【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年   作:バイル77

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PHASE2 チョコ濡れのバレンタイン②

4時限目――グラウンド

 

 

「IS搭乗の前にはしっかりと柔軟をしておけ、でないと怪我を負うリスクも高くなる」

 

 

ジャージ姿のカナードが告げる。

4時限目はISの実機搭乗訓練である。

寒いため生徒達は全員ISスーツの上にジャージを着ている。

 

 

この1年を通して、真達以外の一般生徒達の操作技術も大幅に成長している。

2人組で互いに雑談しながらも柔軟体操を続けており、当初の様に浮ついたような雰囲気は無い。

 

そんな中、いつもどおり男性搭乗者同士で組んでいる真と一夏。

一夏の背中を真が押す、所謂体前屈だ。

 

 

「はぁ……」

 

「んっ、どした。真」

 

 

ため息をついていることを一夏に気づかれる。

相変わらず自分への意識には疎いくせに、他人の行動には鋭いヤツだなと内心苦笑しながら言う。

 

 

「んぁ、大変だなって思ってよ。お前あんなに沢山貰ってもお返しはちゃんと全員にするんだろ?」

 

「あぁ。皆義理なのに凄いよなぁ。真も沢山貰ってるんだろ?」

 

「……お前ぇ」

 

 

一夏の返した言葉に彼の背中を押している両手の力を強める。

 

 

「真?あっ、痛ぇ!?真っ、強いっ!痛いってっ!?」

 

「もっと痛くするけどいいよね?答えは聞いてないっ、オラオラっ!」

 

「話を聞いてー!いてぇっ!股がぁっ!」

 

 

一夏が叫びを上げながら抗議するが、それを真は無視してさらに力を強める。

その様子を見ながらカナードは呆れたようにため息をついていた。

 

 

(……何をやっているんだ、あの2人は)

 

「カナード先生、打鉄とラファールの準備は出来てます」

 

「山田教諭、ありがとうございます」

 

「はいっ!……と言うか私よりもカナード先生がやれば皆にも刺激があって良いと思うんですが。専用機も修理は完了しているんですよね?」

 

 

少し、自信が無いように苦笑して真耶が言うがそれに薄く笑みを浮かべて答える。

 

 

「ドレッドノートの修理は確かに完了してます。ですが俺よりも山田教諭の方が教師としてしっかりとしています。実技の感覚と理論を相手にわかりやすく教える技術は参考にさせてもらってますよ」

 

「えっ、そっ、そうですか……?」

 

「はい」

 

「よっ、よーし、頑張りますっ!ありがとうございます、カナード先生っ!」

 

 

そう張り切って真耶は打鉄とラファールの起動準備の為歩き出す。

 

その様子を一夏の柔軟体操を終えた真は、ストレッチしながらじっと見ていた。

真からの視線に気づいたカナードが答える。

 

 

「何だ?」

 

「いや、お前。ちゃんと教師してるんだなって」

 

「やることはしっかりとやるまでだ」

 

「そう言えば、山田先生には敬語使ってるんだな、お前」

 

 

ふと気づいたように真がカナードに聞く。

 

 

「今の年齢なら年上だからな。それに教師としての彼女に学ぶところは多い、指導の仕方とかな」

 

「……お前、一応言っておくけど今日、仕事終わったら速攻クロエの所に行けよ。多分めんどくさいことになってるだろうからさ」

 

「最初からそのつもりだが……成程、束やラキから先程までずっと着信があったのはそのせいか」

 

 

真からの言葉に苦笑してカナードは答えた。

 

 

―――――――――――――――――

4時限目の休憩時間 1年1組

 

 

「……後少しだ、後少しで終わるっ」

 

 

机に突っ伏した真がそう呟く。

 

 

すでに箒達4人も一夏へチョコを渡しているとセシリアから聞いた。

何でもまたその際に一悶着あったらしいが、そこはセシリアがフォローに入ったため事なきを得たそうだ。

 

