【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年   作:バイル77

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ANOTHER PHASE 勇敢なる者の輝き

漆黒の宇宙空間、その先に見えるメンデルに向かう2隻の戦艦、イズモとクサナギ。

その片割れ、クサナギの艦橋でコンソールを操作するのは艦長であるジェーンだ。

 

 

『ミーティア射出っ、ラキーナちゃん、アスラン・ザラっ!受け取ってっ!』

 

 

同様の操作が行われたイズモと同じく、カタパルトからミーティア2機が射出され、先行して出撃していたストライクフリーダムとインフィニットジャスティスの元へと向かう。

MS用オリジナルのミーティアはその巨大さから、戦艦の旋回砲塔の役割を担っていたが、IS用のミーティアはダウンサイジングされている為、イズモ・クサナギ両艦の格納庫に十分収まるのだ。

 

真達の中で最もミーティアに精通している人間、それはラキーナとアスランだ。

コロニーは巨大建造物であり、それを戦艦2隻で制圧することは難しいが、ミーティアという対艦・対要塞攻撃能力をISに付与できる装備があれば話は別だ。

 

インフィニットジャスティスに覆いかぶさるようにミーティアが接続される。

ストライクのフリーダムストライカーのウィングユニットが一部展開され、ミーティアが腰部に接続され、コンソールにも専用UIが表示される。

 

 

『各機、聞こえるか』

 

 

プライベートチャンネルを経由して、ドレッドノートHからの通信が届く。

 

 

『ミーティアを装備したストライクフリーダムとインフィニットジャスティスで敵陣を突破する。2機は露払いを頼むぞ』

 

 

ディスプレイに映るラキーナとアスランは頷いて答え、ミーティアから得られる爆発的な推進力を持って、ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスは、メンデルへと先行する。

単純な移動速度ではVLユニット装備機を上回る速度であり、並みの機体では反応すらできないだろう。

 

 

『……味方だと本当に頼もしいな』

 

『真?』

 

 

先行する2機の様子を、遠い目で見つめる真に簪は首を傾げる。

彼女の声に頭を振った後答える。

 

 

『いや、何でもないよ』

 

 

そう彼女に言った瞬間、いきなりデスティニーのコンソールが立ち上がった。

 

 

『っ!?』

 

 

咄嗟の事態に目を見開くが、すぐにその内容を確認する。

飛燕が寄り添うように接近して、そのコンソールの詳細を確認する。

 

 

『真、それって……っ!』

 

『……あぁ』

 

 

簪もこれが何なんのか気づいた。

そして、それがどこから(・・・・)送られてきたものかと言うことも。

 

 

『皆、聞いてくれ。今メンデルからデスティニーに座標データが送られてきた』

 

 

繋がったままのチャンネルへ真が告げる。

チャンネルの向こう側で、全員が息を呑んだ音が聞こえた。

 

 

『本当か?』

 

『あぁ。これだ』

 

 

真が別ディスプレイを立ち上げ全員に共有する。

それはメンデルの詳細な施設データであった。

メンデルの中はどうやらオリジナルと同じ、巨大な研究施設となっており大小さまざまな区画が存在している。

 

そしてその中、中央部に一つ、赤い点が表示されていた。

この光点が指し示すのはつまり――

 

 

『ここに、シーゲル・クラインがいるってことだと思う』

 

『それってつまり……誘ってるってことか?』

 

 

白式・王理を駆る一夏が呟く。

その呟きに真はうなずいて答える。

 

 

『奴の狙いは素体となる人間と、【S.E.E.D.】……俺の中にある因子、らしいからな』

 

『誘いだということは判り切っている。だが、それでも……行くのか、真』

 

 

冬期休暇中に宙域戦闘に対応できるように束が改良を加えていた【暮桜】を纏う千冬が尋ねる。

飛鳥、ではなく真という親しい人間に向けての言い方で。

 

 

『……はい。決着はつけます』

 

 

彼女の言葉と視線に真っ直ぐに返すと、

 

 

『……分かった、ならば更識。お前は真の背中を守れ』

 

『えっ?』

 

『共に行くんだろう。それにどうせ止めても無駄……そうだろ?』

 

『そうですね、簪ちゃんも頑固ですから。もういくつもり満々かと』

 

 

千冬が確認の為に楯無に話を振ると、それを肯定したように楯無が返す。

 

 

