深海棲艦、抜錨! 作:深海棲艦提督
ショートランド・ブイン両基地を放棄せよ
艦娘が攻めてきてから一週間後。結論から言えば、初戦は深海棲艦側の勝利に終わった。
砲雷撃戦をしたわけではない。緊急整備したショートランド・ブイン両基地から、これまた緊急配備した新型艦載機を大量発進させ、対潜警戒にでていた敵対潜部隊を上から叩いただけの、勝って当然の結果ではある。
とはいえ、これまで負け続けていた深海棲艦側にとってみれば、どんな形でも勝利というだけで嬉しい事態だったらしく、彼女らの士気はかなり上がっている。
空母運用のテストの兼ねて、一部の艦載機は近海の空母たちから発進もさせていたが、そちらも概ね良好のようだ。新型機はオレンジ色をしているため、橙艦戦・橙艦爆・橙艦攻などと呼称されているとか。空母深海棲艦たちの評判もいい。更なる強化を施した、青色の最新型艦載機も配備予定だ。
このような境遇になってしまったが、深海棲艦側でもきちんと装備を作ってくれる妖精さんたちには、感謝してもしきれないな。本当に。
「それで、だ。次の作戦だが…… 正直艦娘の進行を食い止めることは難しいだろうと思うんだ。夕張、戦果と被害状況を」
提督室での深海棲艦との会議の場。隠しても意味がないだろう、とありのままの意見をぶっちゃけてみた。
途端に騒めく深海棲艦を他所に、隣の彼女はぺラリと資料をめくりながら説明に入る。今回集まっている深海棲艦は5人、いずれも鬼・姫級のようだ。よく似た南方棲戦鬼と南方棲戦姫、そしてあの日お礼を言いに来てくれた飛行甲板らしきものを携えた子。残り二人は見たことがないが、片方は南方棲戦鬼が言っていた泊地棲鬼なのだろう。もう一人は、黒い長髪が特徴的な子だった。
「は~い、海戦データはバッチリよ。対潜警戒に出ていた敵水雷戦隊は文字通り全滅させたわ。恐らくは川内型軽巡2隻と、吹雪型数隻ね。結構徹底的に叩けていたようだけど、私達艦娘は大破状態で攻撃を仕掛けない限り撃沈することはないから、ドックで修理されるとまた来るわね」
全滅、と言う言葉に騒めく深海棲艦たちを他所に、夕張が淡々と説明する。艦娘側だったころには特にあまり気にかけていなかったが、良く考えれば「大破状態で進撃しないと撃沈しない」と言う艦娘の特性はチートと言っても差し支えない。ドックで修理すると言っても、遠征などで高速修復剤、通称バケツを獲得し、艦娘に使用するだけで、ほぼ即時出撃できる状態になれる。建造ですら高速建造剤、通称バーナーを使えば資源と資材が続く限り新しい艦を供給し続けれる。 ……よく考えなくても、相当なチートだった。
それが、今回の提案の理由の一つになっているのだが。
「初戦は勝利したものの、相手は対潜装備しか積んでいない水雷戦隊。こちらの被害状況は艦載機が数十機だし、ほぼ無傷と言っても差し支えないけど、これを繰り返していけば当然被害は嵩むし、何より同じような勝利をさせてくれるとは限らないのよね」
「本当に勝とうとしたら、大破状態で撃破する、つまり連続して攻撃を仕掛けるか、鎮守府などの資源を枯渇させるかくらいしかない。あちらは艦隊を引き連れて大遠征に来ている。持ってくる物資も日本本土備蓄よりかは圧倒的に少ないだろうな」
「そこで、私と提督からは、ショートランド・ブインの放棄、及びサーモン諸島南部まで本拠地を下げることを提案するわ。どうかしら?」
それを聞いた5人の深海棲艦たちは、思い思いに何かを呟いていた。案の定、この提案は受け入れがたいものであるようだ。まぁ無理もないだろう。今まで防衛していたであろうここを捨てろという提案なのだから。こちらを睨みつけながら、飛行甲板を持った子が、バシリと机をたたいて立ち上がる。その剣幕に吃驚したのか、隣の夕張がぴくりと震えた。
「アリエナイワネ。コノ本拠地ヲ捨テレバ、同時ニコノ基地機能ヲ相手ニ与エテシマウコトニモナル。ココヲ放棄シテ、ココカラ艦娘ドモニ毎日攻メラレデモシタラ、私達ハ全滅スルワ。ソレニ、皆ガ泊マレル泊地ナド南方ニハ無イ。
コレダカラ、人間ニ提督ナンテ、ムリナノヨ……」
キッ、とこちらを睨みつけるように言う彼女に同意するように、他の深海棲艦たちも頷く。5人の赤い目から逃げるかのように、喉を潤すために置いていた水の入ったグラスに手を伸ばす。ゆっくりと水を飲むと、頭の中がすっと冷えてくる気がした。
確かに、基地放棄は相手に塩を送ることになるし、ここから南は飛行場と簡単な泊地・修理施設しかないのは確認済みだ。しかし、少し視点を変えると、こうとは考えられないだろうか?
