一夏の過去についての一件でしこりが残ったまま、とうとうクラス対抗戦当日になってしまった。
俺と共に話を聞いた三人の中に、あの話の内容が暗い影を落としていたのは紛れもない事実である。いつもは一夏を取り合う箒とセシリアも青菜に塩の態で、こと鈴音はかなり塞ぎ込んでしまい、初日に見せていた溌剌とした表情は影も形もなかった。一夏に対しては平静を装っているものの、皆接し方がわからなくなっている様子だ。
「それじゃ、行ってくるぜ」
「気を抜くなよ」
「当たり前さ」
アリーナの一角。格納庫へ一夏を送り出した後、俺は第一試合――一夏と鈴音との戦いを観戦するべく観客席へと向かった。
三人の心境については、俺は捨て置くことにした。俺がどうこうできる話ではない。彼女ら自身が解決するなり折り合いを付けるなりせねばならないのだ。故にわざわざ同席してやる必要もない。
「お前の方も準備はいいな?」
「うん、ばっちり」
「万全だよね~」
簪は専用機持ちではあるが、如何せん人付き合いが苦手なようで、俺が一夏らといても会話の輪に入ってこようとしない。本音がいなければ本当に独りだろう。打鉄弐式が完成していなかったとはいえ、俺が仲間との訓練で得られた各々の弱点などの情報も共有できないから、彼女はそれらを全て俺を経由して得ている。できることなら、同じ専用機持ち同士交友を深めたいところなのだが…
我ながら老人臭い心配をしていると、視界の左右に白と赤紫のISが現れた。それぞれ一夏の白式、そして鈴音の『
「そういえば……小櫃君は、鳳さんと戦ったんだっけ?」
「ああ。公式試合のルールで、俺の武装は制限したが」
「え?! 初耳だよーかんちゃん! どうして教えてくれなかったの〜?!」
「まあ落ち着け本音、お前にも話してやる」
三日前、鈴音が俺を訪ねてきて、唐突に試合を申し込んだのだ。中国代表候補生の実力が如何程のものかは是非とも知りたいところであるから二つ返事に快諾したが、その理由に興味を持った俺が訊くと、彼女はこう答えた。
「私は代表候補生で、同時に一夏の幼馴染でもある。一夏が大切な人やものを守りたいのなら、私はそれに応えてあげたい。その力をつける為に、私は一夏の乗り越えるべき『壁』になってあげたいの。その為に、私はもっと強くなる」
彼女は彼女なりに、幼馴染の過去を受け止める準備ができたようだと、俺は心底安心した。
このことは本音にも簪にも話していない。
「結果から言えば、俺は鈴音に勝った」
「ふへー、やっぱりビーツー強いねー」
「いや、機体に助けられたんだ。純粋な格闘戦だったなら、どうなっていたかわからない」
中国の第三世代型ISである甲龍は、燃費と安定性を重視して作られた機体で、継戦性は恐らくバイオニックソルジャーを上回る。柄の先端で連結可能な二振りの青龍刀『蒼天牙月』、そして最大の特徴として、両肩部の非固定浮遊部位に備わった第三世代兵器『龍咆』を持ち、
この武装を打ち破るべく、俺は性格の悪いエンジニアが作ったであろうとっておきの奇策を使った。
「エンタングラーだ」
「エンタングラー……?」
「凶悪なアクティブデコイさ」
エンタングラー。簡易PICと固体ロケットモーターを用いて浮遊する、バイオニックソルジャーの四つの非固定浮遊部位内部に一機ずつ格納されたアクティブデコイだ。
敵対するISに対してダミーデータを送信し自身をISと誤認させるまでは普通のアクティブデコイにもできるが、恐ろしいことに、エンタングラーはISのハイパーセンサーや火器管制システムをクラックし、自らを強制的にロックオンさせ、
簪からの評価は、「変態」の一言。
「ええ……」
「衝撃砲をエンタングラーで封殺された鈴音が慌ててくれたお陰で、何とか勝ちをもぎ取れた。次はそうはいかないだろうな」
本音が言葉を失うのも頷ける。その時観ていた女子の一人が「お前のようなデコイがあるか」と吐いていた。全く同意見だ。織斑教諭に待ったをかけられるのも時間の問題かもしれない。
ただしまだ試作段階で、構造上各パーツの接続が緩く、ISのパワーアシストを全開にしてスラスター部分を急激に引っ張ることで、デコイ全体を内部構造ごとバラバラに分解できるという
まあ練習試合の勝敗はともかく、鈴音が課題や目標を見つけることができたならそれで良かったのだ。次は箒とセシリア。一夏の件はそうして皆で互いに支え合い、共に克服していければ本望である。
だが今は一組代表と二組代表の対決だ。こちらの二人を応援することに集中しよう。
勝敗の行方は、俺にもわかったものではなかった。
開始から数分の間、零落白夜を使わせまいと手数で攻める鈴音に一夏は押され気味だったが、徐々に巻き返し、現在双方のシールド残量はほぼ同等。僅かに鈴音が勝っているのは、一夏が零落白夜を使った分だろう。アリーナの中心で鍔迫り合いが起こっている。
単一仕様能力も併せて超高燃費な白式を如何に効率よく運用するか、というのが操縦者たる一夏に与えられた命題。それは当然、同じ単一仕様能力を持つ機体を駆っていたかつての姉が出した答えに行き着く。能力発動を必要最小限に抑えることだ。モンド・グロッソでは、織斑教諭は攻撃のインパクトと同時に零落白夜を発動、攻撃終了後即座に解除し、エネルギー消費を極限まで絞り込んでいた。流石にそこまでの高等技術は高々二ヶ月程度で身に付く訳がないが、それでも「節約」の二文字は一夏の行動にしっかりと現れている。以前俺と模擬戦をした時よりも、零落白夜の一回の発動時間は目に見えて短い。
「うおー、おりむー頑張ってー!」
「……おお……!」
本音の気の抜けるような応援が届いたのかそうでないのか、一夏の持つ雪片弐型が鈴音の蒼天牙月を弾き上げた。勢いそのままに斬りつけようとする凶刃を、鈴音は慌てずに腕で逸らす。装甲に浅い角度で入った刀が滑り、火花を散らして表面を削るのが俺にも見えた。零落白夜でシールドエネルギーは幾らか減るだろうが、直撃よりはましだろう。
そこから始まる剣戟の応酬。双方がハイパーセンサー始めISの機能に補助されていることを忘れていたら、俺は目前の戦いを現実として受け入れられなかった筈だ。他を圧倒するこの力は、操縦者に多大な全能感を与えるだろう――女尊男卑が浸透してしまうのも、今なら理解はできる(納得はできない)。
そしてある一太刀の後、白と赤紫とが瞬時加速で距離を離した。次の一撃で決めるつもりと見えた。今やアリーナの興奮は最高潮だ。ところが、
――Wornning!! Unidentified flying object approaching fast!!
