precious memory   作:すーぱーおもちらんど

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お待たせ致しました。

投稿遅いなぁ、うんこか?

的なことは思わないで下さいね。


嘘×だけど×本当

「人間とは愚かなものだな」

 

 そう口にした者の瞳には、一体の亡骸が映し出されていた。

 

 その亡骸はこの国の生活水準にはそぐわない、ふくよかな体つき。身に着けている服も明らかに高級なもの。左胸部には煌びやかな勲章が目立ち、先ほどまでその者が食していたのであろうテーブルの上には豪勢な食事が並ばれていた。

 

「目障りだ」

 

 彼は汚物を見るような目でそう吐き捨てると、何食わぬ顔で眼前の遺体を蹴り飛ばす。

 するとその体は肥満であるにも関わらず重みを感じさせないほど軽快に宙を舞い、くるくると臓物を四方に撒き散らす。やがて勢いも衰え、ボールのように幾度か跳ね上がるとぐちゃっと生々しい音を響かせ壁にぶつかって地に落ちた。

 

「ひっ……」

 

 一部始終を目撃した踊り子たちは身が竦み、恐ろしさのあまり声が漏れる。

 

 しかし、そんな悲惨な光景が眼前に広がろうとも微動だにしない人物が蹴り飛ばした者を除いてもう三人――

 

「こいつら、食ってもいいか」

「およしなさいユピー。この部屋は王が今後食事をなされる場所。血で汚れてしまいます」

「外で食べる分にはいいんじゃニャい?」

 

 語られる言葉とその風貌から察するに彼らは大よそ人間のそれではない。

 先ほどの言動といい、明らかに人間を捕食対象、もしくは使い捨ての道具としか見ていないのだ。

 そう踊り子たちが悟った刹那、背後から忍び寄る死の音を確かに聞いた。そしてそれは確実に、数刻もしないうちに私たちの背中を撫でるだろう。

 予感はやがて確信へと変わり、眼前に映し出されるかつてこの国を統べていた王の亡骸が踊り子たちの恐怖をより一層煽るものとなり、

 

「お助けを……」

「どうか、命だけは……ッ」

 

 弱々しい懇願だけが虚しく室内に反響する。

 だが、その声は彼らに届いてなどいない。まるで動物が吼える鳴き声の如く、耳を傾ける仕草や視線すら向けることはなかった。

  

「愚の骨頂と言わざるを得ぬわ」

 

 嘲弄がこみ上げ、冷ややかな笑みを含ませる。その顔はまるで逃げ惑う蟻たちを踏み潰し、あざ笑う子供のような――

 

「プフ」

「は」

 

 名を呼ぶと共に、弓弦のように引きしぼったような、美しい蝶の羽を背に携えた従僕が男の前で跪き、頭を垂れる。正装にも似た身形と艶やかな金色の髪。その頭部には蝶と同じ触覚が二本。全体的に体つきは細身ではあるが身丈は主よりも高い。

 

「貴様は人間に対し何を思い、何を感じる。答えてみよ」

「……恐れながら申し上げます」

 

 眼前に君臨する我が主。ただそこにいるだけで慈しみと敬愛が昏倒する。

 自身の抱く感情や考えなど口にするだけでもおこがましい。そう思い至るシャウアプフではあるが、王に求められたことによる歓喜の瞬間に心が震えた。

 

「私共を含め、この世の全ては王の所有物。人間に対し抱え得る感情などなにもございません。全ては王の身心次第。我々はその意向に付き従い遵守するのみでございます」

 

 シャウアプフは躊躇なく答える。それがこの世の理だと悟っているかのように。

 

「ユピー」

「私が抱く思想は王に対しての『忠誠』のみ。その他一切は不純物であります故、到底答えを持ち得る事かないませぬ」

 

 モントゥトゥユピーは虚偽なく答える。それが自身の存在理由だと証明するかのように。

 

「ピトー」

「都合の良い『物』としか考えておりません。食料、道具、素材。所詮は使い捨てに過ぎませんので。最早考慮にすら値しないかと」

 

 ネフェルピトーは逡巡なく答える。それが物の取廻だと徴憑するかのように。

 

 それぞれが違う感性を抱きつつも、たどり着く先はみな同じ。

 全ては我が主のため、全ては王のため。そのための糧にしか過ぎないと。

 

「考慮にすら値しない、か」

 

