墓守達に幸福を   作:虎馬

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ブラムが治めるエ・ランテルの様子を一般人視点で書く。ずっとやりたかったお話ですが漸くここまで辿り着きました。

今回出てくるオリキャラ、きっと190㎝、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態に違いありませんが、今回限りでもはや出番はありません。


34.エ・ランテル出世戦争

 アーノルド・シュバルツエーカーは生まれた瞬間から長男のスペアのスペアという定められた人生を歩んできた。

 エ・ランテルの木工店「シュバルツエーカー」家の三男坊として生まれたアーノルドは兄達に何かあった時に家業を継ぐ事が出来る程度の教えを受け、その後はそれほど大きくも無い店の手伝いをしながら成長した。幸か不幸か2人の兄は無事成長し、長男が嫁を迎えて店を継ぐことで代変わりも恙無く終了してしまった。二男はそれなりに職人としての腕を持っていた為店の手伝いを任されたが、残念ながらアーノルドを養えるほど大きな店では無かった為シュバルツエーカーという家から不要の烙印を押される事となった。

 その後はエ・ランテルの街を護る衛士として食いぶちを得ていた彼だったが戦士としての芽も無く、冒険者や王国兵士としての栄達の道も随分昔に閉ざされてしまった。衛士隊の配給物資の調達や整理などと言った裏方に回されてからもどうにか食いつないでいた彼は、そのまましがない衛士隊の裏方として人生を終えるものと思っていた。

 

 そんなアーノルドの人生に転機が訪れたのは、エ・ランテルの英雄『狼王』ブラム・ストーカーが新たなる領主ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯としてエ・ランテルに封ぜられた事に端を発する。

 

「私に仕える官僚達に収賄は許さん! 袖の下を受け取ったならその腕を落とし、血税の着服をしたならばその首を落とす!!」

 

 正義を尊び悪の組織をなぎ倒した領主様は就任時にそう宣言し、言葉の通り続々と汚職官僚達が解任されていった。そして空いたポストを新たに清廉な官僚を領民から選ぶこととした。各村々の村長や組合の幹部に声が掛けられる中、衛士隊の中では最も数字に強いアーノルドに白羽の矢が立ったのだ。

 

 突如新たな道が拓けたアーノルドはその道を邁進した。他の領地へと繋がる街道を整備するための監督官として新たな官僚に最初の仕事を与えられたときは、これまでに培った人脈を駆使して誰よりも早く、整然とした街道を少ない予算で作り上げるため血眼になって働いた。アーノルドはこの街道整備を最初の試験と見たのだ。

 聞けばブラム伯爵は領内の統治や運営すら有能な官僚に任せるつもりだという。現に工期が短く仕上がりのよい街道を作った責任者達には次の、大きく長い街道の施設を命じられていた。他の候補達の一部は領民の戸籍の整理や農業改革に関する仕事である為成果を出しにくい事が解ってからは、自身の幸運を噛み締めながら。

 

 アーノルドは自身と同じく店を継げない二男三男達に声をかけ、衛士隊の一部をも動員して街道の整備に明け暮れた。同時に自身のライバルであろう他の官僚候補達の情報を得る為に工夫達に差し入れを入れつつ話も聞いて回っていた。

 

「最近大きな狼が3頭1組でよく街道を歩いてるだろ? 街中でもよく見るけど、アレはブラム様がアルコーン対策に見回りをさせておられるんだとよ」

「ブラム様は賊の襲撃を受けてる村を助けた事があるそうだ。その村の復興にも手を貸したとかで、御礼に住人達が街道整備に無償で協力してるって話を聞いたことがあるよ」

「報酬を全て工夫への賃金や食事に充てる奴がいるって聞いてたけどあんたのことかい?! いやー、俺もその人の所で働きたいって思ってたんだ!」

「俺はこの間別の所で働いていたんだが、ゴブリンやオークと一緒に働く羽目になって困っちまったよ!」

「俺もだ! 魔物なんかと一緒に働けないって言ったら、たまたま見回りに来ておられたブラム様から『4本足の獣と2本足で話の出来る亜人と、どちらと一緒に仕事がしたいかね?』って訊かれちまったよ。ちょっと考えたけど、俺はブラム様が使役する獣の方が良いって異動させてもらったんだ。彼女には悪いことしたかな……」

