墓守達に幸福を   作:虎馬

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少々思うところあって前話の前に一個挿みます。
やっぱり報告会のシーンは必要だと思いまして。

次話を先に読んている人にも「あッ!」とか「うわぁ・・・」と思って貰える様な内容にできるように頑張りました。
彼の受難が終わり、あの子の受難の始まりですね。

11/27 23:50
蒼の薔薇について言及する会話を追加しました。
あとちょっぴりエントマの描写を増やしました。ホンの1行程。
この1文がないと違和感があるので不作法ですがあとになって加筆です・・・。


32.縮小会

「―――結果、大量の物資及び捕虜の確保とブラム・スト-カー、モモンの名声向上、犯罪組織八本指の壊滅、非友好的な現地勢力の排除、全て滞りなく完了いたしました」

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層「玉座の間」。

 もはや大計後の恒例となった報告会であったが、今回は何時もよりやや浮ついた空気が漂っている。

 それもそのはず、

 

「そして、無関係な市民の死傷者は、0でございます!」

 

 今回はナザリックの維持以外に御方の御要望も叶える事が出来た。それもシモベ達が主導になってである。

 責任者であったデミウルゴスも晴れやかな顔で報告を締めくくる。

 

「うむ、実に見事である。流石はデミウルゴスと言わせて貰おう」

 

 玉座に座りシモベの報告を聞いていた支配者は満足気に頷き功績を讃える。更には拍手までして。

 

「盟主殿の言うとおりだ。よくぞ、よくぞここまでやってくれた! 私の期待を遥かに上回る素晴らしい戦果だ。会議に度々顔を出していた私は君の努力の程を知っている。だからこそ言わせて貰おう。ありがとうデミウルゴス君。君はこのナザリックの宝だ!」

 

 惜しみない拍手を送り、満面の笑顔で称賛の声を送るのはナザリックのNo.2ネクロロリコン。

 

「元々はある程度市民に被害が出ぬよう注意して欲しいという程度の願いであったというのに、君という男は!」

 

 逃げ惑う一般市民の安全すらも確保してみせるというもはややり過ぎと言えるデミウルゴスの仕事ぶりに感嘆し、称賛の嵐を巻き起こす至高の御身の姿はかつてないほどに上機嫌だった。

 この世界に転移してからひたすらナザリックの安寧の為に心を砕き続けた御方が喜ぶ姿を見る事が出来た。それだけでシモベ達は感無量であった。

 

「お褒めに与り恐悦至極でございます、ネクロロリコン様。しかしながら御方々の御要望とあらば万難を排して御叶えする事こそが我等シモベの使命にして存在意義でございます。今後とも、何なりとお申し付けくださいますよう」

 

 特に作戦を主導したデミウルゴスはこみあげてくるものがあった。

 

 もっと任せて欲しかった。

 もっと頼って欲しかった。

 もっともっと、使って欲しかった。

 しかし、非才な己が身では足を引く事しかできなかった。

 

 汚名を雪ぎたかった。

 己が為で無く、御方々の為にこそ有用性を示したかった。

 

 「無関係な市民の死傷者を減らして欲しい」という漠然とした要望を聞いた瞬間、これだと思った。難しい要望を与えて頂けないならば、与えられた仕事で期待以上の成果を出せば良いのだと。

 

『何もそこまで徹底しなくても構わないのだよ? ある程度配慮して欲しかっただけでだな』

 

 情報をかき集め、異常なまでに精密な作戦を練り上げようとする様子を見かねて声をかけられた事もあった。

 その気づかいが、むしろ心苦しかった。

 

『しかしながら、ネクロロリコン様はより犠牲が少なくなる事を御望みの御様子』

『まあ、うむ、その通りだ、が』

『でしたら、どうかお任せ下さいませ。このデミウルゴスが何処までやれるのか、せめて挑戦させて下さいますよう、御願い致します』

 

 大丈夫です、と言いたかった。

 御気づかいは御無用、と返したかった。

 しかし言う事は出来なかった。

 否、この身では許されなかった。

 英知に溢れる御方々をして未知の技術が潜むこの異世界で、どうして無責任に大丈夫などと言えようか。

 既に1度、敵の術数に嵌ったこの愚かな身で。

 

