【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年   作:バイル77

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Epilogue 明かされた真実

赤月を無力化し、箒を取り戻してから数時間後――

 

水平線の向こうに太陽は沈みかけており、夕暮れの紅い光に海面は照らされとても美しい光景が広がっていた。

その光景を、日出工業所有の船舶【ワタツミ】の甲板の上で真は眺めていた。

 

 

「……俺は忘れないからな、マークⅡ」

 

 

自身を助けてくれたISのコア人格。

インパルスマークⅡが完全に破壊された事をジェーンには伝えてある。

彼女は目に涙を貯めながら、マークⅡがしたかったことをしたんだろうと真に返答していた。

 

零れ落ちてしまった――命。

 

すでに真の中ではISのコア人格たちも等しく命という認識だ。

だから決して忘れないように、彼女の空間と同じであった夕暮れの景色を眺めていたのだ。

そんな時、背後に近づく気配に気づいた。

 

 

「真、ここにいたか」

 

「カナード、どうかしたのか?」

 

 

ISスーツからいつもの戦闘服に着替えたカナードは夕焼けの光が少し眩しいのか目を細めながら回答する。

 

 

「篠ノ之箒の件を報告に来た。今は安静に眠っている、身体には影響はないそうだ」

 

「……そっか、よかった」

 

 

そっと胸をなでおろす。

ISに支配されていたという特殊な状況であったが、そんな彼女を止めるために本気で相対した。

その為何らかの悪影響が出ているかもしれないと心配であったのだ。

 

 

「そして紅椿、いや赤月か。あの機体のコアだが束預かりになった。どうやら休眠状態みたいなんだ」

 

「休眠?」

 

「あぁ。まぁ、正直なところコアの状態は束でないとわからん。だから俺はあいつに任せた」

 

 

肩をすくめながら言うカナードに真は苦笑していた。

 

 

「そりゃ、束さんくらいしかわからないだろうな」

 

「そしてだ、あのギガフロート。あの内部を俺達で調査することになった」

 

 

カナードの視線の先、海上に浮かぶ人工島ギガフロートに真も視線を移す。

無人機である朱蜂達はあのギガフロートから次々に現れていた。

そこに何かしらの秘密があるのは明白であった。

 

 

「あの中ってどうなってるんだ?」

 

「それをこれから調べるんだ。内部を探索するのは俺、お前、アスラン・ザラ、束、織斑千冬の5人だ。ラキやクロエ、セシリア達はブレイク号やこの船で待機する手筈になっている」

 

「明らかにあの施設がC.E.関連だからか」

 

「そうだ、アスラン・ザラも戦闘力ならば信頼できるしな」

 

 

まるでそこ以外は信頼できないような言い方に真は苦笑する。

 

 

「ん、待ってくれ。アスランや束さんはわかるけど、何で千冬さんも?」

 

「あぁ、彼女だが生徒であるお前だけで行かせるのは教師として無責任だからという事らしい。変なところで教師らしいのはどうなんだ?」

 

「はは……まぁ、千冬さんならなんかあっても大丈夫だろうけどさ。調査はいつからだ?」

 

「明朝予定だ。それまでは各自休息をとりつつ待機だ」

 

「分かった」

 

 

カナードに了解の言葉を返した真は少し身体を伸ばす。

そんな真を見つつ、カナードはあるものを懐から取り出した。

 

 

「真、念のためにこれを渡しておく」

 

 

彼が取り出したのは拳銃だ。

C.E.でもよく使っていたオートマチック式のタイプだ。

 

 

「ギガフロートの内部がどうなっているかはわからんが、ISが展開できる広さがあるかは分からないからな。俺の予備だからメンテナンスはしているが、動作確認はしておいてくれ」

 

「一応ナイフはあるけど銃もあったほうがいいか、分かった」

 

 

受け取った後、慣れた手つきで残弾を確認し安全装置をかけた後懐にしまう。

 

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

「おいおい、物騒なこと言うなよ」

 

「そうだな」

 

 

フッと笑ったカナードに真は肩をすくめる。

 

 

「お前はこの後どうするんだ、カナード?」

 

「明朝からの調査に備えて寝る、お前も早めに休めよ」

 

「分かってるよ」

 

 

2人は雑談を挟みながら、休憩のためにワタツミ内部に戻っていく。

 

 

そして明朝。

水平線から昇る朝日がギガフロートを照らしている。

ここだけみれば美しい光景だろう。

だが、この内部には何があるか分からない。

 

