Dark & Light Blues   作:沖田十三郎

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えぇっと、前回更新する予定だった分を分割しました。
本来は今回更新分も含めて「①」になるはずだったんですが、時間が掛かりすぎてしまったため、予定を変更させて頂きました。

また、前々回更新した①の方も、追加分を補填いたしましたので良ければご覧ください。
それでは、遅れてしまって申し訳ないと思いつつ、前章の前半戦の後半をお送りいたします。

<改訂に際して>
旧版の「①」の後半にあたる内容になります。


前章 逃走者と追跡者と ② (改訂版)

●S‐3

 

 肌に感じる空気は夜の気配が濃くなるごとに湿り気を強くし、雨の匂いは強い風の流れに運ばれて森中に充満していた。動くたびに感じる湿気は、今はもうここが陸地であることを忘れそうになるほどに濃くまとわりついてくる。

 視線を下げれば樹木の足元は浅い沼地でしかなかったはずが、川のごとき轟々とした水の流れに変貌している。右上方へと視線をやれば、頬を濡らす雨が森林内部の特殊な構造に巻き上げられて龍の如く立体的に空間を往く川となって躍動していた。ただ、まだ総雨量は多くないためか中空を流れる(ゆく)水流の龍は向こう側が透ける程度の密度しか保っていないのは、ある意味せめてもの救いと云ったところだろうか。だが、頬を打つそれの勢いは刻一刻と時の刻みが進むごと強くなっているのが嫌でもわかる。

 今はまだ向こうが透けて見える水龍も、こうして見、そして僅かに視線をずらしてから視線を戻せばその濃さに変化がある以上、本格的に向こうが透けなくなるのも時間の問題だ

「――ったく、本格的に降ってきましたよ。」

 足を止めずに漏れたぼやきにはやけっぱちの色があった。声質は儚げで柔らかく、多分に憂いを秘めていた。眼前を力なく睨む瞳は幾つもの蒼を混色した深い海色(オーシャン・ブルー)、紅を差したわけでもないのに艶やかに光る唇は血色のいい薄桃色。風に裾を羽撃(はばた)かせた外套から見え隠れする線の細い体は、しかし引き締まった筋肉によるものだと云うことが枝と枝の間を疾走する姿から窺えた。

 続く疾走の中にあって見る間に、否。少し目を離した隙に先刻まで向こう側を見透かせた水流の龍はすでに透けてみる事はできない確かなものへとなっていた。

 厚い枝葉の層を抜けて落ちてくる雨は、先ほどまでと比べて格段に勢いが増しているのが分かる。

 鼻先を掠める雨の匂いから推測した時間より、雨の勢いの増す速度は幾分か早い。

 気が付けば緋のスポットライトは鳴りを潜め、本格的に夜の帳は落ちようとしている。

 ここまでくれば、いつ土砂降りの大雨と逆巻く突風が吹き荒れてもおかしくはない。

 それに、時期が時期だ。

 そもそもアーエルに立ち入ろうとする行為自体が間違っている。

 時折現れる木々の狭間(はざま)からかろうじてのぞく真っ赤な空の一部には禍々しい黒――荒々しく猛る入道雲が見えた。

 ぽつぽつと、もはや無視できない勢いのついてきた滴(しずく)がの群れは、およそ容赦と言う言葉を忘れたようだった。まだ土砂降りと呼ぶような勢いには至っていないが、それは見るからに時間の問題だ。足元の木肌は段々と滑り気を見せ始め、足場は悪くなる一方な上、宙を泳ぐ水精の姿すら散見できる。

 ―――だと云うのに。

「…………これは本格的にまずいですね。」

 後方生い茂る古代樹の連なりと針葉樹の対比(コントラスト)が彩り、もはや沼とは言えない激しい水の流れから吹き上がる霧で見えないはずのそこを、青年は嘆息しつつ(呆れながら)睨みつけた。

