IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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知覚

 襲撃からおよそ十時間が経過した。

 

「男?」

「ああ、男だ。黒人のな」

「間違いないのか?」

「あれが男でないなら、私は自分の目玉を抉り出す」

 

 俺は学園の一角に存在するエレベーターで、織斑教諭――あの時(入学初日)のブラックジョークを根に持っている――と共に地下へと降りていた。生徒は勿論、特戦官である俺も本来立ち入れない機密エリアだ。

 クラス対抗戦は一試合も終えることなく中止となり、襲撃してきたあの紫と黄緑のISについては緘口令が敷かれた。食堂デザートフリーパスの話も当然ながらなしとなり、多くの女子達が嘆きの声を上げたのは言うまでもない。

 機能を停止したISは解析の為地下施設へと運び込まれ、学園襲撃の犯人を機体から引っ張り出したところ、それは男だったという。このような形で三人目が発見されようとは、俺は考えもしなかった(スキャニングで気付いてはいたがそれとは別の意味で)。

 

「何故俺をここに?」

「奴とは話が通じない」

「……言語の壁か」

「いや、そうではないんだが…教員では手に負えないんだ。話が食い違っていて会話がまるで進まん」

 

 地面に押し付けられるような感覚の後、ポーンという電子音を合図にドアが開く。現れた廊下は正面と左に分かれ、正面の道は十メートル程先で右に折れ曲がっている。教諭について左方向へ進み、間もなく無機質な金属製の扉の前に辿り着いた。

 

「ここにいると?」

「聞こえる筈だ」

 

 言われた通り耳を澄ますと、

 

「てやんでいべらぼうめ!! 俺ぁあんたらの()()のせいで気ぃ失ってんだい! 落とし前つけて貰わにゃなるめえよ?!」

 

 野太い珍妙な怒号が聞こえた。

 

「……黒人(ネグロイド)という話だったな?」

「……ああ」

「何故江戸弁なんだ?」

「こっちが聞きたい位だ。奴は他にも大阪弁やジャマイカ英語、オーストラリア訛りの英語なども口にしていた……」

「国籍や出身地を悟らせない為か?」

「わからない……一つだけわかるのは、私達は奴のペースについていけないということだけだ」

 

 嘆息し、こめかみを押さえる織斑教諭。日頃の苦労に加えて、こんなおかしな奴の相手をする羽目になった彼女に、俺は心から同情した。

 とにかく、中に入らないことには始まらない。

 俺は意を決して(何に対してかは自分にもわからない)鈍く輝くドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した。ノックをするだけの心の余裕はなかった。向こう側にいた教師の一人が俺の到着に気付き、そそくさと道を空ける。

 

「……おっ、話の通じそうなんが来たやないけ」

 

 小さな部屋のほぼ中央で教師達数人に囲まれ、パイプ椅子に拘束されたその黒人は、ヘリコプターがプリントされた赤いTシャツに白い半ズボン、黄色いヘアバンドでオールバックにされた長めのドレッドヘアーという出で立ちだった。筋骨隆々として背も高いが、顔立ちにはまだ子供っぽさが残っている。鯖を読んでも十八歳程度だろう。

 

「責任者かえ?」

「己の求めるものの為に戦ううちに、政治の駆け引きに利用されて、挙句面倒事を押し付けられた哀れな男だ」

「ん? ちょい待ち。……おめえ、まさか、四島小櫃かい?!」

「そうともよ」

 

 彼は俺の顔を見て、意外とすぐに四島小櫃だと気付いたようだった。代表候補生兼特戦官となってからは、俺の名前だけでなく顔も、ネットの海の中を我が物顔で横行闊歩するようになっている。ISの台頭で憂き目を見てきた男達の間で、一夏と並んで希望の光とされるものだ。教諭が俺に助力を求めたのも、俺の威光を借りようという魂胆に違いない。

 

「驚くのはいいが、まずは話を整理したい。落ち着いて、お前の言い分を聞かせてくれ」

 

 部屋の端に都合良く立てかけてあったパイプ椅子を広げて少年の前に置き、俺はそこに腰掛けた。織斑教諭に促され、他の教師達は部屋を後にする。

 

「……何か上から目線な気もしねえでもねえが、とりあえず話すぜ」

「ああ、頼む」

 

 彼はアザードと名乗った。ケニア生まれの十五歳で姓はなく、無理矢理名乗るなら父の名からアザード・マータイというらしい。十二歳までをアメリカで過ごし、中学校は中国のインターナショナルスクールに通っていて、高校もそのままエスカレーター式に上がっていったという。

 ここからの話が、必要な情報だった。

 二日前、彼はホームステイ先の家に帰る途中、有限会社RAVEN(レイヴン)を自称する一団に「新開発のVR(ヴァーチャルリアリティー)ゲームのテストプレイヤーになって欲しい」と声をかけられ、嬉々として承諾した。誘われるままについていった市営体育館でHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着、モーションキャプチャ用の機器を全身に取り付けられ、‘ISを悪用しようとする組織の工場を破壊する’という内容のゲームを開始した。

 