『ならば、真と共にいたほうが生存率は上がる。違うか?』

 

 

微笑を浮かべた千冬と楯無に、簪は少々面食らったが、すぐに真剣な表情になって頷く。

 

 

『私も……真と一緒に行きますっ』

 

『うん。雑魚は私に任せてねっ!』

 

 

簪の言葉に、楯無は笑顔で答え、視線を真に向ける。

その目は簪を頼むと彼に投げかけたものであり、真は静かに頷いた。

 

 

『メンデルから熱源反応っ!20……30……50……さらに増大中っ!』

 

 

クサナギのジェーンから全機に通信が届く。

 

同時に自機の望遠モニタにもそれが映し出された。

映し出された敵機は、この1年で幾度も戦った初期GATモデルの無人機達だ。

 

 

『はいはい、無人機無人機(いつものいつもの)

 

 

すでに慣れてしまったのか、鈴はため息をつきながら軽い口調でそう言った。

 

 

『鈴、お前なぁ……』

 

 

一夏が呆れた様な顔で鈴に言う。

 

 

『一夏も、いい加減慣れたでしょ?』

 

『そりゃそうだけど』

 

『でしょ?なら気楽なもんよ』

 

 

どういうわけだよと、友人である鈴の意見に苦笑する。

しかし確かに、彼女の言う通りすでに無人機とは幾度となく戦い、経験を積んでいる。

それはセシリアやシャルロット、ラウラも同じであり、何処か余裕さえも感じる。

 

 

『母艦であるイズモとクサナギを守りながらの戦いだ。各機集中しろっ!』

 

『『当たれぇぇっ!』』

 

 

千冬の声と共に、先行したラキーナとアスランのミーティアから放たれた全門一斉掃射(ミーティアフルバースト)が戦場を彩る。

ストライクやイージスをはじめとした無人機たちがその攻撃に巻き込まれて、鮮やかな華となって消えていく。

 

だが次から次へと、ミラージュコロイドの隠ぺいを解いて、その姿を現していた。

クサナギとイズモのレーダーはその数によって真っ赤に染まっていた。

 

同時に浮ついていた雰囲気も霧散し、各機は役割を果たすための戦闘機動に入っていく。

その中を、先行したミーティアを追う様に突き抜ける2機のIS。

 

互いに光の翼、【VLユニット】を装備して相反する色の翼を翻す。

【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】と【飛燕】だ。

 

飛燕が先行し、デスティニーがその背後を追う様な形になっている。

別段それ自体は変わったことではないが、飛燕には特殊な兵装が追加されていた。

 

背部のVLユニットよりも小さいが、肩部から機体全面を覆うような巨大なシールドと形容できる代物だ。

 

そして当然突出する2機には、無数の無人機からのビームが降り注ぐ。

いくらミーティアで面攻撃が可能になったとはいえ、戦場全てをカバーすることは不可能だ。

討ち漏らしも当然多く存在している。

 

飛燕、デスティニー共に降り注ぐビームへの回避行動を取る――必要がなかった。

なぜならば、飛燕とデスティニーに向かうビームは全て、何かの【膜】があるかのように弾かれているからだ。

 

これは飛燕の前面を覆う巨大なシールド【ヘルヴォル】の機能によるものだ。

堅牢かつ巨大なシールドは元々飛燕の前身、【打鉄弐式】の追加装備【不動岩山】であったものを飛燕用に改修して今回の作戦に間に合わせたものであった。

 

また日出の技術を応用しているため、ミラージュコロイド粒子を高密度で纏う事で疑似的な【ゲシュマイディッヒ・パンツァー】と同様の効果を得られるよう改修されている。

元々がシールドであるため、物理攻撃に対しても通常のシールドよりも高い防御能力を得ている。

余談であるが、簪はこのシールドの材質をラミネート装甲にしたいと提案していたが、デスティニーガンダムのTP装甲換装のためにアメノミハシラの工房を使用してしまっていた為、今回の作戦には間に合わなかったという経緯がある。

 

もっとも彼女もデスティニーが日出に属する機体かつ男性搭乗者の機体であり採算を度外視していることは承知している為、納得していたのだが。

 

――閑話休題

 

【ヘルヴォル】の効力が十分に発揮され、ビームを回避することなく、戦場を突っ切っていく飛燕とデスティニー。

そして特に妨害もなく、2機はメンデルへと取り付いた。

追撃もなぜかない。

 

