IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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 箱舟は俺の遥か上空を飛んでいく。

 手を伸ばすと、それに応えるように光の筋が伸びてきた。光は俺を包み込み、俺から重力を切り離していく。やがて俺の身体はゆっくりと水面を離れ、箱舟へと昇り始めた。全身に力が漲り、感覚は冴え渡り研ぎ澄まされる。心からは迷いが消えていき、とても爽快な気分だ。

 

「……」

 

最後に後ろを振り返る。最早戻ることもないだろう広大な塩水の溜まり場に別れを告げるのだ。

 

「……?」

 

 取り残された黒い人型の中に、一瞬だけ、自分の顔が映り込んだ気がした。

 

 

 

 

 

 保健室のベッドの上で、俺は目覚めた。

 

「とんだ寝坊助だな、四島」

 

 と同時に、織斑教諭の声。視線だけ左に遣ると、相も変わらずスーツ姿の女がそこにいた。

 

「お前が月曜日に気絶してから、今日で四日だ。既に二日分も授業が遅れている」

 

 ……第二の人生を歩み始めてからというもの、こういうことが多くなってきた気がする。

 アーノルドを倒した後、俺はデュノア社の社員名簿と照らし合わせて人質全員の無事を確認してから、すぐにIS学園への帰路に就いた。だが、その確認だけで丸一日潰れている。大企業というだけあって社員も極めて多く、ISがあるとはいえ各々見て周るのは骨の折れる作業だった。EU圏内であることも災いし、フランスにしか任務中の滞在を許可されていない俺では、国外からの出勤者には対応できず、結局救出した社長夫妻、アルベールとロゼンダに連絡をとって貰うしかなかった。

 学園に到着したのは月曜日の二時限目、丁度俺の授業だった。生徒達の集まるグラウンドに着陸し、ISを解除した瞬間にどっと疲れが噴き出し、「今日の授業は中止だ」とだけ告げて意識がなくなったところまでは覚えている。

 先程まで、何か妙な夢を見ていた気もするが――

 

「……それは、悪いことをした」

 

 今は詮無きことだ。

 

「本当に反省しているのか? また報告書(反省文)を書かせてやるぞ?」

「御免被る。というよりまだ根に持っていたのか……」

「ならば教えて貰おうか。お前の意識がない間に、修復中のお前の機体を調べたが……()()は、何だ?」

 

 教諭はいきなり核心を突いてきた。俺が学園を空けていた理由よりも優先されるようだ。

 

「……丁度それを報告しようとしていたところだ」

「もったいぶるな、きりきり吐け」

「俺が作成していたある兵装のプログラムを、IS自らが完成させ、それだけを自身と連結・連動、記憶演算処理を肩代わりして発動している単一仕様能力だ。名称は『正義の威光(ライト・オブ・ライツ)』」

「名前や経緯などどうでもいい、その先を話せ」

 

 ……話していいものだろうか。

 

「――超高密度のバイオエナジーを機体表面に膜状に展開、その場の質量の無限増加と空間の圧縮によって、三次元世界から余剰次元、即ち四次元世界へと潜行し、進行方向へ空間を無限に伸縮、後方へ解放を繰り返すことで、空間の持つ性質を利用して直接重力を作り出しコントロール……結果的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがライト・オブ・ライツだ」

 

 教諭は酷く狼狽したような、それでいて納得したような複雑な表情を醸した。

 

「……我々の判断は正解だったらしい……」

「どうかしたのか?」

 

 見たことのない顔をする彼女に不穏なものを感じた俺が問うと、

 

「バイオニックソルジャーのダメージレベルがCを超えていたこともあるが、詳細不明の単一使用能力が発現したことを受けて、試合の公平性を保つべく急遽お前の意識のない間に学年別トーナメントが行なわれた。タッグマッチ形式でな」

 

 そう答え、「だが、これは、最早公平性云々の問題ではなくなるぞ」と付け加えた。

 ライト・オブ・ライツの元となった機能を作るにあたって、織斑教諭の言う通りの事態になることは予め想定してはいた。ISを含む現行のどんな兵器も、光速はおろか亜光速すら実現できてはいない。そんな中での“超光速移動能力を持ったIS”の出現は、この世界に新たな混迷を巻き起こすだろうことは想像に難くない。トルコへの圧力――バイオエナジーの取り扱い技術を開示させようとする各国の動きは一層強まり、俺という存在は、一夏以上のイレギュラー、或いは危険因子と認識され、()()()()()()()()()()をも相手取らねばならなくなるやもしれぬ。

