代わりにとはなりませんが、ご要望もありましたので暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです。
「こら、早く口開けろ」
「いやだ! それはもう食べたくないニャ!」
「まったく……」
口元に差し出されたニンジンに対し、ピトーは唇を固く閉ざして視線を背ける。
体が思うように動かないピトーが示す全力の抵抗にエレノアは我侭な子供に呆れ果てるような表情を見せた。
「なら、これはどうだ?」
「……なんか青臭い」
「そんなことないぞ。甘くて美味いんだこれは」
代わりにとフォークに刺した野菜を苦々しい表情で嗅ぐが、エレノアはまったく問題ないと言わんばかりに自身の口の中へ放り込み、モグモグと噛み締めるように堪能する。
「んん! やっぱり美味いな!」
「ほ、ほんと……?」
「ああ、これ食べればすぐ元気になる」
「さっきもそう言ってニンジン食べさせたじゃないか!」
「今度は本当だって。ほら、あーん」
「……う、うぅ……」
恐る恐る開けるピトーの口の中へ、エレノアはソレを放り込む。
「な、美味いだろ?」
「…………」
エレノアの投げかけた言葉にピトーの返答はなく、みるみるうちに冷や汗と青ざめた表情へと変わり――
「…………」
「ん? お前もしかして……」
租借する様子や野菜を噛み砕く音がまるで聞こえない。
そう、ピトーにわかってしまったのだ。口に含んだ瞬間に伝わる酸味と苦味。最早噛むまでもなく、この上なく苦い食べ物だと。
そんなピトーの心中など意に介さず、エレノアはニッコリと微笑み、
「ちゃんと、噛め」
「……んぐっ……ん――ッ……」
首をフルフルと横に振り、耐えかねたピトーがついに吐き出そうとした瞬間、
「吐き出したら毎日これだからな」
「――――ッ」
目が言っている。本気だと。
一週間一つ屋根下で暮していればそれなりに彼の性格もわかる。エレノアは、冗談は言うが嘘は決して言わない。
自力で食料を調達できるほど回復しきれていない床上生活のピトーにとって、エレノアの提供してくれる食事は命を繋ぐ唯一の手段だ。初日こそ妙な嫌悪感から突き放すような言葉を吐いてしまったのものの、嫌な顔一つせず介護してくれる彼がいたからこそこうして生き延びていると言っても過言ではない。
不満がないと言えば嘘になるが当分この生活が続くことはピトーも覚悟している。
だからこそ、今後の食事が全て野菜になるということは餓死よりも恐ろしい。
いくら拒んでもエレノアは食べさせる。あの手この手でピトーの口をこじ開けるだろう。つまり、
「~~~~ッ」
ピトーに抗う術など残されていなかった。
*
「うぅ……うう……」
「なぁ、悪かったよ」
椅子に腰かけるエレノアに背を向け、ピトーは不貞腐れるように身を丸めていた。
「酷い……あんなの脅迫だ……」
「でもちゃんと食べられたろ?」
「ノアが食べさせたんじゃないか!」
「だけどそうして寝返りをうてるほど回復できたのも、その野菜たちのおかげなんだぜ?」
「……別にお肉だけでも回復できたし……」
「肉は貴重なんだ。お前の食欲に合わせてたらいくらあっても足りないっての」
エレノアは椅子にかけたまま、暖炉に薪をくべつつピトーの文句をさらりとかわすと、ピトーは顔をしかめ「別に毎日食べたいわけじゃないし」とぼやいた。それを見たエレノアは「じゃあ一ヶ月禁止な」とぴしゃりと返すと「はぁ!?」とピトーは牙を剥き、またいつもの痴話喧嘩が始まるのであった。
肉に関しては驚くほど積極的に口を開ける。多い時は一日にイノシシ一頭分の量をぺロリと食べたことさえある。しかもそれでも足りないと愚痴を溢すほどの生粋の肉好きだ。
ところが野菜となるとピトーは決まって機嫌が悪くなる。食べさせようものなら何かと言い訳をしたり、香りを嗅いだとたんに顔を歪め、露骨な嫌悪感を表に出す。ピトー曰く生まれてこのかた肉しか食べたことないと言うのだから驚きだ。
