8月中旬を過ぎ、下旬にさしかかった夏の終わりのとある一日。夏の暑さはまだまだ和らぐ事を知らず、その暑さはもう数ヵ月続くように思われた。熱帯夜とは言えないまでも寝苦しい夜のジトッとした熱気は、エアコンから噴き出す冷気によって部屋の中への侵入はかなわなかった。
パソコンの画面から洩れる明かりが照明を消した部屋をぼんやりと照らし、エアコンの駆動音とキーボードの音だけが鳴る一室。一つの人影がパソコンの前に陣取り、洩れてくる明かりでその人影がヘッドフォンを付けて真剣な表情で画面を見ているのが分かった。しかし、それから数度キーボードを叩くとその表情は崩れ最終的には諦めた表情を張り付けてヘッドフォンを外し、そのままベッドの中に潜り込んでいった。
パソコンの方はと言えば、画面いっぱいに青色が広がったと思えば勝手に電源が落ち部屋の中は真っ暗になってしまった。
部屋にはエアコンの駆動音だけが流れ、ときおり寝がえりをうつ音と静かな寝息が聞こえるだけとなった。
この部屋の主である如月シンタローはここ最近までヒキニートとして自宅警備を任されていたのだが、何の因果かパソコンの主であるエネによって外出することになってしまった。
その外出先でテロに巻き込まれたり、妹である如月モモが最近所属したメカクシ団のメンバーに助けられ無理やりではあるが入団させられたりだとか、この数日で何年か分くらいの濃密な時間を過ごすこととなった。
そんな濃密な時間を過ごしてきてはいるのだが、人間の生活サイクルだとか根本的な部分は変わることはなく、如月シンタローは今日一日部屋から出る事なく、暑い日射しを避け自殺行為と思える外出をする事なく、エアコンから噴き出す快適な冷気を浴びて自宅警備に準じていた。
まぁ、簡単に言えば、いつも通りの一日だった。
同じ毎日ではない似たような毎日である、それは平和で平凡で凡庸で退屈な日常だが、それはまた同じような今日が明日も訪れてくれると言う安心感を与えてくれる。
良くも悪くも、そんなことはありえないのに。
夏のピーク時よりは日の出が遅くなったとはいえそれでも早い時間には空が白みはじめ、そこからすぐ日の光が射してくる。窓にはカーテンがかかり外から入ってくる光りを遮っているが、それでも全ての光りを遮ることはできず多少の日光が部屋に入り込んできてうっすら部屋の中を照らし始めた。
その光りを感じてか、布団が少しむずがるように動いたがすぐに落ち着いた寝息が聞こえ再び夢の中へ戻っていったことが分かった。それから完全に太陽がのぼって夏休み中で早く起きる必要のない学生を除き、社会人とラジオ体操のために起きた小学生が動き出すような時間が過ぎた。時を同じくして一階から物音が聞こえ、玄関が閉まる音が聞こえてきた。
れから少しばかり時間が経ち、部活のために起き出した学生が布団から這い出し目をこすりながら恨みごとをこぼし朝食をほおばっているような時間になった。これまた時を同じくして、一階で補習がどうとかぼやきながらどたばたと玄関のドアを開ける人影があった。
だが部屋の主である如月シンタローは一切起きる様子はなく、静かな寝息を立てて布団の中に小さなふくらみを作って睡眠を取っていた。昨晩もだが丑三つ時を過ぎても何か真剣に作業をしていたため、いつものように太陽が一番上にのぼるような時間になるまで目を覚ますことはなかった。
そして太陽が一番上にさしかかろうとする前、自動的にパソコンの電源が入り、完全にたちあがると画面いっぱいに青色が映し出された。画面の中から覗き込むように部屋を見回した後、ニヤリといたずらっ子が面白いことを思いついたような顔を浮かべいつものように、いつも通りにパソコンのスピーカーから爆音を轟かせ始めた。
「ごっしゅじーん! さぁ、さっさと起きて今日はアジトに行きましょう!」
爆音に負けず劣らずの大声を張り上げたエネの声が部屋の中を駆け巡り、布団の中で籠城していたシンタローの耳の中まで入ってきた。
