椛に想いを寄せる河城にとり。
 どうにかしてプレゼントを渡し、想いを伝えたい。
 そんな彼女のお話。


※某所で公開していたものを移転したものです。
あしからず。

1 / 1
※警告※

 このSSは東方二次創作です。

 凄まじいまでのキャラ崩壊、原作捏造が多々存在します。

 特に犬走椛のキャラクターは作者の好みと夢と希望に溢れすぎて、もはや世間一般的な二次創作の犬走椛とは別人です。

 あと魔理沙は悪い意味で酷いです。凄まじく酷いです。魔理沙好きの人は読まない方が良いレベルです。

 それと少しだけ暴力描写もあります。



※警告終わり※



東方風神録にて犬走椛が戦線離脱した理由とバックグラウンド

<0>

 

 粘つく赤い水たまりに膝をつく、白狼天狗

の姿があった。

 酷い怪我だった。

 妖怪といえど、五体満足元通りになれるか

怪しいくらい、酷い怪我だった。

 山伏装束は細切れとなって原型を留めてお

らず、黒い肌着も遠目でわかるくらいに赤を

含んでいる。美しかった銀髪も色がくすんで

見る陰もなく、固まった一束が血生臭い風に

揺れていた。

 

「なんで?」

 

 河童の河城にとりは、白狼天狗のズタズタ

の背中に声を掛けた。

 白狼天狗に対し、にとりに怪我は無い。

 服を赤っぽく湿らせているのも、下級妖怪

や妖精を狂わせていた赤い霧が染みただけだ。

 その霧が掻き消えたから、にとりは隠れて

いた岩場から出てきたのだ。

 自分以外には誰もいなかった。上級妖怪は

異変にも無関心で、下級妖怪は逃げたか、巻

き込まれたから。

 にとりは臆病で、人見知りで、他人を信じ

られなくて、いつも独りだったから。

 

「なんで、助けてくれたの?」

 

 だから、にとりには理解できなかった。

 

 白狼天狗――犬走椛はゆっくりと振り返る。

 顔も赤く汚れている。しかし、金色の瞳だ

けは炯々と光っている。

 いくさの余韻に濡れて濁るその眼孔に、に

とりは身を竦ませた。

 

「――私の気持ちだから」

 

 しかし、出てきた言葉はとても柔らかく、

優しかった。

 

「これが、私の気持ちだから。にとり」

 

 

 

 

<1>

 

 勝敗は決した。

 河城にとりの勝ちだ。

 

 にとりと相対している女――白髪で山伏装

束をまとった白狼天狗、犬走椛の負けは決定

づけられた。

 椛は握り拳を震わせ、それでも必死に活路

を探しているようだった。金色の瞳はめまぐ

るしく動き続ける。頬には一筋の汗が伝う。

息づかいも荒く、それを牙で噛みしめる。

 

 諦めないその姿は敵ながら見事であり、同

時に、哀れみすら覚えた。

 

「もう終わりだよ、椛」

 にとりは瞼を伏せ、ゆっくりと首を左右に

振る。

「兵がいなければ、王とてただの人だ。降参

してよ」

「い、いや、まだだ! 私が諦めさえしなけ

れば負けじゃない!」

 椛は一歩、踏み込んでくる。

「散っていった兵たちの為にも、我らが背負

う民草の為にも――大切な者の為にも、私は

決して屈さない! 最後の瞬間が訪れるまで

あがき続け、貴様の喉笛を食いちぎってくれ

る!」

「ここまでよく頑張ったじゃない。無闇に前

に進んでも、ただ痛い目にあって、それで結

局全部失っちゃうんだよ。だから、もういい

じゃん」

「断る!」

 にとりは、目を細める。

 そして手を振りおろした。

「これ以上続けたら、きみは更に多くの絶望

を味わうだけなんだよ?」

 にとりの合図で、椛の背後に現れる影。

 椛はハッと振り返り、呻いた。

「ば、馬鹿な……。彼は、我らの軍の……。

戦死したはずじゃ……」

 そんなうろたえた声がたまらない、ゾクゾ

クする。

 にとりは目元を手で覆い、くつくつと笑み

をこぼして……堪えきれなくなり、哄笑する。

「ふはははははっ! 戦いとは常に、強者が

全てを得るようにできてるのさ! きみひと

りが如何に抗ったところで、無意味、無意味、

無意味ぃぃぃ!」

「おのれ、河城にとりぃぃぃぃぃっ!!」

 それが椛の最期の言葉となった。

 背後より裏切り者の奇襲を受けた椛に、為

す術は、ない。

 

「……あんた達、本当に仲がいいわねぇ」

 そんな天狗大将棋の戦いを見守っていた

鍵山雛のつぶやきが、終止符となった。

 

 

 にとりは両腕を突き上げガッツポーズを取

る。ご機嫌な笑顔である。青髪のツインテー

ルを誇らしく揺らし、同じく青のジャケット

に覆われた胸をドドンと張った。

「ふふーん、またあたしの勝ちだね。これで

3000勝目くらいかな?」

「今回はかなり粘ったと思ったのだけど…

…」

 将棋板を挟んだところで胡座を掻く椛は、

悔しげに座布団を叩いていた。

 そんな彼女の肩を、雛がぽふりと叩く。珍

妙なものでも見るような目だったが。

「まぁ王将一枚だけになるまで詰まなかった

のは、ある意味すごいと思うわよ。この将棋

は私の理解の範疇を超えてるけど」

「ん、そう思う? そうか、私も成長したで

しょう。にとりに一勝目を飾れる日も近いか

な」

 腕を組んで嬉しそうに鼻を鳴らす椛だった。

立ち直りは早い。

「五年くらい前にも同じ事言ってなかったっ

け」

 そしてにとりの言葉に打ち据えられ、再び

うなだれる椛である。

 そうやっていちいち反応してくれる姿がと

ても面白かった。

 にとりは堪えきれず、指を差して笑ってし

まう。最初こそ椛も不機嫌そうだが、やがて、

つられて笑い始めた。

 などといつもの馬鹿なノリを続けていると、

雛が洞窟の入り口を振り返る。

「あ、ねぇ椛ちゃん。そろそろ時間大丈夫な

の?」

 ここは妖怪の山の麓、玄武の沢。そこを流

れる滝の裏の岩盤を刳り抜いて、洞穴にした

のが、にとりの住まいだった。水流越しに差

し込んでくる日差しは茜色に染まっており、

夜が近いことを教えてくれる。

 その光に目を細めた椛は、ため息をつきな

がら立ち上がった。

「名残惜しいけど、さすがに哨戒に戻ってお

くよ」

 椛は紅葉模様の盾を背負い、腰には剣をぶ

ら下げた。そして下駄をはき直して、

「っと……」

 鼻緒が千切れてしまう。

 それを見たにとりは、ぴく、と震えた。す

ぐさま椛の足元に屈み込んで、下駄の様子を

確認。それから暁色に照らされる椛の顔を見

上げた。

「また、下駄壊れちゃったの?」

「そうみたいだ。何度も直して使ってはいる

のだけど、もう履き古しているから。替え時

かな…」

「そ、そっかー。じゃあ次のはもっと頑丈で

軽くて、それでいて機能性があるものじゃな

いとね。河童テクノロジー製とか、お値段異

常NITORIブランドとか……――」

 ちらっ、ちらっ。

 にとりは露骨なチラ目線を送る。

 しかし、

「まぁ、追々考えるよ」

 椛は肩を竦めて、下駄を懐へと納める。ま

ったく気づいてくれてなかった。にとりが肩

を落としているのにも気づかず、言葉を続け

ていく。

「では、また来る。次は負けないからな」

「――むー……」

 にとりは視線を下げたまま口を尖らせてい

た。しかし椛の訝しげな視線に気づくと、す

ぐに、背筋を伸ばして立ち上がる。

「あたしはいつでも受けてたーつ! いつで

も掛かってきなさーい!」

 気を取り直し、しゅっしゅっ、とシャドー

で拳を振るってみせる。

 椛は応えるように口元をゆるめ、しかし、

その手が拳を握ることはなかった。

 手の平は、にとりの頭の上に置かれた。

「ぁ……」

 つい、にとりは気の抜けた声を出してしま

う。帽子越しに感じる、大きな椛の感触。

 いつも剣を握ってるんだろうから、あんま

り女の子らしくない手。でも、触れて貰える

とむずがゆくて、恥ずかしくて……、にとり

は帽子の鍔で顔を隠した。

「それじゃあ、雛もまた」

 しかし、椛が雛の頭にも手を置いてるのを

みると、胸がもやもやした。顔も仏頂面にな

る。

 それを雛と椛の両者が気づいた。雛は「や

れやれ」と苦笑いだったが、椛は不思議そう

に首を傾げる。

「どうした?」

「べっつにー」

 にとりを口をとがらせ、そっぽ向いた。

「そう? それじゃあ、また」

 結局、椛は滝を突っ切って飛んでいってし

まう。にとりが「ああっ」と声を出したとき

には、すでに姿は見えなくなっていた。にと

りが「むぁー!」とか奇声をあげて足元の小

石を蹴っ飛ばしたのも、椛には気づかれるこ

とはない。

「ああいう時って、もう一歩問いつめてほし

いものよねぇ?」

 ギクリと固まるにとりの身体。

 雛の悪戯心まるだしな笑い声。口元に手を

当てて、目を細めたやらしい笑顔だ。

「いつ告白するのよ」

「い、いつかするよ!」

「五年以上前から同じ事言ってるわよね、あ

なた」

「うるさいなぁっ」

 にとりは頬を膨らませ、無視して将棋の片

づけに取りかかる。が、雛はかまわず言葉を

続けてきた。

「あとねぇ、露骨に椛ちゃんの言葉を誘導し

てどうするのよ。ちゃんと自分の言葉で話し

て、それから自分の手で贈りなさいな」

 片づける手の動きをぴたりと止め、にとり

は岩肌の壁にある棚へ目を向ける。

「へぇ、あそこに」

「あ、ちょっ!」

 目ざとい雛がその棚へと駆け寄り、無遠慮

に漁り始める。

 慌てて追いすがったときにはもう遅く、綺

麗にラッピングされた箱を発見されていた。

「わぁぁぁぁぁ!」

 それを引ったくるように取り返す。両腕で

掻き抱いて箱を守り、雛を横目でにらみつけ

た。

「こ、これ造るの苦労したんだから乱暴にし

ないでよね! 椛の足のサイズこっそり測っ

たりだとか大変だったんだから!」

「足のサイズくらい本人に聞きなさいよ。そ

もそも、ただの下駄でしょう?」

 雛の一言は聞き捨てならなかった。

 にとりの瞼が震え、くわぁっ、と見開かれ

る。

「ちっがーう! 普通の下駄じゃないの! 

