桜花纏う青年の物語   作:諸葛ナイト

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初陣(上)

 海斗はすぐに執務室の自分の机につくと書類を眺め始めた。その書類には現在の戦力と状況が記されている。

 

(目下の目標は鎮守府近海の安全確保、か)

 

 3年前の大規模反攻作戦【明星(みょうじょう)作戦】

 

 それは日本のシーレーンを確保するために半ば強行して行われた作戦。

 日本海軍は戦力のおよそ半数を失った代わりにオホーツク海、ベーリング海方面の海路を確保した作戦だ。

 

 そして、唯一人類が深海棲艦に勝利した作戦でもある。

 

 鎮守府近海も一部、その海域に含まれているが北側に集中しており、南はほぼ手付かずであり、安全とは言えない。

 そのため、この近海の安全確保は日本のシーレーンのさらなる安全確保も兼ねて行われる。

 

 海斗が机に並べられた書類を見つめているとドアをノックして大淀が入ってきた。

 その表情はすこしの疲労を表している。

 

「どうした。大淀。疲れているようだが」

 

 大淀は少し首を振ると口を開いた。

 

「……あの後、提督について聞かれまして」

 

 あれだけのことを言うだけ言ってそのまま立ち去ったのだ。

 何か知っていそうな大淀に群がるのは想像に難くない。

 

「ああ、そうだったのか。それは、すまん」

 

 原因が自分にあるとすぐに察した海斗は申し訳なさそうに頭を下げた。

 だが、大淀はその予想外の反応に大慌てで海斗に近づき声を上げる。

 

「あ、頭を上げてください。その、こうなるのは仕方がなかったですし、それにそういう事も私の仕事ですので」

 

 大淀は息を少し吐き、問いかける。

 

「そ、それで本日はどのような指示を?」

 

「……さっそくで悪いが出撃だ」

 

 海斗は表情は引き締め、はっきりと言い切った。

 

 大淀も表情を引き締め、海斗の言葉を逃すまいと真剣に聞き入る。

 

「まず、艦隊を2つ編成する。1つは長良を旗艦とし、暁、響、雷、電の第一艦隊。もう1つは川内を旗艦とし、神通、那珂、陽炎、不知火、黒潮を第二艦隊」

 

 海斗はそこまで言うと空中投影ディスプレイを2枚展開させた。

 

 1枚は鎮守府近海のもの、もう1枚は南西諸島沖のものだ。

 

「鎮守府近海には第一艦隊を、南西諸島沖は第二艦隊を向かわせる。これは現在よりもよりも強固な安全確保を目的とするものだ。ここまではいいな?」

 

「問題ありません」

 

「それと、この資料に載っている情報に間違いはないか?」

 

 海斗が大淀に差し出した資料には深海棲艦のおおまかな戦力割合が書いてあった。

 書かれている戦力は駆逐イ級、ロ級。軽巡ホ級、そして雷巡チ級だった。

 

「はい。度々実戦訓練を兼ねて出撃をしていますし、鎮守府に近いこともあり偵察も入念に行われています。なのでこれでほぼ間違いないかと」

 

(この辺はまだ最終防衛戦に近く戦力を配備しやすい。反対に敵は攻めかねているか)

 

 まだ陸に近いせいかここまで来るのは基本的に防衛艦隊が撃ち漏らしたもののみ。

 ほとんどは陸からの砲撃で沈められるがその索敵範囲外の敵は野放しが現状だ。

 

 それは鎮守府近海、南西諸島沖どちらも共通している。

 

「よし、とりあえずはここまで進めてくれ」

 

「了解」

 

 大淀は敬礼をすると指示を出すために招集を行った。

 

 そして、それから数十分後のこと。

 海斗の執務室には先ほど編成された第一、第二艦隊が揃っていた。

 

「よし、揃ったようだな。それでは早速だが君たちには出撃してもらう」

 

 そこまで言うと言葉を区切り再び口を開く。

 彼と彼女たちの間には空中投影ディスプレイにはそれぞれの海域図と艦娘名が表示されている。

 

