「提督、本当に良かったんですか?」
指示を伝え終えた海斗に大淀は声をかける。
「ああ、あいつらにも知能がある。だったら無駄に全滅に固執することはない」
深海棲艦たちはまだ棲地を作っておらずしゅうけつしているだけだ。
ということはあの場所を必ず死守する必要性はなく、全滅前提の防衛戦など行わず一定数を減らせば自ずと撤退する。
なぜか深海棲艦は数で圧倒的優位にいるにもかかわらず、戦力の損耗率を考えているらしい。
その習性に疑問を覚えはするが、今はそれが海斗が立てる作戦の大きな要だった。
深海棲艦の知能、もしくは本能を利用する作戦。
しかし、それを見破られてしまえば確実に負ける。
いくら艦娘とはいえ、駆逐艦がほとんどの中で戦艦ル級にダメージを負わせるのは酷な事だ。
であれば周りの駆逐軽巡を潰していき、撤退にまで追い込むことができればいい。
「提督、後60秒で第三艦隊が砲撃位置に到着します」
その報告を聞き海斗は目を閉じ、息を軽く吐くと見開き、指示を飛ばす。
「わかった。予定通り、第三艦隊の砲撃、爆撃開始後に第一艦隊を西側を、第二艦隊は東側へ進路を取れ」
『『『了解』』』
それぞれの旗艦が返事を返した。
◇◇◇
利根率いる第三艦隊は砲撃、瑞雲の発艦を行なっていた。
利根たちが攻撃を行えるということは戦艦ル級、ならびに重巡も攻撃を行えるということ。
先程から彼女たちの近くにはそれらがひっきりなしに海面を叩き、水柱を上げていく。
しかしそれだけだ。彼女たちは射程距離のギリギリのところを移動しているため攻撃が当たることはほとんどない。
一方で彼女たちの放つ攻撃は駆逐や軽巡を狙っているため数発は命中しておりダメージを与えるに至っている。
そこに追い打ちをかけるように瑞雲が深海棲艦たちの陣形を2つに割るように真っ直ぐに飛びながら投下した爆弾が落ちた。
その空爆から逃れようと駆逐と軽巡種は移動、それにより陣形が左右に割れ崩れ始めた。
そして、それらが向かう先には高速で接近していた第一、第二艦隊の艦娘たちが魚雷発射管と砲門を構えていた。
『砲雷撃開始』
海斗の合図共に一斉に放たれる砲弾と魚雷。
それらは動揺し、まともな陣形を取れていない深海棲艦たちに何の苦もなく命中。次々と沈めていく。
そんな彼女たちへと戦艦ル級、重巡リ級の砲門が向けられる。しかし、それらが砲撃を始める前に利根たちが前進し砲撃を浴びせることで防ぐ。
その間に第一、第二艦隊の面々は戦艦ル級重巡リ級の射程距離外へと全速力で下がる。
その一連の攻撃で第一艦隊が駆逐8体、軽巡1体。第二艦隊が駆逐5体、軽巡3体の計17体を沈めた。
それを聞いた海斗は椅子に体重をかけて空中ディスプレイの海図を見つめる。
(さて、どう動くか……)
深海棲艦たちからすればまだ特に重要でもない場所で全滅すれすれの被害を負った。
旗艦は確かに無傷ではあるが数多くの戦力を失っている。
海斗は通信に耳を傾けて彼女たちからの報告を待つ。
そして、その報告をしてきたのは利根だった。
『こちら第三艦隊じゃ。深海棲艦艦隊が沖ノ鳥島方面に撤退を開始したのじゃ』
その報告を聞き、大淀が胸を撫で下ろし、海斗は息を吐いた。
そして全艦へと通信を送る。
「了解した。追撃はせずに全艦帰投せよ」
通信の向こう側からは安堵と喜びの声が聞こえてくる。
長良、川内、利根の『了解』の声を聞き海斗も口を緩め、笑みを浮かべた。
◇◇◇
夕方の日が沈みかけている中、戦闘に出撃した艦娘たちは帰投中に何か起きることもなく、無事に鎮守府にたどり着いていた。
そして、場所は執務室。
座る海斗の前には机を挟んで今回艦隊旗艦を務めた長良、川内、利根の3人が敬礼をしていた。
海斗も敬礼を返すと楽にする旨とソファーに座るように伝える。
3人はそれに従い、手を下ろしてソファーに腰掛けた。
それを確認して海斗は表情と声色を緩めて告げる。
「みんな、今日は本当にお疲れ様」
最終的な戦果は沖ノ鳥島方面海域での戦闘以外に駆逐艦27体、軽巡洋艦11体、重巡1体を轟沈。
それに加えこちらの被害はほぼ0。擦り傷をしたものが数名いたぐらいだ。
初陣にして完勝と言い切ってもいいほどの多大な戦果だ。
「正直、ここまでやってくれるとは予想外だった」
海斗の言葉に長良が慌てて言い繕うように口を開く。
「い、いえ。提督こそ的確な指示で、その……」
しかし、そこから先の言葉は出しにくいのか言い渋っている。
海斗は変わらず優しく表情を緩めたままだ。
「はははっ、構わんさ。君たちも私の力を侮っていたのだろう?」
完全に図星を突かれ長良は言葉を失い顔を下げる。
海斗は視線を川内と利根に向ける。
2人とも苦笑いを浮かべ頬を掻いている。
