第一話 VSマタドガス 始まりは森の中
初めに感じたのは浮遊感。
力の入らない身体がぶくぶくと、沈んでいく。
何も出来ないまま、少年の周りは深い蒼をたたえている。
薄れていく意識の中で不意に思い出した。
自分の大切な家族。
彼らは、どこに行ったのだろう。
そんな空虚な思考が泡のように浮かび。
そして。
***
「ん、ん………」
少年は唐突に意識を取り戻した。
起き上がることも出来ず数十秒が流れ、指が動くことをゆっくり頭が認識した後、少年はようやく動き出した。
まず少年は起き上がり、自分の身体を見た。何故かずぶ濡れであり、服が身体に引っ付いている。だがどうやら少し乾き始めているらしく、袖のあたりや前髪あたりはそこまで湿り気を感じなかった。
次に周囲を確認する。そこには、視界を埋め尽くすほどの緑、緑、緑。見たこともない深い森が広がっていた。
そして最後に、自分の情報を思い出すように口にする。
「俺は、ヒカル、マサゴタウンのヒカル。ポケモントレーナ―博士の手伝いをしている。…確か家族旅行でカントーに来て、甲板でライと……」
一言ひとこと噛み締めるように呟いて、ようやく大切なことに気付いた。
居ないのだ。自分と一緒に居たはずの家族が。
「ライ! アート! …父さん…、母さん……っ!」
少年―――ヒカルは、がばりと立ち上がり、叫んだ。いきなり立ち上がったためバランスを崩して転んでしまったが、それを無視して更に叫ぶ。
だがいくら待ってもその声に聞こえてくる言葉はなく、ただ静かな風がヒカルの横を吹き抜けた。
いない。みんないない。
ヒカルの心に空っぽになってしまったかのような寂しさとやるせなさが満ちた。音もなくその場に崩れ落ちるが、それすらにも気付くことは出来なかった。
なのに、涙も出ない。凄く、悲しいのに。
そもそも、何故このような事になってしまったのか。
ヒカルは必死に思い出そうとしたが、頭の中にもやがかかったみたいにはっきりせず何一つ思い出せない。その中にどうして今こうなったのかが分かる決定的な証拠があるはずなのに。歯痒さに少し唇を噛んでしまった。
その時、不意に音がした。
「……?」
ヒカルは顔を上げた。訝しむような顔で辺りを見回すが、物陰一つ見当たらない。
では一体何の音なのか?
はやる気持ちを抑え、じっと耳を澄ましてみる。
……………カタカタ。
何かが震える音が、自分の腰辺りから聞こえた。
そこでようやく音の正体に気付く。
慌てて腰につけているモンスターボールを見ると、そのうちの一つが必死になって揺れていた。そして、中にいるのは、間違いなく。
「ライ!」
ヒカルはそのボールを放ち、中のポケモンが姿を現した。小さなそのポケモンはヒカル目掛けて
「リン、リンク!」
文字通り体当たりをするように飛び込んだ。その勢いに逆らうこともせず全身で受け止め、地面に背中を叩き付けた。だがジンジンする背中を無視して腕の中にいる小さな身体を抱き締める。
「おぅふ…!…ライ、大丈夫か?どこも怪我ないか?」
そういって小さなポケモン―――コリンクの頭を撫でた。
***
ヒカルはシンオウ地方の片隅、マサゴタウンの生まれである。父と母、そしてポケモンたちと平穏に暮らしていた。
その街の外れにあるナナカマド博士の研究所で、ヒカルは昔から簡単な手伝いをしていた。
幼い頃よりポケモンの知識が豊富であり、且つ発想も大人びていた。それもあってか研究所内でも将来を期待されるほどに頼られていた。ヒカル自身も、そうして期待を持たれる事に誇りを持っていた。
ヒカルのパートナーであるコリンクの《ライ》は、かつてナナカマド博士より送られたポケモンだ。出会ってすぐ仲良くなった二人は、自他ともに認める絆を持つことになった。
「ともかく、ここはどこなんだろう?」
しばらく互いの頬をつねったり戯れたりして無事を確かめ合い、落ち着いた頃にようやく向き合った形で座り直した。未だにヒカルの手はライの頭を撫でているがそれは特段気にする事でもない。