「先ほど大淀が通達したように第一艦隊は長良を旗艦とし暁、響、雷、電。第二艦隊は川内を旗艦とし神通、那珂、陽炎、不知火、黒潮とする。諸君らの奮戦を期待する」

 

「「「了解!!」」」

 

 海斗の言葉に艦娘たちは敬礼を返した。

 

◇◇◇

 

 それからしばらくし、海斗から出撃命令を受けた艦娘たちはそれぞれ艤装を装備し、専用の港にいた。

 

「川内、水雷戦隊、出撃します!」

 

「長良、同じく水雷戦隊、出撃!!」

 

 川内が旗艦の第一艦隊は南西諸島沖に、長良が旗艦の第二艦隊は鎮守府正面に向けて出撃した。

 そして、海斗はその光景を執務室の窓から見ていた。

 

(さてと。君たち“後輩”の力、見極めさせてもらう)

 

「さぁ、私たちは指揮司令部に行くとするか」

 

「了解」

 

◇◇◇

 

〈鎮守府正面海域〉

 

 鎮守府正面海域。そこは横須賀湾から出て南の方向の海域を指す。

 ここまで侵入できる深海棲艦はほとんどいない。だが、度々艦隊からはぐれた、もしくは艦艇が撃ち漏らした深海棲艦が現れる。

 

「さぁって、みんな!気合い入れていくわよ!おー!!」

 

 長良は後ろに続く暁たちの方を向きながら拳を上げる。

 暁たちは長良の声に続くように拳を上げて「おー!」と言った。

 

 この海域は偵察海域でもあるため度々訪れ場所に慣れてはいるはずだが、長良の心境は決して穏やかなものではない。

 

(さて、と。提督さんがどんな人なのかよく分からないし、信用もあまりできない。私がきちんと旗艦を務めなきゃね)

 

 長良はそう決意を固めると自分の両頬を気合いを入れるようにパンパンと軽く叩く。

 

 彼女のこの考えはあまり異常とは言えない。

 

 彼女を含め鎮守府に所属する艦娘のほとんど(一部の駆逐艦たちは除く)は海斗という人間を信用しきれていない。

 

 理由はいくつか上げられるが大きなものは指揮能力だ。

 

 これまでにも何度か軍から派遣された者の指示に従い訓練や哨戒等を行ってきたが、結果は良いものとは言えなかった。

 

 「本当に戦況を聞いているのか?」と問いただしたくなるほどに指示は滅茶滅茶。

 当然そんな命令に従えるわけもなく、無視していると命令不服従と言われる。

 

 それこそ理不尽なほどに。

 

「あっ、敵艦隊発見!」

 

 暁の声に長良は思考の海から脱出し、すぐさま指示を飛ばす。長良たちの前には数体の駆逐イ級がいた。

 

「ナイスよ。暁ちゃん。各艦砲撃戦用意!相手はたかがイ級よ。でも、油断はしないでね」

 

「「「了解!!」」」

 

 それぞれ声を上げると同時に砲門を前方の深海棲艦艦隊へと向けた。

 

◇◇◇

 

〈南西諸島沖〉

 

「…………はぁ」

 

 戦域への移動中のこと、川内は何度目かのため息を漏らしていた。

 

「さっきからどしたんですか?姉さん」

 

 その後ろにいた神通は声をかける。だが、川内の悩みは神通にもよく分かっていた。

 

 指揮能力が全く分からず信用もできない指揮官の下で戦うなどとても安心できるような状況ではない。

 しかもそんな状況が現場の指揮を行う者にどれほどの重荷になるのか、とてもじゃないが楽観視できない。

 

 と、思いながら声をかけたのだが帰ってきた答えはあまりにも突拍子もないものだった。

 

「あ~、夜戦したい……」

 

「……え?」

 

 神通は自分の顔が笑顔で固まったのを自覚した。

 

 しかし、川内は気にしていないのかそれとも気が付いていないのか、まくしたてるように神通に言い迫る。

 

「だって、この間来た人も夜戦させてくれなかったし、夜戦させてくれなかったし、夜戦させてくれなかったじゃん!」

 