センサーでこちらを狙うISがいないことを確認して、搬入ハッチをクラレントで撃ち抜く。

ハッチを開放し終わってから、真が呟く。

 

 

『……わざとだな』

 

『……うん』

 

 

【ヘルヴォル】を格納した簪もそれに同意する。

この装備は燃費がいいとはいえ最大出力展開していればいくら実戦仕様状態でもそこそこのエネルギーを消費する。

飛燕のエネルギーは8割強程まで減っていた。

だがここまできて引き返す選択肢は存在しない。

 

 

『行こう、決着をつけるために』

 

『うん』

 

 

機体のスラスターを吹かして座標データと内部構造マップを頼りに、2機はメンデル内部に侵入する。

 

―――――――――

デスティニーと飛燕がメンデルに侵入して少しした頃――

 

 

クサナギとイズモのセンサーが高速で飛来する熱源を複数検知した。

即座に艦長であるジェーンと束はより詳細な情報を確認するため、望遠モニタを起動させる。

 

そこに映るのは――

 

 

『っ、ラクスのカーボン・ヒューマン……っ!』

 

 

束の言葉通り、ラクスの顔をした数人が非透明バイザーを付けた人間を従えて戦場に現れたのだ。

その全員が【IS ホワイトネス・エンプレス】を身に着けている。

 

唯一オリジナルと異なっているのは、背部に存在していた【VLユニット】が存在しない点であった。

 

 

「飛鳥真やカナードからの報告にあった、VLユニットを持つ機体が存在しないようだが……?」

 

 

コードによる洗脳の可能性を鑑みて束の監視と、ドラグーン対策のためにストライクガンダムとの同調ユニットを身に着けたマドカが呟く。

 

 

「多分、そいつはオリジナルに最も近い存在、指揮権を持った個体だから……シーゲル・クラインが側近にしているんだよ」

 

「成程」

 

 

束の補足に納得と頷いたマドカは、カーボン・ヒューマン達が到着したことで変わりつつある戦場に視線を移した。

 

―――――――――

 

『ふふっ、お上手ですわね、お兄様?』

 

『俺は、あんた達に、兄呼ばわりなんてされる覚えなんてねぇっ!』

 

 

ホワイトネス・エンプレスを駆るバイザー付きのラクスが、展開したビームライフルで白式・王理を狙う。

だが今の一夏はその程度の攻撃を喰らったりはしない。

 

スラスターと、王理に進化したことで構築された【エナジーウィング】によるAMBACを駆使してライフルの射線から逃れ、そのまま加速する。

 

 

『何故お父様の意思に従わないのです?』

 

 

理解できないという表情を浮かべながら、ビームを放ってくるラクス。

 

 

『私達と同じく、人の手によってつくられた存在だというのにっ!その身体は次代の新たな種を生み出す糧になるかもしれないのにっ!』

 

 

ラクス・クラインの顔を直接見るのは一夏は初めてだった。

カーボン・ヒューマンとして造られた彼女も全く同じであるため、美人だとはっきり思う。

だが狂気を浮かべるラクスの表情に惹かれるものなどない。

 

そして奴らの考えを一夏は理解する気など毛頭ない。

 

 

『ふざけるなよっ!たとえ造られた存在だとしてもっ!俺はっ……俺だぁっ!!』

 

 

一夏の意志に呼応するように、王理の脚部や肩部の装甲がパージされ、それがマニピュレータを覆うように集まって巨大な【爪】を形成する。

同時に、機体の名と同じ、純白の閃光で爪を覆った。

白式・雪羅から継承/発展したこの武装の名はエネルギー爪【雪羅改】

元の武装と同じく、零落白夜と同じエネルギー無効化能力を持っている。

 

 

『うぉぉぉぉぉっ!!』

 

 

放たれたビームライフル全てをその光で切り裂いて、高速接近。

そのまま、ラクスが持つビームサーベルを切り裂いた。

 

 

『くっ、私が……っ!』

 

 

思わぬ攻撃を喰らったラクスは、驚愕の表情を浮かべながらも咄嗟の瞬時加速によって後方に下がってしまい、射程から逃げられてしまう。

 

白式・王理の武装は雪羅の時とは違い、荷電粒子砲が消失していた。

その為、中距離以上に離れられると、どうしようもなくなってしまう。

それに舌打ちをするが、まだ終わりではなかった。

 

