【完結】IS-Destiny-運命の翼を持つ少年 作:バイル77
漆黒の宇宙を光が駆ける。
その光の正体は、純白のISが構えるライフルから発射されたビームだ。
ビームは宇宙の闇を切り裂いて、目標に向かうはずであった。
しかしそのビームは、より強く輝く【翡翠色の光】の前にいともたやすく散った。
『く……小癪なっ!』
バイザーを付けたラクスアインは口惜し気に声を漏らした。
相対するカナードの駆るドレッドノートHが発現させた【単一仕様能力】【
何もない空間に突如として現れる【絶対防御障壁】であり、先ほどからラクスアインの攻撃、全てを容易く捌かれていたのだ。
だが、彼女は1人ではない。
同じタイプ:ラクス・クラインでありながらも自分よりも上位の力を持つ誇るべき【姉】が存在しているから。
『アインッ、再度能力をドラグーンに対して使用しなさいっ!』
『ギメルお姉さまっ、承知しましたわっ!』
ラクスギメルのホワイトネス・エンプレスが射出した【シザードラグーン】に対して、ラクスアインは自機の能力を発動させる。
能力の発動と同時に、ホワイトネス・エンプレスのハイパーセンサーから【シザードラグーン】の反応が消失した。
【水月鏡花】
これが、ラクスアインのホワイトネス・エンプレスの単一仕様能力。
機体の武装のみに限定して、ハイパーセンサーからその存在を抹消できる能力。
直接的な攻撃力は持たない能力だが、ドラグーン等の遠隔無線兵器との相性は抜群だ。
乱戦や混戦状態ではパイロットは機体の取得する情報を適切に判断して行動しなければならない。
相対する機体の武装なども詳細に把握する必要が出てくる。
それを機体のセンサーだけとはいえ、それが消失するのだ。
脅威以外の何物でもない。
能力を受けて反応を消したドラグーンが、ドレッドノートHとXアストレイに向かう。
だが、その全てが遠隔で展開された光の障壁によって弾かれてしまった。
『っ!?』
『無駄だ。その程度ではな』
片腕をもがれて満身創痍であるはずのドレッドノートHを駆る、カナードの顔に笑みが浮かぶ。
『ギメルとか言ったな。貴様のISの能力は透過能力……だからドレットノートのバリアを破るのではなく、すり抜けて直接俺にダメージを与えられた。だが透過できるのはどうやらシールドバリア限定。もう1人の能力と組み合わさった時の奇襲性能は大したものだが、ALは透過できないという事がはっきりとしたっ!』
同時にXアストレイのドラグーン4基と、プリスティス2基が光の障壁を飛び越えてラクス達に襲い掛かってくる。
『くぅっ!』
ギメルとアインは瞬時加速を用いて散開し、ドラグーンのビームとスパイクドラグーンとなったプリスティスを回避する。
しかし、回避方向に突如として【AL】が展開されギメルとアインは目を見開いた。
『あぐぅっ!?』
『きゃぁっ!?』
崩された体勢かつ回避途中の機動であったため、互いにALに衝突し機体のエネルギーが急激に消費されてしまった。
スラスター制御とAMBACで何とか姿勢制御に成功するが、すぐさま別の光の壁が目の前に現れた。
当然それに触れてしまうたびにエネルギーが消費される。
『こっ、これは……っ!?』
自身の状況を確認したラクスギメルの口から困惑と恐怖が滲む声が漏れた。
2人のラクスはそれぞれ【光の壁】に覆われていた。
いや正確には【壁】に覆われているのではない。
正確に言うのならば【光の牢獄】に囚われている、が正しい表現だろう。
『逃げ場などない。すでに貴様等の周囲をALで囲んでいる……クロエっ!』
『はいっ!行ってっ、ドラグーンっ!』
カナードの叫びと共に一旦ドラグーンを本体に戻していたXアストレイから再び、ドラグーンが射出された。
その狙いは光の牢獄に捕らえられた【ラクスアイン】
射撃位置についたドラグーンとプリスティスからビームの雨が降り注ぐ。
モノフェーズ光波シールドであるALをすり抜けたそのビームは、いともたやすくホワイトネス・エンプレスを蜂の巣にしていく。
『あぁぁっ!!』
『アインッ!!』
咄嗟にビームサーベルを展開したラクスギメルはアインの救助のために、ALに切りつける。
