――――死に戻り。
それは突然異世界へ迷い込んだ少年が持つ力。
世の中、そう上手く行くものではない。誰もが『夢のファンタジーライフ、チート能力持って俺TUEEEE』が出来るとは限らない。元の世界でも引きこもりがちなのを除けば平凡な方に属するであろう少年は、異世界であろうと死に戻りが出来る、という点を除けば平凡なままの少年であった。
故に、少年は何度も死ぬ。天才的な力で状況を打破する事が出来ない少年は、何度も何度も死んで苦労の末に、やっと死なない未来を掴み取ることが出来るのだ。
その少年が迷い込んだ舞台――――ルグニカ王国と呼ばれる場所。ここでは、新たな王を選出するために五人の巫女を王候補として王選が行われることとなった。
そして少年は、一人の惚れたハーフエルフの少女を王とするために、騎士となり命を懸け、命を捨て、命の大切さを知り、戦っていくこととなる。
――――が、今回はそんな少年達がいる陣営がこの話の主人公、というわけではない。
これはそれとはまた別の、これまた数奇な運命を持った一人の王候補の少女の話である。
―――
現在、王都はいつも以上に賑わいを見せていた。普段も当然、人が多く栄えている場所という事もあるので賑わいはあるのだが、それとはまた別の理由からだ。
その賑わいの理由としては、王選が行われるという事が民衆の耳に入ったという事が大きい。まだ噂程度のこの話に純粋に興味を持つ者もいれば、ここが好機だとやる気を見せる商人もいたりと、盛り上がる理由としては様々だ。
だが、今の段階で民衆が完璧な情報を手にしているかと言われれば、そうではない。一般的な民衆には王選候補者五人の名前くらいは伝わっているかもしれないが、どんな人物なのかは全てを把握しきれていない部分が多い。
勿論、元から有名な人物は顔と名前が一致するかもしれない。だが、王選に選ばれた五人の巫女が、全員有名人とは限らない。更に言えば、この世界には写真というものは存在しないので、顔についての情報も伝わりにくい。
だからこそ。
「……っし、やっぱこの格好がしっくりくるな! あんなうっとうしいひらひらなんかよりも、こっちの軽装の方が動きやすいってのにさー。あの野郎、事あるごとにアタシの服隠しやがって……あーもう!考えるだけでも苛々するなぁおい!」
――――王都の表通りを一人で軽装で歩くこの少女が、まさか五人の巫女の中の一人だと気づくものは、民衆の中にはいないだろう。
この少女の名前はフェルト。元は貧民街の盗賊で日々生きる事すら大変であったはずの彼女は、どういうわけか気が付いたら全く真逆の生活を送る羽目になっていた。
ただ、王候補と言っても生い立ちが生い立ちだ。貧民街の住人や裏で繋がっていた人間ならともかく、表で普通に生きている民衆で彼女の事を知っている人はほとんどいない。いたとしても、ごくわずかだ。
では何故、そんな王候補でもある彼女が護衛も付けずに、一人でぶらぶらと王都を歩いているのか。
「……ったく、あんなかったるい勉強なんてやってられるかっての。覚えるのも辛いってのに、覚えたところで意味があるのかすらもわかんねーし。はー、やってらんねー」
彼女はただ、勉強が面倒くさくて逃げ出してきただけであった。つまり、何か予定があって王都をうろついているわけでもなく、適当に歩いている、といった言葉が正しいであろう。
「しっかしなー、仮にも巫女サマがこんな真昼間に堂々と歩いてるってのに誰も見向きもしないってか。本当に王選とやらは大丈夫なのかね」
最初は王になるつもりなど全くなかった彼女であるが、とあるきっかけ――――フェルトにとって家族と呼べる者の後押し、というよりも誤算が元で王を目指す意思は身についた。
だが、現状ではこの有様。他の陣営に比べて、スタートから出遅れている。というよりも、スタート地点がそもそも違うのかもしれない。
「……はぁ、これからどうすりゃいいんだろうなぁ」
普段は強気な性格のフェルトであるが、そんな彼女であっても不安というものは抱えていた。