気を抜かずに真は入口と見られるハッチの目の前に立っていた。

ハッチの大きさは10m程であり、すぐそばには展開されて放置されている六角形コンテナも存在していた。

 

 

「真、準備は出来てるみたいだな」

 

「アスランこそ、頼りにしてますよ」

 

「2人とも準備は良いようだな」

 

「っ、はい、千冬さんも……準備万端、みたいですね」

 

 

IS学園制服姿の彼だが、カナードから受け取った銃は懐にしまっており、抜き撃ちも出来るようにジャケット部分の胸元はボタンを外している。

またアスランはISスーツ姿だが、拳銃用のホルスターやナイフホルダーも装備していた。

 

同じように千冬も特殊なスーツを身につけており、近接専用の刀を装備している。

ただISスーツと同じように身体つきが出る装備の為か、マジマジと見るのは憚られた。

真はなるべく視界に入れないように顔を赤くした後、視線を反らした。

 

 

「束、どうだ?」

 

 

ハッチの外部端末に束がアクセスして、ハッチの解除を行っていた。

残像が残るほどのスピードでディスプレイを操作している束にカナードが尋ねた。

 

 

「ん、5秒まって」

 

 

キーを叩き終わったきっかり5秒後に、ハッチが音を立てて開いていく。

 

ごぉっと内部から風が流れて、髪を逆立てる。

だが、そんな事よりも重要なのはこの風にとある臭いが混ざっていた事だ。

それには千冬を含めてこの場全員が気づいた。

 

 

(ロドニアの時と同じだ……これは死臭だっ)

 

 

真はかつての記憶と合致したこの臭いに眉をしかめながら言う。

 

何かが腐ったような臭い、鼻をツンと突く刺激臭。

出来るのならばもう一生嗅ぎたくはない臭い。

 

 

「ISを部分展開すれば、この程度の悪臭は防げるな……行くぞ、やはり碌な場所ではなかったか」

 

 

カナードがドレッドノートを腕部部分だけ部分展開し、搭乗者保護を働かせる。

それに習い、この場にいる束以外の人間はISを纏う。

なお、束は千冬の暮桜の搭乗者保護を受けている。

 

 

そして5人がハッチの中からギガフロート内部に侵入していく。

さほど汚れていない通路を歩き、閉じている扉があれば束がクラックして無理やり開く。

 

それを数度続けた後、広い空間に出た。

 

最先端の医療機器や人間の大人が余裕を持って内部に入れるだろう用途不明の装置やシリンダーが並ぶ研究所の様な空間であった。

 

 

「……何かの研究か」

 

「調べてみるよ。後電力を復旧させてみる」

 

 

束がすぐそばに生きている端末を見つけて、それを調べだす。

真達も周囲を警戒しつつ、辺りの探索を開始した。

 

そして探索開始から5分が経った。

 

 

千冬が巨大なシリンダーの内部を覗き込む。

それと同時に、シリンダーが接続されている機器が束の操作で電力を取り戻し稼動を開始した。

 

ぼごんと気泡が内部から溢れ、シリンダー内部を照らす照明も起動した。

 

 

「……こっ、これは……っ!?」

 

 

シリンダー内部を見た千冬は絶句した。

大型の円筒形シリンダーの中に人が浮かんでいる。

 

体型から女性だと分かる。

しかし、ただの女性ではなかった。

 

 

「……人が浮かんで……しかもこの顔は……っ!」

 

 

その顔はかつて目の前に現れた歌姫と瓜二つであった。

千冬が何かを見つけた事から駆けつけていた、真やアスラン、カナードもそのシリンダー内部に浮かぶ女性を視界に収めた。

 

 

「ラクスっ!?」

 

 

アスランが驚愕の声を上げた。

 

そう、シリンダー内部で浮かんでいるのは歌姫【ラクス・クライン】であった。

次々と電力が復旧し、周りのシリンダーも内部が明らかになっていく。

 

照明で照らされた、シリンダー全てに【ラクス】が浮かんでいた。

シリンダー内部のラクス達からは生体反応が検出されない、全て亡くなっていた。

 

 

「カナ君、これみて」

 

 

束が表示されたディスプレイをカナードの側に飛ばして、内容を彼は読む。

 

 

「やはり【カーボン・ヒューマン】か」

 

「カーボン・ヒューマン?」

 

 

真がカナードに尋ねる。

それにあぁ、と気づいたカナードが答える。

 

 