にとりオリジナルの特製の下駄なの! 大岩

の下敷きになろうとも鬼に引っ張られようと

も壊れない頑丈さに、羽毛のような軽さを兼

ね備えた逸品だよ!  機能面においても河

童テクノロジーを存分に駆使しているし、あ

あ、ええと、細かい仕様は口頭じゃ説明しき

れないけど、火山であろうと湖底であろうと

空の上だろうと、あらゆる局面に対応でき

る! 春夏秋冬暑い日も寒い日も雨の日も雪

の日も毎日毎日頑張ってる椛のためだけに作

ったとっておきなんだから!」

 と、言い切ったところで我に帰る。慌てて

手の平を雛の方に突き出してブンブン揺らし

た。

「と、とっておきだけどね! これはね、日

頃あたしなんかと仲良くしてくれる椛へのお

礼であってね! 決してやましい想いとかじ

ゃなくてね!」

「やましいなんて思っちゃないわよ、ピュア

ッピュアだもんね」

 微塵も悪びれてなかった。とりあえず座布

団をぶん投げておいた。くぐもった悲鳴が聞

こえたけどもう知らない。

 にとりは顔を真っ赤にして、雛に背を向け

た。

 

 河城にとりは、犬走椛に想いを寄せていた。

 

 

 

<2>

 

 椛と友達になったのは、赤い霧が山の麓を

覆ったあの日だった。それはちゃんと覚えて

いる。

 でもいつから、椛のことを「そういう」目

で見るようになったのだったか。

 いつも哨戒の合間の休憩時間に顔を出して

くれて、馬鹿みたいなノリに付き合ってくれ

て、とても嬉しくて、楽しくて、けれどそれ

だけじゃ満足できなくなってて……。

 

「――にとり?」

 ハッと我に返った。

 すぐ目の前に椛の顔があった。

 にとりの頭はポロロッカした。

「うあああああ!?」

 思わず突き飛ばした。即座にうずくまった。

帽子を深くかぶり直す。ぐぐーっと両手で帽

子を下に引っ張る感じに。カッパーガード。

 もう耳まで真っ赤っかになってると思う。

だって椛の顔があんなに近くて、吐息まで吹

き掛かってきたもの。相変わらず美人でいて、

それでいて中性的といえばいいのか、なんか

こう見てるだけでなんかこう!

「……にとり、助けて」

「あ」

 顔を上げると、椛が洞窟の隅のスクラップ

の中に埋もれていた。首から下すべてが埋も

れている上に、ひっくり返っていた。河童は

腕力が強いのだった。

 

 

「ご、ごめん! ほんとごめん!」

「大丈夫。私の方こそ驚かせて悪かったね」

 改めて、座布団に座りなおして向かい合う。

 今日は将棋という気分ではなく、椛が持っ

てきてくれた羊羹を茶受けにのんびり会話し

ているところだった。

「それでさ、にとりも話は聞いてるかもしれ

ないけど、天狗の住処近くにいきなり神社が

現れてね。確か――そう、モリヤとか言って

いたな」

「外の世界の建築物なんでしょ? あたしも

直接みてみたいけど……あたしたち河童は立

ち入りが許可されてない場所みたいだし」

 椛はハッとしたように、頬を掻く。

「あー……。そうだった、ごめん」

 にとりは「仕方ないよ」と肩をすくめた。

「あたしたちは下級妖怪だもん、椛が悪いわ

けじゃないよ」

「そっか……。一日でも許可を取ってあげた

いんだけど、私の身分では難しくてね」

「だから大丈夫だってば。そんなことより、

もっといろいろお話が聞きたいかな」

 こうやって椛から話を聞くのは楽しかった。

 基本的には仕事の話ばかりではある。それ

でも、人見知りで引きこもりがちなにとりに

とっては新鮮な内容が殆どだ。

 なにより、椛と一緒にいられるし。

 ……しかし、

「で、私には哨戒の任務があるにもかかわら

ずだよ。射命丸の鴉が勝手にモリヤの監視ま

で押しつけてきてね。そもそもソレは奴の担

当のはずなのに、勝手に巻き込んでくれてさ。

あの鳥頭は本当に人のことを考えないという

か……」

 一転して、にとりの弾んでいた心は泥にぼ

ちゃんだ。

「――ふぅーん」

 射命丸文。椛の上司である鴉天狗だ。

 この話題になると、にとりは途端に楽しく

なくなってしまう。

 にとりは文を遠目で見かける程度しか知ら

ないが、椛は文が嫌いらしい。いつもいつも

文にされたことに対しての愚痴ばかり吐き出

してる。

 今だって両手を両袖に突っ込み、瞼を伏せ

て文句を吐き出している。にとりは頬杖をつ

いて、そんな姿を半眼で眺めている。

「でも……なんでだろ」

 話してる内容は「嫌い、嫌い」ばかり。

 なのに、椛が文の話をしてるのを見る度に、

胸の奥が変に渦巻くのだ。

 嫉妬なのかもしれない。でも、嫌われるこ

とに嫉妬する、って意味が分からない。

 少なくとも、にとりは嫌われていないはず。

 安心するべきなのに。

「……なーんか椛。気がついたら、射命丸さ

まの話ばっかりしてるよね」

「ん……」

 椛は言葉を切り、片目を開いてにとりを見

た。

 今のボヤきは椛にも聞こえてしまっていた

らしい。

 にとりは慌てて、頬杖をついていた顔を上

げる。さすがに感じが悪かったかも知れない。

 しかし椛は、

「いや、そうだね。人の悪口を聞いても愉快

になれるわけがない。悪かった」

 頭を倒して、謝ってくれる。

 そういう意味で言ったのでは、なかったけ

れど。

 ここにはいない別の誰かに向けられていた

目が、またこちらに戻ってきたことには嬉し

く感じてしまった。

 にとりは腕を組んで、顎をそらす。

「そ、そうだよ。相変わらず椛ったらデリカ

シーに欠けるんだからっ」

「悪かったって。にとりには、つい何でも話

してしまうから……」

 何の他意もない返事なのだろうけれど、心

臓が飛び跳ねた。耳が熱くなる。

「けど、最近私はにとりに謝ってばかりだっ

たかもしれない。私が来るのは迷惑じゃな

い?」

「いやっ、全然!」

 立ち上がり、声を大きくしていた。

 そして椛のぽかんとした顔を見て、すぐに

座り直す。胡座をかいて、両手を股の間につ

いて、声のトーンを落として言葉を続けた。

「そりゃあ? あたしにもエンジニアとして

の仕事はあるけど? 椛が来たいっていうな

ら? どーしても来たいってゆーなら? 別

に、それでいいし」

「そっか。なら、明日からも来るとしよう」

 なんて、歯を見せた満面の笑顔で言ってく

れるものだから。

「す、好きにすればいいじゃん!」

 河童腕力で座布団をぶん投げた。

「うおぅ!?」

 顔面で受けた椛は吹き飛び、再びスクラッ

プに埋もれていた。

 それでもやっぱり、椛は許してくれた。

 椛は優しかった。いつも優しくしてくれた。

 ――そして今日もまた、贈り物は渡せなか

った。

 

 

 

 

<3>

 

「でね、でね、雛聞いてる? その話をする

時の椛ったらやっぱりカッコよくてね! で

も羊羹を食べた時の顔は一瞬ふにゃって緩ん

で可愛らしくてね! それにまた帰り際に頭

を撫でてくれてね!」

「うん、聞いてる、聞いてるから。ちょっと

ウザいわ、離れて」

 雛の突き出した手は、にとりのやわらかほ

っぺを押し潰した。

 いつの間にか詰め寄ってしまっていたらし

い。にとりも我に帰って、ささっと対面の座

布団に戻る。

 それで、と。雛は背を正し、咳払いをひと

つ。

「あんたが幸せなのはわかったけどね。いつ

までのんびりしてるつもりなのよ」

 悠長ねぇ、と雛は肩をすくめる。

「椛ちゃんが下駄を自分で手に入れたら、も

う渡せないでしょう? 下駄が唯一無二の高

尚な物品だとでも思ってるのなら、その辺の

ゴミ捨て場を見てきなさい」

「だ、だって、いきなり贈り物されたり、告

白されても、迷惑かなぁって……」

「あんたって変なところで遠慮がちよね。誰

かに取られるわよ?」

「うぐ……」

 そうだろうなぁ、とにとりは肩を落とした。

「椛は人が良いもんね。天狗なのに目下の者

にも優しいし。自分も下っ端だから~とか言

ってたけど」

「そもそも私に触れてくれるのだって、あん

たと椛ちゃんくらいよ。普通は厄神になんて

近づきたくもないでしょうし」

 雛は自虐するでもなく、お茶を啜った。

 厄神である彼女は、人間達から厄を吸い、

流すという役割がある。それゆえに、彼女の

周囲には常に厄が渦巻いていて、彼女の歩く

場所は常に危険地帯となっていた。雛自身の

意思に関係なく、近づいた者は不幸のどん底

に叩き落とされるのである。

 一応、人間から吸った厄であるから、人間

ではない妖怪達にとっては関係のない話では

ある。しかしだからと言って、近づきたがる

者が多いわけもない。

 にとりも椛も、変わり者の部類に入るのだ

ろう。

「椛ちゃんはよくも悪くも誰にでも優しいっ

て感じよね。それなのに勘違いしてコロッと

落ちる単純な奴の顔も拝んでやりたいけど」

「ねぇ、もしかして雛ってあたしのこと嫌

い?」

「愛してるわ。何にせよ、このままだと誰か

に抜け駆けされるわよ。今の状況だとなおさ

らね」

「へ?」

 雛はスカートの内側をまさぐり、新聞を取

りだした。ほんのり暖かかった。

 『文々。新聞』

 つい先日話題に上がった鴉天狗の射命丸文

が発行している新聞であり、幻想郷全域に知

れ渡っている新聞だ。決して厚みのある新聞

ではないが、幻想郷中のいろいろな出来事が

書かれていた。

 

・注意!! また盗難発生、人間の白黒魔法

使いにご用心。神も妖怪も関係なし。

・急募! 竹林の賢人、肉体蘇生薬の実験台

を募集。多少チギれたり生えてきても発狂し

ない者が理想。

・何者!? 倒壊した家屋を一夜で修繕。ア

イドルを自称する謎の女の正体とは。

 

