IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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不信

「もう、びっくりしたよ小櫃君。いきなり怒り出すんだもん」

「ハハハ……面目ないな」

 

 昼休み。屋上に続く階段を、俺とシャルルは並んで登っていた。箒、セシリア、鈴音の三人が、一夏の為に弁当を作ってきたというので、共に昼食を摂りながらそれを見届けてやろうという腹積もりだ。特に鈴音は意見を聞く為屋上に来た者全員に酢豚を食べて貰いたいそうで、俺の主菜が一品増えることになった。かつて一夏に不味いと言われて以来研鑽を続けたらしく、“腕が上がったから毎日だって作って食べさせてやる”と豪語している。

 

「でも模擬戦は良かったと思うよ。途中山田先生も逃げっぱなしだったし」

「武装に救われただけだ。織斑教諭がバイオロジカルボアの使用を許可していなければ、あの戦法はできなかった」

「へえ、あれバイオロジカルボアっていうの?」

「ああ、アームキャノンの機能――搭載されている兵装の一種だ。学年別トーナメントも近い、直に情報が出回るだろう」

 

 あの模擬戦の後、専用機持ちを班長に訓練機を使った起動練習が行なわれ、授業は無事終了した。唯、問題だらけだったのは否定できない。

 思い返してみよう。

 例えば、班員が立ったままISを解除してしまった時の対処。これは初心者にありがちなミスだ。というのも、学園に訓練機として配備されているISは、不特定多数の人間が使えるよう、初期化(フィッティング)と最適化の機能がオフとなっていて、量子化による待機形態への変化もオミットされているからだ。つまり座った状態で解除しなければ、数メートルにもなるISの身長が仇となり、次に使う者はコックピットに乗れなくなってしまうのだ。

 この事態が起こったのは、一夏、シャルル(専用機を持っているらしい)、そして俺の班だった。俺はバイオニックソルジャーを展開して訓練機の上に乗り、そこからコックピットに乗り込んで再起動し座らせた。その際先の注意点を説明するのも忘れていない。シャルルは立ったまま解除して降りようとした生徒を引きとめ、座ってから解除するよう他の班員にも指示した。

 やらかしたのは一夏だ。丁度箒の前に使っていた生徒がミスをしたのだが、あろうことか一夏は白式を展開して箒を抱え上げ、俗に言う‘お姫様抱っこ’でコックピットに運んだのである。それに味を占めた後の生徒達は、わざと立ったままISを解除し、乗る時どころか降りる時まで一夏にお姫様抱っこをさせ、織斑教諭の出席簿を食らった。

 他の専用機持ちもてんで駄目だった。セシリアは細かすぎる説明と専門用語の羅列で班員を混乱させ、鈴音は「感覚でやれ」と説明することを端から放棄し、ラウラ(こちらも専用機があるようだ)は極簡単な指示だけ与えて見ているだけだった。最終的にどの班にも山田教諭が介入したのでどうにかなったが、箒が専用機持ちでなくて良かったと思う。彼女が一夏にISの操縦を説明していた時、オノマトペだらけだったのは忘れない。

 それから先の、俺が出席しない授業では問題はなかったそうだ――授業中箒が上の空になっていた以外には。

 軽率な行動は形を潜めたようだが、篠ノ之箒、やはり色ボケ野郎だった。

 

「ぅぅっ……!!」

 

 その時、屋上のすぐ下の踊り場に出た俺達の脇を、口を両手で押さえたアザードが駆け抜け、一目散に下へと降りて行った。

 

「あれ、あの人って……三人目の?」

「アザードだ。転入生に挨拶もなしとは、余程急いでいたようだな」

 

 ここで異変に気付いていれば、俺は惨劇に巻き込まれずに済んだのかもしれない。

 

 

 

 

 

 一夏が倒れていた。

 

「……何だこれは」

「え、僕に聞かれても……」

 

 もっと言えば、一夏が口の端にサンドイッチの欠片らしきものを付けて倒れていた。

 

「う、おお…ガガ……」

「一夏ぁ! 気をしっかり持て!!」

「あんたが死んだら酢豚の意味がなくなるじゃない!!」

 

