IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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詭計

「人質ならもうここにはおらんよ」

 

 パリの街並みを望む社長室のドアを開けた時、がらんどうの室内に木霊した男の声があった。

 窓の近くに置かれたデスクの反対側で、こちらに背を向けていた椅子がくるりと、軽やかに回る。そこに腰掛けていたのは、三十代前半ながら茶髪の中に白髪が目立つ長身の男。それを認めた時、俺は無意識にアームキャノンを構えていた。

 

「っ?! アーノルド・ゼラズニイ?!」

「覚えていてくれたか、四島小櫃」

 

 相手は忘れもしない、かつて生まれ故郷の世界に於いて、俺がこの手で殺した筈の仇敵であった。

 

「小櫃、知っているのか?」

「……因縁の深い相手さ」

 

 VRANE壊滅の要因となった英雄エリオット・ウォーカー、通称『ブラスト・ハンドレッド(百を爆ぜさせる者)』に復讐せんと画策した一派の首領。それが眼前の男アーノルド・ゼラズニイであった。

 彼は配下の科学者達を主導して『UTIBO(ウチボ)計画』を実行、当時十一歳程の――この時から既に世界最強・最年少のバウンティハンターとして名を轟かせていた俺の遺伝子サンプルから、六体のクローンを‘製造’した。俺の師匠がVRANEの元少年兵だったこともあり、VRANEのものとほぼ同じ戦闘技能を身に付けていた俺をクローニングするのは自然な選択だったのだろう。UTIBOとは訓令式ローマ字のOBITU(オビツ)を反転させたものであることからもそれが窺える。

 ところが急速培養の弊害か、製造過程で性決定に異常、つまりX染色体が増えてしまい、その影響で元々持っていた能力の殆どが発現しない個体が一体発生した。失敗作である彼女、後に四島内穂(うちほ)として四島家の仲間入りを果たす少女は、反転させた時にOBITUがOHITU(オヒツ)になることから、不完全な存在であることを意味するUTIHO(ウチホ)という屈辱的なコードが付けられる。培養に成功した他のクローンがそうであるように、バイオエナジーを利用した特殊な装置で脳に刺激を与え、生きる上で最低限の知識を組み込まれたが、身体能力も低下した彼女は戦力外と判断された結果、性処理の道具として扱われ続け、作戦実行を前に荒れ野に裸一貫で放り出されたのである。

 内穂は偶然俺と出会い、事の顛末を明かし、アーノルドらの巣食うアジトの位置をリークした。俺は政府高官にこれらの事態を報告。残党達の抹殺を依頼され、これを受諾、調整中のクローンを含め一人残らず射殺した。

 アジト最奥で俺を待ち構え、遺伝子への狂った自論を垂れながら俺の凶弾に倒れた男。

 それが今目の前にいる。

 

「……何故貴様がこの世界線(ここ)にいる?」

「さあ、どうしてだかな。あんたが少なからず影響してるんじゃないか? 俺の部下達も」

 

 世界線への介入にはイレギュラーが付き物だと、海生は言っていた。時空間の流れそのものがバタフライエフェクトによって大きく乱れ、全く関係のない平行世界から人や物を迷い込ませてしまう可能性があるとか。…それがよりにもよって、内穂を造り辱めた連中だとは。

 

「話を始める前に……お嬢ちゃん、探し物はこれだろう?」

 

 アーノルドは黒いスーツのポケットから何かを取り出し、それを俺の左に立つMに投げて寄越した。Mがキャッチしたのは、青紫のチョーカー。

 

サイレント・ゼフィルス(静寂の神風)…なかなかいいデータを取らせて貰ったよ。ロックは掛けたが時限式だ、二時間もすれば起動できる」

 

 データを取った。その言葉で、この世界線に流れ込んだVRANEがISに関わろうとしていることは明白になった。襲撃事件を起こしたティラノプテルスも、奴らが作ったと見て間違いはない。だが得心のいかないことがある。

 

「アーノルド、経営の危うい会社など襲って何が目的だ?」

「ん?」

「有限会社RAVEN……ペーパーカンパニーを用意した上でISをコアから作れるだけの力はある筈だ。未だ第三世代機を開発できないデュノア社を占拠して何のメリットがある?」

 

俺の問いを、アーノルドは鼻で笑った。

 

「あんた、意外と政治には疎いようだな」

「政治?」

「まず最初に断っておくが、何もデュノアは第三世代機を生み出せない程遅れてはおらん。あの娘(シャルロット)は言わなかったろうがな、設計上のデータだけは既に完成しているのだ。資金面の問題さえクリアできていれば、試作機位はギリギリ作れた。溺れる者は何とやら、こっちが餌をぶら下げ(資金提供の話を持ちかけ)たら社長はまんまと食い付いてきた。それで俺達は取引と見せかけて、()()()()()()()という訳だ」

