【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年   作:バイル77

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PHASE3 最後の出撃

IS学園 学生寮 寮監室

 

 

「……」

 

 

下着やスーツ、私服が雑多に散らばっているが、片付ける気力など湧くわけがない。

千冬はこの寮監室のベッドの上で横になって天井を眺めていた。

 

赤月事件から5日、彼女は病欠扱いとなっている。

だがそれは誤りであった。

事実彼女の体調は万全だ、そう簡単に体調不良などにはならない身体だ。

 

だが事実は全て公開されてしまった。

自分と一夏が普通に生まれた人間ではなく、欲望の果てに作り出された存在だと。

 

どんな反応をされるのか。

受け入れてもらえるのか、それとも化物と糾弾されるのか。

その事を考えると恐怖から吐き気がする。

 

だから誰とも会いたくない。

いまはただそれだけが彼女の感情を占めていた。

 

そんな時であった。

鍵を閉めたはずの寮監室の扉が開いた音が響いた。

 

 

「千冬姉入るよ」

 

 

耳に届いたのは、大切な弟の声。

この学園に2人しか着る事のない男子用制服に着替えた一夏が、寮監室に入ってきたのだ。

 

 

「うっわぁ、相変わらず部屋の掃除できてないんだな、千冬姉」

 

 

開口一番、そう言って散らばった下着にうへぇと苦笑しながら一夏が言う。

なれた手つきで散らばった下着をたたみ、脱ぎ捨てられていたスーツを近くにあったハンガーにかける。

 

 

「スーツ、脱ぎ捨てるとシワになっちまうって前に言ったと思うんだけどなぁ」

 

「……」

 

「千冬姉、聞いてるか?」

 

 

足元に転がっていたペットボトルを拾い上げて、一夏はベッドで横になっている千冬の側ままで歩み寄る。

彼の行動に千冬は上半身を起こしてから返す。

 

 

「その姉と言うのを……やめろ。私達に血縁など、本当はないんだ」

 

 

そう、自分達は普通に生まれた人間ではない。

人のエゴ、欲の結晶として生まれた人造人間。

 

顔を一夏に向けないように反らす千冬に、一夏は声をかけない。

 

 

(……最低だな、私は。一夏はきっと私を励ましにやってきたと言うのに……)

 

 

一夏に告げた自身の言葉に自己嫌悪に陥る。

だがその最悪の心境は自分を包み込む、暖かい腕によって断ち切られた。

 

一夏は無言で、そっと背後から千冬を抱きしめたのだ。

 

 

「いっ、一夏……っ!?」

 

 

突如抱きしめられた千冬は困惑の声を上げる。

だが、そんな事に構わず一夏は笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「千冬姉は千冬姉だよ」

 

「っ!?」

 

「俺もおんなじように思ってた。あいつ等の欲望の果てに生まれた存在だって」

 

 

ギュッと彼女を抱きしめて続ける。

 

 

「でもアイツに教えてもらったんだ。俺は俺だって。確かに造られた存在だけど、ここまで歩んできたのは俺が、皆に助けられながらも俺自身が歩んできた、俺の人生だって、気づけた。千冬姉だって、そうだろ?」

 

「わっ、私はっ……私は……っ!」

 

 

一夏は笑みを浮かべて、千冬へ告げる。

 

 

「それと……ありがとう、千冬姉」

 

 

一夏がまるで子供をあやす様に、優しく。

自分の本心を彼女へと伝える。

 

 

「俺を助けてくれてから、今まで……やっぱり千冬姉に守られ続けてたんだな。ありがとう」

 

「いっ、一夏……こんな私を、姉と……呼んでくれるのか……っ!」

 

「そんなこと、当たり前だろ?」

 

「……っ!」

 

「千冬姉は俺にとってただ一人の家族だよ」

 

「一夏……っ!」

 

 

震える千冬の背中をポンポンと優しく撫でる。

彼女は小さく嗚咽を漏らしていた。

 

その嗚咽が無くなるまで、一夏はだまって彼女の背中を撫で続けた。

 

「……だから俺達は俺達だって、シーゲルにぶつけようぜ?」

 

「……あぁ、そうさせてもらう。ありがとう、一夏」

 

 

そう言って振り返った千冬。

目は涙によって赤くなっていたが、その表情は確かに笑顔であった。

 

――――――――――――――

ブレイク号 格納庫

 

 

「姉さん、私に用とは?」

 

「んふふ、ちょっと待ってね、箒ちゃん!」

 

 

