IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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実力

「何をやっているんだ!! 危うく大惨事になるところだったぞ!!」

 

 俺は激怒した。目の前では常磐色の装甲を持った第二世代型IS『ラファール・リヴァイヴ』を身に纏う山田教諭が正座の状態で縮み上がっている。前々からこの女の教師としての能力に疑問を持っていたが、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れた。

 シャルルを伴い授業開始寸前にグラウンドに到着、予定通り実技が始まった。模擬戦にセシリアと鈴音のタッグが指名され、二人が意気揚々とISを展開したまではよかったが、直後に対戦相手の山田教諭が一夏に向けて突っ込んできたのである。幸いにして激突寸前に一夏は白式を展開して身を守ったが、縺れ合うような形でIS二機が転がっていくという、生身の人間なら忽ちグチャグチャの肉塊に成り果てるだろう醜態を晒した。

 俺は山田教諭への憤慨を禁じ得なかった。

 

「万が一にも一夏の展開が遅れていたり、専用機持ちでない人間が巻き込まれていたなら、貴様はどう責任を取るつもりだったんだ!!」

「す……ずびばぜん……」

「俺に謝ってどうする!」

 

 あの戦い以来、俺は気が立っているらしかった。VRANEという組織の存在を、アームキャノンの秘密を共有しているエドウィンにさえ相談できずにフラストレーションが溜まり、徒に危機感ばかりを募らせ――山田教諭の不甲斐ない姿をトリガーに、こうして爆発した。俺にしては珍しく、悪に対してのものでもないのに、怒りが収まりそうになかった。

 

「そこまでにしておけ。お前は教師に説教ができる立場ではない」

 

 そして背後から仲裁に入った織斑教諭の言葉が、火に油を注いだ。

 

「……何だ、偉そうに」

 

 生まれてこの方、目上の者に反抗した経験など一度たりともなかった。尤もそれは、俺がそもそも目上目下の区別を殆ど付けない(だから敬語が使えない)ことにも起因するが、生まれ故郷の世界で、俺を養子として受け入れてくれた義父母や俺が師と仰いだ人物に対して、一切反発する感情が起こらなかったからでもあった。

 だが今この時、俺は社会的地位に於いて目上といえる存在、つまり自分の担任であり教師としても先輩である織斑教諭に、極めて強い反逆心を抱いた。その荒ぶる感情のままに俺は振り向き、教諭にずかずかと詰め寄った。

 

「肝心な時に生徒も守れない癖に…! 何の為の教師だ、普段生徒の悪乗り一つも予防できていないんだぞ、いざという時は命を張りやがれ!!」

「……我々とて、唯手を拱いて見ている訳ではない!!」

 

 教諭の反駁。俺の言わんとしていることは、よく理解しているようだった。襲撃事件のあの時、教員がもっと早くに到着していれば、HMDにサポートされたアザードといえどすぐに沈黙させられただろうに、それが遅れた為に三人が一時的ながら意識を失い、焦った箒の行動で死人さえ出しかけたのだ。“教師陣からの応援を早急に寄越してくれ”と、俺が助けを求めたのにも関わらず、である。

 至近距離で睨み合う。思えば憤懣は他にもあった。襲撃者の接近に直前まで気付けない杜撰な警備体制、クラッキングへの対処の甘いセキュリティプログラム、そして体裁を維持する為に世間に公表されない事件概要。一生徒で且つ客員教師に過ぎない自分にはどうしようもない‘欠陥’を、VRANEがこの世界にいる可能性に震えながら指をくわえて見ていることしか――

 しかしそのうちに、己の怒りの矛先がずれ始めていることに気が付き、俺は半歩下がった。そのままでは、俺はあらゆるものに怒りをぶつけかねない気がしたのだ。

 

「……」

 

 ちらりと生徒達に目を遣ると。一夏は俺と織斑教諭とを代わる代わる見て慌てふためき、箒とシャルルはそれを宥めつつもやはり心配を隠せず、セシリアと鈴音はISを展開したまま棒立ち、ラウラはこちらの様子を固唾を呑んで見守っており、本音は山田教諭と同じく涙目になっている。他の女子達も、(ISを装備していない点以外では)大体が同じパターンだった。

 その様子は俺の中の感情的な部分を幾らか黙らせたが、しかし逆に、俺が山田教諭に対して口に出した通りの内容となるように、俺の憤怒をある程度理性的なものへと変質させるに過ぎなかった。

 

「……それだけ教師の実力が疑わしいのなら、身を以って知るといい。予定変更だ。専用機持ちの一人とタッグを組んで山田先生と戦え」

「望むところだ」

 

 だからだろう、俺は織斑教諭の言葉にあっさり乗ってしまった。

 

 

 

 

 

 まだ頬に涙の跡が残る山田教諭が、アサルトライフル『レッドバレット』を手に俺と一夏――俺が指名した――に対峙する。先程とはうって変わってきりりとしているが、実技試験の前科もあってやはり怪しいものだ。