だが現在ギメルとアインの両者を捕らえているALのモノフェーズ方向は外から中に切り替わっている。
つまり、外からの攻撃は素通りするが、内側からの攻撃はシールドとして弾くのだ。
もっとも通常のビームサーベル程度で、ALを貫くことは不可能だが。
『どこを見ている?』
底冷えする冷酷なその一声と共に構えるのは、バスターモードに切り替えたドレッドノートHのHユニット。
すでにエネルギーもチャージが完了し、カナードは戸惑わずにトリガーを引いた。
発射された高出力ビームはモノフェーズ光波シールドであるALをすり抜けて、ギメルに直撃した。
『きゃぁっ!!』
悲鳴と共に、バスターモードのビームの威力に押され、照射を受け続けながらALに叩きつけられている。
『えっ、エネルギーがっ……あぁぁぁっ!!』
機体のエネルギーが一気にレッドラインを下回り、美しかったドレスのような装甲は融解していく。
そしてドレッドノートHのビームの照射が終わるころには、辛うじてISとわかるだけのフレームが残っていると言った無残な有様に変わり果てていた。
すでに絶対防御を発動させているが、機体の負ったダメージが重いため搭乗者のラクスギメルは火傷や裂傷などが見られていた。
『私はラクス・クラインなのに、こんなっ、こんな無様な……っ!?』
残った左腕のALマニピュレータから十八番のALランスを展開し、そのままラクスギメルに斬撃を加える。
『かぁ……っ!?』
『貴様はオリジナルじゃない。どこかの誰かは知らないが、選択を誤ったな』
直後に絶対防御を発動させていたラクスギメルのホワイトネス・エンプレスは、エネルギーを枯渇させる。
地上ではなく宇宙でのエネルギー切れ。
それが指し示す答えは自ずとわかっているラクスギメルは恐怖に顔をゆがめるが、幸運にも彼女はその直後に意識を永遠に手放す事が出来た。
意識が途絶える瞬間最後に彼女が見た光景。
それは自分の胸を光の槍が貫いた光景であった。
『まずは1人……っ!』
左マニピュレータを引き抜いてすでに物言わぬラクスギメルを一瞥し、視線をラクスアインへと移す。
クロエのXアストレイによる断続的なビーム掃射によって、ラクスアインのホワイトネス・エンプレスもエネルギーが枯渇しかけていた。
『ギメルお姉様ぁっ!?』
目の前で起こった光景が信じられない。
自身よりも高い性能を持つはずの彼女が一方的に仕留められた。
その結果、彼女の心には恐怖の感情が湧き出ていた。
カーボン・ヒューマン:ラクス・クラインとなって初めて感じる恐怖の感情。
生き残るため、与えられた頭脳を最大限稼働させる。
だが状況は変わらず、打開策は浮かばない。
いや、むしろより悪く変化していく。
なぜならば、その瞬間に搭乗者保護と絶対防御を発動させていたISのエネルギーが枯渇したからだ。
『終わりだぁっ!』
最後の力を振り絞るようにカナードは叫び、瞬時加速を発動させてALランスを突き立てる。
加速の乗った光の槍の一撃は容易くアインの身体を突き破り、貫通したALランスを引き抜く。
『……終わった……か』
『……そのようです』
まだL4宙域では戦闘が続いているが、2人の周囲に敵機の反応はない。
それを確認し終えたカナードは、殺めた2人のラクスの遺体のうち片方、アインの方を回収する。
『クロエ、もう1人の方を頼む』
『分かりました』
何故、2人がラクスの遺体を回収するか。
それは彼女達がカーボン・ヒューマンであるからだ。
この世界には本来存在しえない技術によって生まれた彼女達。
宇宙に放逐すれば問題はないだろうが、万が一回収されたら事だ。
また彼女たちのISも回収することで、何かしらの情報が得られるかもしれない。
『カナード様、回収しました』
『……そう、か……』
クロエがギメルの遺体を回収しカナードに伝えるが、彼からの返事が弱々しかった。
その異変にクロエはすぐに気付いた。
いや、今の彼は万全の状態とは程遠く、むしろ気づくのに遅れてしまっていた。
『カナード様っ、大丈夫ですかっ!?』
『……まだ、大丈夫だ』
そういうカナードであったが、呼吸も荒く、額には汗が大量に浮かんでおり限界は見えている。
