【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年 作:バイル77
PHASE1 王女、襲来
バレンタインの騒動が過ぎ去って2週間――
IS学園 グラウンド
「戦いの基本は格闘だ。全ての武器が使用不可能な状況になった場合、頼れるのは自分の身体だけになる、今日は俺が基本的な身体捌きを教える」
IS学園のグランドで1年1組と3組の合同授業が行われていた。
その教鞭をとっているのはジャージ姿のカナードであった。
もちろん、正式な教師ではないため少し離れたところに真耶の姿も見られた。
「カナード先生、格闘術ってISに搭乗している際に有効なんですか?」
カナードに尋ねたのは清香であった。
「格闘術で使う身体の動きは、あくまでパワードスーツであるIS装着時でも有効だ。体捌きの技術を向上させればAMBACもより的確に行える。実例としては……これだな」
そう言ってカナードは大きめの空間投影ディスプレイを展開する。
映っているのはデスティニーガンダム・ヴェスティージに搭乗した真と褐色肌の緑髪の美少女が乗るISとの模擬戦の映像であった。
突如自分の模擬戦の映像が流れたため、少し眠そうにしていた真は一気に意識を覚醒させた。
「真の場合、機体自体が超高機動を可能にしている点もあるが、攻撃の起点となる相手のマニピュレータを自身のマニピュレータで逸らして懐に潜り込んでいる。相手の動きを観察して先読みし、適切に処理しなければできない。直後に近接武装での攻撃、追撃で蹴りを叩き込んで相手の体勢を崩し、さらに追撃……と言った流れを掴む事も可能だ」
「はぁ~、凄いなぁ……」
「すぐにこのレベルになれるとは思ってはいない。まずは基礎を固める。相川、他に質問は?」
「いえ、ありませんっ」
「はーい、実演が見たいです!」
清香の代わりにナギが手を挙げて、カナードに告げる。
それに少し考えてからカナードは真に視線を合わせた。
「実演か……わかった。真、付き合え」
「はぁっ!?」
カナードに名指しされた真は素っ頓狂な声を上げる。
「織斑千冬やアスラン・ザラがいないんだ。まともな相手はお前くらいしかいないだろう?」
「いやいや、待て待て、まともな相手ってっ!お前マジでやる気かっ!?」
「本気でやらなければ訓練にはならん」
「頑張れあすあすー!」
「飛鳥君、頑張って!」
本音と清香に続いて他のクラスメイトや3組の生徒からも声が上がる。
「ほっ、本音に相川も皆も……あー、くそ、やればいいんだろっ!」
半ばやけくそになった真がそう叫ぶ。
ジャージの上着を脱いで、脱力をしていたカナードが構える。
同じく、ジャージを脱いで適当な場所に置いた後、構える。
「いくぞっ」
その言葉からの一瞬で真に接近し、強烈な左のミドルキック。
真よりも長身の彼はその分脚も長い。すなわちリーチの外からの攻撃。
脚撃の速さは並の格闘家など比べ物にならないほどの速度だ。
威力も常人ならば余裕で腕をたたき折れるレベルのもの。
回避は間に合わなかったが、しっかりと腕を交差させ受け止める。
重く低い打撃音がその威力を表していた。
「……っ」
思わずその蹴りの威力に顔をしかめる。
ブロックした右腕だけではなく、身体の真芯に響くような蹴り。
ザフト式の軍隊格闘技やトレーニング、デスティニーに慣れるための対G訓練などを続けている真の今の身体能力は
だがそんな真よりもカナードの方が現在の身体能力は上であることがはっきりしたのだ。
これについては真も半ば想定してはいたが、確信させるには充分であった。
蹴りをガードされたカナードはバックステップで距離をとる。
刹那、カナードの顔面が数瞬前に存在していた空間を真の反撃のハイキックが薙いでいた。
(今の一撃千冬さんやアスランレベルかよっ、だけどガードできたっ、なら一気に攻めるっ!)
ハイキックの勢いを殺さずに間合いを詰める。
蹴りの間合いではなく、拳の間合い。
左の拳をカナードに繰り出す。
テレフォンパンチなどではなく、しっかりと腰を入れ、全身をバネにして威力を伝えている正確な一撃だ。
(そうこうなくてはな、真っ!)
