深海棲艦、抜錨! 作:深海棲艦提督
毎回のことながら、大規模イベントの甲掘りはきつい……
瑞穂の悪夢を思い出します。
鉄底海峡での初戦の勝利を皮切りに、提督率いる艦隊は各地にて転戦し、艦娘側の全兵力を駆逐するに至った。深海棲艦の最新装備とその物量を目の当たりにした艦娘側の戦意低下は著しく、提督の威光の元に降伏する艦隊が続出した。提督はその艦隊を自軍に編入し、破竹の如く進撃を続けた。
遂に邪悪なる敵司令部は降伏を認め、艦娘側の全拠点は提督の物となった。これを期として、深海棲艦勢力は全世界へとその支配領域を拡大することとなる。
艦娘vs深海棲艦の最大規模の海戦となったこの「サーモン諸島海戦」は、今も広く後世に語り継がれていくだろう。
「そして、これらの勝利の礎には、重巡洋艦青葉という素晴らしい天才がいたということはあまりにも有名である。青葉の策略と活躍により華々しい勝利を飾れた提督は、青葉に多大な感謝をするとともに、感極まって青葉を抱きしめ、出来得る限りの褒美を与えようとした。青葉は謙遜して固辞するも、再度にわたる提督の言葉により恭しく褒美を受け取り、そして提督から最も信頼される艦になった、と……
よぉし、掴みも文章もバッチシ。これで完璧ですぅ…… って、痛ぁ!!!」
ガツン、と小気味の良い音と共に、上機嫌で何やら書いていた青葉に拳骨が叩き込まれる。頭を抱えて蹲る彼女を見ながら、俺は、はぁ、とため息をついた。
「……とりあえず、青葉のやりそうなことはよーく分かっているが、敢えて聞こうじゃないか。この大量の紙切れは何かね?」
「え、ええとですねぇ。ほら、先ほどの勝利でこちらはかなりの優勢になったでしょう? もう勝ちは決まったようなものだし、先に艦隊新聞の原稿を作っておこうかと……」
満面の笑みで問いかけると、青葉は冷や汗を掻きながらもごもごと答えた。その答えに頭が痛くなるのを感じる。
優勢? 勝ちは決まったもの? 本当にそうならばどれほどよかったか。
潜水艦による継続的な敵艦隊の漸減作戦は、大成功とも言えるし、大失敗とも言えるものだった。漸減という目的で言えばこれ以上の無い成功であるが、これが敵に大打撃を与えられるかといえばそうでもないのだ。
言うなれば、細かな嫌がらせである。当然、相手にしてみれば相当鬱陶しいだろうし、精神的に来るものはあるだろうが、しかしただそれだけなのだ。これで敵の主力艦を倒せるわけでもなし、敵を追い払えるわけでもなし。主力艦を倒せていないという意味では、相手の護衛駆逐艦はその任務を全うしているとも言える。
「あれだけで勝てているはずがなかろうよ。潜水艦作戦で打撃を与えているとは言え、撃破できたのは軽巡洋艦と駆逐艦のみだ。やはり本当に相手を壊滅させるためには主力艦隊を撃破するしかない。現に、艦娘側はすぐそこまで進軍してきているだろう? こちらにとっては好都合なことだが」
むぅ、とむくれてしまった青葉の頭に手を置いて左右に動かしつつ、俺は新たな根拠地となった飛行場基地の光景に目を細める。既に作戦は始動しているし、犠牲も出ている以上、この程度の戦果で喜んではいられない。俺はあの日の夜戦があった海を横目でみつつ、その塩辛い空気を胸一杯に吸い込んだ。
喉の奥から、ジャリジャリと塩の感触が伝わってくる気がした。
俺がブイン基地を発ったのは、最終作戦の作戦発令後すぐだ。人も艦娘も慌ただしく動き回っている時を狙って、任務部隊の影に紛れてこちらまで来るだけの、計画とも言えない単純な計画だったのだが…… 俺が思っている以上に艦娘側も潜水艦作戦に参っているのだろうか、意外なことに俺が基地からいなくなったことは未だにばれていないようだ。
南方たちには心配され、飛行場姫には遅いだの勝手すぎるだの散々文句を言われたが、俺は何も言い返すこともなく、黙ってそれらを受け止めた。そもそも、自分でも本当にその通りだと思うのだ。……そんな俺が、彼女らの言葉に何か言い返せるはずがあろうか?
