裏に浮かぶ、最悪な可能性。……もし、カラスがその野晒しの犠牲者──人間の遺体をついばみ、それを知らず俺達がそのついばんだカラスを捕まえて食べてしまうという最悪の可能性────
「……諦めよう。新鮮な肉という点では魅力的だが、リスクが高過ぎる」
「そ、そう……?」
「さあ、早いところ食べちまおう」
「えっ、う……うん……?」
先程の鷹揚とした感情から一転、気落ちした俺に怪訝になりながらも向かいに座る少女も箸をすすめ、質素な夕食を黙々と再開した。
……食後、お手軽にタンパク質を摂取するなら虫なら……と考えるも、俺自身もコイツも嫌がるだろうな、という事で却下したのはここだけの話。
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軽く身体を拭いて歯を磨き終えた後、ポリタンク内の水量……にはまだ余裕があることを確認して、後はモヤシの発育具合の確認、そして侵入者対策を施してベッドに横たわる。
「明日はどこを探索するの?」
反対側の簡素なベッドの上で、腰まで届く紺色のロングストレートを指で弄びながら彼女が静かに問う。
初めてその長髪を目にした時は鮮やかさが印象的だったが、今では満足に手入れすることもかなわず、すっかり光沢が失われている。
いい加減大量の水を確保して風呂に入れてやりたいが、その機会が今のところ皆無なのが申し訳なく感じる。
「久々に海岸に行こうか。浅瀬で魚介類と海藻集めと、可能ならば新しい水も確保したい」
「そう……」
海という言葉を聞いた途端、彼女の表情に陰が差し込む。
「大丈夫だ。お前さんを狙う奴も、深海棲艦もそうそう徘徊していないハズだ」
「で、でもっ、可能性はないとは断言出来ないんでしょ?」
「だな。しかし食料確保の為には、どうしても海岸に行きたい」
缶詰も欲しいが、保存食としての価値が高いので入手頻度は非常に低い。だからこそ容易に調達可能で、加工も出来る素材を求めたくなる。特に魚がその理由に該当し、専門知識が無い素人の俺でも、容易に干物に加工出来ると踏んでの判断だ。
問題点は魚を得られるのかという不安、そこで根を張ってる輩がいるかどうかの杞憂だ。それ次第では食料の調達を諦めるしか無く、過激な相手だった場合俺達の命をおびやかしかねない。
……尤も、いままでの深海棲艦の沿岸部での行動がある手前、好んで海辺で居を構えている奴や縄張りを張っている奴は、そうそういない……と思う。
「時間だ。明かり消すぞ」
「……うん」
「……あんまり気にするな。でないと明日に響くぞ」
「…………うん」
まだ何か言いたげな少女との会話を打ち切って、ベッド傍のロウソクの明かりを消す。そうすると薄っすらと残っていた白暖色は消失し、代わりにそこを染め上げるのは夜の帳の暗澹色。
「おやすみなさい……ハル」
「おやすみ……暁」
そして暗澹色に染まった暗い世界、俺ことハルは海から来た迷子の艦娘──暁に就寝を告げて、静かで穏やかな今日を終えた。
感想や誤字脱字報告、諸々お待ちしてます。
※2016年04月30日 加筆修正しました。
※2016年05月06日 加筆修正しました。