それでもなんだかんだで少しずつ食べてくれるピトーの姿勢に、エレノアは関心を抱いていたのも事実である。だからこそエレノアは痴話喧嘩になろうともピトーに対し本気で怒ることはなかった。
「ボクだって好きでこんなとこにいるわけじゃない!」
「はいはい」
「怪我なんてしてなかったらノアなんて簡単に殺せるんだ!」
「ほー、それは楽しみだ」
「こんなに酷いことして、治ったら――ッ」
「あーわかったわかった」
「あーもうムカつく! こいつほんとムカつくニャ!!」
そんな痴話喧嘩が暫く続くが、やがて後方の竈から湯が煮える音が沸々と大きくなり、その音に気づいたエレノアは「お、煮えた煮えた」と慌てて椅子から立ち上がる。
沸騰したそのお湯を桶に移す姿を見たピトーは、ぎょっと目を丸くし、
「ま、まさか……それをボクに……」
恐怖に怯える声がエレノアの耳に入る。すると彼は熱湯が入った桶を持ったまま恐慌を煽るように少しずつピトーの元へと歩み寄り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると腹の底から湧き立つような、ドス黒い声色で言った。
「……我侭しか言わない奴にはお灸を据えてやらないとなぁ……?」
「…………!!」
ピトーは愕然とした。
「よくも人の大事な食料を散々食い散らかしやがって……」
「そ、そんな……」
エレノアは先ほど腰かけていた椅子の上に桶を置くと自身の服の袖をまくりあげ、
「観念するんだな」
「ノア……」
――やっぱり……こいつも……
彼は、彼だけは違うと思っていた。
『人間とは痴愚な生き物である』
ピトーは記憶を失いつつも人間に対する本質は理解していた。それは生れ落ちてから誰かに教えられるまでもなく人間とは餌であり、敵であり、玩具でしかないと本能に刻み込まれている。
しかし、本能がそう訴えかけていても、目の前にいる人物だけは違うと思っていた。
彼は命を救ってくれた。そして自分を化け物だと称しても恐れることもなく自然に接してくれている。
エレノアは信じてもいいと、心はそう言っていた。
そう、言っていたのに――
「――――ッ」
これから襲ってくるだろう痛みから逃げられる術はない。
――信じてたのに……ッ やっぱり人間なんて……人間なんて……!
ピトーは歯を食いしばり、目を瞑り、体を強張らせていると――
「なーんてな」
いつものエレノアの軽い声色と、頭を軽く小突かれる感覚にピトーは目をぱちくりとさせた。
「…………え?」
「えーと、確かこの辺に……お、あったあった」
エレノアはピトーが横たわるベッドに少し身を乗り出し、その奥上にある棚を弄ると綺麗な布生地が顔を出す。そしてそのまま引っ張り出して、桶の中に放り込むと「あちち」と温度を確認しつつ柄杓で水を足しながら丁寧に濯ぎだした。
「ボクを痛めつけるんじゃ……」
「お、流石にびびったか」
「…………」
「悪い悪い、少しからかい過ぎた。だけど――」
お湯を絞り出して軽くはたき、人肌の温度になったことを確認すると先ほどとは違う神妙な面持ちで、
「痛めつける……のは間違ってないかもしれないな」
そう言うとエレノアはピトーの首の後ろへ手を入れる。
「え……な、なにを……」
「……少し痛むぞ」
「あ、ちょっとま……ッ」
ピトーが制止を訴える間もなく、エレノアは手に力を込めるとゆっくりとピトーの体を起こし始めた。
「い……痛い痛い……ッ」
「もう少しだ、頑張れ」
寝返りがうてる状態にまで回復したとはいえ、一週間も寝たきりのピトーにとって上体起こしは久しく経験していない。そんな慣れていない動作を半ば強引に強制され、それにより腰の軋む感覚が全身を伝い、痛みとなってピトーを襲う。
「あぐっ……ノア……苦し……ッ」
「このまま寝てる方がもっと苦しむことになるぞ。ほら、もうちょっとだ」
ようやく上半身を起こし終えるも、ピトーは慣れない重心に体を支えきれずエレノアに寄りかかるように体を預ける。
「よく頑張った、偉いぞ」