やるからにはまあ、王を目指したい。意思自体はある。だが、他の候補者に比べそれがやや弱いのではないかと本人は自覚しているところがあった。
「……あ、そうだ」
どうしたもんか、と考えながら歩いていたフェルト。そして、一つ思いついた事があった。
「こうして久々に外をこうして歩いているんだ。せっかくだし、あいつらのきったねー面、拝みにでも行こうかね」
考え付いたのは、故郷でもある貧民街への数年ぶりの顔出しであった。
―――
王都の民衆は平均的に見れば、全体的に高水準の生活を送れている。だが、全ての人が満足した生活を送れているわけではない。
純粋に仕事が無くて流れついた者、仕事が上手く行かずここに流れざるを得なかった者、更には生まれた時から貧しくこの場所にいた者。理由は様々だ。
「……変わんねーな。相変わらずしけた、クソみてーな場所だ」
フェルトは自分が育ったこの場所が嫌いだ。全てではないが、既にこの生活を送ることに慣れ、まっとうな生活を送る事を諦めた負け犬のような人間が大半だからだ。
勿論、この劣悪な環境から抜け出そうと足掻くもの、必死に生きて行こうとする者もいる。フェルトもその一人だった。お金を溜めて、不自由ない生活を送る。それがフェルトの目標だった。
そんな彼女はどういう巡り合わせか、この場所から抜け出ることが出来た。ただ、本人が一番望んでいた自由な生活というものは、掴めていないのかもしれないが。
フェルトは貧民街を歩く。向けられる視線は様々なものであった。だがそこに共通して言えることは、全てが気持ちのいいものではなかったということである。
「……チッ、なんだってんだよ」
王都の表通りの住人と貧民街の住人では、違うところがある。それは、フェルトの事を知っているか否かというところだ。
そして貧民街の住人が思うことは久々に見る事が出来たフェルトに対し生きてて良かったといった安心の気持ち、あるいはおかえりといった優しい気持ちなんかではない。王候補という高い地位になった事に対する羨望や嫉妬といった負の気持ちだ。
(本当にクソだな、ここは。……ま、気持ちがわかんねーわけではねーけどよ)
フェルトはそんな歪んだ人間が多く存在するこの場所が嫌いだ。だが、歪んだ事に対する理解は出来ている。
結局はこの劣悪な環境がそうさせてしまったと言っても過言ではないのだ。口では『強く、生きろよ』なんて言っている者もいるが、果たしてそれを実際に出来ている人がどれだけいるだろうか。
更にフェルトは自分の足を進めていった。何故この場所に来たかというと単なる暇つぶしというわけではなく、純粋によりたい場所があったからだ。
目的地は、自分の家族と呼べるものの場所である。
だが、この場所はすんなりと自分の思い通りに事が進む場所ではなかったらしい。
「……ッ!? おい、いきなりなんだっ……!?」
いきなり、フェルト目掛けて石が何個か飛んできた。不意こそ突かれたものの、フェルトは元々盗賊。自分に飛んできた石を避けるくらいの事は出来る。
そして避けた後、飛んできた方向に視線を向けた。
そこには自分の見知った顔の、自分より小さい子供が数人、怒りの視線を向けながら石を手に持っていた。
フェルトは別に、この貧民街で他者との繋がりが無かったわけではない。基本的にここの人間は嫌いだが、自分と同じような意思を持った、這い上がろうとする人間は好きだった。
目の前の子供達がそうだった。お金を溜めて、いつか自由になろうという意思を持った子供達。そんな小さい子達に対しフェルトは好意を持っていたし、自分の出来る範囲でよく面倒も見てあげていた。
「いきなり消えたと思ったら、何で今更ッ……! もうここは、フェルト姉ちゃんの居場所じゃねえだろッ……!」
何人かいた中の内の一人が、そんな事を呟いた。そしてまた、石を投げつける。
「ッ!?なんで、避けねえんだよッ……!? 姉ちゃんなら、それくらい避けるの簡単なはずだろ……!?」
