海斗は車に揺られながら外を眺めていた。
その車窓からは綺麗な海、横須賀湾が見えている。太陽の光を反射しキラキラと輝くその景色は人を魅了するに十分だろう。
窓を開ければ潮のいい香りがすることだろう。
だが、その海は今や人間の物ではなくなっている。
まだ陸に近いあたりはさほど影響はないが離れたところでは数多の深海棲艦が闊歩していることだろう。
(綺麗に穢れた海、か……)
誰が言い出したのかわからない言葉を心の中で唱える。
人の手がついていない自然が残った海。そして、大量の人が、兵器が、怨念が沈んでいる海。
海斗は手にしている何度も読んだ資料に視線を落とす。それは幾度も読まれ少しボロボロになっている。
(……艦娘。ねぇ)
艦娘、それが対深海棲艦用の新たな“兵器”の名だった。
◇◇◇
さらに車に揺られること10分。
海斗は鎮守府の正面入り口と思われる場所に降り立っていた。
「それでは荷物は後ほどお部屋にお持ちしますので」
「ああ、頼む」
運転手は敬礼をすると車に乗り込み去っていった。
(ここが、鎮守府。新設されただけあって結構立派じゃないか)
海斗は目の前にある鎮守府を見上げる。
鎮守府は赤レンガで綺麗に作られていた。
少し派手なような印象を受けるがこの鎮守府の目的を考えれば落ち着きはしないがさほど気にはならない。
「提督、お待ちしておりました」
声をかけられ気がつくと鎮守府の両扉の前に1人の女性が敬礼をして立っていた。
海斗も敬礼を返す。
「ああ、本日付けでこの鎮守府に着任した海原 海斗少佐だ。それで、君は?」
目の前の眼鏡をかけた女性は丁寧にお辞儀をすると微笑みながら答える。
「失礼いたしました。私は提督の補佐をさせていただきます。
海斗と彼女にはこれといった接点はない。しかし、その名前には聞き覚えがあった。
さらに彼女の襟や肩を見るが階級章を付けていない。
「大淀、ということは君は……」
「はい、私も艦娘です。以後何なりとご命令を、提督」
そう、彼女の名前を初めて見たのはあの艦娘について書かれていた資料だ。
(これが、兵器、か)
大淀は深々と綺麗に一礼すると微笑みを海斗に向けた。
どこからどう見ても人間のようにしか見えないモノに海斗は妙な心の引っかかりを覚えながら大淀に視線を向ける。
「分かった。よろしく頼む。大淀」
「はい。提督。それでは鎮守府内をご案内させていただきます。私についてきてください」
◇◇◇
「ここが提督の執務室になります」
大淀が最初に連れてきたのは執務室だった。
特に豪華というわけでもない机と椅子。
書類や資料がまばらに並べられている棚が設置されていた。
その隣には少し小さめの机と椅子がある。
また、接客室も兼ねているのかテーブル、それの両側に長いソファが置かれていた。
「……随分とシンプルだな。外はかなり派手だったが」
外装は赤レンガとかなり目立つような造形をしていたが反転、室内はシンプルにまとめられていた。
「気に入らなければ自由に変更できますが。どうしましょうか?」
「いや、構わない。これはこれで使いやすそうだ」
海斗は部屋を軽く歩くと窓から外の景色を眺め始める。
そこからは港が見えていた。物資の搬入をしているようでコンテナがいくつか運ばれていた。
(ここから見る景色は、平和そのものだな)
大淀は外の景色を眺める海斗に少し近づき声をかける。
「どうかなさいましたか?」
海斗はその景色をしばらく見つめると物思いにふけ少し目を閉じた。
それから少しして目を開け大淀の方を向く。
「……いや、なんでも。次に行こうか」
「はい、次は食堂にご案内します」
食堂に移動中の事だった。
通路を歩いていると遊戯室と書かれてある部屋から元気な少女たちの声が聞こえた。
それと同時に卓球をしているらしくピンポン玉を激しく打ち合う音も聞こえる。
「くらいなさい!暁!」
「あまいわね。雷!」
暁と呼ばれた少女が放ったピンポン玉は綺麗に相手ペアのテーブルに入った。
雷と呼ばれた少女はそれを追うが追いつけずピンポン玉は無情にも床に落ちる。
数回バウンドを繰り返すと床を転がりしばらくして止まった。
それを確認した少女は手を取り合い喜びを露わにする。
「やったわ!響」
「ああ。ギリギリだったが勝てたな」
暁と響はハイタッチをして言葉を交わす。もう片方のペアは––––
「くっ、あと少しだったのに」
「ごめんなさいなのです。雷ちゃん」
言いながらその少女は床に落ちたピンポン玉を拾う。
「電だけのせいじゃないわ。次は絶対、勝ちましょう」
敗北したことを悔しがっていたが互いに笑顔で言葉を交わしている。
海斗は立ち止まりその光景を見ていた。
「あの子たちは?」
大淀も立ち止まり彼女たちを見た。
「ああ、彼女たちは第六駆逐隊の子たちですね。いつもあんな調子なんですよ」
「そうか……って、ちょっと待て。あんな子たちも艦娘なのか?」
確かに資料ではそういうことも書いてあったが、やはり信じられず海斗は確認するように聞いた。
「ええ、そうですよ。駆逐艦ですけど。駆逐艦の子たちはほとんどが子供の体型をしていますね」
大淀のさも当然のような言葉に海斗は言葉を詰まらせた。
(艦娘が女性の姿を模していることは知っていたが、なぜわざわざなんな子供にしておく必要がある?上の連中は、あいつは何を考えて……)
海斗が思考の海に飛び込もうとしたところで元気な少女の声が耳に届いた。
「あなたが司令官なの?」
ふと足元に視線を移すとそこにはさっきまで卓球をしていた少女たちが自分を見上げていた。
「あ、ああ。海原海斗少佐だ」
「へぇ。私は暁よ。一人前のレディとして扱ってね?」
長い黒髪の少女は胸に手を当てながら堂々と言い切る。
「私は響。よろしく」
今度は長い銀髪の少女だ。表情の起伏があまり見えず物静かな印象を受けた。
「あたしは雷よ。こっちはーーー」
今度は短髪の少女。どこか活発そうな印象を受ける。
「い、電なのです。よろしくなのです」
雷の後ろに隠れるながら電は言った。
「あ、ああ。まぁ、よろしく?」
海斗は少々戸惑いながら言うとたまたま近くにいた暁と雷の頭に手を置きなでた。
雷はそれに気持ち良さそうに目を細めていたが暁はその手を払いのけ海斗から数歩離れると頬を膨らませ睨みつけながら叫んだ。
「こ、子ども扱いしないでよ!」
なぜ自分が叫ばれるのか理解ができなかったが反射的に海斗は謝罪する。
「わ、悪い。偶々近くにいたもんだから……」
戸惑う海斗を安心させるように雷は自分の頭に乗せられた海斗の手を撫でる。
「大丈夫よ。司令官。暁はただ単に恥ずかしかっているだけだから」
雷の言葉に海斗は数回まばたきするとその視線を暁に向けた。
「……そうなのか?」
海斗の問いに暁は赤面しながら否定する。
「ち、違うわよ!!雷!なに変なこと言ってんのよ!」
暁が雷に掴みかかろうとすると雷はするりとそれをかわしそのまま通路を走り去っていった。暁もそれを追うように走り出す。
残っていた電と響も軽く頭を下げると2人を追い走り出した。
「彼女たちを見ると元気になりますね」
「……そう、だな」
海斗は走り去る彼女たちを見て鎮守府に着く前から芽生えていた想いが明確な形になりかけていた。