「妙にもったいぶるものだな……」

 

 Mの呟きを気にも留めず、アーノルドは大きく反動をつけて立ち上がり、べらべらと喋り続ける。

 

「確かにIS……戦力は欲しい。俺達が独力で完成させたあの機体(ティラノプテルス)のデータだけでなく、企業が考えるISの構想も知りたかった。だがそれはついでだ。俺達がこの会社を選んだのは、ここがフランス――EU圏内だからなんだよ」

「どういうことだ?」

「わからんのか? なら教えてやる。俺はあんたがここに必ずやってくると踏んでいた。あんたが動けば、フランスはトルコに貸しを作ることになる。EUの中でも影響力の強いフランスに対して、トルコの意見が通りやすくなればどうなるか…」

「まさか…トルコをEUに加盟させるのが狙いだったとでもいうのか?」

「正解だ。そうすれば出入りが簡単になるからな」

 

 俺はようやくデュノア社襲撃の目的を理解し、そして自分の軽率さを恥じた。

 トルコは二十年以上前からEUへの加盟の意思を表明してきたが、それが承認されることはなかった。EU圏内はシェンゲン協定によって、ユーロを採用していないなど一部の例外を除けば、ヒト・モノ・カネの越境が無制限に行なわれる為、ヨーロッパとアジアの中間地点に位置するトルコを加盟させてしまうと、中東方面からイスラム原理主義者の過激派を筆頭とするテログループの流入を許すことになるからだ。

 この話は専ら「トルコが地理的にヨーロッパに属するか否か」の問題にすり替えられ、公の場で口にされることは少ないのだが、欧州諸国が他の国と同様、自国民がテロの脅威に晒されることを忌避しているのは言うまでもない。

 

「と、まあそういうことだ。あんたがここに来た時点で、俺達の目論みは達せられたも同然」

「ちッ……!!」

「まあ安心しろ、人質はあと五十分後に解放される手筈になっている。仕事は終わりだ」

 

 俺は嵌められたのだ。デュノア社の解放は傭兵としての俺への依頼だからこそ政府に口出しができたが、ここまで高度に政治的な問題になってくるとそうはいかない。解釈のし様では同業者(同じ穴の狢)である者達が生態圏を拡大させようとするのに乗じて、俺の手の届かぬ隙に好き勝手暴れ回る土台を踏み固めようとしていたのである。

 

「……ああそうだ。忘れるところだった。IS学園に入った()()()……アザードだったか? 奴はな、俺達のお陰でISに乗れるようになったんだ」

「お前達のお陰……?」

 

 次いでアーノルドの口から出た言葉を、俺は思わず反芻していた。情報を引き出す為に攻撃を仕掛けずにいるつもりが、向こうのペースに乗せられかけていることは、自分でもよくわかった。

 

「織斑一夏、そしてあんた……細胞のサンプルを採る位は訳もない。両者の共通点は、ミトコンドリアにあった」

「ミトコンドリア?」

 

 Mが問い、アーノルドは得意げに答え語る。

 

「お嬢ちゃんは知らないか。酸素を使って呼吸する生物の殆どが、細胞の中に持っている器官だよ。この中には細胞核の遺伝子とは別に、母親由来の遺伝子が入っている。織斑一夏と四島小櫃のミトコンドリアDNAには、共通する複数の遺伝子配列があった。それが、‘男がISを動かすのに必要なもの’だった訳だ。そこで――」

「またお得意の遺伝子操作か……」

「勿論。半年前、インフルエンザの予防接種を受けに来たアザードは、俺達が作った人工レトロウイルスを注射された。織斑一夏のミトコンドリアを細胞に移植するようプログラムされたウイルスをな。試作一号だったがいい効き目を見せてくれたよ。培養と調整に人間の被験者がしこたま必要なのが面倒ではあるが……調()()には困らん」

「……鬼畜が……っ!!」

 

 朗らかに笑うアザードの顔が脳裏に去来する。

 あの石油王の息子は、VRANEに実験対象として選ばれなければ、IS学園襲撃の罪を被せられることも、ましてやISという兵器に関わることもなかった筈だ。加えて、ウイルスの完成が多くの人間の犠牲の上に成り立っているという。生きとし生けるもの全てに等しく与えられるべき平和を、本人の意向を無視して剥奪するその暴虐的行為に、はらわたが煮えくり返った。

 この諸悪の根源を、生かしてはおけない――

 

「そしてそれは、……俺にも注射されている」

 

 その言葉の真意を解する間もなく、アーノルドはどこからともなく現れたナックルダスターを装着し、

 

「『War must begun(戦いの火蓋は切られた)』」

 

 その‘名’を宣言していた。

 ナックルダスターの嵌まったアーノルドの左手から溢れた強烈な光は、瞬く間に社長室を満たした。咄嗟にアームキャノンで光を遮り、両目を守る。デスクが倒れ、窓ガラスが破られる耳障りな音を残して、アーノルドは姿を消した。生温かい風が社長室に流れ込んでくる。

