precious memory   作:すーぱーおもちらんど

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最終話です。おもち。


好き×だけど×もっと好き

 エレノアの瞳に飛び込んできたものは、薄く滲むような、ぼやけた状景が広がっていた。

 雑な天井に打ち付けられた、見慣れた羽目の板。そして窓から降り注ぐ暖かい木漏れ日。エレノアは、自分が自宅のベッドに寝ていることに気づく。

 恐怖を煽るような闇夜と、心を冷めつかせる雨とは間逆のこの現状に、エレノアの意識は戸惑いを含ませながら徐々に覚醒していった。

 ふと、視界の隅で何かが動いた。エレノアは目を向けると、それは、ベッドの端に伏していた、くしゃくしゃの白髪から生えているのが分かった。

 

――良かった……。

 

 目にして、触れて、飽きることのないその感触に幾度も心を擽られた。そしてそれをつい先程失ったことで、自分にとっての安らぎがあったことに心の底から気づかされる。だからこそ、今目の前にあることに、柄にもなくつい胸を撫で下ろしてしまう。

 その柔らかそうな耳はぴくぴくと何かに反応するように動いて、エレノアはそっとその柔らかい三角形の突起物に触れてみる。するとぴくりと大きく跳ねて、

 

「ん……う……」

 

 柔い声色を溢しながら、それに呼応するように白髪の頭がゆっくりと起き上がる。

 エレノアは声をかけた。眠気まなこをグシグシとこする、彼女に向かって。

 

「おはよう、ピトー」

「――あ……」

 

 ピトーはエレノアを瞳に捉えると、面食らったように大きく目を丸くした。そして、くしゃりと顔を歪ませて、瞳と水面を漂わせながら、小さな吐息と共に彼の胸に飛び込んだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「お、おい。苦しいって……」

「ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……!!」

「…………」

 

 ピトーは謝り続けた。ただひたすらに「ごめんなさい」と、その言葉だけを重ね続けて。

 『誰にでも間違いはあるさ』そんな言葉で括っていい行為ではない。だが、彼女をそこまで追い込んでしまったのはエレノアが原因だ。言葉で傷つけ、心を掻き毟り、挙句の果てに人を殺めてしまう程にまで。

 エレノアはピトーの頭に手を添えて、ぽんぽんとあやすように彼女の悔悟の念を受け入れる。そして、彼もまた後悔の言葉を口にした。

 

「俺の方こそ、ごめんな……」

「違う……ボクが、ボクが悪いんだ……ノアをたくさん、たくさん苦しめたから……」

「苦しかったのはお前の方だろう……俺が心にもない言葉でお前を傷つけてしまったんだ。だから、ピトーは何も悪くない」

「で、でも……ボク、ノアを殺そうと……」

「ここまで運んで、手当てしてくれたのはお前自身じゃないか。それに、俺はこうして生きてる」

「でも……でも……!」

「どっちでも一緒さ。お前になら、殺されてもいいって言ったろ? 生きてようが、死んでようが、お前の気持ちがそれで晴れるなら、それで良いさ」

「……そんなの……そんなのやだよ……」

「――……そうだな。確かに、そうかもしれない」

 

 エレノアは、自身の額をピトーの額に、こつんとあてがう。

 涙でぐしゃぐしゃになっていたピトーの顔が間近にある。それが、エレノアはとても嬉しい。そういう意味では、確かに。死ぬことと比べればどちらでもいいということはない。そう思い至ったエレノアは、つい笑みを綻ばして、こう言ってしまった。

 

「また、お前の顔が見れて、本当に良かった……」

「……ほんと?」

「ああ、本当だ」

 

 エレノアは、人差し指で、彼女の頬から伝う涙を一つ掬って答える。

 本当は聞かずとも、ピトーには分かっていた。彼は本当に、心の底からそう想ってくれていると。エレノアのこんなにも優しい笑顔を見せてくれたのは初めてのことだった。本当に自分のことを心配してくれて、そして必要としてくれていること心の底から嬉しくて――。

 その想いに呼応するように、ピトーは湧き上がるような想いを胸に溶け込ませる。

 ピトーもまた、つい、ふにゃりと笑みを咲かせて、

 

「……嬉しい……ニャ……」

 

 頬に赤みを漂わせて、ピトーは、つん、とエレノアの鼻に、自分の鼻を触れ合わせた。

 

 互いに、誤って――。

 選択に、過って――。

 そして、謝って――。

 

 後悔を重ねて、その果てにを失うことを恐れて、改めて互いの存在を認識した。

 記憶を失い、拠り所を失い、その上彼を失ってしまったら、手元には何が残るというのか。

 日常を失い、張り合いを失い、その上彼女が去ってしまったら、足元には何が広がるというのか。

 