 

『一夏っ、援護するぞっ!』

 

 

【紅藤】を身に纏う箒が背部から展開された巨大な2門の砲塔を抱えるように現れたからだ。

元の武装はセイバーの【アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲】であるが、紅藤と箒専用に改良された武装の名は【桜花】だ。

 

2門の高出力ビームが砲口から放たれる。

だが箒はあまり射撃は得意ではない。

その為狙いが甘く、ラクスはそれを踊るように回避して距離を取る。

 

 

『くっ、すまない』

 

『いや、サンキュ、箒。助かった』

 

 

苦虫を噛み潰した様な顔の箒に、一夏が笑みを浮かべ雪片を構えながら言う。

箒もすぐに意識を切り替えて、ビームサーベル【残光】を展開した。

 

すでに戦場は混戦の様相を呈している。

一夏や箒以外にも、量産型のカーボン・ヒューマン【ラクス・クライン】で構成された【WE部隊】と、次いで現れる無人機との戦闘が始まっていた。

セシリアや鈴などをはじめとして基本的にはツーマンセルを組んでいる。

 

それはカナードも同じであった。

 

 

『邪魔だっ!』

 

 

目の前のすでに両マニピュレータを切り裂いて行動不能にした無人機デュエルに、ドレッドノートはビームサブマシンガン【ザスタバ・スティグマト】で、MSでいえばコックピットにあたる機体中央部を撃ち抜いて蹴り飛ばす。

 

蹴り飛ばされたデュエルは、打ち込まれたビームが推進剤に引火して爆発する。

 

 

『クロエっ!』

 

『承知しました。行って、ドラグーンっ!』

 

 

カナードの声に答えるように、クロエの駆るXアストレイは背部のドラグーン全てと腰部のプリスティスを無線モードで切り離した。

 

ドラグーンそれぞれが生きているかのように、周囲を旋回して縦横無尽に無人機を破壊していく。

その攻撃密度はまさに【MAPW】と言って過言ではない。

ドラグーンそれぞれのエネルギーを一旦供給するために、機体に戻す。

 

瞬間、閃光が迸った。

ドラグーンを回収するために一瞬無防備になる状況を狙われ、クロエは回避ができなかった。

 

 

『させるかっ!』

 

 

しかし、飛来した閃光は、割り込んだドレッドノートのALが弾き飛ばした。

 

 

『あっ、ありがとうございます。カナード様』

 

『いい。くるぞっ!』

 

 

礼の言葉と共に次々に迫るビーム。

回避行動に移るが遅れたクロエを、ドレッドノートはALを巨大化させて守る。

 

 

『あらあら。お二人とも仲がよろしいのですね』

 

 

そう言って現れたのは、バイザー装着しているタイプのカーボンヒューマン:ラクスだった。

ISもホワイトネス・エンプレスを身に纏っており、片方のマニピュレータにはビームライフルが展開されている。

 

彼女が目の前に現れたと同時に、弾かれたようにドレッドノートは【ザスタバ・スティグマト】のトリガーを引いた。

連続して放たれ、弾幕となったビームをホワイトネス・エンプレスは華麗に回避していく。

しかしカナードにとっては、ラクスに回避されることも計算内だ。

 

すぐさまALの発生率を調整。

十八番の武器【ALランス】として構築し直し、目標に向かって加速し刺突する。

 

だがホワイトネス・エンプレスが展開した【ラケルタビームサーベル】がALランスを受け止める。

コロイド粒子とALがぶつかり合い、周囲を明るく照らす。

機体の出力はほぼ互角であり、鍔迫り合いの状況へと変化した。

 

 

『ふふ、流石、お父様が素体に選ぶだけの事はありますわね。カナード?』

 

『知ったことかっ!俺の生き方は俺が決めるっ!』

 

 

そう叫んだカナードは空いているALマニピュレータから、ALをブレード状に変化させてラクスに向ける。

一瞬驚愕の表情を浮かべたラクスだが、すぐにドレッドノートとの鍔迫り合いをやめて離脱する。

だがカナードはそれすらも読んでいる。

 

片方のALマニピュレータの起動と共に、背部のHユニットをバスターモードで起動していたのだ。

砲口からビームと共に時間差でグレネードが射出され、ラクスを狙う。

 

 

『この程度……っ!?』

 

 