ここ最近、そんな後ろ向きな思考が頭の中に渦を巻いては消えていく。そして大抵そんな時は、傍にいる二人と話したり、外の空気を吸ったりして思考を落ち着かせている。
……単なる逃避でしかない、というのは自分でも分かっているつもりだ。こんなことを思っている時点で、覚悟も心の強さも足りないなぁ、とも。でも、どうしてかいつもそんなifの世界を考えてしまう。
恒例のループに陥りそうになった思考を強制的に中断させ、俺は飛行場から少し離れたところにある3階建ての建物へと足を進めた。提督室が設置されたこともあり、急拵えにしてはそこそこ頑丈だと称せるくらいには建設が進んでいる。いずれ敵からの空襲も来るだろうし、なんとか耐えられるくらいにはしたいところだが。
「そういえば、提督。戦艦や空母部隊でも敵を叩きに行かないんですかぁ? 潜水艦であの戦果なら、戦艦でも主力撃破は容易いような気がしますけど」
数百メートルはあろうかという道を無言で進んでいる途中、頭を押さえながら付いてきていた青葉がそんな質問を漏らした。
「あー、それは俺もいくらか考えたんだがね…… それには問題があってだなぁ」
「問題ですかぁ? うーん、敵に捕捉されやすいくらいですかねぇ?」
「ああ、それも一つの原因ではあるが。地の利を生かせば何とかなる範囲だから、特に問題はない。……ときに青葉、深海棲艦側の備蓄資源、後どのくらい持つと思うかい?」
「う、青葉、そこまでは取材できていませんけど…… でも、それを聞くってことは、資源が足りないから出撃できない、ってことですぅ?」
いつの間にか着いた建物の扉を開け、敷かれた赤絨毯の道を通りながら、青葉は少し間を置いて答える。
「察しが良くて何より。そう、備蓄資源がなぁ。本気で出撃したら一月持てばいいくらいに少なくなって来てるんだよ。それもあって、短期決戦狙いの計画なんだがな」
古い建物を再利用でもしているのか、ところどころギシギシと音が鳴る木張りの廊下を歩くと、一階の隅に提督室の白い扉が見えてくる。
「新たに南方の資源地帯を開拓する予定だし、場所も一応目処はついてるが、すぐに利用できる訳じゃあない。少なくともこの作戦が終わるまではあてにはできんな」
一階の奥にある提督室とはいえ、意外と人通りは多い。いや、人通りというより艦通りといった方がいいだろうか。
故に、今目の前にいるように、深海棲艦の子が提督室を訪ねてくるというのも、よくある光景である。最初は急に無言で現れたりもする彼女らにビックリしたものだが、もうすっかり慣れてしまった。
「お。新装備について聞きに来たのかな? 俺から話せることはあんまりないので、二階の武器倉庫にいる妖精さんたちに聞いてくれるかい?」
了解した、といいたいのか、ビシリと敬礼らしきものをして無言で去っていく彼女に、俺は肩をすくめる。無言にしか見えない、いや聞こえないのだが、姫たちはどうして深海棲艦の子の言っていることが分かるのだろうか。
とりあえずいつものように設置された机のそばの椅子を引き、部屋の奥で繋がっている隣の倉庫から深海棲艦の資料を持ってくる。後ろにいた青葉は無言で去っていく深海棲艦に驚いていたようだったが、特になにも言わずにそのまま見送っていた。