 そして、その周りには箒と鈴音の必死に呼びかける姿が。

 状況を推測するべく、俺は一夏のバイオエナジーを視た。

 サンドイッチを食べてこうなったのなら、そこに含まれていた何らかの毒物、或いは細菌によるものが疑われる。しかしバイオエナジーの流動は健康体そのもので、細菌の反応もない。強いて言えば、強い嘔吐反射が起ころうとしていること位なものか。

 

「嘔吐反射……?」

 

 俺は各々の先客が弁当を置いている場所、セシリアの近くのテーブルに目を遣った。

 

「セシリア、貴様ッ!! 一夏に何を食わせた!!」

「な、何って、私は普通に、サンドイッチを……」

「馬鹿言ってんじゃないわよもう!! ‘普通のサンドイッチ’でどうやりゃ人間がこんな風になるってのよ!!」

「一夏君、大丈夫?」

 

 弁当が四つ置いてある。酢豚の入ったタッパーが鈴音で、サンドイッチの入ったバスケットがセシリア、残り二つの開封されていない弁当箱――デザインがよく似ている――が一夏と箒のものだろう。

 俺は三人に問うた。

 

「……さっきアザードと擦れ違ったが、この状況と関係あるのか?」

「そう、それもよ! 味音痴のあいつまでトイレに駆け込むとか、アンタ一体どんなゲテモノサンドイッチ作ったのよ!?」

「ゲテモノなんて何も……え、味音痴?」

「知っているのか鈴?」

「あ、いや、その、地元でご近所さんだったんだけど……ってそうじゃない!!」

 

 ゲテモノサンドイッチ。何と暴力的で――魅力的な響きだろう。

 生まれ故郷の世界での育ての親は、小さな定食屋を営んでいた。賞金稼ぎとして俺の正義を遂行する決意を固めて以来、俺は師匠と共に修行と称した厳しい戦闘訓練を行なってきたが、その合間に、義父を手伝うべく料理も教わっていた。この世界に来てからは料理などできたものではなかったが、IS学園入学後は自分で弁当を作ることも多くなり、徐々に勘を取り戻しつつある。

 そんな経緯からか、俺は味には少々うるさく、同時に食への好奇心も強い方だった。未だに温泉卵以外の加熱調理された卵は食べられないが、その世界の特殊な事情から世界中の食材が手に入る環境を生かして、地球上の六割程の料理は食べたことがある。その中には当然、カース・マルツゥ(蛆入りチーズ)やシュールストレミングなどといった、常人が眉を顰めるようなものも含まれている。師匠に騙されてアブラソコムツを食べてしまったことも、今ではいい思い出だ。

 要するに、俺はゲテモノもいけるクチなのだ。

 

「セシリア、このサンドイッチはお前が?」

「ええ、一生懸命作りましたの。よろしければお一つどうぞ」

「爽やかな笑顔で化学兵器を他人に勧めるな!!」

「アンタあれね、英国面に堕ちたのね?!」

「か、化学兵器?! あんまりですわ……ん、英国面?」

 

 確かにイギリスは歴史上奇想天外な兵器を数多く作ってきたがそれはさておき、一夏がどんなゲテモノに驚いたのかは是非とも知りたいところだ。ここは一つ、セシリアの言葉に甘えて頂いてみるとしよう。

 

「ふむ、では早速……」

「お、小櫃さん?! その手に取った殺人サンドは危険です! 早くバスケットへ……!!」

「これ以上犠牲者を増やす訳にはいかないのよ!!」

 

 何気なく手に取ったのは、一見すると唯のコールスローサンドイッチだった。彩り豊かで食欲をそそられる。これに一体どんな秘密があるのだろうか。ますます興味が湧く。

 いざ、実食。

 

「……いただきます」

「ああ! いかん、小櫃さんが一夏やアザードの二の舞に……」

「箒さん、それ以上は私も怒りますわよ?!」

「どうでもいいから小櫃を止め……あっ?!」

 

 一噛み、二噛み。

 