左をスウェーで躱す。
だが真も避けられた時点で勢いそのままに回し蹴りの体勢に入っていた。
カナードの顔面を狙った回し蹴りを彼は真と同じようにガードして防ぎ、一度バックステップで距離をとった。
「やるな、真」
「そっちこそ」
互いにガードした腕を構えなおして、ニヤッと笑みを浮かべる。
それを一夏達1年1組と3組の生徒達は唖然とした表情で見つめていた。
提案したナギはぽかんとだらしなく口を開いていた。
「すっげぇなぁ、2人とも」
「……とてもじゃないがあれは一朝一夕で身に付く技術じゃないな」
武道として剣道を修めている一夏と箒からしても異常なレベルの格闘技術だ。
それに反応したラキーナが2人に言う。
「まぁ、2人ともC.E.じゃ格闘技術上位に入る人間でしたし」
「まじかよ、ラキーナ」
「はい。私は生身で絶対に真とは戦いたくない。手も足も出ないだろうし……兄さんは言わずもがな」
以前制裁として喰らった関節技の痛みが蘇ったのか苦笑しながらラキーナは一夏に言った。
それをみてクスクスと笑いを浮かべていたのはフレイであった。
「そりゃ元々インドア派のもやしだったしねー、ラキは」
「そうなの?」
「そうなのよー、こいつはもともと工業ガレッジの学生でねー」
ラキーナの昔話をシャルロット相手に始めようとしたフレイ。
それにギョッと目を見開いてラキーナは焦った。
「わー!わー!フレイ、やめて!」
キラ・ヤマトであった時の話を楽しそうに語ろうとしたフレイを思わず抑えるラキーナ。
その際にラキーナの手はフレイの豊かに実った果実を思いっきり揉んでいた。
「あんっ、あっ、あんたどこ触ってんのよっ!?」
「えっ、やわらかっ、あっ、ちょっ、ちょっとまってっ、今のは事故っ、ぐえぇっ!?」
一瞬嬌声を上げたフレイは、髪の毛と同じくらい顔を赤くした後、渾身の拳をラキーナの顔面に叩き込んだ。
代表候補生としてトレーニングを行っているフレイの素の身体能力は平均的な女子高生よりも高い。
当たりどころが悪かったのか、その一撃でラキーナの意識は刈り取られていた。
「……うわぁ、クリーンヒット」
「らっ、ラキーナさん、大丈夫ですかっ!?」
あまりに綺麗な一撃にシャルロットは苦笑しながら言った。
意識を刈り取られ倒れたラキーナに寄り添うセシリアにフレイが言う。
「放っておきなさいよ、いきなり胸揉んでくるスケベ野郎なんて」
「……なるほど、これがいわゆるラッキースケベというやつか、是非もなし」
合掌して目を瞑ったラウラにシャルロットが尋ねた。
「ラウラ、そんな日本語どこから覚えたのさ?」
「ん、クラリッサだ」
いつものメンバーに若干の新顔を加えたやり取りが行われている間も、真とカナードの格闘戦は続いていた。
一転してカナードが真に連続で拳を放っている。
拳を拳で弾いて捌き、避けられるものは身体を反らして躱す。
だが、次第に追いつかなくなってくる。
カナードの攻撃スピードが上がっているのだ。
(くっそぉ、差があるのは分かってたが……カナード、C.E.の時と身体能力変わってないのかよっ!)