俺は資料をドサリと置くと、ペラペラと捲って目的のページを探す。
「さて、さっきも言ったとおり、資源残量は心許ない。姫クラスを全力出撃させるなら、1度出撃させるだけで枯渇寸前まで行ってしまうだろうね。一応、今作戦に使わない空母たちが南方の資源開拓も着手はしているが。ええと、南方の資源地はここだ」
資源地一覧を探し当て、見やすいようにクルリと資料の上下を反転させて青葉に提示する。
資源地帯は、現在の飛行場基地から少し東に離れており、鉄底海峡からは外れたところにある。この資源地帯に、俺は開拓要員兼防衛戦力配置として、空母と戦艦を含む20隻くらいの艦隊を送っていた。
「うーん、この位置だとそこに行くのすらちょっと一苦労ですねぇ。開拓もこの人数だと厳しそうですし…… 開拓要員をもっと送ればどうですぅ?」
「資源がありさえすればな」
「ああ、なるほど……」
装備の変更も地味に資源を圧迫している。必要な処置とはいえ、この資源の中で開発費や製作費を捻出するのはかなり痛い。2,300隻を超える深海棲艦の装備となると、各10万以上の資源がかかってしまう。せめてもう少し、深海棲艦の燃費が良くなってくれれば……
「戦艦を1隻出撃させるだけで燃料弾薬が500消費って、最近鎮守府で建造されたっていう大和以上じゃないですかぁ。燃費向上が課題ですねぇ」
「本当にそうだよな…… 空母でも300消費って、艦娘だと普通の戦艦3隻分の運用資源だぞこれ」
はぁ、と何度目かのため息をつきながら、ひじ掛け椅子を後ろに傾けて首をそらし、背もたれの後ろの窓を視界に収める。キラキラと上の方から太陽の光が差し込んで来て、俺の目を一瞬眩ませた。
青葉は資料を見つつ、何やらぶつぶつ呟いている。夕張なら、などという単語が聞こえているし、おそらく燃費向上について考えてくれているのだろう。その声をBGMに、太陽を遮るように手をかざしつつ、俺は目を細めながら窓の外を見る。飛行場基地の上空をクルクルと周回している30ほどの艦載機が見えた。この艦載機を飛ばすのにも、数少ない資源を使っているんだよなぁ……
「うぅん、やっぱり魔改造を施すか、資源調達するしかなさそうですねぇ」
「うむ。前者は夕張に全部任せるくらいしかなさそうだし、後者も厳しいな」
うんうんと唸りながら考えていた青葉も、俺と同じ結論に達したようだ。俺はぐでーっと行儀悪く椅子に反り返ったまま答える。しかし、夕張なら燃費向上できるようなものを作れるだろうか? いや、さすがに彼女も万能ではない、厳しいものがあるか……
差し込む光にすこし熱さを感じつつ、窓の外の観察を続ける。日の光に当たると何もやる気が起きなくなるのは俺だけじゃないに違いない。陽ざしというものは、人を睡眠に誘う不思議な魔力を持っている。次第にぼんやりと眠気が襲ってきて、瞼の重力と俺の中の気力が必死の攻防を繰り広げた。
そんなことを考えつつ、しばらくそのままぼんやりしていると、ふと薄目ごしに、明るい飛行場とどんどん大きくなる艦載機が見えた。そのままこちらへ飛んでくる。あれ、こっちには飛行場なんかないはずだが…… ん、こちらへ飛んでくる?