ビームを何とか回避したラクスは、ビームライフルで迎撃の姿勢を見せたが驚愕に一瞬だけ硬直した。

なぜならば、彼女の相対的上方にドラグーンが展開されていたからだ。

 

 

『そこですっ!』

 

 

そのドラグーンを操る本体はXアストレイのクロエだ。

すぐさま回避のためにスラスターを吹かせるが、完全な回避には至らなかった。

 

ビームライフル毎右マニピュレータを、Xアストレイのビームが撃ち抜いたからだ。

 

 

『つぁっ!?』

 

 

ビームライフルに供給されていたエネルギーに引火し、元々の装甲が薄いのもあってかホワイトネス・エンプレスの右マニピュレータはフレームを残して吹き飛んでいていた。

当然、纏っているラクスも無事では済まない。

右腕には爆発によって生じた裂傷が生まれていた。

 

そして追い討ちをかけるようにグレネードも着弾。

そのまま弾き飛ばされた。

 

 

『このまま仕留めるぞ、クロエっ!』

 

『はいっ!』

 

 

一度散開して挟み込むように距離を詰める。

 

瞬間、カナードの視界に何かが映りんだ。

それが彼の視界に入り込んだのは、本当に偶然だ。

ただ運が良かった、それだけであった。

 

 

(な、に?)

 

 

それはクロエの、Xアストレイの上方から迫る【くの字型の何か】であった。

 

 

(馬鹿なっ、あれは……ドラグーンっ!?)

 

 

形状は見たことがないが、超高速で接近するその武装は確かにドラグーンであった。

ドレッドノートとXアストレイのハイパーセンサーはそのドラグーンを感知していない。

あり得ないことだ。

超高速で飛来する武装であるドラグーンをISが感知できないわけがない。

 

そして気づいた。

追い込まれているはずのラクスの顔に浮かぶのは、いつのまにか焦燥ではなく、笑みに変化していたことに。

 

 

(ちっ、あのままではっ!!)

 

 

ハイパーセンサーに感知されずに接近できる【ドラグーン】。

脅威以外の何物でもない。

すでに目の前のラクスにとどめを刺すことを放棄して、感情の赴くままに加速する。

 

その先は――

 

 

『クロエェッ!!』

 

 

瞬時加速、間に合うかのギリギリのタイミングであったが、手が届いた。

刹那、赤い雫と共に――【何か】が彼女の目の前を舞った。

 

 

『……え?』

 

 

ラクスを仕留めるために加速して、不意に押し出されたクロエの口から思わずそんな間抜けな声が漏れた。

次の瞬間、何が起きたのか、一瞬麻痺していた脳が覚醒すると共に、朱色の虹彩が金に変わっていく。

 

 

『カナード様ぁっ!?』

 

 

目の前で愛しい人の【右腕】が切断され、紅い雫を大量に零して舞っていた。

 

 

『あらあら、まさかドラグーンに気づかれるなんて……ですが腕は貰いましたよ?』

 

『もう、お姉さま。遅いですわよ』

 

『まぁまぁ、そう言わないでくださいな、アイン?』

 

 

周囲の宇宙空間がぶれるように、ノイズが現れた。

そのノイズから、バイザーを付けていないタイプのラクス・クラインが現れた。

今まで戦っていたラクスは【アイン】と呼ばれ、その彼女は新たに表れたラクスを姉と呼んだ。

彼女が身に着けている【ホワイトネス・エンプレス】はオリジナルともその他のラクスとも違うものであった。

 

特異なのは背部に接続されている鋏状のドラグーンユニットだ。

まるで鋏が翼を成しているようにも見え、その1つに先ほどカナードの腕を切断したドラグーンが再接続された。

 

そこから導き出されるのは、新たに表れた彼女はより上位の力を持ったカーボン・ヒューマンであるという事。

 

 

『っ、ぐぅ……っ!』

 

 

右肘から先を切断されたカナードは、激痛に苦悶の声を漏らしながらも切断された自身の腕を回収する。

切断された上腕部分を千切れたISスーツの一部を紐のように巻き付けて圧迫し、止血を行う。

 

 

『腕がっ、カナード様っ、カナード様っ!?』

 

 

ビームライフルを放りだしてクロエはカナードに翔け寄る。

だが射撃武装を放り出すという致命的な隙を見逃すラクス達ではなかった。

 

 

『お行きなさい、シザードラグーンっ!』

 