「そうか、ネオ・ザフトの資料にも載っていなかったか。簡単に言えば対象となった人物をそっくりそのまま再現する技術だ。別の人間を素体(・・)にな」

 

 

カナードの言葉に真は絶句した。

 

【カーボン・ヒューマン】

人間を素体に別の人間を作り出す技術によって生まれる人間達の事を言う。

人間の新陳代謝を利用して、対象の身体を遺伝子レベルで作り替え記憶を刷り込む。

これにより対象になった人間、C.E.ではとある刀鍛冶やカナードの盟友、プレアが再生された。

 

今回の場合は【ラクス・クライン】が対象になっているのだろう。

この技術に比べれば薬物投与など手ぬるいレベルだ。

 

 

「ふざけるなっ、何だよそれっ!」

 

 

あまりに非人道的な技術に真が思わず声を荒げた。

 

 

「真、アレを見てみろ」

 

 

カナードが自分達の背後に設置されている不透明シリンダーを指差す。

その中には最初に見たシリンダーと同じく女性の遺体が浮いており、その顔は半分がラクスのものに変わっていた。

 

あまりにおぞましいその光景に、千冬は口を押えていた。

 

 

「っ、最悪だ……っ!」

 

 

シリンダーから目をそらして真が思わず毒づく。

 

 

「皆、これみて」

 

 

追加でディスプレイを皆の頭上に表示させる。

ギガフロート内部の詳細データであり、丁度中心部にあたる場所に管制室があるようだ。

 

 

「ここならより詳細が分かると思う。なんでこんな事が行われてたのかも」

 

 

束の言葉に皆が頷き、それぞれのISにデータが送信される。

そのデータにしたがって全員が管制室へと向かって行く。

そんな中、カナードは思考を続けていた。

 

 

(……カーボン・ヒューマン技術でラクスの再現は出来ているように見えた。なら何故【AIラクス】なんてものを歌姫の騎士団は用意していた?)

 

 

周囲を警戒し先行し、真達にハンドサインを送りながらカナードは思考を続ける。

 

 

(……あの情報屋から入手した情報、その中に歌姫の騎士団につながりそうなものはなかった)

 

 

数日前に情報屋から入手した情報を確認していたが、その中にデュノア社等歌姫の騎士団につながるものはなかった。

思い出されるのは、クルーゼ事件で捕虜にした人物の発言。

 

 

(ミシェル・ライマンが告げたクルーゼを支援していた【組織】の存在、そして今回のカーボン・ヒューマン……やはり敵は【歌姫の騎士団】ではなく、別の【存在】と考えるべきだな)

 

 

彼の脳裏にいくつか候補があがる。

そのうちの1つが現状最も可能性が高いものだ。

 

 

(可能性としては亡国機業の別動隊……動機はある。だがこれほどの規模のギガフロートを用意できる力が奴らにあるとは思えない。カーボン・ヒューマンを再現できる技術もだ)

 

 

カーボン・ヒューマンの生成には最先端の医療設備/施設、素体の確保のための情報網、そして何よりも対象となる人間の遺伝子レベルでの詳細データが必要不可欠なのだ。

今回の場合はラクスの遺伝子データだが、亡国機業も持っているとは考えられるだろう。

しかしこれほどの規模の施設を秘密裏に建設し、運用することが可能かと言われればNoだ。

 

思考を続けていた彼だが、すでに管制室の目の前に到着していた。

目立った妨害などは受けていない。それどころか人の気配もない。

 

 

(……今はまずこの場所を詳しく調べる事からか)

 

 

束に管制室のロック解除を頼みつつ、彼は一旦思考を切り替えた。

 

―――――――――――

 

ギガフロート 管制室

 

 

ギガフロートの施設及び先ほど通過した研究区画を統括するのがこの管制室であった。

室内には人の気配はなく、アスランとカナードが先行して飛び込み周囲をクリアリングした後に全員が室内に入った。

 

 

「よっし、ちゃちゃっと調べちゃいますかっ!」

 

 

束が生きている端末にアクセスし、情報を確認するためにメイン端末の復旧に取り掛かる。

そして数分後、メイン端末に電力が戻り復旧が完了したのか、束が操作せずに空間投影ディスプレイが立ち上がり、頭上に展開された。

 

そのディスプレイにはある【計画】が記されていた。

 

 

「【プロジェクト:モザイカ】……【織斑計画】?」

 

 

カナードが頭上のディスプレイを見て呟く。

空間投影ディスプレイが展開されたと同時に、束と千冬の顔色が変わっていた。

 

 

