「つ、着いた………」
頬に絆創膏を張り、黄色いスカーフをはためかせている少年。
いつもは元気で、でもどこか感慨深げな表情をしている彼だが、今日はとてもげんなりしている。
その理由は一つ。
「いやーすっかり世話になってしもたな!」
数秒遅れて現れた声の主―――マサキの仕業であった。
クチバ湾での戦いから数日。
ようやく退院を許してもらえたため、だいぶ先送りしてしまった《ジムリーダーに会う》という役割を果たすために旅を再開することにした。
まだ会っていない正義のジムリーダー、タマムシシティのエリカに会うべく、こうしてやってきたのだが。
『わいもタマムシ大学に用があってな。何をゆーてもついていくからな』
無理矢理、というか有無を言わさずにヒカルを一蹴し、マサキが同行してきた。
本人は無理をしないように見張るつもりでもいるらしい。ヒカル自身も約束をしてしまったので断ることも出来ず、こうして共にいる。
それがヒカルの疲れの一つでもあるが、問題はもう一つ。
それは、マサキの実力。
(ま、まさかあんなに使えないなんて…!)
そう、調査だの何だのをして暮らしている彼が、バトルが出来ると考えること自体がいけなかったのだ。野生のポケモンに会うたびにマサキはただの足手まといと化していた。
そのうえ予期せ方向へと逃げるものだから、ヒカルは庇うので精一杯だったのだ。
その結果が今のヒカルである。
「さあ、早よセンターに行こや!」
「ちょ、ここで少し休ませて…」
「何や、あっちでソファに座って休んだ方がええやろ。すぐそこなんやし!」
「………マサキィ~」
ヒカルの目に段々と怒りの色が宿る。それに気付いたマサキは、両手を上げ降参のポーズをとりながら謝罪する。
「冗談やて…さすがに無理させてしもたな」
「無理…というか、マサキが戦ってくれないから…」
「いやぁ、番犬用に育てた奴がおるんやけど、家に置いて来とるから他に強い奴がおらんくて」
「………もういいや」
マサキに戦力を求めるのは間違っていたらしい。
でも休むことは了承してくれたので、その場に腰を下ろす。
ことは出来なかった。
「うわっ!?」
「どあっ!?」
突然現れたツルに驚くのも束の間、あっという間に体中にツルが伸ばされている。同時に思いきり引っ張られたのでマサキを見失ってしまう。
必死に引き剥がそうとするが一向に緩まず。近くで躍起になる声が聞こえるので、マサキも同じ状況だと分かった。
「くっ、ここはルドラに――――わあっ!?」
ヒカルの声が途切れ悲鳴が上がる。それに反応し、今までヒカルをずっと無視してツルはがしをしていたマサキが、
「おい! どないしたんや……って」
叫んで、フリーズした。
その理由は、マサキの視線の先。
「ま、マサキは、まだ大丈夫みたいだね…」
空中に持ち上げられ、逆さまになっているヒカル。
その状態だけでも十分に驚きだが、ヒカルに巻き付いているツルが二人を引き離そうとしているように動いていることに何より驚いた。
というか、すぐにマサキのツルは解け、全てのツルがヒカルへと向かっていく。
(何なんや…このツル…)
ヒカルが懇願するような目でマサキを見つめる。
「……………ヒカル、わいは助けへんで」
「ちょっと!? この状況でどうやって一人で抜け出せって言ってるの!?」
「やー、ロケット団とやりあうより簡単やて…きっと」
「マサキイィィィィィイ!!」
薄情なのか臆病なのか、マサキはあっという間に茂みに隠れ見えなくなった。
(俺、大ピンチ…)
両手もツルで縛られているため動かせず、しかも空中にいる。
腰のボールは被害を受けていないようだが、手が届かない。
このまま野生ポケモンの餌になってしまうのか……と思ったとき、
ボボボボンっ!!