「っ! やばい! 敵襲だ!!!」
一気に意識が覚醒した。
飛び起きた俺と、俺の言葉に吃驚し、書類をパラパラ捲りながら作業に没頭していた青葉がビクンとして立ち上がった。俺はさっきの光景を思い出し、いち早く伏せる。
「だめだ、青葉、伏せろ!」
棒のように突っ立っていた青葉が反射的にその言葉に従った途端、ゴォッ! という音と共に頭からつま先まで揺れるかのような衝撃が俺たちを襲った。棚の上の陶器がガタガタと音を立て、バランスを失って床へ落ちる。ドサドサと高く積まれた書類が落ちて床を埋め尽くし、遠くで何かが落ちる音が聞こえた。覚醒した俺の目には、目の前の窓に映る光景――赤々と燃える飛行場と、その周囲を旋回して爆撃を行っている敵艦載機――が今度こそ鮮明に見えていた。
「……だめだ、青葉、今すぐここから出るぞ!」
「提督!? でも、空襲中に外に出ることは……!」
「ご法度だな。でも今はそうも言ってられん。敵を迎撃せねば」
次にくる衝撃に合わせて受け身をとり、クルリと起き上がる。そのまま青葉を助け起こすと、ドアを力任せに開いて廊下へ飛び出した。青葉は何か言いたそうにしていたが、緊急事態だと察したのか黙って付いてきた。軋む廊下に構わず、全速力で走る。
数kmもあるかのように思えた廊下を突っ切り、玄関の扉を開けると、見慣れた緑色の髪が見えた。ぶつかりそうになった俺は、寸でのところで踏みとどまる。
「っ! 提督! 無事だったのね!」
「おお、夕張も無事だったか。戦況は分かるか? 外の状況は!?」
捲し立てる俺に目を白黒させながらも、彼女は質問に一つ一つ早口で答える。現在敵のアウトレンジからの急襲を受け、飛行場がほぼ半壊したこと。敵戦力は空母多数と、他に戦艦もいると思われること。飛行場姫も艦載機で迎撃したが、敵航空部隊に押し切られてこの状態になったこと。少なくとも、敵空母は3隻はいるであろうこと。空母3隻ということは、空母3戦艦3の編成とかだろうか?
「ふむ…… 此方が出撃できる艦艇は?」
「そうね、さっき見た限りでは、戦艦2隻・駆逐艦2隻あたりかしら」
「そうか、それはきついな…… よし、分かった、俺も出ようか」
「ええっ! それはダメです!」
俺の宣言に、いつの間にか追いついていた後ろの青葉が抗議の声を上げる。驚いて彼女の方を見ると、否定を表すかのようにぶんぶんと手を振っていた。
「提督が参加するなんてもっての他ですよぉ! 艦娘でもないんですから、死んじゃいます!」
「それはそうだが、急襲されてあたふたしているこの状況、俺が出ないと多分きついだろう。的確に指示を出せる人間がいないわけだし……」
「青葉たちが参加して、指示すればいいじゃないですか!」
「……お前ら、戦闘しつつ指示が出せるのか? それができないから提督という職業があるんだろうに」
「むぅ、なら、いつものように無線でも……」
「無線は艦娘側の技術だから、盗聴される可能性がある。初めから持ってきてないのは知ってるだろう」
不満げな顔をして青葉が黙る。黙って見ていた夕張も良い顔をしていなかったが、俺が散々二人をなだめると、「もう時間もないし提督の判断に従います」としぶしぶ頷いてくれた。
夕張の言うとおり、ここで時間を食っていた間に、戦況は刻々と悪い状況へ傾いているようだ。駆逐艦が戦艦や空母を相手できるわけがない以上、こちらの戦力は実質戦艦2隻。勝てる方が珍しいだろう。
「青葉は俺と一緒に交戦。夕張は待機戦力を再編して増援を頼む。なに、耐え切るだけなら何とかして見せるさ」
返事は聞かずに、俺は港のほうへ走った。ただ走る以上に、心臓がバクバクと鳴っているのを感じた。
「うーん、やはりやられているか…… 青葉、まずは艦娘側の戦艦部隊を叩こう」
「了解ですぅ! よーし、久しぶりの実戦ですねぇ!」