 

 工夫達の不平不満を解消してより効率的に仕事をして貰うための差し入れだったが、意外と様々な情報が手に入った。

 ブラム様の偉大さについてはアンデッド襲撃事件で十分に思い知っているのだが、ゴブリンやオークを使いこなす官僚候補というのは気になる。そいつらは普通に話が出来る上にタフで力強いそうだから、力仕事では他の候補者達に対して圧倒的に有利に違いない。きっと何処かの開拓村の村長だろうが、腕っ節で全てを捻じ伏せるような奴には領地の運営は任せられまい。

 ならば注目すべきは報酬を全て工夫の賃金に還元しているとかいう輩か。名前はカイ・ヨーリというそうだが、かなりのやり手らしい。目先の利益より最終的な地位を狙っているのなら手ごわい相手だ。衛兵時代に培った人脈を駆使して費用を抑えているにもかかわらず競り負けているのだからそうとうだ。

 

 アーノルドの努力が実ったのか、これまでは街道の一部を任されるにすぎなかった仕事が街道の途中からとある村への道丸々一本を任されるようになった。一定の金貨を受け取り、あとは工夫の募集から食料の買い取り、果ては道に敷く砂利の買い付けに至るまで丸ごと任せられたのだ。しかし喜びもつかの間、同様の案件を受けたものがもう2人いると聞いて気合を入れ直す。

 

「この街道を繋げることでエ・ランテルへの移動も随分楽になります。行商人も多く来るようになるでしょうし、何よりドラキュラ商会の方々もお越しになりやすくなるでしょう! 連絡を入れればこれからは態々町まで果物を持って行かなくても纏めて買い取っていただけるのです!」

「おお、流石はブラム様だ! ワシ等の事を考えてくださっているのだなぁ」

「そうなのです! 私もブラム様の御考えに感銘を受けて働かせて頂いているのですよ」

「そうなのかい? そりゃあ素晴らしいが……」

「そこでお願いなのですがね、街道の整備を行う間食料や宿の工面をお願いしたいのですよ。勿論、ブラム様! から頂いた予算がありますので、ええ、きちんと代金もお支払いしますのでね」

「この辺りは町から遠いからなぁ、解った! 幾らか御用意させていただくよ」

「おお! ありがとうございます。村長、貴方がたの領主様への奉仕、このアーノルドしかとお伝えいたします!」

 

 元々客商売をしていたアーノルドからすれば村人との交渉程度雑作も無い事である。それ以上に自分達の為に領主が動いているという事に加え、これまで上から目線で押しつけてきた様々な協力要請が、きちんと対価を払って、しかも下手に出て頼んできたということが驚きであったというのもあるだろう。

 何よりこの村でも新領主であるブラム・ストーカー伯爵に対する評価は高い。正当な対価を払うというアーノルドに対し、相場より遥かに安い金額しか求めてこなかった事からも領主への信頼が窺える。むしろ進んで人手まで割いてくれるのだから相当だ。しかしこの好意に胡坐をかくことは出来まい、恐らく他の村でも同じ待遇を受けている筈なのだ。

 

「これが傷用の軟膏、こっちが病気用の飲み薬、あとこの紫の水薬が緊急用の傷薬になります。税を納めている領民の健康管理の為に各村々に配っておられるそうです。年に2度支給され、半年で効能が切れてしまうそうです。追加で注文する場合の金額はこの箱に書かれていますのでよく読んでおくようにして下さい」

「おお、有難い! 町まで薬師を呼びに行かなくても良くなるとは!」

 

 アーノルドは領主様から預かった薬箱の説明を行いながら思い返す。これまでの村人達を下に見たやり方ではこのエ・ランテルではやっていけなくなるだろうとは薄々気づいていたが、ここまでの施しをするとまでは思っていなかったと。

