墓守達に幸福を   作:虎馬

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今回は日常(?)回です。

穏やかな日々は貴重っすよね!
早くブチ壊してしまいたいッス!(駄犬


27.波及

 八本指傘下の裏娼館が襲撃されてから数日。

 ここブルムラシュー邸でも新たな布石を置くために動く者がいた。

 

「これはこれは若旦那様、ようこそお越しくださいました!」

「御無沙汰しております、ブルムラシュー侯。先日お願いした物は?」

「勿論用意しておりますとも! 当家の物以外にも銀やオリハルコン等の鉱山のクズ石も用意させていただきました、こちらが明細となります」

「ふむ、確かに」

「何処かの開拓ですかな? ドラキュラ商会と言えば先見の明をお持ちですからな、先立つ物が御入り用でしたら私の方で―――」

「ブルムラシュー侯、行き先や使用目的は関知しないという話では?」

「これは失礼。勿論承知しておりますよ? ただ、私もあなた方の御役に立ちたいと思った次第でして」

 

 ネクロロリコンが誇る最上位血族の一人、《始祖》ヴラドは現在ブラムの子としてブルムラシュー侯の邸宅を訪ねていた。

 目的の一つは「エクスチェンジ・ボックス」に入れる為の大量の土砂を、秘密協定を結んだブルムラシュー侯から買い付けることである。

 鉱山によって違いが無いかもついでに調べていたため、ブルムラシュー侯の手配をヴラドは高く評価していた。

 

 ブラムが八本指への大攻勢を仕掛けている事や、自身が重要な機密を握られている事等から、下心丸出しで息子役の自分にすり寄っている事が目に見えて解る事がいささか不愉快ではあったが。

 

「それで、新しい商談なのですが」

 

 捲し立てるように自身を売り込んでくる様子に辟易としていたため、今回の本当の目的を素早く切りだすヴラド。

 

「この『魔神像』を売っていただきたいのです。利益はそちらが3、こちらが7で如何でしょう?」

 

 ナザリックが現在取りかかっている大計ゲヘナは現在中期段階に移っている。

 その主な目的は八本指の弱体化であり、囲い込みだ。

 

 まずブラムやガゼフによる各拠点への襲撃を続けることで組織全体にダメージを与え着実に追い込んでいく。

 

 同時に秘密協定を結んだ各大貴族達に「たかが商人相手に好き勝手されている裏組織とは取引できない」と距離を置かせ、そのまま中小貴族や商人たちにも離反工作をかけていく。

 これで王都から逃げて再起を図るという道もある程度潰す事ができるだろう。

 弱みを見せた悪党など誰も恐れたりしないのだから。

 

 そうして最終的に依り所を失った八本指はブルムラシュー侯から購入した『魔神像』に縋り、発動。

 そのまま最終局面に至るという筋書きである。

 

 今回の目的のもう一つはこの下準備という事になる。

 

「悪魔を召喚、ですか。いっそ自分で使いたいような気もしますが」

「確かに強力な悪魔を召喚できますが、呼んだ後使役する手立てに心当たりはおありで?」

「え?! ……なるほど、そういう事ですか」

 

 着実に追い詰められている八本指へ高値で売り付け、最終的に自滅させるという計画に気が付いたのだろう。

 下卑た笑いを浮かべつつ帝国系の商人から買い取った曰く付きの品として売り渡すつもりと語るブルムラシューを見て満足気に頷くヴラド。

 

「では良い報告を期待しておりますよ、ブルムラシュー侯」

「ええ、若旦那様。どうぞお楽しみに」

 

 ヴラドを見送ったブルムラシューは、新たな儲け話に笑みが止まらない。

 忌々しいドラキュラ商会との取引を続けて『長い』が相変わらず金になる連中だ、と。

 

「……忌々しい? はて、若いころのブラムから何か言われたかな」

 

 そのまま過去の諍いなど銅貨1枚の価値も無いと気にせず流してしまう。

 

 そんなブルムラシューの傍らで魔神像は3つの宝玉を怪しく光らせ、その本懐を果たす時を静かに待つのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい皆さん、おはようございます!!」

「「「おはようございます!!」」」

 

 ブラム邸では今日も朝早くから元気な挨拶がかわされている。

 一種の行事となっているこの朝の集会は、元々は裏娼館に囚われていた元娼婦達を無理矢理稼働状態に持っていく為に〈激励〉していたのが習慣化したものである。

 長らく恐怖と苦痛を与えられ続けた彼女達の精神状態は最悪の一言であり、良くて「恐慌」状態、一部は「狂気」状態にまで至っていた。

 しかしそこは感情値操作の特化職ネクロロリコン、広間に全員をかき集めて延々と〈扇動〉を放ち続け、「熱狂」状態にした上で屋敷の掃除を命じて解決してしまった。

 

 当時、精神の快復にどれだけの時間がかかるのかと不安に思っていたセバスやクライムは、そのあまりにも強引な解決法を目の当たりにして暫く唖然としていた。

 

