ポケットモンスターSPECIAL 光示す者   作:ワークス

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リアルが忙しかったんです。マジです。
それ以上の言い訳はしません。
前回のお話を読んでから進まれることを推奨します。



第十九話 VSガラガラ イエローの覚悟

タマムシシティとは、カントーのほぼ中心に位置している都市であり、デパートやゲームセンターなど豊富な商業施設が整っている都会でもある。

そんな町にジムがないと言われたら納得しない者の方が断然多いだろう。無論ジムはあるのだが、今どれだけの挑戦者がそこに行っても引き返すことになる。

何故なら、ジムリーダーのエリカは今、親友の行方不明と二年間音沙汰がなかった奇妙な関係の少年の大怪我という、二大びっくりイベントに巻き込まれているのだから。

 

 

 

 

 

ようやく人の出入りが落ち着き、イエローはたどたどしく部屋の隅に置いてあった椅子に腰掛けた。

視線を向けた先には、未だ血の気がないヒカルの姿。

 

 

カンナとの戦闘後、負傷したヒカルを超特急で最寄りの病院まで運び込んだ。

見るからに大怪我のヒカルと軽くボロボロになっているイエローたちを見て、看護師たちは一瞬驚いたもののすぐさま治療を始めてくれた。

 

「────こいつの身元? せやから、わいが証人になったるゆーとんねん! ……こいつの親御さんって、それが無理やからわいがなるってんのや! あーもう! 頭硬っいな!」

 

治療のためか、書類を持ってきた看護師とマサキが進展のない口論を続けている。ヒカルの両親について触れたとき、マサキが悲しそうな顔をしていたことに気付くが、今そんなことを聞く気にもなれなかった。

イエローの中にはただ、自責の念が渦巻いていた。

もっと自分が上手く立ち回れれば、こんな怪我をさせずに済んだのではないか。実力があれば、ヒカルに囮をさせずに済んだのではないか。

そんなことばかり考え、通路の壁にもたれかかって麦わら帽子を目深に被る。バタバタと聞こえてくる喧騒が、そんな感情に拍車を掛けていた。

 

「……せや! ジムリーダー! あいつ、確かこの町のジムリーダーと知り合いやったはずや! そいつにも証人になって貰えば、あんたらも信用するやろ!」

 

マサキの言葉にぴくりと顔を上げた。

道中、トキワの森に差し掛かったとき、ヒカルが話してくれたことを思い出した。

 

 

『ニビ、ハナダ、タマムシのジムリーダーは《正義のジムリーダー》って呼ばれてて、前に会ったことがあるんだ』

『へぇー。《正義》、ですか』

『レッドとも仲良かったみたいだから、これから会うこともあるかも、だけど……』

『? どうしたんですか?』

『いや、あの、その……。タマムシのジムリーダーとは、何ていうか、色々あって。出来れば事が落ち着いてから会いたいなーなんて……』

 

 

その時は乾いた笑みを零すだけでなんのことかさっぱりだったが、今にして思う。あれは、オーキド博士やマサキに怒られていたヒカルが見せていた、怯えの表情だと。そして同時に悟る。

ヒカルにとって、この上ない証人になると同時に、とんでもなく面倒なことになるのではと。

 

 

 

そんな経緯でヒカルのことを聞きつけたエリカが猛烈な勢いでやって来たのは、運び込まれてから僅か十分ほど経ったころだった。

 

「おお、来なはったなぁ…ぶふっ!」

「ヒカルさんは!? ヒカルさんはどこに!?」

「ちょ、タンマタンマ!? 落ち着いて!」

 

登場と同時にエリカはマサキに軽いタックルをかましていた。顔面蒼白で、明らかに冷静ではない。可憐で清楚でお淑やかと言われるエリカはそこにいなかった。

ただそれは純粋に、二年間連絡を寄越さず心配させ続けた挙句、怪我の治療のため身元の証人になって欲しいという理由で、帰還と無事と無事じゃないことを知って動揺しているだけだ。

 

「待ちぃや! ヒカルは逃げれへんから! どの道逃がさへんから取り敢えず落ち着いてくれや!」

 

マサキの説得にようやく落ち着きを見せ、自ら深呼吸をして冷静になろうとした。

その様子を見てやっと看護師が近付き、エリカにヒカルについての確認を取り出した。

少し離れた位置で一連の出来事を呆然と見ていたイエローは、病室への出入りが減ったことに気が付いた。そっとドアに近付いて恐る恐る中へと入っていって──今に至る。

 

 

 

