【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年 作:バイル77
爆発が発生したのと同刻
IS学園 上空500m
今この空域にいるのはISが三機。
そのうちの一機の搭乗者である【フォルテ・サファイア】の機体【ネブラブリッツ】が、相方であり愛する存在であるダリル・ケイシー、いや【レイン・ミューゼル】が駆る機体である【テスタメントガンダム】の背部ユニットにマニピュレータを差し込み、【単一仕様能力】を発動させつつ眼下のIS学園を一瞥した。
テスタメントガンダムもネブラブリッツと同じく【単一仕様能力】を発動させている。
この2機がジャミングの元凶なのだ。
『先輩、うちらこれでいいんですかね。援護とか行かなくてもいいんスか?』
『それはオレも思ってたけど、オレ達の機体がジャミングしてなきゃ、叔母さん達だって動きにくいんだろうよ。そうだろ、ミシェルさん?』
レインがすぐそばで警戒行動を取っていたオレンジショルダーの紅いISに搭乗する【ミシェル・ライマン】に尋ねる。
『ああ。ま、うちの隊長とあの2人が失敗するとは思えないけど。そんなわけでジャミングの継続よろしくな』
『了解っス、ならジャミング続けます』
『ああ……っとっ!』
ロックオンアラートと共に機体に向かう弾丸の雨。
ミシェルが展開した実体シールドがその弾丸すべてを受け止める。
『おいでなすったかな?』
『亡国機業の2人に、見ない顔……テロリストですね』
ランスに装備されたガトリングガンでミシェルを狙ったのは【霧纏の淑女】を纏った楯無であった。
白式、紅椿、甲龍、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII、シュヴァルツェア・レーゲンの5機が続く。
『おいおい6機かよ、流石にやばいかな、これ』
そうミシェルが告げるが言葉とは裏腹に余裕を感じさせている。
『あの二人は……っ!』
一夏がレインとフォルテを見て顔を顰める。
エクスカリバー事件の際に彼女達を真と共に救出したのだ。
それがまた敵となってIS学園を襲っている。
それに怒りを感じているのだ。
するとプライベートチャネルが繋がる。
通信先は楯無だ。
『皆、冷静に。彼女、只者じゃないわ』
『ええ。おそらく真やカナードと同じく、C.E.世界のエース……威圧感が違う』
そう告げたのはラウラだ。
すでに左目の眼帯は外しており、いつでも【ヴォーダン・オージェ】によって強化した【AIC】を発動させる事ができる。
だがどういう訳か、当たる気がしないのだ。
『私が陽動、隙を見て4人が攻撃、特に一夏君、君は切り札よ』
楯無の案に一夏、箒、鈴、シャル、ラウラの5人は頷く。
『さぁ、そろそろ行くかぁっ!レイン、フォルテ、後退してなっ!』
ミシェルの指示に従ったレインとフォルテは機体を上昇させて離脱して行く。
ミシェルのオレンジショルダーの機体がマニピュレータにビームライフルとビームサーベルを展開してスラスターを吹かした。
瞬時加速でもないのに凄まじい速度で楯無に迫るが、楯無も国家代表だ。
【蒼流旋】でビームサーベルを受け止める。
出力はほぼ互角であった。
『おっと、今の一撃で落とすつもりだったんだが……流石、国家代表』
『お褒めに預かり光栄よ……でも貴方の敵は私だけじゃないわよ?』
『知ってるさぁっ!』
笑みを浮かべたミシェルの機体が鍔迫り合いを解除して下がる。
同時に数瞬前までミシェルがいた空間を、電磁加速したレールカノンと紅椿の【空裂】が薙いだ。
『6対1かぁ、隊長もホント人使いが荒いぜっ!それに付き合う俺も俺だけどなぁっ!』
機体を加速させながら、ミシェルが笑う。
紅色をした機体がその速度をどんどん上げて行く。
それこそVL搭載機に迫る速度だ。
連装ショットガン【レイン・オブ・サタデイ】でシャルロットが狙うが散弾全てが回避されてしまう。
衝撃砲で狙うが、視線が追いつかないためそもそも形成すらままならない。
『ちっ、何だあの速度はっ!』
『早すぎるっ、あれじゃ狙えないよっ!』
『何と言う速度だ……センサーでも何とか捉えられているレベルだとっ!?』
『当てずっぽうじゃ駄目よねっ!』