「……」
避けれるはずのものを、フェルトは避けなかった。切ってしまったのか、顔からは少しの血が流れる。
そして、一人の子供がもう行こうぜ、と声を挙げた事を皮切りに子供達は逃げるようにそこから離れていった。その表情は怒りだけでなく、複雑そうな表情を浮かべる子供も多数いた。
「……あー、くっそ。痛え」
子供達が消えたのと同じくらいのタイミングで、フェルトは呟いた。
「……痛えなあ」
果たしてそれは、傷の痛みだけなのか。それとも他の何かを含めての痛い、なのか。その答えを知る者は、彼女だけである。
―――
「懐かしいな、このクッソ汚ねえ場所も。……と言っても、既に廃墟と化して余計に汚ねえ事になっていやがるんだがな」
フェルトがどうしても足を運びたかった場所――――それは、元々ロム爺が住んでいた盗品蔵であった。
更に言えば、住処を建て直してここにロム爺が住んでいる事を期待していたフェルトであったが、そう都合良くはいかなかった。少し前に生きている事は確認できたが、どこに住んでいるかまでは把握しきれていない。
この場所にたどり着いた時の感想は、口に出した言葉は汚い。だが心の中で思ったことは、落ち着くであった。今住んでいる広くて綺麗な場所よりも居心地が良いのだから、不思議な話である。
「あのクソジジイがいないってんなら……ここに長居する必要性もねえな。ま、この前生きてる事は確認できたしその内会えんだろ」
この貧民街にロム爺がいないであろう事を悟ったフェルトは、この場所から出ることを決める。盗品蔵という場所が好きなだけで、貧民街は好きではない。故に、長居する必要もない。
「……あいつらには、悪い事しちまったかもな」
ふとフェルトの頭によぎるのは、先ほどの子供達だ。
彼らからすればフェルトは、同じ意思を持つ仲間だと思っていたのにも関わらず裏切られた、と思われていてもおかしくないのだ。単純な話、事情を詳しくは知らない者からすると王候補というものは贅沢で不自由ない暮らしをしている者、という印象が強くある。
「……しけた顔しとるのう、フェルト。お前さんらしくもない」
その時、懐かしい声がフェルトには聞こえてきた。
「……なんだよ、生きてたのかクソジジイ。もうとっくにくたばったものだと思ってたよ」
「ついこの前会ったばかりじゃろ!というより、さっきお前はわしに会いたがっていた感じの事言ってたじゃろ!?」
「何だよ、聞いてたのかよ……きめえ」
「そういう人を腹立たせるような台詞はあの不思議な小僧だけでお腹いっぱいじゃ……」
「そんな事言って実は暴言吐かれて嬉しいんだろ、ロム爺。というか、別にアタシはあの兄ちゃんの真似しているわけじゃないけどな」
「……という事は?」
「素だよ」
「……今も昔も、口の悪いところは変わらないんじゃな、安心したぞ。元気だったかの、フェルト」
「おう!そっちも意外と元気そうだな、ロム爺!」
『まともな』という言葉を付け加えれば、この二人が再開するのは実に久々の事である。
フェルトの事を自分の娘のようにかわいがっていたロム爺。離れ離れになっていた家族と、出会う事が出来たのだ。二人とも、笑顔がこぼれ落ちていた。
「ってか、何でこんな所にいるんだよ。盗品蔵がなくなってるからここにはいないと思っていたけど」
「……何、ちょっとした用事じゃよ。そっちこそ、何でこんな所におるんじゃ。そんな事が出来る身分でもないくせに」
「はっ、聞いて驚くなよロム爺。勉強が疲れたから、逃げてきた」
「……そんなんで王選って勝ち抜けるもんなのかのう?」
「……どうだろーな」
「ん?どうした、お前さんらしくもない」
ロム爺はてっきり、フェルトからは余裕とか大丈夫といった、調子の良い言葉が飛び出てくるとばかり思っていたが、目の前の彼女はそうではない様子だった。
ロム爺からするとこんな様子のフェルトは珍しく、純粋に驚いた部分があり、そして心配になっていた。