 などなど。

「どこ読んでるのよ、こっちよ、こっち」

 ほっそりとした指の示す先を読んでみると、

見慣れぬ神社の写真があった。添えられてい

る文字から、これが椛の言っていた『守矢神

社』であることがわかる。

「神社ごと幻想入りしてきたって話なら、椛

から聞いてるけど……」

「いいから。それとも、私が枕元で読み聞か

せてあげないと頭に入らない?」

 むっとしたが、促されるままに視線を戻す。

 すぐに雛が何を指しているのかがわかった。

「恋愛成就の御利益……?」

「そう、それ。何でもそこの風祝が奇跡を起

こす程度の能力とか持ってるらしくてね。今、

妖怪や神の間でちょっとしたトレンドになっ

てるのよ」

 にとりは生唾を飲み込んだ。

「興味は、あるけど……」

「まぁこんな迷信に頼らないと成立しない恋

愛なんて、たかが知れてるでしょうけど」

「じゃあなんで教えてくれたのさ!?」

 にとりの噛み付きを華麗に流し、「ああ厄

い厄い」なんて肩をすくめる雛である。片目

を細めたちょっとムカつく顔をしていた。

「半分は冗談よ。結局は当人が何年後まで飽

きないか、でしょうし。興味があるなら誘え

ばいいじゃない」

「それは、だめなんだよ。あたしら河童じゃ

妖怪の山のそんなところまで行けなくて…

…」

 つい最近、同じやりとりした気がする。

 雛は「ぁー」、と思い出したように呻いた。

「ごめんなさい、忘れてたわ」

 こればかりは雛もすまなそうに、小さく頭

を下げた。雛も人に避けられてるとはいえ、

神である。河童ほど行き場に制限はないはず

なので、失念していたのだろう。

「ううん、大丈夫……」

 大丈夫なのだが、別の意味で気分は落ち込

んでいた。

 雛も椛もにとりと仲良くしてくれているが、

冷静に考えたら、両者とも身分はとても高い

のである。神は言うまでもないし、白狼天狗

とて天狗だ。妖怪の山カーストの最高位に相

当する存在なのだ。

 むしろこうやって対等に接してくれている

ことが奇跡なわけで、いつ、この関係が終わ

ってしまうかもわからない。

 悠長にしてたせいで、椛は誰かとくっつい

て、にとりと疎遠になって、雛には呆れられ

て離れられて――

 ――そうなってからじゃ、遅い。

「……よし!」

 にとりは膝を叩いて立ち上がる。そして戸

棚から、椛に贈る予定の箱を取り出した。

 それを強く抱きしめて、雛を振り返る。

「あたし決めた。今日、椛が来たら、こ、告

白する!」

「大失敗するパターンよね、それ。厄いわ」

「ねぇ雛ってあたしのこと嫌い!?」

「愛してるわよ」

 気を取り直して、にとりは深呼吸。

「その守矢ってところの力を借りられないな

ら、自分の力でなんとかしないとね!」

「うふふ、わかってるじゃない」

 雛は口元に手を添えて、ほほえみかけてく

れた。

「自分の力で頑張ろう、って思える子は好き

よ。うまくいくと良いわね」

 うまくいかなくても厄くておいしいけど、

なんて副音声が聞こえたのは気のせいだろう。

 

 いつまでもずるずる引っ張らない。今日こ

そ逃げない。

 にとりは箱を握りしめ、強く決心した。

 

 

 

 

<4>

 