「なっ、何故それがここに……っ!?」

 

「なんでその計画の情報がここにっ!?」

 

 

明らかに何か知っている態度だ。

真やカナード、アスランは【織斑計画】と言う名前を聞いてもピンとはこない。

だが【織斑】と言う千冬や一夏の苗字を冠した計画。

ただ事ではないだろう。

 

 

「……どういうことだ。束、知っているのか?」

 

「うっ、うん。でも……その計画については……っ」

 

 

束が視線を外しながら、言い辛そうにカナードに答える。

その瞬間であった。

 

 

「ふむ、その計画についてだが彼女では答え辛いだろうね。よろしければ私が答えよう」

 

 

そう、真達の背後から男性の声が聞こえた。

 

弾かれるように、真達は拳銃を抜き構える。

千冬も刀を抜いて構える。

 

声がした方向にはいつの間にか【初老の男性】が立っていた。

年齢は40代から50代くらいに見える。

その顔には誰も見覚えがない。

 

 

(……どこかで、みたような……なんだったか、覚えてないけど、どっかでチラッと……)

 

 

だが真は何処かで見たことあるようなと違和感を覚えていた。

 

 

「……誰だ」

 

 

銃の狙いは既に男性の額へ合わせたカナードがトリガーに指をかけながら尋ねる。

 

 

「ふむ、流石にこの【顔】では分からないか……まずはその危ないものを降ろして欲しいんだね」

 

「貴様にそんな選択権はない。答えろ、何者だ、貴様」

 

「……ふむ」

 

 

カナードの言葉に男性は少し思案した後、彼の背後にいる束に視線を移した。

 

 

「ならば、彼女に手伝ってもらおうか。【コード:スレイヴ】だ、私を狙う者たちを排除してくれないか?」

 

「っ!?」

 

 

そう男性が告げる。

束が一瞬だけビクンと震えた後、前にいるカナードの背中に向けて全力で蹴りを放った。

 

 

「っ、束、何をっ!?」

 

 

咄嗟にその蹴りを屈んで避けたカナードはステップで束から離れる。

アスランや千冬、真も驚愕に目を見開いていた。

 

 

「束っ、何をしているんだっ!?」

 

「……」

 

 

千冬の言葉にいつもの調子ではなく虚ろな瞳で、彼女の持つ刀に視線を移す。

一瞬で千冬の間合いに踏み込んだ彼女に、千冬は反撃を繰り出す事はできなかった。

 

右の手刀で左に持つ刀を弾かれ、そのまま蹴りで千冬を弾き飛ばす。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

弾き飛ばされた千冬だが、受身を取り体勢を立て直す。

 

 

「……束、すまない」

 

 

カナードが千冬を弾き飛ばした束に駆け寄る。

 

 

「……」

 

 

虚ろな瞳で無言のままこちらに蹴りを繰り出す束の一撃を受け止める。

常人なら腕を叩き折られる威力だが、カナードにとってはそこまでではない。

それに技術も備わっていないただのスペック頼りの攻撃など、技術でいくらでも受け流せる。

 

ヒットの瞬間に、衝撃を逃がすようにステップで威力を殺したのだ。

 

そのまま足払いから体勢を崩し、彼女の腹に向けて蹴撃を叩き込み吹き飛ばす。

並の人間なら意識を刈り取られる一撃であったが、束は苦痛の声すら洩らさなかった。

数m吹っ飛ばされた束が体勢を立て直す隙を逃さず、そのまま押し倒して首にロックをかけて締め上げる。

 

 

「少しだけ大人しくしていてくれ……っ!」

 

 

締め上げる力を強め、一気に意識を落としにかかる。

抵抗もすぐになくなり、束の意識は途切れた。

 

 

「人間の最高個体ともいわれた彼女をいともたやすく制圧するか、流石はC.E.を駆け抜けた歴戦の戦士なだけはあるね」

 

「コード:スレイヴとか言ったな……貴様、束に何をしたっ!」

 

 

意識を失った束をそっと床に寝かせた後、カナードは殺気を込めた視線を男性に送る。

 

 

「かつて彼女に保険として埋め込んでいたコードさ。身体に打ち込んだナノマシンに絶対服従のコードとして埋め込んでいたものさ。記憶自体処理したからいくら彼女といえど覚えてすらいなかったのだろうね」

 

 

男性はそう肩をすくめながら言う。

 

 

「今、コイツ、C.E.って言ったぞ、カナードっ!」

 

「……あぁ。そして思い出した、コイツの名前をな」

 