「いや、王になるってあの時は言ったさ。その言葉自体には嘘偽りはねえよ。だけどよ、今の所誰からも認められてる感じがしねえ。何をすれば認められるのかもわかんねーし……」
「ふむ……要するに、不安って事じゃな」
「まあ、そういうこった。おかしいか? このアタシが、不安なんか抱えている所がよ」
「別にそんな事は思わん……むしろ、今までになかった悩み不安を抱えるようになった所、成長しているんじゃなと嬉しく思うぞ」
「……はっ、これを成長と捉えるか。相変わらずクソ気持ちわりークソジジイだぜ」
「クソって連呼されるとさすがの儂でも多少は傷つくんじゃがの」
今までロム爺はフェルトがこうやって弱音を吐いたところは見たことが無かった。本来ならば弱音を吐くことはマイナスな事ではあるのだが、ロム爺はこの変化を嬉しく思っていた。
だが、不安を抱えたまま解決しないのは良くない事である。故に、ロム爺は問いかける。
「フェルト……お前さんは何のために王になりたいと思ったんじゃ?」
「そりゃ……状況が状況なだけに、ああ言うしかなかっただろ」
「それだけか? あの時、お前さんは他に何と言っていた? というより、あの時言っていた事は今日この場所を見て余計に強く思ったんじゃないかの?」
「言っていた事?」
ロム爺に言われ、あの時の発言を思い出してみる。フェルトが王選候補者になった時、周りのお偉い連中にどんな事を言ったのか。
――アタシは貴族が嫌いだ
――アタシは騎士が嫌いだ
――アタシは王国が嫌いだ
――アタシはこの部屋にいる全員も、立っている足場も、なにもかもが全部嫌いだ。だから、全部ぶっ壊してやろうと思ってる
そういえばそんな事も言ったなと、フェルトは自分の発言を振り返った。そして、ロム爺の言っていたこの場所を見て余計に強く思ったという台詞を重ねて思考してみる。
既に諦めている連中はどうでもいいとして、石を投げつけてきた子供達。彼らは褒められる行為をしてきているわけではないが、少なくとも生きるために普段幸せに生きている人間からは考えられないくらいの努力を重ねてきている。
何故、あの子供達はあれだけ頑張っているのに苦しみながら生きていかなければならないのか。というよりそもそも、元々は自分もあの子供達と同じ立場にいた人間だ。そして、いろいろ考えた結果、答えは出た。
――――やはり、この王国はクソだ。
「目が覚めたぜ、ロム爺」
「随分と早いお目覚めじゃの」
「簡単な事だったんだな。別に誰かに認めてほしくて王になりたいとか言ったわけじゃねーのに、何馬鹿な事考えていたんだなって改めて思ったわ。ただ自分のやりたいようにやればいいってだけの話なのによ」
「そこまで答えが出せたのなら、もう心配する事はないの」
「迷惑かけたな、ロム爺」
「……子供が親に迷惑をかけるのは当たり前の事じゃ」
フェルトが出した答えは、この前言った発言と同じ事である。王国をぶっ壊す、それだけの話。
元々貧民街に住んでいた彼女だから、彼女にしか出せない答えである。そしてそれは、彼女にしかない強みだ。
「……そろそろ、戻ることにするわ。お勉強とやらの、続きをしなくちゃな」
「わしの見ない間に、随分といい子になったみたいじゃのう?」
「逆だバーカ。今日ロム爺に会えたから、今日からいい子になる予定なんだよ。何だかんだ、知識を身につけなきゃ始まらねーだろうしな。口とやる気だけじゃどうにもならない部分もあるだろうしよ」
「……そうか」
「じゃーな、ロム爺。次会う時はロム爺の墓かもしれないけど、元気でな」
「まだ死なぬわ!……達者での」
冗談も交えつつ、フェルトとロム爺は別れた。フェルトは戻って勉強するために。
ロム爺は、その場をまだ離れようとはしない。
「……これで、良かったのかの?」
「感謝します、クロムウェル様」
「別に、困っている娘のためならなんてことは無いわい。あと、その名前で呼ばれるのは好かん――――剣聖ラインハルト」