 今回使用が許可された武装は、『物理シールド兼実体剣』『バイオバレット』『バイオロジカルボア』『オメガリフレクティブキャノン』の四つ。バイオバレットは一秒間あたりの連射速度を十発以下に制限、オメガリフレクティブキャノンは出力を四十パーセントカットするよう命じられた。だが、それで十分だ。

 

「なあ小櫃、俺が模擬戦に選ばれるのはいいけど、千冬姉と喧嘩するのは――」

「一夏、俺を盾にしろ」

「って、聞いてねえし……」

「集中しろ。いいか、雪片弐型しか武器を持っていないお前はシールドエネルギーの残量が破壊力に直結する。何があっても俺の後ろにぴったりついてこい。十分に接近したら、零落白夜を叩き込んでやれ」

 

 二対一で戦うこと、それは‘山田教諭に教師に相応しい技量があること’そして‘生徒が教師の足下にも及ばぬこと’を誇示する為のものだろう。俺が望めば、もっと多くの仲間を呼ぶことさえ許可したに違いない。

 こんなことを思うのもおかしな話だが――慢心こそしないが、舐められたものだ。

 

「始め」

 

 織斑教諭の合図で、山田教諭が動いた。こちらを分断しようと、俺と一夏の間にレッドバレットを撃ちこんでくる。一夏は手筈通り、むしろその弾幕に飛び込むように俺の背後に移動した。分断などさせない。

 

「お返しだ」

 

 バイオバレットで形だけの反撃。今の連射速度はアサルトライフルに遠く及ばないが、向こうが本格的に飛びだすよう仕向けるには丁度いい。

 

「いくぞ一夏」

「おう!」

 

 ジーニアスフォートをスライド、左手でグリップし、アームキャノンはバイオロジカルボアを発動。両手を突き出してスラスターを噴かし、ラファールに接近。そのまま逃げ出した教諭をどこまでも追いかけていく。横に回り込もうとしてきたが、その場合もドリフトの要領で向きを変えて攻撃を防ぐ。後方にグレネードが投げられた時は、二人して瞬時加速だ。回避先の誘導にも応じない。

 逃げながら、教諭は手持ちの武器全てをぶつけてきた。

 アサルトライフル、効果なし。バイオロジカルボアに弾かれる。

 ショットガン、効果なし。ジーニアスフォートにも傷一つ付かない。

 グレネード、効果なし。爆風も気にせず突っ込んでくる。

 近接ブレード、効果なし。投げてしまった為武器を一つ失った。

 俺は織斑教諭の判断を嘲った。バイオシールドからの派生であるバイオロジカルボアは、アームキャノンの武装の中ではある意味で最も凶悪な代物だ。バイオエナジーを用いる攻撃の共通の特徴として、エネルギー供給がISから完全に独立している為機体の活動時間に影響せず、使用者が生きている限り供給が途絶えることがないというものがあるが、バイオロジカルボアは‘シールドを槍状に展開して回転させる’という至極単純な原理で以って、その特性を存分に発揮している。たとえ表面のバイオエナジーが削り落とされても、後から後から沸いて再形成されるバイオエナジーが隙間を埋め、攻防一体のドリルを保ち続けるのだ。

 数分経過した。

 

「小櫃、まだか?」

「まだだ、辛抱しろ!」

「エネルギーが減ってる……頼む、早くしてくれ!」

「あと少しだ! 待ってろ!!」

 

 白式のエネルギーが減ってきた。俺の予定ではもっと短時間に決着すると思っていたのだが、一夏にはしばらく無理をさせることになる。

 徐々に彼我の距離が縮まる中、山田教諭は何とか打開策を探しているように見えた。まさかこちらのエネルギー切れを狙うつもりはあるまい。こちらの武装のスペックに関してある程度の知識は持っている筈だし、それでは面子を保てないからだ。

 

「おいまだか?!」

「焦るな一夏! チャンスは廻ってくる!」

 

 エネルギー残量におののく一夏が俺を急かす。瞬時加速の多用で、既に六割を切っていた。一発でもグレネードを食らえば撃破判定を出されてしまうだろう。尚更今行かせる訳にはいかなかった。

 山田教諭が横向きに瞬時加速する。バイオロジカルボアでカバーしきれていない俺の右後方と、後ろの一夏を狙ってショットガンの弾が掠めた。即座にドリフト飛行、ジーニアスフォートで守りつつバイオバレットで牽制。見れば一夏はシールドを一割近く持っていかれ、俺も五分程失っていた。ここまできて初の被弾である。

 

「っぐ、小櫃!!」

「生き急ぐんじゃない!! 勝ちを逃すぞ!!」

 

 再びバイオロジカルボアを展開、教諭に迫る。一夏が斬りかかることのできる距離まで近付かねば、必殺の一撃も空振りに終わってしまう。まだ使っていない武装(オメガリフレクティブキャノン)を使う手もあったが、チャージの遅いそれでは隙を突いて落とされるのが関の山だ。故に唯黙々と機を待った。

 だが。

 

「――今だッ!!」

「っ、行くな一夏、そこには、」

 

 痺れを切らした一夏が、俺の合図を待たずに飛び出していった。教諭の駆るラファールとの距離は四メートル半、彼が頑張れば雪片弐型の斬撃はギリギリ届くだろう。俺からすればそれでもまだ足りず、そして今、最も致命的(フェイタル)な瞬間だったのだ。