ドレッドノートHからの搭乗者保護があってこの状況なのだ。
すぐさま治療を受けなければならない。
『駄目ですっ、これ以上はもう無理ですっ!』
『……みたいだな』
自嘲染みた笑みを浮かべてそう告げるカナード。
そんな彼とクロエの元に空間投影ディスプレイが繋がる。
映ったのは束である。
彼女はカナードの右腕を見て一瞬顔をしかめるが、すぐさま用件を伝える。
『カナ君っ、イズモに戻ってきて、腕はまだ繋げられるよっ!』
『……本当かっ?』
切断された四肢の接合は、本来秒単位でも早く手術を受けなければならない。
遅れれば遅れるだけ、接合手術のリスクが高まるからだ。
すでに腕が切断されてから、ある程度の時間が過ぎていた。
その為切断された右腕は諦めていた。
『ドレッドノートがカナ君の腕を搭乗者保護で守ってるの!だからまだ接合は可能だよっ!』
ふと自分を覆う機械の鎧に目をやる。
力をくれただけではなく護ってくれていた愛機に感謝の気持ちを込めて、なんとか動かせた左腕で装甲を撫でる。
『……そうか。なら、たの……む』
ギメルとアインを仕留めるのに力を使い果たしたせいで、すでに意識を保っているのが精いっぱいの状況。
碌に機体を動かす力もすでに残ってはいなかった。
その様子を見たクロエはすぐに彼に寄り添い、支える。
『すぐにイズモに、お連れしますっ!』
『……悪いな』
Xアストレイがドレッドノートを抱え上げる形でスラスターを全開で吹かせる。
クロエに運ばれていく間、繋がったままの回線でカナードは束にあることを伝える。
『束、奴等には序列が……存在して……いるようだ』
『序列……ギメルにアイン。ヘブライ語だね』
束の返事に、カナードはうなずく。
『恐らく……序列が上がるほど戦闘能力が高くなるとみて、間違いはない。バイザーを付けているかいないかだろうな。この情報が……アテになるかは知らんが、他の連中にも伝えて……おいてくれ』
『分かったよっ、でもカナ君はまず腕くっ付けるのが大事だからねっ!?ちゃんと生身の手でくーちゃん抱いてあげないと、束さん怒るからねっ!』
『……はは、それはいや……だ……な……』
束の怒声にも近い返事に苦笑した後、カナードの意識は遠ざかっていった。
コロニーメンデル 上空
紅の光、蒼の光、そしてその2つを合わせた様な紫の光。
それぞれが翼の様に広がり、人口の空には激突音が響く。
『ちぃっ!』
ラクスアウレフは舌打ちを発しながら、砕けた右マニピュレータに内蔵されている【ビーム手刀 カラミティ・エンド】へのエネルギー供給を停止させる。
格闘武装の中でも特筆して発振するビーム出力が高いカラミティ・エンドを砕いたのは、相対する【デスティニーガンダム・ヴェスティージ】が持つ不壊の聖剣【アロンダイトVer2】であった。
そして間髪入れずにデスティニーは追撃に移行する。
右マニピュレータ、人間で言えば薬指先の部分が展開し、そこから何かが発射された。
発射されたそれは、急激な膨張を見せてデスティニーそっくりの人形へと姿を変える。
『っ、ダミーっ!?』
ホワイトネス・エンプレスのハイパーセンサーが即座にその正体を把握するが、ラクスアウレフの意識は一瞬だけ、ダミーバルーンに逸れた。
――それが、真の狙い。
『簪っ!』
彼の叫びに呼応するように広がる、蒼い光の翼。
ラクスアウレフと真の相対的下方から急速に接近するIS【飛燕】
その搭乗者である簪のマニピュレータには竜殺しの魔剣の名を冠する【バルムンク】が握られていた。
『やぁっ!!』
振り上げられた魔剣の一撃は正確にラクスアウレフのホワイトネス・エンプレスを捕らえていた。
だが、意識を逸らされたのは一瞬。不意打ちを防御できないラクスではなかった。
健在である左のカラミティ・エンドを起動して、バルムンクの一撃を受け止める。
高出力ビーム武装同士がぶつかり合い、コロイド粒子の反発によってスパークが迸る。
武装の出力差からか、簪の飛燕が少しずつ押され返していく。
『その程度で私を……っ!?』
不意の一撃を繰り出してきた簪のバルムンクを受け止めて、浮かべていたラクスアウレフの笑みが消える。