 胃袋に鉛を詰め込まれたかのような気さえする日々であった。

 

 僅かな綻びも見逃さぬようひたすら情報をかき集めた。

 新たに迎え入れた者達を質問攻めにし、他の仲間達からの些細な情報も聞き逃す事の無いよう神経をとがらせ続けた。

 

 人間の脆弱さを嘆いた事もあった。

 特に赤子と老人の分布には気を遣って作戦の開始場所を定めた。時間帯ごとの人々の分布や逃走に適した経路を選定した上で誘導方法の模索もした。

 

 何より当日、エントマが勝手に戦端を開き最終確認を途中で切り上げるはめになった時は思わず罵倒しそうにもなったものだ。かつて己が失態を演じた際の御方々のお気持ちに鑑みて必死に呑み込んだものだ。

 

 その成果が今、

 

「ああ、これからも頼りにさせて貰おう。よろしく頼む」

 

 目頭が熱くなり、視界が歪む。

 この御言葉をどれだけ待ち望んだ事か!

 

 

「お任せ下さい……!」

 

 

 溢れる思いが頬を伝う。

 漸く自らの有用性を御方々に示す事が出来た。

 御方の、ほんの些細な願いを、たった1つとはいえ御叶えする事が出来た。

 それだけで、満足だった。

 しかし、それだけではすまさないのがこの地の支配者方である。

 

「盟主殿、私はデミウルゴス君の働きは我々が信を置くに足るものであると考えるが如何か?」

「異論などある筈が無い。これほどまでの忠勤を行う者であれば、アレを持つ資格があると言えるだろう」

 

 懐からネクロロリコンが小箱を取り出し、丁重にモモンガへと手渡す。

 察するにデミウルゴスに対する褒賞であろう。シモベ達はその様子を見守る。

 

「デミウルゴス、お前の忠勤は実に見事なものであった。よって我々は、信頼の証としてこれを預ける事とする」

「さあ、来たまえデミウルゴス君」

 

 小箱から取りだしたのは一つの指輪。

 しかし唯の指輪では断じてない。このナザリック地下大墳墓において恐らく最も重要であろうものがその手にあった。

 涙を払ったデミウルゴスは、勿論それが何であるかを一瞬で悟る。

 

「なりません御方! シモベ風情に、そのような」

 

 至高の御方々が、その証として所持するナザリックの至宝「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」。

 転移以外では移動の出来ない「宝物殿」の領域守護者にして至高の御方々のまとめ役であるモモンガ様が創造したシモベであるパンドラズ・アクターと、守護者統括として作られたアルベドが役職上持つ事を許されているに過ぎないナザリックの最重要アイテムが贈られようとしている。その事実にデミウルゴスは喜びを通り越して恐怖した。

 自分如きが所持して良い筈が無い、と。

 

「デミウルゴス。お前の働きを称え、その無二の忠誠を我等が認めた証だ」

 

 至宝を手に壇上へ誘う声を聞くも、畏れ多いと固辞するデミウルゴスは思わずもう1人の支配者へと視線を送る。

 視線に気付いたネクロロリコンは暫し瞑目し応える。

 

「かつての失態を理由として辞退すると言うならば、我々もまたこの指輪を外さなければならん。我々もまた幾度もの失態を経て、今があるのだから」

 

 放たれるは赦しの言葉。かつての失態を糧として汚名を雪いだと認める言葉であった。

 これ以上の固辞は非礼に当たると覚悟を決めたデミウルゴスは壇上へ上がる。

 

「これはナザリック地下大墳墓を一撃で崩壊させ得る、謂わばナザリックの急所である」

 

 玉座に在るモモンガは恭しく至宝を受け取るデミウルゴスに対して訓示を与える。

 この小さな指輪がどれほど重要で危険な品物であるのかを。急所そのものであるがゆえに、持たせる者を選定する必要がある事を。そしてそれを授ける意義を。

 