そしてついに追いつかなくなり、スウェー直後の硬直と拳のタイミングがかち合ってしまった。
真の左頬に拳が迫る。
「しま……っ!?」
「貰ったぞっ!」
重い打撃音と共に真の左頬をカナードの右拳が貫いた。
その威力に真は立っていられずに殴り飛ばされ、転がる。
「ぐぁ……っ!」
「……しまったな、やりすぎた」
真を殴り飛ばしたカナードは、思わず熱中していた事に気づく。
自分が殴った真の元に駆け寄り、手を伸ばす。
「大丈夫か、真」
「……お前、やりすぎ」
そんな様子を一部の生徒は熱い視線で見ており、一部は2人が見せた格闘技術に若干引き気味だ。
その後の授業については、流石に実演レベルのものではなく格闘術の基礎を教えていくというものであった。
―――――――――――――
昼休み 学生寮 真の部屋
「イテテ……カナード、本気で殴りやがって……」
「大丈夫?」
「あぁ、まぁ、腫れは引いてるんだ、大丈夫」
左頬の湿布をペリペリと話しながら真は簪に告げた。
まだ若干の違和感は残っているが腫れ自体は引いている。
「カナードって、やっぱり強いんだ」
「あぁ。アイツ暇さえあればトレーニングしてるし、身体も今の俺よりできてるみたいだから、身体能力は前と変わってないと思う。俺が見るに、千冬さんと互角なんじゃないかな、これはアスランもだけど」
「織斑先生と互角って……規格外だね」
「むしろ千冬さんのほうが凄いと思うけどな。アスランもカナードも元々の戦闘能力が規格外だったしさ」
プラント最高評議会議員の息子として、高級なコーディネートを受け天性の才も持ち合わせているアスラン。
片や、失敗作とはいえスーパーコーディネーターとして生み出され、幼い頃からその才を憎悪によって極限まで磨き上げたカナード。
2人とも身体能力はC.E.の時と遜色ない。それに匹敵する千冬のほうが真からしてみれば異常だ。
「俺も傭兵の時位まで身体鍛えないとなぁ。あの時位まで鍛えればアスランやカナード相手でも戦えるだろうし。流石に負けっぱなしは悔しいしさ」
そう苦笑しながら真が言う。
すると真の右手を簪が握り、微笑みながら言う。
「大丈夫、真も強いよ」
「おっ、おう……ありがとう」
「うん。この後日出に行くんだよね?」
照れたように視線を外した真に簪が尋ねた。
「あぁ、何でもデスティニーについての連絡らしい。外出許可は2人分申請しといたよ」
「ありがとう」
「よし、それじゃあ行くか」
2人は日出に所属している人間であるため、こうして偶に呼び出されることも多い。
出席や単位については日出での作業がそれに該当するため、成績などには響いていない。
数時間後――日出工業本社 地下IS開発/整備区域
「デスティニーのオーバーホール……ですか?」
ISスーツ姿に着替えた真と簪は、日出地下にあるIS開発/整備区域にいた。
真の前のメンテナンスベッドには、愛機デスティニーが鎮座していた。
愛機のオーバーホールと聞いて、目の前の開発主任ジェーンに真は尋ねた。
「うん。正確にはオーバーホールを兼ねた装甲材の変更だけどね」
「装甲材の変更……まさかPS装甲に?」
「おしい、PS装甲を搭載することもできなくはないけど、今回デスティニーに搭載するのはデータ取りも兼ねたTP装甲だよ」
「TP装甲?」
「トランスフェイズ装甲って言うPS装甲の亜種だよ。これもC.E.の技術なのさ」
首をかしげた簪に、ジェーンが答える。
TP装甲――正式名称、トランスフェイズ装甲
PS装甲は強力な装甲機能であることに疑いはないが、発動しているだけで機体の電力を大幅に消費してしまう欠点が存在している。
またフェイズシフトダウン状態を一目で把握できるというのも大きな欠点であった。
この欠点を改良して生まれたのがTP装甲だ。
通常装甲の内側にPS装甲を搭載した複合構造になっているのが特徴だ。
外部からの衝撃が加わった際に、装甲内部のセンサーで衝撃を読み取り、PS装甲を起動させることで内部機器を守り抜くことができるのだ。
後期GATシリーズに搭載された機能であり、PS装甲機とは異なり外見からエネルギー切れが露見される心配もない。
「真君の戦闘データを見るに、君はマニピュレータや脚部で相手を殴ったり蹴ったりする戦い方を好むっていうのがわかってね。装甲は変えればいいんだけど、中の精密部分がイカれたりするからその対策。TP装甲ならいくら蹴っても殴ってもデリケートな部分は常時PS装甲よりも少ないエネルギーで守れるから」
