導きの神と共に   作:夕凪煉音

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現実とはかけ離れる描写があると思います。

神社の統廃合に関することは、本当に想像です。


序章
第一話 出会いまでの出来事


私に自我が生まれたのは5年前……正確に言うと5年と82年前のことだ。

……………。分かっているのだ。普通は逆だし、数が大きすぎるし、中途半端である。

それでも私に自我が生まれたのは82年と5年前でも87年前でもなく、5年と82年前なのである。

 

……………この時点で分かる者は分かるのだろうが、私は最初理解できなかったし、したくなかった。なんせ82年生きて死ぬ直前のおばあちゃんであった私が生後数日の赤ちゃんに戻った、なんて異常な状況またはそれに準ずるような状況、私には一度しか覚えがない。その一度ですら私の友人達が巻き込まれていたものの、私自身には何の影響もなかったのだ。そう。私が16歳の冬に起こった一連の騒動以上に信じられなかったのである。

 

御崎市集団幻覚事件、並びに御崎市症候群。

かつて私が住んでいた街で“御崎大橋ほどの怪獣の闘い”が目撃され、“誰かに忘れないでくれと懇願する声”が聞かれ、“光が町中に降り注ぐ幻想的な光景”を目にする…………そのような“幻覚”と決めつけられた私たちにとっての現実があった。

それと時を同じくするようにして判明した、御崎市に住む多くの人々のある一定の期間の記憶が欠落している症例。その中でも特異な症例を発症した私の友人。

 

よく現実は小説よりも奇なり、などというがその通りである。今上げた一連の出来事と同様に異常であり、それ以上に奇異なのである。

私が……おばあちゃんであった緒方真竹が、赤ちゃんの頃の緒方真竹へと逆行したという現実は。

 

 

ただし、数ヶ月も経てば否が応でも受け入れてしまっていたのだが。今の自分の状況は紛れもなく現実であるし、おばあちゃんだった頃の私も私であることに変わりはない。そう割り切ってしまえていたのであった。

 

 

だからそれから5年、私は同年代の友人達の中で少し大人びた少女の地位を築いていた。本来ならば大人びたどころか老成しているのだが、それでは周りから浮きかけない上に、親からも気味悪がられかねないからである。

どれだけ年を取っても周囲の奇異の目には慣れることができない。御崎市集団幻覚事件や御崎市症候群などで心無い人々からの追及に無辜(むこ)の市民たちが犠牲にされてから、例え逆行したとしてもそれは変わることもない。

だから私は目立たないために自分を多少押さえたのである。

しかしどこが悪かったのだろうか、今や私の渾名は“おばあちゃん”である。本当にこの世はままならないものである。

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、現実逃避はここまでにするとして、私の逆行や16歳の冬の一連の出来事と同様に異常な今のこの状況、どうすればいいのだろうか。

 

 

 

 

ことの発端は数日前。幼稚園でも特に仲のよい友人達に、近所を“探検”しようと誘われたのである。勿論自分たちだけでは危ないことは分かっているので私は保護者を呼んだ。友人達は自分たちだけで行くつもりだったらしくブーイングの嵐だった。しかし、その保護者が私たちの行きたいような所を把握し、案内してくれたためにそのブーイングはすぐに消えた。

 

子供の私たちだけでは通るのが怖いような裏路地に、穴場のお店、そしてよく通る商店街。私たちが疲れるまで案内してくれた保護者には感謝している。

 

そして夕方“探検”も終盤に差しかかる頃に近所の寂れた神社に寄ったのである。その神社は御崎神社とは雰囲気が全くと言っていいほど違った。

案内してくれた保護者も滅多に来ないし、そもそもこの神社があることを知っている人自体が少ないという。だからあまり子供だけでは来ないようにと言い含められる。

前世では10歳の頃には開発されて住宅街になっていた位置にあったらしい、この神社の名前は“御鎖護神社”。この町で行われる“ミサゴ祭り”と関係が有りそうな名前である。82年と5年この街で生きてきて初めて知った事実であった。

 

 

その発見から数日後、私は御鎖護神社に妙な違和感を覚えて再び訪れていた。今度は1人で。

今回はゆっくりと観察してみる。

それなりに大きな敷地である。

神社の本殿がある。社務所がある。狛犬がいる。鳥居がある。参道もある。

しかしながら、人の気配を感じるものが一つもない。

落ち葉は掃除されず、狛犬の上や参道のあちこちに積もっている。

社務所には人っ子一人いない。いや、いた。壮年の男性が一人。寝ている……のか?これは。

 

 

 

彼を起こして話を聞いてみたところ、この神社は江戸時代の始めころに出来た神社であるようだ。

徳川将軍が幕府を開いた頃にロホクとかいう異国風の格好をした旅人がこの地を訪れ、自分が信奉する神について説いてその神を祀って貰うために御神体(の一つ)とされる鏡を置いていったのを祀ったのが始まりらしい。しかし、その神は外来のものであるのと立地条件が悪いことにより、そこに神社が有ることすらあまり広まらず、細々とその神の存在を伝えるのみであるという。

 

そして、数年後にはとり潰されることが決定され、彼がこの神社の最後の神主であるらしい。

 

ちなみにその神は“導きの神”であるとロホクは伝えたが、名前を伝え忘れたようで伝承されていない。

 

 

 

 

 

 

そして今、壮年の神主との話を終えて帰ろうとした時に声が聞こえたのである。

 

 

『────この声    聞こえる    返事────』

 

 

それなりに年を重ねたとは言え、誰もいない筈の神社の本殿から声が聞こえるのである、狼狽えているところである。驚きと興味から本殿の方へと足を運び、声に最も近いと思われる戸を開けた。

 

 

そこには祭具と思われる鏡だけが置かれていた。

 

 

これがその神社で祀る、導きの神“覚の嘯吟”シャヘルとの、祭具の鏡を介した初めての接触であった。




正直、導きの神の口調がわかりません!普通の口調にすべきか迷いました!でも、この小説ではこれでいきます。

そして補足をば。

逆行オガちゃん
子や孫に囲まれて天寿を全うした後に逆行してしまった緒方真竹。5歳児。渾名はおばあちゃん。あながち間違ってないし、満更でもない。不思議なことに興味を持ち、結構な行動力を持つ。

御鎖護神社
この神社はフィクションです。存在感が薄くて気づかれず、そのまま統廃合されずに放置されていた、などという事例は恐らくありません。なぜそんな神社に神主がいるのか、御崎市七不思議の一つ(にはならない。そもそも知られてないから)。ただし、ミサゴという名は夏祭りの名称として引き継がれていることから、昔はそこそこの知名度を持っていたと思われる。

壮年の神主
忘れ去られた神社に何故かいる神主。年齢不詳。しかし、噂によるとかなりの長期間神主を勤めているらしい。

旅人ロホク
弦楽器を弾きながら様々な国を旅した旅の音楽家。夏でも厚着し、顔を隠し、ただ吟ずる、謎の人物。
ただしある方面では割と有名である。神の名前を教えるのを忘れた。

祭具の鏡
現地の人に信奉する神について話した(歌い聞かせた?)ロホクが置いていった円形の鏡。これに祈れば導きの神に通じるらしい。

導きの神
ロホクが語った異国の神。名前を知られず、導きの神様とだけ呼ばれる。たまに神託を無差別に撒き散らす傍迷惑な神様。実体を持たない神霊のような存在のため自身の力では現世に干渉できない。故に退屈に思って言葉を零したところ、鏡を通して現世に声が漏れたうっかりさん。
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