この話は前に活動報告で言っていたオリジナル長編小説ネタの『紅蓮の火神子』という話の中編読み切り? スピンオフ小説となっております。
なので上記の話と世界観や設定は同一となっております。最も『紅蓮の火神子』本編のほうはシリアスだけど、この『白面・金行神子―――宝玉―――』シリーズは結構コミカルな部分も大きいんですが、その辺は世界観の根幹に関わる話か、関わらない話かと、単純に本作の主人公である宝玉というキャラと本編主役の紅蓮幻獣郎というキャラの違いがでかいんでしょう。
それではどうぞ。
PS.漢字間違いの指摘がありましたので、修正しました。
それは青い青い空と紅葉が見事な
「それでは、宜しくお願いします」
そう言いながら年頃の少女は、ドキドキと目の前の
15歳ばかりの少女の頬は緊張と期待に仄かに赤い。
それは恋しいあの人との、相性を占って貰う為。
なんでも妖狐族出身でそれはそれは妖力の高いと或る御仁……正体は明かせないらしい、が占い師としてここ那智滝裏町に数週間前から住み着いたらしいのだが、それがまたよく当たるとのことで、恋に恋する乙女としてはこれは逃せないとばかりに、彼氏との関係を占って貰おうと勇んでやってきたのだ。
嗚呼、あの人とわたしの将来は、どうなっていくのだろう。
緊張と不安と期待に胸は高鳴るばかり。
とはいえ、頬が赤いのは別にそれだけでない。
妖孤族は妖力が高いものであればあるほど麗しい容姿をしていると聞いていたが、それは狢族の少女の想像以上で、この件の占い師が世にも稀な程、美しい容姿をしていたからだった。
正直言えば、ここまで幻想的な迄に美しい相手を、娘は今まで見た事がなかった。
顔の細部こそ、薄紅の
その姿、まさに牡丹か、芍薬か。
どちらにせよ平凡そのものの自分とは比べものにならぬ、違う世界の生き物といわれても納得出来そうな美しさだ。
優美ながらもほっそりとした体は狩衣のような、巫女装束のような衣装で白と赤で纏められており、神に仕える者を連想させるほどに静謐で、浮世離れした空気に拍車をかけている。
優美で清廉された雰囲気は、きっと高位の家の出なのだろうと思わせる。
明らかにただ者じゃない。
こんなところで占い師なんてやる立場のものじゃないだろう。そんなの世間知らずの娘にだってわかる。
どう考えても、この品格といい、容姿といい、にじみ出ている妖力の巨大さといい、大妖の類だ。
妖狐族の者とは聞いていたが、まず管狐のような下級妖怪ではないだろう。
もしかすると
とまあ、思わず火照る頬の熱を意識から逸らす為そんなことを考えてみるが、それにしても、不思議と性別がよくわからない御仁だ。
これほどに美しいものは女でも稀であることを考えたら、まあ高確率で
なにより男としてみたら体毛が薄い上に線が細すぎるが、女にしてはあまりに体に丸みがなく、胸が平ら過ぎる。
確かにそういう
15,16……あるいはもう少し上くらいの年に見えるし、柔らかそうで血色の良い肌や、スラリと高い背丈を見たら、そこだけ発育不全になるとも考え難い。
ということは、やはり女顔なだけで、実は少年なのだろうか。
(ええい、どっちなのよ)
なんて考えながら、狢族の少女はチラリと件の占い師に視線を送る。
それに気付いたのだろう、妖狐の占い師は形の良い小さな赤い唇に笑みを乗せて、ニッコリ。
「ええと、
そう答える声で性別を判断しようとしたが、それも難しかった。
だって、まるで声代わり前の少年みたいな声なのだ。
女にしてはちょっと低いけど、少年と仮定しても、これぐらいの年齢なら、声変わりがまだなんだと言われたらこの声でも不自然じゃないなあと思えるようなそんな声だった。
成人男性でこの声だったらおかしいかもしれないが、それでも第二次成長期前の少年ならありふれた声というか、正直、男でも女でもどっちでも有り得る声といっていい。
(ていうか……何その雰囲気ぶちこわしな口調!?)
喋らず黙っていた時は、神秘的で幻想的なまでの雰囲気があったのに、口を開いたらまるでその辺の子供と大差ない空気で、告げる声には馴れ馴れしさや甘ったれな末っ子みたいな印象すらあるってどういうことなのか。
口を開いたらやたらのほほんとしている。
親しみやすいっちゃそうだけど、詐欺だ、これは詐欺だ。
厳かな口調が心底似合いそうなのに、なんだこの軽さ。その辺の村の子供か。
と失望混じりに思ったけれど、狢族の少女……カエデは黙っておくことにした。
だって、ほっそりとした白い手……カエデの倍は白い、に札を握りしめた瞬間彼……なのか彼女なのかよくわからない、が、の纏う雰囲気がガラリと変わったからだ。
ドキリと再びカエデの胸が高鳴る。
未だ人型のまま、妖化しているわけでもないのに、まるで同じ
白く神々しさまで感じさせる様は神様の化身だと言われても信じてしまいそうで。
こんな雰囲気と品格は村の子供じゃ持てない。
途中不安になりそうだったが、確かにこの占い師は『本物』だ、と少女は期待に胸を膨らませた。
……のだが。
占い始めてから1分と経たず、けろりとした表情で占い師は札から顔を上げこう言った。
「あ、駄目だね。悪いこと言わないから彼氏とは別れたほうが良いよ、うん」
と、酷く軽い口調で性別不詳の美形はのたまったのだ。
(は?)
彼氏との将来をみて貰った筈なのに、初っぱなから別れろ? なにいってんだこいつは、と思わずカエデの頬が引き攣る。
しかし、そんな少女の様子には気付いていないのか、相変わらずえらく軽い口調で妖狐の占い師はベラベラと言葉を続けて言った。
「うわあ、二股どころか六股? やるね通りこして頭おかしいね、君の彼氏。って、うわ、鬼族の娘にまで手出してんの? マジ、こればれたら超後怖いよ、勇者だね、勇者! てええ……3人目の彼女孕ませといてポイ捨てしてんじゃん。おまけに泣いて縋ってくる女の子蹴り飛ばすとか外道だよ、外道! っていうか、認知しないで女に押しつけただけで今までにも2人ぐらい子供いるじゃん。最低じゃん。結婚しようとか、幸せにするとか甘い言葉盾にしといて一切守らないんだもんなあ。うわあー……ここまで最低な奴はじめて視たかも」
ずけずけと気怠そうな声でそこまで一息に言ったかと思うと、ぽんと馴れ馴れしく少女の肩に手を乗せながら白金色の髪をした占い師は更にこう続ける。
それはまるで世話焼きお節介なおばちゃんみたいな雰囲気と口調で。
「カエデちゃん、本当悪いこと言わないから今すぐ彼氏と縁切ったほうがいいって。縁切らなかったらそのうちヤリ捨てされるだけだし、大きなお腹抱えて両親からも縁切られて途方にくれる末路が……カエデちゃん?」
プツリ。
「ふ……」
「ふ?」
「ふざけんな、このエセ占い師ーーー!!!」
狢族の少女、カエデの怒りの一撃。
「ふぎゃん!」
バチーン!