「……筈が、ゲームの途中で気絶し、気付けばこの有様だった、ということか?」

「せやねん」

「教諭、解析したデータを俺に送ってくれ」

「今送信した」

 

 届いたデータをバイオニックソルジャーの空間投影ディスプレイで表示する。回収したISの機体データだ。頭部に存在したヘルメット状の装甲を三次元映像化し、それを指で操作して回転させながら隈なく精査していくと、アザードの言い分の正当性が見えてきた。

 

「ふむ……確かに、HMDの体裁は成している。だがこれは、VRデバイスというよりAR(オーグメンテッドリアリティー)デバイスだな」

「どういうこったい?」

「お前が見ていたのは仮想現実でなく拡張現実だったということだ。一見何の変哲もなく見えるこれだが、精巧な偽装が施されたセンサー群が張り巡らされている。恐らくこれが周囲の状況を感知し、実際の風景や物体に重ね合わせて偽の情報を表示することで、お前をゲーム気分のまま操っていたのだろう」

 

 襲撃の際スキャニングで視て気になっていたのは、操縦者の性別だけではない。一切の悪意のなさである。ゲーム感覚で人を殺す狂人はいるが、その時の彼は本当に唯のゲームだと思っているかの如く、現実感のない精神状態だった。そして初めて動かすISで代表候補生三人+@(プラスアルファ)を翻弄し圧倒したのも、HMDもどきによる補助の賜物だろう。

 

「え、ほんじゃあ俺マジにISに乗って戦ってたん……?」

「その通りだ。おめでとう、お前は世界で三番目の男性IS操縦者となった。ここIS学園で、これからみっちり扱いてやる」

 

 様々な感情の入り混じったアザード少年の悲鳴は、地下施設全域に響き渡ったとか、そうでないとか。

 

 

 

 

 

 四日後、転入手続きを終えたアザードは一年三組に配属された。

 騙されていたとはいえ、学園を襲撃したという事実から何らかの犯罪組織への関与が疑われ、アメリカにいる彼の両親、彼の通う――もう通うこともないので過去形にすべきか――インターナショナルスクール、ホームステイ先の家庭及びそこに置き去りにされた彼の私物など、身元を徹底的に洗われた。結果的に身の潔白は証明されたが、唯一『有限会社RAVEN』の存在だけは別で、その会社に関する記録は中国国内に一切残っていなかった。

 RAVENは犯罪組織と目されるが、アザードが出任せを言っていた可能性もある(無論俺が能力で視たのだから嘘は無意味なのだが)として、彼に監視が付けられることになったのだが、ここで彼の父マータイが機先を制した。日本円にして二千億円を対価に、‘伝説の傭兵’として監視役に俺を雇うと言い出したのだ。アザードの言うことには、マータイはケニアに油田を持っており、また優れた投資家でもある為、話を聞いていた織斑教諭の言葉を借りれば“目も眩むような富豪”なのだそうだ。

 対外的には監視役とおためごかれているが、セキュリティレベルの高い回線で連絡を取ってきたマータイからの真の依頼内容は『息子と仲良くしてやってくれ』。これを教諭に話した結果が反映されてかそれとも単なる偶然か、彼は寮の空き部屋を使うこととなり、部屋割りの変更は避けられた。俺が移動するならともかく、箒もしくは簪が動くというのは荷物が多くて少々気の毒だ。とはいえ依頼は依頼、アザードは俺の友人の仲間入りを果たす。一人部屋が寂しいとぼやいていたから、時々遊びに行ってやろうと思う。

 アザードが初日からフリースタイルラップに乗せて自分の境遇をばらそうとするハプニング(直後に織斑教諭が文字通り飛んできて制裁された)はあったものの、多趣味な彼は基本的に誰とでも馬が合い、見た目通りのファンキーかつフランクな性格と富豪とは思えぬ気さくさ、そして好んで使ううちに染み付いてしまったという、スラングや方言、訛った言葉を多用するあの独特の話し方で、瞬く間に三組の人気者になった。

 回収された例のISの処遇については、国際IS委員会で大いに揉めたようだ。

 搭載されたISコアは存在しない筈の四六八番目(未登録コア)。世界各国に問い合わせられたが、製造技術を持っている国がある訳がなく、トルコ政府はエドウィンの発言そのままに「むしろ喉から手が出る程欲しい」と率直な回答をした。軍事的バランスを保つ為にコア及び機体はIS学園の所属となり、全身装甲となっていた装備を改修。晴れてそのIS『ティラノプテルス(暴君の翼)』はアザードの専用機となった。

 RAVENが作ったらしきティラノプテルスは、様々な試験的装備を盛り込み且つ実戦にも堪える意欲的な機体であった。何故か機体の名称から装備までラテン語が使われており、爆風や攻撃の余波から機体を守り副次的に衝撃砲を無効化する対IS用空間障壁『アパトペルタ(惑わす盾)』、音波振動衝撃により対象物体を疲労破壊させる全方位攻撃サラウンドスピーカー『ディノプス(恐ろしげな顔)』、通常の腕の形状から鋏形に変形可能な腕部一体型ビームキャノン『タルボグナトゥス(警告する顎)』、加熱された状態で高速回転し高周波振動と併せて物体を切削・溶断する対IS用大型チェーンソー『バリオドン(重々しい歯)』を扱う。また装備は全て専用の共通規格カートリッジに充填されたエネルギーを使用する機構になっており、カートリッジの残数の限り使い続けられることから、継戦性の面でエドウィンに絶賛された。