ラウラ、シャル、箒、鈴の声が響く。
一夏の白式・雪羅も搭載された荷電粒子砲でミシェルを狙うが、当たらずにそれてしまう。
『くっ、早いっ!!』
(この速度……【単一仕様能力】かもね)
ガトリングガンで周囲を旋回しつつビームライフルでこちらを狙ってくるミシェルを牽制しつつ、楯無は思考を続ける。
放たれた弾丸は全て回避されている。
相手のビームライフルから放たれるビームは狙いが牽制とはいえ、精密であり何発か白式と紅椿は貰ってしまっていた。
『どうします、楯無さん、このままじゃ……っ!』
『ええ、だから私が囮を。一夏君は止めを』
追加パッケージ【麗しきクリースナヤ】を展開しつつ、別のディスプレイを展開して【誰か】に通信を行う。
高出力状態への移行が完了、アクアヴェールの色も変化する。
『おっと、本気でくるか』
牽制のビームライフルを撃ちながらミシェルは高機動を続ける。
だが――ガグンと、機体が振動してISが停止する。
周囲の空間に引きずりこまれてまるで【沈んでいく】様な感覚と共に、シールドエネルギーが減っていく。
【霧纏の淑女】の単一使用能力、【
『ラウラちゃんっ!』
『【AIC】全開っ!』
【沈む床】に加えてラウラの【停止結界】も重ねてミシェルを拘束する。
これにはミシェルも驚愕の声を上げた。
すでに指一本動かせない状況だからだ。
『なっ、にぃっ!?』
『今よっ!』
楯無の叫びが響く。
同時にミシェルの機体の下方から閃光が迸り、機体の左マニピュレータが貫かれた。
『ぐっ、狙撃っ!?』
『流石ね、セシリアちゃん、いい腕してるわ』
先程、楯無が通信を送っていたのは地上にいるセシリアであった。
セシリアはミシェルたちの襲撃の際に一夏や楯無とは違い、学生寮にいたのだ。
そのためISのハイパーセンサーの範囲外からの狙撃、と言う作戦が取れたのだ。
『今よ、一夏君っ!』
『うおぉぉぉっ!!』
【零落白夜】を全開で発動させた白式が雪片を上段に構えてミシェルのISに向かう。
勝った、と一夏は確信した。
だが――
『やるじゃねぇか、だけど【セイバー】を舐めんなよ?』
そうミシェルの言葉が確かに聞こえた。
瞬間、ミシェルの機体が目の前から【ロスト】した。
『えっ?』
『ちぃっ!?』
楯無が舌打ちしつつ、アクア・ヴェールを操作して自身と一夏を包み込んで防御する。
次の瞬間、【アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲】から発射されたビームが2機に直撃した。
『ぐぁっ!?』
『くぅっ!』
シールドエネルギーが大幅に減り、白式の装甲が一部破壊されてしまった。
『『『『一夏っ!』』』』
一夏に恋する乙女である4人の声が響く。
『ふー、ヒヤッとしたが……ま、痛み分けって所かな?』
ミシェルのIS【セイバーガンダム】は地上からのセシリアの狙撃によって左マニピュレータにダメージが見られるがエネルギーもまだ充分。
そして追撃のレーザーを全て回避して行く。
流石のセシリアも座標位置が正確でなければフレキシブルも使用は出来ない。
回避行動のさなか、セイバーのディスプレイが展開され、通信が届く。
『了解、隊長。こっちも帰還しますよ』
そう告げたミシェルは、セイバーのスラスターを全開にして上昇して行く。
瞬間移動にも見えるレベルの速度で数秒でセンサーの探知範囲外へと離脱してしまった。
『……してやられたわね』
【麗しきクリースナヤ】を格納した楯無が呟く。
機体はシールドエネルギーが減っているがダメージ事態は少ない。
だがミシェルを捕らえる事はできなかった。
セイバーが去っていった方向を見つつ、楯無は唇をかみ締めた。
――――――――――――――
『ちっ、チョロチョロとっ!』
オータムが舌打ちと共にビームライフルで光の粒子を残して超高速機動を続けるデスティニーを狙う。
その速度は彼女の常識を軽々と超えるレベルで非常識であった。
こちらの射線が外れたと認識した瞬間には、巨大な光の翼を翻したデスティニーがビームサーベルを振り上げて至近距離にいる。
咄嗟に脚部の実体ブレードで蹴り上げるが、残像を残して離れておりこちらをビームライフルで狙っている。