ハイテンションな束が箒の手を取って格納庫へと入ってくる。

ちょうど千冬が一夏によって激励されていたのと同時刻に、箒は束に呼び出されてブレイク号の格納庫に赴いていた。

 

箒の目の前には紅色のISが鎮座している。

彼女の機体であった【紅椿】だが、【赤月】へ変貌した後、一夏の機体【白式・王理】に力を与えて、ISコアを除いて消失していた。

 

だが目の前にはどこか【紅椿】に似たフォルムの機体が鎮座していた。

背部には大型の砲塔が2つ、どこかで見たことがあるデザインに箒は既視感を感じていた。

 

 

「これが箒ちゃんの新しい機体!その名もっ!」

 

「【紅藤】だ」

 

「だーっ!?それ私のセリフーっ!!」

 

 

思いっきりずっこけながら、背後にいたカナードにツッコミを入れる束。

その態度に呆れた表情を浮かべた彼はさっさとスペックを解説してやれと束を促す。

 

それにゴホンと咳払いした後に従って、束が箒に向き直って口を開いた。

 

 

「この子はね、覚醒状態になった赤月の【ISコア】を、ミシェル・ライマンの機体で廃棄した【セイバーガンダム】とクルーゼが乗ってた【ロキ・プロヴィデンス】を素体にした機体に組み込んだものなの。近接格闘戦が得意だけど、セイバーとかの武装を取り込んでるから遠距離でも問題なし。近接武装は限りなく【紅椿】に近くしてるから違和感はないと思うよ」

 

「あの2人の機体を……素体にですか」

 

 

箒の脳裏に浮かんだのは自分達数人を相手取って互角を誇ったミシェルの【セイバーガンダム】の機動力。

そして、ラキーナのストライクガンダムの戦闘記録を共有された際に見たライリー、否、クルーゼの【ロキ・プロヴィデンス】の圧倒的なまでの戦闘能力。

ラキーナ自身も勝てたのは奇跡としか言えないとこぼしていたことを思い出した。

その2機を素体にしたと聞いた彼女は誰にも気づかれないうちにゴクリと喉を鳴らしていた。

 

 

「ホントは一から作りたかったんだけどね。時間がないから廃棄予定だったロキ・プロヴィデンスを破棄したセイバーのパーツで弄りまくったんだ。一応【展開装甲】も搭載しているけど紅椿と比べると不完全だから、世代的には下の【3.5世代】ってところかな」

 

「だが奴等の機体を使用しているから装甲全てがVPS装甲だ。使われているビーム兵器などの出力は高いし、俺達の機体のデータをフィードバックしているから信頼性も高い。もちろんお前の【紅椿】のデータも参考にしているから初期化(フッティング)最適化処理(パーソナライズ)すればすぐに以前の通りに動かせるはずだ」

 

「分かった」

 

「うんっ、じゃあ、細かな機体調整の為に装着してね!」

 

「はい」

 

 

待機形態へと変化した【紅藤】、以前と――【紅椿】と同じく【金と銀の鈴二つがついた赤い紐】を箒は束から受け取る。

ギュッと握り締めた箒を眺めていたカナードが口を開く。

 

 

「……最適化処理が済んだのなら、慣らしを手伝おう」

 

「いいのか?」

 

『その機体の基本性能は非常に高いし、腐らせておくには惜しいからな。先に行って待っている』

 

 

カナードはそういってドレッドノートを展開した後、開いている天井ハッチから夜空へと昇っていく。

 

 

「……一夏、私も、お前の力になってみせるぞ」

 

 

握り締めた紅藤が展開する光に包まれながら、箒が呟いた。

機体が少しずつ、箒の体を包んでいく。

 

 

(……私も……今度は……)

 

 

その声は決して聞こえない乙女の言葉。

もしこの場に真がいれば、その言葉を、少女の言葉が届いていたかもしれない。

だが、今この場に彼はおらず、その言葉を聞くことが出来た人間はこの場所にはいなかった。

 

―――――――――――――

同日 深夜

 

千冬が立ち直ったとの連絡を受けた真達は再度、IS学園の地下作戦室に集められていた。

当然召集の意味は分かっている。

シーゲル・クライン一派に対する対策である。

 

 

「皆、迷惑をかけて済まなかった」

 

 

開口一番、いつものスーツ姿の千冬はそう言って頭を下げる。

普段通りの彼女の様子に同僚である真耶はほっと息をついていた。

 

 

「作戦会議の前にいいかな、千冬姉」

 