 神通は想像の範囲外のことを言われしばらく思考がどこかに飛んでいたが、なんとかそれを捕まえ愛想笑いを浮かべる。

 

「え?あっ、そ、そうですね~。あはは……」

 

 そして、深いため息を一つ。

 

(そうでした。姉さんはこういう人でした)

 

 神通は後ろを振り向く。

 

「だ~か~ら~。こうだよ!こう!」

 

「え?こ、こう?」

 

「なぜ、不知火までこんなことを……」

 

「まぁええやん。楽しいやろ?」

 

 その先には陽炎たちに熱心に何かの振り付けを教える妹の那珂の姿があった。

 

 そして、そこで神通は確信した。この艦隊はもう色々とダメなことに。

 今度は神通が何度目かの深い深いため息をついた。

 

◇◇◇

 

「……作戦は順調に進行中。これといった問題は、無しか」

 

 海斗は定期連絡を耳にしながらつぶやいていた。

 

「調子はどうですか?」

 

「調子もなにも手応えが感じられない。いくら敵ははぐれが多いとはいえ、な。実力を探るためにある程度自由に動くように指示はしていたが……艦娘の力はどうやら資料以上のようだ」

 

 艦娘の資料には一時的に指揮をとった者たちの所感が書いてあったがどれもあまりいい内容とは言えなかった。

 要約すると「能力は一部認めるが命令不服従あり」というような内容だった。

 

 しかし、実際はどうだろうか。

 

 彼女たちは普通の兵士たちと変わらず、命令に従ってくれている。

 これを見るに大方命令の仕方や動かし方を間違え、彼女たちの反感を買ったのだろうと結論付ける。

 

 しかし、幸運なことに彼女たちの動きや連携は海斗自身もよく知るものだ。これならば自分は多少はマシな指示が出せるであろう。

 

 その確信を得た海斗は大淀へと視線を向ける。

 

「大淀、このまま沖ノ鳥島方面の道を作るために進出するぞ」

 

「え?本日は偵察だけでは?」

 

「そのつもりだったんだが。君たちの力を私は侮っていたようだ。この様子ならばこのまま攻められる」

 

 海斗は新たに海図を空中に投影させて大淀に指示を出す。

 

 現在沖ノ鳥島は完全に深海棲艦の手に落ちて棲地化されており、そこが深海棲艦の日本や台湾、マレーシア方面侵攻への前線基地となっている。

 

 さらに沖ノ鳥島から北西に進んだ場所に現在深海棲艦たちの人工島が造られようとしている。

 もしこれを許してしまえば日本はさらに窮地に追い込まれることになるのは想像に難くない。

 

 最悪の場合首の皮一枚でどうにか持ちこたえている沖縄を完全に切り捨てることにもなり得る。

 

 当然ながら大淀もその辺りの事情は知っているため海斗は手短に命令のみを告げる。

 

「水雷戦隊の機動力を生かし、砲雷撃を行い一気に潰す。利根、筑摩、千歳、千代田を増援で出しておけ。彼女たちには第三艦隊として索敵を行ってもらう」

 

 本来ならば鹿児島あたりでの補給と休息を取らせたいのだが、まだ艦娘にも対応した施設がなく、艦艇もないため出来ないための処置だ。

 

「了解しました」

 

 大淀はすぐさまあげられた4人に出撃準備するように知らせる放送を流す。

 

 海斗はその間に長良と川内に通信を行う。

 

「長良、川内、敵掃討後に指定するポイントに向かってくれ。連戦になってすまないが集結し始めている深海棲艦艦隊を潰す」

 

「「了解」」

 

「でも、提督。弾薬と燃料の補給は?」

 

 長良の質問に海斗は即答する。

 

「これから向かわせる援軍に持って行かせる。量はさほど持って行かせることはできないが、十分な量のはずだ」

 

「……了解」

 

「それから何かあればすぐに通信を入れろ。中破が出たらすぐに撤退。あくまでも偵察。余裕があるならば撃滅。これは忘れるなよ」

 

 長良と川内の返事を聞くと海斗は通信を切った。

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