 訓示を聞くデミウルゴスは震えが止まらなかった。これ以上ないほどの信頼を、明確な形として受け取ったのだから。

 

「この身に代えても、必ずや御期待に応えて御覧に入れます!」

 

 ともすれば陳腐と評されるであろう宣誓の言葉。しかし至宝を胸にかき抱き歓喜に打ち震える状態で彼が放てる精一杯の言葉でもあった。

 満足気な笑顔のネクロロリコンが拍手を送るのをきっかけに、玉座の間が温かい拍手で包まれていく。それはシモベ達の称賛と、僅かな嫉妬を込めた万雷の喝采であった。

 デミウルゴスは想う、この瞬間はたとえ死してもなおこの魂に残り続けるだろうと。

 

 

 

 ―――このまま終わっていたらどれだけ良かったか。

 

 

 

 後にある者が述懐する。

 この瞬間までは最高の報告会であったと。

 

 全ての発端は成功の秘訣を皆で共有しようと言うネクロロリコンの計らいであった。勿論このことを悪し様に言う者などいない。純粋にデミウルゴスを称えると共に、全体で成功の秘訣を共有しようと言うまぎれも無い善意からの提案であった。

 

「それが必要だと思った理由や懸念事項、想定したあらゆることを、良いかい? 皆に解るように、丁寧に噛み砕いて解説して欲しいのだよ」

 

 至高の御方々の御用命とあらば是非も無い。空回り気味であった用意の数々も成功の要因となったと思えば誇らしくもある。

 意気揚々と大計成功の為に打ったあらゆる手段について解説を行う。

 

「態々呼び出した悪魔を始末したのはそのためでありんしたか!」

「1度に通れる人間の数を計算してあえて一部を倉庫に閉じ込めたって訳ね! さっすがデミウルゴス」

「そ、それを助けに行かせて功績を積ませるのも、上手く出来てるよねお姉ちゃん!」

「王都の立体模型まで作って実験を重ねるとは……そこまでするか? 普通」

「そこまでしたからこその結果、という事だろうよ? 盟主殿!」

「人間ノ貴族達ヲ上手ク扱イ追イ込ム様ハ、仕合ニ於ケル牽制ノ放チ方ニ通ジルモノガアルナ」

「それでいてブラムが借りを作らないように配慮もされております。クォれまでネクロロリコン様が築き上げてこられた仕事を引き継ぎッ、更なる布石を置いていく! ンゥまさにッ! 妙手と言えまショウ!!」

 

 感嘆と称賛。解説が進むほどに高まる評価。準備段階は非の打ちどころが無いほどに完璧な出来栄えであった。

 しかし実行当日になり想定外の事態に出くわしたと話は続く。

 

「実行の日取りにつきましては、王都に存在するアダマンタイト級冒険者、朱の雫と青の薔薇のいずれかが不在の折りにと考えましたが、いささか想定外の存在がございました」

「蒼の薔薇のイビルアイ、か」

 

 プレアデス隊の顔色が変わる。仲間の1人を下し、1人を仕留める一歩手前まで追い込んだ猛者の名であるからだ。

 

「仰るとおりです。詳細な情報が無かったため作戦に組み込まぬ方が安全でしたが、大悪魔アルコーンの脅威を知らしめるためには朱と蒼のどちらかと相対する必要がございました」

「片方のみと相対するとしたら、ベテランの朱よりニュービーな蒼の方が与しやすいという判断はそれほど外れてはいなかったのだろうが、な」

「うむ、相手取るなら蒼の薔薇の方だと思っていたが、まさかその中の1人がプレアデスに匹敵するレベルまで至っているとは予想外だった」

「慎重さが足りませんでした」

 

 デミウルゴスは手違いで討取ってしまった現地の冒険者3人についても言及する。突出したイビルアイのレベルを想定して攻撃したところ他のメンバーが耐えられなかったというのが実際のところではあるが、そもそもアダマンタイト級冒険者の実力を正確に測り切れなかったことは準備不足と言うよりほかない。

 