見事なまでの平手打ちが色白過ぎる少年? いや、少女? の頬に決まった。
拍子にヒラヒラと被っていた薄紅の衣が落ちて、その下から現れた顔は少女の予想以上の美貌であったが、もうそんなこと怒りにかられる彼女には全く関係がなかった。
寧ろ現実離れしているほどに、綺麗過ぎる程綺麗な顔なのがまたむかついた。
「会ったこともないくせに、人の彼氏散々こき下ろして何様なわけ!? ふざけんじゃないわよ、言っとくけどあんたなんかにびた一文も払いませんからね! この雰囲気だけのエセ占い師が。期待して損したわ、ふんっ!」
そう言いながら、狢族の少女は一重の目を釣り上げ、怒りに憎々しげに吐きだした後去っていった。
それを見ながら、ポカンと鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を晒しながら、性別不詳の妖狐は戸惑うように呟く。
「え? なんで事実言っただけなのに、怒ってんの?」
どうやら彼……もしくは彼女には、あの少女が自分に対しここまで怒った理由が心底わかっていないらしい。
ヒリヒリと痛む赤い頬を撫でながら、ぺたんと三角座りをして少女が立ち去った方向を見やるも、もう怒った娘は戻ってきそうにはなく、それはつまり本日の客を逃がしたというわけで。
(あ、今日の収入どうしよ)
とか思っても後の祭り以外の何者でもない。
「ほ~う~ぎょ~くぅ~~~!」
と、そんなことを思っていると、凄い勢いで右後方から
それはよく知った
「ちょ、
白金色の髪をした性別不詳の妖狐は、呪符で氷柱を弾きながら、犯人だろう少女……己の数少ない友人であり親友だ、の雪女の名を呼びながら一生懸命怒りの表情を浮かべた。
が、しかし怒っている風を装っているが実際あんまり怒っていない美貌の妖狐とは裏腹に、確実に怒りを湛えた形相で雪女の少女、氷沙女は続いて第二撃、第三撃の氷柱を放ち、こう怒鳴りつけた。
「おのれは、余計なこと言うなっていったでしょ、このばかちんが! 何度それで客を逃がしたら気が済むのよ、このパープリン! ああいうのはね、適当にお膳立てして、もっともらしいこといって、ちやほやしてやったらいくらでも銭落としてくれるっていうのに、それを、それを……このアホ-!」
少女は怒っていた。
その怒っている理由はわかっている。
己が客を逃がしたからだ。
なにせ、氷沙女は本業が情報屋だ。友達のよしみで自分の独り立ちの手伝いをしてくれているが、流石にただというわけではない。自分の収入の3割は広告代あるいは仲介料として氷沙女に払うことになっている。
つまり、己が客を逃がしたことで損をするのは自分だけではなく、彼女も、なのだ。
それが許せないんだってことはわからなくもないのだけれど、それでもこっちにはこっちの言い分があった。
「いや、だって実際あの子の彼氏霊視で見たけどちょー最悪だったよ!? お客様に嘘吐くわけにはいかないだろ。だって、それで将来泣きみんのはあの子だよ。見過ごせないだろ、ふつー!」
そう答えながらこの白金色の妖狐が思い出すのは、実家にいる小さな妹の姿だ。
ふわふわの金茶色をした耳と尻尾に、プニプニの肌、無垢とあどけなさの象徴のような大きく丸い翡翠の瞳。
歳の離れたこの妹の存在によって、初めて兄妹って素晴らしいね! と思えるようになったものだ。
とてもじゃないがあのきつくて怖い姉や、意地悪でむかつく兄2人と同じ血を引いているとは思えない可憐さ、愛くるしさ。
『おねにいさまー、どこいくのー。みすずもつれてって』
なんていって自分に懐いてくれる姿はまさに神使!
いや寧ろ
ボクよりどう考えても妹のが相応しいよね、その称号。寧ろ妹が神じゃね? 可愛さの神。
だがしかし、今は小さくて可愛い妹も、大きくなればいずれ彼氏とか連れてくるようになるんだろう。それが自然な流れというものだ。お姉ちゃんだって15歳の時嫁に行ったしな!
そんな時妹が連れてきた恋人が今回霊視で見たあんな男だったら許せるか? いや、許せないね。
などという思考が一瞬で妖狐の脳裏を駆けまわる。
とまあ、長くなったが、女の子が食い物にされているのを知ってて警告すらしないってのは、どうもこの白金色の髪をした少年? いや少女? の主義に反するのであった。
そんな思いを両断するように、雪女族の少女は、締め切り前のような形相でじろりと性別不詳の妖狐を睨み付け、こう厳しく地を這うような声音で叱りつけた。
「事実でも言っていいかどうかは時と場合によるのよ、このアホンダラ! そういうのは信頼関係ちゃんと築いてからじゃないと意味ないの! その頭は飾り物かっての」
小難しい呪術や陰陽術とかはちゃんと頭に入っていたり、頭の回転自体は悪くないくせに、なんでこの子こんなアホなのバカなの? なんて思いながら、氷沙女は痛む頭を抑えつつ、クイッと眼鏡の位置を戻して、それから気持ちを入れ替え、こう小さな子供に言い聞かせるような声で告げる。
「あのね、
ギクリ。
性別不詳の妖狐……こと、宝玉は、その名の通り宝石のような金がかった美しい翠緑色の瞳を泳がせながらも、少し焦った口調でこう答える。
「あ、当たり前じゃん。その為に村出たんだし。あるよ、あるに決まっている」
とか言いながらも宝玉は氷沙女の顔を正面から見ようとしないし、その白い肌からはダラダラと汗が伝っている。この時点で後ろめたく思っているのは間違いが無く、言葉にも説得力がない。
「ふーん、へー、そう」
「そうそう」
「おばあさまから逃げたかっただけじゃないの? それ」
「うぐっ」
じろり、半目にねめつけるように見てくる親友の眼差しに耐えられず、宝玉は思わずふさふさの尻尾に埋もれるようにして自分の足を抱え、ぺたんと座り込む。
「って、あー、もう何やってんのよ! 人前で尻尾出さないっておばあさまと約束したんでしょ!」
「……わかっているよ」
ぶすくれた声で宝玉は答える。
髪と同じく白金色をした複数の尻尾は、ふさふさと所在投げに上下左右に揺れていた。
そんな友人である妖狐の姿を見ながら、氷沙女は呆れ混じれの声で釘を刺すようにこう言った。
「いや、あんたはわかっていない! いい、宝玉、もう一度胸にしっかりと秘めておきなさい。あんたはね、数百年ぶりに生まれた九尾の狐ってだけじゃない、『金』行を司る今代の金の神子なんだから。おかしな
「…………わかっているよ」
そう答えながら、空を見上げ、宝玉はこれまでの経緯に思いを馳せた。
―――この世の裏側には、妖怪がヒトと呼ばれ暮らす世界があった。
名は
そこに人間はおらず、妖怪達は人型を取ってそれぞれに文化や国を築きながら暮らしている。
その地形は人間の住まう世界……人間達は『地球』と自称する、とそっくりであるが、それは当事者である妖怪達や、その世界に関わりのない人間達にはあずかり知らぬ話だ。
ともかく、天原において『人間』という種は御伽噺としてしか語られず、『ひと』といえば指すのは通常妖怪のことだ。
そもそも何故妖怪を『ひと』と呼ぶようになったのかは伝えられていないし、昔は人間という種もこの世界にはいたというのだけれど、それでも天原の住人にとって『ひと』といえば妖怪のことで、人間は御伽噺に出てくる幻想種のように扱われている。
けれど、嘘か誠かは知る由もないが、天原の住人が『
豊葦原とはどういう世界であるのか、については諸説あるが、最も有名な説に乗っ取れば、なんでも天原と豊葦原は鏡を媒介に繋がっているとされ、黄泉比良坂の向こう側に存在している楽園のような場所とされている。
けれど、そこは天原とは表裏一体。
草花と見知らぬ建造物に満ち、とても美しいが妖怪にとっては毒のような場所。
その世界では余程の大妖怪でなくば人型を保つことは難しく、また豊葦原に行ってしまった妖怪は存在自身が変質してしまうのだと伝えられている。
それがどういう変化かについては諸説あるのだが、正気を失うだの、妖化したまま人型に戻れなくなるだのというあまり良い変化とはいえない変化を起こす確率のほうが高いとされる。
変質することもなく無事に帰れるのは、神通力に長けている烏天狗族を初めとする極少数の大妖だけだ。