「……まったく、何度言えば分かる。織斑先生だ。まぁ、構わない」

 

「ありがとう」

 

 

苦笑している千冬の返答に頷いた一夏は皆の前に歩み出る。

 

 

「皆、ごめん」

 

 

そしてそういってから一夏は深く頭を下げた。

先の態度は明らかに八つ当たりに近いものだった。

まずは謝罪してから、一夏はここに来るまでに決めていた事だった。

 

 

「本当にごめん。自分の事しか見えてなかった。皆に心配かけたのは俺なのに……けど、もう大丈夫だからっ!今まで通り、俺は俺だからっ!」

 

 

頭を上げた一夏はいつも通りの笑顔を浮かべていた。

その笑顔を見た箒達の心の中に救っていた不安という病魔は一瞬で駆逐されていった。

 

 

「そういえば、その頬はどうしたんだ?」

 

「あー、いや、その……ちょっとやっちまってさ」

 

 

大きく腫れた左頬へ湿布を張っているのが今の一夏だ。

それを不思議に思って箒が尋ねた。

 

真に殴られた後腫れはしたが、そこまでではなかった。

だがその後、遠慮のない強烈な一撃を叩き込まれてしまったせいで大きく腫れあがっているのだ。

これに対して一夏は自分がやらかしたのだから仕方ないと納得していた。

 

一夏が言い淀むように視線を逸らすと、その先には少し不機嫌そうな真がいた。

先程までは私服だったはずだが、今は再び制服に着替えている。

心なしか髪の毛がシャワーを浴びた後の様に湿っているようにも見える。

 

 

「何だよ?」

 

「だからごめんって。新しいの買って渡すからさ」

 

 

その言葉にニヤッと真は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「……よし、ならこの高いのにしてくれ」

 

 

そういって手元の携帯をさっと弄って画面を一夏に見せる真。

その画面を見た彼の表情は見る見る内に青ざめていく。

 

 

「たっ、たっけぇっ!?真っ、いくらなんでもこれはその……!」

 

 

真が見せた画面に映る服の値段は一高校生が払える額ではなかった。

具体的には6桁の金額のジャケットを見せたのだ。

 

白式のデータをある程度倉持技研に提供している一夏もそれなりに金銭面では潤っているが、あくまでそれは一般的な高校生の範囲内。

とてもじゃないが簡単に払える金額ではない。

基本的に一夏の懐事情はそこまでいいわけではないのだ。

 

 

「なんてな、冗談だよ、冗談。別にいいよ、何着かあるし」

 

「よっ、よかった……じゃなくて、やっぱり払わせてくれ。流石にさっきのは無理だけど」

 

 

一夏は苦笑しつつ、真の冗談に返す。

再び値段の高い服を見せられてたじろぐ一夏と携帯の画面を見せる真を少し羨ましそうな視線で、鈴は見つめる。

 

 

(真、発破かけてくれてありがとね。ちょっと嫉妬しちゃうけど)

 

 

決して言葉には出さないが、鈴は少し真に嫉妬していた。

今回想い人である一夏が意気消沈した際、自分達よりも先に立ち直らせたことに。

それは真の過去と一夏の出生の秘密が、ある程度共通していたからだと理解している。

加えて、鈴と一夏が出会うよりも前から彼は友人だった。

触れ合った時間の長さによる信頼の強さ。それが如実に表れたのでは――

 

 

(……ハイ、やめ、ストップ)

 

 

軽く頭を振って浮かんでいた考えを切り替える。

 

 

(うじうじ考えるなんてらしくないわ。一夏が笑顔でいてくれるのならいい。それでいいのよ)

 

 

少しだけ肩をすくめて笑みをこぼした鈴であったが、その所作に気づいたものはいなかった。

そうしている間にも作戦会議は進んでいく。

 

空間投影ディスプレイが複数展開される。

そこに移るのは束に、真と簪の上司でもある優菜であった。

 

 

『連中の居場所を突き止めたよ』

 

 

束が少しだけ疲れたようにため息を付いた後、続ける。

 

 

『ニュートロンジャマーを投下した際には【空間潜行】と同様の事象が発生していたんだ。んでジェっちゃんに協力してもらって観測データから何とか割り出したよ、場所はここ』

 

 

別窓のディスプレイが追加展開される。

それは地球圏のラグランジュポイントを表した表であった。

 

その公転経路の1つ、【L4】が赤く点滅している。

 

 

『ここ。【L4宙域】にメサイアみたいなものがあるとみて間違いないよ』

 