真の手には小さい瓶が握られている。

すると真の疲労の原因でもある友人がそれに気づいた。

 

 

「お疲れ、どうしたんだ?」

 

 

ジャージから着替えた一夏がお茶を飲みながら真に尋ねる。

片方の手には真と同じように瓶を持っていた。

 

 

「……誰のせいで疲れてると思ってんだぁ」

 

「ん、何か言ったか、真?」

 

「いや、何も言ってないけど。あ、一夏もそれ置いてあったんだな」

 

 

一夏の手に握られている瓶に気づいて真が言う。

 

 

「ああ、席の上に置かれてたんだけど。これ何か入ってる……何だろう」

 

「アロマオイルだな。これくれたのは多分セシリアだと思う」

 

 

横目でセシリアを探して目が合うと、彼女は優しげに微笑んでいた。

 

 

「アロマオイル……って何でセシリアだって分かったんだ?」

 

「イギリスにもバレンタインの習慣はあるらしいんだけど、向こうだと差出人をわざと書かずに贈るんだよ。前本で読んだ事あるんだ、だからセシリアだって思ったんだ」

 

「へぇ……」

 

「それに向こうだと女性から男性へって決まってはいないんだけどな、普通に男性から女性へ送ったりもあるんだと」

 

「お洒落だなぁ」

 

「そうだなぁ」

 

 

そう相槌を打って真は瓶を眺める。

 

 

(今日寝る前に使うか。ありがとう、セシリア)

 

 

心の内で友人にそう告げて真は瓶をしまった。

 

そして放課後――

 

 

「本日の授業はここまでだ、あぁ。織斑、少し話があるからちょっと来い」

 

 

千冬がそう告げて、教室から出て行く。

少し不思議そうな表情で首をかしげた一夏は、姉である千冬の言葉についていき教室を出る。

 

一気に雑談が始まりクラスが賑わうなか、真は自席で静かにガッツポーズしていた。

 

 

(終わったぁ!耐えたぞ、耐えたんだぁぁぁぁぁっ!!)

 

 

内心そう叫んでいた真の携帯に2つのメールが届く。

先の差出人は【更識簪】で、もう1つは【更識刀奈】。

 

 

「ごめん、真。飛燕の追加武装のレポートを完成させないといけないから、部屋に行くのが少し遅れそう。多分21:00くらいになると思う」

 

 

と彼女からのメールには記載されている。

少し残念だが、きてくれることには変わりない。

なので真は了解とメールを返す。

 

そしてもう1つ、彼女の姉、刀奈からのメールを開く。

その内容は――

 

 

「放課後、暇なら生徒会室に来れる?」

 

 

と簡潔に記載されていた。

 

 

(一夏は千冬さんが連れて行ったし、暇だな……よし、行くか)

 

 

暇なので行きますとそのメールに返事をして背筋を伸ばす。

 

 

放課後 生徒会室――

 

 

「お疲れ様ね、真君」

 

「いや、ホント疲れましたよ。精神的に」

 

 

真の様子にクスクスと笑う刀奈は、生徒会室に備え付けられている小型の冷蔵庫から包みを取り出す。

それはホールケーキ用の包みであり、それを来客用のテーブルへと置いた。

 

ちなみにこの時間一夏は珍しく定時上がりした千冬が一夏をつれて家族2人の外食の為、学園にはすでにいない。

このアイディアは一夏のフォローを真にばかり任せてられないと千冬が悩んで考えたものであるが、当の一夏はそれに気づかず久々の家族水入らずの食事にテンションを上げていた。

 

 

「それは?」

 

「ふふ、私からのバレンタインよ。ちょっと奮発したから美味しいはずよ」

 

 

包みを外すと、チョコレートケーキがホールで現れた。

香りや色、艶、一般の菓子店で売られているものとは明らかに存在感が違う。

外した包みには店名が書かれており、お菓子には疎い真でも知っている高級店のものであった。

 

 

「これ、高いやつですよね。ありがとうございます、刀奈さん」

 

