IS ~インフィニタス・ストーム~   作:影のビツケンヌ

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相違

 簪に生徒達を任せたのには他の理由もあった。

 バイオニックソルジャーは、‘拡張領域を圧迫しない’という目標を達成する為、全ての武装は固定されており、拡張領域にはジーニアスフォートの弾薬ばかりが満載されている。つまり右手はアームキャノンで常に塞がっており、繊細なインターフェイスを傷付けずに操作できるよう左手は被膜装甲(スキンバリア)で覆われただけの生身の身体が露出し、パワーアシストが働かないようになっている。これは武装が一つ使えなくなれば戦闘能力が激減するだけでなく、‘手を使った力仕事に向かない’という弱点をも生み出していた。

 シャッターを抉じ開けられるようなアームキャノンの兵装をプログラムすることもできなくはないが、一刻を争う事態の中悠長にプログラミングなどしていられない。それにわざわざ『守ろうと』せずとも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「一夏、鈴音!」

「助力致しますわ!!」

「小櫃、それにセシリアも! 助かるぜ」

「今、ちょっとまずいかも……」

 

 アリーナのシールドを破り、セシリアと共にその内側へと突入すると、一夏が俺の右に、鈴音が俺の左にいるセシリアの背後に移動してきた。双方シールドエネルギーは三割近く、顔にも疲弊の色が見て取れる。一方で相対する襲撃者の装甲に目立った損傷はなく、油断なくサソリのような左右の鋏を構えている。睨み合う中、鈴音から一つの報告があった。

 

「あいつ、衝撃砲が効かないのよ……!!」

「何だと?」

「俺も見てた。何て言えばいいのかな、機体の表面が揺らめいて…受け流してるみたいだった」

「PICの応用でしょうか……?」

 

 龍咆が効かない。連結した蒼天牙月をブーメランとする以外には、二人にとって唯一の飛び道具が封じられたに等しい宣告だ。龍咆だけが効かないのか、射撃武器全般が効かないのかは不明だが、何にせよその脅威レベルは高いだろう。

 襲撃者が右の鋏を俺に向け、三点バーストで鮮やかなマゼンタのビームを放ってきた。

 まずは小手調べだ。

 

「散開しろ!!」

 

 俺の合図で三人が散り、それと同時に構えていたジーニアスフォートにビームが着弾。相当な熱量をもっているのか煙が上がっている。相手が俺に接近せんと瞬時加速に入る瞬間を見計らい、

 

「デコイ!」

 

 非固定浮遊部位からエンタングラーを射出。見た目通り棺桶の如く開いたそこから、墓石めいた形状のデコイが真っ直ぐ上空へ飛んでいく。ガクン、と襲撃者の姿勢が崩れた。目論み通り、襲撃者は火器管制システムにクラッキングを受け、ロックオンが外せなくなった鋏の間の砲口をエンタングラーに追随して動かし、教師の問に答えようとする小学生じみた恰好で右手を上げている。

 

「セシリア、撃て!」

「了解です!!」

 

 瞬時加速に失敗した襲撃者を、アリーナの反対側に陣取ったセシリアの正確無比な狙撃が襲う。襲撃者は左手で反撃を試みたが、それさえも無様に天を仰ぐ羽目になった。

 が、敵もさる者。バイオバレットの威力を高めるべく、俺がトリガーを引き絞りチャージしている最中、襲撃者は視線を宙に浮かぶ邪魔者(デコイ)に向けた。両手を向けたまま瞬時加速でエンタングラーに突貫、回避行動に移った対象に難なく組み付き、

 

「ッ、弱点を見抜いたのか?!」

 

両の鋏が噴射炎の向こう側に食らい付いたかと思えば、エンタングラーは瞬く間に爆ぜ、四散した。――恐らく、この搦め手はもう通用しないだろう。

 襲撃者が俺達の上空で振り向いた。面妖な翼状の非固定浮遊部位とカラーリングが、爆発したデコイの陽炎で揺れ動き、その姿は悪魔を思わせる。固体燃料の至近距離での爆発にも、機体は大してダメージを負っていないと見える。

 襲撃者が動いた。

 鋏が閉じて元の腕の形となり、掌が空を掴む動作の後、そこに光の剣が現れたのだ。最大出力までチャージされたバイオバレットをすかさず撃ち込んだが、素早い一閃で斬り払われた。

 

「ビームサーベル?!」

「知ってるのセシリア?」

ビーム(光線)の刀剣化は、私の祖国はおろかどの国でも成功していません! それを、あの機体は……」

「IS以上にSF(サイエンスフィクション)だな」

「全くアニメかよ……っと!?」

 

 襲撃者は一夏を試し斬りの相手に選んだようだ。ビームなだけあって刀身に重さがないのか、両手に一本ずつ、二本のビームサーベルで鈴音以上の濁流の如き連続攻撃を繰り出してきた。疲労の蓄積した一夏には、捌ききるのは酷だろう。