故に怖い者見たさで1度ぐらいは見てみたいが、行きたくはない幻想の場所というのが天原の住人にとっての『豊葦原』という存在だった。
また、豊葦原は、神隠しにあったものが行き着く先とも言われており、彼の大妖怪、玉藻の前もある日を境に豊葦原に消えたのだという。その最後は諸説あって未だ明らかではない。
そして宝玉は天原の中でも鬼の紅蓮皇家が治める
系譜としては白面金毛九尾の狐の度々排出してきた山城地方伏見藩、藩主の遠い分家筋に当たる
白尾家は数百年前に伏見家から独立分化した傍流とはいえ、あの玉藻の前を排出した九尾の名家の血を引いていることで知られている。
九尾の狐は狐系の妖怪の中では特に高位の存在だ。食物連鎖で言えば頂点に君臨している。
その系譜という時点で、本家でないといえど白尾家の妖怪としての格は上から数えたほうが早く、地位は大したことがなくとも一目置かれる立場にあるし、高い妖力を持つ為、宝玉の父のように役所に採用されるものも多く、いつの時代も結構恵まれた立ち位置だ。
けれど所詮は野に下った分家の出、ほんの50年ほど前までは白尾家など地元の妖怪か、同じく妖狐の家系にしか知られてなかったものだが、今や妖狐で白尾家を知らぬ者はなしという状況が出来ていたりする。
なにせ、宝玉の祖母は和刀の英雄であり、「
たった1人で、『
まともに寺子屋に通った事があるものなら、彼女が49年前に果たした偉業を知らぬ者はまずいない。
宝玉の祖母の名前は、下手をすると伏見藩藩主であるはずの御本家当主よりも有名で、この列島で白尾玉蘭の名前を聞いたことがないとすればそれはもぐりだけだ。その後起こったという求婚騒動も含め、今や彼女の偉業は絵本から歴史書に至るまで数多く描かれ、世に流れている。
そんな背景もあり、白尾家……というよりも祖母の周辺は常に注目されていたのだが、そこに生まれた宝玉が『普通』とは言い難い子供だったのが、余計に『妖狐で白尾を知らぬ者無し』という現状を加速させることとなった。
だって宝玉は、現状唯一の九尾の狐だ。
白面金毛九尾の狐。
そもそも伏見の家系は九尾の系譜とはいうが、九尾の狐など滅多に生まれるものではない。
本家であろうが分家であろうが、九尾の狐が生まれるのは数百年に1度ぐらいのもので、大抵の妖狐は尾が多くても七尾か八尾がせいぜい、英雄だって言われている宝玉の祖母だって尾の数は七本までだ。
分家の者は宝玉の家族を含んでも大抵が三尾か四尾だし、これが山城にある伏見御本家でも五尾や六尾が良い所、宝玉以前に生まれた九尾の狐の記録は280年前に生まれた記録を最後に途絶えている。
そして妖狐は尾の数が多ければ多いほど美しい容姿に、高い妖力を持って生まれてくるといわれている。
天原広しといえど、この時代に九尾は宝玉1人だけだ。
少なくともこの列島に他の九尾はいない。
つまり宝玉は潜在能力でいうのならば、現存する妖狐一族の中で間違いなく最強と呼べる存在として生まれた。
……のだが、宝玉が特別なのはそれだけでは収まらなかった。
ただでさえ、九尾の狐という妖狐一族でも滅多に生まれない稀な存在なのに加えて、おまけに宝玉には性別が「無い」。更におまけに付け加えて『金』行を司る今代の金の神子でもある。
特別なのもここまで来ると運命の神の作為的なものを感じる。
性別が無いというのは言葉通りの意味だ。
宝玉は男でも女でもない。
狢族の少女が宝玉の性別を見抜けなかったのも当たり前だ。実際、宝玉は男でも女でもないのだから。
とはいえ、宝玉はふたなりやはにわりといった半陰陽というわけでもない。
寧ろ真逆、未分化の存在だ。
半陰陽とは、受精し、赤子として母の胎内に宿った後、ひととして形成されていない胎児の状態から赤ん坊の形へと移行する際、男か女かのいずれかに分化する時に、なんらかの手違いで男女の特徴どちらもが混ざって、そういう男女の交じった性として、母の胎内で十月十日の成長を終え、この世に生まれてきたものをそう呼ぶ。
確かにこれも男女どちらでもない性と呼べるのだが、たとえ男性的特徴と女性的特徴両方を具えていたとしても、それはそういう性別として完成された存在なのだ。
男女どちらかに近づくことは出来ども、決して、完全に男になったり、女になったり出来るわけではない。半陰陽は生まれてから死ぬまで半陰陽なのだ。
彼らは構造的に男であり女でもある。生物としては中途半端者だ。
故に生殖能力はない。
もし、あったとしても、腹に宿る可能性も低ければ、無事に子が産まれてくる可能性も低く、更にタチが悪いことに、生まれてきた子は高確率で障害を負うことになる。
両性具有と呼ばれることもあるが、子を残すことが出来ぬ彼らはどちらかというと両性不具有と呼んだ方がまだ実情に近い。
それに対し宝玉は無性だ。
その生まれ持った幻術力の強さにより、男女どちらかに分化する前の段階のまま体だけ大きくなって母親の胎内から産み出された。一体本来はどちらの性になるはずだったのかは、宝玉自身すら知らない。
だが、これは妖狐一族の中では珍しいことは珍しいがそこまで奇怪な現象というわけでもない。
八尾や九尾の狐にはたまにそういう子供が産まれてくることは昔から伝えられており、無性である彼らは分化前の存在であるが故に自分の手で性別を選ぶことが出来た。
つまり、男として生きるか、女として生きるか、その選択に応じて体が分化反応を興し、やがて男、あるいは女として完成することが出来るということだ。
彼の玉藻の前だって、元は無性であったのだと密やかに妖狐族の中では伝えられている。
望めば体は望んだ性別に適応し、変化し、そして分化さえ終われば、子供だって作ることが出来るようになる。
性別さえ決まれば子を残すことが出来るのだ。
それが半陰陽との最大の差だ。
だからこそ、宝玉が無性として生まれたこと自体はそれほど気にされることはなかった。
寧ろ、高い幻術力の証だと喜ばれさえした。
故に宝玉は自分の性別に
実際どちらでもないのだ。
宝玉にとっては男も女も等しく異性だった。
ただ……それが問題になってきたのは、宝玉が15歳の春を迎えた頃だった。
ある日、村の男にこう言われた。
「なあ、宝玉、お前、いい加減男になるか女になるか決めろよ」
正直にいえば、言われた時は意味が分からなかった。
何故なら自分の性に疑問も違和感も抱いたことのない宝玉にしてみれば、男になる意味も、女になる意味も見いだせなかったからだ。
自分の性に違和感などないのに変えろと言われても、興味がないのに性転換手術をしろと言われているに等しい。男になった自分も、女になった自分も、宝玉にはどうにも想像がつかないことだ。
けれど村人は口々に言う。
「嫁に行くか、嫁を取るかさっさと決めちまえ」
と。
宝玉は生まれた時から色んな意味で特別な子供だ。
280年ぶりに生まれた九尾の狐で、『金』行を司る金の神子で、今玉藻の異名を持つ英雄・
その血を残すのはいわば義務であり、持てる者が果たさねばならぬ役目だ。
一生独身で通します、子供を作りませんなんて口が裂けても言える立場ではなく、その役目を果たす為には男にしろ女にしろ性別をどちらかに決めなければならない。
そして和刀国では成人年齢こそ18歳からということになっていたが、結婚自体は15歳から可能となっていた。
宝玉の姉が山3つ向こうの村に嫁いだのだって、姉が15を迎えた年だ。
無性である宝玉には初潮も精通も知識でしか知らない縁の薄いものであったが、男にしろ女にしろ15にもなれば普通は性的な興味だって持つようになるし、一人前に子を成す事だって出来る。
いい加減、無性のまま見過ごされる年齢ではなくなっていたのだということに、そこで漸く宝玉は気付いた。
歴代の無性妖狐は遅くても18の春までには自分の性別を決めている。
孤は陰陽道でいえば陰に属している種であり、妖狐は特に呪術や妖術に長けた種だ。
妖狐が得意とする術は陽に属する術より、陰に属する術のほうが多く、
そのことから同じく陰に属している種である
