やはり同じ場面を二つの視点で描写してそれぞれの視点で思惑を語らせるオバロの描写は面白いですね。
同時に自分のぶつ切りで拙いシーンの書き方が情けなくなります。
日々精進、ですね。
追われる身であるからか、この街についてから何者かの視線を感じて仕方ない。
普段の自分であれば何を恐れているのかと嗤い、監視者がいるのならぶっ殺せば良いだろうと吐き捨てるだろうに。
人外の領域に至った身でありながらこのような情けない思いを浮かべているのは、さすがに生国を捨てた負い目があるからだろうか。
あるいはもっと単純に法国の戦力に脅威を感じているのだろうか。
かつてはスレイン法国特殊部隊:漆黒聖典に所属していた英雄級の実力者、クレマンティーヌはやってきた城塞都市で一人物思いに耽る。
それと言うのもこのエ・ランテルに来てからどういう訳か何者かの視線にさらされ続けているような気がするのだ。
6色聖典の1つである風花聖典の追手が自身を捕捉し監視しているのではないかという思い込みによる錯覚だろうと自らに言い聞かせると同時に、街に入ってから感じる異常な気配に対して神経をとがらせていた。
少なくない時間を対異形種の戦いに費やしてきたという自負が彼女を慎重にさせていたのだ。
決して追手に恐怖して曲がり角の度に後ろから誰が来るかを確認している訳ではないのだと言い聞かせているともいえる。
「チッ」
らしくない。
仮にも人外の領域に至った英雄級の実力者がまるで生娘のようではないかと、思わず舌打ちをしてしまう。
視線を感じて思わず振り返ったのはこれで何度目だろうか。相変わらず無人の路地を確認して忌々しげに舌打ちをする。
「薄ッ気味悪い街だ」
街全体を覆うかのような忌々しい気配はこれまで幾度となく感じた戦場の気配そのものだ。
だと言うのに街中を歩くのは雑魚ばかり。人外の化け物が闊歩している様子は無い。
そうと知りつつ神経をすり減らしているこの状況はあまりにも不愉快であった。
更に言うなら、この街にいる『あらゆるマジックアイテムを使う事が出来るタレント使い』が街の外に出ているというのも神経を逆なでする。
この街を少しでも早く出ようと攫いに来た当日に2泊3日の外出を始めるとは何とも間の悪い。
下見の為に店を訪れた際に、新たな取引先との交渉がてら薬草の採集に向かったと聞いた時には思わず店主の老婆を刺殺しそうになったものだ。
勿論この街を覆う異様な気配を気にして思いとどまったが、それほどまでに彼女は神経がささくれ立っていた。
嫌な予感に襲われ続けるクレマンティーヌは普段よりも遥かに慎重になっていた。
その結果、ターゲットのンフィーレアが雇ったらしい新人冒険者についても取るに足らない雑魚だと思いつつ宿泊先に出向き情報を集めてしまった程だ。
結果から言えば、調べてみて正解だった。
酒場兼宿屋での小競り合いで大の大人を片手で持ち上げ投げ飛ばしたと聞いた時はそれなりの実力者だろうと思ったものだが、冒険者組合で話を聞く限り御供の2人も第3位階の魔法を操る実力者である事が解ってしまう。
そしてリーダーと思しき鎧の戦士はその2人を従えるだけの実力者であるという。
つまり第3位階の魔法詠唱者レベルの実力者が3人のチームだということだ。
その上ンフィーレアの商談相手も最近エ・ランテルにやってきた豪商らしき老人らしい。
屈強そうな狼を連れているという話を聞く限りこちらもそれなりに警戒しなければならない。
野生の獣の嗅覚は人間の比では無い。それを痛いほど知っているクレマンティーヌは警戒度を数段引き上げるに至った。
断じて街に入ってから感じているこの違和感が理由では無いと自らに言い聞かせながら。
結局標的のンフィーレアが戻ったのは予定より1日遅れた4日後の昼であった。
神経を擦り減らすような逃亡生活を余儀なくされていたクレマンティーヌは即座に襲撃して攫ってしまいたい衝動に襲われていたが、雇った冒険者が森の賢王を従えて帰ったと聞いて急遽予定を変更する。
森の賢王自体についてはその雄大な姿と知性を感じさせる瞳を見て、負ける事は無くとも苦戦は必至と評価した。
そしてその魔獣に跨る鎧姿の偉丈夫についてもそれ以上の怪物と評価せざるを得ない。どういう訳か強さを感じさせないその男についても、一騎打ちによって出来た生々しい傷跡を残す鎧に警戒感が高まる。