逆に簪は薄く笑みを浮かべていた。
鍔迫り合いで互角、いや優勢で押し返していたはずのカラミティ・エンドがバルムンクによって次第に押し込まれて行くのだ。
同時に飛燕にも変化が起こっていた。
蒼い光翼を作り上げていたはずのVLユニットから、【紅の光翼】が広がっていく。
それに伴って、バルムンクの刀身ビームもより強力に発振されていく。
まるでどこからかエネルギーを分け与えられているように。
『はぁぁぁっ!!』
『くぅぁっ!?』
簪の気合の叫びと共に、カラミティ・エンドが押し切られマニピュレータが弾かれた。
『真っ!』
その叫びと共に、飛燕が急速で離脱。
飛燕が離脱した理由は簡単だ。
本命は彼なのだから。
『うぉぉぉっ!!』
雄叫びと共に、デスティニーがラクスアウレフにアロンダイトVer2を構えて突貫する。
残像を展開しながらの急機動。
体勢を崩したラクスアウレフであったが背部にあるドラグーンを切り離して、咄嗟にスパイクドラグーンを展開した。
スパイクドラグーン5基が、迫るデスティニーに牙をむく。
『あっ、甘いですわっ!』
『どっちがっ!』
震えた声がラクスアウレフの口から零れ、真がそれを否定するように叫ぶ。
一直線にホワイトネス・エンプレスに向かっていたデスティニーは急機動で上方に移動した。
瞬時加速を用いての、軌道変更。
上方に逃れることで迎撃のために展開していたスパイクドラグーンは当然空を切る。
ラクスアウレフがドラグーンへの指示を出すよりも、デスティニーの攻撃の方が早かった。
『うぉぉぉぉっ!!』
『ぐっ!?』
上段から振り下ろされるアロンダイトVer2を、咄嗟に展開した左腕のカラミティ・エンドで受け止める。
刀身ビームがスパークし、火花が散る。
互いの近接格闘武装の威力はほぼ互角だ。
再度鍔迫り合いの状況となるが、デスティニーのVLユニットから溢れる紅い光が一瞬だけより強く煌いた。
それと同時にアロンダイトVer2から発振されていたビームの出力が急上昇し、カラミティ・エンドを押し切った。
先に右のカラミティ・エンドを破壊された時の再現。
それを目撃したラクスアウレフはようやく気が付いた。
(これはっ、先程の攻撃やあの娘を援護していたのは、デスティニーの能力ということっ!?他人にも与える事が可能っ!?)
VLユニット同士はエネルギー転送が可能である。
クルーゼ事件の際に、飛燕のVLユニットとデスティニーのVLユニットはすでにリンク可能な状態であることが分かっていた。
簪と互いに攻撃を仕掛け、鍔迫り合いや有効打を与えられる状況で一瞬だけデスティニーの単一仕様能力【運命ノ翼】による出力強化をVLユニットを通して行う。
これによって、カラミティ・エンドよりも威力で下回るバルムンクが鍔迫り合いで押し切れたのだ。
『はぁっ!!』
咆哮と共に振り下ろしたアロンダイトVer2がカラミティ・エンドを両断し、ホワイトネス・エンプレスの左マニピュレータで爆発が発生する。
振り下ろしたアロンダイトを右手に、左のクラレントをビームライフルモードで起動して追撃を仕掛けようとしたデスティニーだが、背後から迫る気配に、回避を選択しながら標的を切り替える。
数瞬前でデスティニーがいた座標を、先ほど追撃のために放っていたスパイクドラグーンが襲う。
回避後のAMBACを終えたデスティニーは、クラレントを襲ってきたスパイクドラグーンに向け放つ。
通常のビームライフルよりも強力な一撃が、正確に襲ってきたスパイクドラグーン数機を全て貫き残骸へと変えていく。
(……妙だな)
一旦ホワイトネス・エンプレスから距離を取ったデスティニーを、ビームライフルやバルムンクの砲撃モードで簪が援護をしてくれている。
ラクスアウレフのホワイトネス・エンプレスもゲシュマイディッヒ・パンツァーを装備しているため有効打はなっていないが、それでも戦闘機動を維持したままの思考は充分行えるだけの時間は稼げた。
(あのラクス……強敵だけど倒せないわけじゃない。オリジナルやAIに比べたらドラグーンの操作も甘い。さっきのドラグーンだって追い詰められたから咄嗟に使ったって感じだ)