「そういってもらえるとお姉さんうれしいわ。簪ちゃんは用事があってといってたけど……?」

 

「飛燕のレポートを纏めてるらしいですよ。あれ、そういえば虚さんはどうしたんです?」

 

「呼んだんだけど、彼女、授業が終わったら最速で学園から出たみたい。外出許可もすでに取ってあったらしいわよ」

 

(虚さん、張り切ってるなぁ……がんばれよ、弾)

 

「えーとカット用のナイフナイフ……」

 

 

笑みを浮かべながら刀奈は食器棚を確認してナイフを探し始める。

 

 

(……こう見ると刀奈さんてお姉さんだよなぁ)

 

 

ムードメーカー兼トラブルメーカーな面はあるが、それでも年上として肉体年齢で年下である自分を引っ張ろうとする彼女に好感を頂く。

 

真には姉はいない。

それはC.E.でもこの世界でも変わらず自分が兄として妹の真由に接していた。

だがそれでも兄や姉が欲しかったなと思ったことがないわけではなかった。

 

姉貴分の人間なら、日出の利香や節子などがいる。

いずれ、真にとって刀奈は義理の姉という関係にもなるだろう。

 

それを再度認識した真。

ふとした悪戯心が真の心に現れ、それは口を通って言葉になる。

 

 

「……刀奈お姉ちゃん、ありがとう」

 

「っ?!」

 

 

ガチャンと探し出したナイフを手から落とした刀奈が目を見開いて振り向いた。

凄まじい速度で真に詰め寄り、ガシッと肩に手を置く。

ふとした悪戯心から呟いた言葉にまさかここまで反応するとは思わなかった真は面食らった。

 

 

「しっ、ししし、真君っ!もう一回、もう一回呼んでっ!」

 

「え、えぇっ!?刀奈さん、ちょっと落ち着いてっ!」

 

「お願いっ!今すっごく心に来たの、お願いだからぁっ!」

 

 

あまりの勢いに気圧されつつ、真は再度、その言葉を告げる。

 

 

「……刀奈お姉ちゃん」

 

「~~~~っ!!」

 

 

身もだえながら刀奈は真から離れる。

言葉も出ないレベルで感激しているようだ。

 

 

「かっ、刀奈さん?」

 

「っ、あぁ、ごめんね。まさか真君から、義弟君からのお姉ちゃん呼びがここまでうれしいだなんて自分でも思わなかったの」

 

「はは……まぁ、嬉しいならたまに呼んであげますけど?」

 

「本当っ!?」

 

 

落としたナイフを拾って、別のナイフと取替えケーキを切り出していた刀奈は笑みを浮かべる。

あまりのがっつき具合に真は苦笑していた。

 

 

「おっと、ごめんね。はい、真君、ハッピーバレンタイン」

 

「どうもありがとうございます。刀奈さん」

 

 

そう刀奈に告げると、携帯に着信があった。

すいませんと、携帯を確認すると差出人は【布仏本音】と記されていた。

 

メールの内容は――

 

 

「夕食前に暇ならアリーナの整備室に来てー。インパルスマークⅡの事で意見を聞きたいのだー」

 

 

と記されていた。

 

 

(ん、まぁ、夕飯まで暇だしなぁ……よし)

 

 

暇だから行けるよと返して携帯をしまった。

 

 

その後、他愛の無い雑談を交わしつつ、ケーキに舌鼓を打った真であった。

 

 

―――――――――――――――――

その1時間後、整備室

 

 

「本音さーん?」

 

 

整備室に入りながら真は、本音を呼ぶ。

 

 

「あすあすこっちー!」

 

 

整備室のメンテナンスベッドの1つにインパルスマークⅡが載せられて、そのすぐ近くでISスーツ姿の本音がスパナを持って手を振っていた。

彼女に歩み寄りながら、真は尋ねる。

 

 

「マークⅡのメンテナンス?」

 

「うん。それでねマークⅡのある機能について、あすあすに意見を聞きたいのー」

 