相変わらず、艦娘側の空母から発進したと思われる艦載機が飛んでいる中、俺たちは丁度増援に現れた敵戦艦を目標に荒々しい海面を進んでいた。第二次攻撃隊の発艦はまだなのか、頭上の艦載機はこちらの迎撃や対空砲火で数を減らし、今は数機しか確認できない。おそらく、訓練や実戦の様子から想像するに、第二次攻撃隊の発艦は大分後になるだろう。今のうちに出来る限り敵を叩いておこう、と俺は意気込む。
「やはりここからだとよく見えますねぇ。敵は空母3隻、戦艦2隻、重巡1隻で間違いないようですぅ。戦艦は金剛と榛名、重巡は古鷹ですかねぇ」
「なるほど…… 青葉、行けるか?」
「正直きついですが、なんとかします! 青葉にお任せ!」
艦娘と戦えるか、という意味で聞いたつもりだが、青葉には別の受け取り方をされたようだ。緊迫している状況なのに、俺はつい笑みを漏らす。青葉の覚悟は十分。であるならば、俺も躊躇ったりはしてられないだろう。
「よし…… 金剛・榛名の相手は魚雷なしでは荷が重いだろうし、まずは古鷹を無力化させたいな。主砲が届く距離に到達したら、古鷹を狙って砲撃だ」
「提督、今ならぎりぎり命中できるかもしれませんけど、一応魚雷も打っておきますかぁ?」
「いや、味方に当たったらことだ。やめておこう」
そうこうしながら航行しているうちに、敵艦載機に翻弄されている味方戦艦達が見えてきた。同時に、敵艦隊への射程距離が近くなってくる。
しかし、重巡である青葉が射程距離に入る間際ということは、すなわち敵戦艦、金剛や榛名の射程距離だということを意味する。味方戦艦の側に行く頃には、金剛の徹甲弾が数m先の海面を大きな音を立てて叩いていた。分かってはいたものの、戦艦の長い射程距離を目の当たりにし、俺は歯ぎしりする。
「くそ…… 我々はもう敵射程内に入っているんだぞ! 戦艦は艦載機を無視して敵戦艦へ砲撃! 駆逐艦は対空砲火で敵艦載機を相手しろ!」
思わず青葉に、敵のほうへ突撃して距離を詰めろ、と指示を出しそうになり、俺は寸でのところで思いとどまった。今突撃したらさすがに青葉といえども命の危険がある。ここは味方戦艦と協力して一つ一つ撃破していく場面だろう。
「主砲! 砲撃開始!!」
「撃ちます! Fire!」
「……」
「……」
無言で主砲を打ちだす味方戦艦と、遠くから声を上げて砲撃する金剛と榛名。4つの砲弾は空中で交差し合い、数秒遅れてすべて海面に水飛沫を散らした。少し離れたところに落ちた榛名の砲撃が高い波を生み出し、青葉を襲う。一瞬ヒヤリとしたが、青葉は波が来る瞬間だけ進路を変更することで、上手く転覆の危険から免れていた。俺はほっと胸をなでおろすと、前方の様子を観察する。お互いの主力が砲撃したことで、戦場に一瞬の沈黙が生まれていた。
「くっ、青葉、まだこちらの射程には入らないか?」
「もうちょっとですねぇ。金剛なら狙えますが、どうします?」
金剛、か。正直、重巡の火力だと戦艦の装甲をほとんど貫けないからな…… それならば、まだ古鷹のほうを狙ったほうがいい。
「いや、そのままで目標は古鷹でいこう。……っと、危ない」
榛名の2射目が、青葉の近く、さっきと逆側の海面を叩いた。夾叉だ。さすが歴戦の金剛型と言ったところか、きちんと自分とこちらの距離を把握している。このまま打ち続けられると、いずれは命中してしまうということになるが……
「捕捉されてるな。進路を変更してくれ」
進路を変更し、ついでに砲撃目標である古鷹の方へ向けることで、砲撃の網から抜け出す。というより、榛名は味方戦艦ではなく、重巡の青葉を狙っているのだろうか。それとも、距離が遠すぎてよく見えてないだけなのだろうか。いや、仮にこちらが見えてるならば何かしらの反応があるはずだし、艦種判別が出来ていないだけなのか。
「左舷、砲雷撃戦、用意!」
ドーン、という音とともに、敵の古鷹が主砲を発射する。しかし、発射された砲弾は全く見当違いのところに飛んで行った。俺も提督の端くれだ、射撃範囲くらいは分かる。さすがにそこからじゃ当たらないだろう。
