抜錨するっぽい!   作:アイリスさん

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ブイン基地へ。中編

 

 

「大丈夫ですか?」

 

立ち止まって窓から沖を眺めていた私に、ヌイヌイちゃんが少し心配そうに‥‥‥多分私しか分からないと思うっぽいけど‥‥‥話し掛けた。

 

「別に大丈夫」

 

「そうですか。それならば良いのですが。此処はポイポイにとって因縁の海ですから」

 

そうね。確かにこの海はそうかも。私が眺めていたのは丁度ガダルカナル島の方角。嘗ての大戦で駆逐艦夕立が沈んだ海。そして、私が艦娘になって初めて僚艦を見殺しにする事になった切っ掛けとなった場所。知っての通り、この海からルソン島へと抜けた私は、愚かにも先代の鈴谷さんの命を犠牲にして生き残った。夕立という艦娘を形成する上で重要な事件だったわね。その事も少し思い出してたのは事実かな。けど今はその事で悲観したりしてる訳じゃないから。

 

沖立です。

 

「心配してくれてありがとう」

 

ニコリと微笑んだ私から視線を逸らせて背中を向けたヌイヌイちゃん。「‥‥‥いえ」とだけ答えて喋らなくなっちゃったわね。

 

「ヌイヌイちゃんこそ‥‥‥」

 

背中を向けたまま歩き出そうとしていたヌイヌイちゃんは、一度停止して私の方を振り返る事無く答えたわ。

 

「‥‥‥流石ポイポイですね。正直、思っていた以上に心に来ました。頭では理解していても心はそれには追い付いてはくれないものなのですね」

 

そうね。先代陽炎の成れの果て、駆逐水鬼をその手で沈めたヌイヌイちゃん。あの場では冷静に見えたけど、心の中では割り切れない、納得出来ない気持ちで一杯だったんでしょうね。幾ら相手が深海棲艦とはいえ、その顔も声も紛れもなく陽炎さんそのものだったもの。

 

ヌイヌイちゃんが漸く振り向く。「そう言えば‥‥‥まだ御礼を言っていませんでしたね」って言って、私に近付いて、頭を下げた。

 

「萩風に‥‥‥妹に安らかな眠りを与えてくれてありがとうございました」

 

萩風‥‥‥。正直、あの時は余裕なんて無かった。今にも死んでしまいそうな電ちゃんを抱えて、無我夢中で萩風を沈めただけ。御礼を言われるような大した事はしてない。

 

「ううん、あんな事しか出来なくてごめんね、ヌイヌイちゃん」

 

萩風も。陽炎さんも。安らかな眠りにつけたのかな?けど、まだこの世に未練を残していて欲しい、と思う部分もある。そうしたら、加賀さんや先代鈴谷さんのようにまた会えるかも知れないでしょ?

 

「ポイポイは」

 

「うん?」

 

顔をあげたヌイヌイちゃん。私の瞳から視線を外さない。

 

「‥‥‥ポイポイは、居なくなったりしないでください。もし居なくなったりしたら」

 

「分かった。約束するわ」

 

ヌイヌイちゃんはそんな私の言葉には納得してないみたい。まぁ、そうよね。もう何度約束を破った事か。

 

「そうやってまた誤魔化すつもりなのでしょうが、そうはいきません。いいですか、ポイポイ。もし貴女が不知火の前から居なくなるような事態になったら、不知火は後を追います。ですから‥‥‥」

 

そう来た、か。困ったわね。私は兎も角、ヌイヌイちゃんにはこの先も生きていて欲しいのに。陽炎さんだって、きっとそう思ってる筈よね?それに、私は誰かを待たせてた気がするっぽいのよね。こう、手の届かない境界の向こうで待ってる誰かを。

 

ヌイヌイちゃんの右手が、私の左の手首を掴んだ。ヌイヌイちゃんの顔が、唇が一気に私に近付いてきて‥‥‥‥‥‥突然ヌイヌイちゃんの頬が真っ赤に染まって私から離れた。勿論、掴んでいた右手も離したわね。

 

 

 

「居た居た!お二人とも!そろそろお昼ご飯にしませんか?」

 

私の背中側から声が聞こえて。振り返ってみると通路の向こうで龍鳳さんが手を振ってるのが見えた。あぁ、成る程ね。ヌイヌイちゃんが離れたのはそういう事か。

 

「そうね。頂こうかしら。査察の続きはまた午後からね」

 

真っ赤になって背中を向けたヌイヌイちゃん。ヌイヌイちゃんにとっては、ちょっとタイミングが悪かったっぽいわね。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

危ない所でした。もう少しで龍鳳さんに見られる所でしたね。気が付いたのは奇跡でした。

それにしてももうお昼ですか。査察も思いの外順調に進んで‥‥‥は?まだヒトヒトゴーナナではありませんか。お昼まであと三分もあるではないですか!龍鳳さんは急ぎ過ぎです!もしも三分後に現れてくれたら、ポイポイに‥‥‥。

 

ハッ!?しっ、不知火に落ち度でも?

