墓守達に幸福を   作:虎馬

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47.スレイン法国

 世界級アイテム。

 それは合計200個あるユニークアイテム群の総称であり、その1つ1つがゲームバランスを崩壊させうる凄まじい性能を有している。

 その中でも特に「20」と呼称される消費型の世界級アイテムは、一度だけしか使えないがゆえに、まさにあり得ない効果を発揮する。

 

 そんな世界級アイテムの特性を最も知悉している集団が誰かと言えば、やはり11もの世界級アイテムを保持し続けたアインズ・ウール・ゴウンであろう。

 失ったものを含めれば更にその数が増すという辺りにかつての隆盛が窺える。

 

 そんな彼らが満場一致で最凶最悪の世界級アイテムであると評するものがある。

 それが、〈聖者殺しの槍/ロンギヌス〉。

 

 使用者と対象を永久にゲームから抹消するというその効果は、イベントの進行に必要なモブキャラに使えば二度とそのキャラが復活することはなくなるためイベントを事実上消滅させることすらできる。即ちそのイベントの達成によって得られる報酬もまた永久に封じることができてしまうのだ。

 また拠点防衛用NPCに使えば、そのNPCに使われたNPC作製可能レベルごと消滅すると考えられている。

 

 正しく、運営の狂気を垣間見ることができるアイテムといえる。

 

 

 ところで一般的には秘匿すべきこの情報を、何故アインズ・ウール・ゴウンの面々は知っていたのだろうか?

 その答えは簡単である。

 

 『持っていた』のだ。この最悪のアイテムを。

 

 そしてあろうことか、使ってしまったのである。

 

 異形種には獲得できない人間種専用のチートクラスの1つを、永遠に抹消するために。

 

 元々は全ての人間種専用クラスを潰してしまおうと計画していたのだが、再取得を別のギルドに邪魔されてしまったため1つしか潰すことができなかったという経緯がある。

 邪魔さえ入らなければ、まさに『ゲームバランスが変わっていた』ことだろう。

 

 また余り知られていないが、多くの世界級アイテムには相殺できる特性を持つ世界級アイテムが存在する。

 勿論この〈ロンギヌス〉にも、完全抹消から通常の死亡状態に復帰させるアイテムが幾つか存在すると考えられている。

 

 例えば事実上最強の世界級アイテム〈永劫の蛇の腕輪/ウロボロス〉。

 運営に直接お願いできるという実質何でもありなこのアイテムであれば、同格の消費型世界級アイテムである〈ロンギヌス〉の効果をも打ち消すことができるだろう。

 

 他にも使用することで状態異常を完全に無効化することができる〈ヒュギエイアの杯〉なども、抹消されたのがNPCであれば復帰させることができることがわかっている。

 具体的には〈ロンギヌス〉の使用によって抹消されたネクロロリコンの血族の作製可能レベルは回復可能であった。

 

 ただし抹消されたプレイヤーに使えるかどうかは生憎と不明だが。

 

 そんな最凶最悪の世界級アイテムを贈られたナザリックであったが、未だ予断を許さない状況に置かれていた。

 

 

 

「わかっているとは思うが、最優先目標はあくまで……」

「〈ケイ・セケ・コゥク〉、でございますね? 承知しております」

 

 念を押すネクロロリコンに、デミウルゴスも緊張の面持ちで答える。

 

 第2目標である〈誓約〉で『質問に対して正直に答える』状態に持ち込むことこそできたものの、最優先目標であった〈ケイ・セケ・コゥク〉、恐らくは〈傾城傾国〉の奪取は未だできていない。

 

 使い方次第ではこのナザリックをも壊滅させ得るアイテムだ。そうでなくとも強烈な不和の種を蒔くことができる。

 そのためナザリックにおいては〈ロンギヌス〉以上に危険性の高いアイテムなのだ。

 だからこそナザリック陣営としてはこれを欲し、法国側もまた手放せないことだろう。

 

