precious memory   作:すーぱーおもちらんど

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久しぶりの更新です。

新章です。

短いです。

おもちです。


第二章
野蛮×聖地×闘技場


「うーわ……」

「おほーっ」

 

 表裏のような反応に、二人は互いの顔を見合わせる。

 

「これはまた随分と……」

「たっかいニャあ!」

 

 眼前に聳え立つ巨塔を前に、エレノアの頭上には疑問符が舞っていた。

 大地に突き刺さる巨槍? 雲を突き抜ける巨木?

 何れに例えても決して誇大ではない。

 一体どれだけの歳月をかければ完成するものか。何が目的でここまで大きくなってしまったのか。地震が起きたら倒壊しないのだろうか。消防車の梯子はどこまで届くのだろうか。次から次へと浮かび上がる不条理的な光景に、エレノアは目頭を押さえてかぶりを振った。

 対象的にピトーは目を爛々と輝かせている。

 それは今に始まったことではなく、飛行船から降りて間もなくのことだ。

 出口を抜けてピトーたちを出迎えたのはペイジンとは比にもならない程のヒト。人。他人。

 そして二人の存在をあざ笑うかのように幾重にも伸びる高層タワー。ビル。ホテル。

 その情報量ときたら、目に飛び込むもの全てが新しいものばかりで、ピトーは体を大いに弾ませた。

 

「ノア! あれ! あれ登りたい!」

 

 一際目立つ高層ビルに攀じ登ろうとしたり、

 

「あのくるくる回ってるのはなに!? あれは登っていいの!?」

 

 観覧車を見ては飛び跳ねたり、

 

「ご飯! あそこご飯売ってるニャ! あ、あそこにも!」

 

 屋台を見つけてはとエレノアを引っ張り回す。兎に角忙しい限りで、目的地にたどり着く頃にはエレノアはすっかり疲労困憊といった様子だった。

 それでも尚、彼は決して頭ごなしに彼女を怒ることはしない。一つ一つ丁寧に説明し、自分の知る上での知識をピトーに披露した。その度にピトーは楽しそうに走ってはエレノアの手を引く。それが彼にとって、心地が良かったのだ。人を憎み、忌み嫌う彼女が他の文化に興味を抱いているという慊焉たる現状に。

 王を見つけるという目的を見失っているわけではない。だが、願わくばこの旅を通じてもっと世界に目を向けてほしい。共に見て、触れて、感じて。そうして王の下へ辿り着く頃には、きっと考え方も変わっているはずだ。そんなエレノアの願いが僅かに届いた瞬間だったからこそ、不満や苛立ちという感情は湧かなかったのだろう。

 ――とはいえ、

 

「これは登っても!?」

「言わずもがな」

「やっほー!!」

「いやいや待て待て!」

 

 壁に飛びつこうとするピトーの首根っこを抑えて、ずるずると引き戻す。

 

「あ゛ーっ」

「騒ぎを起こすと色々大変なんだって。高い所に登りたくなる気持ちはわかるが、ここは我慢しろ」

 

 じたばたと駄々をこねるピトーに対し、エレノアは介さず入り口へと引きずっていく。

 

「けち! 少しぐらい良いじゃないか!」

「良くない。騒ぎを起こしたら面倒になるだろ」

「こんなのお預けもいいとこだ! ボクはペットじゃないんだぞ!」

「分かってる。俺だって我慢してんだよ。後々時間は作ってやるから、今はやるべきことをやろうぜ」

「うぐ……ッ」

 

 冷静に正論で返され、ピトーは悔しそうに口を紡ぐ。

 諦めたかと思えば不満で鼻を鳴らし、気を腐らせぶつぶつと――

 

「…………?」

 

 ふと、上空に小さな違和感を覚える。

 それまでの蟠りが、すっと膜が一枚剥げ落ちたように消え、一も二もなく、ピトーの意識はそちらへと傾いた。

 

――あれは……。

 

 この距離からではハッキリとは視認できない。しかし、明らかな圧を感じる。粘り気というか、ほんの少しだけ空間が歪んでいるような。――そう、以前空から龍と共に舞い降りた奴らが発していた、あの似たような感覚に近い。

 

――間違いない。使える(・・・)奴がいる。

 

 技量の程は図れない。円で索敵すればそれも容易ではあるが、エレノアの手前それは思い止まった。

 何より優先すべきことはエレノアに被害が及ばないこと。彼は念が使えない。ピトーは他人に対し未だ寛容な性格にはなれないが故、警戒心のレベルは下げたとしても、同じように使える人間が現れたのであれば話は別だ。

 第六感から察するに、強敵ではない。自身と同等、それ以上の実力者であれば察知した時点で向こうも気づいている。『絶』を使うか何かしらの行動に出るだろうが、そんな様子は伺えない。ならば現状は様子見でも問題はない……?