(L4……まさかな)

 

 

束の報告を聞いていたカナードは少しだけ嫌な予感を感じていたが、それを表情には出さなかった。

 

 

『実はね、つい先日新しい戦艦がアメノミハシラで竣工してね』

 

「新しい戦艦……?イズモの他にですか?」

 

『そう、イズモ級の2番艦、【クサナギ】。知っている人はそこに2人いるでしょう?』

 

 

優菜の声に、ラキーナとアスランは一瞬反応したのを見逃さなかった。

2人はバツが悪そうな表情を浮かべている。

 

かつての三隻同盟の内の一艦。

ラキーナとアスランにとっては何度も搭乗した事のある艦であった。

それだけに居心地の悪さを感じていた。

 

 

「……意地悪いですね」

 

『別に?』

 

 

ディスプレイの向こうの優菜が少しだけ黒い笑みを浮かべるが、すぐに真顔に戻る。

 

 

『さて、アメノミハシラまで上がり、【イズモ】と【クサナギ】の2隻を使ってL4宙域にある【何か】を、シーゲル・クライン一派を叩く……そういう作戦よね、千冬?』

 

「あぁ。協力感謝する、優菜」

 

『いいってこと。それにいい加減にクラインには退場願いたいしね』

 

 

疲れたようなうんざりとした表情を優菜がとると、それを見ていた千冬も頷いた。

それから、千冬の口から作戦の詳細について説明があった。

作戦の詳細は以下の通りである。

 

①作戦参加者はアメノミハシラへと上り、そこで遠征組と防衛組に別れる。

②遠征組は【イズモ】、【クサナギ】の2隻の戦艦を使用してL4宙域のコロニーと見られるモノに攻勢を仕掛ける。

③防衛組はアメノミハシラにて待機、ニュートロンジャマ―などの投下に備えて出撃体制を取っておく。

④遠征組はコロニーが両艦の主砲有効射程距離内に入ったら発射後内部へと侵入、シーゲル・クライン一派を撃破する。

 

 

「大まかな作戦はこの通りだ、質問は?」

 

 

千冬の声に手を挙げるのは一夏だ。

 

 

「遠征組と防衛組ってどう別れるんですか?」

 

「防衛組だが、IS学園から真耶とミシェル・ライマン、そして布仏本音。日出工業からは瀬田利香さん、小原節子さん、アメリカからナターシャ、そして英国からチェルシー・ブランケットが参加してくれる」

 

 

千冬の言葉にセシリアが驚いた顔を浮かべる。

 

 

「チェルシーがですかっ?」

 

「あぁ、すでに今回の作戦については更識蔵人氏から英国をはじめ中国やアメリカ、フランス、ドイツ、ロシアに連絡が行っている。流石にシーゲルについての詳細は明かしていないようだが、相手はテロリストと認識してくれている。先ほど英国のエーカー少佐からも連絡があった、非常事態になった

ら戦闘機で出撃してくれるらしい。何でも彼は英国空軍最強のパイロットらしいな」

 

 

最後の下りは少し苦笑しながら千冬が言うが、迷惑には感じていない。

 

 

「遠征組はそれ以外の、かつて歌姫の騎士団と交戦経験のあるメンバーで構成している、他に質問は?」

 

 

千冬がそう言って皆を見渡すが、挙手するものはいない。

それを確認して頷いてから言う。

 

 

「よし。優菜、IS学園組は明朝から宮島のアマノイワトに向かう」

 

『OK、昼頃には来れるでしょう。それから重力カタパルトを使ってアメノミハシラに来てもらうよ』

 

「あれ、アマノイワトにそんなのありましたっけ?」

 

 

優菜の言葉に、アマノイワトの施設を思い出した真が尋ねる。

彼の記憶ではアマノイワトにはマスドライバー施設はあるが、重力カタパルトなどなかった記憶しかない。

それにニヤッと優菜はほほ笑む。

 

 

『確かになかったよ?けどね、うちにはジェーンがいるんだよ?』

 

「「……あー」」

 

 

真と簪が納得したという声を出した。

ジェーンは先のエクスカリバー事件の際に、英国の重力カタパルトに触れている。

その際に色々とデータを拝借したのだろう。偽装も完璧なのは想像に難くない。

彼女ならば問題なく再現できてしまうのだろうと真は遠い目で納得していた。

その様子に簪は少し笑みをこぼしていた。

 

ジェーン・ヌル・ドウズは今この場にはいない。

すでにアメノミハシラへと上がっており、そこでイズモとクサナギの調整を行っているのだ。

 