「確かにその通りだが、よく考えればそれでもいいのだよ。というより、此処の本拠地は戦闘に適してないということのほうが問題だ。工廠機能こそ健在だが、ドックが機能しているわけでもなし、さらにこの基地だとそこまで多くの航空機を飛ばせないのだよな」
「……」
ドックが機能していないというのは問題だ。大破や中破、当たり所が悪ければ小破させられただけでもすぐ戦闘不能になってしまう。その点、ラバウルの基地機能はかなりのもので、見た限りでは軽く中破したくらいでは1日で修復してしまうのでは、と思ってしまうくらいだった。
そもそも数ヶ月前に急遽改造されたショートランドを除き、もともと艦娘側の基地は、ラバウル・ブイン・岩川・鹿屋しかない。それ以外で大規模な施設を持っているものは、内地の鎮守府くらいだろう。此処まで艦娘側の対処が遅れたのも、基地の能力を信用していたせいもあったのかもしれない。……ショートランドとブインは、深海棲艦に占拠された時にドックなどが破壊されているが。
とりあえず黙って座り、続きを聞く態勢に入っている彼女らを見回すと、俺は更なる説明を試みる。
「それに、ここを相手に使わせることによって、相手を弱体化させることができる。仮に艦娘側がここを占領し、南方に退避した我々を攻めようと思う場合、ラバウルとここのどちらを拠点とするだろうか? 当然、ここだろう?
ラバウルの基地機能は見てきたが、相当なものだったぞ。ラバウルを本拠地にした艦娘と戦うのと、ここを本拠地にした艦娘と戦うのと。どちらが相手しやすいかと言えば、当然後者だろうよ」
グラスに手を伸ばして水を飲む。あっという間に空になったグラスの中で、氷がカランと音を立てた。氷を入れると水は冷えるが、飲める容量が少なくなってしまうのが問題だ。
俺は、改めて周りを見回す。南方たち二人は納得している、のか……?。泊地棲鬼も若干理解している風か。黒髪の子は半々と言ったところ。最後の一人は…… ああ、めちゃくちゃ睨んできているな。これは怒涛の反論や文句が来るに違いない。
来るであろう反論に備えて、俺が身構えた瞬間、隣の彼女が口を開いた。
「提督が言っているのはね、これからここを整備するのは時間がかかるし、それならボロボロのまま相手に与えちゃおうって話よ。それとも、ここの基地機能を修復できるだけの時間と資材があると思ってるのかしら?
……あ、もちろん、ただでは明け渡さないわよ? 罠を仕掛け、少しでもダメージを与えれるようにするわ」
効果的に入れられた夕張のフォローには感謝してもしきれないだろう。もっといい秘書艦が空から降って来い、などと思っていた自分を殴ってやりたい。……いや、やはり普段のサボリ癖は矯正したほうがいいか。これで普段から真面目になってくれれば言うことはないのだが……
緊張していた場にも関わらず、とりとめのないことを考えそうになった自分を叱咤しつつ、夕張の発言に合わせて俺も言葉を重ねる。ついでに夕張のほうに感謝の眼差しを向けると、それに気づいた彼女はにこりと微笑んだ。……やはり、何があろうとも秘書官を変えるなどありえないな。
「最終的な目標は、相手の資源を枯渇させて撤退させるか、もしくは資源不足なのに強行してきた敵艦娘を沈めることにある。撤退すれば当然、ブイン・ショートランドは放棄することになるだろうから、改めて占領しなおせばいい。永続的に放棄するつもりはない、ということは一応言っておくぞ」
トン、とグラスを机の上に置く。シンと静まり返った室内に、現在も稼働中であろうはるか遠くの工廠からの音がかすかに聞こえた。そろそろ夜になろうかと言ったところだが、妖精さんたちは毎日本当によくやってくれている。開発すべきものは、新型機、新型電探、特殊潜航艇などいくらでもあり、全てを開発しきるのには時間が足りないだろう。どれも一部に配備する、といった形になるだろうか……
正面に座っていた深海棲艦が、またもや立ち上がる。
「……マァ、ソレナライイデショウ。ソコマデ言ウノナラバ、私達ハ従ッテアゲマショウ。私ハ飛行場姫。命令ニハ従ウコトニスルワ……」
「リコ、名前クライ言ッタラドウナノヨ……」
「フン。私ニハ『リコ』ト言ウ名前ハアルケド、コイツニハ呼バセナイ。コノ戦イニ勝ッタラ考エテアゲテモイイケド」
何かに納得してくれたのか、はたまた納得など全くしてないのかはわからないが、彼女は言葉少なにそう言うと、扉を閉めて出て行った。睨んだ表情はそのままに。
残された6人の間に沈黙が流れる。またもやシンと静まった室内に、工廠の音が戻ってきた。次いで、何か指示する声が聞こえる。先ほど出て行った甲板を携えた子、つまり飛行場姫のものだろうか?