 王と呼ばれるその者は一笑すると意に介さず出口の方へと歩き出す。それに合わせ三人がついていこうとするが、

 

「ついてくるな、余はこれより部屋に戻る。呼ぶまで入ってくるな」

「は、仰せのままに。残された宮殿内の人間は如何いたしましょう」

「全て任す」

「かしこまりました」

 

 プフは改めて丁寧にお辞儀をする。王が扉を開け、姿が見えなくなるまで見送るとピトーは先ほどとは軽い口調で「これからどうしよっか」と二人に問いかける。

 

「まずは人員補充ですね。食料の確保と地域を占領するための兵がいります。警備は私たちがいれば問題ないでしょう」

「だね、こいつ使えば集められるだろうし、とりあえず宮殿内の人間だけ片付けちゃおっかぁ」

 

 肉片となった亡骸を尻目にピトーは大きく背伸びを一つ。そしてユピーは片隅で震える踊り子たちに歩み寄り、

 

「とりあえずこいつら食うぜ」

「まぁ、任すって言ってたしいいんじゃニャい? ってゆーかボクもお腹減ってるんだよねぇ」

「仕方ありませんね。空腹のままでは今後の計画に支障がでるやもしまれません。今の内に済ませておきましょう」

 

 三人――いや、三匹の目が踊り子たちへと向けられる。

 

 それは、大よそ人に向けられる目ではない。

 

「助けて……」

「どうか……どうか……」

「あぁぁ……」

 

 死が近づくにつれ、懇願が祈りへと変わってゆく。

 目の前にいる彼らに慈悲はなく、助けになど誰も来てくれはしないのだ。

 追い詰められた人間が辿りつく境地は神に縋りつき、ただ手を合わせ奇跡を祈るだけ。

 

 そんな都合のいい運命など、来るはずもないのに。

 

 手が、ゆっくりゆっくりと伸ばされる。

 

 死が、ゆっくりゆっくり歩み寄る。

 

 あと少し。

 

 もう、目の前。

 

 気がつけば、

 

 彼らの手に息が触れて。

 

 触れて――――

 

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 エレノアの温かい息がピトーの腕に触れる。

 

 先ほどの発言が人間に対する裏切り――もとい、エレノアを裏切る言葉だったにも関わらず、それでも彼は小さな微笑を見せながらも優しくピトーの腕を拭いていた。

 

「どうして……どうしてそんなこと言うの? 死んじゃうんだよ? 殺されちゃうんだよ?」

「そんなこと言うのってお前が言うか」

 

 人間を殺すことに躊躇がないと言った矢先、ピトーは彼がなぜ自己犠牲を厭わぬ言動を示すのかが理解できなかった。

 それはもちろんエレノアも同じである。寧ろ他者から見れば『人を食べた』とカミングアウトされた時点で人間側の方が驚くというものが至極自然なわけではあるが。

 

「――なら、『食べないで下さい。私を助けてください』」

 

 無気力ながらも天を仰ぎ、両手を合わせて祈り示すエレノアに、ピトーは業を煮やしたかのように声を張り上げる。

 

「そ、そんなこと言ったって――ッ」

「無駄、だろ? お前のことだから自分でも歯止めが利かないだろうし、一度そうなっちまったら本能のまま一直線だろうよ」

「う……」

 

 自身の性格をすっかり見抜かれていることにピトーは言葉が詰まる。

 反論の余地はなく仮にエレノアがそう言ったところで果たして空腹に勝てるかどうか。目の前にご馳走を並べられ、待てと言われ耐え抜ける生物など存在しない。

 何故ならピトーは既に知っている。

 

 人間の味を。

 

 そう、目の前にいるコイツも人間。

 

 臓物と脳みそという名の旨味を兼ね備えた、あの人間。

 

――ノアは……

 

 ピトーの中で、何かが膨れ上がり、脳を刺激する。

 

 エレノアは人間。

 人間は美味い。だから、エレノアは――

 

 想像しただけで、唐突に腹がソレを求める音を鳴らす。

 

「なんだ、また腹減ったのか?」

「…………」

 

 記憶を失えど、空腹が、本能がソレを駆り立てる。

 

 あいつは美味い。肉は柔らかく口の中で蕩ける。特に脳みそは絶品だ。一度食べたら病みつきになる。

 牛、豚、鳥、猪、熊、鹿。どの肉よりも美味くて美味くて――

 

 美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて美味くて――――

 

「いいんじゃねぇか?」

 

 それは唐突な一言だった。

 

「え……?」

「ほれ」

 

 ふいに口元へ差し出された、一本の腕。

 先ほどまで自身の腕を優しく拭いてくれた、あの温もりのあるエレノアの右腕がピトーの瞳に大きく映る。

 

「…………」

「食べたいんだろ?」

「やめろ……」

「遠慮すん――」

「やめろ!!」

 

 ピトーは怒鳴り散らすように声を荒げた。

 

――聞きたくない! 心中を不毛に掻き乱す欲望の声も、自ら死へと向かおうとする彼の声も!!

