マチス戦・後編です。
では、ごゆるりと…。
意識が戻る。
クチバの砂浜に、満身創痍のヒカルが打ち上げられていた。
土壇場の進化を果たしたルドラをねぎらったその瞬間、ヒカルの視界が真っ白になった。
その原因はたった一つ。
海の上で遭遇してしまったロケット団幹部・マチスの手持ちによって、海の中へと叩き落されたからである。
突如として全身に襲った衝撃と痺れ。
それはヒカルが海に落ち暫くの間漂っていた中でも変わらず続いていた。
そして、今も。
「が、……はぁっ」
全身が痛い。
悲鳴も上げられずその場にうずくまる。
痛みは一向に引かない。
「っあ、くぅ……!」
これが、カスミたちの言っていた《戦う》ということ。
なんて恐ろしいものなんだろう。
頭の中で戦いに対する恐怖が湧き上がる。
ここから逃げ出したいと本能が叫ぶ。
しかし、
「う、ぐっ、はぁっ…!」
ヒカルは立ち上がる。
傍らには激戦によって傷ついたルドラが横たわっている。これほどまで頑張ってくれた仲間の想いを無下には出来ない。
それに、ルドラを捨てたトレーナーの仲間となれば、もう引き退がることなど許されない。ヒカルのポケモンを想う気持ちは、断固として揺らがないものだから。
不安定に揺れる身体にムチを打ち、ヒカルは顔を上げた。見据えた先にマチスの姿を捉えた。
未だ起き上がらないルドラをゆっくりと撫で、両手で拳を作る。
「絶対に、勝つんだ……!」
目の前に広がる海へと叩き落した相手が、砂浜で立ち上がっているのを見たとき、マチスは初めて驚きを見せた。
これだけ力の差がある相手にやられたというのに、あの少年はまだ抗っている。
(気に入らねぇな)
マチスは舌打ちをする。
絶対的な力の差を見せつけてもまだ抗うなど、マチスの記憶にあるのはあの赤い帽子の子供ぐらいだ。
こちらを睨むように見上げる少年の身体はボロボロ。立つのもやっとのはずだ。
それなのに、
(まだオレ様とやろうってのか。よっぽど死にてぇらしいな)
こうなればやることは一つ。
完膚なきまでに叩き潰す。
それがロケット団幹部マチスの、ひいてはロケット団のやり方だ。
レアコイルの電磁ポッドに乗って、マチスは再びヒカルの前に現れた。
ヒカルはすぐさま指示を出す。
「ロンド、“スピードスター”!」
傷だらけの身体であったが、それを微塵にも感じさせない動きで先制を仕掛ける。
しかし、その攻撃は空を切る。上昇して攻撃をかわしたマチスは、レアコイルに下部のバリアを解かせ地面へと降下する。元々は軍人であった彼は二メートル以上の高さを難なくクリアし着地する。
「あれだけやったってのに立ち上がるたぁ、その根性だけは認めてやるよ。だが、オレ様には勝てない」
そうマチスは言い放つ。
ヒカルの胸に確かに刺さる言葉だが、それを無視して攻撃を続ける。
「“みずでっぽう”!」
「“10まんボルト”」
ロンドとレアコイルのわざがぶつかり合い、辺りに衝撃波を散らす。
拮抗した競り合いは、少しずつ押し返され“レアコイル”へと命中した。
「とどめっ」
落下してきた一体のレアコイルに向かって“すてみタックル”を打ち込み、戦闘不能へと追い込む。
これで空を飛ぶ手段を奪った。
ヒカルの飛行手段であるルドラは既に倒れてしまっているため、ようやくフェアに持ってくることが出来た。
しかし、実力でフェアとは言えない。
「フッ、こいつも暴れたがってたっけなぁ――――エレブー!!」
マチスが出したポケモンは、
「っ、ロンド!!」
飛び出したと同時に“かみなりパンチ”を打ち込みロンドを吹き飛ばした。