「あー、うん。信頼されないだろうというのは分かっている。当面の戦場はアイアンボトムサウンド、飛行場基地周辺になるだろう。航空戦力を基幹として対抗する予定だ。……俺を信頼しなくてもいいから、作戦は信用してくれると助かる」
「……提督、心配シナクテモイイ。私達ハ少シ受ケ入レル時間ガ足リナイダケヨ…… 私ハ戦艦棲姫。期待シテイルカラ、シッカリ指揮ヲトリナサイ……」
黒髪の子、戦艦棲姫がそう言って出ていく。他の子も一言俺に声をかけて出て行った。そのすべてが励ましの言葉だったところに、なんだかほっこりとする。数ヶ月しか過ごしてはいないが、今までを見る限りでは、思いのほか彼女たちはいい子たちなんだよなぁ……
なんだか複雑な気持ちでそのまま書類を整理してると、お茶とちょっとしたお菓子をお盆に乗せて夕張がやってきた。お菓子は提督室の棚にいつも隠しているのだが、隠し場所がばれていたのだろう。本気で隠すつもりで隠してはいないので別にいいのだが、なんとなく悔しい気もする。
「提督、お疲れ様。甘いものとか、欲しくないです?」
「……もしかしてそれ、夕張が甘いもの食べたいだけじゃないのか?」
「ち、違いますから! 頭を使った後は甘いものがいいかな、って思ったんですっ! ……はぁ、間宮とか居るともっといい物が貰えるのに」
「そうだな。……銀蝿はするなよ?」
「もぅ! するわけないじゃない。するのは提督でしょ。……でも、間宮の酒保のものは美味しいから、するのも解らなくはないですけどね」
「ああ。……やっぱり、夕張も鎮守府勤務へ帰りたいかい?」
いつもの軽口の後に、ふと真剣な表情でそう聞いてみる。急な質問に不意を突かれたのか、夕張の肩が上がった。そのまま机の上にカツンと小さな音を立てて湯呑みが置かれる。お茶の緑色の液面にはさざっと波紋が走り、少しだけ机の上にこぼれていた。後ろの布巾をとって、こぼれたお茶を拭く。
「まぁ、帰りたいと思わないことはないわね。駆逐艦の子たちもそう言ってるし。
……でもね、提督?」
俺の不安を見透かしたかのように、夕張は微笑む。その顔には、いつもと変わらない表情が浮かんでいた。
「私は提督の秘書艦なのよ? これからもずっと提督についていきます。だから、心配しなくてもいいのよ?」
……。
何だか彼女の目をまっすぐ見ていられず、俺はすっと目をそらした。窓の外から煌く真夜中の星々が見える。書類仕事で気づかなかったが、もうこんな時間になるのか。こんな夜は、少し夜風にあたるのもいいに違いない。
「……夕張、ちょっと外を歩かないかい?」
そういうと、きょとんとしている彼女の返事も聞かずに立ち上がると、机の上にあった菓子を二つ手に取って外へ向かう。
ショートランドの空は雲一つない。ふと上を見ると、遮る物も何もない星々が目に飛び込んできた。うーん、と伸びを一つして、冷たい空気を一杯に吸い込む。この夜空も、澄んだ空気も、どちらも鎮守府では味わえないものだろう。都会や人混みと言ったものから解放された土地と言うのは、また趣がある。
頭上にある星々にとって、我々や艦娘、深海棲艦はいかほどのものなのだろうか。きっとそれは蟻のように小さく見えるに違いない。蟻同士の戦いにも、蟻の考えや蟻の想いなどが存在するのだろう。しかし、俺たちは蟻の考えを想像しながら生きていることなどない。星々にとっても、またそうなのだろうか。
いつの間にか隣に来た夕張に、手に持っている菓子を一つ渡した。彼女はそれを受け取ると、また私と一緒に天を仰ぐ。カサカサ、と同時に包み紙を破る音がした。俺は、手に持った菓子を頬張る。偶然にか、俺が一番好きな菓子だった。確かこれで在庫は最後だっただろうか。