布団で耳をふさいでいたのだが、どうにももう我慢の限界らしく布団を放り投げ顔をエネの方へ向け、
「まいかいまいかい、うるしゃーーーい!」
その声は、声変わりが始まる前の子供のような声で。
「やっと起きましたね。さぁ、ご主人さっさと……きが、えて………」
エネはシンタローが起きたことを声で確認し音を止め、悪戯が成功した表情で顔を向けるとそこにはシンタローはいなかった。
シンタローはいなかったのだが、シンタローの面影を残した幼稚園児くらいの子供がベッドの上でエネの方を睨んでいた。
「え、えっと、ちょっと待ってください。ご、ご主人ですか?」
自分が見ている光景を全て信じきれないが、それでも今の状況をどうにか把握しようと自分の中で折り合いをつけようとしているがどうにも頭の中が事実に追いついていなった。
「なに、あちゃりまえのことを………」
その子供は自分の体に何か違和感を感じたのか視線を下へ向けると、着ているTシャツの首元から肩が見え今にも脱げそうになっており、ためしに右腕を動かしてみるとかろうじて半袖の先から指先が見えその手を握ったり開いたり動かした。今度は左手を上に動かすと襟元の位置が右側にずれ、今度は右肩があらわになった。
続いて足元を見れば膝から先がTシャツの裾から見え、視線を徐々に上げていくと脱ぎ捨てられたズボンとその中からチラリと見える、トランクス。
「………なんちゃこりゃーーーーーーーーーー!!」
あの後、絶望したような表情をエネに向けた子供(便宜上ショタローとしておこう)は、スースーする下半身のためベッドの上から降りられず、放り投げた薄手の掛け布団を再び身につけて防御力を上げていた。
エネはと言えばいまだに現状を把握しきれてはいないが、この状況を打開するために一通のメールを 出していた。
「本当に、ご主人なんですか?」
「えにぇ、なんかいもいわちぇるな」
「あ~、ええ、まぁ、そうですけど」
パソコンはベッドから少しばかり遠いのでスマホに移動したエネだったが、どうもいつもの調子が出ない、しかしここは現状を受け入れるしかなく増援の到着を今か今かと待っていた。
「ちょころで、モモかりゃのめーりゅはかえっちぇきちぇるのか?」
さっきから舌がうまく回らないのであろう、所々であざといくらいにろれつが回っていないショタローに若干の母性本能というのか愛玩衝動と言えばいいのか、エネの内心はショタローの虜になっていた。その扉を開いたのは、パンツをはいていないことに気がついたショタローの羞恥心にまみれた表情だと言う事を、なぜか言っておこう。
「え~っと、来ていますね。あと数分で着くそうですよ」
「よかった」
「ご主人、妹さんには子供服を急いで買って来てもらっているんですから、ちゃんとお礼を言わなきゃいけませんよ」
「わ、わかっちぇる」
「よろしい」
少しずつ、エネが保護者っぽく振舞い始めたようだ。
ショタローはと言えば、どうしてこうなったのか考えを頭の中で巡らせていたのだがどうにもまとまらず、思考の方もかなり見た目に近づいてきつつあるようだった。
それから数分エネと作戦会議(エネとしてはショタローいじりだったが)をしていると玄関が開く音が聞こえ、すぐに階段をのぼる音に変わっていた。
「エネちゃん、子供服なんて何に使うの?」
ノックもせずにドアが開き、制服姿のモモが紙袋を下げて部屋に入ってきた。
「あ、妹さんこっちです!」
モモはエネの声が聞こえたベッドの方へ顔を向け、顔を出すように布団にくるまれた、布団お化けが視界に入った。その布団お化けと目が合い、一度外に出てドアを閉めた。少し足りない頭脳を総動員し、今の状況をモモなりの結論を出そうとしたがいくら考えても答えは出てこなかった。
「あ~妹さん、混乱しているのは分かるんですけど、先に服をもらえませんか」
部屋の中からエネがモモに向かって呼びかけ、我に返ったモモは手に持っていた紙袋だけを部屋の中に入れた後、自分は再び部屋の外へ出て首をひねっていた。
