一応ラストは始めの頃からちゃんと考えてあるので失踪はしない筈です。
残念ながら疾走もできませんが。
竜王国女王ドラウディロンがエ・ランテルを発ったのはこの地に到着した3日後のことだった。
アンデッドが蔓延るカッツェ平原を縦断する帝都への強行軍から殆ど間をおかず、更にエ・ランテルへと駆けた彼女は疲労により3日の休養を余儀なくされたのだ。
より正確にいえば、体調不良を心配した次期エ・ランテル領主ブラドの厚意によって押しとどめられたと言うのが正しい。
「一国の主の来訪に対し、当主たる我が父自らの応対がなかったのみならず、碌な歓待もできずに見送ったとあっては当家の名に泥を塗ることとなります。どうか哀れな私を助けると思い、暫しの御滞在を願いたく」
一国の王であるドラウディロンの来訪は大国であるリ・エスティーゼ王国の大貴族と言えど、むしろ大国の貴族であるがゆえに無視できるものではない。来客への、特に貴賓への対応はその家の真価が試される場となるからだ。つまり他国の王族に蜻蛉返りされたなどと噂されればその名声は地に落ちることとなる。
末永い付き合いを望むドラウディロンは、そのあたりの事情を酌んで休息という名目でエ・ランテルに暫し滞在することになった。
ホストであるエ・ランテル側としては、更に帰路の安全確保についても慎重にならざるを得ない。エ・ランテルからの帰路に命を落とした、などということになれば内外からどのような難癖が付けられるか判らないのだ。新興勢力であるという自覚はしっかりと持っている。
そのため、ブラムの僕である狼達に加えて、領内を定期運航している荷馬車用の馬型ゴーレム〈石の馬車馬/ゴーレム ワークホース〉を提供し、エ・ランテルに2組いる白金級冒険者チームを護衛に付けた『エ・ランテルが用意できる万全の状態』で帰国の途に就くこととなった。
当然のことながら3日の滞在期間を無駄にするドラウディロン女王ではない。領内で試験的に生産された蜂蜜を使った菓子を頬張りつつ、供の者達を市内の酒場に放ってエ・ランテルの情報を収集していた。
少しでもブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵の情報を集めるために。
そして幾つかの情報を手に入れることができた。
まず、彼の御仁が凄まじい軍事的才覚を持つことが確定した。
確定情報だけでも、秘密結社『ズーラーノーン』の高弟が起こしたアンデッド騒動を解決し、王国の暗部である犯罪組織『八本指』の壊滅、王都への大悪魔アルコーンの襲撃を撃退、国家転覆を謀った六大貴族の一つペスペア侯の撃滅と恐るべき戦果を挙げている。
これらの戦果をもって大国リ・エスティーゼの伯爵に叙せられたともまことしやかに語られている。
更に不確定情報ではあるが、大悪魔アルコーンは王都を拠点とするアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を一蹴したと言われており、これと互角に渡り合ったのが『漆黒の英雄モモン』であると言われている。
そしてその均衡を崩したのが他でもない『ブラム・ストーカー』であるらしいとも。
そんな彼らの活躍無くして王都の平穏は無かったと、件のアダマンタイト級冒険家チーム『蒼の薔薇』が証言しているという話までも流布されている。
本来であればアダマンタイト級冒険者チームの誹謗中傷は即座にかつ物理的に抹消されるはずであるというのに、アダマンタイト級冒険者チームが敗北したという話が蔓延っているのだ。
更に更に、周辺諸国に名を轟かせる『王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ』の危機を救ったという噂までも場末の酒場で語られている。辺境の村が幾つか潰されたという被害情報と、それに対して戦士長が派遣されたという『事実』は確実に存在するとはいえ、今や王国の軍事を取り仕切るあのガゼフ・ストロノーフ将軍を下に見るような噂が流れているというのは、そしてそれが許されている現状は、実質真実だと認められているようなものだ。
更に人となりについてもある程度は情報を得ることができた。
犯罪組織八本指を相手に取った騒乱は、一人の哀れな娼婦を保護したことから始まったと言われている。