 そうして二人は、昨日の疲労が抜けきれていなかったのか――互いに寄り添いながら、再び眠りにつく。

 離れないように、離さないように、手を結んで――。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、夕食も済み、一息ついたところでピトーはエレノアに全てを話した。自分の記憶――もとい、過去の残痕を。

 生まれた理由。存在意義。付き従うべき王。共にする仲間。守るべきコムギという少女。そして、ゴンという少年から奪った、彼にとっての大切な人。どういう経緯を経てあの木下で瀕死の状態になっていたのか。

 信じてもらえなくてもいい。ただ、彼には……。エレノアには正直に、全てを打ち明けたい。だからこそピトーは、自分が殺めてしまった人たちの成れの果てがどのように扱われるのかまでも、覚えている限り鮮明に語った。

 かつての残虐非道の数々。老若男女殺めに殺めて、遺体を操り、改造し、玩具として弄んだ。その劣悪な過去を……。

 

「……これで、全部。ボクが覚えていること、全部……」

「…………」

 

 エレノアは、じぃっと下を見つめていた。瞳には一つのマグカップ。そのマグカップの表面に漂う、水面の揺らぎが、まるで自分の胸中を表しているかのようだった。

 動揺しているのは間違いない。だがそれと同時に、一つだけハッキリしていることがある。それは、ピトーは決して嘘をついていないということ。ひたむきに、ピトーはエレノアに対し、全て正直に話してくれている。彼女の目を見ればわかる。ただそれだけに、自分の住む世界観とはあまりにも異なっていることに、エレノアは驚きを隠せなかった。

 

「明日、ボクはここを出て行く。王の元に帰らなきゃ……」

「……そうか」

 

 エレノアには、それ以外に返す言葉が見つからなかった。自身の存在理由をこうもハッキリと公言されては、引き止められるわけがない。例え自ら残酷な未来へと歩を進もうとも、止められる権利は彼にはありはしないのだ。何故なら、彼はたまたまあの木を通りがかり、たまたま彼女が倒れていて、たまたま助けることができて、たまたま今日まで過ごしてきただけの関係なのだから――。

 もしかしたら、言葉で諭し思い留まらせるということができるかもしれない。しかしそれは、彼女の存在理由を否定することになってしまう。それにピトーはハッキリとこう言っていたのだ。『自分にとって王が全て』だと。

 

『世界の統一なんて下らないことはやめて、ここで一緒に暮らそう』

『王に従うなんて愚かなことだ。それよりも自分の人生を大切にしろ』

 

 エレノアの胸中にはそんな言葉がいくつも渦巻いていた。できることなら全部ぶちまけて無理やりにでも引き止めたい。だがそれ以上に彼女の生きがいを、存在意義を否定したくなかった。葛藤が葛藤を呼び、やがてそれが表情に表れて、苦痛に歪めた顔をピトーの前で曝け出してしまう。

 それを見たピトーは、何かに察したのか、無理やり笑顔を作りながら、これ以上どうしようもない現状に区切りをつけるべく、別れの言葉を口にした。

 

「わがままいっぱい言って、ごめんね……」

「…………」

 

――なんで、そんな顔するんだよ……。

 

「野菜……食べるの逃げてばかりで、ごめんね……」

「…………」

 

――なんで、そんなこと言うんだよ……。

 

「ずっと一緒にいられなくて……ごめん、ね……」

「…………俺が……」

 

 今まで俯いていたエレノアが突如、ピトーの手を強く握り、そして――。

 

「俺が、お前の存在意義になってやる……だから、俺も一緒に行く」

 

 それは、初めて見せる、エレノアの『欲』だった。

 

「へ……?」

「世界とか、王とか、お前の言い分はよく分かった。その上で、俺はお前だけの王になる」

「――……自分が何を言っているのか分かってるの……?」

「分かってる。だから、今から言うことは全部俺のわがままだ」

 

 そう言って、エレノアは椅子から立ち上がると、ピトーの隣に座りなおして、じぃっと彼女の目を見据えながら強く言った。

 

「正直、世界征服とか王とか俺にはあまり興味がない。確かにお前は許しがたい非道を犯した。……でも今はもう違うだろ? そりゃあ簡単に割り切れる問題じゃない。でも、それを悔いているのなら、俺が半分背負ってやる。――それに、お前がその王という奴の所有物ってのが、俺にはどうしても我慢ならねぇ。だから、俺が直接話をつける。理想は人間との共存だが……まぁ、なんとかするさ」

「ばっ……馬鹿すぎるニャ! そんなことできるわけないだろ!? あっという間に殺されてそれでお終いだよ!」

 

 ピトーはずいっと身を乗りだし、恐々とした剣幕でエレノアに迫るが、それをいなすように頭を撫でながら、陽気に言葉を続けた。

 