 一層厳しさを増すだろうこの交渉に、さしものデミウルゴスですら固唾を呑む。

 既に世界級アイテムを1つ差し出した相手に、虚言を封ずる〈誓約〉という譲歩までさせたうえで、更に別の世界級アイテムを手放させなくてはならないのだ。

 その難しさは想像を絶するものがある。

 

 それでも、やらなくてはならない。

 

 落ち着きなく脚を組み直す御方の姿を見て、デミウルゴスは決意を新たにモニターを見据える。

 

 

 

「――ですので、我々法国はガゼフ・ストロノーフの暗殺が失敗した時点で王国への干渉を最小限のものにしておりました。竜王国への救援が遅れたうえに、援軍である「一人師団」が単独出撃に留まったことも、我が国の戦力低下が理由となっております」

 

 ところ変わって、エ・ランテル新庁舎の会議室。

 質問に対して正直に答えるという〈誓約〉を行ったレイモンは、改めて弁解を行っていた。

 

 嘘を吐かない。それを証明できたこともあって、より法国の実情を知ってもらおうとかなり踏み込んだ内容まで話していた。

 特殊部隊の壊滅による戦力の低下など、最も秘匿すべき情報までも包み隠さず話したのだ。状況的にリ・エスティーゼ王国に手を出す余裕が無かったと示すために。

 

「そうか、よくわかった。法国にリ・エスティーゼ王国と敵対する意思は無く、『ブラム・ストーカー』と戦うつもりもない、ということだね?」

「はい! 我々スレイン法国はブラム伯爵に害意などありません! また今のリ・エスティーゼ王国であれば、敢えて帝国に取り込ませる必要はないと考えております。むしろこのまま周辺国家最大の国家として成長することを心から望んでおります!!」

 

 漸く納得してもらえたのだろう。

 深く頷いたブラム伯爵を見てレイモンは深々と安堵の息を吐く。

 

 法国に敵意は無い。そのことを長々と説き続けた結果、漸くブラム伯爵との確執を解消することができた。

 つまり、人類の未来をつなぐことができたのだ。

 

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかこの大任をこなすことができた。

 

「それでは、今度はもう少し建設的な話をしようか?」

「ええ、是非とも!」

 

 にこやかに話すブラム伯爵に、もはや敵意や警戒心は無い。

 建設的な話、つまりは今後の関係性についての話だろうとレイモンは身を乗り出して答える。

 

「君達は、私が異形種を配下に加えていることを知っているかね? ゴブリンにオーク、トロール。先日ビーストマンも、我が領地に迎え入れた。このことに対して、君達法国はどのように対処するつもりかね?」

 

 将来の話をするブラム伯爵の表情は穏やかであった。

 敵意と警戒心こそは無いが、目が笑っていなかった。

 

「た、他国の軍備に対して明確に批判するようなことはございません。ビーストマンにつきましても、ミノタウロス族の侵攻に備えるためと竜王国から了解を取られたとか? 彼らにある程度の自治を認めておられるとも聞き及んでおりますが、そのことについてはあくまで他国! 我が国は基本的には他国の内情に積極的に干渉することはありませんので……」

 

 苦しい言い訳だ。

 特殊部隊を潜り込ませ国防の要を暗殺しようとしたのが法国である以上、軍備のあり方に批判的な意見が無くとも、教義に反するという理由で手を出すことになる危険がある。

 

 交流の少ない現状ならば、まだいい。

 法国の上層部は異形種を殲滅し尽くすことなどできないと重々理解している。だからこそ自国の防衛をこそ重視する政策に法国民を誘導できている。

 

 しかし将来的に、法国は他種族を多く取り込んだ王国と隣接し続けることになる。それもこれから着実に外敵の脅威が薄れゆく状態で、だ。

 その結果起こることをブラム伯爵は懸念しているのだろう。

 

 言ってしまえば、法国が忌避していた評議国と隣接する状況そのものになるのだ。

 