事実上の奴隷として裏組織に買われた彼女が裏娼館で口に出すのも憚られるような扱いを受け続け、廃棄されかけたところを保護されたそうだ。そんな彼女を見て義憤に駆られたブラム伯爵は、それまでに築き上げた人脈を駆使して徹底的に犯罪組織を追いつめ、最終的に壊滅寸前まで追い込んだと言われている。結局その八本指は起死回生の手段として悪魔召喚に踏み切り自滅したそうだが、そこまで追い込んで見せた手腕については高く評価すべきだろう。
状況からして虎視眈々とその瞬間を待ち続けていたと想像することは難くないのだが、少なくとも表向きには真っ当な正義を指針にして行動する人物であることは分かる。
また領地の経営についても、旧態依然とした貴族達とは一線を画す辣腕を発揮している。
例えば人材の登用ならば汚職官僚へ厳しい罰則を与えつつ、公共事業を領民に行わせて結果を出したものに官僚としての席を与えることで、力ある者を重用すると行動で示している。実際上の立場に行くほど給金は跳ね上がっているらしい。仕事量も勿論増える様だが。
行われる公共事業も開墾や道路の敷設が主で、食料の増産と流通の確保を重視している。王都ですら石畳の街道が整備されていないというのに、既にエ・ランテルの市内と周辺の主要な街道は概ね敷設が終了している。
領地の運営についても素晴らしい手腕を発揮していると言える。
何より、人心をつかむのが恐ろしく上手いということがよく分かる。
裏娼館から保護された娼婦達も、彼の屋敷や息のかかった施設で働かせているという確定情報がある。
これも一見行くあての無い哀れな者達に職を斡旋したようにも思えるが、恐らくは逆であろう。恩を売った者を利用することで、薬品の製造という最重要機密を外部へ漏れないようにしつつ増産のための人員を確保したのだ。地位を手に入れる作業のおまけとして、決して外部に情報を漏らさない熱心な作業員を手に入れたと言っていい。
何かをやる毎に、人心をより強く惹き付ける。
そうなるように手を打っていると言い換えてもいい。
この悪魔的とすら言える人心掌握術には、さしものドラウディロンも寒気がした。
彼女自身、他者の庇護欲を掻き立てることで対価以上の仕事をさせるようと仕向けるために日頃から年甲斐もない格好と言動を取り続けている。
決して騙しているのではない。自分は別に年齢を詐称した覚えは無いと、相手が勝手に勘違いしただけだと予防線を張って日々を過ごしているのがドラウディロン竜王国女王だ。
しかしブラム伯爵は違う。
ドラウディロン竜王国女王とは対極的だ。
勘違いして行動に移させるのではない、自発的に行動に移させて結果勘違いさせるのだ。
ある者は『出自以上の待遇を得ている』と、またある者は己を憐れんで高待遇を『恵んでもらえている』と。
その結果、彼らはより良く仕えようとすることだろう。身に余る立場を与えられていると『思いこんでいる』がゆえに。
またその事実に気付いたとしても、取るべき行動は変わるまい。汚職を行う自分よりも真面目に働く別の誰かの方が良いと判断されれば、見せしめも兼ねて挿げ替えられることが目に見えているのだから。
集めた情報の総評としては、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵は厚い義侠心を持ちつつも先々のことを見越した手を打つことのできる優秀な為政者にして高い作戦能力を持った軍人であると言える。
―――表向きは。
「早まったかなぁ……」
少なくとも竜王国の存続のためには限りなく最良の手を打ったと言える。それだけは間違いない。
アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』を一蹴する存在を相手に、互角以上に渡り合った存在の協力を取り付けたのだから。
しかし、竜王国の未来のことを考えればそうと言い切ることもできない。
ブラム伯爵は即物的で単純な損得勘定ではない、長期的な損益で動く手合いだ。もっとも厄介な相手と言ってもいい。知る限りでは帝国のジルクニフや王国のラナーと同格か、それ以上の傑物と言っても過言ではあるまい。
目の前の利益より、将来起こるかもしれない損失を防ぐように、将来の収益を少しでも増やせるようにと手を打つ。そんな人物であるとドラウディロンはみている。
そんな人物にとって、竜王国の現状はどう映るだろうか?