「はぁ……はぁ……っ」
「ご褒美に夕飯は肉にしてやるからな」
エレノアは背中越しに抱きかかえながら、静かにピトーの頭を撫でた。
――あ…………
エレノアの包みこんでくれるような閑やかな感覚に、徐々に痛みが引いていくのをピトーは感じる。
それは以前、彼とは違う誰かにも受けたことがあるような、淡い記憶がふとピトーの脳裏に過ぎった。
歓喜とも言えるような満たされていく感覚。
それは慈愛に溢れた、至福の――
「ピトー、大丈夫か? そんなに痛むか?」
「え…………」
エレノアのかけた言葉で我に返ったピトーは、ふと自身の頬に冷たい感覚が奔ったことに気づく。
「あれ……ボク……なんで……」
掛け布団にぽたぽたと零れ落ちる大粒の涙。
自然と湧き出る雫に動揺を隠せることもできず、また涙を拭う余力も残されておらず、その不思議な感覚に漠然と彼女は浸っていた。
そんな様子を見たエレノアは痛みや苦しみで涙を流したわけではないと言動から悟ったのか、それ以上は何も語ることもなく、できる限りの優しさを込めて頭を撫で続けていた。
それが彼女が今求めていることだと理解しているかのように。
*
「……すまん」
ピトーの背中を温かな濡れタオルで丁寧に拭きながら、エレノアは少々沈むような声色でぽつりと謝罪の言葉を口にした。
ピトーが何故泣いていたのか、理由まではわからない。しかしそうさせてしまった原因は自分にあると、は少なからず後悔していたのである。
「体起こすならそう言ってくれればいいのに」
「野菜食べた後は決まって不機嫌になるだろ。ああでもしないとまた噛み付かれる」
「…………」
清拭を行おうとしたのは今日が初めてではない。
原因はわからないが、昨日はいつにも増して機嫌が悪く、それでもエレノアは何かをしてくるわけではないだろうと高を括っていたのが仇となり、触れようとした瞬間案の定手を噛み付かれてしまった。そんな痛い経験を踏まえての、今回の行動だった。
「別に体拭くだけながら寝ながらでも……」
「いや、今回は包帯も交換したくてな」
エレノアは手の伸ばす距離に置いてあった紙袋から清潔な包帯を取り出し、
「いつまでもあんなのじゃ治るもんも治らないからな」
エレノアの苦笑いを頼りにふと床に視線を落とすと、先ほどまで自身に巻かれていたのであろう包帯が乱雑に散らばっているのが見える。
しかしよく見てみると、それはただの包帯ではなかった。
元々は包帯などではなく、まるで何かの衣服のような――
「あれって……」
「ああ、急だったからな。あれしかなかったんだ」
衣類、シーツ、タオル。包帯代わりに使用したものはエレノアの日常生活類。
それも歪に裂いて急ごしらえしたのが一目瞭然なほど、雑なものだった。
ピトーは発見時、確かめるまでもなく遺体だと捉えてしまうほど、酷く損傷していた。
死後強まる念と言っても
「一応消毒してから使ってたんだが、とうとうきらしちまってな。昨日買い出しに行ってきた」
「だから……あんなに遅く……」
それは、昨日の出来事だった。
早朝に起床したエレノアは、ピトーを無理やり起こし、朝食を済ませると昼過ぎには戻ると告げたきり、急ぎ早に出かけていったのだ。
ピトーは初めこそ大人しく待っていたものの、やがて昼になってもまるで帰ってくる気配はなく、昼食をお預けされた上に長時間も放置されて、ピトーはすっかり機嫌損ねていた。
時間も刻々と過ぎて、結局帰ってきたのは深夜の十時を回った頃である。
そして、やっと帰ってきたかと思えば十五時間振りに用意された食事は野菜の炒め物。それも肉など一切れも入っていないただの野菜炒めだ。
その差し出された一皿にピトーは憤慨し、普通ならば土下座して謝った後、肉を山盛りに献上するのがスジだろうという抗議をするも、逆にエレノアから反感を買われてしまい、無理やり食べさせられてしまったのだから堪ったものではない。
実はピトーが噛みついた大きな理由はそれにある。
だが、裏を返せばそれも全てピトーのためだったのだ。