「その、他種族を隷属させたという方向性では、だめなのでしょうか?」

 

 これまでの方針を見る限り、当然良くは無いはずだ。あえて自領内の民の不安を押しのけてまで異種族を取り込むという無茶をやっている以上、そうするだけの理由があるはずだ。

 そんなことは聞くまでもなくわかっている。

 

 それでも聞いてしまったのはレイモンの心の弱さゆえか、それとも法国の方針を変えることの困難さを想っての甘えだろうか。

 

「我々は、将来的には多種族の民からなる連合国家、いや、他種族連邦国家の成立を目指している。それぞれの種族毎に邦(くに)単位で自治を行いつつ、複数の邦(くに)からなる『国』として同じ方向に向かって進んでいく。そんな国家の成立を、だ」

 

 ブラム伯爵の説明を聞いた瞬間に思い描いたのは、スレイン法国にとっての仮想敵国にして最も戦ってはならない最強国、アーグランド評議国であった。

 

 評議国の政治形態を知ったなら、かの国に対して好意的な印象を持つことだろう。その結果、今後かの国と急接近する可能性が高い。

 スレイン法国とアーグランド評議国のどちらか片方としか近付けないならば、戦力的にも方針的にも近付くべき国は考えるまでもないだろう。

 

「わ、我が国も! 人類領域の安全が保障されたならば、他種族に対する無用な蔑視も控える準備が―――」

「可能不可能ではない! 実行しているか、していないか、だッ! 王国とて麻薬の製造を止めることも『でき』れば、民の繁栄を第一とした政策も『取れた』。だが君達も知っているように、一切それをしていなかった。実行しがたいから、後回しにしていたというのが実情ではあるだろう。できるが、しなかった。王国の指導者達が何を想っていたかは知らないが、それが、事実だ!」

 

 両手をアーチ状に組みその影に俯き加減に顔を隠したブラム伯爵は、射抜くようにレイモンを見据える。

 

「さて君達は、その王国に対してどのような対応をしたのかね?」

 

 改善の余地なし、と見限った。

 それ以上の介入をやめて、短絡的な打倒をこそ目指した。

 法国の『方針』に沿わないから、法国は、王国を『潰す』ことにした。

 

 全身を冷たい汗が覆い尽くしたレイモンに、ブラム伯爵は更に言葉を放つ。

 

「1つ言っておくと、プレイヤーは人間種だけではない。そして『我々』は、プレイヤー達と余計な諍いを起こしたくはないのだ。だからこそ、それを念頭に入れて今まで活動してきている。おわかりかな?」

 

 問いを聞くレイモンの顔色は悪い。

 当然だ。ブラム伯爵の言動に賛同するためには、法国の方針を大々的に変更しなくてはならないのだから。

 

 なにより、

 

「……あまり言いたくはないのだが、法国は少なくないプレイヤーにとって、敵国に映ることだろうな」

 

 そう、言われるまでもなくこのことを気付いてしまったからだ。

 

 かの『口だけの賢者』は間違いなくぷれいやーである。これはぷれいやーが人間種だけではないということを証明している。

 そもそも法国が崇める6大神の1人スルシャーナもまたアンデッドだ。その上ブラム伯爵の口から改めて言われた以上、もはや疑う余地などあり得ない。

 

 つまり法国が排斥しようとしているもの達の中に、ぷれいやーが居るかもしれないのだ。

 そしてぷれいやーと敵対してしまった法国を、ブラム伯爵は護らないだろう。

 

 しかしブラム伯爵の追及は止まらない。

 

「それに君達は亜人種としてエルフやドワーフまで迫害しているそうだね? しかしプレイヤー基準では、亜人種というのはゴブリンやリザードマンのようなもの達のことを指す。つまり、同じ人間種までも迫害しているとみなされることになるわけだ。ちなみにエルフやドワーフまで敵となると、プレイヤーの大部分が敵ということになるわけだが……?」

 

