IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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更新が大幅に遅れたことをお詫び申し上げます。

またしてもテスト前の投稿。
何でこう忙しい時に限って投稿できるんですかねえ…?


遮蔽

 あの決闘からもうじき一ヶ月が経過しようとしている。

 決闘翌日から俺の授業も無事に始まり、月曜日、水曜日、金曜日に一時間ずつ、一年生合同で行なわれている。決闘以前の週に授業がなかったのは、聞くところによれば――特戦官の特殊な立ち位置の都合上職員会議に参加できなかった――、授業を行なう場所について決闘前日まで議論百出し一向に決まらなかったという単純な理由だった。

 授業は生徒達が如何に無力であるかを再認識させるところから始まった。特に戦闘技能のない者やまだ完全には勘を取り戻せていないという一夏は勿論、剣道の他に古武術を会得している箒、他にも空手や柔道、合気道などの心得がある者、その全てを悉く組み伏せ、問答無用で無力化してみせた。

 空を飛ぶ目の上の瘤を地上に引きずり下ろすことができれば、操縦者にどんな仕打ちが待っているのかも考えさせた。トルコ政府に提出した、イスラム教徒の過激派が捕らえた女を強姦する様子の音声データを聞かせた時には、皆恐怖や怒りに震えていた。その甲斐あって、生徒達は真面目に授業もとい修行に取り組むようになった。

 日が浅くまだ荒削りな部分が多々あるが、生徒達の自衛能力が向上していることは間違いない(少なくとも、調子付いた何人かが楯無に挑戦して返り討ちに遭う程度には)。流石に俺や楯無、織斑教諭には勝てないが、そこいらのチンピラに遅れを取ることはまずないだろう。

 俺の生徒としての生活も、至って順風満帆である。

 この世界での傭兵稼業といい、生まれ故郷の世界でのバウンティハンターとしての活動といい、師匠に戦闘技能から一般教養までを全て教わってきた俺は、学校というものに通ったことがなかった。故に同年代の、大勢の友人と時間を共にするという経験がなく、この学園での三年間に一抹の不安を抱いていたのだが、

 

「小櫃さん、おはよう!」

「小櫃さん、物理教えて!」

「小櫃さん、お昼一緒どう?」

 

 授業が始まって以来このように積極的に話しかけてくれるので、女子ばかりの環境でも問題なく交流できている。箒が「小櫃さん」と呼ぶのに合わせているのか、簪と本音を除く殆どの女子がさん付けのままだが、それは教師であることへの敬意と、同じ学園の生徒としての親しみからくるものだと思うことにした。ただ、自分の名前が地名そのもので苗字だと思われがちなことは自覚しているので、常々初対面の者に誤解がないか肝を冷やしている。

 ここまでが今現在までを振り返った話。

 ここからは今現在の話だ。

 一夏は今、きたるクラス対抗戦即ちクラス代表同士のISバトルに向けて訓練を積んでいる。この戦いには優勝したクラスに贈られる半年の食堂デザートフリーパスが賭かっており、一組は勿論、つい先日打鉄弐式が粗方完成しクラス代表となったばかりの簪のいる四組のような他クラスでも、クラス代表に向けられる期待は計り知れない。ISはパワードスーツであるとはいえ、それを動かすのには体力を使うことに変わりはなく、操縦者の基礎代謝は自然と高くなる。消耗した活動エネルギーを甘いもので補給したいと思うのはおかしな話ではない。

 そんな期待を一身に受け、一夏は今朝も俺と一緒にランニングをしてきたのだが。

 

「そうだ一夏、報告がある」

「報告?」

「教師陣からの情報だ。二組のクラス代表が変わったらしい。先日編入してきた専用機持ち、中国の代表候補生だそうだ」

「中国か……」

「この時期での編入、そしてクラス代表の変更ともなれば、実力は相応にあると考えるべきだ。気をつけろ」

「……わかった」

 

 走る最中にこの会話をしてから、一夏がどうも上の空だ。懐古じみたその顔を見れば、何かを思い出しているのは丸わかりである。

 

「幼馴染? お前一人ではないのか」

「曰く、私が一夏のいた小学校を出ていった時に、入れ違いに入ってきた女が中国出身だったとか」

 

 俺は一夏の考えている物事にさほど興味はなかったが、授業や自分との特訓(特に後者)に支障が出ると思った箒が問い質したようで、面白くなさそうな面持ちで教えてくれた。昔からの友人の想いにも気付けず、そしてどうやってか「墜とした」らしいセシリアの好意も見えていない一夏のことだから、別に誰と居ても嫉妬する必要はない、というよりするだけ無駄だと思うのだが……

 

「頑張ってね織斑君!」

「フリーパスを手に入れられるかは織斑君の活躍に賭かっているのよ!!」

「今のところ専用機持ちは一組と四組だけだし余裕だよー」

 

 そう、例えば今、彼が教室の入り口で何人かの女子達に囲まれ応援されていたとしても。

 しかし余裕というのは簪を代弁して訂正させねばならない。

 