 

「それではこの場は解散。各自できるだけ休息を取っておくように」

 

 

千冬の指示に従い、一同はそろって地下作戦会議室を後にした。

最後に残ったのは真とカナードの2人だ。

 

 

「カナード……束さんは大丈夫なのか?」

 

 

シーゲルの手札の1つ、【コード:スレイブ】

その効果を間近で見た真はその対策について気になっていたのだ。

余った時間をブレイク号で自機の整備に充てる予定のカナードは真の質問に答える。

 

 

「あぁ、そう言えば伝え忘れていたな。例のコードだが……まぁ、何とかなった」

 

「何だよ、曖昧だな」

 

 

彼にしては曖昧な返事であったためか、真は首を傾げた。

その様子にカナードは肩をすくめて返す。

 

 

「根本的な解決は先延ばしだ、今は時間がないからな」

 

「なら暫定的な対処はしたってことか?」

 

「あぁ、簡単だ。あのコードに束が無条件に操られてしまうのなら、先にコードを使っておけばいい」

 

「はぁ?」

 

 

思わず素っ頓狂な声が漏れる。

それに苦笑したカナードが続ける。

 

 

「先ほど織斑千冬がコードを使って命令したんだ。【自分以外の命令に従うな】とな」

 

「……なるほど。操られてしまうのなら、先に命令しておけばいいってことか」

 

 

真が納得したように頷く。

 

 

「あぁ。織斑千冬がコードを使う場合のみ、反応していたからうまくいっているとみていい。もちろん束には許可を取っているし、悪用なんてするつもりもないがな」

 

「もしさらにコードとかが設定されていたら?」

 

「その可能性は充分あるだろうな。念のために、束はイズモかクサナギ、どちらかからプライベートチャンネルで指示を出してもらう。これならシーゲル達もそう簡単には割り込んでこれないだろう」

 

「成程。全部が終わった後に、ナノマシンの除去をするのか?」

 

「その予定だ。ただ束は指名手配もされているから除去手術ができる場所は限られるのがな……いらん手間が増えるのは堪ったもんじゃない」

 

 

肩をすくめたカナードは疲れたように言うが、その口調からは安堵の感情が多分に読み取れた。

なんだかんだ言っても彼は【身内】と認めた人間を大事にするタイプだと真は思っている。

 

クロエについては言わずもがなであり、マドカも出自が近いためか良好な関係だ。

ラキーナがクルーゼに敗北した時も発破をかけていたし、シーゲルに束が操られた際に外傷を与えないよう締め落して無力化していた事からも明らかだ。

 

 

(まぁ、正直に言ったところで認めないんだろうな、こいつ)

 

「……何だ、俺の顔に何かついているのか?」

 

 

カナードがジト目で尋ねてくる。

思わず顔に出ていたかとすぐに真顔に戻す。

 

 

「別に、改めて束さんってとんでもなかったんだなって思っただけだよ」

 

「……とんでもない天災(バカ)と言う点は、同意する」

 

 

真の言葉にカナードは笑みをこぼしながらそう言った。

 

 

そして明朝――

IS学園から真達一同は宮島を目指し出立した。

特に目立った問題や障害などはなく、その日の昼には宮島のアマノイワトへと到着し、各員がそれぞれのISを用いて、衛星軌道上にある宇宙ステーション【アメノミハシラ】へと辿りついていた。

 

アメノミハシラでは、すでに到着していたジェーンがクサナギの艦長として遠征組と共に出立してくれるとのことだ。

ここで一旦真達は防衛組に回る真耶と本音とは別れることとなった。

その際、本音には――

 

 

「簪様を、よろしくお願いします」

 

 

と真面目モードで言われたため、真は――

 

 

「分かってる。行ってくるよ、本音」

 

 

サムズアップと笑顔で返していた。

 

 

そして戦艦2隻がアメノミハシラから出航し、数時間――

 

 

戦艦イズモ 艦橋

 

 

漆黒の宇宙空間を黒と金の戦艦【イズモ】と白と青の戦艦【クサナギ】が進んでいく。

 

L4ポイントへの到着にはやはり時間がかかるため、現在、遠征組はクサナギとイズモに別れ、休息を取っている。

イズモにはクロエに、マドカを含めた束陣営と教師陣が乗っている。

加えてアスランもこちら側に搭乗していた。

クサナギには真達を含めたIS学園組が乗り込んでおり、そちらに乗ることとなったラキーナは心底嫌そうな表情をしていた。

 