ロム爺のそばにやって来た人物は、顔立ちの整った王国最強の、フェルトの騎士、ラインハルトであった。
「儂には支える力はあっても守る力は無い。それを少し前の事件で感じたからの。だから……お前があの子を守り抜いてくれ」
「それは――――この命に代えても。僕はフェルト様の騎士なので」
「頼んだぞ。あの子は優しい子じゃ。だからもし王になったら、きっとこの世の中を優しい世界へと変えてくれる」
「フェルト様の理想はとてつもなく高い。ですが、それがもし実現されるのならばきっと今までには考えられないような未来が待っている事でしょう」
「それを実現するためにお前さんがいるんじゃろ?何の因果か知らんがの。しつこいようじゃが……頼んだぞ、剣聖ラインハルト」
「言われなくても。僕はフェルト様の剣となり、守り抜いて見せます」
それだけを言い、ロム爺もラインハルトもこの場所を離れた。
―――
子供達は王都の表通りで走る、生きるために。数人の子供が走る中、その内の一人はわずかながらのお金を手に持っていた。
これは最初からこの子供が持っていたお金ではない。数人の子供が見張り、そして一人が盗みを実行し、苦労して手に入れた生きるためのお金だ。
「急ぐぞ!」
「うん!」
息を切らしながら必死の思いで走る子供達。人目を避けるため、路地裏へと逃げ込むように走っていく。
だが、今日という日に限れば、もしかしたらそれは選択肢を誤ってしまったのかもしれない。
「おい、ガキども。痛い目にあいたくなけりゃあその手に持っている金を大人しくよこしな」
「ッ……!? くそっ、なんてタイミングの悪い……!」
たまたま路地裏を歩いていたチンピラ三人に、出会ってしまったのだから。
子供達はここで、どうするべきか考える。
大人しく金を渡す、これはノーだ。もし仮にこの場で痛い目にあわずに済むとしても、数日分の食料を確保できるだけの金を易々と渡すのは今後のリスクが高い。飢える者が出かねないのだ。
ここで見逃してもらってまたすぐ盗めばいい、という問題でもないのだ。そもそも、盗みというのは確実に成功させるためにはそれなりの計画を立てることが必要となってくる。行き当たりばったりで盗みが出来るのは、才能や力を持つ者だけだ。
だからといって、子供達では目の前のチンピラ相手に恐らく対抗出来ないであろう事も理解している。相手はナイフ持ち、こっちも万が一の為の武器はあるがそれでも厳しい。
更に言えば、助けを呼ぶことも出来ない。まず助けてくれる人物がいるかどうかも怪しいのに、それに加え子供達は先程犯罪を犯したばかり。犯罪者に手を貸す者など、どこにいるというのか。
「……何だか、情けねえよなあ。明らかに貧しそうなガキ相手に脅して金品巻き上げようなんざ」
「そうは言ってもよ、こっちだって余裕ないのわかるだろ。可哀想、とか言ってられる状況じゃねえんだよ」
「……そうだな。おいガキ共。恨むならこのクソッタレな世界を恨むんだな、同情だけはしてやるよ。とりあえず今は、俺達のために大人しく金だけ渡すのが賢明だ、別にそれさえしてくれりゃあ危害は加えねえからよ」
このチンピラ達も、結局は子供達と同じ立場なのだ。生きる為に、他者から金を奪う。決して褒められる行為ではないが、彼らの立場を考えれば一方的に攻めることも出来ないのが現状なのだ。
「ッ……」
子供達の中の一人が唾を飲み込む。金品を持っている子供だ。主に、自分がチンピラから視線を向けられている。
どうするか、何が最善か。この中でもリーダー格であるこの子供は、必死に考える。
――――涙が出そうになった。
何故、こんな目にあっているのか。何故、頼れる人物が自分達の周りにはいないのか。
否、正確に言えば――――いた。今日、しばらくぶりに会った金髪の自分達より少し年上の少女。この追い詰められている状況で、何故か彼女の姿が浮かんできた。
「……助けてッ!!」
「あぁ!? おい、このガキ」
「誰か、助けてッ!!!!」