 

銃を再び構えたカナードは真のえっという言葉を無視して続けた。

 

 

「コイツは【グリーゼ】、フランスの大手薬品会社のライアード社CEO【グリーゼ・ライアード】だ」

 

「っ、確か少し前にニュースでっ!」

 

 

真もその名前ではっきりと思い出した。

かつてニュースでチラッと見聞きした覚えがあったのだ。

 

 

「それなら俺も聞いた事がある。だが、あくまで薬品会社の人間が何故……っ?」

 

 

アスランがカナードに尋ねる。

 

 

「そこまでは分からん。だがライアード社はルクーゼンブルクの軍隊へ軍用医薬品を格安で提供していたと調べが付いてる。軍事に直接関わる事じゃなかったから優先度は低かったが……!」

 

「おや、私のことを知っている人間がいるか。まぁ、CEOなんて立場だ、それはそうか」

 

 

グリーゼはそう言って朗らかな笑みを浮かべる。

だが真達にとってその笑みは薄ら寒いものを感じさせた。

 

 

「だが、グリーゼと言う名は正しいものじゃないのだよ、私にはちゃんと本当の名前がある」

 

 

グリーゼがチッチッと指を鳴らしながら、顔に手を当てる。

するとまるでモザイクの様にグリーゼの顔に変化が生じ、次第に別の顔に変わっていく。

金髪に、豊かに蓄えた金の髭。

そしてその娘と同じ碧眼の男性。

 

その顔には真達どころか、千冬も覚えがあった。

 

 

「あっ、アナタは……っ!?」

 

 

千冬の脳裏に過去の映像がよぎる。

シリンダーの中に浮かぶ自分、それを笑みを浮かべながら見上げる男性と同じ顔だ。

 

 

「おや、覚えていてくれたか。【試作体1000番】。いや、今は織斑千冬だったね」

 

 

その言葉で千冬はぺたんと腰を落としてしまった。

 

 

「アンタは……【シーゲル・クライン】っ!?」

 

 

【シーゲル・クライン】

 

【エイプリルフール・クライシス】の惨劇の責任者であり、ラクスの父親。

そんな人間が目の前に現れた。

 

 

「シーゲルさん……っ!?」

 

「そう、私の名はシーゲルだ、以後お見知りおきを、飛鳥君」

 

 

真に向かってニッコリとシーゲルは微笑んだ。

 

 

―――――――――――

 

「はー、今頃千冬姉や真達はあの中かぁ」

 

 

日出工業所有の【ワタツミ】の甲板から一夏は離れた場所に浮かぶギガフロートを眺めていた。

そうして物思いにふけっていると、彼に声をかけるものがいた。

 

 

「あれ、織斑君?」

 

 

それは簪であった。

彼女は制服に着替えており、それは一夏も同様であった。

 

 

「ん、簪さん、おはよう」

 

「おはよう」

 

 

簪が一夏の隣に歩み寄る。

波風が彼女の髪をかきあげ、彼女は髪を抑えながらギガフロートを見つめる。

 

 

「もしかして簪さん……行きたかったのか?」

 

 

数分黙っていた一夏が簪に尋ねる。

 

 

「どうだろう、私が着いて行っても足手まといになりかねないし。真は織斑先生やカナードやアスランと一緒だから」

 

「そう考えると凄いよなぁ、千冬姉と互角なのが2人もいるって……おお、こえー」

 

 

大げさに震えるようなリアクションを取る一夏に苦笑した簪であったが、次の瞬間そんな事は意識の外に弾かれた。

ワタツミが突如警報を発したからだ。

それと同時にワタツミのすぐ側の海面がはじけた。

 

 

「えっ、えっ!?」

 

「なっ、何だっ!?」

 

 

ワタツミが急に面舵を取り始めたため、簪と一夏は手すりにしがみついた。

すると艦内放送が流れ出す。

 

 

『ギガフロート上空、未確認ISから当艦に砲撃を確認っ!コンディションレッド発令、総員は衝撃に備えよっ!』

 

 

ワタツミ艦長の声が響き、2人はISを展開する。

 

ハイパーセンサーがギガフロート上空の敵を捉えた。

 

 

(なっ、あれは……っ!?)