まずリ・エスティーゼ王国は、竜王国に対して手を差し伸べて救うべきである。
これは間違いない。
自国を戦場にして防衛戦をするのと、戦力を派遣して他国を戦場にして防衛戦をさせるのとでは圧倒的な違いがある。自国で決死の防衛戦をし続けたドラウディロンは痛いほど理解している。
戦場となる平野部は概ね農地に使われる、使える土地である。その農地が荒らされることなく、また農民を減らすことなく、脅威を排除することができる。それも他者に恩を着せる形で、最小限の派兵で利益すら得られるのだ。
自発的に兵を送るのではなく、相手から求められて派兵するなら『竜王国の持ち出し』での戦争になるということも大きい。
派兵を要請した手前、そして今後ともよろしく付き合うためにはそれなりの出費は不可欠だ。法国だって少なくない寄進をしているからこそ、教義を曲げてまで人類の生活圏の維持を優先して蔭ながら派兵しているのだ。仮想敵国と互いに扱っていたなら、竜王国はとっくにビーストマンによって殲滅され、法国は他種族からなる侵攻の最前線に身を置くことになっていただろう。法国の盾として存在を許されていたという自覚もある。
言いかえれば、今後とも長らく付き合わなくてはならないだろうブラム伯爵に国を守ってもらったという巨大な恩を売られてしまったことは余りに重い。そこらの貴族共とは比較にならないほどに目端の利く人物であれば、この事実をさぞかし高く売りつけてくることだろう。
先々のことに頭を悩ませつつ帰国したドラウディロンは、しかし、未だにブラム伯爵の実力を過小評価していたと理解する羽目になる。
「伯爵が帰ったぁ? え、待って、ビーストマンが降伏してきたのか?? ブラム伯爵が殲滅して? もう攻めてこないと? 貢物まで送りつけられてきたと……?」
自国に帰ったドラウディロンを待っていたのは戦勝報告の書類達と、ビーストマンから贈られた賠償品の山であった。
それなりに王族としての責務に熱心な彼女は、咄嗟に執務机にばら撒かれた報告書の一つを掴み目を通すが、
「すまん、長旅で疲れているらしい。我が国の兵士5000がビーストマンの遠征軍3000を殲滅したという報告が目に入った。少し休む」
有り得ない報告を目にして思わず現実逃避を始める。
報告書を放り捨てて回れ右してしまった彼女を責めることは、立場的にも能力的にもなにより報告書の内容を知る者では精神的に難しいことではあるのだが、それを止めることができる者がこの国には存在した。
「いえ陛下、それは見間違いではありません。きちんと現状を認識できるようですので、そのまま執務を続けていただきます。ええ、見間違いではありませんとも……!」
竜王国の宰相。
竜王国を守るために国外へと赴いた女王の代わりに、国政の全てを取り仕切った彼の言葉は今この瞬間においては女王その人の言葉をも凌ぐ重みを有している。
「リ・エスティーゼ王国伯爵、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵閣下は我が国の城砦都市テルモに攻め寄せるビーストマンの一氏族たるジャガー族500を出会い頭に殲滅」
「待て! やめろ! 何も聞きたくない!!!」
「都市に入るなり人心を掌握し、5000の兵を率いて押し寄せるビーストマン遠征軍と決戦を行い、虐殺!」
「おい! やめろと言っている!!」
「ビーストマン遠征軍の死者、およそ3000。捕えたビーストマンが約50体。我が軍の被害……無し!!」
「有り得る訳ないだろそんなの?! 野戦で! 二倍未満の戦力で! ビーストマンの軍勢に勝てる訳……!」
「そして他の戦線における戦果が……」
「まだあるのか?! もう充分だろう?!!」
同じく有り得ない報告を受けて詳細を調査し、あり得ない情報をあるものと呑み込んだ宰相は光を失った瞳で報告を続ける。
生者を羨む亡者の如く。
「南方の城塞都市は伯爵殿が派遣したアダマンタイト級冒険者チームが駐留していたものの、攻め寄せたビーストマンは運悪く『ギガントバジリスクの群』にぶつかり撤退」