誰も助けてくれるわけがないのに、何故か叫んでしまった。リーダー格の子供が叫んだと同時に、他の子供も助けを呼び始めた。
「せっかく怪我はさせずにおいてやろうと思ってたのによ……多少は痛い目見る事、覚悟しろよ」
そう言って子供達の方に歩み寄ってくるチンピラ。
もう駄目か、と思いつつも必死の抵抗を試みようと子供達も身構えた。
「いやー、そこのケンカしてる兄ちゃん達とガキンチョ共。ちょっと一回、待ってくれねえ?」
――――その時、上から声が聞こえてきた。それから屋根の上から降って来たのは、一人の少女だった。
「はぁ?いきなり割り込んできて何言ってやがるんだ。お前も痛い目にあいたくなかったら、さっさとこの場から消えやがれ。じゃねぇと」
「全員動くんじゃねえ!!」
チンピラがいきなり現れた少女――――フェルトに近づこうとしたら、それを彼女は声で制止させた。
全員――――そう、この場にいる全員を制止させた。
「なあ、兄ちゃん達。こんな事やってて悲しくならねーの? こんな薄汚いガキンチョ共が叫ぶくらい下種な事してるわけだけど、人間としての誇りもないわけ?」
「あぁ? んなもん、とっくに捨てたよ。誇りもクソもねえ、生きる為に必死なんだよこっちは」
「……へぇ」
「認めたくはねえが、そこのガキ共と同人種だよ、俺達は。このクソみたいな世界を生きる為にクソみたいな事しか出来ないわけだからな」
「自覚はあるんだ、兄ちゃん達。ちょっと意外だな」
「だからよ……どこからともなく現れたよくわかんねえ女。そのクソ達に巻き込まれたくなかったらさっさと消えやがれ! じゃねえと、下手したら死ぬことになるぜ?」
チンピラの内の一人が、ナイフをフェルトに向け脅す。
フェルトは横目でちらりと、子供達の方を見た。
「悪いけどそれはできねーかな。このガキンチョとは一応縁があるし、助けを呼んでいたのに無視するほど腐っているつもりはねーんでね」
「だったら……!」
「だったら……何?」
「ッ!?」
より一層目の前のフェルトに対し身構えたチンピラ達であったが、それに対し不意を突くようにフェルトは素早い動きを見せた。
勝負は一瞬であった。
別にフェルトは一般人と比較した場合、決して弱いわけではない。むしろ、強い部類に入る。
仮にも元盗賊だ。それも、ほとんどの仕事を単独で達成する事が出来るくらいには優秀だったのだ。いくら一対三だったとしても、ただのチンピラがフェルトに勝つことは出来なかった。
既にチンピラ達の武器は取り上げられ、チンピラ三人は倒れ伏せている。その光景を、子供達は眺めていることしか出来なかった。
「おいおい……兄ちゃん達、いくら何でも歯ごたえ無さすぎじゃね? 弱いにも程があるぞ?」
「……」
「いや、その……何かごめん?」
物凄く正しい事をしたはずなのに、この複雑な空気を作り出した張本人であるフェルトは謎の謝罪をしてしまった。
「なあ、兄ちゃん達。もし仮に……このクソみてーな世界をぶっ壊すチャンスが来たら、どうする?」
「あぁ?んな都合のいい事、来るわけねーだろ……」
「いいから答えてみろよ。無様な敗者なんだから、勝者の言う事くらい聞けっつーの」
「……チッ。そうだな……その時は柄にもなく、足掻くんじゃねーのか。このクソッタレた世界をぶっ壊すために、無い頭無い力振り回して必死によ」
ナイフを持っていたチンピラがその発言をすると同時に、体格のいいチンピラと小柄なチンピラも同意するかのように頷いた。
「……だったらそんな兄ちゃん達に、良い知らせだよ。というか、アタシに出会ったこの日を、忘れられないようにしてやるよ」
「そりゃ、どういう……」
「ぶっ壊すチャンス、与えてやるよ」
「……は?」
「どうしようもねーただのクズだったらその場で捨てていこうと思ったけどな、まだ目が死んでねー。アタシの目から見たら兄ちゃん達は拾えるクズだったってこった。もう一度言ってやる、この世界をぶっ壊すチャンス、アタシが与えてやるよ」
意味が分からない、とチンピラ達は目を合わせる。