 仮に襲われても全快している今ならば安易に殲滅できる。複数でも一掃することは難しくない。だが、自負心に溺れてはいけない。

 今回は自身の身が危ういわけではないのだ。寧ろ危険なのは……。

 ピトーは引かれながらも、守るべき彼の後姿をちらりと見た。

 

 

 

 

「天空闘技場へようこそ! 参加希望の方はこちらへお並びください!」

 

 溌溂とした女性の声がメガホンを介して、キィンと会場を響かせる。

 二人が中へ入ると待っていたのは、蛇のようにうねる列と、がやがやと聞こえる騒がしい会話。そして、

 

「うーわ……」

 

 エレノアは、この日何度目の筆舌に尽くしがたい光景に見舞われたのだろう。

 筋骨隆々な男たちが、仏頂面で二人をギロリと睨みつける。それも一人や二人どころの話ではない。

 二メートルはあるであろう巨躯の面々たちが首をゴキリと鳴らし、威嚇と形相を向ける。細身の者もちらほらと見えるが、佇まいが常人とは明らかに違う。服装や雰囲気からして、何かしらの武芸を修めているように見て取れる。

 ぴりぴりと焔のような警戒心を発している彼等を見たエレノアは、尻がむず痒いような居心地の悪さを覚えた。

 

「なぁ、俺たち場違いな気がするんだが……」

「…………」

「……ピトー?」

 

 エレノアが辺りを気にしながらピトーに囁く。ところが、ピトーは天井を険しい表情で見据えたまま動かない。

 気づいていないわけではないようだ。束の間、ピトーは当てがはずれたかのように手を頭の後ろで組んで、溜め息を漏らした。

 

「多分はずれかニャぁ……」

「え? なにが?」

「上に使える奴らがいるんだよね。何人か」

「……わかるのか?」

「なんとなく。ぼんやりとだけど」

「もしかして……」

「彼じゃないと思う。でも、うーん……」

「なんだよ、ハッキリしないな」

 

 口元に手を当てて、気難しそうに考えるピトーに、エレノアは煩わしさに顔を顰める。

 

「何人ぐらいいるんだ?」

「感じからすると、二十人ちょっとぐらいかニャ。もう少しいるかも」

「そんなにか……。んで、強いの程は?」

「そこまではわかんニャい。前にも言ったけど、念は意図的に消したり抑えたりできるからね」

「そういえばそんな事も言ってたな。俺には全然わからん……」

 

 エレノアも同じように天井を見上げるが、なんの気配も感じられず、はてと首を傾げる。

 

「――って、ここにいる奴らはどうなんだよ。いくらお前でも無傷ってわけには……」

「雑魚以下かなぁ。運動相手にもならないニャー」

「お、おい……」

 

 態と聞こえるように言ったのか、無自覚にぼやいただけなのか。エレノアが慌てて肘で小突くも既に遅く、ピトーの挑発ともとれる発言に周囲からの注目が一気に集まる。

 刺さるような視線が二人を囲む。が、ここでの争いはご法度なのか、睨みつけるだけで誰も近寄ったり手を出したりはしなかった。

 エレノアはほっと胸を撫で下ろす。その後程なく、一部始終を見ていたのか、太陽のロゴマークを象った制服の女性が歩み寄り、弱りきった様で言った。

 

「あのぅ……そう言った挑発的な発言は控えていただきますと……」

「す、すいません」

 

 エレノアは平謝りしながら、ピトーの後頭部を掴んで強引に頭を垂れさせる。驚きに白百合の尻尾がぴんと立つ。

 

「闘技場以外での争い事は堅く禁じておりますので……。発覚した場合即失格や最悪の場合出入り禁止もありえますので、気をつけて下さい」

「わかりました。以後気をつけます」

「……貴方たちは、ご登録がお済ではないようですね。参加希望されるのでしたら、あちらへお並びください」

「あぁ。いえ、俺たちは――」

「はいはーい! 並びまぁす」

 