服の隙間から覗く包帯が痛々しく思い、視線を逸らした。

すると、変えた視線でカタカタと揺れるモンスターボールを捉えた。

近付いて覗き込むと、戦闘で疲れているはずのリザードンとルクシオ、ルドラとライが真剣な眼差しを向けていた。

 

「どうしたの?」

 

カタカタとボールの中から必死に何かを叫んでいる。同じく戦闘に出たアートやロンドは二匹の様子に驚いているので、用があるのはこの二匹だけということか。

それにこんなはっきりと音を立てていたら出入りしていた人が気付くはずだ。でもそんな話はしていなかったように思う。

 

「……ボクに伝えたいことがあるの?」

 

ヒカルにはまだ力について話していない。勿論ヒカルの手持ちも知らないことだ。

だから自分たちをボールから出さず、ただ手を翳して来たことに驚いた。

イエローはそんなことは気にせず、トキワの森の力を行使する。

 

 

「────────」

 

 

永遠とも思える静寂が病室を包む。

目を瞑り、二匹の思い、そして記憶を読み取る。その光景が瞼の裏にありありと浮かんでくる。

 

険しい山の中で、自分の身の危険も厭わず腹を切り裂かれても仲間を信じたヒカル。

攻撃の一瞬、飛び退いた自分に覆い被さり盾となったヒカル。

 

自分のことなんて平気で投げ出して、誰かを守ろうとする主のことを。

 

 

『『友達を助けて』』

 

 

泣きそうな声で二匹の友達は言った。

 

 

 

「────……そっか。そういうことなんだ」

 

イエローの声が二匹に届く。

 

「任せて」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

イエローが決意を胸に抱きながら目を擦っていると、ガラリと引き戸が開けられた。

そこから姿を見せたのは、エリカ。

 

「あ、えっと、初めまして」

「初めまして。タマムシジム、ジムリーダーのエリカですわ」

 

何を話していいか分からず、取り敢えずペコリとお辞儀をする。先程見た姿とまるで違いお淑やかなその態度に正直驚いてしまう。

 

「先程はお見苦しいところをお見せしてしまって……」

「い、いえ! ボクも最初見たときはあんな感じだったので」

「ふふ、それは少し安心しました。──イエロー?」

「!!」

 

名を知られている。その事だけで息が詰まるような感覚に陥る。決して名乗ってはいけないと言われていた名をカンナに告げたのはイエロー自身だ。その時点で広まることは覚悟していたので、少しは注意するようにしていた。ヒカルが大丈夫と分かって気を緩め過ぎたのかも知れない。

イエローは少し後退しながらも警戒心を露わにして、エリカを見つめた。

 

「そんなに警戒なさらないで。カスミから聞いたのです。オーキド博士がとある少年にレッドの図鑑とピカを託した、と」

 

オーキド博士、その単語にぴくりと反応した。

 

「わたくしたちはレッドを必ず見つけます。そしてあなたは博士が認めたトレーナー。出来る限りフォローさせていただきますわ」

「…ありがとうございます」

「それに、あなたはヒカルさんと一緒にいた」

 

その言葉を言ったとき、まただとイエローは思った。

とても悲しそうな顔をするのだ。まるで両親のことを口にしたときのマサキのような。

 

「何で…そんな悲しそうなんですか」

「…………」

「マサキさんもそんな顔をしたんです。あなたも。何でですか?」

 

これはイエローだけが知らないこと。

レッドを助けたい一心でオーキドの元を訪れたイエローには、ヒカルのことなど知り得なかった。

だが、いつまでもそれではいけない。ちゃんと向き合わないと、いつかきっと後悔してしまう。そんな気がしていた。

 

「────彼の悲しみを知っているから、ですわ」

 

やがてエリカは呟いた。

 

「悲しみ……?」

「そうですわね。少しお話しましょう。大丈夫ですか?」

 

正直力を使ったのでかなり眠かった。これはどうしようもないことなので、じゃあと切り出す。

 

「ちょっと寝るので、起きてから聞かせてください」

 

 

 

 

 

 

二十分ほど睡眠を取れば、イエローの調子も元に戻っていた。

ヒカルに割り当てられた個室のソファでゆっくり伸びをし、被ったままの麦わら帽子を正す。

 

「よく眠れましたか?」

 

ずっと待っていたのか、ベッドの近くに丸椅子を寄せ座っていたエリカがこちらに微笑みかけた。

上体を起こし、ソファの端に腰を落ち着けて向き直る。

ヒカルの姿が見え、眠る前と変わりない様子に落胆する。だが覚悟は決まっている。

 

「はい、もう大丈夫です。お願いします」

 

その瞳を見つめ、エリカは口を開く。

ゆっくりとヒカルの経歴、そして二年前の戦いを語り始めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

想像以上の出来事にイエローは暫し呆然とした。

 