そもそもチンピラ達からすれば、目の前の少女がかなり謎な存在なのだ。動きやすい軽装を身に纏っているかと思えば、それにしては肌が綺麗すぎる。簡単に言えば、どこか不自然な身だしなみなのだ。
「いいだろ? ラインハルト」
その少女が発した一言に、余計にチンピラ達は混乱する。
何故なら、とんでもない化物の名前が出てきたのだから。一瞬、空耳なのかと耳を疑ったほどに。
だが、その言葉と共に出てきた人物によって、それは否定された。
「……いつから僕がこの場にいると?」
「最初からだよ。理由はなんとなく、だ。オメーはアタシのストーカーの専門家みてーなもんだからな」
フェルトは何となくラインハルトが自分の後を追ってきているのではないかと察していた。だからこそ、この場に来た時にわざわざ『全員動くな』と発言した。
そう言っていなければ、目の前のチンピラ達は下手したらもっと痛い目にあっていた可能性がある。
「で、いいだろ? こいつら連れてっても。鍛えれば結構使えると思うぜ、理由はカンだ」
「フェルト様がそう言うのであれば、問題ありません」
「おう、世話は頼むわ。ビシバシしごいてやっても構わねーから、使えるようにしてやってくれ」
チンピラ達の目は先程と打って変わって、死んでいた。
何がどうなったらこの生活からラインハルトにしごかれる生活へと変わってしまうのか。そしてそれは、地獄のような生活からまた新たな地獄のような生活へと変わる事を意味していた。
「お、お前ら無事でよかったな。たまたまアタシが声拾えたから良かったけど、今度からはあんまり無茶するんじゃねーぞ」
「あの……姉ちゃんは、さ」
「ん? どした?」
「怒ってないの? 俺達が、石投げつけた事……」
子供達はずっと疑問に思っていた事がある。
なぜ、目の前のフェルトは自分達に対して怒っていないのか。というより、そもそも何故助けてくれたのか。
あれだけの事をしておいて、怒っていないわけがないと子供達は思っていただけに、このフェルトの普通の反応が意外だったのだ。
「別に?事情知らなかったら今思えばむしろ当然だなーって思うくらいだし。確かに石は痛かったけどアタシも少し悪かっただろーし、別に怒っちゃいねーよ」
「そう、なんだ……」
子供達は今、物凄く安堵していた。
怒られなかったというのも一つの要因だが、何よりもフェルトが昔のままでいてくれたことが一番の要因だ。
例え生活が変わっても、フェルトはフェルトのままだったという事だ。
「あの、さ。俺達でも、何か姉ちゃんの助けになれる事ってないかな?」
「……気持ちは嬉しいけど、ねーな。何だかんだ危険が伴う事も多いだろうし、お前らみたいなガキが入り込む余地はねえ」
「……そっか」
子供達の要望を、フェルトはきっぱりと断った。
王選という危険が伴いかねない物に、子供達を巻き込みたくはなかったからだ。
「……ま、なんだ。もうちょっと我慢して生活してくれ。さっきもあのチンピラ達に言ったけど、この世界ぶっ壊すために姉ちゃん頑張るからさ。数年後には、不自由ない普通の生活させてやるよ」
それはフェルトにしか思いつけない、限りなく高い理想。だが、フェルトにしか出来ない事だ。
本当の意味であらゆる民衆が自由と言う権利を手に入れれるかどうかは、フェルトが王になれるかどうかが最低限のスタートラインだ。
「だからさ、お前ら」
フェルトはこう言う。それは目の前の子供達に対してもそうだが、ある意味では自分にも言い聞かせる言葉である。
どの立場にいる人間でも結局は同じ。強く、強く、足掻く。
「強く、生きろよ」
――――これは、数奇な運命を持った一人の王候補の少女の話である。
アニメ化という事で書いたはいいのだけれど、アニメだけ見ている人だと内容が多々わからない部分があるんじゃないかと。やってしまったね。
まあフェルトが可愛いという事だけで読んでくれている人もいるかもしれない……?
あと今回出ているチンピラ。アニメにも出ている例のあいつらです。