たまに宝玉の両親のように、男である父の方が稼いでいる家庭もあるが、どっちかというとカカア天下な家庭が多いし、歴史をひもといてみても、妖狐で名を残すものは大抵が女だ。
そういう事情もあり、歴代の無性妖狐は7割の確率で女になる道を選んでいるが、男になる道を選んだものもこれまで皆無というわけではない。
(だからボクが絶対女になる道を選ぶとか、そういう決めつけはやめてほしい)
宝玉は歴代妖狐の中でも素質と妖力こそ特出しているが、代わりに貧弱過ぎるほど体力や腕力はなく、体格も華奢でイマイチ頼りなければ、性格も男らしさからはほど遠い。
その為宝玉は一応男に分化する可能性も残されてはいるが、それでも十中八九女になるだろ、寧ろ女になったほうが幸せなやつだろう、何を悩んでいるんだ、女にさっさとなればいいのに、という
それを村人は誰も疑問に思うことはない。
けれど本当に待って欲しい。
宝玉は生まれた時から無性で、そんな自分の性別を疑問をもつことなく育ってきたのだ。
確かにいずれ子孫を残さないといけないことはぼんやりと意識していたし、それは自分の義務だとは思うが、だからといって女になるなど決めつけられても困る。
今の自分にとって男も女も等しく異性なのだから。
1度性別が決まり分化がはじまればもう2度と無性の頃には戻れないのだ。
そんな明日の夕飯をどうするか決めるような気軽さで自分の性別を決められるわけがない。
というかそんないい加減な気持ちで決めるのは嫌だ。
そんな風に思い悩む宝玉を連れ出してくれたのが、3年来の友人の
元々、妖狐一族でも稀少な九尾であり、オマケに金の神子として生まれた宝玉は、実家の離れで祖母である玉蘭に育てられた。
母や姉兄達と顔を合わせるのは夕食の席ぐらいという徹底ぶりで、幼い頃はなんでこんな目に合わなきゃいけないのかわからなくて、母恋しさに何度も泣いたものだ。
それは宝玉がおかしな輩に利用されないためでもあり、また持てる者の義務として、九尾として、金の神子として、相応しい振る舞いや教養を身につけさせる為であり、祖母なりの愛情だったってことぐらいは今では理解しているのだが、それでも祖母は甘えたな子供だった宝玉にとっては、とってもコワイひとだった。
もしも宝玉が粗相をすれば、厳しく懇々と何がいけなかったのかを言い聞かせた上で、裏庭の巨木に括り付け、一晩中逆さづりにして放置することもあったし、歴史から歌の作り方に、算術、笛に琴、陰陽術に、式神の作り方、符術、妖術、呪術に先占術まであらゆることを教え込まれた。
本当に厳しい祖母だった。
厳格でいつも毅然としてて怖かったし、これで七尾とかどうなってんの? とかも思っていたけど、だからといって間違ったことや理不尽なことを祖母がいうこともなかったし、他の村人みたいにさっさと性別を決めろと宝玉に迫ってくることもなかったし、本当の意味で宝玉を追い詰めることはない人であったように思う。
……それになにより、怖かったけれど1番憧れた人だったのも確かだ。
まだ宝玉の父すら生まれてなかった昔、1人で400人の鬼族を追い返したという伝説も頷けるほどに祖母は強く逞しく、拭いきれぬ皺が刻まれて、年を取って尚美しかった。
あれほどに美しいひとを宝玉は他に知らない。
だから、氷沙女が思い悩んでいる自分に対し「村を出たら?」と言い、村を離れる事を祖母に告げに行ったとき、まさか祖母がそれを認めてくれるなんて思ってもいなかった。
『オマエは本当にそれで良いのだね?』
そう問うてきた祖母の目はやはり厳しく凛としていて、けれど一切の濁りが無く透き通っていた。
『いいでしょう、ならおやりなさい』
危険であるという理由で今まで頑なな程に村から自分を出そうとしなかった祖母が、どういう気持ちでその言葉を放ったのか、それは今の宝玉にはまだわからない。
「~く、ちょっと、宝玉。ぼ~として、聞いてるの?」
呆れたような少女の声が耳に届いて、宝玉ははっと過去から現在へと意識を戻す。
目の前ではやや不満そうな水色の瞳をした雪女族の少女が、眼鏡越しに自分を覗き込んでいた。
「聞いてるよ」
そう答えながら、ちらと再び彼女の姿を観察するように視界におさめる。
動きやすそうな白い着物に水色の帯、薄墨色の髪に白い肌をした彼女は美女揃いで有名な雪女族の出なだけあって黙っていたら整った目鼻立ちをしている。
とはいえ、あくまで一般的に見て美人に入るだけで、この六花氷沙女という少女は雪女一族の中では別段優れた見目というわけでもなく、平均的な容姿だそうで、故郷にいけば埋没してしまうのだそうだ。そのせいもあってか、夏ぐらいにしか故郷の山に戻ろうとしない。
加えて好奇心旺盛で活発な性格はちょっと雪女離れした騒がしさだ。
なんでも情報屋になったのだって、半分は好奇心を満たすためで、もう半分は自分の趣味を満たす為であるらしい。
その趣味というのが……宝玉にとってははた迷惑な趣味だったりするのだが。
「もう、なんのためにあたしがわざわざついてやっているのか、本当わかってないわよね、あんた。いい? あたしがあんたについてサポートしてあげられるのは、来年の春までなんだからね。だから、な・ん・と・し・て・も、それまでに自立する目処つけるのよ。でなきゃあたしがあんたのおばあさまに叱られるんだからね」
「わかってるってば」
口ではぶすくれた風に言っているが、宝玉だって本当にわかっているのだ。
雪女である氷沙女が何の負担もなく故郷の山以外に降りてられるのは冬ぐらいのもので、本当は春や秋だって厳しいのだ。それをこうして正月以外村の外に出たことのない世間知らずの自分に、なにくれとなく世話を焼いてくれているのだから、有り難いとしかいいようがない。
とは思っても素直に感謝の言葉を告げるのも、性格上難しくて。
この性格のせいで能力的には失敗するはずのない仕事でも客を逃がしまくっているし、焦りばっかり募って、あまり考え込むと自己嫌悪に落ち込みそうだった。
が、そんな風に後ろめたく思っている時に限って、こっちの感謝とか罪悪感とか諸々吹き飛ばしてくるのがこの六花氷沙女という少女なわけで。
「そ・こ・で! 新しいチラシ作ってきたわよ」
「え、なにこれ」
そういってにんまりとしながら氷沙女が差し出してきたチラシには『オキツネこんこん幽霊成仏悪霊退散なんでも御座れ☆霊媒万屋・宝玉におまかせ☆ 連絡先はこちら☆』とやたらふわふわした絵と共に書かれていた。
「はあああ!? ちょっと氷沙女ちゃん、どういうことだよこれ! 霊媒万屋ってどういうこと!? 占い師でいくんじゃなかったのかよ」
「ええい、やかましいっ」
「ぎゃんっ」
そう宝玉がつかみかかると、氷沙女は氷つきの右手で宝玉の額に手刀を決め、それから仁王立ちになってこう告げた。
「その占い師路線で失敗して客逃がしまくってるのはどこの誰だと思っているのよ、この顔だけ駄目狐。あのね、世の中甘くないのよ。失敗ばっかしているやつはそのうち噂になって客もこなくなるの。ならその前に新しい路線発掘して持てる手尽くして努力していくべきでしょ、違う?」
「いえ、違いません……」
思わず敬語になってしおしおと宝玉は体を縮込ませた。プルプルと白金色の尻尾が宝玉本体を慰めるように包み込む。もふもふの尻尾はこんな時も枝毛1つない美しい毛並みだった。
金がかった翡翠の瞳は痛みにか涙がにじんでいる。
これが暫定この列島における最強の妖狐だというのだから世の中は本当に不思議だ。
あどけなさまで感じるその顔は可憐で
寧ろその手の趣味がなくても虐めたくなる顔をしているかもしれない。
そんなことを内心思いながら、氷沙女は綺麗に笑みを乗せてニッコリ。
「それが嫌なら別にいいのよ? 今すぐ男になってくれても。それで、適当にその辺の美男子たぶらかしてきてあたしの次の新刊のモデルになんなさい。そうしたらモデル料はずんであげるわ。ええ、いくらでも養ってあげますとも!」
だから、ほら、今すぐ男になって襲われてこい! と、氷沙女はハァハァ鼻息荒く言い出した。
それを聞いて遠い気分で美貌の妖狐は思う。
嗚呼、また氷沙女ちゃんの悪い病気がはじまった……と。
六花氷沙女、18歳。2月3日生まれの雪女。
