──俺は死んだ!死んだはずだ。
──なのに、なぜ自分は起きていられるんだ。
──もしかして、これが死後の世界ってやつか?
──いや、それはいくらなんでもないのでは。だとしたら……俺がこんな、マンションの屋上にいるはずがねーもんな。
────なぁ、天子……………………
「まさか、もうやられたなんて……ねぇ」
自分でもびっくりだ。天子を倒した事があるという奴から色々と教わってきてから、やっと天子の前に立てたというのに。
技やテクニックの応用を上手く活用出来ずに、いきなり天子と対決してしまったせいか、なかなか思うようにうまくいかなかったのが倒れた原因かもしれない。
「しっかしー、本当にしぶとい奴ねぇ。今度こそ死んだかと思ったら……」
俺もあの時、死ぬと思ってたさ。けどなぜ、なぜ俺は生きてる?一体誰が生き返らせた?俺って、そんなに硬いのか?
「まだ生きてるなんて…………あんた一体何者?とても人間とは思えないのだけど」
「…………知らねーよ」
天子の言ったことに対してこう小声で呟いたから、多分天子の耳には届いてない。
……なんかもう、どうでも良くなってきちゃったなぁぁ。
「起きたってことは、まだまだ元気があるってわけね…………」
そういえば、俺は今、素手の状態だ。気絶したときの状況をうまく思い出せないが、恐らく武器は自分の部屋にある。
もし、このまま戦うとなれば…………俺は天子に体中斬られて、苦しみを味わいながら死んでいくだろう。
天子はゆっくりと剣を構える。
俺はというと、未だに意識が朦朧とするし、何が起こっているのか知らなかったので寝転んでいた。
俺が天子に殺意を持たれていると知ったのは、このあとに起こった天子の攻撃なのであった。
どうやら本気で俺を邪魔だと思っているそうで、次々と襲いかかってくる天子の攻撃はふざけてやっているものではないと思われる。
要石と呼ばれる、しめ縄を巻いている石どもが容赦なく俺を追いかけてくる。走っては素早く折り返したりをさっきから繰り返してるのだが、ついさっきの衣玖みたいに石が天子に当たらないかと、息を切らしながら試してるのだが…………
──なかなか当たらない。
──というか、衣玖のときと違って、天子はちょろちょろ動いている。
──どうにかして、スキをつくらなければ。
仕方の無い事だ。刀もナイフも身につけてないのだから、下手に手をだそうとすると、またやられる。
これ以外に、なにか解決策はあるのか。
答えはNOだ。
そうだ……脚だ。天子の足を掴めば、何となるんじゃないか。
しかし、ヤツの脚はスカートに覆われていて、ブーツしか見えない!こうなりゃ、なんとしてでも捲るしかないか?
もうどうなろうとパンツが拝められようとも、どうだっていい。とにかく天子の暴走を、俺は止めたい!
「はあっ……行くぜえ…………っ!」
要石を後ろに、俺は天子に思いきり突っ込む。
何故脚を狙ったのかというと、実は天子の身体をめがけて突っ込もうとすると、天子が一瞬で逃げてしまうので、なんとかして油断を作らせるには、脚がいいと考えたからだ。
因みに、こいつにヘッドロックは効かない。
効かないとはいえ、ヤツは「痛い!」とちゃんと叫ぶのだが、やり終えるとまた偉そうな態度をとるのだ。
俺は地面に向かってダイブし、そのまま慣性を利用すると、天子の脚にようやく掴むことができた。
「ひゃっ!」
女の子らしい悲鳴を上げる天子だが、すぐ後ろに天子が仕掛けた要石が迫ってきている。追尾するとはいえ、そんなに正確な追跡ルートではないので、俺が動くたび、多少タイムラグが発生して方向転換が遅れる。
つまり…………俺は、これを利用して天子を倒そうというわけだ。
「ちょっ離せこらァ!そんなとこを人間ごときが触れていいとでも思ってるわけ!?」
脚をジタバタさせても無駄だ。白玉楼で仕立てあげたこの俺の腕…………こいつでじっくり試させてもらうぜ!
要石がおよそ3mくらいにまで迫ってきた。そろそろ早く来てくれないと、こっちが天子を止めきれなくなる。
2m……1m………………。
50cm…………!!