単一仕様能力の発動を最小限かつ最短時間に抑えることで、身体への負担とエネルギーの消耗を最小にして効率よくデスティニーは加速しているのだ。
先程からオータムは真のデスティニーに有効打を与えることができていない。
逆にデスティニーの攻撃はオータムのISのエネルギーを確実に減らしていた。
『はあぁっ!』
『ぐっ!?』
一瞬で接近したデスティニーに反応出来ずビームサーベルがオータムのISの背部パッケージの一部を切り落とす。
この時点でデスティニーの残りエネルギーは8割程度。
対するオータムのISのエネルギーは残り3割まで減っていた。
『アンタじゃ無理だ。降伏しろ、命までは取らない』
ヴァジュラビームサーベルをオータムに叩き込んだ真は冷たい声色で告げる。
すでにS.E.E.D.を発動させており、鋭敏になった感覚はより精密に機体を操る彼の力となっている。
『……流石にラクス様を二度も倒しただけはあるな。このままじゃ勝てねぇな』
美しい顔を笑みで歪ませたオータムがそう呟く。
同時に破損した背部ユニットを切り離す。
一見破損したユニットを切り離しただけ。
だがデスティニーのハイパーセンサーは切り離したユニット内に残留しているエネルギーを確かに検知していた。
そしてユニットは形を変えていく。
形状として真の記憶の中に近いものはイージスの高速巡航形態だ。
『なっ、バックパックが変形して……あれはイージス……っ!?』
『まだそれだけじゃないぜぇ?』
新たに展開された全く同じバックパックがオータムのISに装着される。
見に纏っている装甲が一瞬灰色に変化した後、再び色を持った。
PS装甲を搭載している機体の特徴だ。
『確かに私だけじゃてめえには勝てねぇ、それは認めてやるよ。けどたかがIS一機、いつまでエネルギーが持つかなぁ?』
間違いなく美女である彼女の顔に嘲笑の笑みが浮かぶ。
同時に減っていたエネルギーもほぼ全快まで回復した。
『あの機体のエネルギーが……ほぼ全快にまでっ!?あっくん、気をつけてっ!』
『っ!? エネルギーの回復機能だとっ!?』
デスティニーを介して状況を確認していた束の言葉に真は驚愕した。
『ハハハッ、私だけ残機無限モードってか!?最ッ高だぜ、リジェネレイトォッ!!』
自律稼動を始めた背部ユニット――便宜上リジェネレイトビットと呼称――はスラスターを全開にしてデスティニーへの突撃を敢行してきた。
『この程度っ!』
だが今の真ならば、単純な突撃など効果は薄い。
クラレントをビームライフルモードで起動、VLユニットによる超高機動に移行すると同時にリジェネレイトビットに放つ。
ISとは異なりシールドバリアは発動していないようで、クラレントのビームはリジェネレイトビットに直撃し、爆発。
その爆発を突き破って、腕部に装備されたビームソードを起動して、リジェネレイトが斬りかかって来る。
その一撃をヴァジュラビームサーベルで受け止める。
空いた手のクラレントをビームサーベルモードに切り替えるが、それを見越していたかのようにビームソードで受け止められた。
クラレントのビーム出力の方が高いが、圧倒的な差は無い為か押し切れない状態だ。
『囮ってことかよっ!』
『はっ、今までそっちばっかり多数だったからな。たまには私達の気分でも味わいな、シン・アスカっ!』
ニヤッ笑みを浮かべたオータムのリジェネレイトから再度、背部ユニットが切り離されてビット化する。
続けて背部ユニットが再度接続、少量減っていたエネルギーを回復させた後に再度切り離す。
合計して二機のリジェネレイトビットが展開される。
先程とは異なり、損傷部位は無い。
IS高機動機並の機動力で自機を挟むようにリジェネレイトビットは突っ込んでくる。
『ちぃっ!』
真はすぐさまデスティニーを後方に加速させる。
だが無傷での離脱は出来ず、リジェネレイトのビームソードによってヴァジュラビームサーベルを切り落とされてしまった。
そしてシールドエネルギーも少量だが減少する。
舌打ちしつつ、両マニピュレータからクラレントビームサーベルを発振させる。
それをしてやったという顔で見ていたオータムの目の前に、突如ディスプレイ画面が立ち上がる。
リジェネレイトビットの突撃攻撃を回避し、一機にビームサーベルを突き立てた真はその様子を観察する。