 しかし、それでも俺は立ち向かうしかない。いつかは俺がこの世界の人間でないことを始め、様々な事実を明かす時が来るだろう。自身が呼び込んでしまったVRANEという脅威を殲滅するのは、俺の責務だ。全ての元凶として世間に叩かれても仕方がない。

 

「全て承知の上だ」

 

 この力は、俺の正義に基いた贖罪の為の力だ。

 

「すべきことは決まっている。後は、備えだけだ」

「……そうか」

 

 教諭は小さく返し、振り返らずに保健室から去った。

 それを見送ってから、俺はカーテンで遮られた隣のベッドに顔を向けた。覚醒してすぐの時点で、そこにその人物がいることには気付いていた。

 

「何か用か、ラウラ」

 

 やや間があって、カーテンが開かれた。病衣を身に纏いベッドに腰掛けたラウラ――眼帯はなく、金色の左眼が露な状態――は、どこか気まずそうな顔で視線を床に彷徨わせている。バイオエナジーの流動が示すものは、失意と自責、そして心痛。

 

「……申し訳、ありません。私は、貴方の名を穢しました」

「何……?」

 

 ラウラの口から語られたのは、二つの事実だった。彼女の出生、そして俺が参加できずに終わったタッグマッチトーナメントの結果。

 彼女はISの台頭以前からドイツ軍内部で密かに進められていた、戦闘を目的に作られた‘遺伝子強化個体(アドヴァンスド)’、かつての俺の師匠と似たデザイナーベビーだったのだという。研究を主導していた部署が摘発・解体され、彼女は当初の目的通り軍人としてドイツ軍に引き取られた。ISが軍に採用されると、彼女の左眼にはヴォーダン・オージェが移植されることとなったが、遺伝上の相性から適合できずに訓練成績は急落、“出来損ない”の謗りを受ける羽目になる。

 そんな折、特別顧問としてドイツ軍にやってきた織斑教諭…千冬と出会い、彼女の元で訓練を重ねた。そしてほぼ同時期、『伝説の傭兵』として俺の存在が知れ渡ってくると、当時一夏の救出現場付近から偶然発見されていた俺の遺伝子サンプルを元に復元した‘四島小櫃の遺伝子’が、彼女に注入された。それ以来彼女の成績は向上し、遂には黒ウサギ隊の隊長を務めるまでになる。

 ラウラが一夏を目の敵にしていたのは、千冬の大会二連覇を妨げたのは誘拐された一夏自身であるという思いから。俺を父と呼んだのは、デジタルなものだとはいえ実際に遺伝上の繋がりがあるからであった。世界最強のIS操縦者たる千冬に鍛え上げられ、伝説の傭兵と同じ遺伝子を持った――伝説の傭兵の娘だという誇負が、文字通り戦うために創られたラウラの、唯一といっていいアイデンティティーだったのだ。

 しかし彼女は、先のトーナメントで一夏とシャルロットのコンビに敗北した。…その後ラウラの機体に隠されていたVT(ヴァルキリー・トレース)システムの発動等のトラブルがあったらしいが、その問題は俺が知らずとも解決するだろう。

 

「貴方の娘だと考えれば、私は強くなれると思えました。ですが、私は唯の一生徒に負けました。私が何者かは、もう解決しましたが……私はそれでも、貴方のように強くは在れませんでした」

「……」

「私の遺伝コードの元になっているのが何者か……私の‘親’はわかりません。代理母(サロゲートマザー)も研究に使い潰されているでしょう。私は‘親’というものに、憧れていたのかもしれません。……私は弱かった」

 

 どうやら、彼女は勘違いをしているらしい。黙って聞いていた俺は、それを伝えるべく口を開いた。

 