 半ばあきれた表情で告げられた言葉は、レイモンに多大な衝撃を与えた。

 仮に今後100年の存続を保証されたとしても、その後にやってきたぷれいやーの種族によっては即滅亡もあり得るということが重々理解できてしまった。

 

 人類の存続と繁栄のためなら、法国自身が倒れることも厭わない。

 これは法国の、特にその上層部にいる者達の信念といえる。

 

 しかし、敢えて自ら滅びようとは全く思わない。

 自らも生き残る目があると知った以上、その方法に縋りつきたくなるのが人情というものだ。

 

「我々も方針を転換すれば、ブラム伯爵の傘下に収まり、100年後に現れるぷれいやーとの融和を図れるでしょうか?!」

 

 元々ニンゲン以外を排斥するという国の方針は、あくまで一致団結するための方便でしかない。

 多少の混乱はあるだろうが、教育方針を変えることで2世代で、遅くとも3世代程で方針は変えられるだろう。

 

 そういった目算の下に、ブラム伯爵に縋る思いで訊ねる。

 

「…………そうだな」

 

 暫しの沈黙の後、しっかりとレイモンを見据えて返答を下す。

 

「我々としても、無意味に戦火を広げたいとは思っていない。そして君達も気付いていることだろうが、無用な死者が出ることも望んでいない。法国がヒト以外との融和に取り組むというならば、仮に今を生きるプレイヤーがいたとして、その者が法国を敵国とみなした場合は『私』が君達の弁護をしても良いと考えている。人間種の脆弱さや周囲を強力な異形種に囲まれた窮状を語れば、概ね説得は叶うだろう。更に私との出会いで方針を転換していると言えば、短絡的な処置も控えてくれるとみていい。……勿論君達がそれなりに行動で示してくれるなら、だがね?」

 

 この一言を聞いたレイモンは、暗黒の未来に一筋の光が射したように思った。

 

「勿論です! 他種族からの侵攻を迎え撃つためにこそ、国民を一致団結させる必要がございました。その必要が無くなったならば、早ければあと10年もあれば異種族との融和も可能となりましょう」

「10年か。教えに従う者達で成り立つ国家であるがゆえに、上層部の一存で方針を一変させることはできないということだな」

「は、はい。如何に国家の運営を行う者達がそうと決めたとしても、そのあたりの事情を知らぬ者達は、その、『教義に従うべし』と声を挙げることかと」

 

 嘘で言い繕うことのできないレイモンは正直に速やかな融和策への移行ができないと話す。

 話さざるを得ない。

 

「…………『我々』は、何事もなければ100年後のプレイヤーと相まみえることになる。そのために、こういったアイテムも用意している」

 

 暫く思案を巡らせたあとで、ゆっくりと懐から小瓶を取り出しつつ語る。

 

「それは?」

「〈若返りの秘薬〉という、老化を打ち消す水薬だよ」

 

 驚愕に眼を見開くレイモンを見て、鑑定できるならばしても良いと机の上を滑らせて寄越すブラド伯爵。

 

 震える手でその小瓶を受け取ったレイモンは〈道具鑑定/アプレーザル・マジックアイテム〉を発動し、思わずその小瓶を見直し、震える手で机に戻した。

 そのアイテムが、老化という最も抗いがたい状態に対するアイテムであると理解できてしまったからだ。

 

「つまりブラム様は、100年後に現れるだろうぷれいやーの方々と交渉をするおつもりで……?」

「勿論だとも。そしてその際に大過なく交渉を終わらせるために、如何なる種族であっても迎え入れることができる土壌を作っておきたいのだ。それを作り、維持し続けたものとして交渉に当たれば、相手もそれなりの対応をすることだろう」

 

 100年単位の国家構想。そのあまりに遠大な計画に思わず身震いする。

 