 そして、椛はやってきた。

 ばちゃぁ、と滝を突っ切る音に、にとりの

体は大きく震えた。鼓動が高鳴っていて、息

の仕方を忘れてしまう。もし雛が背中をさす

ってくれてなかったら、椛と話をする前に倒

れていたかもしれなかった。

「邪魔をするよ」

 椛は軽く手を挙げてきて、にとりもそれに

応える。ぎく、しゃく、ときわめて不自然な

動きで。

 ……しかし、どこか不自然なのはにとりだ

けじゃなかった。

 椛もばつが悪そうに頭を掻いていて、顔を

そむけて目を合わせてくれない。

 相手が冷静でないと、逆にこちらが冷静に

なるもので。にとりは呼吸を落ち着けて、首

を傾げる。

「椛、どうかした?」

「ああいや、その……ごめん」

 突然謝られた。

 その理由は、滝を突っ切る水音がもう一度

聞こえたことで、理解する。

「あやや、お邪魔しますよー。毎度おなじみ

『文々。新聞』です!」

 黒い翼が翻る。

 丈の短いスカートを翻し、かつん、と下駄

の底で岩場を踏みしめる音を響かせたその女

性は――射命丸文だった。

 殆ど会話したことはないが、相手は椛より

も上の立場の妖怪だ。にとりは慌てて箱を机

の上に置いて、ぴしっ、と直立する。

「お、お疲れさまです、射命丸サマッ」

 声が上擦ってしまった。

 文は小さく吹き出して、ニヤついた顔のま

まヒラヒラと手を揺らす。

「もっと力を抜いてください。今日の私は清

く正しいブン屋として来たのですから。カリ

スマ鴉天狗モードはお休み中です」

「そ、そーゆわれましても……」

「にとり、迷惑なら迷惑とはっきり言って良

いんだよ。なんなら追い出すのにも協力する

けど」

 そう援護してくれる椛の声は本気だった。

剣の柄に手もかかっている。

 しかし当の文と言えば、まったく動じた様

子も無く、

「あや、わんちゃんが日本語を発しています

よ。これは大スクープです! 言葉に品性が

ないのはきっと覚え立てだからでしょうね

え」

 などと、飄々としていた。しかも反撃つき

だ。

 椛の頬がヒクつく。

「そうですね、いつもいつでもベタベタ絡ん

でくるどこぞのカラスのが伝染ったんでしょ

う」

「つまり椛は私に似つつあるということです

ね。いやぁ、飼い主としてこんな冥利に尽き

ることはありませんねぇ」

「あ、あんたに飼われた覚えはないんだがっ。

鳥頭を通り越して妄想障害でも患いました

か」

「あや! なんとあの椛が私の心配をしてく

れました! どうしましょう嬉しくて涙がで

てきました。あ、記念写真いいですか?」

 ……なんか始まった。

 話に聞いていたが、ここまで仲が悪いとは

思っていなかった。椛は白髪を逆立てて声を

荒げ、しかし文はそれらを器用に受け流しな

がら反撃する。応酬が終わらない。椛がサン

ドバックになってる気がしないでもないが。

 にとりはどう止めれば良いかがわからない。

青いツインテールをみょんみょん揺らして、

ふたりを交互に見比べるだけだ。

 けれど。

 なんだろう。

 なんか、ちくちくする。

 そこで咳払いが割って入った。

 雛がふたりの間に滑り込み、両手を腰に当

てて文の顔を覗き込む。

「文ちゃん、あんた一体何しに来たの。椛ち

ゃんを虐めて鴉天狗の権威でも誇示したいの

かしら。暇なのね」

「いや、私は別に虐められては――」

「これでもわんちゃんの躾で日々忙しくして

るのですが、確かに厄神さまほど多忙ではあ

りませんね。独りで過ごす方法を模索するの

はさぞやお忙しいことでしょう、男でも紹介

しましょうか?」

「誰がわんちゃんだ――」

 文は懐からボールを取り出すと、椛の口の

中にねじ込んだ。何とも手慣れた自然な動き

である。椛は口元を抑えてのたうちまわって

いた。

 にとりは助けだそうとしたが、雛がそれを

手で制す。話が進まない、と思ったのかもし

れない。顔がニヤついていたから厄さを楽し

んでたのかもしれないが。

 文は「いいですか?」と前置きをおいてか

ら、口を開く。

「ほら、ウチの山に神社が幻想入りしたでし

ょう? 最近お株が急上昇なご様子ですし、

ここで一度ちゃんと山の信仰率を調査してお

けーっと大天狗様の命令でして」

「つまり畏怖の対象がすげ代わりそうで不安

なのね、鴉天狗たちは。厄介だと感じたら対

策を練るつもりかしら」

 雛も文も笑顔だった。けど、なにか怖い。

「あや、さすは厄神さま。ならばこの胸に秘

めた黒い企みをもお見通しでしょうか」

「あんたの場合は器そのものが真っ黒だから

見えづらいのよ、厄いわ」

「収まりきらず溢れだした黒さこそ、私の翼

ですゆえに。幻想郷最速は伊達じゃあありま

せん。それはさておき……」

 文は言葉を切ると、にとりの方へと目を向

けてきた。

 辺りを見渡し、後ろも振り返ってみたが誰

もおらず、やっぱりにとりを見据えてくる。

念のため自分を指さしてみると、文は首を縦

に振った。

「あなたが河童の河城にとり、ですか」

「は、はい! その通りであります、射命丸

さま!」

「ふぅーん……」

 文は前かがみになって、じぃーっと見つめ

てくる。頭の先からつま先まで、視線が舐め

るように身体を這い回る。変な寒気も覚えて、

にとりは自分の体を抱きしめた。

 やがて何かに満足したのか、文は「なるほ

どなるほど」と呟いて身を起こした。

「さて。それでは私はそろそろ行くとします。

今後も『文々。新聞』をどうかご贔屓に!」

「え? あの、調査は――」

「さぁさぁ行きますよ椛。次の取材も手伝い

なさい」

 にとりの声は無視される。文はまだもがい

ている椛の襟をひっつかみ、さっさと滝の外

へと向かった。

 にとりは頭の上に『?』マークをたくさん

浮かべてるだけだ。

 しかし、傍らの雛は口元を歪める。

「厄いカラスね、大天狗の命令さえも建前だ

ったか」

「え、えと……?」

 雛もまたにとりの疑問を右から左に流し、

苦笑いと共に肩を竦めた。

「気にしなくて良いわよ、アレは胡散臭さの

塊みたいなものだし。生きた災害だと考えて

おけばいいわ」

「聞こえていますよぼっち厄神。ヒトに厄事

しか吹き込めない舌は千切って差し上げまし

ょうか」

「聞かせたのよクソ鴉。それなら自分の舌に

なさい、2~3枚生えてるでしょう」

 冷たく微笑み、中指を突き立てる雛。笑顔

で振り返り、親指で首元横一文字を描く文。

このふたりの仲も大概悪そうだった。

 しかし、

「なんか、あたし。蚊帳の外かも……」

 にとりはため息をつく。

 人見知りゆえに洞窟にこもりがちなにとり

とは違って、ふたりにはもっと色々な繋がり

がある。

 椛にも、雛にも。

 それは当たり前のことなのに。

「にとりちゃん?」

 呟きが聞こえたのか、雛が顔を覗き込んで

くる。それに気づいていながらも、にとりの

目は椛の方に向いていた。

 引きずられながらもギャーギャーと喚いて

抵抗して、しかし文の方が一枚上手だから完

全に尻に敷かれていて。

 そんな椛の姿、初めて見た。

 にとりは見たことのない姿だった。

 胸の奥にもやもやが強くなって、それがト

ゲを含む。痛くて、血が流れて、溜まってい

く。息苦しい。

 やっぱりこの気持ちは嫉妬だった。

 けれど、嫌われてることに嫉妬していたの

ではない。

 自分に対するものとはまったく違う姿を見

せていたことに、嫉妬していたのだ。

 にとりには、優しくしてくれる。

 けれど、優しい姿しか見せてくれない。

「いいなぁ」

「――なら、あなたもワガママになりなさい。

ちょっとくらいね」

 とん、と背中を押されて、にとりはよろめ

いた。 

 振り返ると、雛は机の上を手の平で指す。

 置かれてあるのは、贈り物の下駄が入って

いる箱。にとりは決心を思い出した。

 にとりは深呼吸をして、気持ちを落ち着け

る。

 椛と文はすでに滝の向こう側だ。にとりは

飛行用リュックをひっつかみ、駆け足で後を追った。

 しかし。

 滝の前まで来たとき、水流越しのシルエッ

トに気づいた。ふたりはまだすぐそこにいる。

「あ、そうそう。椛、あなたにプレゼントが

あるのでした」

 文の声。滝の音に紛れているのに、不思議

と鮮明に聞こえてくる。

 にとりは、足を止めていた。

 滝越しの会話は続けられる。

「はい、どうぞ」

「……下駄ですか」

 ひやり、と。にとりの背筋が寒くなった。

 文のシルエットは、下駄を椛の腕の中に押

しつける。

「そんなボロボロの下駄を履いてちゃあ、上

司である私が恥をかいてしまうんですよ」

「あんたが恥をかこうが知ったこっちゃあり

ませんがね」

「でも不便でしょう?」

「む……」

 椛のシルエットは、考え込むように首を捻

っていた。頭の向きが前に、下にと交互に移

動してるのは、下駄と文の顔を見比べている

のだろう。

 ――受け取るな。やめろ。渡すな。

 そう強く念じている自分に気がつき、自己

嫌悪に唇を噛んだ。力を込めて抱いていた箱

は、歪な形になってしまっている。

 続く文の言葉。声のトーンは、囁くように

低い。

「それに――」

 ふたつのシルエットが重なった。

 恋人に睦言でも贈るように、文の言葉は熱

を帯びていた。

 

「守矢神社へお誘いの話。そんなみっともな

い下駄を履いて行くなんて、同伴する私に恥

をかかせるつもりですか?」

 

 そして椛は、

 

「そ、そうですか、それなら――いや、ここ

ではちょっと。続きはふたりの時にでも…

…」

 

 一瞬だけ声を明るくして、そう、返してい

た。

 

 世界が揺れた。

 にとりは尻餅をついていた。

 なぜだか視界が歪んで、さっきまでBGM

程度にしか感じなかった滝の音が強くなる。

 滝の音しか聞こえない。今まで滝の音しか

聞こえていなかった。そう思いこみたかった。

 

 

 

<5>

 

「河城にとり! 今日こそ我が軍が勝利させ

てもらうぞ!」

「小癪だね犬走椛! あたしの必殺戦法鬼ご

ろしを打ち破れるはずがない!」

「これを見ても同じことが言えるか!」

「な、なんだってっ。これはっ!!」

「鬼ごろし破れたり! これぞ我が新たなる

軍略、三歩必殺! 相手は死ぬ!」

「おのれ、おのれ犬走椛ぃぃぃっ!」

「やったか……!?」

「――なーんちゃって! 今あかされる衝撃

の真実ぅぅ! 状況をよく見てみるがい

い!」

「なん、だと……。なぜ我が軍が倒れてい

る!?」

「椛が吹き飛ばしたのは味方……すり替えて

おいたのさ!」

「く、くそぉぉぉっ! また、私の負けだと

いうのかっ! このお値段異常がぁぁぁっ」

「所詮きみは椛もみもみ以上の何者でもない

のだよ! 素直にもみもみされているのがお

似合いだ!」

 

「……ねぇ。前々から聞きたかったんだけど、

将棋のルールって本当にそれであってる

の?」

 珍妙な生物同士の戯れでも見ているかのよ

うな表情の雛は、首を傾げる。

 飛車駒と角駒を両手に荒ぶるグリコのポー

ズを取っていたにとりと、玉将駒を頭に乗せ

てハクローガードをしていた椛は、互いに顔

を見合わせる。

「あってるよね、椛」

「うん。天狗大将棋の公式ルールには何も違

反していない。問題なく私の負けだよ」

「そ、そう。楽しそうだから良いんだけど」

 戦いの後は片づけだ。呆れ気味の雛も交え

て、洞窟内を手分けして散策する。

「駒がひとつ足りないな」

「うーん、今回の戦いは激しかったもんね。

外に出ちゃったのかも」

「なんで将棋の戦いに激しさが必要になるの

よ。なんで岩肌に駒が食い込んでるのよ。厄

いわ……」

 いつもと変わりない、いつも通りの馬鹿な

ノリと、いつも通りの日常。

 明日も明後日もその次の日も、きっと楽し

い毎日が繰り返される。

「あ、そうだ。にとり」

 それは幻想だった。

「明日はここに来られないかもしれない。だ

からリベンジはまた次の機会だね」

「ひゅい? それはわかったけど、珍しいね。

……あぁ、あったよ最後の駒――」

「休みを取ったんだ。仕事とは別件の用事が

ある」

 にとりは、岩の間に挟まっていた駒に手を

伸ばした姿勢で、動きを止める。

 しかし椛はにとりに背を向けていて、気づ

かない。

「大事な用件でね。うまく行くかはわからな

いが――」

「そ、それってさっ」

 声が大きくなった。

 椛は肩を揺らし、それから、振り返る。怪

訝そうな顔だ。

 目が合った。

 にとりは一度、口を閉ざす。両手の拳を握

りしめて、手の中の駒が軋む。

 これを聞いたら、もう、本当に戻れなくな

るかもしれない。

 視線をずらす。雛は何も言わず、ただ、に

とりを見ていた。

 にとりは椛へと視線を戻して、一拍を置い

てから、口を開く。

「も、もしかして。射命丸さまと、守矢神社

に、行くのかな?」

 今まで決して視界に入れなかった、椛の足

元。

 そこにあるのは、いつものボロボロの下駄

じゃなかった。

 黒檀に赤い鼻緒のついた、それはそれは立

派な下駄だ。

 それを履いている椛は――

 

「……なんだ、知ってたんだ」

 

 わずかに顔を赤くして、はにかんだ。

 

「やっぱり滝の前で話してたら、聞こえてし

まうよね」

 

 照れくさそうに頭を掻いて、

 

「まったく、どうしてあの鴉もあんなところ

で切り出すのやら。相変わらず配慮の足りな

い……」

 

 いつも通りの愚痴を、しかし、柔らかな声

色で口にして、

 

「うん、まぁ……聞いていたのなら、話は早

い」

 

 咳払いをしてから、改めてにとりを正面に

見据えて、

 

「そういうことだから、その、まぁアレだ

よ」

 

 両腕を両袖に差し込み、意を決したように

眉をつり上げて、

 

「こんなに緊張するのは久方ぶりだから。う

まく行くよう、願ってくれると嬉しい」

 

 そう、万感の信用を込めて、

 

「にとりに信じて貰えれば、なんだってうま

く行く気がするから」

 

 言ってくれた。

 

 言われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、もちろんだよ」

 

 にとりは両手をお尻の後ろで組んで、目尻

をゆるめた。

「心から願ってるから、がんばってね。椛」

 すると椛も、嬉しそうに、歯を見せて笑い

返してくれる。

「あぁ。ありが――」

 しかし、椛は突然言葉を切った。

「――にとり」

「なぁに?」

「何故、泣いている」

「え?」

 にとりは自分の頬に触れた。

 濡れていた。

 止め処なく涙が流れ落ちてくる。

「あ、あれ? なんでだろ。虫が入っちゃっ

たかな。秋は虫が多いからイヤになっちゃう

よね」

 拭っても拭っても、止まらない。

 目の周りが痛くなるくらい拭っても、止ま

らない。

「にとり」

 椛がこちらに歩いてくる。

 椛は優しい。宥めてくれるんだろう。慰め

てくれるんだろう。

 今、全てを打ち明ければ、あるいは――

 ああ、でも。

 こんな同情につけ込むような真似。

 呆れられるかも。振られるかも。

 嫌われるかも。

 嫌われたくない、嫌われたくない。 

 いつも通りで終わらせれば、明日も明後日

もいつも通りが来てくれる。

「ワガママになんて、なれないよ……」

 にとりは呟いてから、片手を突き出して椛

を止めた。

「本当に、平気。だから、来ないで良いか

ら」

「しかし」

「良いから!」

 それでも優しくしようとしてくれる椛に、

言葉をぶつけた。

 俯いて、大きく、大きく息を吐く。

 顔を上げて、なんとか、笑う。

「――ごめん。本当に大丈夫、なんでもない

から。ね? もう、行って?」

 でもきっと、酷い顔になってるだろう。

「……。わかった」

 椛が離れて行く。

 その足が、一度止まる。もしかしたら何か

声を掛けてくれようとしたのかもしれない。

 しかし結局、何も言葉は無かった。

 滝を抜ける音が続く。

 そして、静かになった。

 後ろに立つ雛が声を出す前に、口を開く。

「雛も、ごめん。今日は、もう、帰ってもら

って、良いかな」

「……ええ」

「ごめんね、本当にごめん」

 雛は何も言わずに、滝に向かって歩き出す。

 にとりはその背が見えなくなる前に、一度

だけささやいた。

「あと、ありがとう」

「当然よ」

 雛は振り返らないまま、頭の横で手を揺ら

した。

 にとりはひとり残されてから、初めて、握

っていた拳を開く。

 将棋の駒だった木片が、床に転がった。

「……もう、将棋できないなぁ……」

 手を払うこともせずに、にとりは尻餅をつ

いた。

「楽しかったのにな……」

 膝を抱え込んで、顔を埋めた。

 

「とっても、楽しかったのになぁ……」

 

 

 

 

<7>

 

 気がついたら、日が変わっていた。

 太陽の昇り具合から見て、もう昼過ぎだろ

う。普段ならとっくに雛が様子を見に来てく

れていて、もう少し待てば椛も哨戒の休憩に

やってくる。

 しかし、今日は誰も来ていなかった。

「気を使ってくれたのかな、雛……」

 にとりは滝の水で顔を洗ってから、今日一

日なにしようかとぼんやり考える。

 誰も来ない日なんて久しぶりすぎた。

 普段なら誰かをくるのを待ってワクワクし

て、ひとり将棋で時間をつぶしているところ

だ。しかし、今はその将棋すらも駒が足りて

いない。

「ああ、そうだ。駒……」

 どうせ暇なんだから、作ろう。

 じゃあ、木材を探しに行かないと。

 にとりは飛行用リュックを背負い、滝をく

ぐって外にでた。リュックからプロペラを露

出させて、森の方へと飛んでいく。

 