「それほど悔やむ必要はないだろう。そもそもアダマンタイト級を含む現地の人類が至りうる最高レベルを予想したのは我々だ。これはデミウルゴス君のミスとは言えまいよ」

「何より彼女等は冒険者だ。命をかける対価として金子を受け取るのが冒険者というもの。更に自ら首を突っ込んできたのだから無関係ではなかろう」

「もっと言うならその3人はリーダーが蘇生したのだろう? そして君は傷を付けてもいない。これはつまり『無関係』な『死傷者』は『いない』ということではないかね?」

 

 だから自身の『我儘』は完璧にこなされていると語るネクロロリコンの心遣いに黙って頭を下げるしかないデミウルゴス。

 

「私としてはこの世界で蘇生魔法が効果を発揮するかどうか不安であったからな。〈死者復活/レイズデッド〉が使えるという真偽を確かめておきたかった。そういう意味では3回の蘇生を確認できたのだから十分な収穫と言えよう」

 

 これも蒼の薔薇を相手とした大きな理由であった。蘇生魔法の有無は少数で行動することが多くなるこれからの活動において大きな意味を持つ。しかし無暗に味方の戦力を浪費したくも無い。そんなモモンガの要望を叶える相手であったのだ。

 その為リーダーである神官戦士ラキュース以外で1人の死者を出す事が始めから決まっていた。その上で、あくまでも傷を付けずに体力を削ろうとした矢先に起こった不幸な事故であったのだ。

 

「それに条件次第でそこまで至れるのだという情報が得られたのだから、ナザリックの戦力増強においては嬉しい誤算だったよ」

 

 だから気に病む事は無いと言葉を送られてしまいまたもや恐縮するデミウルゴスであったが、ここまではまだ問題無かった。

 プレアデスが喫した敗北についても、片方は蜘蛛人であるエントマと〈蟲殺し〉の相性の悪さによるものであり、もう一方のユリも非殺傷を主眼に置いた戦い方を逆手に取られた形であるためむしろユリは評価を上げた程でもあった。

 

 問題は、

 

「ところで、どういった経緯で青の薔薇との戦闘になったんだね?」

 

 この質問であった。

 

 問いを受けて竦み上がるエントマ。

 震える彼女を見かねたネクロロリコンが、あくまで不測の事態に陥った際の対処法を検討する為だからと声をかけてどうにか報告を始める程に萎縮していた。

 

 まずマーレと別れた後で直ぐに合流できなかった理由の説明から入るエントマだったがこの時点ではミスらしいミスは無い。むしろ評価する声があがる。

 

「隠し倉庫か、1人で残った後に見つけてしまったのは不運だったと言うしかないな。それでも全て回収したのだから上出来とも言える」

「ああ、実に丁寧な仕事ぶりだぞ、エントマ」

「彼女の合流の遅れは襲撃する建物の内部をきちんと精査していなかった私の落ち度でございます。これからはより注意深く準備をしていくよう肝に銘じます」

「しかしあまり内部を偵察しすぎるのも藪を突く事になりかねんな。これはやむを得ない事態だったという事で構いますまい、盟主殿?」

「むしろ安全管理を考えると物資の回収を諦めるのが最良かもしれん。今後同じ事があったなら連絡を取れる者は応援を要請し、出来なければ帰還という方針にしてはどうだろうか」

「過分な御配慮を頂き感謝いたします。今後はそのように」

 

 想定外の事態に対して適切に振舞ったエントマを評価する支配者達であったが、当の本人はあまり喜んでいる様子が無い。むしろ話を進めるほどに沈んでいく気配すらあった。恐らく敗北の報告をしなければならない事が苦痛なのだろうと多くの者は察していた。

 

 だが違った。

 

 震える声で死体をつまみ食いしている様子を冒険者に見咎められ、戦闘になったと報告した瞬間玉座の間が騒然とする。

 ある者は不快感を顕わにし、またある者は勝手な行動を咎める目を向ける。

 しかし騒がしかったのは僅かな時間であった。

 

「つまり何か? ナザリックの総軍で当たる大計の最中に、小腹が空いたから、つまみ食いをしたと、そういう訳か?」

 