オリジナルのラクス・クラインやAIラクスならば、1対1ならば今の自分でも十分苦戦する相手のはず。
だが相対するこのラクスアウレフは、強敵ではあるが二人がかりとはいえ苦戦せずに押し込めている。
真が感じている違和感、その正体は単純であった。
カーボン・ヒューマン:タイプラクス・クラインに使われているデータ自体はオリジナルとそん色はない。
だが、そこにオリジナルのラクスや完全コピーであったAIラクスと同じ【意志】は存在していない。
それこそC.E.という世界を一時は掌握した戦乱の歌姫という【意志】がそこにはないのだ。
その結果能力面では優れていても、精神面では如実に差が現れていた。
最もこれは真や皆の知るところではないのだが。
またこの1年を通じて、真や簪達の技量が上がっているのもラクスアウレフ相手に優勢に立ち回れている理由の1つであった。
『簪、聞こえるか?』
『うん』
思考を整理し終えた真は、援護を続けてくれていた飛燕の簪にプライベートチャネルを繋げる。
『あのラクスだけど、二人でなら一気に押し切れるはずだ。力をかしてくれ』
真からの言葉に簪が頷く。
彼から頼られるのは素直に嬉しいし、ラクスの打破には真の力が必要不可欠だ。
『もちろん。私が援護するから、真がオフェンス?』
『いや、コンビネーションで行こう。身体は問題ないか?』
既に何度か、VLユニットを通してエネルギーを分け与えている。
その為通常時よりも高出力状態のVLから得られる速度に、簪は晒されている。
クルーゼ事件の際には、彼女の体力を予想以上に消耗させてしまったことがあったため真は確認したのだ。
『ありがとう、でも私は大丈夫だから』
自分のことを心配してくれている真に微笑んで簪は返答した。
代表候補生として普段からトレーニングを続けているし、飛燕に搭乗するようになってから耐G訓練にも比重を置いて訓練している。
真までとはいかないが、現役のIS搭乗者の中でも今の簪はGに対する耐性は充分に備わっていた。
『……分かった。なら任せるっ!』
『うんっ!』
紅と蒼、対の光の翼が広がって二機は弾れたように散開する。
迎撃の為にスパイクドラグーンが放たれ、デスティニーと飛燕に向かう。
『この程度ならっ!行くぞ、デスティニーっ!』
『うんっ!』
真の咆哮と共にデスティニーの姿がぶれ、次第にその輪郭が複数に分かれていく。
そして5機のデスティニーがそれぞれ別方向からホワイトネス・エンプレスに向かう。
『っ、姿がっ!?質量のある残像っ!?いえ分身っ!?』
デスティニーの能力とミラージュコロイドによる分身投影操作。
AIラクスとの戦闘で身に着けた技であるが、この数ヶ月で真とデスティニーはより
クラレントを構え突っ込むデスティニー2機がホワイトネス・エンプレスの両脇から迫る。
『っ、ですが所詮は分身っ!!』
ラケルタビームサーベルを2つ展開して、迫るデスティニーを両断する。
上方から2機アロンダイトを構えたデスティニーが迫るが、ラクスアウレフはAMBACで姿勢制御を行いつつ踊るように切り裂いた。
そして残るのは、本体のデスティニーのみ。
『残念でしたわね、この程度ならっ!』
『これでいいんだっ!』
真の叫びと共に、ラクスアウレフの周囲に高エネルギー反応が現れた。
それは先ほどまで分身をなしていたコロイド粒子とエネルギーの反応であった。
高精度に投影が可能になったと言うことは、それだけエネルギーに溢れているという事だ。
つまりは【単一仕様能力】で外部からの操作が可能ということ。
急激に高まるエネルギーはまるで、膨張していく風船のようでもあった。
いや、正確には――爆弾だ。
人工の空に響く爆発音と衝撃。
切り裂れたデスティニーの分身が残っていたエネルギーを用いて爆発を生じさせたのだ。
『あぁっ!?』
分身爆破という予想外の攻撃に、ラクスアウレフは吹き飛ばされる。
そして爆炎を突き破って現れるのは蒼の光の翼。
『てぇいっ!』
下方から迫るバルムンクの一撃がホワイトネス・エンプレスの背部VLユニットを切り裂いた。
当然衝撃が発生し、ラクスアウレフの体勢はさらに崩れる。
追撃に現れるのは紅の翼、デスティニー。