『逃がしませんよっ!』

 

 

武装である【シザードラグーン】が翼から放たれると同時に、今度は完全に姿を消した。

そして【シザードラグーン】自体ISの搭乗者保護を一方的に突き破るほどの攻撃力がある武装とは思えない。

何かしらのカラクリが2機にはある――だが今は状況が悪い。

 

 

『ちぃっ!』

 

 

パニック状態になったクロエを残った左腕のマニピュレータで抱き寄せて、瞬時加速。

同時に拡張領域からありったけの【グレネード】を投げ捨てるように展開。

そのまま、ドラグーンがグレネードに着弾して、一瞬周囲が真昼の様に明るくなるほどの閃光を生じさせる。

 

彼が投げ捨てるように展開したのは、対IS用の閃光手榴弾であった。

対人用よりも数段強化された代物だ。

 

 

『『っ!?』』

 

 

いかにISとは言え搭乗しているのは人間だ。

一瞬ですさまじい光量が発生すれば、反射で目を瞑る。

 

その僅かの隙に、近くにあったデブリ帯に身を隠す。

スラスターをOFFにしてPICのみで稼働することで、応急処置の時間を稼ぐ。

 

 

『っ……!』

 

 

ドクドクと、止血しているISスーツが血で濡れていく。

ドレッドノート側から搭乗者保護の一環として、脳内麻薬の過剰分泌による鎮痛が行われているがあくまで応急処置でしかないし、限度もある。

腕が切断されるという重傷には焼け石に水でしかなかった。

 

この世界でも傭兵としての仕事を請け負っているカナードは、緊急時に備えて拡張領域に医療キットを登録していた。

まさか自分が使うことになるとは思いもしなかったが、その中からモルヒネを取り出して注射する。

痛みが消えるわけではないがこれで多少はマシになる。

 

 

『あっ、あぁ……っ!!』

 

 

切断された右腕を注視して、クロエが呆けたような声を出す。

残った左腕のマニピュレータを格納し、彼女の頬を叩く。

 

 

『パニックになるなっ!相手はカーボン・ヒューマンとはいえラクス・クラインだっ!しかも2人いるっ、パニックになればそこに付け入ってくるぞっ!』

 

『でっ、でもっ、その腕がっ、腕ではっ!』

 

『今は勝つことだけ考えろっ!頼む、クロエ……っ!』

 

 

それ以上、クロエは何もいえなかった。

きゅっと口を閉じて、涙をぬぐう。

先程よりは落ち着いたようだ。

 

それを見て彼は、モルヒネが効いてきたのか多少マシになった痛みと戦いながら、ラクス達の機体の分析を開始する。

 

 

(片方は……【ジャミング】に類する機能か能力を持っている。【アイン】と呼ばれた……ドイツ、いや、あの上位存在とも見られるラクスの存在からして、ヘブライ語の16番目、序列か?まぁいい。ドラグーンのみを対象にしたジャミング能力。下手に全てを隠すよりもうまく使っているな……厄介だなっ)

 

 

先ほどの光景を脳裏で再現し、要素を抽出していく。

 

 

(そして、もう片方は……【零落白夜】……に類する能力か。シールドバリアを直接ぶち抜かれたわけではないし、ドレッドノートHのエネルギーも減少は些細なレベルだ。別の何か、である可能性のほうが高い)

 

 

そこまで考えたが、何かが意識に引っかかった。

異常な点が存在しているのだ。

 

 

(アスラン・ザラの機体のサーベルと同じ零落白夜の劣化再現とは違う。例えるのならば……そう、まるですり抜けたように(・・・・・・・・・・・)……っ)

 

 

引っかかりからさらに思考を発展させようとした瞬間、デブリ帯にビームが降り注いだ。

デブリが次々とビームに呑まれて消滅し、同時に襲ってくるのはシザードラグーンだ。

 

 

『見つけましたわよ、カナードっ』

 

『ちぃっ!』

 

 

答えを掴みかけた瞬間の攻撃に思わず舌打ちして、咄嗟にクロエを弾き飛ばす。

 

 

『カナード様っ!?』

 

 

残った左腕のALを展開してシールドを形成する。

予測したラクスアインの機体の能力からか、見えている数が全てではないため、広域に展開するように普段よりも大きく出力も高くだ。

 

だが今の彼は、片腕しかない。

当然、攻撃を全て捌けるわけがなかった。

 