「あ、そこは御布施が効いたのか」
「しかしながら! 北方の城塞都市に押し寄せたビーストマン遠征軍はブラム伯爵が派遣したカルネ混成部隊が応戦し、撃滅!」
「んむ? そのカルネ混成部隊というのは聞いたことが無いな。何者だ?」
「カルネという村で発足した、人間、ゴブリン、オーガ、トロールによる異種族混成部隊だそうです」
「トロール?! おい待て、そのカルネ村というのはどんな魔境だ?!」
「ウォートロールを使役する人間が率いる人間の集団、だそうです」
比較的予測できる戦果が報告されるようになった安心感から、エ・ランテルでの滞在中に聞かなかった名前を思わず訊ね、やっぱりあり得ない答えを聞かされて更なるダメージを受けてしまう。
これまでに見た目よりは長く生きてきた中で培った常識というモノを跡形もなく粉砕されてしまった彼女は思わず訊いてしまう。
「なあ、ブラム伯爵が率いた軍は具体的にはどれほどの規模だったのだ?」
「……聞きますか?」
奈落の底を覗くが如きその質問を。
ドロリとした瞳の宰相に。
「南部都市への派兵、アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』の3名。北方城砦都市への派兵、人間とその他種族含めて約100名。そして伯爵閣下が自ら赴かれた中央都市、……実質1名」
「ふぁ?!」
「一応馬車の御者として執事と孫娘が供をしていて、正味三名だそうです。御供の狼達が50ほどいたそうですが、人型を取って戦場で戦ったのは伯爵御一人だそうです! ええ、最も激しい防衛線をしていたはずの中央に赴いたのが、実質御一人なのですよ、陛下!!」
「待て待て待て! そんな、いや、有り得んだろ? そもそも我が軍5000でビーストマン3000と戦うという時点で……もしや魔法詠唱者で出会い頭に?」
「いいえ陛下。都市を出た我が軍の兵5000、その兵達が、その手で攻め寄せるビーストマンを突き殺したと申しております。そして、確かに伯爵が訪れてからの死者は、0です! 怪我人すら出ておりませんし、持参した水薬を格安で提供していただけたとかで怪我人はむしろ減少したとすら」
ドラウディロンの知る限り、竜王国の宰相は頗る優秀だ。
我が目を疑いつつも報告の裏はきちんととって、間違いないと判断したからこそ今報告していることだろう。
その裏付け作業中にさぞかし正気を疑い続けたことだろう。
「しかし、うぅむ、あの人物ならば不可能ではない、のか?」
「……陛下はエ・ランテルで何を聞いてきたのです?」
竜王国において過分に尾鰭背鰭胸鰭が付いていたであろう噂話が、ほぼそのまま御膝元のエ・ランテルで流れていたという事実を草臥れた笑顔で語るドラウディロン女王は、それなりに離れた竜王国と『全く同じ話が流れている』時点で、殆ど婉曲されていないだろうと笑う。
「つまり、それほどの情報操作ができる御仁であると?」
「あるいは付けられる鰭が無いほどにデタラメな存在なのか、かな?」
暫く沈黙の下お互いの顔を見合った結果、ブラム伯爵が異常な存在であるという事実が共有できたため、少しでも建設的な情報交換をするべきと思考が働いた。
言いかえれば常識を捨てた瞬間でもあった。
「戦後処理はどうなっている?」
「はい。ビーストマンの捕虜の中に遠征軍の指揮官がおり、その者はビーストマン達の王と言えるものの子であったそうです。彼を解放して交渉させ――」
「賠償と停戦を約束させたのか」
「そのように報告されております」
出来過ぎとも思うが、聞く限り戦場では凄惨な目にあわせている。伯爵唯一人を恐れて和平を呑んだというのもあり得ない話ではないだろう。
「それで、謝礼は、その……どれだけ待ってもらえると?」
幾らか、と聞くのは余りに恐ろしい。
しかし払わないなどという選択肢はあり得ない。あってはならない。そんなことをしてはビーストマンを殲滅した伯爵を向こうに回した戦争になりかねない。
そしてその戦争で自国の兵士達がこちらについてくれる気も、しない。