 留守番もなしに家を空けることなんて、久

しぶりだった。

 

 

 

 

<8>

 

 何かおかしい。

 飛ぶのが久々すぎてプロペラから変な音が

するということを差し引いても、何かがおか

しい。

 森に鳥や妖怪の姿が見あたらないし、木を

切ろうとしたらいつも文句をつけてくる妖精

の姿も見あたらない。お陰で楽に木材は手に

入れられたが、妙な胸騒ぎがする。

 何か異常があれば、哨戒天狗の椛が真っ先

に知らせてくれるはずだが。

「あ、椛は休みなんだっけ。……ぅぅ」

 自分で思い出して、自分で勝手にダメージ

を受けてしまった。

「……うん。いい加減、ちゃんと気持ちを切

り替えないと……」

 駒と違って、傷を直すことはできない。で

も少しの間だけ忘れることはできる。にとり

はさっさと制作に取りかかるべく速度を上げ

て、滝をくぐった。

「ただいまぁ、っと」

 誰もいないから、返事なんてあるはずがな

い。

「おかえり」

 なのに、返事があった。

 洞窟の暗がりの中。戸棚に背もたれるよう

にして、誰かがいる。 

 椛じゃない。

 雛じゃない。

 文でもない。

「だ、誰だ!」

 にとりはリュックから水鉄砲のホースを引

っ張りだし、突きつける。

 しかし人影は緊張した様子もなく、手にし

ていた棒状のもの――箒の柄で肩を叩いて、

首を傾げた。

「そっちこそ、何もんだ?」

 ゆったりと歩んでくる。

 妖怪とは微妙に違う発声。そして匂い。こ

れは……、

「げげ、人間!? な、なんで妖怪の山に人

間!?」

「あー、ちょっと友達の守矢カチコミのつき

あいで――って言ってもわからないよな。あ

いつはさっさと行っちまったし」

「わからないよ!? と、というか、人間の

癖になんで滝の裏のあたしの家がわかったの

さ!」

「全然隠れてなかったぜ。むしろ目立って

た」

 武器を向けているのはにとりであるにも関

わらず、女は余裕たっぷりだった。逆ににと

りの方が焦りが強くなって、一定の距離を保

って後ずさる。

 背後の滝の音が強くなり、水流越しの日差

しで相手の姿が露わになっていく。

 箒の存在もあり、全体的な印象はまさしく

魔法使い、あるいは魔女。一歩踏みしめるご

とにスカートの裾と、帽子に収まりきらない

長い金髪が揺れていた。

 服飾の色合いは、白と黒。

 白黒の魔法使い。

 と。

 そこで、魔女が手にしているものに気がつ

く。

 それは――椛への贈り物の下駄が入った箱

だった。

「それはあたしのものじゃないか。この泥

棒!」

「あぁん? 泥棒だなんて人聞きが悪いな」

 びっ、と突き出される箒の柄。反射的にに

とりは後ろに跳び、しかし、後ろ足の踵が空

を踏んで、よろめいてしまう。

 魔女は、口元をゆがめた。

「借りてくだけだぜ、死ぬまでな」

 次の瞬間、にとりの傍らを流星が駆け抜け

る。

 気がついたときには魔女の姿は消えている。

振り返ると、滝にうがたれている巨大な穴。

その向こう側へと逃げていく、箒にまたがっ

た魔女の後ろ姿。

「ま、待て!」

 にとりは飛行ユニットの出力を最大にして、

後を追った。

 

 

 

 

<9>

 

「ここまで追ってくるってことは、やっぱり

値打ちモンか。河童の隠し財宝って奴か?」

 魔女は森の上空で、にとりの事を待ってい

た。スピードの差から簡単に逃げ切れたはず

なのに、箒に腰掛け、膝の上で頬杖をついて

ニヤニヤと笑っていた。

「アイツにつきあったのは良いけど、張り合

いもなくて退屈だったからなぁ。お宝探しに

切り替えたのは正解だったぜ」

「きみの事情なんて知らないよ、いいからそ

れ返して! お金に困ってるのならもっと別

のものをあげるし、うちの工房でアルバイト

してもいいから!」

「おいおい、私を馬鹿にすんなよ」

 魔女は立てた指を左右に揺らし、片目をつ

ぶる。

「私は金が欲しくて宝探しをしてるんじゃな

いんだ。宝探しをしたくて、宝探しをやって

るのさ」

「意味わかんない! じゃあ探せたんだから

満足でしょ、返してよ!」

「わかってないなぁ。宝探しは無事に帰れる

までが宝探しだぜ? それに――」

 魔女は箒に跨り、箱を腰から提げた袋に放

り込む。代わりに懐から取り出したのは、八

角形の物体だ。

 エンジニアのにとりには、一目でソレがマ

ジックアイテムだとわかる。とんでもない逸

品であることも、すぐにわかった。

 魔女は言葉を続ける。

「それに、ダメだダメだと言われたら欲しく

なるな。触るな危険って看板をみたら、つい

触りたくなるだろ?」

「ならないよ! ……きみ、何者なの? な

んでただの人間が、緋々色金なんて持ってる

の?」

「へぇ、わかるのか」

 魔女は驚いたように小さく目を見開く。そ

して、その緋々色金を握りなおしてこちらに

向けてきた。

「コイツはミニ八卦炉、私の宝もんさ」

 そのミニ八卦炉が、光を纏い始める。

 にとりは背筋に冷たいものを感じて、あわ

てて距離をとった。

 が、

「そんで私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙。

じゃあな」

 その程度の距離は、誤差だった。

「ぇ……?」

 直後、にとりの視界いっぱいを光が埋め尽

くす。

 

 弾幕……じゃない。

 ひとつの光の塊。

 隙間がない。

 避ける? 逃げる? どこへ?

 動かなきゃ、動かなきゃ。

 

 ……無理だ。

 

(やられ――)

 

 全身が焼ける。

 痛い。肌をぐちゃぐちゃにかきむしられて

いるようで、ひどく、痛い。

 息ができない。喉が熱い。

 リュックの中の機械がひしゃげ、ちぎれ、

壊れていく。

 

(ああ、なんでかなぁ)

 

 支えてくれる浮力がなくなって、重力の腕

に掴まれる。

 

(なんで、こんなことになったんだろ)

 

 上下が逆さまになる。

 落ちていく。

 

(毎日楽しくて、幸せだったのに。どうして、

こうなっちゃったんだろ)

 

 空が遠くなる。

 

 ニヤけた魔女の顔が遠くなる。

 魔女は、にとりの箱を指先でくるくる回し

ていた。

 

(あれを渡せなかったのは、悔しいなぁ)

 

 手を、のばす。

 

(もう少し、あきらめが悪かったら、違った

のかなぁ……)

 

 届かない。

 

(もう少し、ワガママ言えたら、違ったのか

なぁ……)

 

 ただ、落ちていく。

 

「……もみじ」

 

 

 

 

<10>

 

 河童の姿が枝葉の傘で見えなくなったとこ

ろで、霧雨魔理沙は顔を上げた。

「さぁて、あいつはどこまで行っ――」

 そして魔理沙は目の当たりにする。

 

 山が、怒っていた。

 

 吹きつけた強風が、その進路上の紅葉を

次々と空に巻き上げた。魔理沙の視界を、青

空そのものを、赤色に染めあげる。

 音が聞こえる、あるいは声か。

 甲高い風の音に混じり、獣の叫びのような

重低温が腹の底を震わせる。それは遠くから

聞こえるようで、すぐそばから聞こえるよう

で、山そのものの怒号にも聞こえた。

「な、なんだよ、こりゃあ……」

 やがて巻きあがった紅葉が、吸い寄せられ

るかのように一点に収束していく。

 こっちに来る。

 魔理沙は思わず小さく悲鳴をあげて、両腕

を交差させて我が身を守った。

 しかし紅葉は魔理沙のことを素通りし、そ

の下の森へと吸い込まれていく。

 河童が落ちていった場所に。

 

 

 

 

<11>

 

 地面に激突するのは、思いのほか痛くなか

った。

 寧ろ包み込まれるような、心地よさと、温

もりを感じた。

 薄く目を開く。

 ぼんやりとした視界の中、なぜか、椛の顔

があった。

 いつもそうだ。ぼーっとしてて我に返ると、

椛の顔が目の前にある。気がついたら傍にい

てくれる。

「あのね、もみじ……」

「どうした」

 椛は普段通りの、落ち着いた声だった

「あたし、ね」

「うん」

「ぷれぜんと、あったの」

「うん」

「でもね、とられちゃった」

「……うん」

 椛の手が頬に触れる。

 相変わらず女の子らしくない、固い手のひ

ら。ざらざらする。

 でも、好きな手のひら。

 好きな人の手のひら。

「あと、ね、それと――」

「うん」

 優しい声。椛はいつも優しくしてくれる。

 なのににとりは椛を突き放したり、酷く弄

ったり、撥ね除けたりもしてしまう。傷つけ

てしまうことだってある。

 けれどやっぱり、椛は気にかけてくれる。

気がついたら、傍にいてくれる。

 それだけで、とっても幸せだった。

 多くを望む必要なんてなかった。

 このままで、よかった。

「――ううん、なんでもない」

「……にとり」

 椛の声が、とても近い。

 息づかいも感じられる。

 全身を包んでくれる感じが、強くなる。少

し痛いくらいに、強くなる。

「新たな将棋の策を思いついたんだ。また相

手になってもらうよ」

「もちろん、だよ……。なんどでも、あいて

に……なんかいでも、なんかい、でも……」

「ごめん、こんな時に勝手な事を言って。だ

から――」

 椛の両手が、にとりの頬を包む。

「だからな、にとり。もっと、私にわがまま

を言って構わないんだよ?」

 胸の奥が、締め付けられるような心地。

 にとりは目を見開いて、半開きの口で喘い

だ。

「いつもにとりは、何か遠慮していたでしょ

う。気を遣ってくれていたでしょう」

 椛はやわらかく、笑いかけてくれる。

「にとりは優しいから。でも、私はもっとに

とりのことを聞かせて欲しいんだ。にとりの

わがままも聞いてやりたい」

 ……ああ、そっか。

 蚊帳の外なんかじゃなかった。

(勝手に、あたしが、距離を作ってたのか…

…)