どうやら誰かとプライベートチャンネルによる通信を行っているらしい。
『うちのボスは目的を達成したらしいな、了解。ここまでにして離脱するって』
少しだけ残念そうな声色であったが通信相手にオータムはそう返した。
リジェネレイト本体を後方に加速させる。
だがそう簡単にことが運ぶ事はなかった。
リジェネレイトの下方に熱源反応が2つ。
一機はデスティニーの姉妹機、もう一機は量産型のIS。
『マルチロック完了、いっけぇっ!!』
『ドラグーンもおまけだー!』
下方から多数のミサイルと2つの有線ビームクローがリジェネレイトに向かって飛来してくる。
真の援護に、ジェーンを含めた第3アリーナの避難を終えた簪と本音が到着したのだ。
『簪っ、本音さんっ!』
『増援かよ、ったくめんどくせぇな』
ミサイルとドラグーンの攻撃を回避しながらオータムが舌打ちする。
真を狙っていたリジェネレイトビットは飛燕のミサイルによって撃墜され、落下していく。
『大丈夫、真?』
『ああ、大丈夫』
『数はこっちが有利だねー……逃がさない』
デスティニーの背後に飛燕、そしてインパルスマークⅡが並び、リジェネレイトと対峙する。
対するリジェネレイトはビットを全て喪失。新たに切り離せば展開できるが、数に押されてそれは難しい。
『……ったくめんどくせぇなぁ、もう帰ってやろうって所だったのによぉ?』
『逃がすかよ、あんた達の目的を話してもらうぞっ!』
デスティニーがVLユニットを起動。
併せて飛燕も起動し、インパルスマークⅡは援護の為に後退し、ドラグーンを切り離す。
明らかに不利な状況であるのに、オータムは笑みを浮かべた。
『はっ、それじゃあよ、これでもお前は私を追跡するか?』
『何?』
オータムの言葉に疑問符を浮かべた瞬間、背後、インパルスマークⅡの下方から迫る物体をセンサーが感知した。
『うわわぁっ!?』
『本音っ!?』
振り返ると、本音のマークⅡに向かって破壊され落下したはずのリジェネレイトビットが突如再起動し、触腕にも見えるマニピュレータを伸ばして組み付いたのだ。
これがデスティニーや飛燕ならば感知した瞬間に距離を取れた。
しかしインパルスマークⅡはインパルスが素体になっているが、現在装備されている【ドラグーンシルエット】の機動力はそこまで高くないのだ。
加えて、搭乗者は今まで整備を主に行っていた本音だ。
代表候補生達との模擬戦や、歌姫の騎士団との死闘を潜り抜けた真と比較して技量が劣ってしまうのは仕方が無いことである。
『うっ、くぅっ……!』
マークⅡの装甲が軋みを上げ、シールドエネルギーが減少していく。
リジェネレイトビットはショートによって火花を飛ばしながらも次の行動を起こしていた。
飛燕のセンサーがビット内に集まるエネルギーを感知したのだ。
『高エネルギー反応……まさか自爆っ!?』
『くっ、アンタはっ!!』
本音の状況を詳細に確認しているという事はその分、隙となる。
その隙をオータムは見逃さずに、すでにデスティニーからかなりの距離を取っていた。
『はは、じゃぁな、シン・アスカ!』
そう笑顔で告げたオータムのリジェネレイトはスラスターを全開にして離脱していく。
追跡すればデスティニーと飛燕ならば追いつけるだろう。
だが、今は――
『本音さんっ、今助けるっ!』
『真、デスティニーならっ!』
『ああ、分かってるっ!』
真と簪は本音を助ける事を優先した。
デスティニーが寄り添い、組み付いているリジェネレイトビットにマニピュレータを充てる。
すると、デスティニーの背部の光の翼が展開される。
『本音さん、動かないでくれよ』
『うっ、うん』
触れたマニピュレータから直接クラレント・ビームサーベルを発振させる。
当然それはリジェネレイトビットを貫く形になる。
ガグンと振動した後、マークⅡに組み付いていた触腕から力が消え、離れて落下していく。
『自爆用エネルギーはデスティニーの【能力】で吸収できたから……うん、もう大丈夫』
『怖かった―……ありがとう、あすあす』
『ああ』
涙目で真に告げる本音に、微笑んで真が答える。
(……あいつ等、何のために)
既にセンサーの探知範囲外に離脱してしまったため、追跡は不可能であった。
その時、ディスプレイが立ち上がって通信が繋がる。