 発想のスケールが、見ている世界が違いすぎる。

 100年後にも自らが存続し続けたうえでそのときに必要になるだろうことのために今から用意をするなど、凡百のニンゲンでは考えることすらできまい。

 これがぷれいやー! 神と呼ばれる者達の言動なのか。

 明日の命すらわからない脆弱なニンゲンとは、まさに生きる世界が違う。

 

 そしてそうと理解してしまった以上は、100年後のスレイン法国のために必死で縋りつかなければなるまい。

 

 

 そう、思わされた。

 

 

「……法国の政策を大々的に変更するには、どうやっても10年はかかるものと思われます。かなり強硬な姿勢で上層部を丸めこんだとしても、どうしてもその程度はかかってしまうのです。国内の反発を抑えつつ穏便に行っても良いのでしたら、先程申しました通り2世代に亘って教育方針の変革を行うことで緩やかに変革することができることかと」

 

 カサカサに乾ききった唇をネバついた舌でどうにか稼働させたレイモンは、やはり正直に目測を語る。

 

 他の法国関係者であっても、この目測と大きく異なる答えは出せまい。

 これは視点の違いや知恵の有無でどうにかできる問題ではない。それほどまでに宗教や人種間の対立の問題は根深い。

 

「…………どれほど急いでも、それこそ国内が乱れる程に急いでも尚10年はかかるということか?」

「も、申し訳ありません!!」

 

 事ここに至っては、ただひたすら謝り倒す以外に道はない。

 

 少なくともこの場にいる法国の使者達はそのように認識していた。

 

「いや、2世代だから50年程か。君は50年あれば変えられると見ているのだろう? ならば私としても好意的に受け止めることができる回答だ。法国の意識改革は急ぐ必要もないからな。ただ、1つ不安があるのだ……」

「不安とは?!」

 

 その不安を取り除くことができれば、法国の未来は開ける。

 そう思い込んだレイモンは勢いこんで訊ねる。

 

 

 そのように、誘導されていた。

 

 

「私は君のことをそれなりに信用している。最高執行部という高官でありながらこの交渉にやってきた君に、一定の敬意すら覚えているのだよ?」

「それは、ありがたき幸せでございます」

 

 柔和な表情を浮かべるブラム伯爵からの称賛の言葉を聞き、思わず背筋に甘美なしびれが走るレイモン。

 これまでの必死な弁解も十分な効果をあげていたのだと自己肯定感が胸に溢れる。

 

「そして君を推挙した現執行部についても、私はそれなりに評価している。2世代50年程で方針を変えられるというのなら、それは可能だと見越して今後の方針を建てられる程度には信頼しているのだよ」

 

 もはや神の福音を聞く心地と言っていい。

 

 自らが信仰する6大神にも匹敵する存在からの、多大な信頼。

 1人のヒトとして、これ以上の幸福など思い浮かべることすら難しい。

 

 そんな彼は、素直に問うてしまう。

 

「何が御不安なのでしょうか?」

 

 と。

 

 正しくその問いを望んでいた『悪魔』達に。

 

 

「世代交代だよ。あるいは、狂信者の暴走と言っても良い」

 

 

 憂いのこもったこの発言を聞いたレイモンは、凡そその不安を察することができた。

 

 今、危機に瀕していると実感している法国とその上層部であれば、ブラム伯爵の言葉を真摯に受け止めて改革に乗り出すことだろう。

 ある程度以上の地位にいる者達ならば、他種族の根絶などとても不可能であると身を以て理解している。

 

 しかし2世代もの長きに亘って改革を行う場合、仕上げを行う世代は脅威を肌で感じていない世代ということになる。

 これまでの最高執行部であれば、常に滅亡と隣り合わせであると理解したうえでの舵取りを強いられてきた。しかしその脅威が薄れたなら? 認めたくはないが、王国という生きた前例をすぐそばで見続けた身としては一抹の不安が残る。

 