砂煙を盛大に巻き上げつつも何とか踏ん張ることが出来たようで、コアを点滅させ無事を示した。どうやら土壇場で“かたくなる”を使い防御力を上げたようだ。
「だからどうしたってんだ?」
安心したのも束の間、エレブーが懐に飛び入り追撃を食らわす。さすがに防御力が高いといっても水ポケモン、ロンドはそのまま戦闘不能になってしまった。
「っ、ルドラ!!」
傷を負ったもう一人の仲間を呼ぶ。
ルドラはそれに答え巨大な火球を飛ばした。それは進化して新しく覚え、仲間を傷付けられた怒りを込めた新技“りゅうのいかり”であった。
しかし、マチスには届かない。
「所詮はその程度だ」
エレブーの“10まんボルト”によって火球はあっけなく四散されてしまう。
「“10まんボルト”」
「“かえんほうしゃ”!!」
続けて繰り出された電撃に対して精一杯の対抗。
その炎は今までとは違い、
「っな!? 青い炎だと!?」
尻尾だけに及ばず技として放つ炎までも青く変化したルドラの技。それは通常よりも遥かに高温であり、エレブーと対抗出来るまでの威力を持っていた。
「“りゅうのいかり”は次の技に繋ぐための振り。今のルドラなら、お前のエレブーにだって負けない!」
ヒカルの叫びに答えルドラの火力が上がる。
「ケッ、なわけねぇだろうが!」
しかしそれを上回る電撃が“かえんほうしゃ”を襲う。
押し返された炎と共にルドラへと直撃し、ルドラまでも戦闘不能に陥ってしまう。
「ルドラっ!」
倒れこんだその巨体に駆け寄る。ルドラは辛そうな声を漏らしつつ、こちらを真っ直ぐ見つめ返す。
負けるな。
そう言っているように感じた。
「負けないよ、ルドラや、ロンドのためにも」
先に倒れてしまったロンドと共にボールに戻す。
主力を失ってしまった今、戦い抜くにはもうあの二人に任せるしかない。
ヒカルの信じる心に答えるかのように、まだボールの中にいる相棒たちはその中から音を出す。カタリ、と揺れヒカルの決意を後押しした。
「頼んだぞ、ライ、アート!!」
「リンっ!」
「ブイっ!」
ボールから飛び出したヒカルの古きパートナーたちは、臆することなくフィールドに立った。
しかし、
「ハッ! ハハハハハハ!! 何だそのチビどもは! そんなモンでオレ様に勝てるとでも思ったのか!?」
マチスは笑う。
「そんなチビどもじゃあ無理だぜ! この、マチス様にはなァ!!」
マチスの声と同時にエレブーの“かみなり”が三人を襲う。ライとアートは咄嗟にもつれ足のヒカルに体当たりをして無理やり下がらせ、同時に自分たちも下がる。
そのとき、
「ふぎゅ」
変な声が聞こえたようだが、二人は無視した。
「トレーナーに対してやるようなことじゃねぇなァ…?」
「……………お前に言われたくない」
「オラァ、さっさとやっちまえ! エレブー!!」
休む間もなくエレブーの電撃が襲い来る。もう言及されたくないのでヒカル自身は素早く下がり、ライたちに回避の指示を出す。
先ほどルドラごと叩き落した“かみなり”も相当な威力であったが、ワンランク下の“10まんボルト”でさえ脅威だ。今の状況がずっと続けば勝機はないだろう。
かと言って攻めなければ何も変わらない。
攻撃が僅かに緩んだ隙を狙い、必死にチャンスを待つ。
「ライ“10まんボルト”!!」
「ムダだァ!!」
二体の攻撃がぶつかり合い、盛大に火花を散らす。だが互いに戦意はそがれず、むしろ強くなっていく。
「オレ様に勝てるわけねぇだろおおおッ!!」
「―――っ、今だ!!」
二人の叫び声が重なった、瞬間――――
「ブイっ!?」
ライを囮にしてマチス本人を狙っていたアートが、エレブーの尻尾に捕らえられていた。
「アート!!?」