 領民は領主の財である、これはブラム様が官僚候補達に対して折りに触れて放つ言葉である。領民に手を上げることは自身に刃向かうも同然であるという意味合いとして受け取っていたが、正しく財として扱うつもりであるとは思いもしなかった。

 

 思えば冒険者達の待遇改善策を発表したときからこの方針は示していた。曰く、

 

『領民の安全を守る為には精強な冒険者の育成は不可欠である。しかし現状では志半ばで倒れるものが多い。ならば駆け出しの冒険者を手厚く保護するのが最善であろう。最低限の食住を我々で提供し、可能な限り装備の充実に充てさせる、これが最善と考える。……もっとも我が領民であるならば、だがな?』

 

 とのお言葉である。

 

 この御言葉に盟友である『漆黒』のモモン等が感銘を受けてエ・ランテルの市民として登録した事が拍車をかけ、多くの冒険者達がエ・ランテルの市民となった。

 彼等は銅級冒険者用の宿が無料で利用でき、ドラキュラ商会が卸す各種薬品の購入時に半額以下で購入できる等の特典を得る事が出来るようにもなった。更に街道の巡回等で定期的に仕事を与えられる等の優遇処置まであるためこぞってエ・ランテルの市民となったものである。

 エ・ランテルに漆黒の英雄を留めようと手を尽くしていた組合長も胸を撫で下ろしたと聞く。

 

 勿論波風立たずという訳にもいかなかった。本人の良心による治療行為であるなら無償でも構わないという宣言を受け、神殿系の勢力から抗議の声が上がった事があった。

 その上配給用の薬品製造の為に神殿勢力への資金提供を控えるという方針を受けて地神に仕える高位神官が直談判に来たのだ。

 

 しかし訪れた神官を前にして偉大なる領主様はこう仰った。

 

〈元はと言えば貴様等宗教家が民を救おうとせんから血税から薬代などを捻出しなくてはならんのだろうがァ! 何だぁその豪奢なローブは! 病人怪我人の足元を見て搾取しおって、宗教家なら清貧を旨とせんかッ!! 恥を知れィッ!!〉

 

 この怒声は付近の通行人にまで響き渡ったと言われている。真っ青になって逃げ出す神官長の様子は職員達の間では語り草である。誰もが思い、しかし誰も言わなかった事を言いきったブラム様を見て付いていこうと決めた者は多い事だろう。現に酒場における吟遊詩人達の演目もこの日から増えた程だ。市民を救う事を旨とする指針に否定的な事を言えば爪弾きになるのも当然ではあるが。

 

 かつては自身の立身出世の為に邁進していたが、今となってはブラム様の御役に立ちたいという事が最大の理由になっていると思い返す。きっと競り合っているもう2人も同じに違いない。

 

「さあ、今日も張り切って参りましょう! 偉大なる領主様の為に!!」

 

 今日も工夫達と共に汗を流す彼の名はアーノルド・シュバルツエーカー。

 後にエ・ランテル市内の物流を取り仕切る副市長となる男である。

 




ブラム伯爵のエ・ランテル統治、その表側の描写が終わりました。

いやー良い社会ッスねー。頑張れば出世できて、安全も狼達に護ってもらえて、お薬も安いだなんて! もう最っ高ッスよ!! 狼王様万歳ッス!

そして次回は今回の話と一つだったはずの後半戦、ナザリックサイドです。
何時もの会議です。もう長くなる未来しか見えません。


追記
ブラム・ストーカー伯爵の名前の考察。

貴族の名前は大体 名・姓・デイル・領地or役職 であるようにみえるので、ブラムさんの名前も ブラム・ストーカー・デイル・ランテア としました。羽柴筑前守秀吉みたいな?
もし正式な命名方式を御存じの方がいらっしゃったら御教授下さい。

あとランテルではなくランテアなのはエ・ペスペルのペスペア侯の名前からの推測です。ウロヴァーナとかもそうですね。

こういうどうでも良い事を考察するのって楽しいですよね。

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