────今だ!天子から離れろ!!
自分にそう言い聞かせ、本能の赴くままに動く。
両手から脚を離し、1秒にも満たない速さで立ち上がり駆け抜けるように、俺はマンションの端まで逃げた。
ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!
重そうな要石は、力を込めて地面に落ち、コンクリートから砂塵が周りを覆う。複数あるうち、殆どの要石は天子へ向けられたものであった。
────やった。
俺は、ヤツを……倒したのだ…………っ!
思わずホッと安心感がわき、それと同時に今までの走り込みで溜まった二酸化炭素を、咳が出るくらいに吐き出した。
「ははっ…………もう、動けねえ…………っ!」
緊張がほぐれて、普段漏らすことのない独り言を漏らす。
しかし、とある一言で、これは夢ではないと確信する。
「へぇ、それはイイわね」
なんと砂塵の中から、額や腕から血を流している天子の姿が現れた。
な……なぜ生きてやがる!!あの要石は、元々当たっても痛くならないようにしたのか!?
俺は思わず座り込んだ状態から、無理矢理立ち上がった。それは、まるで信じられないものを見たような目で天子の方を見ながら。
天子の姿がはっきりすると、天子は全力疾走でこちらへ向かってきた。
俺が避けようとした瞬間に天子に腹をキックされ、俺はマンションの避雷針がある辺りにまで吹き飛ばされた。
衝突によりまたもや背中に激痛が襲うが、それでも俺は立ち上がる。そして俺は、一度は言ってみたかったセリフを放った。
「武器なんか使いよって!そんなもん捨ててかかって来いやぁ!!」
俺は天子に素手で戦うよう強く要請した。そう言うと天子は、
「いいだろう」
と男らしい口調になり、持っていた武器をその場で落とした。
「こうすれば、お互い様ね」
不良とも喧嘩したことのない俺が、初っ端からゲームのラスボスと戦う。こんな事、人生て初めてだ。余程のことがない限り、こんなの絶対に起こるわけがない。
死んでも、こんな事が起ころうなど、自分でも思っていなかった。運とは時に恐ろしい存在である。
「こうとなれば、全力でいくわよ……!」
「……ったりめえだあ!!」
お互い衝突して一つの星になるかのように、俺は天子に、天子は俺に突っ込み、右拳を伸ばし、痛みを消したいがために大声で叫びあった。
ガツン!
「い……
どうやら、俺の顔面や身体には痛みがなく、あるところは右手のようだ。
その右手がどうしたのかというと、なんとそれはスパーンと天子の頬にグーパンチを見事炸裂を決めやがったのだ。
我ながら尊敬するぜ、右利き。
天子はすっ倒れはしなかったものの、手で顎周辺を抑えながらヨロヨロとしている。
あいつが油断してる間に、今度はドロップキックで天子を仰向けに倒す。
倒れ込む瞬間に俺の足で無理矢理天子を立たせ、腹パンを決め込んだ。
「うっ……う………………いたい…………いたいよぉ………………」
天子は手で顎を抑えるのをやめ、自分の腹を抑え始めながら足元を崩した。
俺は知っていた。天人がこんな事で泣くような事は、俺がチートでもない限り絶対に無いという事を。
昔に衣玖が、
「天人の身体は、とても頑丈にできております。総領娘も、その一人です」
と言っていた事を、今でも忘れることなく覚えている。
なお、天子は未だすすり泣いている。泣けば許してもらえるとでも思っているのか、このアマは。
俺の住居なんか壊そうとしやがって、許すわけがないだろう。
「こ、降参!降参よ!だから、ね?もうそんな事はやめよう……?」
天子は、俺に向かって必死こいて命乞いをしていた。
だから俺、知ってるんだって。お前ら天人の性質を。その中で特にお前、お前のことなら詳しく知ってる。
そう、これは演技だ。こうすることで俺の同意を得て、裏で俺を殺す気でいる。
実にずる賢いヤツだ。
「あんたの気持ちは充分伝わった。こう、バーン!と痛くなるくらいにね。私は……そう、天人として、下の人間共と仲良くやっていきたいのよ」