 外敵が居なくなったなら、次に起こるのは内輪での潰しあいなのだ。それは悲しいほど見てきたニンゲンの業といえる。

 そして法国の内輪もめは、恐らく宗教対立という形で行われることだろう。そうでなくとも異種族排斥派と異種族融和派の分裂は間違いなく起こる。

 上手く立ち回ることで表面化することが無くとも、間違いなく心の中で燻り続ける。そして表に出なければ抑えることもできない。

 

「理解できたようだね? 私は50年後の、エ・ランテル周辺が安定してきた頃に起こるだろうスレイン法国の内乱こそがどうしても気がかりなのだ。何より君達は、不和の火種を一瞬で大火に変じさせる切り札も有している。一度燃え上がった不安の火は、仮に法国が消えて無くなっても、長く燻り続けるだろう。それをこそ、恐れているのだ」

 

 他種族との融和政策、それは長い時間をかけてお互いに相手が襲いかかってくることは無いという事実を積み重ねる必要がある。多くのニンゲンにとって、ビーストマンやトロールは軽く殴られただけでも致命傷を負わされる相手なのだから。

 そんな難しい事業を推し進めるブラム伯爵にとって、〈ケイ・セケ・コゥク〉は最悪とすら言っても過言ではない存在となるだろう。

 たった1人、適当な異種族を操ってニンゲンを襲わせるだけで良いのだ。

 

 そのたった一度の事件によって、融和政策は大きく後退する。

 

 そして法国としても、その可能性を完全に潰すことは難しい。

 表向きには融和政策に賛同しつつも、本来の法国のあり方に回帰すべしという考えを持った信者を完全に排除しきることはできまい。

 

「それに、完全実力主義の「漆黒聖典」。彼らの暴走も気がかりだ。国に対する忠誠は勿論、信仰心すらも問わない者達と聞いているぞ?」

「それは、正しく、御指摘の通りでございます」

「かと言って解体するわけにもいくまい? 君達にとっての切り札だ。戦略的にも手放すのは惜しいだろうし、その結果本人達がどう動くかもわかったものではない」

 

 ちらりと視線を向けられた「隊長」も、部下に暴走を許した手前何も言えない。

 信頼の薄い「漆黒聖典」が、最大の懸念である〈ケイ・セケ・コゥク〉を使用しているのだから不安も大きいことだろう。

 

 仮に〈ケイ・セケ・コゥク〉を管理する6色聖典の上司である土の神官長を徹底的にマークしたとしても、クレマンティーヌの様な裏切り者が出てきてはどうしようもないのだ。それが〈ケイ・セケ・コゥク〉の使い手でないことも保証できない。

 万に1つ程度しかないかもしれないが、起こり得る状態であると認めるしかない。

 

 ある方法を用いない限り。

 

「…………私は、平穏こそを望んでいる。そして平穏を維持するためには多民族連邦国家の成立は不可欠だ。ゆえに、その成立を脅かすものを私は見過ごせない! あらゆる手を尽くして、障害を排除するつもりでいる」

 

 同じことを脳裏に浮かべているのだろうブラム伯爵は、爛々と光る眼をこちらに向けている。

 

 法国が十分な危機感を持っているうちに、全力でブラム伯爵に擦り寄らなくてはならない。安全になってからでは遅いのだ。行動に移すための危機感が足りなくなる。

 そしてすり寄るためには、ブラム伯爵が持つ不安の種を法国から無くさなくてはならない。

 

「ブラム様! 我々法国が他種族連邦国家の成立に悪影響を与えないと御認めになったなら! 我等法国を庇護下に置いてくださると、御約束頂けますでしょうか?!」

 

 国の切り札を預けるという選択を行う以上、別の手段を用意しなくてはならない。

 その考えの下で、不敬と知りながらも確たる発言を求める。

 

「勿論だ。君達法国の方針こそが、私の最大の懸念だった。その君達が、自発的に! 異種族への弾圧を改善しようというならば。この『私』が、君達を守護しよう。守護するにたる者たちであると認める限り、君達がそうあり続ける限り、永遠にだ!!」

 