趣味……美少年もの
好きなものは南蛮言葉と美少年同士の絡み妄想。嫌いなものは夏と炎と頭の硬いクソ爺。
口癖は「男色が嫌いな女子などこの世にないわああ!」であり、「美青年×美少年ペロペロ」とか「今年の冬の祭典は、大陸もの書くわよー! 南蛮使者×龍皇もので決まりね! きゃー!」とか普通に言っちゃう彼女は、一言でいうなら『腐女子』という奴だった。
いや、もう本当頭腐ってるから。
腐りすぎだから、お願いだからそういう妄想は頭の中だけに仕舞っといて。
何が哀しくて友達にネタにされなきゃいけないのか、宝玉は違う意味で泣きそうだった。
「いや、ないから、そんな理由で男になりたくないから! ていうか、なんで男になってわざわざ男を誘惑して襲われなきゃなんないのさ。嫌だよ、そんな人生!?」
「大丈夫、あんたなら絵になる!」
ぐっと親指を立てて、自信満々に言われても全く嬉しくない。
確かに男色文化自体は昔からこの列島にはあるけど、それ上層部の一部で流行っている趣味ってだけだし、庶民のボクには全く関係ないよね? 大体男同士じゃ子供出来ないのにそんなことをする時点で意味わかんないよね? なんて考えが脳裏に浮かぶ時点で、宝玉は純粋なお子様だった。
「そんな太鼓判いらないよ!? ていうか、ボクたち友達だよね!? 親友でしょ、なんでネタにしようとするのさ、あとボクだからわかるからいいけど、横文字使いすぎでしょ、普通のひとにはモデルだのサポートだのっていってもなんのことか普通は意味通じないからね!?」
「流行の最先端を行ってこその情報屋よ。馬鹿ねえ、ちゃんと南蛮言葉を使う時は相手選んでるわよ」
「前半わざと無視した!?」
「宝玉、知ってる? 女同士の友情ってね、所詮は紙切れのようなものなのよ。萌えの前ではそんなもの塵芥に等しいわ。女に真の友情なんてもんは存在していないのよ」
うふふふと、黒く笑う氷沙女。
「都合の良いときだけボクを女扱いするのやめてくれる!? あと女性不信になりそうなこというのもやめて!」
結局、この日はそんなグダグダな話だけして1日が終わった。
* * *
「はぁーー」
何もしていないはずなのに、なんだか疲れたなあと思いながら宝玉は町の端に作った自分の寝床に潜り込む。
式神を使って大きな木の洞に作らせた寝床は、実家の自分の部屋に比べると格が落ちるとはいえ、それなりに居心地が良い。
いらなくなった藁の上に枯れ草を敷き詰めただけだが、妖化を部分解除してしまえばふかふかの尻尾で暖を取れるから寝心地も悪くないのだ。
……もっとも、収入がイマイチなため、昼間に式神に集めさせておいたドングリや栗に沢ガニぐらいしか食べるものはないというのが、ちょっと泣ける懐事情なのだが。
食べられる茸や山菜と毒草や薬草の見分け方とかの知識も一応宝玉の脳裏にはあるけれど、自分で直接出向くのならともかく、片手間の式神にそこまで細かい指示は出来ないため、毒茸とか持ち帰られるのも困るから結局そういう当たり障りのないものぐらいしか集まらない。
まあ、この辺は今後の課題だろう。
知識はあるのだから、慣れてくれば後はなんとかなる問題だ。
ボゥと狐火を出してほどよくドングリとかを焼いて簡易ながら夕餉とし、もそもそと咀嚼しながらこんなことをぼんやり考える。
(大根のおひたし食べたいなあ)
まだ、村を出て10日しか経っていないのにもう早母の味が恋しい自分に対し、苦笑しか出てこない。
まあ、でもこの季節だからこんなもので済んでいるのだろう。
だって、『秋』は宝玉の季節だ。
陰陽五行の理において、『金』が司る季節は秋、方角は西、色は白、五感は鼻となっている。
守護せし聖獣は白虎であり、白虎は獣の王だ。そのことから金行は獣をも統べるのだとされている。
五穀は稲、五臓は肺に、干支は申と酉だ。
陰の陽である金の刻は夕方の5時から夜の11時頃迄であり、宝玉の妖力が1番増すのもその時間帯だ。
宝玉は今代の金の神子として生まれた。
神子とはなんたるか、を説明する前に少しこの国の話をしよう。
鬼の紅蓮皇家が治める和刀国の国は、豊葦原における『日の本』と呼ばれる地の6割を占める大きさを誇る、列島で最も大きな国だ。歴史は約1200年。
その始まりには空海と呼ばれる『人間』が関わったとも伝えられているが、まあそれは所詮御伽噺だろうし今は関係のない話だ
ともかく、この国は紅蓮大帝という鬼の皇を頂点に繁栄している多種族混合封建国家であり、現存する藩主の半数は初代紅蓮大聖と共に国を興した英雄達の子孫とされており、初代紅蓮大聖は今も『焰様』として和刀の民に信仰を受けている。
それは初代紅蓮大聖が、鬼族としては珍しく神通力にも長けた、本当に神がかった男だったから、だそうだ。
そして、死して尚神格化された
その五種の神器の対となる存在が、神器と同じく陰陽五行の加護を受けて生まれてくる神子達で、一時代にそれぞれの属性事に1人ずつしか生まれず、先代の神子が亡くなれば3年以内に列島のどこかに次の神子が印と共に生まれてくるとされている。
神器と神子は互いが互いのスペアだ。
片方を失っても暫くは持つが、両方を無くせばこの世の理が崩れ、天変地異が起きるのだという。
神器と神子、両方が揃ってはじめて天原は安定を得る。
まあ、どこまで信じて良い話なのかは宝玉にとって疑わしいばかりなのだが、……なにせ神子や神器が欠けていなくても戦争がはじまった例や、大地震に見舞われた記録なんていくらでもある……が、それでも初代紅蓮大聖が和刀の国を興した頃から、それぞれの属性の加護を持つ神子と呼ばれる存在が、歴史書に書き残されるようになったのも本当だ。
印を受けこの世に生まれてきた神子は、なんの代償もなく死ぬまで自在に己の属性の力を使い続ける事が出来る。息を吸うように自然が自分の味方をするのだ。
まるで本当に神の子のように。
だから神子は別名『
商運をも司る『金』行の加護を得て生まれておいて、食いっぱぐれるような神子はまずいない。
やろうと思えば儲ける方法なんていくらでもある。
そう、自分が金の神子であることを吹聴すればいい。
それだけで、神子様にあやかりたい商売人がいくらでも勝手に貢いでくれる。
金行を司る宝玉は、彼らにして見れば生き神様だ。商売繁盛の御利益はそこらの神社で買う札よりも余程高い。
故郷だってそうだ。他の村が不作の年でも、『稲』と『秋』を司っている宝玉がいるだけで、うちの村は不作知らずだったぐらいなんだから、本当に効果は抜群だ。
まあ、農業に関しては豊穣を司る『土』行のお家芸なので、商運と金属を司る『金』行にもそういう力が一部あることは、世間にはあまり認知されてないわけなんだが、それでも売り込もうと思えば商家だけでなく、農家にも金の神子としての己を売り込むことは可能である。
実際過去にはそうやって、神子であることをウリにして生涯を終えた神子もいたのだと聞く。
しかし、それは現御神として、どうでもいい奴らの御輿になるという話で、彼らが欲しいのは宝玉じゃなくて、ただの生きたお飾り、商運の加護付加マシーンで、自分が自由意志を示した途端煩わしがるのが簡単に目に浮かぶ。
銭はいくらでも入ってくるだろうが、その人生にどう考えても自由はないだろう。
そんな人形のような生き方は嫌だ。
幸い、今代の金の神子が九尾の妖狐であるらしい、という所までは世間にも出回っているが、宝玉の名前までもが出回っているわけじゃない。
そりゃそうだろう。
宝玉は九尾な上に金の神子だが、実績なんて何もない世間知らずの青二才なんだから。
宝玉個人が成した事なんてなんにもない。
氷沙女が大胆にもチラシで宝玉の本名をしれっと書いていたのもそのためだ。
今代の金の神子が妖狐であることは認知されていても、宝玉の名前まで知られているわけじゃないのだから、名乗ったところでイコール金の神子と結びつく可能性はかなり低い。
大体、本家にせよ分家にせよ、九尾の家系は四尾以上尻尾を持つ妖狐が生まれると、名に『玉』を入れる習わしがあるんだから、宝玉の名前は妖狐族の中では極普通の没個性な名前だ。知られたところで特に問題はない。