布団お化けことショタローは、布団を巻き付けたままベッドを下りて紙袋を取りに行った。その際、スマホの画面を裏返しにして着替えを見られないようにしていた。
紙袋に入っていた服を取り出しまずは、パンツを装備し始めた。それから黒い半袖のTシャツを着て、その下にはいつも着ている赤いジャージと似たジャージが入っていたのでズボンを取り出すために横に置いておいた。一番下にズボンが入っていたので取り出すと、短パンだった。
「えにぇ、ふつうのずぼんっていったよにゃ」
「そうでしたっけ? いいじゃないですか、ちゃんといつもの服装と同じような服なんですから」
シャタローは不満そうに頬を膨らませていたが、仕方なく短パンを履いて外に居るはずのモモを呼びに行った。
「モモ、はいってくりぇ」
「え、あ、うん」
背伸びしてドアノブに手をかけドアを開き、ドアの前に立っていたモモを部屋の中へ招き入れた。モモが部屋に入ったのを確認しドアを閉め、モモを椅子に座らせ自分はベッドの方に戻ってスマホを手に持ちベッドの端に座った。
「それで、エネちゃん。この子は?」
「それがですね、信じられないことにご主人なんですよ」
「……え、お兄ちゃん?」
ショタローが手に持っているスマホとショタローの顔をなんども見比べ、混乱している事が手に取るように分かった。
「えっと、エネちゃん。私がいくら馬鹿でも、流石にそれは」
「いやいや、嘘じゃないんですって。それにご主人が家に居ないことが証拠です!」
「え? 本当にお兄ちゃんなの?」
再びショタローの顔を見て、若干納得したように声をかけた。
「ちょっとまちぇ、なにになっちょくした」
「そう言えば、お兄ちゃんの面影あるし、小さい頃のお兄ちゃんそっくりだね」
「おい! むしするにゃ」
若干涙目で頬を膨らませてモモにジト目を向けていた。
「……ねぇねぇエネちゃん、こっちに移ってもらえるかな」
そう言って自分のスマホを取り出しエネに見せ、
「……了解しっました~」
瞬間的に思案した後、何かに気がつき口元がニヤリと動きショタローのスマホから姿が消えすぐにモモのスマホの画面に姿を現した。
「お兄ちゃん、私達でどうするか話し合ってくるからちゃんとじっとしていてね」
「そうですよご主人、今のご主人じゃ前のご主人以上に使い物にならないんですから」
モモが椅子から立ち上がり部屋から出るためにドアに近づいた。
「ちょ、ちょっとまっちぇ」
部屋を出て行こうとしているモモに、一人にしないでくれと懇願するような表情を向けたショタローだったが、それが二人の悪戯心に火を投げ入れたことを、ショタローは知らない。
「いい、モモお姉ちゃんの言う事をちゃんと聞く事」
「そうです、エネお姉ちゃんの言う事を聞いていれば大丈夫ですよ、ご主人」
そう言い残し、部屋の外へ移動した。
「ちょっと、エネちゃん! 何あのカワイイ生き物!」
「妹さん、分かっていますね。あの、ご主人とは思えないご主人」
二人は声が聞こえないように一階のリビングにまでおりて、(ショタローの身柄を)どうするかを話し合っていた。
「どうしよう、物凄く抱きついてこねくり回したい!」
「まってください、それを今やってしまうとご主人はおびえますね」
「じゃあどうするの?」
「アジトに連れていきましょう」
その言葉にモモは首をひねった。
「えっと、なんで?」
「今のご主人をアジトに連れていけば、確実にもみくちゃにされますよね」
「うん、マリーちゃんと団長さんが暴走しそうな気がする」
「そんなことになったら、確実にご主人は逃げますよね」
そこでエネが得意げな顔になり、
「逃げた先で妹さんがご主人を庇えば……」
「エネちゃん、今すぐアジトに行こうか!」
「ええ、善は急げです!」
と、完全に(ショタローの現状を)どうにかすることを放棄して欲望に身を任せた二人は悪い顔で笑っていた。これからの予定が決まった後、リビングの扉が開いてショタローが入ってきた。
「おしっこ」
布団を引きずってリビングに入ってきたショタローにモモは気がつき、すぐさま駆け寄った。