 

「グレネードが――」

 

 教諭がグレネードを投擲し、瞬時加速で離脱せんとしていた。

 一夏は、グレネードの真正面に出てしまったのだ。

 

「チィッ!!」

 

 危機的状況に、俺の体感時間が一気に引き延ばされた。

 ジーニアスフォートを肩に戻すと同時に、ダイヤルを回してバイオロジカルボアを解除、バイオエナジーを霧消させる。武装が切り替わった瞬間、バイオシールドとは逆向きに‘お椀’が展開された。それを確認する間もなく、インターフェイスを素早く叩いて、あるコマンドを発動。身体を捻り、銃口を逃げ去るラファールへ。

 

――悪足掻きではあるが…!

 

 オメガリフレクティブキャノンは、アームキャノン内部で超圧縮したバイオエナジーを銃口付近で爆発させ、予め展開したバイオシールドを反射板に用い、バイオエナジーの奔流を、爆発のエネルギーと共に極太のレーザーとして放出するものである。白式の零落白夜にも匹敵する威力だが、最大威力を発揮するには圧縮に八秒以上かかり、その間他の武装への切り替えが不可能になるという、バイオニックソルジャー最大のアドバンテージを潰す欠点があった。

 それを解消するべく、俺は簪からの助言をヒントに一つのプログラムを作成した。緊急用急速充填機能『リカバリーリザーバー』である。

 アームキャノンの原動力は、腕の筋肉からの生体電位を蓄積した予備バッテリーと、圧縮されたバイオエナジーを循環させて電力を作り出すバイオダイナモからきている。このバイオダイナモ内部のバイオエナジーを強制的に圧縮形成系へバイパスし、圧縮に必要な時間を最大で五十分の一に短縮するのだ。当然バイオダイナモのバイオエナジーは(エンプティー)になるが、そこへの再充填が済むまでは予備バッテリーとISからの電力供給でどうにかなる。アームキャノンがISとして改造されていなければできなかった芸当だ。

 

「当たれ……っ!」

 

 ゼロコンマ二、三秒でチャージが完了、バイオシールドの向こう側、そして俺の背後で爆発が起こる。肩にかかる反動をISの保護機能が殺し、俺はバイオレーザーの行く末を見守った。

 教諭が身体を反った。

 そこに向けて、バイオレーザーが通り抜けて行った。

 

――避けられた!!

 

 本当にすれすれだった。その神懸かった回避運動に、俺は確かな経験に裏打ちされた技量を垣間見た。

 

「ぐおっ?!」

 

 須臾。背中に衝撃が走った。

 爆風ではない。質量のあるものだ。長くて細いもの。

 地面が近付く中、俺は自分の背中を見た。

 

「……雪片……!」

 

 一夏の白式が、零落白夜を発動したままの雪片弐型を掴んでいた。吹き飛ばされたその時、図らずも俺の背中に打ちつけられていたのだ。

 土を味わった。

 

 

 

 

 

「五分三十二秒…意外と粘ったな。だが無意味だ」

 

 織斑教諭が、俺と一夏の敗北を淡々と告げる。

 

「さて、これでIS学園教員の実力は理解できただろう。以後敬意を持って接するように」

「「「はい!」」」

 

 一夏は「いけると思ったんだがなあ」と頭を掻いているが、俺にはそれ以上の喪失感があった。

 自分が教員に勝つことができないこと、それは今後起こるかもしれないVRANEとの戦いで、自分のそれらを相手にした戦いの成否に大きく影響するだろう。誰の助けも借りず、独りで戦うしかないというのに――

 

「四島」

 

 織斑教諭が、俺に呼びかけてきた。

 

「お前が一月前から何に悩んでいるのかはわからない。だが、少なくともISに於いては、ここの教師はお前よりは強い。だから、」

 

 数拍の間。俺の目を、織斑教諭の鋭く、しかし優しさを秘めた目が捉えた。

 

「お前は、もっと教師を頼ってもいい」

 

 四年続いた傭兵生活で、俺は久しく忘れていた。ここでは俺は生徒で、生徒は教師を頼ることができる。緘口令を敷く位には口が固いのだから、俺がこの世界の住人でないことは言えずとも、VRANEの存在を話すこと位はできるだろう。

 時が来れば、の話だが。

 

「……そうだな。()()()は、そうさせて貰おう。皆も、迷惑をかけて済まなかった」

「仲直りしたなら大丈夫だよ〜」

 

 本音ののほほんさんの名は伊達ではなく、彼女の鶴の一声で、張り詰めていた授業の雰囲気が適度に緩んだ。ありがたい限りだ。

 そして、もう一つ。

 

「つまりそうか、山田教諭は実力がないのではなく、」

「では、なく?」

「……単にドジであがり症なだけか」

「まあ、そうなるな」

「うぐっ!? ひ、酷いです……」

 

 事実が一番人を傷付け、笑いの種にもなりうる。

 若干一名、ドイツ人が笑っていなかったが。

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