その特に世間に知られてもいない名前こそが、今の所唯一の宝玉個人の持ち物だ。
神子としてとか、列島唯一の九尾としてじゃない、宝玉個人としてどうやって『白尾宝玉』の名を世間に響かせるのか、そっちのほうがずっと重要だった。
(そうだ、ボクは―――)
肩書きじゃない、宝玉個人として認められたい。
元々は、逃避の為に村を離れただけかもしれないけれど、それでも今はそんな風に思っている。
そしてそれが果たせた時、漸く自分は男になるか、女になるか、自分の進む先を決められるような気がしている。
(なんてな)
苦笑する。
誰に言ったわけでもないが、格好付けすぎた。
ただ今は自由だ。母の料理が恋しかったり、幼い妹がどうしているかは気になるが、それでも氷沙女に村の外に出ることを口添えして貰えたことを感謝している。
おかげでゆっくり考える時間が出来た。
男になればいいのか女になればいいのか、未だ分からないけれど、それでもいつかは絶対に答えを出さないといけない日が来るだろう。それがどちらにせよ、自分の心に折り合いをつけられるようになったら、それで万々歳だ。
まあ、目下の問題は……。
「……次の
ちゃんと払えるかなあ? と、一国民なら、必ず有する納税義務を前に、頭を悩ませながら美貌の妖狐は眠りについた。
* * *
……男が泣いている。
酷く訛っている発音だ。方言というよりも、言い慣れていない、という表現がしっくりくるような、そんな訛り。周囲は血の赤が鮮やかで、見ているだけで酷い匂いがしそうな、そんな光景だった。
『……らん、……ずらん……』
しゃん。
しゃん、しゃん。
呼んでいる。
男が呼んでいるのは
『どうして、何故、お前達がこのような目にならねばならない』
怨嗟で満ちた
しゃん。
しゃん、しゃん。
幾重にも落ちている赤と肉塊。
憎い、憎い、と哭くように、鈴の音が鳴り響く。
とても哀しい光景なのに、伝わってくるのは『嬉しい』という感情と『申し訳ない』という感情。
男は泣き続けている。
涙ながらに、命無き女の名を呼び続けている。
しゃん、しゃん。
しゃん、しゃん、しゃん。
男の慟哭を隠すように鈴の音がずっと響いていた―――。
* * *
「……何、この夢」
むくり。
朝日が寝床を優しく照らし始めるのとほぼ同時刻に、不機嫌そうにそんな言葉をポツリと呟きながら、白金色の髪をした無性妖狐は体を起こした。
(いや、夢と言うより、これ誰かの思念というか死後に見た光景だよね)
と思うも、宝玉にはそんなものを見る覚えがない。
(昨日、関わった霊なんて、カエデちゃんの守護霊ぐらいしか覚えないんだけどなあー)
なんて思うが、まあ首を捻ったところで解決するものではないか、と思い直し、宝玉は手癖で長い自分の髪を整えながら、川に水浴びに向かう。
宝玉にとって、朝の禊ぎは大事な日課の一部だ。
大昔に残された神話にあやかり、まずは右目、次に左目、鼻という順番に洗い、体を水で清める。
そうすることで、自然の中で精神を統一し、ゆっくりゆっくり気を充溢させ、丹田から全身へと陽気を巡らせていく。自分は自然で、自然は自分で。それが大事なのだと祖母は言っていた。
ゆるやかに流されるままに、あるがままを受け入れなさい。
易に太極あり、是両儀を生ず。
両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。
『ねえ、一つ巴。両儀一円の子。お前が無性で生まれた事には意味があるのですよ』
幼かった宝玉に、そう祖母は言った。
両儀とは、陰と陽、地と天、対極にあり相反するものを指す。
されど、全てのものは表裏一体。
両儀は四象を生じるというのは、この世全てのものは陰の中の陰、陰の中の陽、陽の中の陽、陽の中の陰という四つの性質にわけられるのだということを示す。
これは太極図を見ればわかりやすいのだが、図は白と黒の二つの勾玉状態のものが組み合わさっている形をしているが、それの黒い勾玉の中にある白点が陰の中の陽、白い勾玉の中にある黒点が陽の中の陰を示しており、それ以外の、黒い勾玉が陰の中の陰、白い勾玉が陽の中の陽を示している。
これはひとで喩えるなら、男がいるとして、男は陽性に属する生き物であるが、その男の中に見える女性性な部分、それが陽の中の陰ということになる。
自然現象で喩えるなら、真っ暗な『夜』は陰の中の陰、仄かに光り人々を優しく照らす『月』が陰の中の陽だ。
片方だけのものなど存在しない。
つまり全てのものは相反する要素を持っていることを太極図は示しているのだ。
それでも性が在る以上、どちらかに偏る。
だからこそ、人は寄りそう。己にないものを埋めるために。
けれど宝玉には性別がない。
宝玉の未来は男になるのか女になるのか未だ白紙のまま。
だけど、だからこそ陰陽師としてお前はもっとも理想的なのだと、祖母は言った。
『オマエが最終的にどちらを選ぶのかは知りません。だがよく覚えてお起き。お前は
『オマエはオマエにしか出来ぬ方法で天を掴みなさい』
パシャン。
自然と一体化させていた意識をゆっくりゆっくり浮上させていく。
一つずつ、一つずつ、肉体へと自分が戻っていく。
ゆるゆると、長い睫に彩られた翠の瞳を自分の肢体に向ける。
ほっそりとした雪のように白い体に、腰にも届く柔らかで長く絹のような手触りの
胸に膨らみがないのはいうまでもなく、その下半身には女性についているべきものもなければ男性についていなければおかしいものもどちらも存在していない。せいぜい薄い毛の下に尿道があるくらいだ。小さい尻は少年のように見えなくもないが、男ほど骨っぽくもなく、女ほど脂肪が乗っているわけでもない。
自分で言うのも変だが、どこに魅力を見いだせばいいのかよくわからない体だ。
最も、まだ性別がないこの妖狐は、性欲がらみのしがらみとも無縁なので、他者に対してもそういうものを感じたことはないのだが、それでもこれが望みさえしたら、将来男だか女だかにちゃんと変わるって話なんだからもう、本当世の中は不思議がいっぱいだ。
男になる場合はこれにプラス骨っぽさや厚みが加わり、体毛が濃くなったり声変わりしたり、尿道がついている部分が肥大化し男性器の形に変わったり、玉が出来たりする感じで、女になる場合は胸や尻が膨らみ、子宮や男を受け入れる器官が体内に形成され、尿道の位置も今とずれ、声が少し高くなり、顎が益々丸みを帯びる感じだろう、と祖母は言っていたが、一応その辺の男女の体の仕組みとかは書物で勉強したとはいえ、あくまで本の知識である。
はあ、そうなの? としか言えないというか、裸の実物はどちらも年端もいかぬ幼子のものぐらいしか見た事がないから、自分の想像の中の男や女の裸と、本物の男や女の裸が一致しているのかすら大分怪しい。
(これってひょっとして将来結婚する時、結構まずい事になるんじゃ……)
とか思うがまあ、どうにでもなるだろう。
そんな未来のことまでは責任がもてないのである。
なんてことを考えながら服を着込んで、町に向かう。
(今日こそ依頼入ったらいいんだけど……ん?)
ぴくりと、鼻が幽玄の者の匂いを嗅ぎつけて、すんと鳴らす。
妖狐にとって幽霊の姿を視るのなんて日常茶飯事だ。一々霊を視て騒いでいたら人生やっていけない。
九尾である宝玉は妖狐の中でも特に霊格が高い。
元々泣き虫気質なのもあって小さい頃は視る度にびーびー泣いて怖がったものだが、そうすると決まって祖母に『死霊如きに泣くとは何事ですか』と鋭く底冷えするような声で叱られ、懇々と正座で説教されまくったものだから、いつしか霊を視ても騒がなくなった。
ぶっちゃけ祖母のほうが怖い。
死者の影響力なんて余程の大怨霊でもない限りたかが知れている。だから普段は意識的に視界から外して必要な時以外は関わりにならないようにしているのだが、どこかこの匂いは引っかかる。
視界の
それに合わせ翠の瞳の瞳孔部分が淡く黄金付き、そこらを徘徊する
そして、その中で、その異質なものを見つけた。
朧気な気配はあまりにも微かで、今にも消えてしまいそうで、姿も霧がかって視え難い。
(残留思念……?)