 エレノアが気難しい顔で手を振ろうとした瞬間、ピトーが割って入り、そそくさと袖を引っ張った。

 

「あ、おい! まだ参加するって決まったわけじゃ――」

「もう遅いよ」

「もう遅いって……何がだよ?」

 

 まるで注目を避けるかのように列の方へとエレノアを引っ張ってゆく。よろめきながらもついて行くが、その引く強さから、好奇心や珍しい物見たさといった類のものではいとエレノアは感じた。まるで在らぬ方向へ行く子猫を咥え導く、母猫のような姿にも見える。

 表情はいつも通りで、それ以外はこれといった変化はない。ただ、何かしらの緊張感を覚えたエレノアは自然と声を細くしてぽそりと呟いた。

 

「どうした……? なにかあったのか?」 

「見られてるんだよねぇ。さっきからずっと」

「見られてるって、誰にだよ」

 

 あたりをキョロキョロと見渡すが、周りの関心は既に薄れているように見える。誰も二人を見たり関心を抱く人物はエレノアの目からは感じられない。

 すると、ピトーはぴん、と人差し指で上を示す。視線はあくまでもエレノアだ。

 

「まさか……」

「うん。少し上の階から。じぃっと見てる」 

「大丈夫、なのか?」

「敵意はないと思うニャ。ボクと同じように感じるだけで、どこにいるか、誰がそうなのかまでは悟られてない」

「そもそもなんで俺たちを見る必要が?」

「強いて言うならボクのせいかも。ここ闘技場だし。強いって分かれば視察とか強襲とか色々したいんでしょ」

「強襲って……。それならとっとと出ていけば――」

「言ったでしょ、もう遅いって。今出て行ったら確実にバレるし、好戦的な奴なら襲われるかもしれないニャ。天空闘技場(ここ)の方がまだ安全だよ。争い事は禁止なんだから」

「だからなんでバレるって――ああくそ。聞きたいことが多すぎて頭の整理が追いつかん……」

 

 疑問符が疑問符を呼び、エレノアは頭痛に頭を抱える。

 ピトーはそれを見て「大丈夫?」と心配そうに覗き込み、憂わしげな表情で言った。

 

「とにかく、今はボクを信じて。後でちゃんと説明するから」

「……約束だぞ」

「約束ニャ」

 

 不審の眉を寄せるエレノアとは裏腹に、ピトーは嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませる。

 これで信じろと言うのだから不安にもなる。ピトーの口ぶりから察するにそこまで緊迫した状況ではないのだろうが、エレノア自身としても胸に引っかかる節はあった。理由は彼女のしぐさだ。耳はいつも以上にぴこぴこと動かして、尻尾は喜びに花を咲かせた表情と違ってぴりっと立たせている。

 これではまるで、初めてエレノアとピトーが出会った時のようだ。本人は表に出していないつもりなのだろうが、警戒と危険を察知しているのが見てわかる。例えそれが小さな挙動でも、共に生活し、彼女の世話をし続けたエレノアだからこそ察し得たのだ。

 ――彼女は、俺を守ってくれているのだと。

 

 

*

 

 

「天空闘技場へようこそ! 必要事項をこちらにお書きください」

 

 受付の女性はにこやかに笑顔を振りまいて一枚の用紙を差し出す。

 そこには性別、年齢、生年月日、闘技場経験の有無等の個人情報を書く欄がある。エレノアの両隣にはがっちりとした体格の持ち主がものの十秒足らずで書き終えて、続く廊下へと向かっていく。受付の話を聞く者など誰もいない。

 エレノアは一人だけ取り残されていく感覚に、酷く胸が落ち着かない。そんな様子を察してか、受付嬢は微笑みを向けて話しかけた。

 

「闘技場のルールについてご説明を受けますか?」

「あ、お願いします」

 

 言うと、受付嬢の顔に明らかな喜色が表れた。先ほどの微笑みが如何に営業スマイルだったのかが伺える。

 

「難しい条件は一切ございません! 手段を問わず、相手を倒した方が勝ちとなります!」

 

 ずいっと身を乗り出し、興奮気味にエレノアへ詰め寄る。

 先程までの規則正しく受付をこなしていた彼女とは思えない豹変に、エレノアは戸惑いながらも首を縦に振る。

 