 だが今回、相手は選択を誤った。一夏を相手に()()()は明らかな悪手だ。ビームサーベル二本が大上段から同時に振り下ろされたその時、一夏は勿論、俺を含めた三人も嗤っていた。

 

「甘いぜッ!!」

 

 一夏の構えた雪片弐型、その刀身の付け根付近にある装甲が前後にスライド。白式のシールドからバイパスされたエネルギーが刀身に絡み付き、貧相なビームサーベルなど比較にもならない必殺の牙が顕現する。これこそが代表候補生をも恐れさせる、白式の単一仕様能力たる零落白夜なのだ。彼の目前に迫っていたビームサーベルは始めからなかったように霧消し、握られたままの拳ばかりが空しく空を切った。

 

「今だ、畳み掛けろ!!」

「言われなくても!」

「援護しますわ!」

 

 ジーニアスフォートを左前腕に動かした俺と連結された蒼天牙月を振るう鈴音は、共に瞬時加速で襲撃者の両サイドへ肉薄。セシリアはビットを飛ばし、零落白夜の効果を受けにくい襲撃者の背後を狙う。そして正面の一夏は力一杯の胴薙ぎで――

 攻撃、する筈だった。

 爆轟。

 

「ぐわあぁあっ?!」

「ぬおっ……!!」

「きゃあああああ?!」

 

 気付けば俺は宙を舞い、アリーナの地面に強か叩きつけられていた。

 何が起こったのか。鈍い痛みの中首をもたげると、視界に俺と同様吹き飛ばされたらしき一夏と鈴音、破壊されたビットの破片、そして先の現象を説明付けるようなウィンドウが映った。

 

『超大音量の低周波を検知。ジーニアスフォート内部カウンターウェイトシステムに共振による疲労破壊を確認、稼働率七十パーセント低下』

 

 それが意味するところは、

 

「音響兵器か……!」

 

 ISを吹き飛ばせる程の威力、共振による疲労破壊を引き起こせる程の繊細さを併せ持った武装を、襲撃者が装備しているということ。武装の呼び出し(コール)などの前触れはなかったところから推し量るに、あの大振りな非固定浮遊部位全体が全方位攻撃可能なスピーカーの役割を果たしていると思われる。

 俺が起き上がった時には、既に襲撃者は次の行動が終わっていた。セシリアからのレーザーをすり抜け、彼女の得物を鋏と化した右手で真っ二つに両断。直後のミサイル二発は接触寸前に横から掴んで投げ返すという離れ業をやってのけた。

 

「セシリアっ、……クソッ!」

 

 自分の撃ったミサイルをもろに食らい、高度が落ちていくセシリアを尻目に、襲撃者は鈴音に向けて瞬時加速する。瞬時加速は軌道が直線的になりやすいから、俺は移動先を予測してバイオバレットを高速連射したが、ビームサーベルを手首のスナップを利かせて回転させることでまたしても弾かれてしまった。

 アームキャノンには、もっと強力な武装が多数ある。ビームサーベルにも弾かれず、圧倒的な物量と威力で以って磨り潰せるような武装が。しかし、今は使えない。武装の使用制限などではない――それを使うことで、味方を巻き込んでしまうという危惧があるのだ。格納庫もシールドされている現状では、巻き添えを出さぬよう他の三人を退却させることもできない。

 アームキャノンを装備したこのバイオニックソルジャーは、基本的にワンマンアーミー(単独作戦行動)であることを前提としている。それがこのような形で裏目に出るのが、俺は歯痒くてならなかった。

 

「くうっ……うわあっぁ!?」

 

 立ち上がったばかりの鈴音に襲撃者が痛烈なドロップキックを見舞う。再び地に伏した彼女を前に、襲撃者は両手を頭の後ろに遣り、

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

「っ、馬鹿者、お前シールドエネルギーが……!!」

 

 雪片弐型を構えて斬り込んでくる一夏を、どこからか取り出した無骨な剣で受け流した。

 それは拡張領域からの呼び出しではなかった。後背部にあったアームの先の箱から、棒状の物体をポップアップ、それを掴んで引き抜き。

 

「……また妙な武装を……」

 

 二メートル近い長さの、これまた箱のようなチェーンソーを手にしたのだった。耳障りな機械音を出しながら、小さな刃の列が高速回転を始める。

 襲撃者は、今度はチェーンソーを顔の前に掲げた。アームが頭の上に移動し、箱の下に付属したバーナーのようなもので刀身を炙って赤熱化させている。断熱性が高いようで、あれ程の熱を帯びても回転には何の支障もきたしていない。

 

「……今ならッ」

 

 攻撃力を高める為の行為なら、中断させるのが得策。俺はそう判断した。セシリアも鈴音もやられ、一夏はもう一割とシールドエネルギーが残っていない。今出て行けるのは俺だけ――バイオブレードの出力を上げ、カウンターウェイトのいかれたジーニアスフォートも構えて突進した。

 

「一夏、下がっていろ!」

「でもっ!!」

「下がれと言っているんだ一夏!!」

 