「ッ?!」
空気を読まない警告が、俺の手元から鳴り響いた。生徒達の応援に掻き消され、それに気付いたのは俺と簪、そして本音だけだった。
「わーにんぐ……?」
「
エドウィンは代表候補生である俺の身を守る為、アームキャノンを改造する過程で、ISの機能の一部が常に発動するようにしていた。例えばハイパーセンサーを限定的に使用し、俺に迫る危険を予め察知し伝えるものなどがその一つだ。
その危険に数えられるうち最も警告の度合いが大きいのは、
「伏せろっ!!」
「へ、きゃっ」
「うわわっ」
『
今にも激突せんとしていた二機の間に、真上から、つまりアリーナのシールドを突き破って、その物体は着地した。同時に発生した猛烈な突風と地響きに、そこらじゅうから悲鳴が上がる。咄嗟に庇った二人を観客席に押さえ付けたまま顔を上げると、土煙が晴れ、来襲したその‘未確認飛行物体’の全容が露になる。
紫と黄緑、補色を使ったどぎつい色彩。第一世代と呼ばれた初期のISの特徴であり、今時は珍しい
「……簪、本音。避難誘導を頼む」
「えっ、えっ?」
「ビーツーは?!」
自らの利益の為に他人を顧みない者、他人を不当に傷付け利益を得ようとする者。それは下衆で、糞で、塵屑で、この宇宙に存在する価値のない――否、存在を許してはならない最低最悪の輩だ。不倶戴天。
「俺の正義を遂行してくる」
それらを滅することが、俺の正義だ。
自分の座っていた席を踏み台に跳び上がり、バイオニックソルジャーを起動しつつ、アームキャノンの中で忙しくダイヤルを回す。銃口からお椀型に形成されたバイオエナジーが、馬上槍のような形に攻勢展開され、中指のトリガーと同時に高速回転を始めた。そうしてできあがった『バイオロジカルボア』を、
「ふぅんぬっ!!」
アリーナのシールドに力一杯突き立てた。出力は無論試合に使うものではない。穴が徐々に拡大していく中、アリーナ上方にある管制室から通信が入った。相手は織斑教諭である。
――何をしている四島!
「シールド突破だ」
――そういうことを言ってるんじゃない!! そんなことをする位なら、閉まったシャッターをどうにかして抉じ開けろ!!
シールドの向こうでは、エネルギーを消耗した白式と甲龍に未確認機が襲い掛かっている。鋏状に変形した前腕とそこから放つビームで暴れ回り、一対二の状況をものともしていない。観客席に目を移すと、打鉄弐式を身に纏った簪が、丁度アリーナの通路への出口に下りたシャッターを力任せに開け放っているところだった。彼女の誘導で生徒達はぞろぞろと脱出していく。どちらを優先すべきかは火を見るより明らかだ。
「ハッキングでもされたか? シールドの出力も弱まっているようだ」
――呑気なことを……
「今
――そうだが……!
「……それに、少し気になることもある」
具体的には、あのISの操縦者。
「小櫃さん!!」
「セシリアか」
いつの間にか真後ろに来ていた
「生徒の避難はどうした?」
「少しばかり強引ですが、
「……理由を訊いても?」
「勿論お二人の助太刀です。それと、」
「それと?」
「……一夏さんの、力になって差し上げたくて」
急な同伴の申し出はそういうことかと、俺は少々面食らった。一夏の分だけ字面ではやろうとしていることが被っているようだが、きっとそんなことはない。一夏の過去を知り、彼女もまた‘見つける’ことができたのだろう。
「……了解した。穴はすぐに塞がる、素早く抜けろ」
「はい!」
「教諭、セシリアも出撃する。教師陣からの応援を早急に寄越してくれ」
――……わかった、急ごう。無理はするなよ。
通信が切れ、シールドの穴が十分に広がった時、俺の心臓は既に早鐘を打っていた。
傭兵時代と同じ死の予感が、アドレナリンを産生する。
正義の時間だ。