ヒカルは改めて周りを見渡した。以前として広がるのは、先が見えない程の深い森。もう昼を過ぎた頃なのか、影が少し斜めに伸びているのが分かる。早めに移動しないとこのまま野宿になってしまうのだろうかと思わず眉を顰めた。一方のライは腕の中ですんすん、とヒカルの服を嗅いでいる。かと思えば少し顰めっ面をしてみせた。つられてヒカルも自分の身体を嗅いでみると、未だ濡れた服から僅かに潮の香りがした。と言うことはきっと海に落ちたのだろう。現状周囲の状況から分かる事はそれぐらいしかない。
海にいたならば、シンオウ地方を離れカントー地方に船で向かっていたこともちゃんと事実であると分かる。一緒にいた父と母、それにもう一匹のパートナーは見当たらないが、きっと無事だろうと信じて探すしかない。
ふと、そこまで思い至ったところで、カントー地方の森というキーワードで思い当たるものがあった。
永遠をたたえる緑、《トキワの森》。
トキワシティとニビシティの間に広がる広大な森。
カントーにある深い森は、トキワの森以外に殆ど聞かない。消去法でつまり自分たちはそこにいるのだろう。仮定ではあるものの、ヒカルはやっと自分の現在地を把握することが出来たことになる。
しかし、同時に疑問も浮かんでくる。
身体からは潮の香りがするというのに、何故森の中に倒れていたのか。
そんなことを考えようとしたその時。
「っ…! 何かいる!」
ガサリ、と周囲の草むらが揺れたと気付いたのも束の間、茂みの中からミニリュウとマタドガスが現れた。座り込んでいたヒカルたちを見つけるや敵意を露わにしてくる。明らかに敵対している様子だった。
「こんなのが森にいるなんて…。とにかく応戦だ!」
ヒカルは素早く立ち上がって身を翻し、戦闘モードに頭を切り替える。腕の中にいたライも地面へと降り立ちバチバチと火花を散らせた。
まず先に動いたのは彼らだった。マタドガスが毒ガスを吐き出し視界を奪ってくる。それを避けようと動くと死角からミニリュウが“ずつき”を繰り出してきた。そちらも躱せば今度はマタドガスの“ヘドロこうげき“が飛んでくる。野生とは思えないほどの連携だ。
「ライ、マタドガスに“10まんボルト”!」
その連携を崩すべく指示を飛ばす。素早く答えたライは強力な電撃を一閃、マタドガスに直撃させた。不意を突かれたのだろう、まひ状態を起こし続いていたガス噴射が止まった。
そんなマタドガスには目もくれず、ミニリュウが再び突っ込んでくる。
「躱して“かみつく”!」
ライがぎりぎりまでミニリュウを引き付けて、上へジャンプして見事に躱した。そのまま尻尾へとかみつき、マタドガス目掛けて叩きつけるように投げつけた。勢いよく吹き飛んだミニリュウがその反動でマタドガスに絡まる。驚いたらしいマタドガスは闇雲に“ヘドロこうげき“を放って密接していたミニリュウへと直撃し更に締め付けを強くさせた。互いにダメージを蓄積させた2匹はこれで完全に動きを止め、同時に戦闘不能に陥った。
2匹が倒れて少しじっと様子を見る。やがて本当に倒したのだと確信してから、ようやくヒカルは戦闘体勢を解いた。
「よし。…お疲れさん、ライ」
無事に戦闘を終えたライを労い頭を撫でる。突然の戦闘だったが上手くいってよかったと内心胸を撫で下ろしていた。ライも気持ちよさそうに頭を撫でられてくるくると鳴いている。すっかり毛並みがボサボサになってしまっていて、これは後でブラッシングだなぁなんて思いなが少し強めに撫で付けてやる。さてここからどうしようか、と思案に耽りながら。
だからこそ、二人とも注意が欠けていた。
後ろから迫るもう一体の影に気付くことが出来なかったのだ。
「ンフフフ………“サイコキネシス”」
次の瞬間、ヒカルとライは意識を失った。
いかがでしたでしょうか。
ワークスにございます。
実はずっとポケモンの構想はあったんです。でも別の連載をしていたし、迷っていたのですが、この度こうして開示することが出来ました。
ヒカル君は私自身がポケスペの世界に入ったらこんな感じにしたいなー、というか私自身の分身です。こういう夢小説的なもの、ありますよね?そんな感じです。私がトレーナーになってみたかったんです。
主人公のパートナーがコリンクなのは私の好みです。
誤字脱字がありましたらご連絡ください。
では。