「屋敷の汚れは!」「「「心の汚れ!!」」」

「窓の曇りは!」「「「心の曇り!!」」」

「旦那様は!「「「神様です!!」」」」

 

 暫く様子を見て問題が無ければカルネ村に送り調薬の手伝いをさせるつもりだとも話しているため、彼女たちからすれば救われた上に第二の人生まで用意して貰ったと言える。

 一種の宗教化し始めていたが、その様子を見るセバス達からすればブラムことネクロロリコンとは正しく崇拝すべき神である為何もおかしなことは無い。

 信仰化の中心にいるのがナザリックの実態を知るツアレである事も拍車をかけているのだろうが。

 

 ほほえましくこの様子を眺めるセバスは、多くの困っていた人達を救う事が出来たと慈悲深い支配者へ感謝の念を送り、より良く勤めようと心を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「黄金の」ラナーの従者であるクライムは、先日手に入れた新たな武技の研鑽を積むべく、今日も主に断ってブラム邸を訪ねていた。

 

 彼が手にした新たな力は、謂わば火事場の馬鹿力を任意のタイミングで引き出せるというものであった。

 しかし普段の訓練では全く発動する事が出来ず、止む無く教えを請う事にしたという経緯がある。

 

「人間の体は普段全ての力を発揮する事が出来ないようになっている。大体3割程が使用不可能だと思ってくれれば良い」

「3割ですか、しかしそれだけの力とは思えませんが?」

 

 襲撃の際に自身が放った振り下ろしは明らかに普段の3割増し程度の威力では無かった。

 勿論あのブラム様の言葉に疑問を持つ訳ではないが、それでも釈然としない。

 

「3割程度、とは言うがね? 踏み込みが3割増し、腰の捻りも3割増し、腕を動かす肩周りに腕そのもの、手首に至るまで全てが3割増しになった状態でその力を集約するような斬撃を放てばどうなると思うね?」

「それは! なるほど、何時もとは比較にならない威力でしたが、それなら納得です」

 

 相手の動きがゆっくりに見える現象についても、極度の興奮状態にある時に時折見られる現象であるという。

 先日知人のアダマンタイト級冒険者から聞いた話でも同じ事を言っていたが、どうやらより深い知見を持つらしいブラムからの方がより詳しい解説を聞く事ができた。

 

「間違えて欲しくないのだが、その力は普段から使って良い物ではない。普段7割しか出せないのは、それが普段から使っていても体に支障が無い出力だからだ」

 

 それを無視して普段から10割の力で行動していれば、直ぐに体が壊れてしまうと続けるブラム。

 

「しかし、君の場合格上を倒さなければならない状況というものは必ず来るだろう。何せ王女の近衛をしているのだからね」

「はい、日々の鍛練は欠かしていませんが、やはりそれでも」

 

 悔しげに拳を見つめるクライムにブラムも頷く。

 

「勝つために必要なのは相手より上の地力ではない、勿論地力で勝れば勝つのはより簡単になるのだがね」

「では、何が必要なのでしょう?!」

「簡単さ、殺す瞬間に相手を上回っていればそれで良い」

 

 ニヤリと事も無げに言い放つ。

 

「武器を良くするのでも良い、能力上昇のスキル等を使っても良い、武技ではね上げてやっても勿論良い」

 

 ただ、交錯の一瞬に全てをかけて殺しきれ。

 そう締めくくる。

 

「講釈ばかりでは身になるまい。セバス君、今日も頼むよ」

「畏まりました。クライムさん、今日は一歩踏み込んでみましょうか」

「はい! よろしくお願いします」

 

 何時もの、と言うにはいささか問題があるだろう強烈な殺気を主への忠誠で押しつぶし、クライムは剣を構える。

 

〈そうだクライム、王女を背にしていると思え! 王女に危険が迫りつつある今、君が倒れれば次は主だぞ!!〉

 

 折れそうになる心をブラムの〈激励〉で支え、震える手で剣を振り上げ―――

 

「やはりまだ無理だったか」

「忠誠心は見事です。筋は良いのですが、如何せん精神力の限界が見えますね」

 

 上段に構えたまま白眼を剥いて気絶してしまったクライムを前に、怪物2人は会話を続ける。

 

「こう言っては何ですが、いささか無謀ではないでしょうか?」

「そうは言うがね、セバス君。八本指との戦いでせめて生き残る事が出来るくらいには鍛えておかなくては死んでしまうよ? それとも身の程を弁えて程ほどに仕えろと助言するつもりかね」

 

 それを言われては返す言葉が無い。

 至高の御方々に御仕えするのに不足と言われて、はいそうですかと納得できる訳が無いのだから。

 

「私の見立てでは、体のリミッター自体がかなり緩くなっているように思うよ。通常の精神状態でも「熱狂」状態程度の身体能力を発揮しているはずだ」

「少なくとも剣を構えるところまではきました、後ひと踏ん張りと言ったところでしょうか」

 

 しかし振り上げて止まったこの状態、ここまで行けるのなら後ひと押しも要らないように思うのだが。

 

〈斬れ!〉

 

 轟音と共に振り下ろされる剣が地面を抉り取る。

 