数分の間、進路を微調整しながら、俺たちは砲弾の雨の中をじっと耐えた。敵味方とも命中弾は出ていなかったが、砲撃されているという事実と、実際に飛んでくる砲弾は、それだけで俺の精神力をガリガリと削り取ってきた。戦場特有のじりじりとした焦燥が背中を走る。思わず、俺は思わず青葉に向かって叫んでいた。
「くそ、まだ砲撃できないのか!?」
「う、もうちょっとですから落ち着いてくださいよぉ」
段々と濃くなる敵の弾幕にさらされながら、泊地から指示を出すときとは天と地ほど違う緊張感に、俺は胃の中のものを吐き出しそうになった。艦娘たちはいつもこんな心境だったのだろうか。帰ったら艦娘たちを労わってやろう……
「提督、有効射程に入りましたぁ!」
「よし、今すぐ打て!」
俺が言い終るか終わらないかのうちに、ドーン、という音とビリビリとした振動が俺を襲った。俺に言われなくても、青葉は砲撃していたらしい。俺は身を乗り出して、弾着を確認する。
「あぅっ! やだ、何……? 被弾……? でも、まだ……沈まないよ!」
「っ! 古鷹に初弾命中ですぅ……!」
青葉の打ちだした弾は、過たず古鷹の主砲を貫く。至近距離の爆発を受け、一瞬にして破けた服をまとった古鷹は、明らかに戦闘を続行できる風になかった。大破だろう。
「Shit! 古鷹、大丈夫ネー!?」
「古鷹!? こんなの、榛名が許しません! 仇は取ります!」
「うぅ、まだ、大丈夫です…… 敵はあっちに…… って、青葉!?」
古鷹の素っ頓狂な声に、仇討ちに燃えていた金剛と榛名がこちらを見る。まだ遠いとはいえ、こちらを視認できるくらいの距離になったことで、彼女らにも俺たちの姿が見えていることだろう。現に、彼女たちは砲撃をやめ、呆然と突っ立ったままこっちを見ていた。
「なんで、なんで青葉があっちに? 金剛お姉さま、これは……?」
「私にも分からないネー…… 青葉、なんであなたがそっちにいるのデース!!」
困惑したような表情で叫ぶ金剛・榛名姉妹の声が、なぜか砲弾の音よりも大きく聞こえる。その反響が終わるか終わらないかのうちに、彼女たちの近くに味方戦艦からの砲弾が着弾したが、金剛も榛名も気にせずこちらをじっと見ていた。
俺は深海棲艦たちに合図して、砲撃をやめさせる。突然の砲撃停止命令に、同じく困惑したような表情を見せた戦艦たち。誰も何も言わない気まずい状況の中、青葉が小さい声でぽつんとつぶやいた。
「……提督、これどうしましょうかぁ?」
……本当にどうしよう。
実際にこうなることを覚悟はしていたものの、この状況でどうすればいいのかといわれると、自分でも唖然とするほどに何も浮かばない。事前にあれだけ散々シミュレートしていた事柄は、すべて頭の中から消え去っていた。
唇を噛みながら、手持無沙汰に彼女の肩に手を乗せると、小刻みな振動が感じられた。不思議そうに、それでいて少し切羽詰まったような表情で、青葉が俺を見返す。少し蒼がかかった黒く澄んだ目が、俺を見つめていた。
「……青葉。俺が返答するから、もうちょっと近づこうか」
俺はひとつ瞬きをし、つばを飲み込むと、青葉に自分が出ると告げようとする。
そのときだ。
「ここは譲れません。第二次攻撃隊、いきなさい。五航戦より早く」
「第二次攻撃隊。稼働機、全機発艦! 加賀なんかに負けるなー!」
「ちょっと瑞鶴!? もう、行くわよ! 全機、突撃!」
ガガガガガ。
遠くから小さく聞こえた声と共に、大量の艦載機が飛来し、一瞬にして味方戦艦1隻を火だるまにした。かろうじて沈んではいないが、轟沈にちかい大破だ。艦載機をあらかた処理し終えていたであろう護衛の駆逐艦も、対空砲火を打ちつつ応戦しているが、正規空母3隻の艦載機を相手にしろ、というのは酷な話だろう……
遠くにいた増援の空母か。くそっ。
「くぅ……! こちらも危ないですぅ……!」
青葉にも飛んできた、上空の艦載機の爆撃が掠める。青葉も細かい進路変更で爆撃を避けているが、当たるのは時間の問題かもしれない。
一転して焦った顔になった青葉が指示を仰ごうとこちらを見ていたが、俺の喉からはかすれた声らしきものしか出なかった。
くそっ。第二次攻撃が来るのが早過ぎる!