アロンダイトVer2を最大稼動させて巨大な光の剣とした一撃が、正確に胸部装甲を切り裂いた。
『あぐぅっ!?』
『まだまだぁっ!』
『ステーク、アクティブっ!』
真と簪の
デスティニーがクラレントをビームライフルモードで起動すると共に、飛燕はリボルビング・ステーク 回転弾倉式杭打機を展開し、撃鉄を起こしている。
ホワイトネス・エンプレスの切り裂れた胸部装甲に互いの必殺の一撃を押し当てる。
『がはっ!?』
クラレントとパイルバンカーの凄まじい衝撃が機体とラクスアウレフを貫いた。
残存していたエネルギーそのほぼ全てを消費し、絶対防御が発動。
弾かれた勢いのまま、彼女は人口の大地に叩きつけられた。
『……やったか?』
呼吸を整えながら、真がセンサーで地表を確認していく。
ホワイトネス・エンプレスが叩きつけられた影響で土煙が昇っていたが、少し経つとそれも治まっていった。
撃墜し、無残な姿に変わり果てたラクスアウレフ。
ISの展開が解除され、白いドレスの様なISスーツが露になっている。
もっとも撃墜の衝撃で所々破け、切傷や裂傷で赤く滲みができている。
生体反応は存在しているが、彼女が動く気配はなかった。
『彼女は、どうするの?』
『……放置はできないな』
意識を失ったラクスアウレフの元に降下しつつ、右のマニピュレータ、人間でいうならば中指部分が開きそこから【白い液体】が射出された。
ベチャッと倒れているラクスに取り付き、そのまま地面とも接着する。
デスティニーに装備されているトリモチランチャーだ。
コロニーの簡易修復にも使われるこれはIS装備時ならともかく、負傷した生身の状態では絶対に抜け出せない。
ついでに止血もある程度は出来るだろう。
『まだシーゲルがいる。とりあえずはこれで拘束しておく……簪?』
トリモチランチャーを追加でラクスの脚と手に放った真が簪に振り返る。
すると彼女はどういう訳か驚いた様な表情をしている。
それに少し顔が赤い。戦闘後の興奮というわけではなさそうだが。
『どうかしたか?』
『っ、別に何でもないよ』
咄嗟に取り繕って簪は顔を背ける。
その様子に真は首を傾げるが、今はそんな状況ではないためすぐに意識を切り替えた。
『簪、エネルギーは?』
『えっ、あっ、うん。真と一緒のコンビネーション攻撃だったからあんまり減ってないよ。まだ6割残ってる』
『そうか。俺もそのくらいだ』
互いに少しだけ思案した後、頷いて機体を飛び上がらせる。
そして向かう先は、コロニーの中央に聳え立つ研究区画。
その瞬間だった。
2機の周囲にまるでノイズの様な歪みが発生したのだ。
『なっ!?』
『きゃぁっ!?』
『っ、簪ぃっ!!』
咄嗟にVLユニットを起動させて彼女を救出しようとしたが歪みの方が速く、デスティニーと飛燕は抵抗できぬまま飲み込まれてしまった。
まるで嵐の中にいるかの様に周囲の景色が歪み動く。
重力が数秒毎に上下左右360度、次々と変わっていくかのように機体が引っ張られる。
これだけで気を失ってしまいそうな不快感を真と簪は味わう事となったが、数秒の内にその不快感は消えた。
不快感が消えると共に周囲の景色もまるで別物に変わっていた。
先ほどまで戦闘していたのはコロニーの人工の空と大地。
だが今は周囲にシリンダーが並ぶ、研究区画の様な場所に変わっていた。
涙滴型に伸びる壁の一面に、成人男性が優に入れるほど巨大なシリンダーがいくつも設置されており、中身は何らかの液体で満たされている。
『っ!?』
『ここはっ、何が起こったの……っ!?』
突然の事態に二人はパニックになりかけるが、落ち着いて周囲を見渡して現状の把握に努めていく。
『ここは……研究区画の中、か』
【S.E.E.D.】が発動している真の方が状況把握は早かったのか、簪にそう告げて辺りのシリンダーに視線を移す。
デスティニーが自動で補正を入れてくれているため、拡大された映像が視界に移る。
シリンダーの中身は液体で満たされており、その中には何も入っていない。
この光景を見て最初に思い出したのは、ギガフロートにあった【ラクス・クライン生産施設】