「えぇと、質問をしても……?」

「はいなんなりと! あぁ嬉しいです! 大抵の人はルールも仕様も知っているので、私の話なんてちっと聞いてくれなくて……」

「そんなに有名な場所なんですか?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 ばちん! とテーブルを叩いて、受付嬢はさも自身が開祖と言わんばかりに胸を反らし、誇らしげに、早口で語った。

 

「地上251階! 高さ991メートル! 世界第四位の高さを誇る建物なんです! 一日平均4000人の腕自慢が世界中から集まる格闘技場で、通称『野蛮人の聖地』と呼ばれています! 観客動員数は年間なんと十億人以上! 勝てば勝つほどファイトマネーは鰻上り! 正に格闘技のメッカと言えるでしょう!! ああなんて素晴らしい……。血と汗握る、人生を賭けた強者と強者の戦い……。ここは、ここは天国です……」

「それは、その、凄いですね……」

 

 今日まで幾つもの『圧倒』がエレノアを襲ったが、後に彼女に一番圧倒されたとエレノアは言う。

 祈るように手を合わせ、焼け付かんばかりの無垢な憧れが周囲の参加者たちでさえも顔を引きつらせた。彼女がどこか遠くの世界へと向かってしまう前に、エレノアが「あの……」と遮ると、受付嬢は「あ……す、すいません!」と夢からさめたように意識を戻す。

 

「その、相手に深刻な怪我を負わせてしまった場合は……」

「最新の医療をご用意しておりますが、あくまでも自己責任です。責任は一切負いかねます」

「死なせてしまった場合は……」

「……はぁ? ここは闘技場ですよ?」

 

 さも当たり前のように、ぽかんとした表情でものをいう受付嬢に、エレノアは小さな悪寒のようものが走る。

 

「……殺す必要はないんですよね?」

「勿論です。戦闘不能な者に故意で攻撃を加えた場合は即失格の上、法に裁かれる事もございます。『死なせてしまった』というのはあくまでも不慮の『事故』に限り、です。参加される方々の目的は富と名声ですし、快楽で殺人を楽しむ場所はありませんから。また、50階クラスからはP&KO制となり、審判による判定によって勝者が決まります。ギブアップや試合放棄も認められていますし、戦闘を続行するか否かは本人の意思次第です」

「そう、ですか」

 

 和やかに、淡々と説明している裏に、エレノアは何か得体の知れないようなものを感じる。

 聞こえはいい。ルールも定められ、生殺与奪も明確に縛られている。だが、どうにも引っかかる節がある。不慮の『事故』と言うが、手段を問わないということは、殺意も一種の手段なのでは。相手を倒すことが目的なのであれば、ボクシングのようにテンカウントで十分なはず。これでは、裏を返せば致命傷を負った者が続行の意を示せば、死ぬまで戦ってもいいということにならないだろうか。それはまるで、闘犬や闘鶏といった娯楽のような――。

 

――それって……。

 

 情景が素早く脳裏に展開する。

 血は流れ、骨も砕け、満身創痍のそれだとしても、尚戦えと声援を送る観戦者。応援なんて生易しいものではない。戦っている彼も、見ている彼等も。結局求めているものはたった一つだけ。

 それが、エレノアにとって憤懣を感じないではいられなかった。

 

「…………」

「あの、大丈夫ですか?」

「……はい。これでいいですか?」

「あ、はい。確認しますね」

 

 差し出された用紙を確認した受付嬢は、軽く目を走らせた後、とある箇所に目が留まる。そして、用紙とエレノアを交互に見て首を傾げると、恐る恐る用紙を返し、一点を指してエレノアに尋ねた。

 

「あのぅ……ここ、性別が……」

「俺は代筆です」

「なるほど。参加希望の方は女性……ですか。参加自体問題はありませんが、ルールは性別関係なく適応されます。宜しいでしょうか?」

「本人からの了承は得ています」

「……では、参加者は用紙に記述してある階へ向かってください。放送にて番号で呼ばれますので、指示されたリングへ上がるようにお願いします。ルールの詳細は審判の方から改めて説明致しますので」

「わかりました」

「ご武運を」

「どうも」

 

 受付嬢の話など、最早どうでもよかった。

 話を終え、受付を抜け出す頃には、言いようのない憤りで体が震えていた。

 くしゃりと用紙を握り締め、名状しがたい不快感がエレノアの心を抑えつける。

 

――くそったれだここは……!!