 

「逃がすかッ!」

 

 デスクを飛び越えて割れた大窓から外を見ると、空を滑り、右手のオフィスビルの角へ逃げ込む一つの影があった。それを追撃すべく宙に身を投げようとした矢先、

 

「待ってくれ!!」あろうことか、Mが俺の腕を掴んで引き止めた。「私は……私は、どうすればいい?!」

 

「逃げろ。死にたくなければな。北北東に百キロ行けば国境だ、お前なら走破できる」

 

「違う、そうじゃない!」俺が答えると、その応答は適していないと彼女に否定された。「小櫃、私はISを取り返した。お前とはもう会うこともないかもしれない。だが私にはもう生きる標がない……私は、これからどう生きればいい?!」

 

 師匠に教わっていた頃、社会科は不得手な俺でもよく覚えていた言葉がある。哲学者サルトルの「人は自由の刑に処せられている」という言葉だ。人間は自由(liverty)であるが故に、その自由を行使しての論理的・理性的選択をすることが苦痛にすらなり得る、とは師匠の言だ。

 苦痛のあまりその選択を放棄し、強烈なカリスマ性を持った指導者に全てを委ねてしまった結果が、第二次世界大戦時のドイツ――ヒトラー主導のユダヤ人虐殺である。思考を停止して言われるがままに行動するのは確かに簡単なことだ。だがそれでは個々の善き変革は生まれない。与えられた自由をどう行使するかに悩む者達に必要なのは、力強いリーダーの牽引力でも各々の意識の改善でもなく、まずは強制力のない‘提案’や‘一例’、‘指標’なのである。

 

「……その気があるなら、トルコに向かえ。エドウィン・マッカーサーという技術者を頼るといい。そいつなら便宜を図ってくれる筈だ」

 

 それだけ言い残して、俺はバイオニックソルジャーを展開した。

 先を行く黒い影に導かれるようにして、パリの上空二千五百メートルに到達した。南中位置から二十度程西へ傾いた満月が、闇夜に溶け込むその‘機体’を背後から照らし出す。

 刃物と見紛う程に鋭く尖った手足。全身の至る所に配置された小型のスラスター。短いアンテナ付きの無機質なバイザー。バックパック状の非固定浮遊部位から伸びる、ジーニアスフォートより二周りも大きな盾を携えた野太い‘腕’。そして、

 

「さあ、お披露目だ」

 

 アーノルドの顔面を覆っていたバイザーが僅かに上方へせり上がり、憎たらしく歪んだ口が露になる。装甲の黒色は潮が引くが如く消え、その下からタマムシを思わせる多色金属光沢を呈していく。その美しさが、自らの欲望の為に他者を顧みぬVRANEの狂的な理念によって作り上げられていることに、反吐が出る思いだった。

 

「これが俺のIS、俺の専用機――デュノアが開発していたラファールの第三世代型改良機のカスタム版、『ウォー・マスト・ビガン』! あんたを殺す為()()に作り上げた、アンチ・バイオニックソルジャーだよ」

「猪口才な!!」

 

 最早この男と言葉を交わすことも、この男のISを見ていることも不快でしかなかった。アームキャノンのダイヤルを回し兵装を変更、リカバリーリザーバーを発動。左手を添えたアームキャノンを高々と掲げる。キャノン内部に収まりきらぬバイオエナジーが銃口から漏れ、直径六メートルの巨大な光弾が形成された。

 

「覚悟しろ。メガトン級の一撃だ!!」

 

 俺は大きく振りかぶり、光弾――『バイオロジックスーパーノヴァエクスプロージョン』を、アーノルドの改良型ラファールへ投げつけた。

 バイオロジックスーパーノヴァエクスプロージョン。対IS用を主とする多くのISの武装とは一線を画した……否、隔絶した『対艦・対要塞攻撃兵装』と位置付けられる大規模攻撃兵装である。元々は見かけ倒しで威力はそれ程でもなかったが、この世界線でISという兵器の存在を知り、そして偶然とはいえISに関わる身となってから、トルコの研究所に於いて、見かけ通りの“兵器に相応しい”破壊力を発揮できるよう出力を上げた珍しい経緯がある。

 IS学園での試合で使われる可能性は、ほぼゼロに等しい。何故なら――

 直撃せずとも、その爆発のエネルギーだけで、軍用ISをも容易く撃墜せしめるからである。

 

「ッ――」

 

 着弾。

 激震。

 猛烈な爆風の中、俺は一時勝利を確信した。

 

「甘いな」

 

 無傷の改良型ラファールが、盾に備わった鉤爪でジーニアスフォートを()()()()()ことで、その幻想は砕かれた。

 

「ショータイムだ、四島小櫃」

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