「……?! ッ?! ーーーーーーーーーッ?!」

 

 結論からいえば、それはゲテモノを使ってはいなかった。

 だが、それは違う意味でゲテモノだった。

 甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の基本味、そして触覚や痛覚に近いとされる渋味や辛味が、最悪のバランスとタイミングで襲い掛かってくる。おぞましい風味もまた鼻腔を痛めつけ、食感はゼリーと砂を混ぜたよう。一夏が入学初日に“世界一不味い料理で何年覇者だよ”と言ったが、そんな次元の話ではない。

 

「うぐっ……オエエエエエエエエエエエエエエエエエぇ…」

 

 この世のものとは思えぬ不味さ。年甲斐もなく、俺は屋上のタイルに手を突き、サンドイッチを胃の内容物ごと吐き出してしまった。

 

「小櫃くーん!?」

「ギャーッ!! 小櫃が吐いたー! セシリアの馬鹿ー!!」

「おのれ、私と姉さんの恩人をも…許さんぞセシリアァッ!!」

「そ、そんな……丹精込めて作りましたのに……」

 

 不味いだけならまだ良かった。生まれ故郷の世界の親友が、これと同等のものを作ったことがある。料理が下手かどうかの自覚についても、今はどうでもいい。

 吐瀉物の中の、まだ消化されていないマグロの赤身を見て、俺は思い出したのだ。

 今朝、俺は食堂の新メニュー『まぐろづくし丼』を食べた。マグロの赤身、大トロ、中トロ、頬、中落ち、炙りまで、魚の旨味の嵐を楽しめる至高の逸品だった。VRANEについての思考で荒んだ心を、僅かばかり慰めてくれた素晴らしい朝食だった。

 だったのだ。

 それが、消化されずに出てしまった。

 

「……赦せん」

 

 俺が小さく呟いた、その一言で、この場にいた全員の動きが止まった。俺は吐き気にふらつきながらも立ち上がり、全ての元凶たるイギリス人に近付いていく。

 

「セ、シ、リアぁ……」

「ヒイィッ!?」

 

 俺の歩みがゾンビにでも見えたのか、腰を抜かして倒れているセシリア。俺は彼女の正面にゆっくりとしゃがみ込む。

 報復。

 

「セシリア・オルコット」

「ハイぃ!?」

「毎週日曜日、俺の部屋に来い。料理教室だ……!!」

 

 隠し持っていたサンドイッチを、口に捻じ込んでやった。

 その後どうなったかは、筆舌に尽くし難い。

 後で聞いた話だが、アザードは焦って女子トイレに駆け込んでしまい、頬に紅葉を作っていたらしい。諸悪の根源セシリアが、山田教諭に「きちんと味見をするように」と諭されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 ゲテモノもどきサンドイッチ騒動で昼休みを使い果たし、屋上にいた誰一人として満腹になれなかった。全く関係ないというのに、一夏の介抱に時間を費やしたシャルルがあまりにも可哀想だ。後で何か食事を振る舞ってやろう。

 低温化されたバイオエナジーをアームキャノンで吐瀉物に吹き付け、凍ったそれをタイルから剥がし、十メートル程下の庭園の隅にポツンと置かれた塵箱に投下。吐き気が収まった時、授業開始のチャイムから既に三十分が過ぎていた。今屋上には特戦官の俺しかいない。

 

「……さて」

 

 ようやく昼食だ。一時限目の出来事で少し心が晴れ、気分よく皆でランチと洒落込もうとした矢先にこれである。レンコンの豚肉巻きを噛み砕いていても、口の中にまだ吐瀉物の臭いが残っている。それに一人でいては、またVRANEのことを思い出してしまうではないか。消化にも悪い。

 思い出す。つまり、俺はしばらく忘れていることにしたのだ。忘れるといっても、全てを忘却することではない。あくまで頭の片隅に置いておく程度に留めておいて、必要な時にそれを引っ張り起こしてくる。そうでもしなければ、俺は過度の心労故に本当に体調を崩してしまうだろうからだ。