 追い手の数は、総数で三〇ほどか。

「よくもまぁ、この状況で追いかけっこを続ける気になりますよね。信じられない胆力です。」

 呟く声に張りはなく、疲れや呆れの感情が強く滲んだ声音だった。

「それにしても。」

 と、視線をわずかに後方にずらし、

「まったく飽きもせずに、よくやるものですよ。」と。嘆息と共に声を吐きだした。

 それと共に、周囲にあって一際太く、どっしりとした樹の、まるで大樹の幹の様な太さのある枝に飛び移り、足を止めた

 逃走はもうやめだ。どうせ追いかけっこを止める気がないのなら、と。

「こちらから出向いて追いかける気すら起きないようにしてやるのが手っ取り早くて良さ気です。」

 即ち、いままで走ってきた道に対し、全速での進撃を開始したのである。

 天に頂く柘榴の実は狩り時で、もう本当に間もなく落ちるだろう。そうなった時、この森に届く光源は木々に生える光苔程度だ。そんなものを光源と呼ぶことのできる種族は限られているし、残念ながら彼にその能力はなかった。

 だからこそ、早期に敵の芽を摘む必要があった。

 日暮れまで、時間はもうほとんど残されていない。

 それに、問題は他にもある。何よりも切実な理由。それが今の季節であり、先ほどから頬を打つ雨だ。頬に伝う水滴は、幻でも何でもない。

 つまり、

「よりにもよって今の季節…それも満月の夜(今日)でなくともいいでしょうに。今夜は……大荒れですよ。」

 と、いうことだった。

「確実にこの辺りは嵐のまっただ中になるはずです。そうなる前に片を付けないと…」

 呟きに混じる諦観の色が、ハッキリと嫌悪のそれに変わった瞬間だった。

 幼さを残した顔付きも含め、女性的と表現する他ない容姿をした彼は、街中にあれば誰もが見惚れ、振り向くだろう。そしてその事は二重の意味を持っていた。彼の容姿のうち、特に特徴的な木の葉のように長い耳。エルフと呼ばれる者たちの特徴だ。森と共に生を歩み、その滅びと共に消えてゆく種族。一般には森の精としての認識の強い聖魔族である。その容姿を持つ彼はやはり人よりはそちら側に属していて、故に森の中での戦闘であれば彼に敗北の二文字はないはずだった。

「ったく。厄日です。」

 それもこれも、ここがアーエルの森でなければの話。神域であるここにおいては種族の差などあってないのと同じであり、それはつまりエルフだとか人間だとか、そんなのはほとんど関係ないのである。

 どんよりとした視線はずらさず前を睨んでいる。口の端を歪めて呟きを漏らしても、集中に乱れはない。

 そうして踏み出した一歩。しかしその数瞬の後、踏み出した姿勢を無理やり捻ってよろけさせた。瞬く間もなく彼が元いた空間が内側へ向けて収縮していく。

 太い枝の表面は、パリパリと音を立てて抉れ、僅かに幹と繋がっていた部分は枝の重さ故の自壊と共にバキバキと嫌な音を立てながら折れてひしゃげ、捥(も)げ逝くのがはっきりと見えた。

 そして同時に、森全体から怨嗟にも似た啼き声が聴こえてきた。

 首に一筋、嫌な汗が流れる。

 言葉もなく、飛び移る事もなく避けたその場所が落ちてゆくのを視界の端に捉えながら、森中から響く声を耳に捉えながら、空中にあるわが身に対して猛烈な速さで吶喊(とっかん)してくる気配に警戒を向けた。ただ一言、ぼそりと呟くことは抑えられえなかった。誰の耳にも届かなかったその呟きは「殺してやりましょうか」だった。

 柘榴の実は落ち、夜の帳の幕が上がった。

 




あとがき

さて、前回タグについている『ARIEL式構成法』について解説すると言ったままやれなかったので今回やらせてもらおうと思います。

…あ、でもそれについては明後日(5月18日)の夜までに書いて載せます。
先立って本編の更新までに。

それではまた。

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とかなんとか書いておいて今この追加部分書いてるの6月20日です。
自分の言葉はできるだけ守りたいんですが、どうにもこうにも。
ってか、久しぶりにチェックしてみたらお気に入り数が3に増えていた!
一人はリアルでも10年近い付き合いの友人なのですが私とは元来縁(えん)も所縁(ゆかり)もなかった人に「更新されたら読みたいな」と思ってもらえるというのは何かこそばゆいと言うかなんというか、嬉しいものです。

ってなワケで前章の後半は現在執筆中です。
もうちょい待っててください。
なんとかします。
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