「機能?」

 

「そう、【ウェポンコールシステム】だよー」

 

 

【ウェポンコールシステム】

フォースインパルスに搭載された特殊コードであり、音声認識により別シルエットの装備を10秒程度、フォースインパルス状態で展開することができるシステムである。

当初真が搭乗していたフォースシルエットを装備したインパルスガンダムに搭載されていたものであり、幾度かのバージョンアップを施したそれが量産試作機の【インパルスマークⅡ】にも搭載されているのだ。

バージョンアップを繰り返したおかげで、使用後のオーバーホールは必要なくなっており消費されるエネルギーも大分軽減されてる。

 

 

「あれ、搭載されてるんだな、正式量産型にも搭載されるんだっけ?」

 

「うん。正式量産機のマークⅡで採用されるシルエットは、フォースとソードを統合した【アサルトシルエット】と【ブラストシルエット】の2つになるって話だからねー。今この子にはドラグーンシルエットしかないけど、その2つは後でインストールされるみたいだから、実際に使った事のあるあすあすに意見を聞きたいの」

 

「あぁ、分かったよ」

 

 

本音から使用時の感想や機体にかかる負荷や武装の使い方、整備時のパラメータなど様々な事を聞かれ真はそれに答えて行く。

大体10分ほど質問と応答を繰り返して、本音は笑みを浮かべてディスプレイを消した。

 

 

「ありがとう、あすあすー!すっごく参考になったよ!」

 

「どういたしまして」

 

 

真がそう微笑む。

ふと見回すと、すでに整備室にいるのは真と本音だけになっていた。

時間もそろそろ部活動も終わって、生徒達は学生寮に向かっているだろう。

 

 

「本音さん、そろそろ切り上げて夕飯食いに行かないか?」

 

「うん、ちょっと待ってー」

 

 

制服に着替えた本音が真の元に歩み寄る。

四角い包みを手にしてだ。

 

 

「本音さん、それって……?」

 

「ハッピーバレンタイン、あすあすー!」

 

 

そう満面の笑みで真にその包みを手渡す。

完全に不意打ちであったため、驚いた後笑みを浮かべて受け取る。

 

 

「ありがとう、本音さん」

 

「うんっ、ちゃんと味見したから大丈夫だよ。それとね……ちょっとだけ時間下さい」

 

 

急に言葉遣いが変わった彼女に頷いて答える。

いや、言葉遣いだけではなく真を見つめるその視線には明確な熱が宿っていた。

 

 

「本当は、こんなのいけないって分かってるの。でも、自分の気持ちに正直になりたい」

 

 

数度深呼吸した後、本音は続ける。

 

 

「真君、私は……あなたが好きです」

 

 

そう本音が告げる。

 

 

「答えを教えて。真君」

 

 

彼女からの問いに、本音からの熱の宿った視線に気づいた時点で予想していた真は答える。

 

 

「……ありがとう。けど、俺はその気持ちには答えられない」

 

「うん、知ってる。けどどうしても伝えたかった、聞いてほしかった」

 

「……ごめん」

 

 

真が深く頭を下げる。

それをみて本音は苦笑しながら言う。

 

 

「謝らないで。真君の答えが1つしかないっていうのは私も判っていた事だから。それを言うならこっちが謝らないといけないんだから」

 

「それでもだよ、気持ちには答えられないから……」

 

 

再度頭を下げた真に本音は言う。

 

 

「……なら、これからは本音って呼んでくれるかな?」

 

「えっ?」

 

「ほら、前の事件のとき本音って呼んでくれたから……駄目?」

 

「……分かったよ、本音」

 

 

そう真が本音に言うと彼女は笑顔を浮かべた。

 

 

「うん、あすあす、これからも友達としてよろしくねー」

 

「こちらこそ改めてよろしくな、本音」

 

「うん。あ、私、インパルスマークⅡのレポート纏めなきゃいけないからー」

 

「……分かった。あんまり無理はするなよ」

 