と言う破裂音が響き、右手に巻き付くツルが緩んだ。
それと同時に、ヒカルの目が蠢く影を捉えた。
「っ!!」
バランスを崩した状態で即座に動く。
緩んだツルから右手を引き抜き、腰から一つのボールを掴む。そしてそのまま影の見えた方へと投げた。
ちょうど、影の真上に。
そしてボールから飛び出した巨体は、勢いを殺さずそのまま影にのしかかった。
攻撃が決まり、緩んでいくツルから抜け出し、ヒカルはようやく一息ついた。
「…終わるかと思った」
「そんなアホな」
「お前が言うな」
さっさと身を隠した男がツッコんできたが、ヒカルは突っぱね返した。
むしろ怒りを覚えた。
「……まあでも、フォローはしてくれたし、ありがと」
「お!? おう……」
ぎょっと目を剥いて驚いているが、ヒカルにはちゃんと礼を言う意味がある。
「にしても、タマタマって…」
お礼の意味、マサキの足元にいるポケモンを見やる。
たまごポケモン、タマタマ。
先ほどの破裂音はタマタマの“たまごばくだん”によるものであったらしい。
技を使った瞬間などは見えていなかったが、マサキの近くにいるのできっと彼の指示によるものだろう。
だからヒカルは礼を言った。
あくまでタマタマに。
「さて、問題はこっちだけど…」
ヒカルは目線を変える。
巨体にのしかかられたままの襲撃者―――モンジャラは、ヒカルが近づくまでの間も大人しく捕まってくれていた。
「よくやったな、偉いぞ、《ララ》」
見事モンジャラの動きを封じたヒカルの新しい仲間―――ラプラスの《ララ》を優しく撫でて労う。ララも気持ちよさそうに目を細めた。
ヒカルに小さな笑みが零れるが、改めてモンジャラを睨む。
「さて…なんであんなことをしたんだ? …またツルで何かする気なら、“れいとうビーム”を浴びる気でいてくれよ」
ヒカルは本気で脅しをかける。
割にもあれだけ危機に陥れてくれたのだ。それ相応の礼をしなければならない。
いつもより冷たい光を宿す瞳に、マサキも背筋を凍らせる。
しかし、その光はマサキでもモンジャラにでもなく、別のものに向けてだった。
「いつまでかくれんぼしているつもり?」
ヒカルは言い放つ。
その言葉にマサキは驚く。
何を言っているのだと問い詰めようとして、
「――――さすが、あの二人が認めただけのことはありますのね……ヒカルさん?」
茂みから現れた現れたもう一つの影―――タマムシジムのジムリーダー・エリカは、不敵な笑みを浮かべた。
「どういうつもり?」
ヒカルはエリカを睨む。
純粋に疑問を聞いているのではなく、その意図を問い質そうとしている。
しかしエリカはそれを受け流してしまう。
「今はお答えすることは出来ませんわ。ただ、少しやり過ぎてしまったかもしれませんね。わたくしのモンちゃんが失礼をいたしました」
「そういうことじゃない…そういうことじゃないよ、エリカ。俺のことはタケシやカスミから聞いてるんだろ。だったら何でこんなことしたんだ?」
「お答え出来ません」
ヒカルがいくら聞いても、エリカの返答は同じであった。
双方の間に静かに火花が散る。
「お…おい、ヒカル、これはどないなっとるんや…?」
「マサキちょっと黙ってて」
「むぐっ…」
マサキが入る隙もない。先ほどから消えない疑いの目も合わさり、すっかり手が付けられなくなってしまった。
「おや、マサキさんまでおられたんですね……ヒカルさん、この続きは場所を変えて。ポケモンセンターに向かってからで構いませんわ。わたくしは、ちゃんとお待ちしておりますので」
そう言ってエリカはモンジャラを連れてその場を去ってしまった。
微かに浮かべた意味深な笑みを残して。
「……………エリカ」
***
エリカと遭遇してから、ヒカルたちは言われた通りポケモンセンターに向かった。その道中全くヒカルが喋らなかったことで空気が重たかったのは言うまでもない。
センターに入ってから、ヒカルはマサキと別れた。
彼もこの町に用があって来たのだ。ヒカルとエリカの関係に入る義理はない。だがそれでも放っておけなかったのだろう、別れ際に連絡先を渡してきた。
きっと彼なりのフォローの仕方なのだろう。
直接的には無理でも、間接的に誰かの手助けをする。ポケモン転送システムというトレーナーの手助けを間接的に行う彼らしいやり方だ。マサキには悪いことをしたと後になって反省してしまった。
そして、ポケモンたちをセンターに預けている間。
ヒカルは一人で考えていた。
正義のジムリーダーと呼ばれるエリカが、何故あんなことをしたのか。
何故、あんな‘悪人のような’手法を用いてヒカルを試そうとしたのか。
(分からない)
ヒカルには分からなかった。
何故悪人のように振る舞っていたのか、ヒカルの敵のように言葉を選んでいたのか。
「………分からない……」
正義のジムリーダーと言えど、根底にあるものは善良な気持ちではないということなのか。
それとももっと別なもの――――?