ぼんやりと森に浮かぶ女らしき霊は、幼い赤子の霊を抱きながら、何事かを宝玉に訴えている。
『―――ッ、―――』
顔すら定かでないその女の霊の言葉は、言葉にすらなっていないが、それでも唇の動きから推測すれば……。
(『た・す・け・て』?)
「グーテン・モルゲン! 宝玉!!」
「どふぅ!?」
霊達の次元に視界を集中させていた白金色の妖狐は、親友の思わぬ一撃を喰らって思わず地面に突っ伏した。
(背中痛い! 絶対痣ついた!)
と思うも痛みで上手く言葉が出ない。
そんな風に痛みでプルプル震える、1つばかり年下の少女とも少年とも呼べぬ妖狐を見ながら、雪女の少女はキョトリ。
「え? なぁに? ちょっと軽く背中叩いただけなのに何へたれこんでるのよ。相変わらず貧弱ね」
なんて悪びれもせず、言ってのける。
それを見て思わずガバリと体を起こして、宝玉は涙目で怒鳴った。
「それがいきなり人の背中ハッ倒しといていう台詞かー! もうちょっと、悪かったなーとか、ごめんって気持ちないの!? あと、グーテン・モルゲンって何語!?」
「やーね、宝玉知らないの? 南蛮のアスガルト国の挨拶よー。知らないなんて遅れてるー」
とかいいながら、ニヤニヤ笑う意地悪な姿にイラッとする。
「知るわけないだろ! それ西洋諸国の中でも端の端、うちとは全く国交ない国じゃないか。そりゃニライカナイ通じて貿易してないわけじゃないけど、同じ欧州ならオリエントやティル・ナ・ノーグのがまだ国交あるぐらいだろ、なんでそんな
「どんな言葉も浸透させるやつがいるから世に知られ、流行っていくものよ。流行ってのはね、自分で作ってなんぼなの。あと、アスガルトよりもティル・ナ・ノーグのほうが西端だから。アスガルトは欧羅巴では中央寄りよ? もう一度世界の地理について、勉強しなおしたら?」
「それこそどうでもいいよ!?」
もう氷沙女ちゃんはどうしてこうなんだ、と思いながら性別無き妖狐は痛む頭を抑える。
正直、自分はこれでも一般人よりはまだ世界の地理や外来語などに通じているほうだ、という自覚がある。
和刀国の政府も住人もあまり海の向こうに興味がない為、大抵関心がある国といえば、同じ列島に連なる陸に国家を構える4ヵ国ぐらいに限られている。
あるいはこの列島に影響を昔から与えてきた黄龍国とか、小さな島ながら貿易大国として東西の要となっているニライカナイとか、まあそのくらいで、ここ20年ぐらいで南蛮……正確には西の果てにあるらしいので、その呼び名は正確でないらしいのだが、とも国交をニライカナイや
古くは
故に一般層はこの列島周辺と黄龍帝が住まう大陸ぐらいのことしかよくしらない。
南蛮言葉なんて習うのはそれこそ、変人か、学者か、商人か、あるいは高い教育を受けさせられる層ぐらいのものだ。
そして宝玉は後者だ。これからの時代必要になることもあろうと、祖母が取り寄せた書物で南蛮言葉を学んだ。
自分でいうのもなんだけど、これでも勉強は得意なほうだし、村では藩都で役人として勤めている父の次くらいには博学だと言われてきたし、実際自分は南蛮についてかなり詳しいほうだと思っていたのだけど、それなのに、そんな自分もよく知らないような国とか言葉とか出してくるとか、本当に氷沙女の好奇心とアクティブさはどうなっているのだろう?
「いやあ、この前さー、アスカルド出身の
あ、因みにメアヴァイパーって人魚族のことらしいわよ。ティル・ナ・ノーグの言葉では自分はマーメイドだって言ってたから。
と、訝しんでいる気配に気付いてか、そんな風にあっさりと氷沙女は種明かしをした。
「……いつのまに?」
ちょっとまて、ボクにずっとついててそんな暇なかったはずだよね?
と、疑問を乗せてちろりと見ると、「ふ、乙女にはねえ、秘密の1つや2つや3つ4つあって当然なのよ」とかどや顔でニヤリと笑って答える薄墨色の髪をした少女。
……追求するのはなんだか怖かったのでやめておいた。幽霊よりも彼女の交友関係のほうが余程ホラーだ。
(あれ、そういえばさっきのあの
幼い赤子を抱いた女の幽霊はいつの間にか消えてる。
日が昇った以上、世界は陽の領域に入り、幽霊は陰の領域にいる存在なわけだから、希薄になるのは当然と言えば当然なのだけれど、それでも『助けて』とはなんだったのだろう?
「それよりお腹空いたわねえ。奢ってあげるから朝食行きましょ」
なんて考えごとをしている間にも時間は進む。
カラカラとした声で氷沙女は空腹を訴えてきた。とりあえず幽霊への考察は脳裏の隅に追いやり、宝玉は呆れた顔を浮かべながら仕方なさそうに言葉を滑らす。
「最初に話脱線させたのは氷沙女ちゃんでしょ」
「宝玉、あたし、過去は振り返らないことにしているの」
キッパリ言い切る白い着物に眼鏡の少女。
時々傍迷惑で、酷すぎない? と思うような言動や行動も多いけど、それでも氷沙女のこういう過去を振り返らない図太さやぶれなさが、1人で考えているとドンドン沈みがちな宝玉には有り難い。
肩書きではなく、あくまで自分の眼鏡で周囲を見ている
だから理不尽だなあと思う事も多いけど、宝玉はこの親友のことが嫌いになれない。
クスリ、小さな口元に手を宛てて、上品に笑いながら、匂うような美貌の無性妖狐は毒にも薬にもならぬ会話を楽しむように、負けじと軽口を返す。
「そ。でも今さっき口にしたばかりの奢るって言葉までまさか過去にしてたりはしないよね。で、どこか良い店あるの? ボク大根のおひたし食べたいんだけど。梨でもいいよ」
「グレードアップしてんじゃないの。どうせ秋の食材ならあんた大抵好きなんでしょ、なら梨なんて高級品じゃなくて柿食っときなさいよ、柿。とはいえ、あんた最近碌なもの食ってないっぽいもんねえ。仕方ないからおねーさんが、良いもん食わせてやるわよ。だから心の底から拝め奉って涙ながらに感謝なさいなっ」
「はいはい。ボクをネタにすんの止めるんなら、考えてもいーよ」
なんて談笑をしながら歩いている時だった。
バサリ。
羽音を上げながら、一羽の大烏が白い鞄を掲げながら自分達のほうへと近づいてくる。
けれど、その匂いは烏のそれでなく、鞄に書かれた文様は備州の
間違いなく妖怪だ。匂いや特徴からして、おそらくは烏天狗族。
やがて地面へ着地すると同時に、大烏は白い煙を上げて、どろんと大柄で軽薄そうな人型へと移行し、軽い口調で話しかけてきた。
「えー、霊媒万屋の宝玉様と、その保護者の氷沙女様ですね?」
糸目の軽薄そうな烏天狗は、ヘラヘラとした笑顔でそう問うてきた。
「氷沙女ちゃん……?」
ねえ、保護者って何どういうこと? という目で親友をじろりと見る宝玉であったが、氷沙女の様子が少しおかしいことに気付く。
なんというか瞳が、冷たいのだ。
いつも本当に雪女族? と聞きたいくらい騒がしくてパワフルで、暴走しがちな上に手も早く、ツッコミも激しい氷沙女であるが、今浮かべている表情は雪女という種へのイメージに相応しい程冷たく、その口から出される声もそこらの小者なら簡単に氷漬けにされてしまいそうなほど、冷ややかだ。
「ええ、
わざわざそんな遠くから、と優雅に笑みながら雪女の少女は言った。
普段は忘れそうだけど、元々が美人だから妙に迫力のある笑みで、それは間違いなく威嚇だ。
確かに言われてみれば、紀州那智滝浦町から備州の獅童院藩領までとなると80里は余裕で超えている。途中多くの藩を通過ことになるし、普通にしてたら1日じゃ着かない距離だ。
だが、相手は「霊媒万屋」と宝玉を呼んだ。しかし、それがおかしいのだ。
だって、宝玉が霊媒万屋やっています、なんてチラシを氷沙女がばらまいたのは昨日のことだ。
占い師として自体は、数週間前からやっているが、それでも、そんな言い回しを知っている方がおかしいし、他藩の小さな占い師如きに接触を持とうなど、裏があると疑われても文句がいえないだろう。
ということに宝玉も気付き、氷沙女と烏天狗族の男のやりとりを黙って見守ることにした。
「主人からの使いで依頼をお届けに参りました」
男は相変わらず、軽い調子で吹き荒れる冷気のような氷沙女の妖力を気にすることもなく、ぼけた顔をしながら答える。
「次の収穫祭で豊作を願っての祈祷と厄除けの神事をお願いしたいそうです」
「祈祷? そんなの陰陽局や神主の仕事でなくて? 余所者に任せるなんて聞いたことがないわ。大体、狛犬の獅童院様といえば、数多くの優秀な術者を抱えていることで有名じゃない。何故わざわざ私たちにお呼びがかかったのかしら」
そう氷沙女が冷ややかに問うと、烏天狗の男は、いやいやと手を横にふりながらこう応えた。
「あー、なんか勘違いしているようですけど、俺の主人は獅童院様じゃないっすよ。これはただの通行証で、うちの主人はただの地方地主ですし、俺は只の使いぱしりっす」
確かに他藩に赴くときは、自分の藩主の家紋が押された通行証を身につけるのが常識ではあるが、こんな遠くまできといて依頼主がたかが地方地主、なんてオチとは誰が思うのか。
氷沙女は早とちりしたことを気まずく思いながら、眼鏡をクイっとあげつつ、それでも言葉を続けた。
「そう、それでその物好きは一体どこのどなたで、なんでこんな紀州の田舎の一術師に声をかけられたのかしら?」
「なんでこんな遠くの術師に? とかは俺のほうこそ教えて欲しいくらいっすよ。まあ、いいや、うちの主人は察しの通り、獅童院藩領拝領下の備州吉備鬼塚地方を束ねる地方地主です。名は堀
あ、ここだけの話っすよ? とか言いながら糸目の男はからっといった。
(吉備鬼塚っていうと、桃太郎伝説の土地だよね?)