 

「どうして……なんで君は……ッ」

 

 何故死ぬとわかっていて、それでも尚自ら歩み寄ろうとするのか。

 

「もういいよ! 本当は怖いって言えばいいじゃないか! できることなら見捨てて、今すぐにでも逃げ出したいって!」

「――――」

 

 普通は誰もがそうする。特に人間は一時的な感情で他者を哀れむことはあっても、自身の身を投げ打ってまで誰か救いたいとは思わない。

 何故なら人間を含め、この余の生物は自分の命が一番大切だと認識しているのだから。

 それが例え自身の命の救ってくれた、彼だったとしても。

 

「幻滅したろ!? 失望したろ!? ああそうとも、ボクは人間が大好物さ。それがボクの本性で、これがボクの正体だ!」

「――――」

 

 隠さずに言ってほしい。本当は助けてほしいと。恐ろしいから殺さないでほしいと。そうして怯えながら命乞いをしてくれるのならまだ理解できる。彼と私は対等ではないのだから、所詮人間の素性などそんなものかと改めて悟ることができる。

 そうすれば彼の命はそこらへんの人間と変わらない、価値がないものと適当な理由をつけた『きまぐれ』で食べる気力を失ったフリを装うこともできるというもの。

 

「ボクはノアがだいっきらいだ! ニンジンとかピーマンとか無理やり食べさせてくるし、お肉たくさん食べさせてくれないし、意地悪ばっかりしてくるし!」

 

 敢えて口にした言葉が跳ね返るように己の心を軋ませる。

 

「怪我が治ったら殺してやる! 臓物を引きずり出して、脳みそを食ってやる!」

 

 締め付け、握り潰し、少しずつ砕かれ、

 

「本当の本当に、だいっきらいだ……ッ」

 

 やがて、ぱらぱらと崩れ落ち――

 

「だから……だから……」

 

 突き出されたエレノアの腕にピトはー力なく額を預け、そして――

 

「嘘……つかないで……」

 

 小さな懇願を吐露した。

 

 下らない見栄を張り続け、自分を偽ることはやめてほしい。ピトーはエレノアに対し、心からそう願っていた。

 助けてくれたのがエレノアで、本当は嬉しかった。だからこそ、全てを打ち明けた。素性が知られてしまった以上、彼は心の底から自分を嫌ってしまうだろう。だが、それが至極当然のことであって、寧ろ本性を表に出してくれるだけありがたいと思っていた。

 

 だが、彼は笑って見せた。意気揚々と、極々自然に。

 

 そして、今も。

 

「ピトー」

「…………」

「俺はお前になら食われてもいいと本気で思ってる。別に意地張ってるわけでも、嘘吐いてるわけでもないぞ」

「嘘……絶対に嘘だ……」

「嘘じゃない」

「なんで……」

「自分のしたことが、正しいと思ってるからさ」

 

 エレノアは空いた左手でピトーの頭にポンと手を乗せ、優しく、穏やかに撫でる。 

 くしゃっと猫っ毛が手に絡むものの、艶やかな白髪がするすると解け飽きない感触を楽しませる。ピトーも表情こそ腑に落ちない様子ではあるが、耳がぴこぴこと跳ね、まんざらではないような反応を見せた。

 

「確かに人を殺すことは、俺ら人間から見れば良くはない。食うなんて考える以前の問題だ。だけどな、あくまでもそれは俺らの考えであってお前の考えじゃあない」

「…………」

「人間を食うことはお前が生きる上で必要なことなんだろ? そんなもん人間だって同じさ。美味いもん食いたいって思うのは生物の性ってもんだろうよ」

「でも……」

「言ったろ? 『何も違わない』って。だから後悔なんてしないし命乞いもしねーよ」

 