「どうしたの?」
「おしっこ」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「うん」
モモはショタローの手を取って、トイレに連れていき手伝いと称して一緒に入ろうともくろんだのは、言うべきなのか迷うところである。
ジリジリと照りつける太陽の光の中、手を繋いで歩く兄妹の姿があった。姉とおぼしき妹モモは、阿吽と書かれたピンクのパーカーを着ており満面の笑みを湛えていた。ショタローはそのモモに引きずられまいと一生懸命モモの歩幅についていくため、ちょこちょこと足を動かしていた。
今はちゃんと足に合った靴を履いているのだが、それまではモモにおんぶされて近場の靴屋に寄ってピッタリな靴を選んでもらっていた。選ぶ時、短パン故に隠すことのできなかった膝小僧がピンポイントでその手の客、及び店員に狙われていたと言う事をしぶしぶながら公表しておこう。
アジトの前に到着する頃には、ショタローは疲れから今にも寝てしまいそうにうつらうつらと頭が上下に揺れていた。
「ほら、着いたよ」
「……うん、わかった」
小さな手で目をこすり、小さくうなづいた。
モモはアジトの扉に手をかけ、
「こんにちは~!」
元気よく挨拶をしながら扉を開けた。
「キサラギちゃん遅かったね、なにかあった?」
「まったく、心配したぞキサラギ」
「よかったっす、キサラギさんが無事で」
モモの声が聞こえ、カノ、キド、セトの順番で入口にあらわれた。
「あ、すいません。連絡するの忘れてました」
もともとモモは昼前にアジトに来る予定だったのだが、皆さんも知っての通り、もろもろの事情によって昼過ぎになってしまった。
「まぁ、キサラギが無事ならよかった。そう言えば、今日はシンタローが来るそうだが、何か聞いてないか?」
「あ、お兄ちゃんなら一緒に来ましたよ」
「ん? そうなのかい? でも、シンタロー君の姿は見えないけど?」
カノがモモの後ろを覗き込むように体を移動したが、シンタローのシの字も見当たらなかった。
「カノさんどこ見てるんですか、お兄ちゃんなら私の隣に居るじゃないですか」
「………へ?」
三人の目線がモモの横に移り、そこに居たモモの手を握ったまままぶたが完全に閉じかけているショタローを見て固まった。
「お兄ちゃんです!」
笑顔で言い切った。
「い、いや、それはありえないだろ……」
半笑いのキドがモモの言葉を冗談としてとらえていた、というより冗談のような現象だが完全に否定しきれない要素が身近にあるため冗談であってほしいと内心で思っていた。
「妹さん、妹さん! ちょっと出してもらってですか!」
「エネちゃん? えっと、ちょっと待って」
モモはエネにせかされ、しまっていたスマホを取り出しキド達の方へ向けるように頼んだ。
「団長さん達、妹さんの言う通りご主人ですよ。言いたいことは分かりますが、あのご主人が部屋に居なかったんですよ。そのかわりこの子ベッドで寝ていたって事はですね、この子がご主人って事なんですよ!」
「「「………………ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」」
三人の悲鳴に似た驚愕の声が見事に重なり、三重の音波となりショタローに襲いかかった。ショタローは半眠り状態から声の大きさにびっくりして起きてしまった。そして、三人の奇声は仲間を呼び寄せた。
アジト内からマリーとヒビヤとコノハが現れた。
「セト、キドどうしたの、そんな大きな声出して?」
「おじさんたちうるさいよ」
「どうしたの?」
アジトの奥から入口へと顔をのぞかせ、いったい何があったのか確かめようとしていた。マリーはおそらく内職の一部を持って、ヒビヤは呆れた顔で、コノハにいたってはいつも通りねぎまを咥えた姿が入口から見えた。
油が切れ、長いあいだ放置されて錆ついて動かなくなった機械を無理やり動かしたような音と動きでマリー達の方へ首を動かしたキドは、同じようにモモの横に居るショタローを指差して、