「……これがわたくしの知っている全てですわ」

 

語り終えたエリカの表情もどことなく暗く見えた。

 

家族旅行の最中に起きた船の難破事故。両親の行方不明。

手がかりを探す中での、ロケット団との戦い。そして、首領サカキ戦の敗北。

 

責任感と正義感の強い彼が二年間ずっとそんな重みを背負っていたことが、どれだけ辛いものなのか。

全て理解出来なくとも想像は出来た。

 

その上でまた、気になることも浮上する。なぜそんな重みを二年間も抱え続けたのか。

エリカの話だけでは分からなかった。

 

「その、話しづらいかも知れませんが、ヒカルさんって、どういう人なんですか?」

 

遠慮がちにエリカに尋ねる。

ほんの僅かな関わりしかないイエローには、完全にはヒカルのことを図りかねていた。彼のポケモンたちから伝えられたことと、自分が思っている印象だけでは、ちゃんと理解出来ないと思ったのだ。

エリカはベッドに横たわり眠ったままのヒカルを見つめながら、暫しの沈黙が流れた。

 

やがて、小さな声がそれを破る。

 

「いい人ですよ、とても」

 

それはどこか儚げで、悲しげな声だった。

 

「でも、すぐに抱え込んでしまうんです。何でも自分一人で悩んで、でも解決出来るほど器用じゃなくて」

 

そして少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「イエローは、ヒカルさんをどう思いましたか?」

 

エリカからの問に少し間をあけて答える。

 

「……いい人だと思います。すぐ無茶をして、こんな風になっちゃうんだと思うんですけど。戦いが好きじゃないボクがこうしていられるのは、きっとヒカルさんが無茶してくれたからなんです」

 

本来ならばそんなことを許してはいけないだろう。むしろ咎めるべきだ。

しかし、それをやめろと言ってしまっては、ヒカルを全否定してしまう気がしていた。

無茶をしてでも仲間を助ける。

その危うくも頑強な信念が、今回の戦果に繋がっている。ヒカル自身は負傷してしまったが特に気にはしないだろう。

 

 

「────だからこそ、なんですよね」

 

エリカが呟いた。

 

「え? 何ですか?」

「いいえ、何でもないですわ。──さあ、あなたもちゃんと休んでください。暫くはわたくしが見ていますわ」

 

まるで追い出すようにイエローを急かす。少し疑問を抱くも深追いせず、イエローはヒカルを一瞥してそのまま病室を後にした。

 

静かになったその部屋で。

二人のポケモンたちしか見ていない部屋で。

 

「────本当に、よかった」

 

エリカの瞳から一雫の涙が零れた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

外に出てみると、辺りはすっかり暗くなっていた。

マサキは寄る場所があると既に別れており、イエローは一人、夜のタマムシを歩いていた。

 

「……ヒカルさん」

 

四天王カンナとの戦い。

あんな戦いが続くのならば、今のままでは力不足だ。ロケット団とやり会えるヒカルですら及ばないのだから、イエローは今完全なお荷物となっている。

今にして思えば、ヒカルもそう思っていたからこそ危険な囮役を引き受けたのかもしれない。自分が背負えば、自分より弱いイエローたちを守れると。

 

「……いや、それはないかな」

 

ヒカルがそんな風に相手を見るような人ではない。それは何となく分かっている。

だったらあの時、ヒカルは本当に捨て身の覚悟でイエローたちを守ろうとしたのだ。自分がどうなろうと、構わないと思って。

 

だが、そんな人がなぜ二年前突然姿を消したのか。

 

「…………あ」

 

ふと、思い至った。

 

姿を消したのは、怒っていたのでも、悲しかったからでもない。

悔しかったからではないだろうか。

 

彼のポケモンたちが伝えてきた、彼の姿を思い浮かべる。体を張って誰かを守り戦おうとする彼が、ことごとく否定され伏したら。

伏してしまった自分に気付いたとき、きっと悔しさでいっぱいになるだろう。

 

もしそうなら、イエローに出来ることは限られる。

だが、やることも決められる。

 

「僕がヒカルさんを守る。……そう約束したんだ」

 

 

 

 

同じ時、覚悟を新たにしたイエローを物陰から見ている者がいた。

 

「イッヒッヒ。麦わら帽子のガキ、あいつだな。たーっぷりいたぶってやるぜ」

 

ガラガラとペルシアンとパラスを連れたその男は、闇に紛れ姿を消した。

 

 

 

 

 

その十分ほど経ったころ、街の外れで赤い少年の目撃情報がイエローたちに届いた。

 




今年中にもう一本上げます。絶対。

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