それにしても。ポイポイは本当に分かっているのでしょうか?まぁ、確かに今の陽炎はとてつもなく頼りない事に間違いはありませんが気に掛けていないと言えば嘘になります。曲がりなりにも不知火達陽炎型のネームシップなわけですからね。ですが、それとこれとはまた別です。何かこう、ポイポイにどうにかして約束を守らせる方法は無いものですかね。

 

並んで食堂へと向かう途中。「ねえ、ヌイヌイちゃん」と不意にポイポイが話し掛けてきました。だからと言って別に驚いたりはしませんがね。

 

「お昼食べ終わったら、休憩がてらに海岸でも歩かない?」

 

‥‥‥は?え?待ってください、ええと‥‥‥。

 

「別に衣笠さんの要望を聞く訳じゃないけど。気分転換にでも、って思ってね。海を見てると落ち着くでしょ?それに、私に言いたい事だってあるでしょ?」

 

成る程。全てお見通しだったという訳ですか。いいでしょう。やはり人目があるとどうしても言い難い事はありますからね。それに‥‥‥いえ。

 

「何を言っているのですか?不知火は衣笠さんにはあくまでも『評価を再考しない事もない』と言っただけで手心を加えるとは一言も言っていませんよ?それに、衣笠さんが評価を挽回するべき時間はこうして今与えてあげている訳ですし」

 

そうです。今こうして泊地の状況を査定すべき者が二人とも別の場所に居るのですから、衣笠さんが今のウチにやれる事をやっておけば少しは変わるかも知れませんよ?まあ期待はしていませんがね。

 

「それもそうね。じゃあ、少しだけ付き合ってね?ヌイヌイちゃん」

 

「分かりました。覚悟しておいてください。ポイポイに言うべき事は山ほど有りますから」

 

クスクスと笑うポイポイ。それにつられて微かに笑う不知火。この時間が永遠に続けばいい、そう願わずにはいられない一時でした。

 

それと衣笠さん、不知火達がショートランドに戻ったら覚悟しておくといいわ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「へぇ、清霜ちゃん達、もう帰っちゃうんだね」

 

「うん。鈴谷さん達はしれーかんが戻ってきたら出発するんでしょ?」

 

ちーっす、鈴谷だよ!

川内教官達はもう横須賀に戻っちゃうんだってさ。忙しないよね。もう少しゆっくりして行けばいいのにさ。

 

「そうそう。鈴谷達はもう少し居るんだ。清霜ちゃんは戻ったらまた訓練だっけ?まぁ頑張ってよ。鈴谷に追い付くのはまだまだだと思うけどさ。ニッヒヒヒ」

 

「そんな事ないもん!びっくりする位鈴谷さんより強くなってみせるから!」

 

駆逐艦の清霜ちゃんと軽空母の鈴谷では強さのベクトルが違うんだけどね。まっ、鈴谷も清霜ちゃんに負ける気は無いから。帰ったら鈴谷も特訓しよっと。あ、加賀妖精さん以外の人に指導してもらいたいけどね!

 

「あ、そう言えばさ。鈴谷さん今年の水着はどうするの?」

 

ん?水着?なんで?っていうかさ、艦娘って海水浴とか行ってる余裕とかあるの?

 

「清霜はね、この前の休みの日に霞ちゃんと買いに行ったんだ。お揃いのフリルの水着を買ったんだよ!霞ちゃん、しれーかんにどうとか言ってたけど良く聴こえなかった‥‥‥」

 

へぇ。霞ちゃんね。あの子厳しいけど面倒見は良さげだったからね。清霜ちゃんの事は妹みたいに思ってるのかもね。

霞ちゃんも水着、提督に見せたりするのかな?‥‥‥んんっ?待って待って。霞ちゃんって横須賀所属なんだからさ、霞ちゃんが言う司令官ってウチの沖立提督の事じゃなくて山本提督の事じゃん!!何なの!?霞ちゃんもなの!?なんでみんなして山本提督狙っちゃうの!?ライバル多すぎじゃん!タダでさえ鈴谷は呉に居るから不利なのに、もーっ!!

 

「ふーん‥‥‥でもなんか鈴谷も新しい水着欲しくなってきたかも」

 

「清霜が呉に戻ったら一緒に泳ごうね!」

 

うんうん、おっけー。夏になったら一緒に泳ぎに行こうね。あ、でも鈴谷はそれまでにダイエットしとかなきゃ‥‥‥。

 

 

 

 




束の間のぬいぽい回は次回へ続く。

鈴谷さんの話は霞ちゃん水着実装記念のオマケ(つまり思い付き)です。



夕立が時報で『ぽい』と言った回数合計、驚異の70回越え。本能の赴くままに動くぽいぬさん、やはりぽいぬだった。

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