 

イズモの艦橋では艦長として進路を確認している束と、そのサポートに当たっているカナードの姿があった。

瞬時に変わり行くディスプレイを確認する束の指が止まる。

 

 

「カナ君、これっ」

 

 

ディスプレイを艦橋のモニターに映して束が少しだけ焦ったように呟く。

 

 

「……これはっ」

 

 

モニターに映っているのは、円筒形の巨大建造物。

日出工業が主導しているコロニー計画で建造予定の【ヘリオポリス】の様な通常の円筒形コロニーではなく、太陽光を効率的に利用するための反射板等が大量に敷設されているタイプのコロニーだ。

C.Eでこのタイプのコロニーはカナードは1つしか知らなかった。

 

 

「【メンデル】か……」

 

(つくづく俺もスーパーコーディネーターとしての生まれに囚われているな)

 

 

イズモの艦橋モニターに映るコロニーメンデルを眺めて、カナードは自嘲染みた笑みを浮かべた。

シーゲル一派により秘密裏に建設されたその人工物はC.E.のものと遜色ない。

 

かつて行われていた計画、スーパーコーディネーター計画が行われ自分とラキーナが生まれた場所。

数多くの兄弟たちが生まれる前に死に、破棄された忌むべき場所。

そこを拠点にするシーゲル達に、知らず知らずの内に掌を握り締めていた。

 

 

「……この事はクサナギにも伝えておいてくれ」

 

「うん、もうジェッちゃんに伝えてあるから……多分、向こうでも周知されてると思うよ」

 

「そうか……まだ到着には時間がかかるな」

 

「うん」

 

「分かった。待機しておく。何かあれば連絡をくれ」

 

 

そう言って床を蹴り、無重力に身を任せて艦橋を後にする。

 

 

(……無理、しなきゃいいけどなぁ)

 

 

束はそう思いつつも、再びディスプレイに視線を戻した。

 

 

それからさらに数時間後――

 

 

イズモ ミーティングルーム

 

 

「……」

 

 

ISスーツに着替え終わったカナードは、静かに壁に背を預けて仮眠を取っていた。

到着してから戦闘が終わるまでは休む暇などない。

今の内に休息を取っておくべきだと、判断したのだ。

 

 

だが、そんな彼を見つけた存在がいた。

ミーティングルームのスライドドアが静かに開く。

それと同時にカナードは意識を覚醒させた。

 

 

「……クロエか」

 

「失礼しました、カナード様。お休みでしたか……?」

 

 

ミーティングルームに入室してきたのはクロエであった。

彼女もISスーツに着替え終わっている。

身に着けるISスーツのデザインは彼と同じデザインの色違いのものであった。

 

 

「いや、構わない。どうした?」

 

「少しだけ……よろしいですか?」

 

「ん」

 

 

壁に背を預けていたカナードは、彼女が来れる様に椅子へと移動し腰を掛ける。

彼女も彼の右隣りの椅子に腰かける。

 

 

「どうした?」

 

「いえ、その……少し、貴方と一緒にいたくて」

 

 

照れたように返すクロエに、思わず苦笑が浮かんでしまった。

 

 

「不安、なのか?」

 

「……はい」

 

 

クロエが不安を感じるのも仕方がないだろう。

此度の相手はカーボンヒューマンで量産されたラクスと、その父親であり元凶の、シーゲルなのだから。

 

 

「……心配するな。長く続いた因縁だが、今度こそ断ち切って見せる……だからそんな顔、するな」

 

 

そっと頭を撫でる。

少し驚いたようにピクっと跳ねたクロエだが、すぐに彼に身を預けた。

 

 

(……そういえば、束が温泉に行きたいとかボヤいていたな)

 

 

彼女が以前ボヤいていた話を思い出して、彼は笑みを浮かべる。

 

 

(全て片付けた後になるが……連れていってやるか。金など腐るほどある)

 

 

ふと思い出した束の要望をかなえてやるかと、カナードはこの時決めたのだった。

 

 

―――――――――――――

同時刻――

 

クサナギ レクリエーションルーム

 

 

「簪、ここにいたのか」

 

 

クサナギのレクリエーションルームで宇宙の景色を眺めていた簪に声をかけたのは真だった。

レクリエーションルームには2人以外の人影はなく、静かに宇宙の星々の光が耐圧ガラス越しに煌めいていた。

 

 

「うん。凄く綺麗だったから。真、どうかしたの?」

 