エレノアは決して裕福ではない。全て自給自足で生活しており、金銭的に余裕があるわけでもない。しかし彼は嫌な顔一つせず、ピトーのために何キロもある山道を歩き、治療に必要な薬や包帯を買いに行っていた。
――ボク……酷いことした……
彼に対する罪悪感と人間に対する憎悪が混濁し、ピトーの心中は形容し難い不安に追い詰められていく。
人間は汚い。でも、エレノアは違う。
人間は醜い。でも、エレノアは違う。
人間は卑怯。でも、エレノアは違う。
人間は害悪。でも、エレノアは違う。
人間は好餌。でも、エレノアは違う。
目の前にいる人間は人間だけど、エレノアは、この人だけは――
『それだけのこと』
「あ……ぐ……ッ」
刹那――聞き覚えのあるような声が、頭の内側からピトーを叩いた。
反射的に体が跳ね上がり、一瞬にして痛覚がピトーの全身を包み込む。
「あ゛……ッ」
迫り来る痛みに体が耐えかねると再び条件反射が体を震わせ、繰り返すような終わりのない鈍痛がピトーに襲い掛かった。
「ピトー!」
「あ……っ……がぁ……ッ」
「大丈夫、大丈夫だ!」
エレノアは痛みを伴わない程度の力で必死にピトーの体を抱きかかえるように抑えこみ、
「落ち着け、俺がついてる。ゆっくり、ゆっくり深呼吸しよう」
「は……っ……は……ッ」
「そう、そうだ。そのままゆっくり」
――。
――――。
数分後、次第に落ち着きを取り戻したピトーは、気が抜けたようにエレノアに体を預け、項垂れていた。
「大丈夫か……?」
エレノアが心配そうに尋ねるも、ピトーは「ボク……」と何かを言いたげに口を紡ぎ、表情を曇らせる。
「何か、思い出したのか?」
「よく……わからない……」
ピトーは丁寧に介抱してくれる彼を直視することができなかった。内に秘めているそれを言ってしまったら酷く蔑まされてしまうのではという恐れが、ピトーを余計に後ろめたくさせるのだが――
「言ってみろよ。今更隠す必要もないだろう」
エレノアはそれを見抜いていた。
――ノア……
観念したピトーは、後ろで支えてくれるエレノアの胸に縋るように頭を摺り寄せ、静かに語り始めた。
「ボク、ずっと頭の中がぐちゃぐちゃしてる……さっきノアがからかった時、ボク……本気で君を殺してやるって思った……人間は本当に醜くて、卑劣で、愚かで……やっぱり信用できない。そんな気持ちが当たり前のように湧き上がってくるんだ……いくらノアが
「……そうか」
「多分、ボクはもう何人か人間を殺してだろうし、食べていると思う……」
「…………」
「この傷が治ってしまったら、きっといつかノアのことも……」
言ってしまった。
自身でも歯止めが利かないであろう結末を、とうとう口にしてしまった。
そうだ。もう後戻りなどできない。
彼は人間で、ボクは化け物。
所詮は食う者と食われる者。
それが現実で、その関係は変わらない。
――これでいいんだ……
「だから、ボクのことは……もう……」
自身の心から湧き上がる負の感情を嘘偽り無く、淡々と告げるピトーの言葉に、エレノアは静かに耳を傾けながらやんわりと背中を撫で続けていた。
暫く無言の時間が続き、どれほどの時間が経過しただろうか。
やがて背中も拭き終わるとピトーの体勢を崩さないよう慎重に隣へと回り込み、そっと腕を手にとる。
そして、優しく丁寧に拭きながら、
「そしたら、最後はご馳走だな」
結んだままの唇にかすかな笑いを浮かべたのだった。
最後まで読んでいただき、有難うございました。
更新は未定です。ご要望があればまた考えます。
元々この二次創作にストーリーはなく、自分が好き勝手に作ったオリキャラを多数ごちゃ混ぜながら適当に書いていたものなのです。
なのでそのまま投稿してしまうと知らない人物がいきなりでてきて内容がこんがらがっちゅれーしょんになる恐れがありましたので、修正して無理やりくっつけてます。
正直自分でもなに書いてるのかさっぱりわかりません。
なので、前書きにもある通り過度な期待はしないで下さい。