「し、シンタロー……」
マリーとヒビヤはその言葉で一瞬固まったが、困った表情を浮かべるマリーとより一層呆れた顔を向け、なにか言おうとした時だった。
「あれ、シンタロー、どうしたの?」
首をひねりながらのコノハの発言で、二人が言おうとした言葉は口の中からこぼれる事はなかった。
びっくりして眠気が飛んでしまったショタローは今、キドが作った遅めの昼食を頬張っていた。
あの後、外見に引きずられるように徐々に中身も今の見た目相応に下がったとおぼしきショタローは、目の中いっぱいに涙をため今にも泣きそうだったのだがそこをぐっとこらえ俯く表情を見て、予想通りというのか予想以上というのか、完全に扉を開いたことが手に取るように分かるほどに、キドとマリーが見えない何かに打たれたようにのけぞっていた。ちなみに、マリーの方は少量の鼻血が垂れていたように見えたが多分見間違いだろう。
そんな周りの様子を見たあと、ショタローに目を移したモモは少し苦笑しながら我慢しているショタローを連れてアジト内に移動した。そのあとをコノハだけが一緒に着いていけ、ショタローを真ん中にして挟むようにソファに座った。それでもまだ泣くのを我慢していて、両端のモモとコノハの服を掴んでいた。
モモは自分のスマホの画面をショタローに見えるように抱え、エネがショタローを笑わせようと色々画面の中を行ったり来たりしていた。それから何秒経ったか、何分経ったか、ようやく涙がひっこんだショタローはコノハの顔に目線を向け持っているねぎまを無言で眺め、コノハはそんなショタローの目線に答えるように目線を返して次々にねぎまに使っていた串を量産していた。
その横では、次々に消えては新しく出てくるねぎまを興味深そうに眺めているショタローをモモとエネがほっこりと眺めていた。すると、入口の方から音が聞こえ石化から解けた残りの団員が戻ってきた。
ショタローは入ってくる残りのメンバーを見て、横にいる二人の服の裾をギュッと握りしめた。モモはもう、鼻血が出てもおかしくないくらいに感激していた。
いまだ驚愕が抜けないセト、カノ、ヒビヤは幽霊を見たような表情を浮かべ、ショタローから少し離れて思い思いに黙って座り、ショタローの見えない何かにノックアウトされたキドとマリーはと言えばショタローを怖がらせないように笑顔で一目散にショタローの目の前までやってきた。
その見降ろす二人に威圧感をおぼえたのか、より一層二人の服の裾をギュゥゥっと握っていたが小さくても男の子で泣くのを我慢して二人を見上げていた。
「いきなり大きな声を出してしまって、すまなかった。お詫びに何かして欲しいことはないかな、シンタロー」
「ねぇシンタロー、私と一緒にあそばないかな?」
キドは王に跪くように、ショタローと目線を合わせるためその場にしゃがみこみフードを取ってショタローに笑顔を見せた。その笑顔は母親が子供に向けるような優しく、無償の愛があふれていた。
マリーは女の子座りでペタンと座り、ショタローよりも下の目線で若干見上げ気味で笑いかけた。その笑顔は姉が弟を愛でる時のような温かさがあった。
「……おなかへった」
「確かご飯の残りがあったはずだな。すぐチャーハン作るから待っていてくれ」
「うん」
すぐさま立ち上がり、いそいそとキッチンに向かって行った。
実のところショタローは昼食を食べていなかった。いや、正確に言うならモモが作って食べさせようとキッチンに立ったのだが、ショタローがなんとか外に引っ張り出すことによって回避された。
キッチンから一定のリズムで聞こえてくる軽快な音と、そこはかとなく漂ってくるこうばしい香りの中、ショタローはマリーが持っていた毛糸を使って四人であやとりをしていた。
短い指で一生懸命取ろうとしているのだが、思うように取れず毛糸がぐちゃぐちゃになってしまうのだが、それでも泣きごとを言わず放り投げず真剣な表情で取り組み、エネとモモとマリーはその表情でお腹いっぱいだった。
「シンタロー頑張れ」