彼女たちも長良ほど表面に出さなかっただけでまた同じような思いを抱いていたようだ。
「だが、今回の作戦で私の大体の力量はわかってくれただろう?」
海斗の問いに全員が首を縦に振る。
それはもう嫌というほどに、彼女たちからはその言葉が雰囲気から滲み出ている。
「ならば良し。そうそう、話す時にはあまり鰭をつけないでくれよ」
笑みを浮かべながら海斗は言う。
その表情、声色、雰囲気その全てが作戦開始前とは全く違っておりかなり柔らかい。
海斗は大淀に視線を送る。
それだけで大淀は頷き、3人に紙を差し出した。
それには一番上に太文字で報告書、と記されている。
「悪いが君たちには報告書を書いてほしい。さっき自分が言ったことを文にまとめるだけでいい。詳しくはそこに書いてあるとおりだ。それと、今日出撃した者に明日は非番を与える」
最後の言葉は予想外だったのか表情が驚きに変わる。
「君たちには急な連戦だったからな。ゆっくりと休んでくれ。ただし、報告書は今日だしてくれ」
3人は戸惑いながら返事を返し、部屋から出た。
そして、まるでそのタイミングを計ったかのように電話が鳴る。
大淀が受話器を取ろうとしたが海斗はそれを止め、自分で取った。
「彼女たちの初陣はどうだったかしら?」
聞きなれた女性の声に海斗は緊張を解くと大淀に部屋から出るように指示をする。
彼女はそれに従い、すぐに部屋から出た。
それを確認し、呆れを含ませる声音で返す。
「良い方向で予想を裏切ってくれたよ」
海斗のその返答に女性は嬉しそうな声色で「そう」と返す。
「だが、やはり火力と索敵の点がどうしても弱い。こちらも戦艦か空母を配備したいが、どうだ?」
要請のような言葉だがその声は確認をとるようなものだ。
それに対してまるで待ってましたとでも言うように即答で彼女は答える。
「もちろん準備してるわよ」
電話の向こうで資料でもめくっているのか紙が擦れるような音がかすかに聞こえた。
「えっと、戦艦は金剛型、扶桑型。空母、と言っても軽空母なんだけど、それは鳳翔と龍驤、後は飛鷹型ってところかしら?」
「すぐに来られるのは?」
再び紙がこすれる音がする。唸る女性の声もそれに重なって聞こえる。
「金剛型と鳳翔、龍驤ね。彼女たちなら本体が形になってるから。ただ、軽空母の2人は艤装がちょっと複雑だから何回か試験する必要があるわよ?」
「構わん。今は少しでも戦力がほしい」
「了解、すぐに手配するわ。到着は夕方ぐらいね。そうそう、球磨型軽巡の5人を今日そっちに送る手配したからその5人は明日の朝ぐらいに着任予定よ」
「わかった。それでは、また連絡する」
海斗はそう言うと受話器を置き大淀に部屋に入るように言う。
「すまないな。大淀、君も相当疲れているだろうがもう少し付き合ってくれよ」
「了解。報告書の準備ですよね」
「詳しいものはまだだが概略ぐらいは書いておきたいからな」
海斗はそう言うと大淀に差し出された報告書にペンを走らせた。
◇◇◇
夜、夜警の艦娘以外完全に眠りについた静かな鎮守府。
一人で過ごすには広すぎる部屋に海斗はいた。
その顔は投影ディスプレイの光に照らされている。
『初陣の結果は良かったようだな』
そのディスプレイに映っているのは中年の男性。
その言葉は内容とは裏腹にどこか悔しそうな雰囲気が感じられる。
「はい。先ほど報告した通りです。艦娘の力はカタログスペックを超えていました。詳しい資料は明朝に届くかと」
3人の報告書はあれから数時間後に届いた。そのため海斗はそれらをすぐにまとめ、大淀に本部に送るように伝えていた。
余談だがその際、川内が夜戦をしたいとしつこくせがんだため夜警に向かわせている。
『了解した。報告は以上か?』
海斗は少しの逡巡の末に口を開いた。
「…………いえ、後一つ」
『ふむ、なんだ?』
「陸が妙な動きをしていますが、よろしいのですか?」
艦娘用設備がある鎮守府は横須賀港に建設されている。
また、港近くということもあり、湾岸には防衛のために陸軍から派遣された部隊が常に監視の目を光らせている。
しかし、今回の初陣終了後その防衛部隊の一部が姿を消しているのだ。
確かに艦娘がいるため、多少の余裕があるかもしれないがわざわざ防衛部隊を下げる必要はない。
何かを狙っている。そう考えてしまうのも当然だろう。
『放っておけ。今回の初陣で丘の連中への抑止力としては十分な戦果をあげた。付け加えるなら各国もアレに興味を持ったようでな。ぜひ協力したいとの声が来ている』
「……そうですか」
『質問は以上か?』
「はい」
男性は海斗の返答を聞くと通話を終了した。
海斗もそれからディスプレイの電源を切り、頭を抱えた。
(結局、彼女たち“も”政争の道具、か……)
「……クソッ」
海斗は奥歯をきつく噛み締め机を睨みつけた。