 にとりは椛の服を握りしめる。強く、握り

しめる。

「……あのね。きいてほしい、はなしがある

の」

「うん」

「でも……」

 体の感覚が消えていって、意識も泥に沈ん

でいく。

「とても、ねむたいの……」

「そっか」

「だから……おきてから、はなすね……?」

「うん。今はゆっくり休むといいさ」

「……ありがと、もみじ」

 

 だいすきだよ。

 

 最後の一言を口に出来ていたかどうかは、

わからない。

 

 

「おやすみ、にとり。目覚めた時、私は必ず

傍にいる」

 

 

 

 

<12>

 

 犬走椛は、可能な限り優しく丁寧に、にと

りの手を放させた。

 山伏装束の上着を脱ぎ、体のラインに沿っ

た黒い肌着姿となる。

 脱いだ上着は、にとりの体に被せた。

 そして、にとりの頭を撫でる。にとりは頭

を撫でるといつも嬉しそうで、かわいい反応

をみせてくれたから。

 ――その手のひらが、赤くベトつく液体に

濡れた。

 暖かい、しかしすぐに温度を失っていく、

にとりのこぼれ落ちた温もりで、濡れていた。

 椛は牙を食いしばり、呻く。

「……雛」

「えぇ」

 傍らに降り立った雛は、にとりの体を抱き

上げる。雛自身もボロボロだったが、それで

もしっかりとにとりを抱えてくれた。

「椛ちゃん。私がもうちょっと早く知らせに

行けてたら……」

「哨戒役よりも早かったんだから、十分さ」

「でも」

「私の責でもあるよ。どんな事情であれ、に

とりをすぐに守れない場所に行っていたか」

 拳を握る。

 にとりの血が、椛の肌を伝って、地面に落

ちた。

「――にとりのことは、頼んだ」

 雛は頷いてから、木立の間を抜けるように

して飛び去っていく。

 滝の方向、にとりの家に連れていってくれ

るのだろう。

 それから、ほどなく。

 背後で落ち葉を踏みしめる音がした。

「なんだ、今度は白いのが出てきたな。また

河童か?」

 侵入者の声だ。

 射命丸文は確か、霧雨魔理沙だとか呼んで

いた気がする。

「私はお宝を見つけられただけで満足してる

し、もう帰っても良いか?」

「お前か」

「はン?」

 魔理沙の言葉など聞いちゃいなかった。

 椛は振り返ることなく、牙の間で磨り潰し

た低い言葉だけを投げかける。

「お前がにとりのものを盗んだのか?」

「はぁー……? どいつもこいつも人聞きの

悪いことを、山の妖怪ってそんな奴ばっかな

のか?」

 魔理沙は帽子のつばをあげると、ニカッ、

と笑みを見せた。

「盗んだんじゃない。ただ、死ぬまで借りる

だけだぜ」

「なるほど」

 椛は、大きく深呼吸をする。

 そして、

 

「なら、ここで死ね」

 

 紅葉が、巻き上がる。

 

 次の瞬間には魔理沙の目の前に出現してい

る。驚愕に彩られる顔。その首をたたき落と

すべく、剣を抜き、払った。

「うおおおおっ!?」

 しかし紙一重で空に逃げられる。斬撃は魔

理沙の靴のつま先を斬りとばし、傍らの樹木

を両断しただけだった。

 植物の断末魔を背に、椛は魔理沙を追って

空を駆ける。枝葉に覆われていた視界は一気

に広がり、青空を映した。

 すぐさま追いついた魔理沙の背中。低い位

置から刃を跳ね上げる。

 しかし、ぎりぎりのところで箒の柄で受け

止められた。火花が散り、金属同士の甲高い

音が響く。

 鍔競り合い、顔と顔が突き合った。互いの

吐息と擦過音が混じりあう。

「頑丈な箒だ」

「私の宝物だからな」

「そうか」

 椛は歯を剥いて口角を吊りあげ、囁きに熱

を含ませた。

「叩き斬ってやれば、さぞや痛快な顔をする

のだろうな」

「そっちのがへし折れるぜ? 剣も自信も

な!」

 強引に剣を捻りあげられ、はじき合う形で

距離が生まれる。

 椛が再び距離を詰める前に、箒に跨がった

魔理沙は手をかざした。四つのミニ八卦炉が

魔理沙を囲うように出現し、それぞれが色鮮

やかな光を纏う。

 

【光撃「シュート・ザ・ムーン」】

 

 チリチリと、本能が警鐘を鳴らす。

 椛は全身の筋肉を総動させ、強引に我が身

を捻った。

 直後、四本の細いレーザーが体を掠めて通

り過ぎる。袴の裾を焼き焦がし、盾を削り、

髪の毛を焼き――

 一撃が、脇腹を撫で斬った。

 肉の焦げる不愉快なにおい。傷口は瞬時に

炭化して痛みも出血もないが、全身を脂汗が

濡らす。

 そこへ魔理沙の哄笑が飛んできた。

「まだまだ、弾幕ごっこは始まったばかりだ

ぜ!」

 青空が、白い星で彩られる。

 数多の星が、魔理沙の手のひらからバラま

かれる。その向こう側で、四つの八卦炉は再

び光を帯びていた。

 椛は牙を朦朧とする頭を左右に振る。消え

かかる意識を強引にたぐり寄せ、唇を舐めた。

 そして、宙を蹴り飛ばして急加速を行う。

 正面からの弾幕は身を捌いてやり過ごし、

追ってくる星には盾を叩きつけて軌道をそら

す。盾と弾幕が衝突した際の反動を利用し、

そこを支点に体の位置をズラした。直後、先

ほどまで椛がいた場所をレーザーが突き抜け

る。それを背中で感じつつ進路上の弾幕を切

り払い、慣性をねじ伏せた直角の軌道で避け

ていく。

 やがて、一瞬、弾幕が途切れる。

「ッ……」

 椛は鋭く呼気を吐き、肉迫した。

 距離は瞬きの間に消失する。

 魔理沙の舌打ち。帽子を投げてくるが、そ

れは剣がすぐさま左右に両断した。

 しかし、今度は椛が舌打ちを鳴らす。

 飛び散る白黒の布地の向こうで、ミニ八卦

炉をつきだした魔理沙の姿があったからだ。

「弾幕は、パワーだぜ」

 

【恋符「マスタースパーク」】

 

 光が迫る。

 受けたら、墜とされる。

 どうする、どうする。

 窮地を前にして、思考が時間の概念を飛び

越え加速する。

 すべての事象を引き延ばし、風が、空気が、

光が、ありとあらゆるものの動きが緩慢にな

る。

 しかし椛の金色の瞳――千里眼だけが、そ

の世界でもめまぐるしく動き続けた。眼球を

動かすことだけでも、空気の抵抗がまとわり

つく。

 椛は見た。

 魔理沙が嗤っていた。必殺を確信し、椛へ

の嘲りに満ちていた。

 そんな顔を、にとりにも向けたのか。

 椛の意識が激怒に灼熱する。

 獣の如き叫び声をあげて、体は限界を超え

て動いた。

 絡みつく大気を引き千切り、椛は剣を振り

抜いた勢いのまま身を翻す。

 そして蹴り払った。八卦炉を持つその腕を。

 紙一重。身体のすぐ左側を、光の柱が突き

抜ける。

 ジリジリジリジリッ、と擦れる激しい音。

盾が吹き飛び、手の甲が焼き焦げた。

 しかし、それだけだ。

 魔理沙の顔が驚愕に引き歪む。椛は、愉快

でたまらない。

「大層なパワーだな」

 椛はその鼻面に、剣の柄をたたきつける。

がくん、と魔理沙はのけぞり、鼻血が噴き出

した。魔理沙の周囲に漂っていた八卦炉は魔

力によるダミーだったのか、一撃を与えたこ

とで消失する。

 椛は剣を両手で握り直し、上段から振りお

ろす。これで終わりだ。

 が。

 椛は剣を止めた。

 魔理沙が箱を取り出し、盾にするように掲

げたからだ。これがおそらく、にとりから盗

んだものだろう。

 この一瞬の隙に、魔理沙は滑るように後退

する。箱をしまうと、再び八卦炉を突きつけ

てきた。

 そして、血まみれの顔で笑う。

「へ、へへ。私の勝ちだぜ」

「愉快な思考をしているな。そんな馬鹿正直

な攻撃が、二度も私に当たると思ってるのか?」

「避けてみろよ。後悔するのはお前だぜ」

 虚勢にしては、自信に満ちた笑みだった。

 ――ハッと、椛は気づいた。

 後ろから聞こえる、滝の音。

 振り返りこそしなかったが、今、自分がど

ういう位置取りで立っているかに気づいてし

まった。

 偶然こんな事になるとは思えない。

 この魔女、最初から保険を意識して戦って

いたのか。

「まぁ、避けなくても同じかもしれないけど

な」

 再び現れるダミーの八卦炉。

 それらは魔理沙がつきだした腕を囲うよう

に滞空し、ゆっくりと、しかし確実に加速し

ながら回転する。

 ばちっ、ばちっ、と火の弾けるような音。

 魔理沙の八卦炉を持つ腕が小刻みに震える。

ためらいや恐れではない。制御できるギリギ

リまで魔力を収束している。

「貴様、どこまでも……っ」

 牙を食いしばり、顔を伏せた。悔しさと怒

りに、軋む音が生まれた。

 魔理沙の方は楽しげに口元を歪めている。

先ほどの仕返しとばかりに。

「悪いな、私はどこぞの巫女のように才能豊

かってわけじゃないんだ。ただの人間がお前

たちに勝とうと思ったら、いろいろ頭を使わ

なきゃならないだろ」

 ダミー八卦炉の回転は更に加速し、もはや

光の円環にしか見えない。その光は筒状に延

長していき、さながらライフリング、施条の

如く魔理沙の腕を覆った。

「終わりだな。楽しかったぜ」

 

【魔砲「ファイナルマスタースパーク」】

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――もみじ。

 

 ――だいすきだよ。

 

 

 

 

 椛は、伏せていた顔を上げる。

 まっすぐ、魔理沙を、光を、睨み付ける。

 

 剣の腹を正面に突きだし、迫りくる光の壁

へと突撃した。直後に全身が飲み込まれる。

体が燃える。皮膚が焦げて、肉が焼けて、骨

が溶ける。それでも刀身の裏に額を押しつけ

るようにして急所は守る。

 墜ちない。墜ちてたまるか。

 視界が突然せばまる、片目が溶け落ちた。

刃に添えた手の感覚がなくなる。左腕がちぎ

れていた。だがまだ片方ずつ残っている。

 もっと前へ、もっともっともっと前へ。疾

く! 疾く!! 疾く!!!

