precious memory   作:すーぱーおもちらんど

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第五話です。

凄く短いです。ごめんなさい。にゃー。


いない×けど×居てほしい

 事の始まりは、いつもと変わらない朝食の時だった。

 

「ボクのだけちょっと少ない!」

「おかわりすればいいだろ」

 

 口喧しいピトーの口を縫わせる糸でもあればいいのだが、そんな都合のいいものなど世界中を探したって見つかる気がしない。そんな諦めにも似たエレノアの溜息が、よりピトーの口を尖らせる。

 

「おかわり! おかわりー!」

「もう自由に動けるんだから、自分でいけって」

「ノアの方がお鍋に近いじゃん! いいから早くー!」

「ったく」

 

 拒否を積み重ねれば、それに応じてピトーが拒否を上塗りする。

 ピトーの怪我が完治してからというもの、こんな感じのやりとりが毎日続いている。最終的にはエレノアが諦めたり、渋々我侭を受け入れてやるのだが――

 

「ほらよ」

「ニャハハ! ボクって働きものだからね! これぐらい、は……当然……ニャ……」

「どうした、遠慮なく食えよ」

「…………」

「食え」

 

 例のごとく、皿の上には緑、緑、緑の青物祭り。

 

「絶対い・や・だ!!」

 

 そして始まるいつもの喧嘩。

 

 取っ組み合い、押し倒し、押し倒され、口とフォークの鍔迫り合い。

 今にも家を壊しかねない程の暴れっぷりに、庭先の木々で羽を休めていた鳥たちも『また始まったよ』とそれぞれ顔を覗かせていた。

 

「こら、逃げんな!」

「横暴だぁ! 毎日毎日強引に食べさせようとして!」

「そういう約束だろうが! 自分から食べようとしないから俺が食わせようしてるだけだっての!」

 

 ここまではいつも通りだった。

 約束というキーワードが出れば、少なからず口論は収まる。どっちが悪いかなんて話はあまりせず、頑張れば頑張った分だけ次の食事が少し楽しくなるだけのこと。

 それはもちろんエレノアも同じだ。自分の言い分が無法だと気づけば身を引くことだってある。大概はピトーの我侭での口論が殆どだが、それこそ日常茶飯事というものだ。エレノアもこんなやりとりには飽きるほど慣れている。

 

 そう、慣れているはずだった。

 

「そんな約束した覚えはないニャ! ノアの言うことなんて誰が聞くもんか!」

 

 その言葉が、エレノアの何かに触れた。

 

「だからボクは食べる必要もないし、食べなくたって生きていけるもんね!」

「……なら、俺だってお前がいなくても生きていける」

「――――!!」

 

 何故こんなことを言ってしまったのか――

 内に潜む何かが喉元から這い出るように、的確にピトーの心を軋ませる。

 しかしその言葉が、どれだけピトーを傷つけているのか分かっていても――

 

「約束をした覚えがないなら、そういうことだろう?」

「……だ、だって……」

 

 どれだけ悲しませてしまうのか分かっていても――

 

「怪我が治ったならとっとと出て行け」

「ぼ、ボク……そんなつもりじゃ――」

「出て行け!!」

「――――ッ」

 

 自身を止めることができなかった。

 

 ピトーは家を飛び出した。

 振り向くこともなく、瞳から零れ落ちる悲壮を乱暴に拭いながら。

 エレノアは何もしなかった。

 目で追うこともなく、ただただその場に立ち尽くしていただけだった。

 

 それが、事の始まり。

 

 喧嘩の拍子で割れた一枚の皿が、ふとエレノアの瞳に映りこむ。

 

 それがなんだか、酷く苦々しい気分を彷彿させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレノアは淡々と散らかった家具を片付けていた。

 

 俺が悪いわけじゃない。アイツが大人しく食べていれば済む話だった。

 俺が悪いわけじゃない。あんな事を言わせた事の発端は、アイツが原因だ。

 俺が悪いわけじゃない。約束を破る方が悪いんだ。

 俺が悪いわけじゃない。守れない約束を鵜呑みにしたアイツが悪いんだ。

 俺が悪いわけじゃない。俺が悪いわけじゃない。俺が悪いわけじゃない。

 