 突き出したジーニアスフォートが、燃えるように熱いチェーンソーに受け止められた。刃の回転を利用して脇に退けられ、暴力的な刃の群れが胸に迫るも、今度は俺がバイオブレードで受け止める。

 

「シールドが半分以上残っているのは俺だけだ……今引かねばお前も、セシリアも鈴音も皆死ぬぞ!!」

 

 バイオブレードの発生角度を変え、ペン回しの要領でチェーンソーごと捻り込み、顔面に蹴りをくれてやる。手にパワーアシストとして分配されない分のエネルギーが余計に供給されている足は、襲撃者を無慈悲に蹴り転がした。追い打ちにバイオバレットを雨あられと叩き込むと、敵の動きが目に見えて遅くなり始めた。

 こうして俺一人で相手をすることが、『守る』という一夏の欲求を叶えるのとは全く逆の行動であることは自覚している。だがそうしなければ、彼は自分の過去の境遇故に己の命すら軽視しかねない。

 盾は、剣のように研ぎ直せない。攻撃を受け止め続ければ、いずれ傷付き砕け散る。その破片は守る筈だった者にも突き刺さり、庇護を受けられなくなったそれらは攻撃に曝され犬死にしていく。

 そうならない為にと、剣で敵を殺さねばならぬ。自分の後ろにいる罪無き者達を護るべく、立ち塞がる仇を悉く斬り捨て、その屍の山を見せつけることで抑止力とし、それでも尚向かってくる者には更なる正義の暴力を与える。たとえそれがどんなに孤独な戦いであろうとも、そのミームを受け継ぐ者が現れることを信じて、唯々ひたすらに――

 

「一夏!!」

 

 箒の声。

 アリーナの随所に設置されたスピーカーから発せられている。

 

「その程度の敵、お前が倒さずして何とする!!」

 

 余計な焚き付けをしてくれる。聡い姉とは違って考えが回らないらしい。忌々しい気分のまま見回せば、ハイパーセンサーが管制室に残る生徒と教員の中に箒の姿を認めた。そしてそれは、敵機もまた同じだった。

 

「あの愚妹がッ!!」

 

 襲撃者はチェーンソーを放って量子化、両腕を鋏に変形させ、エネルギーをチャージし始めた。

 

「箒ッ!」

 

 俺と一夏は、時を同じくして瞬時加速に入った。

 チャージが完了した襲撃者の砲口からビームが放たれ。

 アリーナを望む管制室の強化ガラスの前に一夏が躍り出。

 発射後の僅かな硬直を狙って俺がバイオブレードを振り下ろし。

 全てが、一瞬の出来事だった。その刹那、俺は確信に近い何かを得た。俺と一夏との、咄嗟にとった行動の差。始めから、それも自分が一番わかっていた筈のことを、何物にも勝る強烈な印象で以って今一度理解させられたとでも言うべきか。

 バイオブレードの斬撃を受け、エネルギーが切れた襲撃者は膝を折り、その場に崩れ落ちる。少し遅れて、白式が地に落ちる、ガシャンという音が響いた。

 

「……一夏!」

 

 気絶した一夏に俺が駆け寄った、そこでようやく教師陣が格納庫のハッチを開けてアリーナの中に入ってきた。

 

 

 

 

 

 意識のない一夏、セシリア、鈴音が担架で保健室へと運ばれていく中。

 一夏について行こうとした箒の右頬を、俺はアームキャノンの銃口で力任せに殴った。

 

「えっ……?」

 

 きりもみ状態で吹っ飛んだ本人は、自分のしでかしたことの重大さをまるで理解していないようだった。

 

「ちょっと四島君!!」

「口出しは無用です」

 

 俺の突然の凶行に、温和な山田教諭が珍しく憤るが、織斑教諭に諌められた。話のわかる人間がいるのはありがたいことだ。

 

「山田教諭、これにはプライベートな問題も絡んでいるのでな。少し席を外して欲しい」

 

 山田教諭は俺と織斑教諭を交互に見やり、不安げな顔のままアリーナの廊下の曲がり角に消えていった。

 

「……今殴ったのは、傭兵としての俺だ。それだけでは貴様にはわからんだろうからな、教師としての言葉も交えて教えてやる」

 

折檻はできても説教など柄でもないが、仮にも教師の身の上。締めるところは締めねばなるまい。

 

「俺の授業でも言ったな、戦いでは一にも二にも状況把握だと。管制室には何人いた? 貴様一人か? そうではなかろう? 貴様の身勝手な行動が、一夏に傷を負わせるどころか、無関係な人間をも死の危険に晒した。周りが見えていない証拠だ。恋愛事情を戦場に持ち込むな、色ボケ野郎」

「……っ」

「……一夏の願いをどんな形であれ叶えたことは礼も言うし誉めてもやる。だが、死にたいなら他所で、独りで死ね。戦場とは()()()()場所だ」

 

 その後、箒には織斑教諭から反省文の提出と一週間の自室謹慎が言い渡された。

 今度の件は、俺は友人を擁護する気は一切なかった。ここもまた戦場になるという予感が、そうさせていた。

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