『あっくん、聞こえるっ?』
『束さん、どうしました?』
相手は束であった。
『一旦、校舎まで帰還して。おそらく亡国の連中は全員退却したはずだから』
『……分かりました。帰還します』
『それと連絡。くーちゃんが重傷、フレイ・シュバリィーが誘拐された……そして敵はラウ・ル・クルーゼらしい』
『っ!?どういう……いえ、先に帰還します』
『うん、お願い』
通信がきれ、ディスプレイが落ちる。
リジェネレイトが去った方角を一瞥した後、降下を開始した。
――――――――――――――
IS学園 生徒指導室
ライリー・ナウいや、ラウ・ル・クルーゼと亡国機業の襲撃から数時間。
真達は生徒指導室に集まっていた。
ここにいないのは負傷したクロエだけだ。
彼女は現在医務室のベッドに寝かされている。
全身の裂傷と右腕の骨折、包帯とギプスが痛々しいが、出血は機能が回復したドレッドノートの搭乗者保護機能で保護した為、そこまで激しいものではなかった。
「……」
生徒指導室の中で特段暗い雰囲気を出しているのはラキーナであった。
完全に敗北した形であり、目の前で守りたいと思った女性を誘拐されたのだ。
あまりに暗いため、真や一夏達は声をかけられずにいた。
そんな時、生徒指導室の扉が開いて、医務室から束が戻ってくる。
クロエの治療は主に彼女が担当していたのだ。
「くーちゃんの怪我は全治1か月くらいだね。命には別状はないよ」
「……そうか」
左腕に包帯を巻いたカナードは静かにそう返す。
彼の左腕も負傷していたが、止血と縫合はすでに完了していた。
「奴等、クルーゼ一味について情報は?」
「カナードッ、クロエについてはそれだけかよっ!お前助けて怪我したんだぞ!?」
カナードの態度に一夏が食って掛かる。
それを冷たい目で一瞥したカナードは無視して束に視線を向けた。
「何とかいえよっ!」
「止めなさいよ、一夏」
さらに食って掛かろうとした一夏を鈴が止める。
「鈴、なんで……!」
クイッと顎でカナードの左腕、包帯が巻かれている方の腕を見るよう一夏に合図する。
ポタポタと、血が垂れている。
爪が食い込み肉を割く程の力で、カナードは拳を握りしめていた。
それを見た一夏の怒りは急速に鎮火していく。
「……カナード、ごめん。見えてなかった」
「……大丈夫だ。それで束?」
そう告げたカナードの顔を見て束が返す。
「正直な所、情報は全くないよ。でも少しだけ時間を頂戴」
「何かあるのか、束」
千冬の言葉に束が頷く。
そして展開される空中投影ディスプレイ。
それにはデスティニーやドレッドノート、白式達が戦った戦闘映像が映されていた。
「あいつらの機体に使われてるISコアは、エクスカリバー事件で入手したデータの中にあったラクス製のISコアなの。明確に違う点として従来のコアネットワークとは独立したコア同士のネットワークを持ってるの。それを見つけることが出来ればあいつ等がどこに行ったのかが分かると思う」
なるほど、と千冬が相槌をうった後にさらに尋ねる。
「束、どれくらいかかる?」
「三日、いや二日頂戴。独立してるから調べるのに少しだけかかっちゃう。なるべく早くする」
「分かった、頼む」
うん、と束が頷く。
その後、現時点での情報があまりに少ないため情報収集が完了するまで、一旦自室にて待機、通常通りの生活を送れと指示が出され、それに真達も従う事となった。
「真、このことはデュランダルにも伝えるのか?」
自室に戻ろうとした真に、カナード尋ねる。
「ああ。レイに、戦友に聞いた事があるんだ。議長……蔵人さんはクルーゼと親交があったって」
「成程。それでお前はどう思っている?」
カナードの言葉にえ?と疑問の声を上げる。
「奴等の行動の意図が読めない。何の理由があってフレイ・シュバリィーを狙ったかだ」
「……【フレイ・シュバリィー】は【フレイ・アルスター】なんだろ?クルーゼが狙ったのもそこが関係してるんじゃないか?」
「何故、わざわざIS学園に彼女を送り込んだ?やつのこの世界の立場はフランス代表候補生教官、つまりはいつでも狙えたはずだ」
確かにと内心頷いた真が未だ暗いままの表情のラキーナを一瞥した後、答える。
「……ラキーナに会わせる為とか?」
「何故?」
