香水の匂いが充満する部屋の中で、俺は自己紹介の順番待ちをしていた。
「……」
このクラス、いやこの学園内で俺以外では一人しかいない男子生徒のせいで滞っているのだ。副担任教諭山田真耶曰く「『あ』から始まって『お』」。日本語五十音順で並んでおり、彼は最前列に位置している。
だが彼が緊張して黙ってしまうのも無理はない。‘世界で初めてISを動かした男’に、ここにいる女子生徒総勢三十人以上は興味津々だ。全方位からの視線が突き刺さる彼の心境は、最早能力で視るまでもなくあきらかだった。
IS――インフィニット・ストラトスは、宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォームスーツ。開発当初は注目されなかったが、「白騎士事件」によって従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能が世界中に知れ渡ることとなり、宇宙進出よりも飛行パワードスーツとして軍事転用が始まり、各国の抑止力の要がISに移っていった。
原因は不明だが、ISを起動し動かすことができるのは女性だけだ。強大な戦闘能力を持つISを動かせる女性が優遇される、即ち世界は女尊男卑の思想が蔓延することとなってしまっている。そんな中で、
「織斑一夏です!」
この少年、織斑一夏はISを起動させた。
「以上です!」
尤も、実際には俺が最初なのだが。
「ぐうっ?!」
「もっとまともな自己紹介はできんのか」
「げぇっ、関羽?!」
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
今回の海生の依頼――イレギュラー介入による世界線分岐のシミュレート――では、俺は表向きには‘男性IS操縦者第二号’として活動することになっている。俺の持ち込んだ筒型携行兵器アームキャノン・ジェネラルカスタムは、ISコア搭載の為に大幅な改造を施されることとなった。改造を行なったトルコが、ISに生まれ変わった俺の愛銃に『とあるテロ組織が隠れ蓑にしていた企業から奪取し、国営の研究機関が開発したIS』というカバーストーリーも用意した。
より具体的に言えば、トルコ政府の高官が、テロ組織に盗まれたISコアの奪還を秘密裏に俺に依頼、本拠地を強襲した俺が偶然(海生の仕業で)ISを起動し、組織の殲滅と同時に手に入れたそれを、トルコ政府がこれまた極秘に研究・改造したものである。
「あ、織斑先生。もう会議は終えられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
一夏の存在が全世界に知れ渡ったのを見計らい――実際には、ブラックボックスだらけのアームキャノンをISの武装兼待機形態にするのに時間を割かれたのが真実――、トルコ政府は情報を開示。かくして俺と一夏は、IS操縦者を育成するここIS学園に入学することになった。実の所、海生にこの世界に導入して貰ってから、俺は紛争地域を転々とする
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
ところで、今教壇の上に上がってきた女性が、
「……そうだ、丁度良いから紹介しておこう。四島、ここに来い」
そして俺は、
「彼は四島小櫃。生徒としてはこのクラスに在籍しているが、‘伝説の傭兵’としてはどのクラスの者でもない。四島、自己紹介してくれ」
「四島小櫃だ。この学園にトルコ代表候補生兼特別戦闘訓練顧問官として入ることになった男だ。よろしく頼もう」
「今年度から実験的に、限定環境下――ISを使用することが不可能な状況を想定した戦闘訓練をカリキュラムに盛り込むことになった。つまりは彼も教師だ。敬意を持って接するように」
…満更でもないのだが。
IS学園はあくまで高校である以上、一般教養もカリキュラムに入れる必要がある。ISに関する膨大な知識及び技術と併せて学ばねばならないことから、初日の一時限目からすぐに授業が始まるのだそうだ。尤も俺は教師になってしまった関係上、第三学年までの中間・期末テストを入学前に全て行なうことで、ISの実技と、世界史の授業以外への出席を免除されているのだが。
俺とトルコ共和国との関係は実にややこしいことになっている。政界の一官僚が国の一大事を隠密に処理しようとした結果が、人類初の男性IS操縦者の誕生、しかもそれが世界各地の紛争地帯で目覚ましい活躍をする――自惚れとかではなく実際にそう評価されていたようだ――あの‘伝説の傭兵’ときたものだ。混乱は免れない。そこで彼らは一計を案じた。俺が肌身離さず持っているアームキャノンに使われている技術を自国のものとし、ISとして改造してしまうことで、「四島小櫃はずっと以前から我が国のIS操縦者だった」ということにしてしまったのだ。勿論、一介の傭兵にISを持たせることの危険性などを指摘されるのは当然といえ、そのことからトルコ政府は俺を管理が容易なIS学園の生徒兼教師にするしかなかったらしい。特別戦闘訓練顧問官などという仰々しい名前の役職は、その為だけに作られたようなものだ。
俺の感知しないところであれよあれよという間に勝手に話を進めてしまった上、アームキャノンの技術も俺の自由も奪う形になってしまったのは流石に後ろめたかったのか、トルコ政府は情報開示まではいわずもがな、開示以降は一層俺へVIP的待遇をするようになった。国内滞在中は高級ホテルのふかふかしたキングサイズのベッドで眠ることができたし、何よりISの筆記試験をパスできたのは、アームキャノンを改造した当の研究者エドウィン・マッカーサーが懇切丁寧に教えてくれたお陰だ。
閑話休題。
学園生活第一日目、自己紹介も滞りなく終了し、最初の授業の前の十分間の休み時間がチャイムと同時に始まると。
「な、なあ……」
「ん?」
「お前って、もしかしてあの時…」
「そうだ。お前を助けたのは俺だ、一夏」
「やっぱりそうか!」
訊かれることは大方予想できたので、対応も早かった。女子達の視線に滅入っていたらしい一夏は、俺の答えにわかに活気付く。
十一歳の身体になりこの世界に入って最初にしたことが、一夏の救出だったのは印象深い。モンド・グロッソ、世界最高のIS操縦者を決める大会の、ドイツでの第二回大会に姉が出場することを知った一夏は、単身ドイツへ観戦に向かった際、前大会優勝者である千冬の連覇妨害を狙う一派に捕まったのだ。千冬はこれを受け決勝戦出場を放棄(皮肉にもこの時点で敵の目論みは達せられたといえる)、ISを纏ったまま一夏を捜し回り、ドイツ軍も捜索にあたる大騒動になった。俺は千冬や軍の到着よりも早くに一夏を発見し、誘拐を行なった勢力を抹殺。千冬と遭ったのもその時で、彼女に一夏を引き渡した以後は傭兵としてその日暮らしである。
その後の僅か四年間で‘伝説の傭兵’と呼ばれるようになろうとは、当時は考えもしなかったし、今も些かこそばゆい思いがする。
「あの時助けてくれてありがとう。ちゃんとお礼言えてなかったからさ…」
「気にするな、生きていてくれればそれでいい。俺は罪なき者が虐げられるのを見ていられる程気が長くないだけだ」
「それでもだよ。お前があの場に来てくれたから、今の俺がいるんだ。改めて、俺は織斑一夏。今後ともよろしくな」
「四島小櫃だ。こちらこそ」
もたらされる結果がどんなに人の為になろうと、それはあくまで‘自己の正義’に従っただけの行動で、ある種のエゴ。だがこうして感謝の意を述べられるのは、何年続けていても嬉しいことに変わりはない。一夏と握手をした俺は、自分の口が自然と綻ぶのを感じた。
「でもまさかこんな形でまた会えるなんて思ってもみなかったぜ、小櫃。同い年だったんだな」
「幾つだと思っていたんだ?」
「少なくとも二、三歳年上だろうなって。かなり大人びてたし、今も千冬姉位に見える」
……実際彼より年上なのは秘密だ。