「……なんかすいません。と言うか、TP装甲とはいえ装甲材よく準備できましたね」
「ん、そこはね、アメノミハシラがあるから準備できない事はなかったんだ。ただアメノミハシラもオリジナルよりは小さくなってるし、そもそも装甲材なんて今のIS標準の装甲で充分な所があったから積極的じゃなかったんだよ。けどデスティニーはうちが誇る男性搭乗者の機体だからね、アピールだよ。ま、採算度外視でアメノミハシラの工房フル稼働させて、今回変更する装甲分とメンテ用位しか用意できなかったから今後もやるとは言えないね」
デスクに置かれていたコーヒーを飲んで、ジェーンは一息入れる。
「成程」
「さて、主に脚部とマニピュレータ、そして胸部をTP装甲に変更して調整するから……1週間から2週間くらい時間かかっちゃうかな」
「結構かかるんですね。その間真のISは訓練機を使うって事ですか?」
「うんにゃ、違うよー。真君にはその間に別の機体に乗ってもらうヨン」
ジェーンが右方向を指差す。
真と簪がそちらに視線を移すと、1機のISがメンテナンスベッドに鎮座している。
機体本体の近くには、シルエットが2つ用意されている。
その機体一式は真と簪、2人とも見覚えのある機体であった。
それは真のデスティニーガンダムが第二形態移行する前の機体であり、友人である本音が搭乗している機体と同様に見える。
「アレは、インパルスマークⅡ?」
「そう、【インパルスガンダムマークⅡ3号機】。君にはアレのデータ取りをお願いするよん!」
ジェーンはそう告げて笑みを浮かべた。
そしてその1時間後、制服に着替えた真は応接室に呼び出されていた。
ちなみに簪は飛燕のデータと追加武装の進捗状況を見るためにまだ地下の区画にいる。
目の前に出された紅茶に手を伸ばすと、目の前の椅子に座っている優菜が口を開いた。
「さて、真君、インパルスマークⅡの調子はどうだった?」
「インパルス使ってた時よりもだいぶ使いやすくなってますよ。特にフォースとソードが1つになったアサルトシルエットは使いやすいって感じます」
インパルスマークⅡのシルエットはオリジナルのインパルスから1つ減り、2つになっている。
これはソードシルエットの近接能力をフォースシルエットに統合した新たなシルエットである【アサルトシルエット】を開発できた事に起因している。
ビーム実体剣であるエクスカリバーを小型化、ビームサーベルの出力向上及びビームブーメランの搭載が可能になった事で近接戦闘能力と高機動を高いレベルで両立できているのが【アサルトシルエット】である。
「それはよかった、ジェーンも自信作だって言ってたからね」
「ソードシルエットは格闘戦には有利ですが、それ以外は微妙な所もありますからね。MSの時もフォースインパルスでソードの武器を無理やり使ってた時もありましたし。量産化を視野に入れるなら妥当だって思ってます」
紅茶を飲みながら真が告げる。
「さて、話はガラッと変わるけど、明日IS学園に転入生がやってくるのよ」
「転入生?またこんな1年終わろうとしている時期に……しかも明日ですか」
首をかしげた真に優菜は苦笑しながら続ける。
「それは私も思うけどね。それで来るのはルクーゼンブルク公国の王女様なんだ、真君知ってる?」
「……ルクーゼンブルク公国、確かISコアの……」
「そう、原材料が産出する国。篠ノ之博士にでも聞いたかい?ま、いいや。十数年前まで小国であったこの国は、その鉱物の希少価値によって世界でも有数の発言力を得るに至り、それに伴い爆発的な発展を遂げたんだ」
「……何か、オーブみたいですね」
「……鉱物をコーディネーターの技術力に置き換えれば本当に、オーブそのものなんだよなぁ」
ため息を零した優菜。
元男であると言う事情を知らなければ、美人である彼女の憂う表情には惹かれるものがあるだろう。
「何か問題があるんです?」
「……転入してくる王女様が超絶な我侭なお姫様だったらどうする?」
「……えぇ、マジですか」
「まぁ、世間を知らない点ではカガリと一緒だけど、幸い彼女には侍女もいるらしいから……くれぐれも粗相のないようにね」
真の目を見つつ、優菜が真面目な表情で告げる。
「いや、流石に暴言は吐かない……とオモイマス」