「りょうかいなのだー」

 

 

そう言って別れた真と本音。

真の姿が見えなくなり、気配が遠ざかっていくことを確認した本音の顔から笑みが消える。

ぽろぽろと瞳から涙が零れて、床に落ちる。

 

 

「おっかしいなぁ……納得してるはずなのに、なんで、止まらないんだろ」

 

 

分かっていた結果であるのに、涙が止まらない。

 

 

「本音ちゃん、ここにいたのね」

 

「たっ、楯無様っ!?」

 

 

整備室に現れた楯無に驚きながら、零れていた涙を拭う。

だが楯無はそんな本音の様子を見て、納得したように寄り添う。

 

 

「楯無様っ、あのっ、これはその……」

 

「いいのよ、分かってるわ。最近貴女の様子がおかしいって虚ちゃんから聞いてたから……伝えたのね?」

 

「……はい。でも駄目でした。分かっていた事ですが」

 

「……そうね。なら今は思いっきり泣きなさいな、本音ちゃん」

 

 

楯無のその言葉に、抑えていた激情は崩壊した。

彼女の胸の中で、本音は声を上げて泣く。

 

 

「うぅぅ……うわぁぁぁっ」

 

「よしよし」

 

 

ポンポンと楯無は彼女が泣き止むまで、抱きしめて背中を優しく撫でていた。

 

 

(……本音、本当にごめん。でも俺の答えは変わらないんだ)

 

 

本音と別れて、学生寮に向かいつつ真は夜空を見上げる。

綺麗な星が瞬いている。

 

別れる際の彼女の表情はいつもののほほんとしたものであったが、それが作りものであることは真でも分かった。

 

戦う事しかできない自分に好意を抱いてくれることは本当にありがたいし、うれしいことだ。

しかし、自分はそこまで器用ではない。

ましてや愛する人を複数持つなど出来るとは思わない。

 

だから明確にそれを断った。

彼女が守りたいと願う大切な人たちの1人であるという認識はもちろん、変わってはない。

 

だが本当に心から幸せにしたいと願う人間は1人しかいないのだ。

 

 

「……ほんと、波乱な一日だよ」

 

 

そう真は呟いた。

 

―――――――――――――――――

それからさらに1時間後――

真の部屋

 

 

「お疲れ様、真」

 

「あぁ」

 

 

自室に来た簪にお茶を出していた。

本音と別れて夕食を食べた後、約束通り簪が部屋に来ていた。

その手には可愛らしい水色の包みを持ってだ。

 

 

「織斑君はまさに朴念神なんだね、真の話を聞くと」

 

「あぁ。まぁ、放って置けなくてさぁ。今頃姉弟水入らずで楽しんでると思うよ、たぶん」

 

「ふふ。そうだね。あ、真。これどうぞ」

 

 

彼女から渡された包み、それを改めて認識すると心から歓喜の感情が溢れてくる。

 

 

「開けてもいいか?」

 

 

真の言葉に簪が頷き、それを確認した後、包みを開く。

中から出てきたのはカップケーキだ。

茶色のケーキと、抹茶色のケーキの2つが入っていた。

 

以前、まだ恋仲になる前にも簪が作ってくれたものと同じ。

いやその時よりも見た目も香りも数段上に感じる。

彼女がそれだけ力を入れて作ってくれたことに、笑みが浮かんだ。

 

 

「ありがとう、簪。これ食べてもいいかな?」

 

「もちろん」

 

「それじゃ、いただきます」

 

 

ふわっとしたスポンジにチョコレートの風味と味がしっかりと全体に染み渡っているが、甘さはくどくなく丁度良い塩梅。そして中心には少しビター風味のクリームも仕込まれており、それがアクセントとなり全体の味を高めている。

 

ぺろりと1つを平らげた真が簪に言う。

 

 

「滅茶苦茶美味しかったよ」

 

「よかった、口に合って」

 

 

簪が笑みを浮かべながら真の隣に移動する。

 

 