少なくとも森の賢王2体分の実力者と第3位階の魔法詠唱者が一か所に集まっているのだ。如何に英雄級の実力を持つと自負する彼女も不用意に挑もうとは思わなかった。
異様な気配に満ちたこの街ではなおのことだ。
もっとも、人目に付きすぎると言う事を最大の理由としていたのだが。
だからこそ更に我慢した。
普段の彼女を知るものであれば驚きを隠せない事だろう、それほどまでに慎重になっていたのだ。
荷物を積み込む様子を窺っているときに取引相手の老人がふとこちらを向いたときには、何気なく別の方を向いて立ち去り暫く近付かなかった程だ。
そのため、翌日森の賢王を従える冒険者達が暫く魔物の討伐に出ると聞くや即座に行動に移った。もはや我慢の限界だったから。
住民が寝静まる深夜3時。
酒場で飲んだくれる男たちですら宿で高いびきをかくこの時間に行動を開始する。
この時間に起きているものは寝ず番の衛兵くらいのものだ。闇夜を行く彼女を見る者等いない。
だから今感じている視線はあくまで自分の妄想の産物でしかないと言い聞かせる。
所詮は水薬を作るだけの小僧である。静かに潜入し、身動きが取れないようにして攫うのは簡単であった。
獲物を担いで闇夜を駆ける彼女に声を掛ける者は無い。
すれ違う者すらいない。
もっとも、いたとしても殺すだけなのだが。
じりじりと神経を削られる感覚を覚えながらも速やかにエ・ランテル共同墓地へ向かい、ズーラーノーンの高弟であるカジットが待つ霊廟地下の神殿へ降りていく。
どんなマジックアイテムでも使えるらしい小僧に叡者の額冠を付けて〈死者の軍勢/アンデスアーミー〉を使わせればこの薄気味悪い街は大混乱に陥る。
そうなれば、後は混乱に乗じて逃げるだけだ。
漸く風花聖典の追手から逃げおおせる事が出来る。
この不快な視線からも今日限りでおさらばだ。
思わず頬が緩むのを自覚してしまう。
〈死者の軍勢〉によって次々生み出されていくアンデッド共が霊廟から地上に向かう様を見ているとここ数日の苦労が報われたような気さえする。
視界の隅では満願成就の時が来たと興奮気味なカジットの姿がある。
彼には精々派手に暴れて貰おう。
カジットが望む『死の螺旋』が成功するほどの死と破壊と混乱が巻き起こされたなら、追手の目も眩む事だろう。
もしかするとここで死んだ事になるかもしれない。
1人離れて昏い笑みを浮かべるクレマンティーヌの背後で無数の虫達が蠢き影がゆれる。
そして、結局ただの一度も影の中に潜む存在に気付くことは無かった。
エ・ランテル編ラストの導入が終わりました。
何も考えずに突っ込ませたらレベル100の前衛型最上位異形種であるネクロさんにぶつかって即死してしまうので、街中にばら撒かれた異形の気配に気付いて警戒体勢に入って貰いました。
原作にいない大量のモンスターがいるので、元漆黒聖典の彼女であれば多少は違和感を持ってくれるはずです。
一応解説しておきますが、魔法使い系種族《エルダーリッチ》の上位種である《オーバーロード》にして純粋な魔力系魔法詠唱者のモモンガさんが扮する戦士の『モモン』より、前衛種族である《吸血鬼》の上位種である《神祖》でありやや前衛よりな扱いの指揮官系クラスをとったネクロロリコンが扮する『ブラム・ストーカー』の方がスキルを封じていても強いです。
身を守る必要から近接戦闘もそこそこやる必要のあったネクロさんは、スキルこそなくとも技術はあるのでなおのことです。
本編中で生かされる事はありませんが。
以下オバロ最新刊の(あとがきの)感想など。
個人的にバカな指導者はいないというスタンスに感銘を受けました。
何というか、どうしてその状況でその判断をするの?と言う突っ込み所が無いのがオバロの良さだと思っていたので妙に納得してしまったのが一番の感想でしょうか。
そして組織経営で何をするのか?それを二次創作やオリジナルで書いて欲しいという御言葉にも、何というかグッときました。
自分ならどうするか、自分がいたらなんというかを考えながら読むタイプなので、やっぱりそう言う楽しみ方をする人は他にもいるんだなと嬉しくなってしまいました。
そんな思いが高じてこれを書いている訳ですし。
素晴らしい素材を提供して下さった丸山先生に感謝を。