ヒカルは驚愕した。
決して気付かないと思ったわけではない。それでも、ライすらも凌駕するスピードを持つ“でんこうせっか”を止められるはずがない。
「なのに、どうして…」
うわごとのように呟いた言葉に、答える声があった。
「こんだけ周囲が帯電してりゃ、エレブーにだって探知できる。お仲間が捕まって動けなくなるってのは予想できなかったか?」
それは、絶対的勝利の宣言。
ヒカルには、どうしようもなくなってしまったという証であり、
「かみなり」
絶望的に覆らない敗北の宣言でもあった。
***
全身が痛い。
息をするのも嫌になってしまうほど。
反射的に庇ったライも小さく震えていて、立ち上がる様子はない。
――――――――負けたのか。
―――――――俺は。
――――――許されざる悪に。
―――成す術もなく。
負けたのか。
――――――。
――――――いや。
違う。
負けてない。
俺たちは、負けてない。
だって、俺は、ライは、
「諦めてなんか……いないッ!!!」
ガタガタに震える足も、まだもやがかかったかのような視界も、関係ない。
絶望的な状況から、少年は勝つための道を己に示す。
***
「……何なんだ」
マチスは呟く。
「何なんだよ」
ふらつきながらも立ち上がる少年を睨んで。
「テメェは一体何なんだ」
敗北したはずの敵は、まだ自分に歯向かってくる。
「俺は、ヒカルだ」
その敵に、相手と同じ電気タイプの相棒と並び立って。
「お前を、絶対に倒す!!」
ヒカルの叫びが木霊する。
「クソがあァァァァァァアッ!!」
「うおおおおおおおっ!!」
ヒカルとマチス、ライとエレブーの声と技がぶつかり合う。
二体の技は拮抗し、互いに退こうとはしない。
「ガキが、オレ様に勝てるわけねェだろうがッ!!」
「勝つか負けるかじゃない! 戦うこと、そしてお前らに奪われるポケモンたちを、その自由を救うんだ!!」
ヒカルは叫ぶ。
残り僅かな体力を全て使ってでも、この戦いを終わらせるために。
「ヒカルゥゥゥゥゥゥッ!!」
「マチス――――――――ッ!!!」
いつの間にか降り出した雨。
そこで戦う者たちを等しく濡らしながら。
「―――――っ」
ライの“かみなり”が、マチスを撃ち抜いた。
***
唐突に意識を取り戻す。
「―――――ここは…」
ぼんやりと視線の先に移るものを理解しようとする。
見えるものは、白い天井と、仄かに揺れるレースカーテン。
そして片目を覆う、包帯の影。
「おお! やっと気が付いたんやな!? ホンマ心配したんやで!」
そう言いながら現れたのは、癖の強い髪を持った青年。
「……マサキ?」
「せやせや! 意識もちゃんとしとるみたいやな、はぁ~ホンマ良かったで…」
両手に鮮やかな花を抱えたマサキは、暫く安堵の息を漏らし続けた。
ヒカルが目を覚ましたのは、クチバにある病院、その個室。つまりは病室。
では何故そんなところで寝ていたのかというと、
「クチバ湾でなんかごっつー戦いがあったっちゅう話でな、爆発があったらしいから見に行った奴がおったんや」
そのとき、浜辺で倒れているヒカルやポケモンたちを発見した、ということらしい。
「因みに、どれくらい経った?」
「二日、かな。全く、見つかった直後にたまたますれ違わんかったら、身元がはっきりせえへんって警察のお世話になっとったかもしれんのやで?」
つまりほんの数分しか話をしていない人に助けてもらったらしい。
さらに自分の都合を後回しにしてヒカルの看病をしてくれていたとか。
「…本当に、迷惑かけっちゃったんだな、俺」
「迷惑とかやない、困っとる奴がおんのに放っておけるかっちゅうの」