「バレンタインの思い出になれたかな?」

 

「あぁ。今までバレンタインにいい思い出なかったけど、今年のバレンタインは最高の思い出になったよ」

 

「よかった」

 

 

真の左手に自分の右手を絡ませながら簪が言う。

その好意にどきりとしながらも、同じく指を絡ませる。

 

 

「……簪」

 

「……今日はずっと真と一緒にいたい」

 

「……分かったよ」

 

 

そう告げて、互いに紅くした顔で微笑んだ。

 

―――――――――――――――――

ブレイク号 カナード私室

 

 

今日の業務を終えたカナードがいつもの戦闘服に着替えて、椅子に座って書類を読んでいる。

近くの資料が載せられている机には、彼に送られたバレンタインの包みの他に、可愛らしい包みが置かれていた。

 

その包みはクロエから貰ったチョコレートとクッキーであった。

見てくれは他のものよりは多少悪いかもしれないが、それでも大事に食べようとカナードは決めていた。

 

彼が読んでいる書類の内容は転入してくる生徒についてだ。

転入については今まで何度かあったが、今まで以上に厄介な背景を持った生徒である。

何故ならば翌週に転入してくる生徒はとある国の【王族】だからである。

 

 

「第七王女か……また面倒なものが転入してくるのか」

 

「あー、ルクーゼンブルク公国のお転婆でしょ?」

 

 

ソファに座っていた束が表示していたディスプレイを消して言う。

テーブルの上には何かの包みが置かれている。

 

 

「知っているのか?」

 

「ん。あの国はISコアの原材料の【時結晶(タイム・クリスタル)】が産出する唯一の国だしね。カナ君達と会う前に何度か会ったきりだけど」

 

「……そうか。ところで、テーブルに置かれているその形容しがたい物体は何だ?」

 

「あ、これ?ふふふ、良くぞ聞いてくれました!ちょっと形は悪いけどチョコレートだよ!」

 

 

まるでこの世の悪意を形にしたかのように形容し難い形状だ。

一部スライム状の箇所もあるのに、一部はボロボロと崩れており、何故か蒸気を上げている箇所もある。

あまりにおぞましいその形状にカナードの顔は引きつる。

 

 

「それのどこが食い物だっ!」

 

「大丈夫大丈夫!疲れてるだろうカナ君の為に、栄養あるものを片っ端からぶち込んで私が手作りしたチョコだから!味見はしてないけど……カナ君なら平気だよっ!」

 

 

ボロボロと崩れている部分を一欠けら掴んで、束はカナードに詰め寄る。

椅子から立ち上がり、後ずさる。

だがこの部屋は狭く、すぐに壁際に追い込まれてしまった。

 

 

「さぁ、食べるのだ―っ!」

 

「束、お前っ、やめろっ!」

 

 

束の手を掴み上げて抑える。

互いに本気の拮抗状態であるが、すぐにカナードが押し切った。

 

 

「まずは味見をしてからにしろっ!」

 

 

足払いから彼女の手を捻って、手から離れたチョコを彼女の口に押し込む。

 

 

「もがっ……―――っ!?」

 

 

瞬間、束は目を見開いて声にならない叫びをあげる。

そして、白目をむいてぶっ倒れた。

ピクピクと指が動いているため、死んではいないだろう。

そもそも食っただけでぶっ倒れる劇物も危険なのだが。

 

 

「……因果応報だ。にしてもやはり口に入れてはいけないものだったか」

 

 

テーブルの上に束が作り上げたチョコが9割ほど残っている。

 

 

「……あまり食い物は粗末にしたくないが……これは食べ物ではない」

 

 

そう言って皿ごとゴミ袋に突っ込んで、見なかったことにしたカナードであった。

 




ビルド37話を視聴後マッハでグレートクローズを予約した真と簪。


次回予告

第七王女(セブン・プリンセス)襲来篇】

「PHASE1 王女来日」

「……やっぱり氏族とかのお偉いさんって苦手ですよ、優菜さん」


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