 杞憂ということもある。考えるのは、目の前の課題についてでいいだろう。

 八分足らずで空になった弁当箱を風呂敷に包み、長椅子の上に寝転がった。

 

「……」

 

 ここに来る途中シャルルにも話したが、学年別トーナメントが二週間後に迫っている。才能ある生徒を引き抜こうと、世界各地からIS関連企業の人間が集まってくるイベントだ。

 このイベントでの試合に於いて、アームキャノン始めバイオニックソルジャーの武装がどう制限されるのか疑問だった。専用機持ちでなくとも訓練機を用いて戦う全員参加の試合なら、まだ公開していない(学園で使っていない)武装についても先んじて公にしておく方がいい筈である。戦場は甘くないとはいえ、アンフェアが過ぎるまま試合を行なう程俺は腐ってはいないし、武器の性能だけに頼る気もない。……尤もアームキャノンはともかく、ISそのものの扱いは今だ技量不足で、頼らざるを得ないのだが。

 

「……質問してみるか」

 

 5時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴るまでを、アームキャノンの動作確認に潰し、俺はこの疑問を織斑教諭に問い解消すべく屋上を後にした。

 ところが、教諭はなかなか見つからない。上級生の教室まで見て周り、職員室を訪れても姿が見えなかった。

 諦めて一年一組に戻ろうとした十分休み終了間際、道中の廊下の角にようやく教諭を、

 

「何故ですか教官!!」

 

 銀髪のおまけと一緒に発見した。

 

「言った筈だ。ドイツ軍との契約は一年間だったと。その間にお前に教えられることは全て教えた」

「いいえ、まだです! それにここでの‘授業’も‘生活’も、私が強くなれるとは到底思えない……!」

 

 ラウラが困り顔の教諭に食って掛かっている。俺は問題が増えるのは避けたいが、避けようにも向こうから問題がやってくるのが常だ。しかも俺は己の正義に促され、くだらないものでもなければ、自分のできる範囲で問題に首を突っ込んでいかねば気が済まない。

 

「どうした、教諭」

「四島か。見ての通り、分からず屋を一人宥めているところだ」

「どういうことだ?」

「ドイツに戻れ、と」

 

 今回首を突っ込んだ事案は、思っていたより単純で、優先度の低いものだった。

 

「貴方もです、四島殿!!」

 

 矛先はこちらにも向いた。しかし四島“殿”とは、随分と仰々しい。ラウラの言葉は続く。

 

「貴方程のお人が、このような場所で燻っていてよろしいのですか?! ラファールとの模擬戦も、あの男が馬鹿な真似をしなければ――」

「元は俺はワンマンアーミーで、ISも半年と動かしていない。出来合いの作戦と未熟な操縦技術であれだけ戦えたのは、好都合な要素が重なった偶然に過ぎん。それと、ここにいることを決めたのは向こう(委員会)だが、選んだのは俺の意思だ」

 

 一夏を責める口ぶりを見過ごせず、俺は彼女の台詞に割り込んだ。彼に罪はない。

 幾ら伝説の傭兵などと称されようと、自分の受け持つ授業でちぎっては投げちぎっては投げと生徒達を倒していようと、俺は一夏と同じく、ISに関しては全くの未熟者。逆に、ここでISの操縦技能のみならず、ISへの知見をもっと深めていけたなら、俺が求める正義に一歩二歩近付けるのではなかろうか。俺はそう信じたからこそ、IS学園に入ることを了承したのだ。

 ところがここで、ラウラの口から予想だにしない語が飛び出した。

 

「しかし、父上ッ!!」

 

 父上、と。

 

「っ!」

 

 本人も言った後でそれに気付いたらしかった。彼女は真っ赤になって踵を返し、特殊部隊仕込の凄まじい瞬発力で逃走した。

 

「……聞いたか、教諭」

「……ああ」

「事実か?」

「私に訊くな。そもそもお前のことだろう」

 

 俺も織斑教諭も、開いた口が塞がらなかった。

 この新たに出現した問題のせいで、俺は当初の目的をしばし忘れ、教諭に訊きそびれた。

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