コノハは横からショタローを応援していた。
「シンタロー、お待たせ」
エプロンを付けたキドが少し小さめの皿に盛り付けたチャーハンを持って戻ってきた。チャーハンを机の上に置き、キッチンに戻ってお茶とコップを持って戻りすでにソファから降りてもうすでに机の方に移動して食べる準備はバッチリだった。
キドはそんなショタローにスプーンを渡して、
「全部食べていいよ」
「いただきます!」
と、ショタローの頭を自然に撫でて優しく笑いかけた。受け取ったスプーンを使い一口食べると少し動きが止まった。
「おいしい!」
目を輝かしながらキドの方へ顔を向け、笑った。
「ありがとー、きどおねえちゃん」
「ゴフッ!」
こうかはばつぐんだ! キドの目の前は真っ暗になった! キドは幸せそうに倒れた。
そしてその笑顔は範囲攻撃だったらしく、モモとマリーも9割がたもっていかれた。エネは角度が悪かった故にまぬがれていた。あと、セトとカノも開けてはいけない扉の鍵を手に入れてその鍵を使うか使わないかの瀬戸際にいると言う事は、言うべきなのか言わざるべきなのか。
そんな事とはいざ知らず、夢中で食べていき皿の上に残っていたチャーハン全てを食べ終えお約束とばかりに口の端っこに数粒のご飯を張り付け行儀よく手を合わせて、
「ごちそうさまでした」
満足した笑顔を振りまいていた。
ご満悦のショタローはお腹いっぱいになった所でどうやら再び眠気が襲って来たようで、その場でフラフラし始め、最後には仰向けに倒れて静かな寝息をたてて眠ってしまった。そのため、口元についたご飯粒を巡っての大戦争が起こったのだが、これは割愛してもらう、彼女たちの名誉にかけて。
大戦争の最中、コノハだけが動く事ができ、しかもちゃっかりご飯粒を総取りしていた。コノハはショタローを安全なソファの上に寝かせ、部屋から取ってきたタオルケットを上からかけた。そのあと、どこからともなく取り出したねぎまを頬張りながら大戦争を観戦し始めた。
「ふむ、暇つぶしでやってみたが、これはまた面白い事になっているものだ」
「アザミさん、何しているんです?」
「あ、アヤノか……いや、なに、ちょっとした暇つぶしを……」
「へぇ、そうなんですか。てっきり、『私』のシンタローに何かしたんじゃないかと思いましたよ」
「そ、そんな訳………」
「アザミさん?」
「は、はい!」
「いいですか、アザミさん。いくら私でも、シンタローの事になったら何をするか分かりませんよ?」
「アヤノ、その、だな……」
「アザミさん」
「は、はい!!」
「シンタロー、連れて来てくださいね」
「サー・イエッサー」
「ああ、楽しみだなぁ」
「……あれ、シンタローは?」
一番初めに気がついたのはコノハだった。いつの間にか横で寝ていたはずのショタローがいなくなっていた。騒がしい大戦争からショタローの眠りを妨げないように、静かな大戦争へ移行していて目を離していても起きたら分かるはずだったのだがもぬけになってペタンと潰れたタオルケットがあるだけだった。コノハは首をひねりながらそのタオルケットをはがすと、中から1枚の紙がハラリと落ちた。
その紙には、
「少しの間シンタローを借りる アザミ」
と、書かれていた。
コノハはどうしようかと迷っていたが、まぁシンタローは大丈夫だろうと再びねぎまを口に運んだ。
ショタローがアザミに連れていかれたことなどまるで知らない4人は、静かな大戦争の中盤に差し掛かっていた。追記するが、セト、カノ、ヒビヤは現実逃避をするために自身の部屋に行きました。
「ん、ん~」
ショタローは少しの違和感を感じ、眠たい目をこすりつつ目を覚ました。目を覚ますとそこはアジト内ではなく、見知らぬ天井のある別の場所だった。しかし、それは本当の違和感の正体ではなく、違和感の正体は……
「あ、目がさめちゃった?」
目の前に広がるアヤノの顔がそこにはあった。
「ん~……あやの?」
「うん、アヤノだよ」