 もうなにも聞こえない。自分の声も聞こえ

ない。けれど叫んだ。なにを? 誰を? わ

からない。ただ心にあるのはたったひとりの

女の姿。未だ気持ちをちゃんと伝えられてい

ない女の姿だ。そのせいで泣かせてしまった

女の姿だ。傷つけてしまった女の姿だ。そし

て、傍に居ると約束した女の姿だ。だから、

だから、こんな人間風情に、これ以上、にと

りのことを、傷つけさせてたまるかァァァァ

ァァァッ!!

 

 

 そして。

 

 光を、抜けた。

 

 

 目の前にある、魔理沙の顔。

 うそだろ、と。その口が動いていた。

 

 八卦炉を持つ腕に剣を振りおろす。魔理沙

は箒を掲げた。それに構わず刃を押し込み、

強引に振り抜いた。鈍い音。箒は両断され、

刃の溶けた刀身が腕に食い込む。魔理沙の腕

はいびつな形に曲がっていた。皮を突き破っ

て骨が飛び出している。

 しかしこれでスペルカードは中断された。

肩越しに振り返る。滝は無事だ。ギリギリ間

に合った。

 だが、終わりじゃない。

 魔理沙は人間とも思えぬ眼光を宿し、血走

った目で睨み付けてくる。

「て、めぇぇぇ!!」

 斬れてもなお浮力を失わない箒を掴み、魔

理沙は鋭利な切断面を突き出してきた。頬の

肉を深く削り取られる。既に椛に痛覚はない。

至近の魔理沙の額に頭突きを叩き込む。相手

はよろめいた。椛は剣を払う。魔理沙の胸元

に一文字の傷が走り、血が噴き出す。しかし

浅い。椛の視界の下から跳ね上がってくるつ

ま先。避けられない。顎を砕かれ、自らの牙

を噛み砕いてしまう。椛はもんどり打って撥

ね飛ばされた。視界の端が光る。八卦炉がこ

ちらに向いていた。強引に体を旋回させる。

光の柱が椛の剣を消しとばし、雲をブチ抜い

た。しかし手は無事だ。握りしめて拳を作る。

肉迫し、魔理沙の腹に打撃を叩き込む。耳元

で魔理沙の呻きが聞こえた。が、直後に背中

から貫かれる灼熱感。椛の腹から箒の先が飛

び出している。喉奥から込み上げるものを解

放すると、血塊が溢れ出す。意識が遠ざかる。

いや、強引に繋ぎ止める。椛は牙を剥いた。

魔理沙の肩の肉を食い千切る。不味い肉だっ

たが、魔理沙は悲鳴を上げて蹈鞴を踏んだ。

 椛は魔理沙の顔面に爪を突き立て、振り抜

く。

 鮮血が迸り、顔を押さえて仰け反る魔理沙。

 椛はその体に足裏を叩きつけ、突き飛ばす。

 そして自らの腹に刺さった箒の柄を掴み、

無理矢理、引っ張り抜いた。

 血が噴き出し、激痛に視界が明滅したが、

それでも強く握り込んだ。

 

「霧雨、魔理沙ァッ!」

 

 叫び、振りかぶり、投げる。

 

 宙を貫く一本の軌跡は、ひとつの長い直線

のようで。

 

 柄先はそのまま、魔理沙の身体を貫いた。

 魔理沙は目を見開き、喉を開く。

 

 これで、決した。

 

「借りた、ものは。返す、ものだから、な…

…」

 声が軋み、掠れる。

 それでも口角を吊り上げて、言ってやった。

「返した、ぞ。人間……」

 

「じゃあ、私も、返してやるよ」

 まさか返事が出来るとは。魔理沙は顔を上

げる。

 悪辣に突き出される、血反吐に濡れた舌。

 突き立てられた、中指。

 魔理沙は、箱を手に取った。

 

 そして、川に向かって投げ落とす。

 

 椛は迷うことなく空に足裏を向けて、急降

下を開始した。

 スピードが出ない。体の欠損が大きすぎる。

 背後では魔理沙が移動した気配。逃げたか、

先に進んだか、どうでも良い。

 腕を伸ばす。

 届かない。

 箱が落ちていく。

 地面が迫ってくる。

 しかし、もう少し。

 あと少し、あと少しで――

 

 

 意識が途切れる寸前に見たのは。

 箱が指先を掠め、河原に叩きつけられ、急

流に飲み込まれていくところだった。

 

 

 

 

<13>

 

「無茶苦茶やってくれましたねぇ、椛」

 ベッドの枕元に立つ文は両腰に手を当て、

呆れたように口を『へ』の字に曲げていた。

「哨戒の仕事を忘れたんですか、犬頭。適当

に相手の力量を見て報告すればいいんですよ、

あなたは」

「非番でしたから、プライベートです」

 椛は思わず口に出していたが、自分の声が

滑らかに出たことに驚いた。

 片目がふさがっているのも、包帯を巻かれ

ているだけ。それを確かめた左腕がちゃんと

くっついていることも信じられない。

「……ここは?」

「竹林の永遠亭です。重症患者の被験体を探

していたのは取材で知っていましたからね、

快く受け入れてもらえましたよ」

「そうですか、あんたは最高の上司ですね。

死にかけの部下をモルモットとして売り飛ば

しましたか」

「どぶネズミのように死なせるよりはマシか

と思いましてね、川が汚れては大変です」

 川。その単語で、思い至る。椛は飛び起き

た。

「にとりは!? 無事なのか!?」

「血を吐きながら叫ばないでください、また

着替えなきゃいけなくなるでしょうに」

 仰け反った文は顔をしかめ、そして脇に移

動する。

 隣のベッドでは、にとりが静かに寝息を立

てていた。

「彼女のことは心配ありません、明日には目

を覚ましていますよ。厄神は彼女の家の留守

番を任されてくれました」

「……なんで私より軽傷なのに、私より目覚

めるのが遅いんですか」

「あなたの生命力がおかしいんですよ、ゴ○

ブリ犬。まぁそれはそれとして……」

 文は椛のベッドに腰掛け、半身を振り返ら

せて目を合わせてくる。

「今回の一件でのあなたの処分は、無期限の

謹慎、という軽いもので済みました。異変で

もないのに妖怪の山で好き放題した霧雨魔理

沙の責が大きく、博麗の巫女も大天狗さまも

それで納得しています」

「……だとしても、博麗の方が納得している

とは意外ですね」

「さて、もしかしたら誰かの口添えがあった

のかもしれませんね。んで――」

 べちん。

 突然、文に頭をひっぱたかれた。しかも割

と本気の一撃だった。痛い。

「いきなりなにをする!」

 椛は両手で頭を抑え、涙目で睨みつけた。

 しかし見下してくる目はそれ以上に冷やや

かだったので、椛の方が身をすくめる。

「ヒトがプレゼントしたものを早速なくすと

は何事ですかねぇ。あれ結構な上物だったん

ですよ? 遠回しな嫌がらせですか?」

「な、なに?」

 椛はベッド周りの床に目を向ける。

 あるのは患者用と思われるつっかけのみで、

下駄はどこにもない。

 そしてこの文の言動から察するに、院内の

別の場所にあるというわけでもなさそうだ。

 つまり、なくした。

「その……ごめんなさい」

 椛は、頭を下げる。

 大嫌いな上司相手に屈辱的だったものの、

今回に限っては、椛が十割悪いので仕方がな

かった。

「あの弾幕ごっこの最中になくしたのかもし

れない。ちゃんと探しておきますから――」

「いや、もう良いですよ」

 はぁ、とため息をつく文。肩をすくめる。

「落としたのだとしたら気づくでしょうし、

きっと霧雨魔理沙のスペルカードで蒸発して

しまったのでしょう」

「そうですか……」

「そーれーにー」

 文が顔を寄せてくる。椛はのけぞり、両手

を体の後ろについた。

「あげた分と、それをなくされた分と、下駄

ひとつでふたつも貸しが出来たわけですから

ねぇ? どうこき使ってあげようか、今から

楽しみですよ」

 この鴉天狗、ムカつくほど良い笑顔である。

 椛は頬とこめかみをヒクつかせたが、口を

閉ざして俯くしかなかった。パシャッ、とシ

ャッターの音も聞こえたが、我慢する。今回

は。今回だけは。

「さてさて。私は失礼しますよ、どこかの誰

かさんがやらかした事後処理諸々も残ってい

ますからねぇ」

 文は立ち上がり、そのまま病室の出口へと

歩いていく。

「っと、もうひとつ」

 しかし扉に手をかけたところで、足を止め

た。

「守矢神社の件については、上から許可が下

りました。あと、謹慎も妖怪の山から出なけ

ればそれでいいので、あとは好きになさい」

「……文さん」

 椛の声で振り返った文は、とても不愉快そ

うだった。空気読め、的な顔をしていた。

 普段ならそこに皮肉でもぶつけてやるが、

今日はそれを飲み込んでおく。

「……あんたのことは大嫌いですが、良い上

司だとは思っていますよ」

 文は目を瞬かせる。素で返されると急に気

恥ずかしくなり、椛は舌打ちを鳴らして目を

背けた。

 程なく、くつくつと、押し殺したような笑

みが聞こえてくる。

「お礼も素直に言えないのですか? 恥ずか

しいですか? もみもみ可愛いー」

「うるさい! さっさと行け!」

 椛が投げた枕を回避した文は、思う存分に

笑ってきた。言うんじゃなかった。

「それとですね」

 そして文は、去り際のウィンクと共に言葉

を残す。

「奇遇ながら、私も同意見ですよ。大嫌いな

椛」

 

 

 

 

<14>

 