「好きに父と呼べばいい」

「っ、ですが――」

「獲得形質は一部の例外を除いて遺伝しない。俺の遺伝子よりも、恐らくお前の遺伝子の方が戦闘には適している。かつての俺は、敵意ばかりが先行して、無知で無力だった。師匠に鍛えられて、今の俺がここにいる。――お前が今持つ強さは、何に由来していようとも、お前自身のものだ」

 

 彼女は俺の遺伝子のお陰で強くなれたと思っているようだが、それは千冬の鍛え方が的確だったからで、単なる思い込みかプラシーボ効果に過ぎないだろう。遺伝子治療(ジーンセラピー)がプラスに働いたとは考えにくい。事実、賞金稼ぎを志す以前の俺はインドア派で、父に連れ出されない限り日がな一日本を読んで過ごすことも多く、運動能力も劣っていた。師匠と共に行なった、血の滲むどころか血反吐を吐くような修行の末に、俺は‘世界最強の賞金稼ぎ’として名を轟かせるだけの力を得た。スキャニング等の能力を除けば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、生まれながらに兵士であったラウラも同じこと。

 そして、もう一つ。

 

「それに、」

「……?」

「――娘ができるのも、悪くない」

 

 親なるものに憧れる、ラウラの願いを叶えてやること。

 経緯はともかく、そこに悪意がないのなら、それは俺の正義に反しない。

 

 

 

 

 

「……逃げられた?」

 

 三日後、ラウラと共に教室に戻った俺は、ラウラのいない隙にシャルロットと一夏に一連の出来事を報告した。シャルロットは既に女子生徒として周囲の認識を改められており、今後の部屋替えでラウラと同室になる予定だと織斑教諭から聞いている。

 

「ああ、デュノアの人間の救出には成功したが、肝心のVRANEは尻尾を掴めなかった。アーノルドを始末したとはいえ、あれで終わりとはとても思えん」

「だから報酬は受け取らないって……」

「まだ危険を排除できていないからな」

 

 国からのバックアップがない以上、逃げたVRANEを滞在可能期間中に追跡するのは不可能だった為、俺は依頼が完全には遂行されていないと判断し、報酬の受け取りを拒否した。……稼ぎのない一夏に借金を背負わせるのが忍びなかったのも理由の一つではある。

 周到なVRANEは、手がかりになるものを何一つ残してはいなかった。これではどこに逃げたのかもまるで見当がつかない。後手に回り続けるのは歯痒いが、せめて本格的な動きを見せた時にすぐにでも殲滅できるような備えだけはしておこうと思う。戦力の整わない現時点で最も有効なのは、バイオニックソルジャーの二次移行(セカンドシフト)。その為にも稼働時間はできる限り増やしていきたいところだ。実際ライト・オブ・ライツは二次移行から‘前借りする’形で無理矢理覚醒したようなものなので、通常のIS程その期間は長くはならない筈である。

 そして、万が一の時に頼って貰えるよう、一夏とシャルロットにその単一仕様能力について話したところ。

 

「「ち、……超光速移動能力ぅ?!」」

「シッ、声が大きい――」

 

 二人が叫んだお陰(せい)で、俺が説明して回る手間が省けた(一瞬で知れ渡ってしまった)

 

「……とにかく、俺から言えるのは」

「「「言えるのは……?」」」

 

 説明を求め、わらわらと集まってきた専用機持ちの友人達を前に、苦し紛れに口にした冗談は――

 

「――今年のキャノンボール・ファストは俺の一人勝ちだということだ」

 

 俺の後頭部への出席簿の一撃の下に粉砕されたのだった。

 

「馬鹿者。貴様はキャノンボール・ファストはおろか実技試験にも出さん。IS委員会からの正式な通知があるまで、通常授業以外での試合に於けるバイオニックソルジャーの使用を禁止する」

 

 ……エドウィンの声が聞きたくなった。




文章の三分の二程度が完成したままその続きを全く書かずに放置されていましたが、何とか書き上げて投稿に漕ぎ着けました。
既に二年近く経っていますが、こうして再び更新すれば自分にも意欲がまた沸いてくるのではないかと思ったり…

単一仕様能力の正体が明かされました。
バイオエナジーとかいうインチキ物質が生み出したいかれポンチな能力です。
もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな(一人でVRANE殲滅できるとは言ってない)
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