「何で最後カタコトなんだよっ!知ってるんだぞ、君がカガリに暴言はいたってこと!」
「なっ、なんで知ってるんですかっ!?」
「利香から聞いたよ。まぁ、今の君はだいぶ落ち着いているからそんなことしないだろうけどね。頼むよ」
「……やっぱり氏族とかのお偉いさんって苦手ですよ、優菜さん」
そう告げて真は紅茶を飲み干した。
―――――――――――――
翌日
IS学園 1年1組教室
「さて本日からルクーゼンブルク公国第七王女殿下が特別留学生として転入なさった」
千冬がそう告げると、クラスからは動揺と好奇の声が漏れる。
「静かにっ!王女殿下はまだ14歳でいらっしゃる。各人、無礼のないように心がけろ、いいな?」
千冬の言葉に一瞬で教室は静まりかえった。
「それでは王女殿下、お入りください」
千冬がそういうと、スライドドアが開いて教室に赤絨毯が転がってくる。
その上を黒服の男装メイドとロングストレートの軽装鎧を見につけた女性を従えて少女が歩いてきた。
眩いブロンドの髪を翻しつつ現れたその少女こそ、ルクーゼンブルク第七王女にして国家代表候補生【アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク】であった。
「織斑千冬、紹介ご苦労であった。まことに大儀である」
「はっ」
身長は鈴よりも小さく、胸も14歳相当の絶壁。
歳以上に幼い顔つきだが、釣り合いの取れた煌びやかなドレス姿。
まさしく王女と言う出で立ちであるが、優菜から聞いていた情報の通り、その顔は傲岸不遜にして生意気そうだと真は感じた。
どことなくアスハを思い出させるのが気に障るが。
ふとアイリスが教室を見回し、真の前の席に座っている一夏と目を合わせた。
「おぬしが有名な織斑一夏じゃな?」
「えっ、はい、まぁ……」
「ふふ。おぬしをわらわの召使いにしてやろうぞ。どうじゃ光栄であろう?」
「はぁっ!?」
突然のアイリスの言葉に驚愕の声を上げる一夏。
そして真にもアイリスは目を合わせた。
「ほう、おぬしが2人目の……飛鳥真じゃな?」
「そうですが何か?」
傲岸不遜な態度で真を見るアイリスであったが、笑みを浮かべた。
「おぬしもわらわの召使いにしてやろう。光栄であろう?」
笑みを浮かべながらそう告げたアイリスであったが、真からの返事でその笑みは消える事となる。
「お断りします」
アイリスの言葉を真正面から拒否した真。
それにアイリスに連れ添っていたロングストレートの軽装鎧を見につけた女性が、腰に携えたサーベルを引き抜いて真を睨む。
「飛鳥真、貴様……王女殿下の言葉を聞けんのか?」
「何で聞く必要があるんですか?俺にも俺の都合ってもんがあるんですよ……それをいきなり召使いにしてやるだなんて言われて納得できるわけないでしょ?」
突きつけられたサーベルに気圧されず、逆に軽装鎧の女性を睨み返す真。
自分よりも年下の男から発せられる怒気に、サーベルを突きつけた女性、ジブリル・エミュレールは思わず一歩後退した。
「そもそも国家に縛られないのがIS学園。なら召使いになれだなんて命令、拒否できると思うんですがね?」
「貴様……っ!」
ジブリルが真の言葉に反論しようとした瞬間、千冬が間に割り込む。
「そこまでだ、飛鳥。そして王女殿下。僭越ながら召使いといいますか、学園の案内は織斑に一任します。ここは納得いただけますでしょうか?」
「えっ、ちょっ、千冬姉っ!?」
千冬の言葉に驚愕の声を上げた一夏。
そして真の怒気に飲まれていたアイリスはその言葉で我に返った。
「よっ、よい。ここは納得しよう。ジブリル、もうよいぞ」
「……はっ」
アイリスの言葉にサーベルを鞘に戻してジブリルは一歩下がる。
だがその目は真を睨んだままであった。
―――――――――――――
放課後
波乱の第七王女転入、アイリスの転入によってその案内役に任命されてしまった一夏は途中ジブリルにつれられて王女のお世話をさせられていた。
その際に学園祭で着た執事服を着ており、ため息をついていたのを目撃している。
気の毒だと思うが一夏に任せるしかない。
自分では絶対にあの王女と侍女には合わないというのが真の感想だ。
そんな真は今日の授業を終え、学生寮に戻る途中であった。
「はぁ……」
ため息をつきながら学生寮への道を歩く。
そしてそれは突然起こった。