「ちょっと加賀たち、何してるネー! あっちにはなぜか青葉が居るのデース! 事情を聞くのが先ネー!」
「だめよ、まずは深海棲艦の駆除。後のことはそれからだわ」
金剛と加賀が言い争っているのが聞こえる。縋るように後ろを振り返ったが、飛行場からは黙々と煙が上がっているだけだった。あの様子では修復には1日あれば済む。が、今それでは遅いのだ……!
空母を資源地帯に回したのが悪かったか? 航空機は飛行場姫だけで十分だと思っていたが……
「提督! どうしますかぁ!?」
青葉が爆撃の音に負けないように叫ぶ。ぎりり、ときつく握りしめた拳の中で、爪に傷つけられた肌から血がじんわりと滲んだ。噛みしめた歯が痛い。爆撃が終わった敵艦載機が帰って行くも、この距離ならもう一度来てもおかしくはない。
俺はやけくそになって叫ぶ。
「くそっ! 深海棲艦は全艦撤退! いずれ増援が来るから、それまで時間を稼げ! 青葉、当たれば儲けもので適当に魚雷発射してから退避だ」
「りょーかいです!」
即座に反応し、数秒で魚雷を放って回頭して帰投を目指す青葉から、ぐるりと首を回して後方を見る。適当に放った割には、青葉の魚雷は綺麗な軌跡を描いて敵の方へ向かっているようだ。俺は、顎を上げて遠くの艦娘を見る。金剛と加賀の言い争いは決着がついたらしく、二人とも各自の武器を構え、こちらに照準を合わせていた。言い負かされたのか、金剛はかなり不満そうだ。くそ、もっと金剛が頑張ってくれればよかったのに。
青葉の近くで同じ進路を取って帰投中である、深海棲艦たちのシルエットの向こうに、今飛び立った艦載機が見えた。金剛姉妹は砲撃も開始する。こちらも逃げているが、あちらも追いかけているため、距離は広がらない。今まで砲撃や爆撃を器用に躱していた青葉はさすがとしか言いようがないが、何時までもそれが続くと考えるのは楽観しすぎだろう。
期待の魚雷が敵へ到着したかのように見えたが、艦娘たちに特に影響はないようだった。外れたか。
……これは、沈むしれないな。
水面に映った艦載機の群を見て、俺は冷静にそう分析した。
【今日の艦船・戦艦タ級flagship】
kancolle deta:耐久90 火力125 雷装0 装甲88 対空65
装備:16inch三連装砲、16inch三連装砲、偵察機、電探
提督「君たちはまともな装備で安心したよ。 ……あとは魔改造くらいしかやることはないな」
主砲2基と、命中重視の電探を積んでいる戦艦。
同じ戦艦である戦艦ル級flagshipと比べ、耐久-8、火力-5、装甲-10、対空-15と下位互換のように見えるが、こいつの真髄は電探搭載したことによる命中力である。
どんな強力な砲撃でもあたらなければどうということはないが、高命中のこいつは「回避すればいいや」思考の艦娘を無慈悲に大破させて来る。
「単縦タ級」と聞いただけで拒否反応が出る提督もいるようだ。間違いなく提督たちの悪夢の一つである。