「だから言ったろ。俺の我侭だって。ああでも、別にお前の忠誠心を削ごうってわけじゃないぜ? 王の許可さえ下りれば、お前には選択権が生まれるんだ。その時に、改めて選んでくれればいい」

「そ、そんなの屁理屈じゃないか! ボクの気持ちを弄ぶようなことしてそんなに……ッ」

「ああ、『そんなに』だよ」

「あ……あぅ……」

 

 エレノアの一瞬の真顔に、ピトーは僅かにたじろぐ。終には、ふぃっと顔を背けて、暫しの間だが、不貞腐れるように沈黙を貫いた。やがて小さなため息を一つ吐くと、エレノアに背を向けたまま、ぶつぶつとか細い声で呟いた。

 

「……命の保障なんてできないからね」

「ああ、わかってる」

「ボクは王のものなんだから……」

「それも、わかってる」

「……きっと、仲間にも殺されちゃうんだから……」

「かもな」

「……ボクは人間じゃないんだよ?」

「関係ない」

「…………」

 

 ピトーの言葉が、ついに途切れる。

 萎れた花のように垂れている頭をエレノアは優しく撫でてから、後ろからそっと抱きしめて、そのまま自身の膝の上に置いた。

 

「迷惑か……?」

 

 耳元でそう囁くと、ピトーは何を語るでもなく小さく首を横に振る。項垂れた頭とは対称的に、尻尾はふりふりと喜びを示すような仕草を示している。察するに、少なからず受け入れてくれているという意思表示と捉えていいのだろうかと、エレノアは頬を緩ませた。と、同時に、ほんの少しばかり意地悪い考えが浮かんでしまう。多分今なら、愛情表現のような、そういう言葉を口にするようなタイミングなのかもしれないと。

 

「なぁ、ピトー」

「……なんニャ」

「――いや、なんでもない」

 

 結局は思い留まった。今そう言う言葉を使うのは卑怯だと。まずはその王という人物と話をつけなければ、公平ではない。抜け駆けして略奪するようなことをしてしまってはそれこそ共存などできないだろう。

 会いに行く以上人間として面と向かわなければならない。そして人として、エレノアとしてのできうる限りを尽くすべきだ。というそんな想いを抱きながら、ピトーの脇腹を擽って、萎れた面を上げさせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れものはないか?」

「うん。ボクは大丈夫!」

 

 少し古ぼけた布袋と、小さなリュック一つずつ。中には着替えや応急箱など、必要最低限の荷物を整えて、エレノアたちは家を後にした。

 と、ピトーが突然「ちょっと待って!」とエレノアを引きとめる。ピトーはおもむろに振り向くと、何やら干渉深い表情で、昨日まで住んでいたその家をまじまじと見納める。

 

「いつか、帰ってこれるかな……?」

「帰ってこれるさ。いつでもな」

「……うん!」

 

 立派な家でもなければ、住みやすい家でもない。だが、それでも彼らにとってはかけがえのない唯一の帰る場所。無論、ピトーにとってそうなるかは定かではない。定かではないが、いつかそう遠くない未来、きっと現実となるだろう。

 何故なら、彼らにとってあの暮らし、日々は――掛け替えの無い、大切な思い出(precious memory)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ、どうやって説得するつもりなの? まともに掛け合っても聞いてもらえないよ? ちゃんと考えてるの?」

「んー……そうだな……」

「こいつまったく考えてないニャ! 行き当たりばったりすぎるニャ!」

「いや、そんなことないって。 とりま、そうだな……不法侵入で起訴して、法廷に引きずりだすとか?」

「は、はあ? ふ、不法侵入ってあの無断で入ったらなんとかーってやつ……?」

「そうそう。それそれ」

「アホ丸出しニャ……」

「いやぁ、現状今のお前は王の所有物だし? それが人んちに勝手に入ったら多分駄目とかそういうので――」

「自分の家に入れたのはノアじゃないか!! ボクは別に無理やり押し入ったわけじゃ――ッ」

「いや、その家じゃなくてさ。ほら、二日前あの古ぼけた城に勝手に入ったろ?」

「それは……はいった……けど……え……?」

 

 

「あの城、元は俺の家なんだよ」

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 




今回も閲覧していただき、ありがとうございます。

一応、これにて完結させていただきます。需要があれば続きを書こうと考えていますが、リアルでの多忙も兼ねて今以上に不定期になるので、大変申し訳ございませんが、一旦ここで区切らせていただきたいと思います。

今まで応援してくださり、ありがとうございました。
元々ピトー好きがきっかけでここまで書かせていただきましたが、思った以上に難しく、またここまで長く続けられるとは思っていませんでした。

これも、読んでいただける方々のお力添えがあってのことだと思います。この場を借りて、改めてお礼を言わせて下さい。本当に有難うございました。

またいつか、続きが投稿できればいいなと思います。

それでは、またどこかで。おもち。
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