 それから、数日後。

 無事に全快したにとりは、妖怪の山上空を

飛んでいた。

 椛にお姫様だっこされる形で。

「あ、あのさ椛」

「うん?」

「やっぱり、その、恥ずかしいんだけど…

…」

 体を縮こまらせて、両手は胸元で絡めた状

態。まるで赤子のような格好のにとりである。

 顔が真っ赤になるのを隠すことも止めるこ

ともできず、椛の顔を見上げるだけだった。

「仕方ないでしょう。にとりの飛行リュック

とやらは直っていないようだし、この連なる

山々を徒歩で進むなんて日が暮れてしまう」

「それはそうだけど、それならおんぶとか…

…」

「常ににとりの姿が見えていないと不安だか

ら。いざというとき守ることもできない」

 真顔でそんなこと言われたら、更に顔が熱

くなる。せめてもと、帽子の鍔を引き下げた。

「そ、それでさ、結局どこに連れてくつもり

なの? この辺りって、あたしが入っちゃダ

メだった気がするんだけど」

「守矢神社」

「あ、うん――えっ!?」

 にとりは上体を起こし、周囲を見渡す。

 もうとっくに『入っちゃダメ』ゾーンを通

り越しており、天狗やら、初めて見るけど明

らかに強そうな妖怪が周辺を飛んでいた。そ

してすごく見られていた。

「え、ええ、え、ま、まずいよ、まずいっ

て! 椛まで罰受けちゃうよ!?」

「問題ない、許可は取ってあるから」

「どうやって!? 簡単に取れないんじゃな

かったの!?」

「まぁ……私が頭を下げることで、膝をたた

いて大爆笑しながら写真を撮って大喜びする

上司がいるから」

 なんて話しているうちに、神社へと到着す

る。

「わぁぁ……」

 にとりは感嘆の声を漏らしていた。

 外界の木造建築物なんて殆ど見たことがな

く、にとりのエンジニア魂がくすぐられた。

驚きとか困惑とかはひとまず置いておいて、

目をきらきらさせて鳥居や本殿に目を向ける。

着地して早々に建物へ駆け寄り、構造を分析

していった。

「わ、すごい。本当に接着剤とか釘を使わず

に……かみ合わせだけで、こんなに頑丈に作

れるなんて。前時代的なのは仕方ないけど、

この技術はあたしも応用を――あ」

 一通り満足したところで、にとりは椛を振

り返った。

「もしかして、あたしが建物を見てみたいっ

て言ったのを覚えててくれたの?」

「ん。まぁ、それもあるけど……」

 椛は曖昧に答えながら、辺りを見渡してい

た。誰かを捜しているようだった。

「くそ、なんでいないんだよ。打ち合わせと

違うじゃないか……」

 なんて呟いてる。

 そういえば境内には誰もいない。この神社

の関係者らしき人影も、参拝者もだ。

 打ち合わせってことは、椛が人払いをした

のだろうか。

 にとりにゆっくりと建物を見せるため?

 にとりはパタパタと椛の前に駆け戻り、下

から顔をのぞき込む。

「椛。どうかした?」

「あ、ああ、まぁ……」

 椛はなぜか顔を赤くして言葉を濁し、そし

て思い出したように「ああそうだ」と、手を

打つ。

「私に聞いてほしい話があるのでしょう? 

にとり」

「ひゅい? え、何の話?」

「いや、ほら。お前があの白黒に撃墜された

ときの……」

 ――ぼふん、と赤くなる顔。

 そういえば、なんか、いろいろ言った気が

する。

 途端、にとりの方がしどろもどろになり、

目をぐるぐるさせて、両手を無意味に動かす。

 吹き抜けた強いつむじ風がツインテールを

激しく揺らして、混乱を煽りたててくる。

「あ、や、えと、それはね、ええと……」

 伝えたいことと言えば、告白なわけで。

 あ、でもここは守矢神社なんだし、ちょう

どいいと言えなくもない。

 しかし、しかし、椛は文と。下駄だって―

「あ、あれ、椛。下駄、前のに戻したの?」

「ん、あぁ。あの白黒との戦いで紛失したみ

たいで…」

「そっか」

 けど、にとりの下駄を渡そうにも、その白

黒との戦いでなくしてしまったようだし。

 椛が床に額を擦りつけて一時間に渡って謝

ってきたのを思い出すと、これ以上この話題

につっこむのは危険かもしれない。

「にとり、なにか落としてるよ」

「ふぇ? ――はひ!?」

 自分の足下に目を向けて、また変な声をあ

げてしまった。

 そこにあったのは、あのとき、霧雨魔理沙

に奪われ、失ったはずの箱だった。

 形はとても歪んでいて、湿り気すら含んで、

ほぼ原型を留めていないけれど、用意した本

人であるにとりにはわかった。間違いなかっ

た。

「えっ、えっ!? なんで? なんで!?」

「急にどうした。にとりのものじゃなかった

の?」

「そ、そういうわけじゃないけど! ちょっ

と待っててね、タイム!」

 にとりは頭の上で両手で『×』を作ってか

ら、椛に背を向けてしゃがみこむ。そして箱

の中身を確認する。

 間違いなく、にとり印の下駄が入っていた。

内箱は頑丈に作ってあったので、下駄そのも

のに被害はない。

「すごい。これが守矢の奇跡パワー……?」

 あとで財布の中身をすべて賽銭箱に入れよ

うと、心に決めた。

 

 ……しかし。

 ここで下駄を渡して、まるで文の好意の隙

をついたみたいで卑怯じゃないだろうか。卑

怯に思われないだろうか。

 そもそも、下駄を渡しても迷惑なだけじゃ

ないだろうか。

 それに守矢神社に行きたいってワガママま

で叶えて貰ってるし。これ以上は図々しいん

じゃ。

 じゃあ、いっそのこと渡さない方が良いの

かもしれない。

 変な空気になるくらいだったら、やっぱり

……。

 

 後ろから、小さなため息が聞こえた。

「にとり」

「ひゅい!?」

 まずい、呆れられた?

 にとりは飛び上がり、おそる、おそる、振

り返った。

「言ってみて?」

 しかしそこにあったのは、椛の穏やかな苦

笑いだ。

「にとりに何を言われようと、私がにとりか

ら離れることはない。約束する」

「ほ、ほんとに?」

「うん」

「ほんとのほんとに?」

「『離れてくれ』とか言われなければ、ね」

 それはないない絶対無い、にとりはぶんぶ

ん首を横に振る。

 それなら。

 それじゃあ。

 少しだけ、わがままになってみても、良い

かもしれない。

 それに今は守矢の奇跡パワーがあるのだし。

 にとりは大きく息を吸って、吐き出した。

「あ、あのね!」

「うん」

 そして、にとり印の下駄を差し出した。う

つむいたまま、だけれど、声だけは張り上げた。

 

「こ、これ! あたしからの気持ちです!」

 

 

 

 

<15>

 

「にとりちゃんったら、下駄渡されて『私の

気持ち』って言われても困るでしょうに。あ

あ、でも、そんな情けないにとりちゃんの姿

がたまらなくゾクゾクする……厄い、厄い

わ」

「あなた、本当はあの河童のこと嫌いでしょ

う」

「いいえ、愛してるわよ」

 守矢神社の屋根の上。

 雛は文とともにうつ伏せになって隠れてお

り、二人の様子をうかがっていた。

「そういう文ちゃんこそ、あんたの功績を全

部守矢パワーとして解釈されちゃってるじゃ

ない。いいの?」

「別に良いですよ、たまたま拾ったのを持ち

主に帰しただけです。……それで?」

「うん?」

「わざわざ隣に並んでるってことは、何か言

いたいことがあるんじゃないですか? 厄神

さま」

「あら、聡い子ね。聡い子は嫌いよ。元々大

嫌いだけど」

「ご心配なく、私もです」

 雛は首の前で結んだ髪をいじりながら、文

を横目にする。

「まずはお礼を、ね。風祝の子を裏の納屋に

監禁してくれたのはあんたでしょ?」

「あやや、それはお互い様で。あなたこそ守

矢神の二柱に話をつけてくれたようで、手間

が省けました」

「崇めてもいいのよ」

「ハハッ、面白い冗談ですね。あなたの為に合わ

せるくらいなら手首から斬り落とします」

 そこまでは、和やかに微笑みあう。

 しかし、直後。雛は眼光の温度を一気に下

げた。

「あとはね。今回の元凶に釘を刺しておこう

かなぁ、ってね」

「はてさて、何の事やら」

「前に、にとりちゃんの家に取材にきたのは

……たぶん椛ちゃんの意中の人を観察しにき

ただけ、だったのでしょうけれど」

「ええ、当たりです。河童と聞いて心配でし

たが、良い子そうで安心しましたよ」

「あのときにはもう、守矢の風祝を博麗にけ

しかける算段が出来ていたのでしょう?」

 ぴくり、と文の肩が小さく震えた。

「この山で信仰率調査なんてしても、ほぼ守

矢一択になるに決まってるじゃない。それな

のにさもや幻想郷中に需要があるかのような

記事にして。幻想入りして間もない風祝が勘

違いするよう仕向けたんでしょう? 現に彼

女が博麗にちょっかいを出したことが、今回

の騒ぎの原因だったみたいじゃない」

「さぁ、て」

「誰にとって守矢が害になると思ったんでし

ょうね。そういえば、あなた随分と博麗や白

黒魔女に肩入れしてるらしいわね。今回の椛

ちゃんの処罰にしたっておかしいわ。本来、

罰を受けるべきは侵入者の魔理沙のはずよ。

――上手いこと矛先をずらして、一体、誰に

どういう口添えをしたんでしょうね」

「……で?」

 雛と文の視線が、正面から激突する。

 雛は冷徹な目で見下し、文はどこか楽しげ

に目を細めて。

「仮にそうだとしたら?」

「……どうもしないわ。にとりちゃんも椛ち

ゃんも無事で、守矢だって博麗と和解した。

結果だけ見れば誰も傷ついてないもの」

 あの白黒魔女は自業自得だけどね、とだけ

付け足す。

「あやや、それならよかった。あなたが理解

ある神様で助かりましたよ、えぇ、本当に」

「それほどでも。カードを切るタイミングを

誤りたくないだけよ」

「それはそれは、脅しですか?」

「つまりあんたは、コレが弱みだと自覚して

るのね。うふふ」

 しばし、にらみ合う。

 しかしどちらともなくため息をもらして、

境内へと視線を戻した。

 さて、どのようなやりとりがあったのか。

 にとりと椛はふたりして顔を赤くして、互

いにしどろもどろ、と言った具合である。

 とても初々しい反応だった。

 が、文は屋根をバンバン叩く。

「ああもう、歯がゆいですね。キスなさい

椛! 舌入れて! さぁ、さぁ!」

「うるさいわよ、カラス。下品だわ」

 やれやれ、なんて雛は首を振る。

「……しかし青春してるわねぇ、にとりちゃ

ん達」

「羨ましいんですか?」

「まったく、と言えば嘘になるわね」

「そうですか。あ、そうそう」

 つい、と。文は雛の前に手を差し出す。

「よろしければ、差し上げますよ」

 雛は文の手と、文の顔を交互に見比べ、目

を細めた。

「気遣いのつもりか、嫌がらせか。間違いな

く後者でしょうね、厄いわ」

「あら、どうしてそう思うのですか?」

「だって、それ――椛ちゃんのお古じゃな

い」

 その指先がぶら下げているのは、黒壇の下

駄だった。

 

 終




 実際にこれを執筆したのは随分と昔のことで、初めて書いたSSでもあります。
 書きたいこと、伝えたいことを伝えられるといいな…と思い始めるきっかけとなりました。

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