 

 

望遠機能で捉えたIS、それは2人とも見たことがある純白のIS【ホワイトネス・エンプレス】であった。

そしてその搭乗者も――豊かな桃色の髪の歌姫を。

 

 

『あれは、ラクス・クラインっ!?』

 

『なっ!?ラクスはもう死んだんじゃ……っ!?』

 

 

簪の驚愕の声に一夏も驚愕の声を上げる。

するとまるでこちらが見ているのを知ってか、ラクスは微笑んだ。

 

そしてそのまま機体を翻し、ギガフロートへと戻っていく。

 

 

『っ、待てよぉっ!』

 

 

第三形態移行した【白式・王理】を身に纏った一夏がワタツミから飛び上がりその後を追う。

 

 

『っ、待って、織斑君っ!一人じゃ危険っ!』

 

 

一夏の独断専行を止めるため、簪も【飛燕】のVLユニットを翻して後を追う。

 

 

ラクスが帰還したギガフロートのハッチは開いており、一夏は迷わず突っ込んで行く。

その後をワタツミへと通信を行いながら簪も突っ込み、後を追う。

 

これはシーゲルが束達の前に姿を現したのとほぼ同じ時間帯の話であった――。

 

―――――――――――

ギガフロート 管制室

 

 

正体を現したシーゲルは愉快そうに、真、カナード、アスランを、そして倒れた束と戦意を喪失した千冬を眺める。

 

 

「ようやく、このときが来た。君達の前に現れる事ができた事を神に感謝しよう」

 

 

シーゲルはそう言って真とカナードに視線を移す。

 

 

「どういうことだ、コイツもこっちの世界でってことか?」

 

「……おそらくそうだろう」

 

「C.E.で死んだ私はこの世界でもシーゲル・クラインと言う名で生まれた。最も当時はそんな記憶もなかったが、娘、ラクスが生まれたときから変わった。思い出したのだよ、かつての記憶をね」

 

 

瞳を閉じ、一息つけてシーゲルが続ける。

 

 

「正直に言ってラクスのあの【カリスマ】はかつての私にとっては重要だったが、今の私にとっては厄介極まるものだった。その為事故を装ってこの世界でのシーゲル・クラインを抹消した後、名と顔を変えて【グリーゼ・ライアード】となったのだよ。カナード君はおそらくラクスの家族構成も調べていたのだろうがね。そして思ったとおり、ラクスはその力を使ってこの世界でも行動を起こした……我が娘ながら、とんだお転婆だよ」

 

 

肩をすくめたシーゲルが言う。

 

 

「さて【織斑計画】だったね。この計画は、所謂【究極の人類】を生み出すための一大プロジェクトでね。君達3人ならば心当たりはあるんじゃないかな?」

 

 

その言葉に反応したのは、カナードであった。

その顔を憎悪と怒りに歪ませ、構えている銃のグリップを握る手には力が込められる。

 

 

「【スーパーコーディネーター計画】……っ!」

 

「そう。この世界でのスーパーコーディネーター計画が織斑計画だよ。この計画は数十年前から動いていたんだ」

 

 

昔を思い出すようにシーゲルは瞳を閉じて続ける。

 

 

「究極の人類を生み出す。私にとってはその【過程】こそ重要になるんだが、そこは置いておこう。彼女、【試作体1000番】は人間の究極の固体として生み出され、唯一基準値を超えた【成功作】なわけだよ」

 

 

千冬を指差しながら、シーゲルが告げる。

告げられた真実に真は絶句していた。

 

 

「だがこの計画は彼女を作り出したところで凍結してしまう。何故ならばナチュラルで彼女を越える人間が見つかったからだ。もう知ってのとおりそれは【篠ノ之束】だ」

 

 

シーゲルは次に意識を失って床に寝かされている束を指差す。

 

 

「だから彼女とその妹……えっと、確か箒だったかね。遺伝子サンプルを得るために幼い彼女達を捕らえ、篠ノ之束にはコードと記憶処理を。篠ノ之箒は普通の人間だったためか、実験を受けてもらったわけだよ、幸いその実験は成功し、そのデータを参考に【赤月】は作られた」

 

 

赤月の名前が出た瞬間、ISのコア空間で涙を流したもう一人の篠ノ之箒の姿が真の脳裏に浮かんだ。

 

 

「じゃあ、赤月や朱蜂はアンタがっ!?」

 

「そうだ、ルクーゼンブルクが私の【計画】に参画した際に受け取った【時結晶】を使ってね。ラクスの遺したデータがあったからコアの製造は容易だったよ」

 

「クルーゼに機体を横流ししたのは貴様か」

 

 

正解だよ、とシーゲルは微笑む。

 

 

「アンタは何でそんな事を……命をなんだと思ってるんだっ!」

 