ショタローはアヤノに抱っこされていた。床などの動かない場所で寝ている感覚とは違い、抱っこされていると浮遊感がありその違和感でショタローは目を覚ますことになったようだ。
「久しぶりだね、シンタロー」
アヤノは慈しみの笑顔をショタローに向けると、ショタローはガバッとアヤノの首元に抱き付いた。
「あいたかったよー!!」
嬉しそうな、悲しそうな、そんな声と表情をしたショタローに一瞬ハッとした表情になり、すぐにいつもの笑顔に戻り改めてショタローを抱き寄せた。
「うん、ごめんねシンタロー。悲しい思いをさせちゃって」
泣き崩れているショタローを安心させるように。ポンポンと背中を叩きながらあやすように体を揺らし始めた。完全に母親である。
「あやの~あやの~」
「うん、ちゃんといるよ」
泣きやむ様子が無いショタローを安心させるように声を聞かせた。それからどれくらい経ったのか、泣き疲れて徐々に口数が少なくなっていった。
「…あ、やの……おねえちゃん………」
「ん~んん……………」
ショタローが耳元で発した最後の言葉と、首元にキスするほど近づいていて吐息がかかって、アヤノは嬉しさや恥ずかしさ等の感情がごちゃ混ぜになり顔から火が出るほどに真っ赤になっていた。顔を隠そうにも手がふさがっているので、ショタローの服に顔をうずめて顔を隠し、不可抗力と自身に言い聞かせてショタローの臭いを十分に堪能していた。アヤノは過充電をおこなった。
「ハッ!!!」
知らない天井が目の前に広がって……は、いなかった。
知っているも天井も何も、毎日目覚めると目に入る自室の天井だった。シンタローは脂汗の浮いた額をぬぐいながら上半身を起こし、時計を確認した。時間は8時を少し過ぎており、いつもの起床時間というより無理やり起こされる時間と比べるとかなり早い時間に目を覚ましてしまった。
「あ~嫌な夢を見た」
シンタローは、自身が某バーロー名探偵のように体が縮み、精神まで子供に戻ってしまった夢を見ていたようだ。
時間を見る時、同時に日付も目に入っていたのだがなぜか記憶にある日付から1日飛んでいた。
「……つか、昨日何してたか思い出せねぇ」
どうにか思い出そうとしていたが、どうにも靄がかかった先に暗幕が垂れていてこの先ずっと昨日のことが思い出すことができない感じがしていた。
完全に目が覚めてしまったシンタローは、のどの渇きを潤すため1階に降りようとベッドから降りるとパソコンの電源が勝手に入った。
「ああ、エネに聞けばいいか…………は?」
パソコンがたちあがり、そこに居るはずのエネに昨日のことを聞こうと口を開いて開きっぱなしになってしまった。
そこには、一回り小さいエネの姿があった。つまり、エネが子供になっていた。
「ごちゅじん! ちっちゃくなっちゃいまちた!」
「……………」
言葉が出てこないシンタローに追い打ちをかけるようにドアが開き、
「おにいちゃん、どうちよ!」
幼稚園児だったころのモモが入ってきた。
幼児になってしまった……幼女になってしまったエネとモモを前に、言葉を失ったシンタローは考える事を辞めた。
※注釈として、なぜかモモの服まで小さくなっていた。
シンタローは走っていた。
体力、筋力、持久力等の身体能力的ステータスがこれ以上ないくらいに底辺をうろついているシンタローであったが、この非常事態により火事場の馬鹿力の覚醒を借りてモモを脇に抱えエネをスマホの中に移動させアジトに向かって全力疾走していた。
だんだんシンタローの顔色が悪くなり、胃液が逆流しそうになるのを無理やり押さえこみどうにかアジトの前まで着いた。そして、胃液も出口に到着した。
腹の中が軽くなったまま、アジトのドアを開き中に入った。幼女になったモモとエネを見せて、どうするか話し合うためにキド達を呼ぼうと声を上げようとした時、各部屋のドアが開き人影が出てきた。ホッとしたシンタローは声をかけようとして、再び固まった。
キド、セト、カノ、マリー、ヒビヤ、コノハ、それぞれ幼女とショタになっていた。
「………なんじゃこりゃーーーーーーーー!!」
暇つぶしはまだまだ続くようだ。