 『ブラム伯爵』が守護してくれる、その約束を取り付けた。

 そう認識『させられた』レイモンは、明言する。

 

「ブラム伯爵が我が国を御守りくださるのであれば、御懸念しておられる我が国の秘宝〈ケイ・セケ・コゥク〉をお預けいたします。もし仮に我が国の者が暴走したとしても、手元にさえなければ、使用することはできませぬ!」

「……大丈夫なのかね? 〈ケイ・セケ・コゥク〉は先程贈られた〈ロンギヌス〉と同格の、いわば究極の切り札だ。それを君の独断で預けると表明してしまうなど、私との癒着を疑われて君が国賊として追われてしまうのではないかね?」

 

 この期に及んでも我が身を案じてくださるとは、何とお優しい御方なのだろうか。

 これまでの言動を見返しても、今回の交渉内容を吟味しても、やはりこれこそが法国の取り得る最善の道に違いない。

 

 法国と人類の未来を、ブラム伯爵にゆだねる。それしかない!

 

「ご安心ください! 元よりブラム伯爵が人類の守護者として活動しておられると判断した時点で、法国の全てを差し出しても良いと最高執行部で決定しております。仮に難色を示すものがいたとしても、このレイモン・ザーグ・ローランサンが、必ずや説き伏せ〈ケイ・セケ・コゥク〉をお持ちいたします!!」

 

 

 

 こうして後日〈ケイ・セケ・コゥク〉を献上しに来たときに更に細かい交渉をすることが決まり、その後他に危険なアイテムが無いかなどを確認して交渉は終了した。

 

 鼻息荒く立ち上がったレイモンが部屋を辞し、慌ただしく新庁舎を出ていく様子をモニター越しに見る一同は大きく息を吐く。

 

「上手くいった、のかな?」

 

 腕を組み、顎鬚を扱き、髪をかきあげ、足を組み直しと終始落ち着きなく会談の様子を見ていた本物のブラム伯爵はやや草臥れた様子で呟く。

 普段の余裕に溢れた様子とは随分違っていたが、やはり自ら動けないことが不満だったに違いない。

 

「ええ。彼が嘘を吐けない状態である以上、法国の最高執行部とやらの方針にも大きな差異は無いでしょう。デミウルゴス、見事な采配だった。パンドラも、名演だったぞ!」

 

 対して、終始泰然自若とした態度を崩すことなく大局を見守っていたのがナザリックの頂点であるモモンガだった。

 実際はこれまで何度となくナザリックの将来を他者に委ねてきた経験の差が出ただけなのだが、周囲の者達は「さすがはモモンガ様」と改めて感心していることを本人は知らない。

 これは同時にナザリックのシモベに対する信頼の大小を如実に表しているともシモベ達は認識していたのだが、本人達にそんなことを慮る余裕などなかった。

 

「恐縮です、モモンガ様。しかしながら『ブラム・ストーカー』という立場や名声は勿論、交渉に用いたカードは全てネクロロリコン様に御用意していただいたもの。我々は最後の仕上げだけを代わっていただいたにすぎません」

〈さァアらに申し上げますと、ニンゲン達をよォォり良く! 統治する方法論などにつきましてもォ、日頃から御教授してィいただいておりました。もはや! 地均しと基礎工事が終わり、材料まで用意していただいたうえに設計図まであるという状態!! これで成果が出せないのでは、もォォはや無能の誹りを免れますまい!〉

 

 モモンガから労いの言葉を受け、実質最後に手柄を横取りした格好となったデミウルゴスとパンドラズ・アクターが片方は恐縮しつつ、もう一方はおどけて返す。

 

 大方の予想通り、法国は恭順の姿勢を示していた。そうなるように築き上げられた風聞は、間違いなくこれまでのネクロロリコンの成果だ。差し出がましくも代役を買って出て、その功績を活用し、当たり前の結果を出したにすぎない。これで賛辞を受け取ろうなどおこがましいにも程がある。