そしてこのコロニーは【メンデル】
ならば、ここは――
瞬間、ハイパーセンサーが頭上に存在する何かを捕らえた。
それと同時に壮年の男性の声が響く。
『ようこそ、新人類誕生の聖地へ』
二人が頭上に視線を上げる。
そこには黒と紫を基調にしたISが存在していた。
細身なマニピュレータがISでは一般的であるが、まるでMSの様に強固な装甲で覆われた両腕部に脚部。
背部にはホワイトネス・エンプレスとは異なるがVLユニットと思われる翼上の機関が存在しており、腰部には装甲とは異なる複数の鋭利なユニットも見えた。
搭乗者であるシーゲルはギガフロートの際に身につけていたISスーツとは異なるものを身に着けていた。
身体のラインがはっきりと出るISスーツというよりは、C.E.のノーマルスーツや軍で研究されている強化外骨格に近い様に見える。
『シーゲル・クライン……!』
『この人が……っ!』
アロンダイトとバルムンクをそれぞれ展開し、構える。
先ほどの歪みはシーゲルの仕業だと、二人は直感で理解していた。
その様子に少し困ったような表情をシーゲルが浮かべる。
『やれやれ、私は話し合いに来たのだがね……飛鳥君。それに……えっと、更識……あぁ、更識簪君だね』
彼が思い出したように頷く。
『まずは賞賛を贈ろうか。私の娘を完全に再現したアウレフを倒すとは見事だったよ』
腕部部分の展開を一時解除したシーゲルが拍手と共にそういった。
『飛鳥君はともかく、そちらの更識君には驚かされた。S.E.E.D.を持つ飛鳥君の的確な援護もできる。ノーマークだったが彼女もいい素体になりそうだ』
『っ、ふざけるなぁっ!』
瞬間、【連続個別瞬時加速】で接近したデスティニーがアロンダイトVer2を振り上げて襲い掛かった。
アロンダイトのビームは通常よりも激しく発振されており、【運命ノ翼】も併用している。
振り下ろされるアロンダイト。
シーゲルは未だに先ほど解除した腕部分を展開すらしていなかったが、彼の機体腰部に存在しているユニットが分裂し、まるで【人間の手】の様に組み合わさり、ビームを発振して受け止められた。
その形状はどことなく、ラクスのホワイトネス・エンプレスのエンブレスユニットを彷彿とさせる。
鍔迫り合いの形になったが、まだ全容が掴めない機体であるため真はVLユニットを翻し離脱する。
『言っただろう、私は話し合いに来たと』
『ふざけるなっ、こっちはあんた達の計画に乗る気なんか、毛頭ないんだよっ!』
シーゲルは怒りの形相を浮かべる真から、簪に視線を移す。
『……ふむ、成程。君は彼女とそういう関係ということか。いや失敬、これは野暮な事だね』
苦笑したシーゲルはそう言ってから腕部を再展開する。
『我々の目的は先に話した通り、人類の調停だ。飛鳥君、君の戦う理由は【戦争のない平和な世界を作る事】だったかな?』
何故それを、と口から漏れそうになったのを真はかろうじて堪えた。
『今一度、最後の提案だ』
一度咳払いした後、シーゲルは告げる。
『君のその理想は【S.E.E.D.】を使った調停された世界でのみ実現できる。力を貸してほしい』
シーゲルは力強くそう告げ、真の返答を待つ。
――だが最初から答えは決まっている。
『戦争のない世界以上に幸せな世界なんて……あるはずがない……けど、俺はアンタを、アンタ達を否定するっ!』
横目でちらりと簪を見た後に叫ぶ。
この世界で得ることの出来た、大切な繋がり。
『世界は1人で回っているわけじゃないんだっ!話し合って、触れ合って、理解し合える、それが人間なんじゃないのかよっ!それを否定するアンタ達に協力なんかしないっ!!』
『あなた達の行動なんかで世界が纏まるわけないっ!』
真と簪が叫び、武装を構える。
『最後の交渉も、決裂……だね。ならば仕方ない。力で君達を倒して手に入れるとしようか』
その言葉の後、シーゲルから今まで発する事のなかった殺気が溢れる。
『
背部VLユニットから娘と同じ紫の光の翼を放ちながら告げた。
平成最後の更新になると思います。
続きは令和で。
次回予告
「PHASE6 掴み取る自由」
『大丈夫、お兄ちゃん……ううん、お姉ちゃんなら絶対出来るよ』