 

真の怒りの声にシーゲルは少し悲しそうな顔で告げる。

 

 

「人類を【新たなステージ】に進めるには必要な犠牲だよ」

 

「【新たなステージ】……だとっ!?」

 

 

アスランがシーゲルの言葉に反応する。

 

 

「飛鳥君、カナード君。君達は【イレギュラー】なんだよ。だがそのイレギュラーこそ、私が望んでいたものだ」

 

 

悲痛そうな顔から一転、その瞳に狂気を宿したシーゲルが真とカナードを見つめる。

 

 

「イレギュラー……だと?」

 

「そう言えば、赤月も俺がイレギュラーだって……っ!」

 

 

シーゲルはカナードを指差す。

 

 

「まずはカナード君、君の身体能力や戦闘能力は、織斑計画で生み出された彼女や凍結理由になった篠ノ之束を上回っている。君も篠ノ之束と同じくナチュラルとして生まれているのにだ。天性の才に胡坐をかかず、類まれな努力によってその才を磨き続けた結果だ。称賛に値するよ。【素体】として申し分ない」

 

「……っ!」

 

「そして飛鳥君。君が最も大切なファクターだ」

 

 

真を指差す、シーゲルの瞳はカナードの時よりも強い狂気が宿っていた。

 

 

「君の【S.E.E.D.】は進化を始めている。そこにいるアスランやキラ・ヤマトであった【ラキーナ・パルス】、そして私の娘ラクスもS.E.E.D.を持つが、君のそれはそのどれとも異なっているんだよ。赤月をはじめとした命を宿さない疑似人格のISコアと意思の疎通が可能になり、心を通わせている。【S.E.E.D.を用いた融和】とでも言おうか。人類の新たなステージの一端だよ」

 

「……アンタは何がしたいんだ?」

 

 

真がこちらを狂喜の視線で見るシーゲルに告げる。

真の問いに、先ほどまでの狂気を収めたシーゲルは返す。

 

 

「【人類を新たなステージ】に上げることが、私の目的、【コーディネーター】としての使命だ。遺伝子を調整されたからコーディネーターではない、()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

誇らしげに告げるシーゲルが続ける。

 

 

「故に、君達を素体にカーボン・ヒューマン技術を使って人類を調停する。進化した【S.E.E.D.】を用いた人類の融和を目指す。すべての人がお互いに【S.E.E.D.】を持って繋がることで、戦争など起こりようがなくなる恒久の平和を実現できる計画だ。君たちとて悪い話じゃないだろう?」

 

 

シーゲルが自身の目的を高々に告げる。

 

 

【S.E.E.D.】と【カーボン・ヒューマン】を使った人類の融和。

今の真の【S.E.E.D.】は確かにISコアとの会話も可能になっている。

これは確かに【進化】と呼べるかもしれない。これを研究すれば人類間での意識の共有も可能だろう。

 

だがそれは多様性が全て失われ、1つに回帰するという事に他ならない。

人類の融和といえば聞こえがいいが、デュランダル議長が提唱した政策【デスティニープラン】よりも閉塞的な考えだ。

何よりも、その世界では人は人として生きていけなくなるだろう。

 

 

「……デスティニープランも問題は多々あったけど、まだ人が人として生きていけるだけアンタの妄言よりはだいぶマシだよ」

 

「群体として纏まることでの意識統一といったところか。怖気がはしるな」

 

「……シーゲルさん、貴方の妄言で世界を殺させたりはしない。今度こそ必ずっ」

 

「交渉は決裂かな?」

 

「当然だ。今ここで貴様を殺せばいい、それだけだっ!」

 

 

迷わずカナードがトリガーを引く。

同時に真とアスランも銃のトリガーを引いた。

炸裂音が響き、弾丸はシーゲルの元に向かって行く。

 

だが、その弾丸は届かなかった。

何故ならば、高エネルギービームがその弾丸を一瞬で焼き払ったからだ。

 

 

「っ!?」

 

 

咄嗟に跳躍し、ビームの起こした爆発から逃れる3人。

そして管制室の壁を破壊して現れたのは【ホワイトネス・エンプレス】

 

 

『お父様、お迎えに上がりましたわ。ここのデータも収集済みですわ』

 

 

搭乗者のラクスはそう朗らかに笑みを浮かべて、シーゲルの元に向かう。

 

 

「ん、いいタイミングだよ、ラクス」

 

 