せめて支払いを待ってもらえればなんとかして、というよりどんな方法を使ってでも支払わせてもらうと覚悟をした。
「ビーストマンから贈られたヒトや羊などの家畜類だけを戦利品として頂いていく、それだけで良い、と。勿論我が国の出身者は国元に帰してもらえるそうですが」
その報告を聞いたドラウディロンは眉をひそめて思案する。
アダマンタイト級と言っても過言ではない実力を誇る『リ・エスティーゼ王国の伯爵』であるブラム・ストーカーその人に対する依頼料だけでも莫大な金額となることは間違いない。更に王国最強のアダマンタイト級の冒険者チーム『漆黒』に対する依頼料についても自国のアダマンタイト級冒険者チームへの依頼料を軽く超えてしまうだろうことは想像に難くない。
ここに遠征費用や国境を越えた遠征を行わせる保険や補填が、それこそ正規の依頼料を遥かに上回る費用となって圧し掛かってくるだろう。冒険者チームが最小限の依頼料で了解しても王国そのものが認めまい。自国の危機を治めるために動くならばともかく、他国を防備するために出動させる必要などないのだから。
その上で派兵してもらったのが竜王国という立場であり、相手に将来的な危険を排除するためという御題目があったとしても、けじめとして謝礼を払わなくてはならない。それが国家として通すべき筋だ。
王国としても無料で派兵したという実績を残すべきではないと考えてしかるべきだ。
そこまで考えて確認のためにもう一度問う。
「伯爵殿はビーストマンが保有するヒト族の捕虜とその他の家畜を派兵の対価として貰い受けると言ったのか? それ以上の、我が国に対する請求は何もなしにか?」
「……そのように報告されております」
表面的に見れば、竜王国は一切の支出無しにこの難局を乗り切ったように見える。
しかし、そんなことはあり得ない。
「伯爵殿は、それ以外に何か言っていないのか?」
この質問に対して宰相は渋面を作る。
いっそ国が傾くほどの請求が来た方がマシだった、そんな顔だ。
「伯爵殿は、何と?」
「……ビーストマンが我が国へと『逃げ込んだ』元凶である牛頭族を、向かい撃つ準備をせよと」
言葉の意味を理解できなかった。
脳内で耳に入った音を、意味のある言葉に変換するという作業を行ってもなお、脳みそがそれを意味のある文字列とすることを拒否していた。
しかし、一国の王として現実から目を背けることが許される時間は僅かであった。
「陛下! ブラム伯爵閣下はビーストマンを追い散らす牛頭族の侵攻を喰いとめるべく――」
「ええい解っておる! 今後とも我ら竜王国は! 人類領域の最前線で! 異種族の侵攻を向かい撃てと! そういうことか?!!!」
やけくそである。
長年に亘って国を脅かしてきたビーストマンとの和睦がなったと言われた次の瞬間に、そのビーストマンがこちらに本格的な侵攻をしてきた原因、言いかえればビーストマンを圧倒する更なる強敵と戦えと言われたのだから。
「いったいどれほどの強さなのだ? 少なくともビーストマン共より強いということだろうが」
「詳しくは解りませんが、報告によると情報を得た伯爵閣下は血相を変えて国元に帰還されたとか」
「最悪じゃないか?!」
もはや長々とした説明すら不要だ。
ズーラーノーン、大貴族、巨大犯罪組織、大悪魔にビーストマンと様々な敵を殲滅し続けた男が血相を変えるような事態だということだ。
付け加えると近隣のビーストマンの氏族に号令を出し、丸ごと自国の兵士として召抱えるという方策も打ち出したらしい。
ヒト族より精強なビーストマンの軍勢が必要だと判断したということになる。
「ああ、家畜だけ貰うってそういうこと?」
「ええ、食料問題の解決のためでしょう」
驚き続けた先に待っていた暗黒とすら言える絶望的な未来。一筋の光はあるが、それが自分達を救ってくれると思いこめるほど楽観的ではない。
もはや自分たちでは手の施しようが無いという諦観が頭を占める。
それでも、
「伯爵殿に、せめて何か贈れないものかな?」
ある程度の誠意は見せておきたい。
