あの素晴らしい愛を   作:落窪よしお

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エピローグ

 シャノワールのホールに五人の悲鳴が響いた。昼食のデザートにとエリカが出してきたプリンがエリカお手製と分かった為である。全員断固拒否、席を立とうとすると異変に気が付く、腰及び両足が麻縄で椅子に括られていた。

「おいフザケンナこの野郎、いつの間にやりやがった!」

「皆さんの考えなど私にはお見通しです。ささ、これはアイリスとコクリコが帰国した時に出すつもりなんですから、ちゃあんと感想お聞かせ下さいね!」

「それにしても凄い技術です。五人中誰にも気付かれずに縛ってしまうとは…」

「関心しとる場合か花火!」

「うぇえん、何でアタシ達までー!」シーが椅子諸共倒れんばかりの勢いで体を揺らした。

「エリカさん!お二人のことを思うならプリンを出さないのが一番です!」メルも必死にエリカを説こうとした。

「あーあ、皆さんいけませんねえ、そうやって偏見に(まみ)れた認識は。無知蒙昧から脱するには経験を重んじる外にありません。という訳で!」エリカは轟々に罵るロベリアの口にプリンを掬ったスプーンを突っ込んだ。

「んんん!」

 その光景を見て四人は再度絶叫する。目の前で斯くも残虐なことが行われようとは、数分前の五人は想像だにしていなかった。

「ああ、お父様…先立つ不孝をお許し下さい…」

「エリカ、考え直せ!まずは…そうだ、ナポレオンに食べさせてみろ、そうすればそなたがしようとしていることの意味が分かる筈だ!」

 傍らでその痴態を見ていたナポレオンが悲痛に鳴き逃走した。

「あ、さっき作業で使ったフォールディングナイフ!」メルがポケットから取り出したそれはデュランダルの如き輝きを見せた。

「ヒュウ!さっすがメル!早くアタシの縄も切って下さ~い!」

「……美味い」

 ロベリアの一言に四人はフリーズ、エリカはへへんと満足気な顔をした。

 花火は生気を失った表情で言う。「ロベリアさん、正気を…」

「まさかエリカさん…」メルがエリカに送る視線は恐怖に染まっていた。「良からぬ葉っぱを――?」

「い、幾ら何でもそれは酷すぎます!ロベリアさん、ちゃんと皆さんに説明して下さい!」

「ったく、何でアタシが…」元々腕は縛られていない。ロベリアは自分でスプーンを持ってプリンを食べ始めた。四人はその光景を禍々しいものを見る目で観察する。

「いや、アンタ達、実際これは美味いぞ。かなりイケる。まるで店で売ってるみたいな口当たりに味わい深さだ。シー、アンタが作るよりも良い出来なんじゃないか?」

「ええっ!」それは心外とばかりにシーもスプーンを手にする。「……ホントに美味しいですぅ」

 他の者も半信半疑でプリンを口に運んだ。一口目はゆっくりと、二口目からは呑み込む前から次の一口を掬って。

「エリカさん、済みませんでした。まさかこんなに美味しいとは…」

「そなた、まともな料理が作れたのだな…」

「あっ、この期に及んでそんな失礼なこと言うなんて!おかわりも用意していましたが、グリシーヌさんにはあげませんからね」

 グリシーヌは慌てて言った。「待て待てエリカ、(わたくし)が悪かった。このプリン、文句無しの一品だ」

「ふふふ!」

 実は持って来た中にはエリカの分もあったのだが、五人の手が止まらない様子を見て自身の分も求められるままに渡してしまった。白昼の惨劇が一転、長閑(のどか)な昼休みに様変わりである。

「ところでエリカさん、こんなに美味しいプリンいつの間に研究為さっていたんですか?」花火が不思議そうに聞く。

「レシピを作り始めたのはもう大分前になりますかねぇ…特別な日の為にと思って。あ、因みにこのプリンは何時までも「開発途中」ですから!プリン道は終わりなき道なのです…」

「甘党の面目躍如だな」

「ええ!私の甘さに対する感覚は一般的な人の十倍もの…」

「何だか雲行きが怪しくになってきましたね…」

「エリカさぁん、このプリンならシャノワールでお客様にも出せますよぉ、きっと」

「え!シーさんホントですか~!それは大感激ですぅ!」

「正式にはオーナーに掛け合ってみる必要がありますけど…レシピはメモしてありますかぁ?」

「ええ、ここにあります」エリカが取り出したのは便箋であった。

「じゃあそれを…」

「あ、ちょっと待って下さい!」エリカは大慌てでフロントへ行き、そこに置いてあったペンでレシピに筆を入れた。書き加えたのはレシピのタイトル、元書いてあったものを一部修正したのだった。

「どれ、私にも見せてくれ…」便箋を受け取ったシーの背後にグリシーヌが立つ。ブルーメール邸でもそうそう食べられぬ味に感心し、普段は料理などしないがレシピが気になったのである。

「シャノワールのためのエリカスペシャルプリン…」そして何本かの横線で消された元のレシピ名を見た。

「…そうか」グリシーヌはエリカに微笑んだ。「良い、名前だな」

 エリカもまたいつもの如く朗らかに笑った。

「おいおい、グリシーヌしっかりしてくれよ。それの何処が良い名前なんだ?安直すぎだろ」また一口ぱくつきながらロベリアが言う。

「まあまあ良いじゃないですかロベリアさん。もしかしたらシャノワールの新名物になるかも知れませんよ」

「美味しいプリンに私達のレビュウ、相乗効果でますますお店が流行るといいですね」

「ええ、お店で出すとなれば是非沢山の人に食べてもらいたいです」

 止まらないスプーンを握る手は、五年に(わた)るエリカの愛の研鑽が無駄ではなかった証拠であった。始めは一人の笑顔だけを思っていた。けれど今、仲間が笑い、これからもっと多くの人々がこのプリンで喜んでくれるかもしれない。幸せな気分だった。

 そして胸中で呟く。

 ――いつか。いつか食べに来て下さいね――お二人で。

 

 

終わりのテーマ:祈り


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