「……だめだ、考えても分かんない」
ヒカルにはお手上げである。
そもそも人の真意を探るということは、ヒカルの苦手分野である。
ましてや一人で延々と悩み続けるのはもっと苦手だ。
「オーキド博士に聞いてみる…? それともタケシたちに聞いてみるとか…? でもそれじゃあ、だめな気がするんだよな…」
散々考え、頭を抱え、時間が流れ――――
結局ヒカルには何も分からなかった。
ただ一つ言えるのは、エリカが何らかの意図をもってヒカルにあのような攻撃を仕掛けてきたということ。
その理由の一つが、ヒカルの実力を図るためであるということ。
「ん~~~~~はぁ……」
ヒカルは盛大にため息をついた。
もう考えるのはやめよう、そう決めたとき、ポケモンたちの回復を知らせるアナウンスが流れた。
「フフフ…お待ちしておりましたわ、ヒカルさん」
タマムシジム。
ジムリーダーのエリカが待ち構えるそのバトルフィールドに、ヒカルは立っていた。
「待たせたかな」
「いいえ、こちらも準備がございましたので。丁度良かったですわ」
「そう、ならいいや――――聞かせてくれる? 自分のポケモンに何で俺を襲わせたのか」
ヒカルは率直に尋ねる。
「あのときはマサキがいた。だから答えられなかったんでしょう?」
「あら…もうそこまでお分かりなのですね」
「そして俺たちもあのときは準備不足だった。野生のポケモンとの連戦があったしね」
沈黙。
何十分にも感じられる緊張状態、それが二人の周囲に漂いヒカルに襲い掛かる。
これほど気分が悪い状態は味わったことがない。
早く終わらせてしまいたい。
ヒカルは段々と焦燥に駆られていた。
「そうですね…お約束しましたし、お話致しましょう。何故、あなたたちを襲ったのか」
エリカがようやく口を開いた。
ヒカルが固唾を飲んで続きを待つ。
「理由は複数あります。一つは、あなたの実力をこの目で見るため。カスミたちから聞いているだけではやはり詳しく分かりませんから。二つは、あなたのポケモンたちが見てみたかったから」
淡々と言葉が紡がれてゆく。
まるで手品の種明かしをするように、エリカはゆっくりと話していく。
だがそれは、ヒカルを余計に焦らせた。
(違う、そんなことじゃない…そういう答えを求めてるんじゃない)
胸が苦しくなるような気まずさ、いや不愉快さ。
言い表せない不快な感覚がヒカルの中に蓄積され、それが段々と何かに変化していく。
拳を作り硬く震わせていることにも、気付いていなかった。
「三つ……それは――――今のあなたにはお話し出来ませんわね」
エリカの言葉はそうして途切れた。
「っ! 何で!」
「‘今のあなたには’、ですよ。この先のあなたになら、お話しても良いかもしれません――――どうですか、わたくしと勝負いたしませんこと?」
「―――――エリカ」
この勝負を受けなければ、この先には進めない。
ロケット団を倒すということも、両親を探すということも。
両方出来ずに終わってしまう。
そんな気がした。
「……勝負形式は」
「二対二、で如何でしょうか。カスミともその形式で行ったのでしょう?」
「分かった……その勝負、受けるよ」
冷静に状況の分析を行っている反面、何故こんなにも不安な気持ちに満ちているのか。
ヒカルは自分の気持ちが分からなくなっていた。
***
タマムシジムは、草系のジムだ。
初めて会ったときに連れていたモンジャラを始め、エリカのポケモンは一筋縄ではいかないだろう。
でも勝たなきゃいけない。
両者がフィールドの両端に立ち、戦いの準備は整った。
「お願いしますわ、モンちゃん」
「ライ、頼んだ」
同時にポケモンを放つ。
ヒカルが選んだのは、電気タイプのライ。草タイプに効果はいま一つだが、仲間にしたばかりのララやアートには荷が重いだろうと判断したためだ。
対するエリカは、一度手合わせしたモンジャラ。全身のツルを伸ばし、鞭のようにしならせている。
(一度戦ったし、上手く不意を突けば何とかなる)
「先行はお譲りしますわ」
「じゃあ遠慮なく…“10まんボルト”!」
ライの強力な電撃がモンジャラを襲う。
しかし、相性の関係上やはり効果は薄いらしく平然としている。
「フフフ、その程度ですの?」
エリカの指示に答え、モンジャラがツルを伸ばす。
「かわせ!」
ライが全力で回避行動に移る。
が、ツルは一本ではなかった。
全方向から、全身のツルを伸ばしてきたのだ。
「っ!?」
「無駄ですわ。モンちゃんのツルはあらゆる方向から攻撃を仕掛けられます。単調な回避では絶対に避けられません」
エリカが話す合間にもツルはライへと迫り、その身体に絡みついた。
抵抗するために電撃を放つが、またしても相性の優位がそれを拒んでしまう。
「ライ、かみつけ!」
ヒカルが必死で叫ぶ。ライも目の前にあるツルに無我夢中で噛みつき、ダメージを与える。
だが、それでも拘束を解くまでには至らない。
「“たたきつける”!」
高々と持ち上げられたライを、モンジャラはものすごい力で叩き付けた。反動でフィールドに窪みが生じる。
「ライっ!!」
ヒカルは叩き付けられた勢いで飛ばされるライを追いかけ、空中でキャッチ。勢いを殺せずそのまま床を転がるが、すぐに起き上がった。
自分のことを気にせず、今腕に抱えたライを見やる。
ダメージが大きいらしく動きが弱まっているが、目にはまだ闘志の火が付いている。
「この技を耐えきるのですね、よく育っています」
「……どうも」
「ですが、少し残念ですね。カスミたちから聞いていたものを、今のあなたからは感じません」
「聞いていた…もの?」
一体何のことを言っているのだろう。
カスミたちは一体何を話したのだろうか。
「分からないようですね。出来ればわたくしも、それを見てみたかったのですが」
「見て、みたかった…」
ヒカルの思考が激しく回転する。
タケシやカスミとのバトルのときはあって、エリカとのバトルにはないもの…?