ALではじかれたドラグーンもそこそこあったが、防ぎきれなかった数のほうが多い。

腕を切りさかれた時と同じように、シールドバリアをまるですり抜けるように、ドレッドノートの機体各部装甲を切り裂いていく。

 

 

『カナード様っ!』

 

『ぐぅっ!?』

 

 

機体に奔る衝撃、そしてその衝撃が切断された腕に響き、彼の動きを鈍らせる。

そしてドラグーンは何もカナードだけを狙っているわけではなった。

 

 

『っ!?』

 

 

僚機である、Xアストレイにも当然、襲い掛かっていた。

痛みに鈍った思考と視界、だがその光景だけはやけにはっきりと、そしてスローにカナードの脳内に飛び込んできた。

 

 

(やめろ)

 

 

脳裏に蘇るのは、先のクルーゼ事件で彼女が自分をかばった時の光景。

 

あの時、自分は無力さで打ちのめされたのではなかったのか。

彼女は助かったが、同じ思いをしてたまるかと、彼女を守ると強くなると告げた結果がこれか?

 

 

(ふざけるなっ)

 

 

湧き上がるのは、自分への身を焦がすほどの怒り。

 

 

(こんなところで、俺はっ、あいつを……クロエを失うのかっ!?)

 

 

だが怒りを感じても、すでにどうしようもないほど事態は逼迫している。

コンマ数秒後、シザードラグーンは先ほどの自分の様に、クロエの華奢な身体を斬り裂くだろう。

 

 

(力が……力が、欲しいっ、クロエを、この手を届けて彼女を守り抜くだけの……力がぁぁっ!!)

 

 

――心の底から、カナードは己の無力さを呪い、そう慟哭した。

 

 

瞬間、彼の周囲が一変した。

 

 

メンデルと言うコロニーが見える宙域で戦闘をしていたはず。

だと言うのに、どういう訳か【晴天の海岸線】に自分は立っていたのだから。

 

そこはかつてのC.E.でプレアに敗れた後、追い続けていた念願のキラ・ヤマトを見つけ、見逃した――あの海岸線に酷似していた。

 

 

「こっ、ここは……っ!?」

 

 

困惑の感情と共に、膝をつく。

鼻に届く潮風の香りに、波の音。

幻覚などではない。

 

 

「これは……まさか……っ!」

 

 

この現象を、カナードは知っていた。

戦友である真が経験した事だ。

先の赤月事件でも同様で、ISのコア空間にアクセスしたと報告を受けていた。

 

そして、背後に感じる気配。

 

振り返るとそこには、【眼鏡をかけた黒髪の20代ほどに見える女性】が立っていた。

髪型はショートボブ、身に着けているのは黒のフォーマルスーツだ。

何処か、彼女の雰囲気を知っているような、既視感を感じた。

 

 

「そうか……お前は……っ」

 

 

いや、自分は彼女をよく知っていた。

愛機として信頼を置いている存在。

 

つまり、彼女の正体は。

 

 

「……お前はドレッドノート、か」

 

『はい、カナード様』

 

 

心から嬉しそうに、目尻を緩ませたドレッドノートが告げる。

 

 

『ようやく、あなたと私の同調率が一定の値を超えたんです。だからあなたをここに招くことができました』

 

「……そうか」

 

『腕はまだ痛みますか?』

 

 

切断された右腕はそのままだが、先ほどまで思考を鈍らせていた激痛は感じない。

脳が誤認して起こる幻肢痛も感じない。

 

 

「止血と鎮痛はお前が?」

 

『はい。ですが接合までは出来ませんでした……早く処置しなければならないのに……っ!』

 

「いや、それでもだ。ありがとう、助かった」

 

『っ!』

 

 

そうカナードが告げると、ドレッドノートは目を見開いて驚いた後プルプルと震えだした。

それは彼女が心から感動していたからだ。

 

しかしその感動は顔にもでていた。

凄まじく頬を緩めた彼女の表情。

必死にその笑みを打ち消そうとピクピクしている表情筋。

 

 

『はっ!?』

 

 

自分が凄まじい表情を浮かべていた事にようやく気づいたドレッドノートは、すぐさま一転して態度を正そうとするが、遅かった。

 

 

「……くっ、くっ……!」

 

 

それにカナードは視線をそらしてしまった。

どうやらツボに入ったらしく肩が震えていた。

非常に希少な彼のその様子を、視線を伏せながらドレッドノートは恥ずかしそうに見つめていた。

 

 

(やっ、やらかしてしまいましたぁ……!?初めての会話でしたのに……!)