それで竜王国を助けに来ようという気が少しでも湧いてくれるなら。
「金子の類は不要、というより国家の再建と軍事の増強に使うよう念を押されておりますので避けた方が良いでしょうな」
「では、物品か?」
「オリハルコン製の長槍と盾を貸与し、最終的に格安で譲ってくださる豪商の御眼鏡にかなうものが、我が国の国庫にありましたか?」
頭を掻き毟って案を絞りだし、やはりこれしかないと。
「……いっそ嫁入りを!」
「悪くはありませんが、伯爵閣下は御高齢。孫娘すらおられます。いっそ新王と組んだ方が王国からの支援は得られそうですが……というか重すぎます。そもそも今の竜王国が貰えると言われても、それで喜ぶ方がおられるとは思えません。それとも御自分にはそれほどの魅力があると?」
「ほ、本体はバインバインで……いや、何でもない」
王としても女としても魅力が無いと自覚してしまい、割と本気で凹んでしまったドラウディロンに今回ばかりは追撃を見合わせる宰相。
何とも言えない空気の中、ふと執務室にかけられた絵画が目に入る。
竜王国の祖。初代国王の父、祖竜【七彩の竜王/ブライトネス・ドラゴンロード】の絵画が。
「なあ、爵位というのはどうだ? それもとびっきりの奴だ」
「明日にでも消え去りそうな国の爵位を貰って喜びますかね?」
「祖竜公だ」
ドラウディロンの口から飛び出た言葉に思わず正気を疑う眼を向ける宰相。
彼の反応は無理からぬものだ。何と言っても祖竜公の称号を与えられた存在は唯一つ。竜王国の祖であるブライトネス・ドラゴンロードその竜だけなのだから。
「知っての通り我が曾祖父は国王などにはならなかったが、子孫が治める国を守るために戦ってくれていた。そんな父祖を称えて贈られた称号、爵位がこの祖竜公だ」
「それ、そもそも贈って良いものなんですか? 既に祖竜様はこの地を離れて久しいですが」
「流石に祖竜公そのままは不味いな。なら、【竜公】だ」
そもそも贈られて喜ぶかどうか、という不安があると宰相が問うも。
「その力、竜の如しと。竜王国女王【黒鱗の竜王】ドラウディロン・オーリウクルスが認めた。その証として贈るのなら、どうだ?」
土地を与える訳でもない。それに伴って得られる金や物品もない。そもそもそんな称号は歴史家でもなければ知りもしない。
かつて竜王国を守る偉大な存在に贈られた感謝と称賛の証。その意味を込めて贈るならば、伯爵は受け取るかもしれない。
「確かに、なんの制約も与えることなく、しかし我々が贈れる限り最も大きなモノかもしれませんね」
「だろう?」
こうして、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵は新たな称号を得ることとなり、以後彼は書面に『ブラム・ストーカー・ヴォン・ドラクル・デイル・ランテア』伯爵と記すようになる。
また、彼は以後自らを呼称する際に好んでこの称号を用いたという。
【竜公/ドラクル】と。
という訳で意外なところ(?)からドラキュラ伯爵爆誕が現実的なものになる、というお話でした。
ドラウディロンとは会えませんでしたが、今後とも彼女には某皇帝陛下のような立ち位置でいて貰おうと思います。後になった方が出会った時が面白い事になりそうですし。
まあ今後会えるかどうかは微妙になってしまいましたが・・・。
ところで何故ブラムが急いで帰ったのか? それはまた次回詳しく出てきます。
女王を動かしていたらそこまで書けなかったので・・・。
ドラクルの前置詞をヴォンにしたのは、『創作』だからというネクロさんの考えです。
ファンでもフォンでもオブでもツーでも良かったのですが、ヴァンが一番それっぽいかなと。
おまけに、女王とブラムの足取り。
女王帝都を発ち二日後エ・ランテル入り、3日休養、移動5日、帰国。
計10日。
ブラム国境を超え翌日テルモ入りし先遣隊を壊滅、人心掌握と鍛練と下準備、大虐殺、ビーストマンの取り調べをして大将を派遣、レオ族即落ち、大急ぎで貢物用意して3日、ビーストマンを纏めてブラム帰還。翌日王都に速馬到着。
計10日。