 平坦な声色に玉座の間が凍りつく。

 咄嗟に発言者の顔を窺うシモベ達は見てしまう。温厚な御方が初めて見せた憤怒の形相を。

 

〈貴様ァ! デミウルゴス達が必死になって準備したこの作戦を! そんな下らん理由で台無しにしようとしたのかァッ!!〉

 

 

 

 激情に駆られて発した怒声はスキルの効果も上乗せされ玉座の間を震撼させる。これは直接向けられた訳ではないアルベドですら震えが止まらない程の衝撃だった。

 守護者統括の誇りから奥歯を噛み締めどうにか押さえこんではいるものの、御方々の前で無ければへたり込んでいただろう。

 

 その直撃を受けたエントマはもはや哀れなほどに震えあがっている。『恐慌』状態に陥っていながら逃げ出していないのは一重に彼女の忠誠心故であろう。

 恐怖により自決も同時に封じられてしまったことは、幸か不幸かわからないが。

 

「申し訳ございません! 私の管理不行き届きでした」

 

 咄嗟に頭を下げるのは作戦の総責任者であるデミウルゴスである。声をかけられたネクロロリコンはジロリと発言者に視線を送り問いかける。

 

「全ての会議に出た訳ではないが、私の知る限り毎回作戦の概要や目的、そして注意点を真っ先に説明していた筈だ。その会議にエントマを出席させていなかったのか?」

 

 怒りの収まらぬ御様子ではあったが、冷静さを取り戻し訊ねる御方を見てアルベドはやや安堵する。

 

「いえ、当日の参加メンバーですので、勿論幾度か参加させております」

「その会議で最初の説明は?」

「行っております」

「あの説明を聞いてダメだと言うなら、聞く気が無かったのか、説明を理解できないのか、そもそも従う気が無いかのいずれかであろうよ」

 

 一旦言葉を切り、剣呑な目をエントマに向けて言い放つ。

 

「どれであろうと話にならん」

 

 絶望的な雰囲気を漂わせ始めたエントマを見るアルベドは守護者統括として冷徹に思考を巡らせる。取敢えず最悪の展開だけは回避できたと。

 御叱りを受けて危惧したのは、エントマの失態を受けてナザリックのシモベ全体の評価が暴落してしまう事であった。そのまま全体の罪となった場合は守護者統括としての責務を果たす必要があった。身命を賭して自ら1人の罪として頂き、シモベ全体に対する恩赦を請うと言う難業を為す必要があったのだ。

 幸い、御方は総責任者であるデミウルゴスを赦された。責任の重さでエントマに次ぐ存在に対して理性的な判断の下罪には問わぬと仰せられたのだ。これで他のシモベ達が連座して罰せられる可能性もほぼ無くなった。後は罪を犯したエントマがその身を以て償う事でこの話はおわるだろう。

 

「お前、この作戦においてどれだけの者達が動いていたと思っている。どれほどの苦労を重ねた上での本番だったと! これまで積み上げてきたものが! お前1人のせいで全て瓦解していたかもしれないんだぞッ!!」

 

 怒れる御方に声をかける者はもはやいない。当然だ、そもそも御方の決定に言葉を挿むことなどシモベ如きには赦される事ではないのだから。

 デミウルゴスが責任者として声を上げたが、これはあくまで例外である。

 

 目をいからせ、牙を剥き、御方の叱責は止まらない。むしろ加速していく。

 もはや声をかける事が出来る者等いない、ただ1人を除いて。

 

「そこまでです!」

 

 そう、玉座にあって静観の構えを取っておられたモモンガ様である。

 

「ネクロさん、そこまでです」

 

 あくまで対等であると示す為だろう、玉座から立ち上がり歩み寄るモモンガ様がネクロロリコン様を諌める。

 

「あの時言ってたじゃないですか、基本的には目をつむるって」

「大勢に影響が無ければ、と付け加えていた筈だぞ?」

 

 しかしネクロロリコン様の御怒りは余程凄まじいのか、剣呑な眼差しをモモンガ様に向けておられる。

 