「その情報――」

「それは聞き捨てならんな。四組の専用機持ちは俺のルームメイトで、一部武装のプログラミングは俺との共同で行なった。一夏にそれを凌げるかはわからんぞ。それにここと四組にしか専用機がいなかったのは先週までの話だ。二組のクラス代表が、新しく編入してきた中国の代表候補生に変わった。今朝それを一夏に話したところだ」

「ちょっと――」

「えっ、本当に?!」

「ソースは?」

「教師陣」

「話を――」

「マジ?! この時期に編入?!」

「今更ながら、私の存在を危ぶんでのことかしら」

 

 通りかかったセシリアも会話に参加し始めたその時、ッターン、という小気味良い音が響いた。何者かの足踏みのようだ。

 

「私の言葉を遮るな! 台詞を取るな! 無視するなぁ!!」

 

 足音の主は俺達の間に割り込み、甲高くがなった。身長百五十センチ、髪は茶、ツインテールで肩の出た制服を着ている。

 ……見ない顔だ。リボンの色は一年生のそれだが、俺の授業に出席していた記憶はない。

 

「お前は?」

「……ふふん、よく聞いてくれたわね。私こそが転入生で中華人民共和国代表候補生、凰――」

(リン)! 鈴じゃないか!」

「だぁーもう!! 何でどいつもこいつも邪魔すんのよぉ!!」

 

 一夏の言う幼馴染が転入生本人だったらしく、見得を切った自己紹介は再会を喜ぶ声に遮られてしまう。鈴と呼ばれた少女の背の低さが仇となったか、俺を含め会話していた全員が存在に気付けなかったと思われる。無視してしまったことに関して謝罪の言葉を模索していると、どこからともなく現れた織斑教諭が鈴の背後に立ち、

 

「邪魔をしているのはお前だ(ファン)

「ぎゃふん!?」

 

 あの恐るべき強度を誇る出席簿で、彼女の後頭部に痛烈な一撃を見舞った。

 編入早々、彼女は苦労が多そうだ。

 

 

 

 

 

 (ファン)鈴音(リンイン)、それが彼女の名前だという。

 元々IS学園に行く気は毛頭なかったが、一夏の入学を聞きつけやってきたらしい。

 

「……まさかとは思うが、お前は」

「言わなくていいわ……私はそうじゃないから。しかしあの朴念仁、私が最初に来日する以前はおろか高校入学早々女の子を……」

「やはり奴の鈍感も今に始まったことではないのか。そして無自覚な女たらしときたものだ」

「先が思いやられますわね……」

 

 彼女は箒とセシリアが一夏に惚れていることを瞬時に見抜いてみせた。曰く、一夏はこれまで多くの女の告白を受けてきたが、その全てを持ち前の鈍さでスルーしてきたという(例えば付き合ってくれと言われても、「買い物に付き合う」という風に解釈するといった具合に)。溜め息混じりの台詞、頭を抱えるその仕草から、昔から幼馴染のことで大変な気苦労を被っていたことが窺える。

 昼休みになり、俺、一夏、箒、セシリアの四人で食堂に行くと、そこにラーメンの載ったトレイを持ち仁王立ちする鈴音が待ち構えていた。彼女が一夏と同席して食べたいようなので、俺達もそれに続いて着席した。一夏が幼馴染二人に左右から挟み込まれ(箒の対抗心が透けて見える)、セシリアは一夏の向かい、俺は斜向かい、という具合だ。結果俺と鈴音は向かい合い、話しやすい状態にある。

 各々が頼んだ食べ物を口に運ぼうとする中、箸を忘れた一夏が席を立った時間で、鈴音が自己紹介と、ここに来るまでの大まかな経緯の説明をして今に至る。この話に一夏を参加させるのは野暮なので、都合よく視界に入った楯無に「一夏を足止めしろ」と目で合図しておいたところ、彼女は新聞部の黛薫子を一夏にけしかけ、見事に任を全うした。

 

「どう思う小櫃? 一夏のあれはこうなると最早体質か病気よ」

「或いは疫病神か」

「ほ、箒さん、その言い方はあんまりなのでは……?」

「知るか! あいつは女の敵だ!」

 

 意外に嫉妬深い一面を見せている箒は頭の片隅に追いやり、鈴音に問われた俺はしばし一夏の言動を思い返してみた。

 確かに考えてみると、彼は箒やセシリアがどんな露骨なアピールをしても、その全てを意に介していないように見えた。

 ……いや、違う。能力で視た時のそれは妙な違和感があった。気付いているのに気付いていない、とでも言えばいいのか。はっきりと感じ取れたのは、「否定」と「回避」。

 これは、何かある。彼の無意識の領域や人間性を構築する部分に関わる、根本的に致命的な何かが。

 

「……血を分けた姉に、直接訊く方がいいな」

「え?」

「お前達、今夜織斑教諭の部屋の前に集合だ。どうしても問わねばならないことができた」

 