それは昔々の御伽噺。まだ、天原と豊葦原の境が曖昧だった時代の物語。
桃太郎といわれた世にも恐ろしい人間の男が、鬼族の若君を殺し、財宝を奪い尽くしたという、天原では「人間とはどんなに恐ろしい生き物か」という題材でもって語られる御伽噺。
鬼塚というのは、鬼の若君を慕った配下達が、せめて首だけでもと若君の首を桃太郎から取り戻して埋めたとされる伝説の土地の名前だ。
そのため昔から怖いもの見たさでバカがよくいく土地ということで有名だったそうだが、そういえばここ30年ほどはそういった動きはなくなっているらしい。
もしかして、それってその今の地主の意向か何かなんだろうか?
そう考え込んでいる宝玉の前で、氷沙女もポツリと「堀亜蓮……きいたことないわね」と訝しむように呟いた。
「で、依頼はお受けになるんで? ここまで来るのに丸1日半飛ばされたんで、俺としては受けて貰えなきゃくたびれ損なんですけど……まあ、断られても主人から出張費ぶんどりますが」
ボソリと呟いた後半の台詞にはわりと本気が混じっており、本当になんでこんな仕事をさせられたのか男はわかっていないようだ。
「宝玉」
そんな男を前にしても冷静に、氷沙女は、名にふさわしい冷めた硬質な響きでこう言った。
「こんな依頼受けることないわ。胡散臭すぎるもの。断りなさい」
と、いう響きには淡々としていたけれど、その言葉の意味を考えれば宝玉を心配してくれているからの発言なのは明らかで。
(氷沙女ちゃん……)
酷い扱いも多いけど、なんだかんだいって自分を大事にしてくれるんだ、とジンと白金色の妖狐が感動に浸った矢先であった。
「あ、因みに謝礼はこれぐらいで」
「宝玉~! 今すぐこの依頼受けなさい! カムヒア!!」
と、男が金額を提示した途端、瞳を銭で輝かせてあっという間に手の平を返した。
「はああ!? 受けるなっていったの氷沙女ちゃんじゃん? 舌の根も乾かないうちになにそれ、どういうこと!?」
「やーね。そういうのは時と場合によるのよー。それに、よく考えたらあんたへたれでアホでお馬鹿だけど、弱くはないんだし、なんか裏有りそうだけどなんとかなるでしょ。大丈夫、大丈夫、なんとかなるなんとかなる。世の中マネーは大事よー?」
とか言いながら、氷沙女は「うふふ、これ達成したら、依頼料のうち三割はあたしのもんよねー」と言いながらよだれが出る勢いでじゅるりと舌なめずりしつつ、成功料の書かれた紙を眺めている。
(い、いくら書かれていたんだろう)
逆に怖くてなんか見たくない。
「ところで通行証発行手数料はそちらが出して下さるということでいいのですよね?」
と言いながらそろばんを弾く氷沙女を見て、(あ、これ受けるの決定だ)と美貌の妖狐は悟った。
……世間を渡っていくのには、慣れと諦めも肝心なんだ。
「あ、はい。こちらの依頼っすからね。2人分の通行証手続きと手数料も預かっています。領収書も出せますよ。で、依頼は受けるということでいいんすね?」
「はい、
* * *
サワサワと風が運んでくる匂い。
何十年経ってもやはり、この国の秋は祖国とは全く違う香りがする。
そんなことを自嘲気味に思いながら、男は、駒として今使っている男につけた呪具から流れる声を聞いて、誰にいうでもなくポツリと呟いた。
「そうか。もうすぐか」
目に映るのは遠い過去の情景。
自分の望み。
「鈴蘭、もうすぐだ。もうすぐ、また君と雨梨に会える」
祈るように囁いた声は、降り出した雨にかき消され消えていく。
「君は私を罵倒するだろうか……」
雷が落ちる。
世界から音が消されていく。
それが溜まらなく心地が良い。
どうせならもっともっと降り続けるがいい。
そうして全部閉じてしまえ。
すうすれば、他の煩わしい声は聞かなくて済む。
どうせあの日に、最も聞いていたかった音は無くした。
「あと少し……」
かさりと、手の中の人相画を広げる。
そこには、白銀の髪をした美しい妖狐の姿が描かれている。
それが今代の金の神子であることを、男は既に把握していた。
男の望みを叶える為の大事なパーツ。
「早く来ればいい」
過去に囚われ、自分の膝を抱える男は結局何も見えていない。
男を哀しそうに見つめる視線も、想いも、男は気付かない。
ザァザァ、ザァザァ、と。
男の閉じた世界を象徴するように雨は一晩中降り続けた。
続く
ニライカナイ=沖縄の伝説上の理想郷の名前
アスガルド=北欧神話に出てくる神々の住まう世界のドイツ語読み
ティル・ナ・ノーグ=ケルト神話に出てくる妖精が住まう理想郷の名前。
筑紫野火向=天原で九州に存在している作中国家。元ネタは古くは九州は「筑紫島」などと言われていたということと九州地方には昔「日向国」という国があったので、そのうち「日」の部分を南は陰陽五行説に基づけば火行にあたるため、一字差し替えて作った造語。
因みに天原世界において、日本列島にあたる部分は北海道エリア、東北エリア、本州エリア、四国エリア、九州エリアで別々の国を形成しており、「和刀国」はこのうち本州エリアを支配している国家。
現実の日本地図で当てはめたら首都の天蓮京は『鎌倉』の辺りに該当し、宝玉達が住んでいるのは大体和歌山県の熊野三山のご近所。
因みに本作の舞台となる吉備鬼塚は、岡山県岡山市のはずれぐらいになる。
といっても、あくまで地理的に一致するだけで、現実の日本とは関係ない、本当に鏡の裏側みたいな感じなので、要はここで神隠しにあったら岡山県岡山市に出てきちゃうよぐらいの感覚で見るのが正解な感じ。
あくまで宝玉達が暮らしている世界『天原』は現実世界と境界が異なる裏側世界なのである。
西暦800年ぐらいまでは現実の歴史との境があやふやだったので、大体それ以前からついている地名は天原も豊葦原も共通していることが多いよ!