彼の意識の中で【紅い種】が弾けとんだのだ。
「……っ!」
意識の中で弾け、発動したS.E.E.D.。
感覚が研ぎ澄まされ、視野が広がる。
突然の発動だったため、少しふらついて膝を付いた真は一度頭を振って立ち上がる。
そしてポケットから携帯を取り出して、メモ機能で日付を記載する。
ここ数週間、すでに日課のようにもなってしまっている行為だ。
(……明らかに発動する間隔が短くなってきてる)
メモを終えた真が発動した日付の間隔を改めて眺める。
初めて起こったのはクルーゼ事件の2日後、その後はだいたい3日に1度程度であったが、今は2日に2度程に頻度が増していた。
(急に感覚が鋭敏になるだけで、実害はないからいいけど……何なんだこれ)
何故こんなことが起こり始めたのか、予想しても見当がつかない。
そして気持ちを落ち着けていたためか、S.E.E.D.の発動状態は解除されて普段の感覚に戻っていく。
「ふぅ」
「真、どうしたの?」
戻った感覚に一息ついたところに響く声。
その声は大切な女性のものであった。
「簪、いたのか」
振り向くとそこには鞄を持った簪がいた。
真と同じく授業が終わり学生寮に向かっていたのだ。
S.E.E.D.の突然の発動によって調子を狂わされてしまった真は簪の気配に気づかなかった。
「うん。さっき蹲ってたけど、大丈夫?」
そして案の定、見られていた。
咄嗟に視線をそらしたが、じっとこちらを見つめてくる彼女の視線に観念した真は苦笑しながら、自身に起こっている事柄を説明していく。
歩きながら説明して場所は学生寮近くの中庭へ移っていた。
「【S.E.E.D.】って真がお姉ちゃんと戦うときに教えてくれたものだよね?」
「あぁ。刀奈さんとの模擬戦の後、自分でも意識して使える様になったんだけど、最近、クルーゼ事件辺りから生身で急に発動し始めたんだ」
「……身体は大丈夫?」
心配そうに真の顔を覗き込んでくる簪。
それに微笑んで答える。
「あぁ、束さんにも伝えてあるし、一度検査してもらったけど健康体だよ」
「……うん、なら大丈夫だって信じる」
「あぁ、何かあったら簪にもちゃんと言うから」
そう言ってポンポンと彼女の頭を撫でる。
その行動で気持ちよさそうに彼女は笑みを浮かべてくれた。
「そう言えば今日、1組には転入生で王女様が来たんだよね?」
「……あぁ。我侭な感じだったな、一夏が俺を守ってくれたが」
真がそう言って合掌すると、簪は苦笑した。
「あはは……織斑君も、災難だね。あ、そういえばインパルスの調子はどう?」
「ん、そうだなぁ。だいぶ良くなったけどデスティニーに慣れてたからか、反応が鈍く感じるときがあるかな。特にAMBACとか」
「それは真の反応速度が異常だからだと思う。本音も言ってたよ、調整が難しすぎるって」
真が現在使用しているインパルスマークⅡ3号機は調整の途中である。
特に機体の反応速度については念入りに調整が行われている。
日出に所属している人間の中でも、真の技能は突出している。
特に反応速度では並ぶ者がいないレベルでだ。
デスティニーを参考に機体へのフィードバックを行っているが、第二形態移行した真専用機であるデスティニーと、量産試作機とはいえ万人向け仕様であるインパルスマークⅡでは調整が難航するのも仕方のない話であった。
「本音には本当に世話になってるよ」
「うん。いつも真面目モードでいてくれると助かるんだけどね」
「はは、そんな風に呼んでるんだ」
簪の言葉に笑みをこぼした時であった。
『し……ータを、デス……ニー姉様より、ダウ……ード』
かすかな女性の声が真の耳に届いた。
いや正確には女性というよりも少女のような高い音色の声だ。
「ん?」
背後からした声に振り替えるが、後方に数名生徒たちが見えた。
しかしどの生徒も真からは距離が離れすぎていた。
先程の声量から言って離れても数m程度のはず。
「どうかしたの?」
「ん、女の子に呼ばれたような気がしたんだけど……気のせいか」
「……むぅ」
そう簪に答えた後、彼女に右手をぎゅっと握られた。
少しジト目でこちらを見てくる彼女の態度が愛おしかった。
「ごめんごめん」
「……今夜サーガ一緒に見てくれたらいいよ」
「分かったよ、付き合うよ」
そう苦笑した真であった。
次回予告
「PHASE2 強襲するG」
『飛鳥真、アサルトインパルスガンダムマークⅡ、行きますっ!』