「……本当に、ごめん」
ヒカルはただ謝るばかりである。
一緒に倒れていたライたちも今は治療を受けているらしい。ヒカルほどではなく、もうすぐ傷は癒えるとのことだった。
「謝ってほしいんやない、ただ何があったんか、教えてほしいんや」
それは助けてくれた人にとっては当然聞きたいこと。
そしてヒカルにもそれが分かっている。
それにここまでしてくれたマサキに何も話さない、ということは出来ない。それはヒカルの心が許さなかった。
「……うん、話すよ。実は――――」
「――――って訳なんだけど…」
「オイ」
「何でしょう」
「お前さん、何でレッドみたいなことしとるんや!?」
「いや、だからそれはジムリーダーたちに頼まれて」
「そういう話やない!」
マサキは声を荒げた。
その姿に思わずヒカルは口をつぐむ。
「何でアイツみたいにそんな無茶やってまうんや。そんなことして、周りにいる奴がどんな気持ちになるか、分かっとんのか?」
ヒカルは黙ってしまう。
周りにいる人の気持ち―――それはつまり、戦う仲間ではなく、目の前にいるマサキやオーキド博士のこと。
博士は仲間と共に戦うことを許してくれた。でも、それで命を脅かすことは許していない。
この戦いがそれだけ危険なものだということは分かっているだろうが、それでも口に出して止めることはしていない。
それはつまり、博士がヒカルを信じているから。
自分の命を無下にするようなことはしないと。
そしてそれはマサキも同じである。
「………分かってる、つもり。だけど、戦うって決めたんだ。ポケモンたちを悪いことに使う奴らなんて、俺は許せない」
だから、ヒカルは思ったことを正直に言う。
「自分の命は大切にするよ。それで悲しむ人がいるってことも知ってる――――何より、会いたい人がいるから、俺はこんなところで死んだりしないよ」
真っ直ぐとマサキの目を見ながら、そう伝える。
果たして、マサキは一つため息をついた。
「――――分かった。やったら、わいももう何も言わん。自分の決めた通りのことをやったらええ」
「ありがとう」
ヒカルは自然と礼を述べていた。
すると突然ビシッと指をさして、
「それや!」
「はい?」
「わいはさっきから聞きたかったんはその言葉や! 謝るんやなくて、お礼を言って欲しかったんや。ほんの少ししか喋ってないけど、それでもわいらは無関係やないんやから」
ヒカルの顔に小さく笑みがこぼれた。
そして思った。
全くその通りであると。
「…ありがとう、マサキ。これから友人として、よろしく」
「おう! よろしくな」
互いに手を差し出し、その手を握る。
そして、ヒカルは決意を新たにする。
「ん? 何を決めたんや」
「あいつは……マチスは強かった。でも、あんな奴に負けたくないんだ。だから俺はライともっと強くなって、負けないようになってやるって」
「お、おう。ええんやないか? 闘争心は向上心になるかもしれへんし」
最も信頼する相棒のライ。
同じタイプのポケモンを多く持つマチス。
電気タイプに対する闘争心がヒカルの中で火を灯す。
これが、ヒカルの運命を示す灯火であるとは、まだ誰も知らない。
マサキの立ち位置が途中から分かんなくなった…。
一体何がしたいんだろう…。
でも、マサキってお兄さん的な存在だと思うんですよね。原作じゃあ突拍子もないキャラクターたちに振り回される存在ですが。
個人的にオーキド博士より好きです。
マチスさん強いですね。強すぎます。
書いててよく分かんなくなるほど。
さすがはジムリーダー(笑)
久しぶりすぎて誤字があるかも…あったらご報告いただけると幸いです。
ぜひ感想を添えて。
では。