 

 

がっくりと肩を落とす彼女に、カナードは咳払いしてから口を開いた。

 

 

「くくっ、ありがとう。ドレッドノート。お前のおかげで少し肩の力が抜けた……久々だぞ、あんなに笑ったのは」

 

『もっ、申し訳ありません。だらしないISで……』

 

「そんな事はない。痛みで操作を誤る心配がなくなっただけ、ありがたい」

 

 

そして笑みを消したカナードは確認を行う。

 

 

「お前が出てきてくれた……と言うことは」

 

『はい。今私には新たな力が、貴方が望んだ力が発現しました。それをお伝えするために、私は来ました』

 

「俺が……望んだ力か」

 

 

先ほど心から渇望した【力】

それは――

 

 

『はい。クロエ様を……貴方の手で助けるための、そのための力です』

 

「……分かった。すぐに、クロエを助けたい。頼めるか?」

 

『承知しましたっ。すぐさまカナード様の意識を現実世界に戻しますっ』

 

 

ドレッドノートはそう言って眼鏡をクイッと持ち上げる。

同時に、カナードの意識が遠のいていく。

 

周囲の晴天の景色はまるで霞の様にぼやけ、不確かなものに変わっていく。

だがそんな中、確かに届いた。

 

 

『カナード様、ご武運を』

 

 

その声に頷くと共に、カナードの意識は現実世界へと戻る。

コンマ数秒後に、シザードラグーンによってクロエの身体が斬り裂かれると言う場面に。

 

 

(させる……かぁっ!!)

 

 

新たに得た力を機体から、ドレッドノートから感じる。

 

残った左のALマニピュレータから、通常のALよりも強い光が発せられる。

そしてシザードラグーンがXアストレイに着弾――しなかった。

 

いや、正確には着弾したが全て弾き飛ばされたのだ。

Xアストレイを守るように淡く、翡翠色に輝くの光の膜に。

 

 

『っ、これは……カナード様の、ドレッドノートのアルミューレ・リュミエールっ!?』

 

 

今のXアストレイは、機体全体を包み込むように展開されたALによって守られていた。

だが、ドレッドノートのALはALハンディか、ALマニピュレータの専用装備がなければ展開することはできない。

 

いや、この状況でそれが可能な能力をISは秘めている。

 

 

『まさか、単一仕様能力(ワンオフアビリティ)が発現したというのですかっ!?』

 

 

完全に仕留めたと確信した状況が変化した事で、バイザーをつけていないラクスの口から困惑の声が漏れた。

一旦距離を取り、ドレッドノートとXアストレイから離れて、ラクスアインと合流する。

 

 

『【リュミエール・デュフューズ】……【散光】か』

 

 

ドレッドノートのコンソールに表示された単一仕様能力の名を反芻する。

 

 

『カナード様、これは……っ?』

 

 

状況が飲み込めていないクロエが、カナードにたずねる。

 

 

『間一髪、間に合ったようだな……無事で、よかった』

 

『かっ、カナード様っ!?』

 

 

自分の言葉に真っ赤になったクロエの様子に、微笑んだカナードは反転してラクス達に相対する。

 

 

『お姉様、どうしますか?』

 

 

ラクスアインがもう一人にたずねる。

驚愕の表情を浮かべていたラクスだが、すぐに表情は冷笑に変わる。

 

 

『……確かに驚きましたが、すでに彼は重傷です。私たちの勝利に揺らぎはありませんわ、アインっ!』

 

『はいっ、お姉様っ!』

 

 

2機のホワイトネス・エンプレスからビームと、そしてシザードラグーンがドレッドノートに降り注ぐ。

 

 

『悪いが……生きているうちは、負けじゃないんでなぁっ!!』

 

 

降り注ぐビームとドラグーンを、左腕のALと遠距離に展開したALで弾きながらラクスにドレッドノートは突貫していく。

咄嗟に彼を援護するために動いたクロエ。

その彼女から見える、彼の後ろ姿は、その名の如く【勇敢】なる後姿であった。

 

 




次回予告


「PHASE4 乙女達の戦い」


『私とアナタで一夏を守る。それでいいでしょ?』

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