 また、アザードを欺いたHMDに搭載されていた、戦闘をアシストする様々な機能、例えばハイパーセンサーで得た情報を即座に視界に反映する早期警戒システムなどは、ISの操縦に慣れていない初心者が利用するにはうってつけで、訓練用ISへの移植が検討されている。

 そして、襲撃事件に於いてアザードと戦闘を繰り広げた俺と一夏、鈴音、セシリアは、

 

「……ふう」

 

 始末書もとい反省文を書かされていた。

 俺と一夏と鈴音は無断での戦闘。セシリアはそれに加えて数十万円のシャッターを破壊した罪。俺以外は早々に仕上げて提出したが、生まれてこの方自分の行為を反省する機会が殆どなかった俺は、二日後に迫る締め切りに間に合うのか些か不安になってきた。

 イヤホンをしてPCで動画――『攻強皇國機甲アリガトウサギ』なるロボットもの――を観ている簪からは、先程「これって反省文じゃなくて報告書だよね」と言われてしまったので、開き直ってそのまま書き続けることにした。そしてRAVENの正体に関する推測を書き足そうとした時、

 

「……?」

 

 はたと、手が止まった。RAVEN、と書いたところで。

 改めて自分の手で文字として書き起こして、自分の中で何かが引っかかった。その‘何か’がわかるような気がして、俺はシャープペンで原稿用紙の上の余白に横書きでそのアルファベットを書き連ねた。R、A、V、E、N…

 

「!」

 

 気付いた。

 

「……ッ!」

 

 これは、アナグラムだ。VとEを消し、前者を一番前に、後者を一番後ろに持っていくと――

 

『VRANE』

 

 できあがってしまった。

 

「馬鹿な…いや、そんなまさか」

 

 コアネットワーク経由で楯無の専用機『ミステリアス・レイディ(霧纏いの淑女)』にコール、個人間秘匿通信を起動する。待機形態でも使えるこの機能なら簪にも聞こえない。

 

「あら、もしかしてもう‘必要な時’なの? それじゃあ仕事お願いしちゃおうかしら」

「暗部としてのお前に問う。VRANE(ヴレイン)という組織に心当たりはあるか?」

「無視するなんてお姉さん悲しいわ」

「どうだっていい、答えろ!!」

 

 彼女の冗談に応じてなどいられなかった。気が急いて仕方がない。彼女の応答次第では、俺は今後の身の振り方を大きく変えることになるやもしれぬ。世界線への介入に付き物であるイレギュラー要素の発生は常に覚悟しているが、今回は勝手が違う。

 

「……妙に切羽詰ってるわね。スペルは?」

(ヴイ)(アール)(エー)(エヌ)(イー)

「……いいえ、聞いたこともないわ。その名前って何かの略称?」

Victims for RANge of the Extension(拡張の道程の為の犠牲)

「腹立たしい名前ね。それは何を目的にしてるの?」

「極単純に言えば――」

 

 最も相応しい言葉を、三秒かけて選んだ。

 

「世界征服だ」

「世界征服ぅ?! アッハハハッハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 向こうの思考発声が、実際の発声に変わったのが確認された。

 

「……笑い事ではないぞ」

「だって、今日日そんな荒唐無稽なこと考える輩なんているものじゃないわよ? 簪ちゃんじゃないけど、それこそ二次元の空想か妄想よ」

「だといいんだがな……」

「……ねえ、貴方何だか様子が変よ? 大丈夫?」

「切るぞ、仕事を済ませてさっさと寝ろ」

 

 通信終了。

 

「……ねえ」

 

 直後に、簪に話しかけられた。イヤホンを外しこちらに向き直っている。

 

「……大丈夫?」

 

 奇遇にも、彼女は姉と同じ質問を投げかけた。

 

「……平気だ」

「嘘」

「……」

 

 一言で看破されてしまった。

 

「何か、こう……凄く怖い顔をしてた」

 

 怖い顔。するのも当たり前だと、やけに俯瞰した思考でそう思った。

 自分という存在が、生まれ故郷の世界にいた悪意の顕現ともいうべき存在を招き入れてしまった可能性に対する罪悪感。それが再び自分の前に立ちはだかり、己の欲望の為だけに罪なき者達を弄んでいるかもしれないことへの怒り。そして相見えたその時は、必ずやその全てを灰燼に帰してくれるという意志。

 これで笑っていられるなら、俺は正気を疑う。

 

「俺は、元来そういう顔なのさ」

 

 かつて幼き覚悟を決めたその日から、俺はきっとそんな顔で日々を過ごしてきた。

 そして、これからの学園生活も笑顔が減るだろう。

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