「だから何だってんだ。気持ちが伝わったのは嬉しい。けど後半はなんだ?あんなことしておいて、今更『仲良く』やりたいだぁ?悪く言うようだが、それはただお前らのイメージが下がるだけだと思うぜ」
「違うの!私の話を聞いて!」
ここから内容は一字一句覚えるという事はほぼ不可能なため、限りなくそれっぽく言っていたことをみんなに教える。
心して聞いてほしい。
────落ち着いて聞いてほしいの……。
これはね、わけ……というか、私の夢でもあったの。
まだ私が人間だった頃、近所のお祭りで金魚すくいってのをやって、思ったのよ……。
何かを育ててみたい。大きくなるまでしっかりと、ってね。
そんな軽い気持ちで金魚をとってきて、家で飼ってみたの。そしたらね、私ったら金魚にどうすればいいかわからなくて、餌は適当なものを与えてたわ。
そしたら……金魚は飼って数日で死に始め、それからも何匹いたものが次第に次から次へと金魚が死んでいったの…………。
それで父様からものすごく怒られたのを、今でも覚えてる。でも、なにか育てられないかと思って、今度は虫を飼ってみたの。
親には内緒でね、幼虫の状態から飼い始めてみたの。見た目は気持ち悪かったけど、次第に慣れてきたわ。
虫に関しては、なんとなく本で見たことあるから、餌もわかってた。
そして、さなぎ、立派な羽根を持った成虫になって……最後は衰弱して死んだわ。こんなに嬉しいことって他にあると思う?
私はこれ以外に考えられない。自分で育てたものがしっかり育って、最後は平和に死ぬのよ。
飼ってた虫が死んだ時は、もう悲しかったわ。何も告げずに、突然死んでいくんだもの。
けど……これでも満足出来なくて、やっぱり私は人間を育ててみたかった。
それで衣玖に相談してみたけど、まるで話にならない。衣玖にしては珍しく「よく分かりません」なんて言うんだもの。
……わかってたよ。人間を育てることは責任重大だってことは。
ただやってみたかっただけなのよ。大変さを味わうために。
だから自分の子で試さなかった。そんな理由で自分の子を産みたくないし扱いたくないもの。
だから、偶然ここにいた貴方を選んだ。ええ、知ってたとも。貴方がここの世界の住人ではないってことぐらい。
だから、試したのよ───────
……とても聞いていられなかった。
『人間を』育てたいがために、俺がここにいて、親は天子なのだという。
まぁ別に、あの時は親を嫌っていたから、天子が親になろうとどうでもよくて、俺は一人になりたかっただけだ。
「…………そうか」
天子が上目遣いで俺をじっと見つめている。さて、どうするか……。どちらにせよ許すわけにはいかない。
「育ててみたかったのなら、人間じゃなくて植物を育ててみればよかったじゃないか?あいつらは一つ一つが個性に溢れてて面白い奴らだぜ?こんな……人間なんかよりもな」
「……!!」
「そもそもお前、友達ってのはいないのか?衣玖に教育方法教えてもらってもちんぷんかんぷんなら、お前のお父様にでも聞けばよかったじゃねえか」
「で、でも、お父様には、こんな事とても言えなくて…………」
「だったらこんな事最初からすんじゃねえよっ!!」
とにかく怒鳴った。怒りなんてものじゃない、腹立たしさが俺の心に渦巻いていた。これが憎悪というものなのか。
「言えねえだぁ?いいか、こんなガキが言うのもなんだが、言わせてもらうぞ。そこまでして隠したいなら、最初から人間どうこう言ってんじゃねえ。隠したい気持ちは虫ならわかるぞ!!」
親が虫嫌いだとかで、隠れて捕まえた虫を飼うやつは、果たしてこの中にいるのだろうか。
「けど対象は人間だろうが。まさか俺らを虫と同じだと思ってんじゃねえだろうな?」
人間も舐められたもんだよな。ま、この世界でなら人間よりもはるかに強い人種はゴロゴロといるだろうし、こんなのは当たり前だろう。
「人間はお前らからすれば虫のようなもんだろうよ。けど存在価値となると、人間はお前ら並みに上なんだよ。虫の目で見てるってんなら、お前で例えると衣玖は虫、この下にいる奴らも、俺も、全員虫だ。力の差でも、そんな感じだよな?」
「い、言ってる意味が……」
状況が読み込めねえってのか!