「……やっぱりこれは美味いな」
ぽつり、と言葉が口から漏れ出る。
「当たり前でしょ、私が持ってきたんだから。提督の好きなメニューのデータはぜぇーんぶ揃ってます。ね?」
「……これ、俺が買ってきたものだろうに。何で夕張が自慢げにしてるのさ」
「あ、ばれちゃった?」
悪戯っぽく舌を出す彼女に、一つため息をつく。ふと下方を見ると、いつも過ごしている基地が風景と化して見えた。どこへ向かうかなど意識はしていなかったが、どうやらいつの間にか丘まで上がってきたらしい。ぽつぽつと漏れている光が、ぼんやりと基地を浮かび上がらせていた。あそこにひときわ明るく輝いているのが工廠だろうか。
すぐそばにあった公園のベンチに座りつつ、隣に夕張を手招きする。寒そうに体を寄せてきた彼女を見て、そろそろ冬になるな、と実感する。さすがに真夜中だと大分冷えてくる。俺も正直、肌寒い。地理的にはここは赤道に近いはずだが、何故ここまで冷えるのだろう。これなら、まだ鎮守府のほうが暖かい。
やはり俺は鎮守府の人間だということなのかもしれないな、と思いながらも、昔配属されていた鎮守府に想いをはせる。星が見えず、空気はお世辞にも綺麗とは言えないが、鎮守府は鎮守府で魅力があった。
「夕張」
「……なに?」
前を向いたまま喋る俺に、前を向いたまま答える彼女。ショートランド基地を超えて眼前に広がるブイン基地は、灯りがほとんどない。
「計画では、両基地の放棄とともに、私たちは艦娘側に加入することになっている。提督たちが物資を運び込んだ所を見計らい、基地の罠を作動させて物資を焼くという形だな。そして、深海棲艦側に戻って艦娘たちを一気に叩く。ここで重要なのは、残るのが私達だけということだ」
ぽつりぽつり、と計画を話していく。尤も、この計画の大部分は夕張と立てたものだし、再確認と言う意味のほうが強い。夕張も既知の事柄だからか、特に驚きも示さずに黙って聞いている。
「深海棲艦側に戻るのも、艦娘側に戻るのも、俺らの一存で決めれる。どうするか、は俺の中で決まっているつもりだ。
今までの深海棲艦側での業務とは違って、やることは大幅に増えるぞ。計画通りにやらなくても、夕張は付いてきてくれるかね?」
夕張の方を向いてそう尋ねる。……まぁ、答えの分かっている問いなど卑怯以外の何物でもないだろう。
顔を向けた彼女も、当然といった顔をしていた。
「当たり前じゃない。……ふふっ。任せておいて。ねっ、提督?」
楽しそうに答える彼女を見つつ、俺は残りの決意を固めた。全く、秘書官を見て覚悟を決めるなど、提督として失格も良い所だ。
さて、そうなったからにはさっさと最後の業務を終わらせることにしようじゃないか。
夕張に一声かけると、俺はベンチを立つ。提督室に帰る道すがら、一瞬だけ空から小さな流れ星が見えた気がした。
大破進撃させないと撃沈できないとか、深海棲艦提督がいれば大怒りでしょう。
大破してもバケツぶっかけて戻ってくるし。
【今日の艦船・輸送ワ級flagship】
kancolle deta:耐久130 火力62 雷装0 装甲65 対空40
装備:6inch連装速射砲、5inch単装高射砲、5inch単装高射砲
輸送艦とは何だったのか。
輸送艦と言う本来カモになるような艦種であるくせに、昼ではこちらの軽巡駆逐を難なく倒してくる火力、戦艦ですら一撃で沈められないような高耐久、夜戦に至ってはこちらの戦艦をワンパン大破させて来るポテンシャルを持つ。お前のような輸送艦がいるか。
レ級や改flagship、鬼・姫クラスなど特殊なものを除き、全艦艇中トップの耐久値を誇る。戦艦より硬い輸送艦ってなにそれこわい。
こんな輸送艦がいれば遠征もはかどるに違いない。