「ん、俺も星見たくなってさ」

 

 

静かに、真も彼女の隣に腰を掛ける。

その後数分間、互いに星々の光を眺めていた。

 

そして真から口を開いた。

 

 

「……一緒に、来てくれるか?」

 

「っ!」

 

 

真が口にした言葉に簪は彼の顔に視線を移す。

彼は苦笑の表情を浮かべていた。

 

 

「本当は、本当はさ、防衛組にまわって欲しかった。でもエクスカリバーやクルーゼ事件の時と同じで、やっぱり簪は……きてくれるんだろ?」

 

「……うん」

 

「なら、俺は君の意見を尊重したいんだ……絶対に、守ってみせるから」

 

 

真っ直ぐ簪の顔を見て、真は告げる。

その視線に簪は顔を赤くしてしまった。

 

彼女のその様子に、真は笑みを浮かべる。

 

 

「俺は君に会えてよかった」

 

 

真は微笑みながら、彼女に告げる。

 

 

「戦う事しかできない俺を変えてくれたのは君だ。この世界で君にあえて、本当に良かった」

 

 

彼女の手をとって、優しく握って告げる。

 

 

「生き残って、絶対に守って見せるから」

 

 

真っ直ぐな瞳で真がいい終わると、簪は朱色の顔のまま少しだけため息をついて言う。

 

 

「……ずるい、自分ばっかり」

 

「え?」

 

 

予想外の返答に、素っ頓狂な声と反応を見せてしまう。

それに微笑みながら、簪が言う。

 

 

「私だって真にあえてよかった。私の心を支えてくれたのは真なんだよ?」

 

 

真が握る手を握り返して続ける。

 

 

「一歩も踏み出すことができなかった、私を助けてくれた……告白の時の簪だからって言葉が本当に嬉しかった」

 

 

その言葉に今度は真の顔に赤味がさした。

 

 

「なんだか……照れるな。でもありがとう」

 

「……ねぇ、真」

 

 

彼女の方から瞳を閉じる。

まるで何かを待っているかのように。

 

2人の影が重なる――その直後であった。

 

ガタンっと何かが動いた音が響いた。

刹那、2人は飛び上がるように離れた。

 

 

レクリエーションルームのスライドドアがいつの間にか開いており、そのドアから顔を出しているいつものメンバー。

加えて、ラキーナやフレイの姿も見えた。

 

 

「おっ、お前等いつから見てた……っ!?」

 

 

震える声で真は何とかそれだけをひねり出した。

 

 

「えっと……君に会えてよかったってところ」

 

 

一夏が少しだけ顔を赤くしながら返す。

 

 

「はっ、破廉恥だぞ、真に簪っ!」

 

「でも、お二人とも凄くお似合いでしたよ」

 

「ばっ、そんな正直に言わなくていいってのっ!?」

 

「ああいうシーンを見れる機会なんてそうそうないよね」

 

「だな。戦闘前にとは少々不謹慎だとは思うがな」

 

「すごかったわねぇ」

 

「大胆だなぁ」

 

 

箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、フレイ、ラキーナが続ける。

顔に浮かぶのは生温かい視線と笑み。

 

プルプルと真の肩が震えている。

シャルロットがまず気づき、皆が連動してそれに気づいた。

 

 

「あー、これまずいよね、真、怒ってるよね」

 

「っ、これは戦術的な撤退だっ、逃げるぞ!」

 

「逃がすかぁっ!お前等ぁ、記憶から消せぇ、すぐにぃっ!」

 

 

脱兎のごとく逃げていく一夏たちだが、通路があまり広くないことに加えて無重力に中々慣れていない面子が多数なのが不利であった。

それに真っ先に気づいたのはフレイだ。

 

 

(まずっ、このままじゃっ!)

 

 

そう判断したフレイの行動は早かった。

 

 

「秘技、ラキーナガードっ!」

 

 

すぐ近くにいたラキーナの肩を掴んで後方に突き飛ばす。

無重力であること、ラキーナがすぐそばにいたこと、そして彼女よりもフレイの身体能力が上だからできた咄嗟の行為。

 

 

「えっ?えぇっ!?」

 

「ごめんね、ラキ。今度美味しいパフェご馳走してあげるからーっ!」

 

 

一瞬の事で何が起こったか分からないラキーナは素っ頓狂な声を上げつつ投げ飛ばされたが、すでに遅かった。

床を蹴った真が盾にされたラキーナの肩を掴む。

 

 

「あだだだっ!?」

 

 