「理性を持ったままでは斬れないのだろうか?」

「あるいは、私が標的だからという事もあるかと」

 

 まあ知り合いを本気で殺しにかかる事が出来るか、と聞かれれば難しかろうと納得する。

 実際今のクライムが放った一撃は、まともに食らえばこの世界の住人では到底耐えられないだけの威力を誇っている。

 涼しげに横から眺める事が出来るのは、あくまでブラムとセバスだからである。

 

「あるいは目で見るからいかんのかも知れんね。次は目隠しをして気配を探って斬らせてみようか」

「石か何かを投げてそれを斬らせるのであれば、問題無く斬れるかと。先日のサキュロントとの戦いもありますし、それが宜しいでしょう」

 

 方針が決まり、セバスが気を送り込みクライムを叩き起こす。

 

 超越者達の鍛練は日が落ちるまで続く。

 この日もクライムは幾度となく気を失う事となるが、弱音を吐く事だけは無かった。

 

 

 

 

 

 

 各所で対八本指の為に動きまわっている中、レエブン侯は一人ベッドで横になっていた。

 

 愛する我が子と楽しい積み木遊びをしている最中に突如寒気を覚え、即座に自室に戻ったレエブンは吐血しそのまま倒れてしまったのだ。

 自室に向かう最中に息子には近付かせないよう妻に厳命し、何かあれば自身を隔離してブラム氏を呼ぶように伝えてのけた辺りにその才覚と深い愛情を窺わせる。

 

 そして連絡を受けた翌日にはドラキュラ商会の主任研究員ヴィクターが訪問していた。

 

「これは……」

「やはり、悪いのかね? 息子を守り育てる為にはまだ死ぬわけにはいかん! 頼む、何でもする! だから、どうか」

 

 表情を曇らせたヴィクターから現状を察したレエブンは縋りつくようにして頼み込む。

 

「何でも、と仰いましたか?」

「勿論だ! まだ私は死ぬわけにはいかん、王国もこれからなのだ、頼むヴィクター博士!!」

「それでは、『疲労がポンと取れる薬』は暫く控えて夜はちゃんと寝るようにして下さい」

「解った! ちゃんと夜は寝る。他には?!」

「あとは、栄養のある物を摂って安静にしておけば良いですよ」

 

 一体何を言っているんだ? と言わんばかりに訝しむレエブン。

 吐血など生まれて初めての事だ、これがただ安静にしているだけで治るものかと。

 

「端的に申しますと、過労ですレエブン侯」

「か、過労だと?」

 

 何を言っている『疲労回復薬』なら毎日3回は飲んだと問うレエブンの言葉を聞き、ヴィクターは思わずこめかみを押さえる。

 

「だから、です。あの薬は疲労を軽減し覚醒作用で睡眠も暫く不要になりますが、全く不要になるような物ではないのです」

 

 せめて3日に1度はきちんと寝ないと体に悪いと続ける。

 

「何、疲労回復薬を飲めば睡眠休息が不要になるのではないのか?!」

「そんなことは1文字も書いていません。こちらの説明書にも書いてあるではありませんか。『疲労は完全に抜けないので最低3日に1度は普段通りに睡眠をとる事』と」

 

 そういえばそんな事も書いてあったような気がする。

 しかし積み木遊びに夢中になってしまった為、忘却の彼方であった。

 

「それでは、この病気は誰かにうつる事は無いのだな?」

「そもそも病気ではありませんから、感染する事はありません。ただし」

 

 目を輝かせるレエブンを見かねて釘を刺す。

 

「今日1日しっかり寝て貰います。息子さんと会うのも禁止です」

「なんだと?! 貴様、一体何の権利があって私と息子の間を引き裂くと言うのだッ!!」

「どうせ休息と言い張って一緒に積み木遊びでもする御積りでしょう? 今日はしっかり寝て頂きます」

「ふざけるな、ふざけるなよ! 私はもう2日も愛する我が子に会っていないのだぞ?! 今までは悪い病気なのではと我慢していたがそうではないなら―――」

「〈全身麻酔〉」

 

 問答無用で寝かしつけて部屋を出たヴィクターは、覚醒作用の無い疲労回復薬や栄養剤、あとはおまけに体力増強剤を奥方に手渡してレエブン邸を辞することにした。

 その際子供と遊ぶ為に無理をし過ぎないようよく監視しておくように言い含めておくことも忘れない。

 

 彼はマッドな「化学者」ではあるが、同時に「医師」でもある。

 助けられる患者は助けるのがポリシーなのだ。

 

 勿論本人が御望みとあらば人体実験も厭わないが。

 




もはやレエブンオチを書かないと眠れない病気に罹ってしまった気がします。
幸せそうな親子、ん~良いっすねぇ! 見ていて楽しいっすよ。

御薬に不安の声が上がっていたので一応言っておきますが、あれは「ヒロポン」ではないです。
勿論ヴィクター博士ならもっとエグイ御薬も作れますが、彼はあくまでドクターなので依頼されるまでは作りません。
ええ、依頼されるまでは。

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