「とりあえずお前の言いたい事はわかった……」
「!なら私と一緒に…………!!」
「お前が俺にやってた事を……よく考えてから言え」
俺が天子にそう言うと、天子は顔を下に向けたまま黙り込んで動かなくなった。
必死こいて命乞いしていたようだが、水の泡と化したようだ。そんな絶望に満ちたような顔をしてらっしゃるのが今の天子である。
「…………」
どうした天子。いきなり無口少女になりやがって。お前らしくないぞ。
「…………ふふ、へへへ」
何を思ったのか、天子は突然笑い出した。俺が言ったことがそんなに面白かったのだろうか?笑われては困る話題なのだが……彼女にはそれなりのツボがあったようだ。
「……負け…………た。貴方には、もう勝てないわ…………私の負けよ」
「な────」
傷だらけの天子はゆっくりと立ち上がった。
ブーツ特有の足音を鳴らし、俺に近寄ってくる。ヤツは俺の30cm手前で止まり、血と擦り傷まみれになった右手を開いた状態で俺に差し出し、こう言った。
「今までごめんね。こんな『母親』だけど……許……してっ。ご……めん!」
天子の声が震えていた。顔を覗いてみると、鼻をズビスビ鳴らし、唇が怯えるように震え、顔を真っ赤に染まった、ヤツの顔があった。
あまりにも変な顔をしていたものだから、おかしくてつい笑いそうになったのは、今でも自分の心の中に封印中だ。バラすと殺される気がしてね。
「置き去……りな……んかして……ごめんな……さい」
「とりあえず、涙拭けよお前……。…………笑っちゃうから」
最後の言葉は、もちろん小声だ。
天子は大人しくボロボロになった自分の服で顔を覆いつくし、涙を拭き始めた。
拭き終わったあと、天子は再び右手を前に差し出した。
「……落ち着いたか?」
「……うん。もう大丈夫……」
「あと言っておく…………お前は────────とんだバカ野郎だ。マンション破壊も、置き去りの件も、あっちの世界でも置き去りなんて時々あるが、まさか帰れなくさせるとはな……。こればかりは驚いたぜ」
「ごめんなさい…………ごめんなさい……」
「あのときから、俺はお前を許すつもりではいなかった」
そうさ──────できれば今でも絶対に許したくはないさ。
「あのままお前が暴れていたら……俺はお前を殺すつもりでいた」
……知ってるよ。頑丈なんだろ?コイツらの身体は。
「でもお前はこうして…………自分の思いを自ら打ち明けた」
俺は自分の右手を前に出し、ゆっくりと天子の手に近づける。
「俺はそれだけで多少許すことにした」
女性の手に触れるというのは、なんとも緊張する。もう心臓がドキドキしてイカレそうだ。
そうだ、俺はとうとう、天子と握手に成功したのだ。
「俺こそごめんな。お前に対して、あんな態度で接しちゃって。置き去りにした気持ちはわからなくもないんだ」
要はムカついてたんだろ、天子のヤツ。
親が感情を剥き出しにするとこうなるんだろうな。
「ごめん、なさい」
俺からも天子に謝った。
「……許すわ。本当に悪いのは、この私だもの」
俺も悪かったよ。
「いいの、そんなことはもう…………ねぇ」
「なんだ?」
「…………『お母さん』って呼んで……?『お前』じゃなくて、お母さんって」
「……わかったよ、『母さん』」
なぁ、なんだよ、この夫婦ごっこは。
自分でも見返してみると実に恥ずかしい事をしている。できれば思い出したくはないね。鼻水がでる。
「ふふふ…………ありがと」
────なぁ、天子よ。
俺はまだ、聞いてなかったな。
────親になった感想、どうなのかなあって。
あいつの小さい頃からの夢だ、なにか一言くらいあるだろーが……
まあいいか……
そんなもん、本物の親に聞けばいいか─────
天子…………お前がいて、あんな事してくれたおかげで、俺は色んな奴に出会えたんだぜ?
お前がいなくて、俺だけがこの世界に取り残されたら…………
俺は自殺してたと思う。
お前がいたから、森の中で2日ぐらい何も道具もなく暮らしてきた
衣玖を倒した
生きてきた
俺からも、お前に感謝しねえとな───。
今までありがとうな、天子、衣玖。