 美味いと思う心に差別はない。

 例えそれが牛が食べる草であっても、野良犬が漁る生ゴミであっても、虫が啜る樹液であっても。

 生きたいのだから食べる。生きていく上で必要なことだから殺める。そこに正義もなければ悪もないのだから。

 

 結局彼には自身を蔑む主張も、化け物だという誇示も通用しなかった。

 

「……ボクはどうしたらいいの……」

 

 先の見えない、不安だけが募る暗雲な未来にピトーは消沈し、がっくりと項垂れる。

 

 自分が何者なのかわからない。行く宛てもないし、道筋も見当たらない。

 覚えていることは人間への嫌悪感と、自身が得体の知れない化け物だということ。

 思い出したことは人間を食した事実と時折浮かぶ何者かの声だけ。

 

「ピトーは、今何がしたいんだ?」

「ボクが、したいこと……」

 

 したいことなんて、なにもない。したくないことならいっぱいある。例えば――

 

――ノアを傷つけたくない……

 

「理想とか夢とかでもいい。仮に望めるとしたら、何がいい?」

 

 もし望めるのならば……

 

「言うだけ言ってみたろよ。俺が許すから」

 

 もし許されるのであれば……

 

「ボク……ボクは……」

 

 今自分が求めていること、できる限りの望む全てを、想いの丈を言葉に変えて――

 

「ノアと、一緒にいたい……」

 

 一人は嫌だ。一人は寂しい。

 でも、誰でもいいというわけではない。

 

「ノアと……ノアの……」

 

 助けてくれた、この人に傍に。

 

「近くに……いたいよ……」

 

 見捨てなかった、この人の隣に。

 

 

 

 

「な? 正しい選択して、良かったろ?」

 

 

 

 

――あの時、本当は軽蔑してほしかった。蔑んでほしかった。そうすればこの感情は一時の迷いだと捉えることができたのに。

 ……でも、それはもう遅いお話。

 エレノアを食べる? 食べたいわけがない。食べるわけがない。だって――

 だって彼は、こんなにも優しくボク撫で続けて、そして受け入れてくれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、ようは人間よりも美味いもん食わせりゃ万事解決なわけだ」

「でも……本当にいいの? 傍から見れば、ボクは人殺しの化け物だよ?」

「いいんだよ。それよりも、俺との約束、ちゃんと覚えてるか?」

「うん。できるだけ人間は食べないように努力すること、怪我が治ったらノアのお手伝いをすること。以上ニャ」

「おい、もう一つあるだろ」

「忘れたニャ」

 

 目をツンと逸らす態度にエレノアはこつんとピトーの額を小突く。

 

「~~~~ッ」

「俺の作った飯はちゃんと残さずたべること、だろうが」

「いったぁ! 怪我人を叩くのは最低の行為だよ! 慰謝料を請求するニャ!」

「ああすまなかった。お詫びにピーマン山盛りにするわ」

「キィィィッ。ノアだって約束事あるじゃないか! ちゃんと覚えてるの!?」

「当たり前だろ。美味いもの食わせる努力をすること、お前の記憶を取り戻す協力をすること、後は……後は、ほら、その、あれだ」

 

 そこまで言いかけると、エレノアは頭をわしゃわしゃと掻き、ピトーに背を向けて今すべきことではない無駄な作業を落ち着かない様子でいそいそとし始める。

 

「ちゃんと言ってよ」

「うるせ」

「人の事は散々言っておいて、自分のことは忘れてるとか! 人間は記憶力に乏しい生き物なのニャー」

「やかましい」

 

 そうした痴話喧嘩が続きながらも、長く感じた一日が次第に更けてゆく。

 

 明日が少しだけ楽しみになったピトー。

 明日も少しだけ忙しくなるエレノア。

 

 意味は違うが、同じようなもの。

 

 ピトーもエレノアも、何も変わらない。

 

 その先の、来たるべき時が来るまでは。




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 お気に入り登録数と閲覧数が恐ろしいことになっていまして、かなり驚きました。

 色々な方に読んでいただいて本当に嬉しいです。ありがとうございます。

 続きのストックはあるのですが、修正とまとめるのに時間がかかりそうです。なので次回の投稿は未定という形でお願いします。期日を決めても守れる気がしませんです。はい。

 また投稿できる機会がありましたら、ツイッターの方で連絡致します。今後とも宜しくお願い致します。
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