 首を傾げる三人と丁度戻ってきた一夏を置いて、俺は食べかけの餡パンを手に食堂を後にした。楯無にデザート代を握らせるのも忘れずに。

 その後は特に何も起こらないまま、平穏な時間が過ぎていった。転入生がクラスにやってきたばかりの二組でさえ、俺と一夏の時のような騒ぎは(当然といえば当然)なく、簪との打鉄弐式の最終調整も無事に済んだ。自分が嵐を呼びかねないことを知っているからか、その前の静けさは余計に不気味に思えた。

 一足先に眠りに就いた簪を部屋に置いて、俺は織斑教諭の部屋のドアの前。消灯時間ギリギリである。残りの三人も続々と集まってきた。

 

「小櫃さん、いい加減説明してくださいまし。一体何をするおつもりなのです?」

「そうよ、私は別にこんな風に事をややこしくする気で言ったんじゃないんだけど」

「消灯も近いですし……」

「黙って見ていればわかる」

 

 ドアを叩くと、ややあって「入れ」と一言。躊躇なく開けて中に進む。

 

「何だ、こんな時間に大勢で訪ねてきて。飲み会でもやるつもりか?」

 

 目的の人物は、まだスーツを着たままだった。藪から棒な訪問、そして夜遅くにまだ起きていることを咎めるような視線を皆に浴びせてくる。俺の我儘に付き合わせてしまった友人達には申し訳なく思うが、これは必要なことなのだ。

 

「聞きたいこと……否、聞かねばならないことがある」

「言ってみろ」

 

 これを問うのは、本当は心苦しいのだが。

 

「俺と一夏が出会う以前…あいつの過去についてだ」

「断る。この話はなしだ」

 

 即答。彼女は立ち上がり、俺達を帰らせようとする。

 

「聞かねばならないと言った筈だぞ」

「その要求には応えられない。全員さっさと部屋に帰って寝ろ」

「千冬!!」

 

 怒鳴りつけた俺の言葉で、皆動きが止まった。

 この問いはトルコ代表候補生としてのものでも、ましてや特戦官としてのものでもない。唯一人の人間として、織斑一夏の友として問うのだ。故に俺は、彼女を名で呼んだ。

 

「……この問題を解決せねば、一夏が、ひいては一夏の周りの人間全てが不幸になりかねない。千冬、あいつは一体、己の胸の内に何を隠している?」

「……」

 

 睨み合ったまま、一分近い沈黙が流れる。不意に千冬が俯き、小さく息を吐くと、

 

「……わかった。なるほど三人を連れてきたのはその為か」

「教えてくれるな?」

「いいだろう。少し話は長くなるぞ」

 

 千冬が話した内容を極簡便に纏めると、次のようになる。

 織斑家は元々五人家族で、父母の他に一夏より四つ年下の妹がいたらしい。一夏が五歳の時、身代金目当てに誘拐され、取引に応じて金を持って行った両親はそのまま行方不明だとか。

 当時五歳の一夏は、幼い妹と両親を失ったショックで記憶の大部分を失い、篠ノ之家に生活を助けては貰ったものの、姉である千冬に守られる過程で「自分が誰も守れない、それどころか守られるだけの弱い存在」だと過剰なまでに意識してしまった結果、自分に向けられる一定以上の好意を無意識のうちに否定するようになってしまい、そしてその影響からか、「誰かを守ること」に固執し始め、それは俺に助けられてからは特に顕著になったという。

 

「この話は束は勿論、一夏本人にもしていない。だからあいつは、自分がどうなっているのか自分でも気付いていないんだ」

「そんな……どうにかならないんですか千冬さん!!」

「どうしようもない、自分で気付いて自分で解決するしかない。私にできるのは、あいつの守るという願いを叶える力をつけさせること位なものさ。いつだったか言っていたよ、あの人程強くはなれなくても、せめて自分の大切な人やものを守れるようになりたい、とな。私が言うのもなんだが、IS操縦者である私は勿論、小櫃もまたあいつにとって目標なんだろうよ」

 

 自嘲的な口ぶりで明かされたここまでの話を、俺は静聴していた。自分とのあの出会いが何らかの影響を及ぼしているであろうことは、大方予想はついていた。

 しかし話の中で、気になる点が一つだけあった。

 守れるようになりたい。それは俺もまた一夏から聞いた言葉だ。クラス代表決定記念パーティーの際、取材してきた新聞部の者にそう答えていた。ISバトルで強くなろうとする彼の原動力は、そんな彼の正義であると。

 だが、彼の正義を遂行する為に俺の正義を参考にするのはお門違いというものだ。俺の正義は、唯守るだけではない、結果として守っているだけだというのに。

 一夏を頼むと言われ、その夜は解散した。

 嵐は幸い起こらなかったが、代わりに深い澱みができた。




鈴が一夏を好きじゃないのは原作改変ですが、一夏の過去については原作への自分なりの解釈を述べたものです。でなきゃあんな唐変木誕生しませんでしょうから。
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