 

 先刻から疑問に思っていたのだ。ファイトマネーの報酬があまりにも高額すぎると。

 これで、『野蛮の聖地』と言われる理由にも合点がいく。観客が多いのは、格闘技好きな者だけではないと察していたが、まさか――

 

――賭けてやがる……。人を金で勘定しているんだ……! 人を娯楽の道具としか見ていないんだここは!!

 

 初めこそ想像していたのは、純粋な声援と歓声が沸き立つ中で正々堂々と戦う戦士の姿。試合が終われば互いに握手を交わし、尊重し合う、泥臭くてもどこか清々しい場所なのだろうな、と。無益な争いを酷く嫌っていたエレノアにとって、そのような場所で戦うのであれば、まだ許せると高を括っていた。それが蓋を開けてみればどうだ。勝てば何をしても許されて、殺しても別に何ということはない。ルール上そうなっているだけであって、死んでもいいなら勝手にどうぞと言っているようなものだ。

 金を得たいのであれば、名声を得たいのであれば、賭けて(・・・)もらえるように踊らなければいけない。

 それが野蛮でなくてなんだと言うのだ。

 

「ふざけるな……!!」

 

 エレノアの、どうにもやりきれない戒めのような感情が、暗がりの壁を殴らせた。

 どかっと鈍い音が、体の芯まで響く。コンクリートでできた重厚な壁に傷などつくはずもなく、壁と拳の間から後を縫うように、赤い血がじわりと伝う。

 痛みなど憤怒が拭い去っていた。だがそれ以上に、胸がえぐられるほどの自責の念に駆られていた。天空闘技場の兇悪さに気づけなかった事に関してでは、ない。それを知りながら、尚彼女に頼ることしかできない、自分の不甲斐の無さ故であった。

 

――何がお前だけの王になる、だ……。結局、俺はあいつに……。

 

 エレノアは、悔しさに耐えるように、唇を噛みしめた。

 

 

*

 

 

「あーあ、探検する前にエレノアからお小遣いもらっておけば良かったニャぁ……」

 

 並ぶことに耐えかねたピトーは受付をエレノアに託し、列の外へ飛び出していた。

 闘技場の外周には出店も並んでおり、活気のいい掛け声とそそる匂いがピトーの腹をくぅと鳴らせる。

 文無しと分かりつつも、一縷の望みに賭けて、ポケットをごそごそと弄ってみる。僅かな小銭が顔出すが、合わせて飲み物一本分にしか届かない程度だろう。何を買おうにも足りないような金額に、とほほと溜息をついた。

 

「いらっしゃいませー! こちらアイスの試食やってまーす! いかがですかー!」

「あはぁー! アイスー!」

 

 女性の活気溢れる声に、ピトーの目はきらりと輝いた。

 一目散に駆け寄ろうとしたその瞬間――

 

「うわぁぁぁん!!」

「んニャ?」

 

 一人の少女が壁際で蹲り、人形を抱えたまま堰を切ったように泣き咽いでいるのが目に映る。

 見立ては五、六歳程。白いワンピースの裾を握り締め、一人寂しく嗚咽を漏らす姿に、ピトーは一瞬足を止めた。

 

「間もなく試食が終了しまーす!」

「ニャニャニャ……!」

 

 試食を配る店員に客が群がり、瞬く間に減ってゆく。今すぐ向かえばまだ間に合うかもしれない。

 ピトーは僅かに歩を進める。が、すすり泣く少女の声が、陽照りで乾いた大地が雨に吸いこむように、胸にヒタヒタと染みこんで離れない。

 別段助けたいという意思はないのだ。何れ誰かが見つけて何とかしてくれるだろう。ここには人がたくさんいる。自分が無視したって問題はない。それよりも今はアイスで、最早一刻の猶予も許されない。

 

 ピトーはつんのめるようにして歩く。決して振り向いてはいけない。自分が関わって良いことではないのだから。

 ピトーは自分の足音に追われるように歩く。決して手を差し伸べてはいけない。自分に人を助ける義理はないのだから。

 

 

『何も違わねーよ』

 

 

「お前……何で泣いてるニャ……?」




今回も読んでいただきまして、ありがとうございます。

毎度の事ですが、全然進展していません。

一つ一つの描写を細かく書かないと気が済まない性格なのか、流れ的には闘技場について受付して終わっただけなんですよね。

一体何話で完結するのやら。

次回も不定期更新になります。

近況報告等はツイッターにてお知らせしております。
感想やフォローいただけると凄く嬉しいです。
批判はやめてくださいしんでしまいます。

@Ricecake_Land
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