 この瞬間アルベドの脳裏に最悪の未来が浮かび上がる。長らく育まれてこられた御友誼に亀裂が入ってしまうと言うナザリックにおいて考えたくも無い究極の悪夢である。それもシモベ如きの為に。

 

 拳を握りしめ、御方々の関係が壊れてしまう前に禍の元を断つことで己の使命に殉ずる覚悟を固める。独断で御方々の所有物であるシモベを処刑するなど本来赦されるものではない。極刑は免れまい、むしろ自らそれを請うのだ。

 すべてはこのナザリックと至高の御方々の為に。

 

 

 

「ミスは誰でもあるとも言った筈です!」

「あの時とは状況も理由も違いすぎる! このテの輩は何度だって同じ事をするぞ? そして次も問題なく終わるとは限らんのだぞッ!!」

 

 至高の御方々が見つめ合う。

 いや、これは多分に願望が込められた表現だ。睨みあっていると表現するのが正しいだろう。その恐怖の光景をシモベ達は固唾をのんで見守る。否、見守ることしかできない。

 

「……ミスは誰しもある事、重要なのは同じミスをしない事だと言っていた筈です。パンドラ! ネクロさんの言葉を」「え?!」

「ハッ! ンンッ、 『ミィスをする事ォウ、それは誰しもあァることだァ。重要なのはァア、次ゥぎに同じミスをしない事だとォ! ゥ私は考えているゥ!』」「グフッ?!」

「これはつまり1度目は見逃すと言うことでは? パンドラ、もう1度」

「解った! 確かに1度目なら見逃すという意味合いの事も言った! 今回の一件は大目に見よう! それで良いだろう?!」

 

 怒気を霧散させたネクロロリコンの様子を見て最悪の事態は回避されたと胸を撫で下ろすシモベ達。御方々の反目という最悪の未来に辿りつかなかった事に誰もが安堵する。

 

「だが、1つ提案させていただきたい、ギルド長、殿!」

「な、何でしょう?」

「オレはエントマを信用できない。外部での活動を無期限で禁じて頂きたい!」

 

 ギルド長と呼称し、あくまで相手の立場が上であるとみなした上であえての慇懃無礼な物言い。

 シモベ達から怯えを多分に含んだ眼差しを一身に浴びたモモンガは、

 

「そうですね、解りました。アルベド!」

「ハッ! 今後の活動においてエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの外部活動の一切をここに禁じる事とします!」

「……内部の活動はこれまで通りに行わせるように」

「畏まりました!」

 

 渋面で瞑目するネクロロリコンの様子を窺いつつ早口に応えるアルベド。不用意な発言で再びナザリックの終焉に近付ける訳にはいかないため内心は必死である。

 

「では、これで今回の報告会を終了する。何かある者は?」

 

 気まずい雰囲気に堪えかねたモモンガは閉会の宣言をする。

 無論異を唱える者はない。

 

「今後も忠勤に励むように」

 

 

 

 転移で玉座の間を去る支配者達を見て大きく息を吐くアルベドは、思わず自らの行動を封じた者達に視線を送る。身命を賭して御方々の仲を取り持つ為に踏み込もうとした瞬間に全身を貫いた2つの殺気、その発生源である者達に。

 

 一人はモモンガ様が手ずから製作された宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクター。アルベドの視線に応えるように軽く帽子を上げおどけるような所作を返す。創造主の目的がエントマの助命である以上アルベドを止めるのも当然ではあるだろう。

 

 解らないのはもう1人、ネクロロリコン様の右腕として常に傍に侍り続けたメイド忍者コルデー。御方々の御友誼に致命的な罅を入れかねない事態であったにも関わらず自らの行動を制したその目的が見えない。信頼故か、はたまた別の目的の為か。もし何か目的があるとしたならば一体……?