 

「少々想定外のこともございましたが、世界級の存在すらも予め示唆していただいておりましたので大きな問題もなく……!」

 

 完璧な準備がなされていた今回の対法国交渉、日頃から語られていたニンゲン国家を正しく統治する方法、そして先日の会議における御方の奇妙な態度。

 

 全てが終わった今、改めて振り返ったデミウルゴスの中でその全てが繋がった。

 

「そういう、こと、なのですか?」

 

 恐る恐るもう1人の支配者に目を向けた先には、満足気な表情のネクロロリコンがいた。

 

 その顔を見て、確信した。

 

 世界級アイテム〈傾城傾国〉に対する脅威は勿論あった。それは間違いない。

 状況的に刃向かってくる可能性は非常に低く、結果を見た今となっては正に杞憂であったのだが、やはり至高の存在が自ら出向くことは避けるべき一件であった。

 

 しかしその不安をあえて表面化させていたことには、やはり別の目的があったのだ。

 

 その目的とは即ち、腹心として仕えているデミウルゴスに手柄を立てさせることだ。

 

 そう考えれば全てつじつまがあう。

 

 デミウルゴスはこの世界に来てからずっとネクロロリコンの片腕として仕えてきた。それ自体は恙無く全うできていたが、彼本人が主導した仕事はどれも完璧とは言い難い出来であった。

 この世界の情報をそれなりに収集したうえで心血を注いで入念に準備したゲヘナですら、あと一息というところでケチが付いてしまっている。そしてそのことを密かにネクロロリコンは気にしていた。

 

 そこで今回、多少強引な方法であったがデミウルゴスに手柄を立てさせることにしたのだ。ゲヘナにも劣らぬこの重要な場面で。

 恐らく今後これほど重大な局面で他者に任せることのできる案件は無いだろうという判断もあることだろう。

 また完璧な準備の整え方を、最後の詰めの段階を任せることで示したかったということもあると思われる。今回の準備をしながら、何気なく置かれた布石を見つける度に背筋が冷たくなったものだ。これをできるようになれという激励であったのだと、今では理解できる。

 

 それでも何か不測の事態が起こってしまうのではと、異様なまでに神経を尖らせていたのもそれが原因だったということか。普段の態度からは解りにくいが、部下に対して非常に思いやり深い御方であれば納得だ。

 さすがに今回までも完璧にできなかったとあっては、自責の念で潰れてしまうと考えたのだろう。

 

 そしてそんなネクロロリコンの思いを汲んだモモンガもまた、そうなるように促していた。

 

 そんな支配者達の気遣いに、デミウルゴスは気付いてしまった。

 

「……ネクロロリコン様、今回は勉強させていただきました。モモンガ様も、お気遣いいただきましたこと、誠に感謝いたします。貴方様方のような素晴らしい主に御仕えできるこの幸福を、改めて実感しております」

「な、なんのことかね?」

 

 あくまで白を切る御方に、それ以上突っ込むような無粋なまねはしない。

 

 改めて深々と礼をして、晴れやかな顔で今後の予定に話題を切り替えるのだった。

 




 対法国交渉その2。
 正直な話デミウルゴス達が何を考えるか解らないのでネクロさんの意向に沿う形に、という縛りプレイをして貰いました。
 そして留まる事をしらないデミウルゴスの御方上げ。これもオバロ二次故致し方なし。

 しかし対法国用にこれまでばら撒いてきた伏線の数々。それを纏めて回収するというのは中々快感でした。
 こういうのは長期連載の良さでしょうね。

 元々法国とは戦わない予定でしたので、その為にこそネクロさんには動いて貰っていました。
 本編では間違いなく悲惨な目にあうだろう彼らもまた、6大神の墓を守るものでしたので。


 エルフの王国などについてはまた今度です。裏切り云々含めてさすがにそこまで書くとまとまりが悪すぎます。
 あとスルシャーナの眷族とかも。

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