「……いや、分かんないけど。これも全部推測でしかないし」
「……まぁ、そうだな。すまない、引き止めてしまったな」
「別にいいけど。それでどうすんだよ、ラキーナは」
「……後で発破はかけるさ、それで立ち直れるかはアイツ次第だ。俺はこれから束に用がある」
ラキーナを見てそう告げたカナードも生徒指導室を出て行く。
それを追って、真も自室に戻り、蔵人に報告するために学生寮へと向かう。
――――――――――――――
同日 深夜 IS学園 医務室
現在、IS学園の医務室にはクロエが寝かされており保健の女医の他に人影があった。
スーツ姿、ジャケットを脱いだカナードであった。
カナードとクロエがそういう関係であることはすでに周知されており、これは千冬の気遣いであった。
いつもの彼なら余計なお世話だと切り捨てて情報収集に協力したはずであった。
だが今はその気遣いに乗る事にした。
「……」
意識が戻らず眠り続ける彼女の頬に右手を当てる。
傷に響かないように、優しく、慈しむ様に。
普段の彼ならばこんな事は決してしない。
だが、今はただ彼女といたいと、彼は心から思っていたのだ。
「カナ君、くーちゃんの事、本当に大切なんだね」
「……いつからいた、束」
ベッドのカーテンから隠れていた束が現れる。
「私の気配にも気づかないなんて、らしくないよ?」
「……そうかもな」
そう苦笑を浮かべた彼に束は告げる。
「【ALマニピュレータ】への換装と、カナ君の希望通りXアストレイから【武装】の移植は終わったよ」
ドレッドノートHの左マニピュレータはスコールの【アマツ】との戦闘で破壊されている。
自己修復機能で修復可能なレベル内ではあるが、時間がかかる。
その為、新装備であり昨年秋ごろより開発していた【ALマニピュレータ】に両腕とも換装する事としたのだ。
換装自体は30分程度で終了した。
先程真に話した用とは大破したXアストレイから一部無事であった武装のドレッドノートへの移植である。
束としてはその【武装】に対してカナードは適性を持たず、言い方は悪いが持て余してしまう筈の物という認識だ。
だが頼まれたからには、全力で要望に応えた。
元々ドレッドノートとXアストレイはMS時代と共通して機体のフレームからして共通したモノを使っている。
その為、武装の移植自体はそう難易度の高いものではなかった。
「……まだ情報収集も終わっていないのに、すまないな。いつも世話ばかりかけて」
カナードがそう告げると、束は目を点にして驚いていた。
「……え、本当にどったの、カナ君。流石の私もその反応は予想外」
「お前は俺をなんだと思っていたんだ」
「え、鉄面皮の不器用男……ひっ!アイアンクローはなしぃっ!」
わきわきと右手の指を動かしていたカナードをみて束は後ずさりしつつ叫ぶ。
その様子を見た彼は苦笑しつつ、続ける。
「……誰かを愛したことなどなかった。スーパーコーディネーターなんて過去のモノだと、乗り越えたつもりだが所詮は戦う事しかできない人間だ。それでもいいと思っていた」
「……カナ君」
「だがいつの間にか、クロエは俺にとって大切な……愛する人になっていた。初めてなんだ、自分以外の人間を傷つけられて、ここまで腸が煮えくり返るのは」
ギュッと手を握りしめる。
「だから……だからスコールは俺が倒す。これだけは誰にも譲らない。クロエの為にも、そして俺自身の為にも」
「……それだけじゃ駄目だよ?」
「え?」
カナードの言葉に束が返す。
彼は少々驚いた様な表情で笑みを浮かべる束を見つめる。
包帯がまかれていない右手をとって彼女は続ける。
「全部終わったならちゃんと帰ってきてあげないと。そしてちゃんとくーちゃんをこの大きな手で抱きしめてあげて。それくらいはしてあげるのが男の子だよ?」
「……ああ、そうだな」
「よーし、言質取った!あとで言い触らして……あだだだだ」
「やめろ」
束の後頭部を右腕で掴み上げて力を込める。
彼女は女性がしてはいけない表情で叫んでいる。
「束、ありがとう」
カナードは笑みを浮かべつつアイアンクローを数分にわたって続けるのだった。
次回予告
「PHASE8 明日への決意」
「私が、フレイを助ける……今度こそ絶対に、守ってみせるっ!」
『久しぶりだな、シン』