痛みで硬直したラキーナの手を掴んでそのままレクリエーションルームの壁に押し付けて拘束する。

 

 

「捕まえたぞ、ラキーナ」

 

「ぐえっ、フッ、フレイッ、うそっ、酷いっ、盾にされたぁっ!?」

 

 

絶望したように顔を青ざめさせるラキーナ。

彼女を盾にして一夏たちは逃げ切っていたのだ。

 

ギリギリと肩に置かれた手が身体に食い込んでいるが、手を捻り上げないだけの理性は今の真にも残っている。

しかし身体能力ならばラキーナよりも遥かに高い彼に押さえつけられているのだ。

当然痛みもある。

 

 

「ごめんっ、他の人たちには言わないからっ、ごめんってっ!真っ!」

 

「喋ったら……っ!」

 

「うっ、うんっ!」

 

 

ブンブンと首を縦に動かすラキーナを見て、拘束していた手を放してラキーナを開放する。

 

 

「あいたた……」

 

 

押さえつけられた箇所を撫でながらラキーナは浮かんだ涙をぬぐう。

すると彼女の肩に手を置いた存在がいた。

 

 

「ラキーナ」

 

「ひぇっ」

 

 

簪であった。

普段の彼女よりも低く、底冷えした声色に思わずラキーナは声を上げた。

 

 

「……言わないでね?」

 

「いっ、言いませんっ、神様に誓っていいませんからっ!」

 

 

静かに怒る彼女の雰囲気に押され、冷や汗が流れる。

直接的に怒りを表した真よりも怖いのではないか、とラキーナは思考の片隅で思ったがすぐに放置した。

何故ならば――

 

 

『テステス、あー、クサナギ艦長のジェーンだよ。そろそろ作戦開始だから、皆、格納庫での待機、よろしく』

 

 

クサナギの艦内放送が届いたからだ。

 

 

「……やっとか」

 

 

アメノミハシラを発進してからすでに一日近く経過している。

だがようやくL4ポイントへ、到着できたのだ。

 

艦内放送が終了すると同時に、真達は格納庫へと向かう。

 

――――――――――――――――――

クサナギ 格納庫

 

L4宙域にたどり着いたクサナギのカタパルト内でそれぞれの【IS】を装着したパイロット達はディスプレイに映し出される【コロニー】を確認しつつ、出撃準備を行っていた。

 

 

『あれが……メンデル、か』

 

『大きいね』

 

『あぁ、C.E.の標準的なコロニーと遜色ない様に見えるな』

 

 

ディスプレイに映った【メンデル】の様子に呟いた簪に真が返す。

すでに全員がISを装備しており、一夏達は先に出撃していた。

同じようにイズモのカナード達も出撃している。

 

次は簪の【飛燕】がカタパルトに接続され、コントロールが譲与される。

全ての武装コンディションが問題ないことを確認し、簪が告げる。

 

 

『先に、出てるね?』

 

『あぁ』

 

 

ディスプレイに映る簪に、マニピュレータ毎サムズアップすると彼女も同じように返してくれた。

そして彼女は一息入れた後、出撃コールを発した。

 

 

『更識簪、【飛燕】、出ますっ!』

 

 

電磁カタパルトが起動して、宇宙空間にIS【飛燕】が射出される。

VLユニットから蒼い光の粒子を溢れさせつつ、その翼を広げる。

 

 

そして続いて、真のIS【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】がカタパルトに接続される。

カタパルトに接続されると同時に、瞳を閉じて、気持ちを落ち着かせる。

 

脳裏に大切な女性の姿をイメージした途端、彼の意識の中で【S.E.E.D.】が弾け飛ぶ。

それと同時にデスティニーガンダムから声が届いた。

 

 

『真、私も最大限、あなたをサポートするからね』

 

 

愛機からの声に笑みが浮かぶ。

すぅっと深呼吸した後、彼女の言葉に返す。

 

 

『行くぞ、デスティニー。これが俺達、最後の出撃だっ!』

 

『うんっ!』

 

 

デスティニーの返事と共にコントロールが譲渡された。

 

 

『飛鳥真、【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】、行きますっ!』

 

 

電磁加速によって急激な加速を得たデスティニーがカタパルトから射出された。

AMBACとスラスターによる機体制御によってその加速のまま、VLユニットを広げる。

 

宝石の様に煌く赤い光の翼が広がり周囲を染め上げた。

 

 




次回予告


「ANOTHER PHASE 勇敢なる者の輝き」


「そうか……お前は……っ」


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