ホワイトネス・エンプレスの側に歩み寄ったシーゲルは懐からペンダントを取り出す。

次の瞬間、ペンダントが光り輝き、シーゲルの身体には紫とも黒とも取れる装甲を持つ機体が装着されていた。

 

 

『追手が来ています、どうしますか?』

 

『追手?』

 

 

シーゲルがそう首を傾げた時、ラクスの後方から接近するISの反応を捉えた。

 

 

『うぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

 

白式・王理が雪片を構えて高速でこちらに接近していたのだ。

搭乗者である一夏の顔を見て、シーゲルはほぅと声を漏らした。

 

 

「っ、一夏っ、そいつを落としてくれっ!そいつが今回の黒幕だっ!」

 

 

ビームを回避したまま転がっていた真は体勢を立て直しながら、一夏に叫ぶ。

一夏にとってはそれだけで充分であった。

 

 

『そういうことならぁっ!』

 

『全く……ラクス、下がっていなさい』

 

 

ラクスを庇ったシーゲルに雪片を振り下ろした、その瞬間。

甲高い破砕音が響いて、雪片が破壊され、一夏が弾き飛ばされた。

 

 

『ぐわぁっ!?』

 

『成程。計画の残滓、彼女が守りたかったのが君という訳か』

 

 

AMBACで一夏は体勢を立て直す。

 

 

『なっ、何を……っ!?』

 

『ふむ、君は記憶が曖昧か……ならば、ラクス』

 

『はい、お父様』

 

 

シーゲルのISの前にホワイトネス・エンプレスが躍り出る。

その特徴的なVLユニットからは光の翼が溢れていた。

 

 

『思い出させて上げますわ、お兄様?』

 

 

ラクスがニィッと笑う。

 

 

『っ、まずい、一夏っ!』

 

 

真がデスティニーを展開してホワイトネス・エンプレスの能力を防ごうとしたが、遅かった。

光の翼が煌くと同時に、閃光が一夏を包み込んだ。

 

 

(目晦まし……っ!?)

 

 

一瞬そう考えた一夏であったが、その思考はすぐに止まる事になる。

何故ならば、映像や音声その全てが実感を持って頭に流れ込んできたからだ。

 

織斑計画、究極の人類、母体として生み出された姉。XY染色体によって絶対数を増やす事ができる自分。

その中には幼い千冬がシリンダーの中に浮かんでいる映像や、幼い自分がシリンダーの中に浮かんでいる映像が含まれていた。

 

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

突然の情報の渦に一夏の精神は耐え切れなかった。

絶叫を上げた後、その意識は途切れる事となる。

だが途切れる瞬間、男の声が耳に届いた。

 

 

「それが君達の真実なのだよ」

 

 

その声の後、一夏の意識は闇に落ちた。

 

 

『織斑君っ!返事をしてっ!』

 

 

後方から追いついた【飛燕】――簪が、意識を失った一夏を受け止める。

呼びかけても反応しない。

 

 

『意識を失ったか。まあいい、行くぞラクス』

 

『はい』

 

 

2機のISは飛燕を無視して破壊された壁から出て行く。

 

 

『うぉぉぉっ!!』

 

 

真がデスティニーを起動させ、飛び上がる。

そして後を追うと、空間に潜行していくシーゲルとラクスを捉えた。

 

 

『逃がすかぁっ!』

 

 

テレスコピックバレル延伸式ビーム砲塔を展開し、トリガーを引く。

だがビーム発射前に確かに聞こえた。

 

 

『いずれ君を手に入れるよ、飛鳥君。私の夢だからね』

 

 

そして高出力ビームは発射された。

しかし、シーゲルとラクスの空間潜行の方が速く、ビームは2人を捉える事はなかった。

そしてデスティニーのセンサーから2人の反応も消失する。

 

 

『くそぉっ!』

 

 

真の無念の叫びが、破壊された施設内に響く。

 

 

『真、何が……あったの?』

 

 

意識を失った一夏を抱えた簪がデスティニーに寄り添う。

 

 

『……分かってる、今回の事は皆が知らなきゃならない事だから。まずは千冬さんや束さんを助けないと……手伝ってくれないか?』

 

『……うん、分かった』

 

 

彼女が何も言わずにそう返してくれた事に感謝しつつ、管制室に戻る。

 

切れていたと思った因縁。

しかし――因縁は未だ切れていなかったのだ。

 

 





次章予告

「FINAL STAGE 運命の翼を持つ少年」

『行くぞ、デスティニー。これが俺達、最後の出撃だっ!』


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