 そんな自問自答を幾度も繰り返しながら、

 そんな言い訳を何度も言い聞かせながら、

 いつかは聞こえてくるはずの扉の戸に、どんな言葉を投げかけてやればいいのかひたすら考え続けていた。

 

「はぁ……やっちまった……」

 

 そんな最中に口から零れる、心中とは真逆の悔恨。

 どっちが悪いかなど比ぶべくもない。十中八九俺だろう。とはいえ、そう自覚しつつもいざ対面したら素直に謝れる気がしない。

 どうしたものかと頭を悩ませながら、ふと外に目をやると室内の淀んだ空気と比例するかのように、空の雲行きが徐々に日向を蝕んでいくのが見える。

 

――まぁ、雨が降る頃には帰ってくるだろ。

 

 口争いなど今に始まったことではない。時が経てばきっとまたいつものように騒がしい日常に戻るはず。落ち着いた頃を見計らって、一言謝れば済む話さ、とあまり気にとめることなく、エレノアはいつもの日課をこなし始めるのだった。

 

 

 

 

 時が経ち、鉛を張ったような曇り空が広がる正午過ぎ――

 

「遅いな……あいつ……」

 

 テーブルの上には少しだけ品数を増やした料理が並べられてはいるものの、すっかりと冷めきってしまっていた。

 エレノアなりに謝罪の意を込めたのだろう。だが、結局それも食べてもらうことも叶わず、かといって一人で食べるきにもなれず――。

 

「あ……降ってきやがった」

 

 期待していた扉の開く音とは違った、天井から聞こえるざわつく音にエレノアは気づく。

 窓から覗くと、しとしとと絹糸のような雨が降り始め、地面を色濃く染めていくのがよくわかる。雨音から察するに、今日は一日降りっぱなしだろう。

 怪我が治ったとはいえ、このままではピトーも風邪を引いてしまうかもしれない。

 

「探しに行くか……」

 

 どうしてあの時、今のような想う気持ちをほんの僅かでも向けてやることができなかったのか。エレノアは少しずつ後悔を滲ませていく。

 黙々と着替え用の上着や携帯できそう昼食の残りをなどを布袋に詰め込み、出て行く間際、自分が出ている間に帰ってきた時のために短い書置きをしたためた。

 

『濡れた服は籠の中に。夕方には戻る』

 

 一言、すまなかったと書き加えるべきかと悩ませたが、ぐっと思いとどまらせる。

 その言葉は文字で伝えるべきではない。面と向かい、目をみて口にすべきだろう。

 書き終えた頃には、自責の念が心をすっかり染め上げ、やがてそれが顔に表れる。

 

「……くそっ」

 

 その言葉は、自身に対しての憤りだった。

 強引に嫌なものを食べさせて、自分の家だからとルールを強要させて、それが正しいことだとばかり信じていた。

 今思えば、本人にとっては辛いことでしかなかったのかもしれない。拠り所がない彼女にとって、ここしか居場所がなく、そんな気持ちに気づくことができないまま自分の傲慢を押し付けてきたのだ。

 

 エレノアは、そんな身勝手さを振り払うかのように、降りしきる雨の中へ身を飛び込ませる。

 

 謝りたい。

 一言だけでもいい、許してもらえなくてもいい。

 

 ただ、その言葉を伝えたくて――

 

「ピトー!」

 

 雨音にかき消されないように、

 

「どこだ! 返事をしてくれ!」

 

 形のない何かを失わないように、

 

「ピトー!!」

 

 

 彼女の名を叫び続ける。

 

 




最後まで閲覧していただき、ありがとうございます。

本当に短くて申し訳ありません。
続きは既に書いてはあるのですが、もう少し表現に修正を加えてから投稿したいと考えておりますで、今しばらくお待ち下さい。

総合閲覧数が2万を突破しました。あまり更新していないのにも関わらず見ていただいて感謝の極みです。

もっと上手に書ければいいのですが、まだまた勉強不足です。この先も頑張ります。

今後も宜しくお願い致します。

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