 

 スカートの裾を摘み軽く一礼して姿を消す彼女を見て物思いにふけるアルベド。御方々の発言にあったあの時とは、恐らくセバス反逆の報を受けて対談を行ったときであろう。しかし大勢とは一体何処までを指すのだろうか? 王国を裏から支配する為の計略か、ナザリックの安寧か、それとも御方々だけが見据える未来だろうか。どれでも有り得、そのどれでもないような気もする。

 

「信頼の有無、でしょうか」

 

 自身が持つ至宝はあくまで役職上持つ事を許されているに過ぎないものだ、それは重々承知している。対して御方々によって創造された者達の信頼度はやはり格別であろうとも想う。2人は何か聞かされているのだろうか、それとも言われずとも解っている何かがあるのだろうか。

 

「わたくしも信頼を勝ち得るだけの功績を積み上げなくてはなりませんね」

 

 デミウルゴスは御方々より多大な信頼を得た。ならば自身もそれに続かなくてはなるまい、守護者統括を任される身であるのだから尚のことである。

 

 

 

「パンドラを使うのは卑怯じゃないですかねぇ?!」

「だってネクロさんマジギレだったじゃないですかー」

 

 苦笑いを浮かべつつ抗議の声を上げるネクロロリコンに悪びれることなく返すモモンガ。2人はシモベ達の心配を余所に自室で談笑する。

 とはいえ今日は比較的真面目な雰囲気が強い。

 

「そりゃ怒るでしょ! あんなにデミウルゴス達が頑張って準備した作戦の最中につまみ食いして戦闘開始ですよ?! 有り得ないでしょ!!」

「それは、まあそうですけど」

 

 でも殺す気満々だったじゃないですか、とやや真顔で問うモモンガに渋面のネクロロリコンが確かにそうだったと応える。

 

「ナーベラルの毒舌もセバスの人助けも基本的に大目に見るって言ってたじゃないですか。どうしてエントマの大食いはダメなんですか?」

「だから大勢に影響が無ければって言ったでしょ?! ナーベラルの毒舌はポンコツ属性だからもはやどうしようもないし、セバスの人助けは局地的に問題になっただけで究極的には問題にはならない訳よ。でもエントマの食人はダメ! 人間種を問答無用に敵に回す行為じゃん! エントマが会ったのが現地人だったから良かったものの、人間種のプレイヤーだったら、もっと言ったら異形種狩りのマジキチ共だったらそのまま全面戦争だったんだよ? そうなったら俺ら人類の敵のレッテルを貼られてそのまま殲滅戦だぞ!」

 

 ネクロロリコンが思い浮かべるのはかつての苦い記憶。異形種狩りのPKプレイヤーを狙ってPKしていたPKK時代から問答無用のPKギルド扱いに変貌して行った頃に味わった異形種狩りプレイヤー達のやり口。そしてギルド:アインズ・ウール・ゴウンの危機。

 

「奴らに攻め込む口実を与えちゃダメなのは解ってるでしょう? 人間を喰うメイドを従えた異形種の集団だとか裏では人間種を支配する為に暗躍してるとか、あることあること言いふらして村八分にされちまうぞ! 俺らにはぷにさんもベルリバーさんもいないんだからそうなっちまったら行くとこまで行くしか無くなっちまう」

「そして、そうなったら第三者のギルドがどちらに着くか、でしたか」

 

 悪事千里を走る。人の悪評は広まるのが速く善行をなしてもあまり広まらないという意味合いの言葉である。ネトゲー界隈では殊更その傾向が強く、異形種狩りから助けられたプレイヤーの擁護よりPKKをされたプレイヤーが行うネガキャンの方が広まりやすいのだ。それが積み重なった結果がPKギルド:アインズ・ウール・ゴウンの悪名である。

 それでもしぶとく生き残り、むしろ敵対勢力の一部を撃破出来たのは計略に長けた仲間の存在によるものであり、局地戦において絶対的な優位を誇るたっち・みーやウルベルトといった強プレイヤーの存在あってのものである。

 

「四面楚歌の状況を打破できる実力も頭脳も無い、残念ながら俺にはそんなこと出来ん。だったらそうならないように徹底的に隙を見せないように動くしかないじゃないか」

「まあ、そうなんですが」

 