戦略、実力、ポケモンを想う気持ち――――?
――――分からない。
何故だろう。
いつもなら気付いているような気がするのに、今日は全く分からない。
何故?
なんで?
今日の俺は、一体何なんだろう?
「――――あなたは、わたくしにどのような感情を抱いておられるのですか?」
エリカの問いかけに、ヒカルの思考が一瞬フリーズする。
反射的にその答えを考え、述べる。
「……悪人のような手段で戦う、人を、焦らせる、俺のあまり好きじゃない人」
ヒカルの声がジムの中に響く。
そして僅かな静寂の後、
「それは、間違っていますわ」
エリカがヒカルの答えを一蹴した。
「え…?」
「あなたはわたくしに対して、‘怒っている’。理由も分からず、人を弄ぶようなことばかり言って自分を怒らせる、《敵》だと思っている」
「て、《敵》って…」
「どうなんですか? ヒカルさん。あなたの心は、どんな答えを言っているのですか?」
エリカの言葉がヒカルの胸に刺さる。
(敵だと、思ってる…?)
戦う前に感じていた気持ち、焦燥に駆られたあの不快な気持ち。
でもそれがもし、焦りなんかじゃなくて《怒り》だったら…?
ポケモンを使って悪いことをする―――‘ロケット団のような’人だと思っていたのだとしたら…?
ヒカルの中で記憶と共に声が反響する。
森の中で、陰に潜んでヒカルたちを試そうとしたエリカ。
ヒカルの正義に反するような物言いをして挑発した、エリカ。
『少しやり過ぎてしまったかもしれませんね』
やり過ぎた、何をやり過ぎた―――?
考え、考えて、考えた先で。
ヒカルは顔を上げた。
「やっとお気づきになりましたか?」
「―――うん。俺、マチスと戦って焦ってたんだ。実力不足だって。それが分かってたから、わざと煽るようなことをして、俺を試したんだ―――俺のために、悪役ぶってくれてたんだ」
森で会ったとき、まるで闇討ちするかのように襲い掛かったのは、ヒカルの悪に対する気持ちを見定めるため。
一度決めた決意が揺らいでいないか、マチスと出会ったことで間違った方向に向いていないか。
ヒカルのためを想ってこそ、あの方法を取ったのだ。
そしてそれは、ヒカルを間違った道から引き戻してくれた。
「ありがとう…エリカ。本当にありがとう」
「わたくしはあなたのことを『ポケモンを何より大切に想う、悪を疎み、真っ直ぐな正義を持つ少年』だと聞いていただけですわ」
「ははは…誰だろそんなふうに誇張したの」
ヒカルは笑う。
張りつめていた表情が緩み、腕に抱くライもほっとした様子を見せた。
ライたちにも心配をかけていたのか、とようやく気付き、ごめんと謝った。
「その笑顔、ですわ。わたくしに見せてくださらなかった、戦うときの笑顔。それが何より大切だということを、あなたはご存じのはずでしょう?」
「ああ、そうだった。バトルは楽しいものなのに、さっきのは全然楽しくなかった。笑えなかった」
「でも、その様子ならもう大丈夫そうですわね―――お教え出来なかった最後の理由、あなたの正義を見せてもらいたかった、というのは問題ないようですね」
《正義》。
《正義のジムリーダー》。
自らの正義を貫く人たち。
(俺も、その正義を一緒に貫くんだ)
ヒカルは立ち上がる。
もう道を間違えたりしないと、心に誓いながら。
思ったより長くなった…というか最長です。
七千字超えましたよ! ヤッタネ。
マサキの手持ちっていつからいるのかとか、どの時期にどれだけ強いのかってことが全く分からないんで、勝手に設定を決めちゃいました。
この時期に既にロコンは番犬として活躍しています。タマタマも所持しています。
エリカって、なんでこんなに悪者演技が好きなんだろう…。
書いてて楽しいぞ?