 人間を殺さないように気を使っているのも、捕えた人間を活用する手を考えているのも、勿論王国を盛り立てようと腐心しているのも全て異形種だからと攻撃されない為の実績を作る為である。ナザリックの隠蔽も戦力の秘匿も決戦時に優位に立つ為ではあるが、そもそも戦わないに越したことはないのだ。異形種というだけで不利なのだから。

 

「つーか今回は犯罪組織を倒す作戦ではあったけど、完全にマッチポンプだったからせめて人死には無くして欲しかった訳で、それをデミウルゴスは完全に応えてくれた訳よ! 知ってるモモンガさん? 第7階層にある10分の1王都模型。そんなものまで態々作って作戦を練ってくれてたんだよ、俺は我儘という体で御願いしただけなのに!」

 

 眉間に皺を寄せて計画を練るデミウルゴスを見て何度も無理しなくて良いと言ったが、本気で止める事も無かった。頼んだ本人としては非常に心苦しかったこともあってデミウルゴスに肩入れしているという自覚もある。だが、

 

「そんな頑張りを無かった事にされかけたんだから俺が怒らなきゃダメでしょ!」

 

 モモンガとてデミウルゴスの頑張りは知っている。ネクロロリコンの意見もよく解る。だからこそエントマの行いは度し難いものがあった。現地のニンゲンによって痛めつけられた事も一時忘れるほどに。

 何よりエントマの処遇についての提案を受けた際に玉座に集った一同から受けたプレッシャーは忘れられない。

 

「そう、ですね。少なくとも我慢が出来るようになるまでは外には出せないです」

 

 しかしながら仲間が残してくれた大事なNPC達の1人でもある。出来るだけ設定どおりに生き生きと過ごして欲しい。

 

「アルコーンとその仲間達はナザリックとは無関係という事にする、というのは予定通りとして、早めにいなくなって貰った方が良いかもですね」

「そうさな、アルコーンの脅威から守ってくれる支配者ってのがブラムの強みだったんだけど、マッチポンプだと曝露されちゃ叶わんしな。もういっそ出てこない方向にしてしまおう。脅威を感じている内に人心をつかめれば良いんだけどなぁ。薬と安全管理以外にあとは何が出来るか……」

 

 ネクロロリコンとて無暗にNPC達を困らせたい訳ではない。かつては吸血貴族という設定を現実のものにできると喜んでいたが、最近はナザリックの防衛の為という意味合いが増してしまっている。趣味と実益を兼ねていると言えば聞こえはいいのだが。

 

 

 支配者達は悩む。自らが治める領地の為に。

 彼等はまぎれも無くナザリックの『支配者』なのであった。

 




そんな訳でゲヘナの報告会です。
祝勝会になるはずだったのにシモベ達はビビって萎縮して御方々も方針を変える縮小会になってしまいました。

ずっと明かされなかったネクロさんの人間に対する異常な厚遇。全ては人間種プレイヤーと対立した際に「俺らメッチャ人間のこと考えてるし!」というアピールをする為だった訳です。マッチポンプで人気稼ぎをしていても、あくまで犯罪者集団を根絶するついでであると主張し、無関係な市民にも被害を出さない様に気を使いましたという風に。
セバスがあっさり赦された理由もこれです。あくまで人助けをしたと主張できる行いであった訳です。証人もいますからそういう意味でも良い仕事でした。反逆事件は兎も角。
そして怒られたエントマは明らかに人間に対して敵対的だった訳で、最悪の事態まで行きかねなかった事が本当の意味での逆鱗でした。
現地の人間は脅威になり得ませんが、その人間達を護るという体のギルドと対立した場合ナザリック側が悪役という事になり、それを傍から見た第三者達(勿論プレイヤーが想定)が敵に回るという四面楚歌の状態となってナザリックに引き籠るという未来を危惧していた訳ですね。

この辺りの真意はプレイヤー相手にビビっているとか思われると困るので言いだせないでいます。
この辺りは二人が原作アインズ様より人間よりの感性を保持しているという設定が下地にあります。

一応吸血鬼はお肉とかついてますし、ニンゲンとして会話する相手もいますからね。

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