平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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099:Q・唐突に生えてくるものな~んだ?

「あー……なるほど。前に安室達と一緒に調べた屋敷とかなり雰囲気似ていますねぇ」

 

 窃盗事件をでっち上げようとした男が、まったく悪びれずにビデオを回す中、一行は城の中を探索していた。

 

「大体、こういうお屋敷――っていうかお城のメインは隠された天井裏か地下室と相場が決まっているんですが……」

 

 その探索の中心となっているのは、瀬戸瑞紀。かつて、こことは違う、だが非常によく似通った屋敷の仕掛けを全て明らかにした女。

 浅見透が頼りにする一人として。また異色のトレジャーハンターとしてゴシップ誌に紹介された女である。

 

「ん~……お城……そう、実質お城なんですよねぇここ。……でも、扱いとしてはお屋敷ですし……んむむむむ……」

 

 先ほどから瀬戸瑞紀は、次々に隠された金庫や財宝の数々を発見している。

 だが、いつもならば発見の一つ一つに一喜一憂してコロコロ変わる表情が、今は真面目そのものだった。

 

「どう、瑞紀さん? 怪しい所にもう目星が?」

「あ、真純ちゃん……う~~ん、そうですねぇ」

 

 自分の観察眼と推理にそれなりの自信をもつ世良も、瀬戸瑞紀には一目置いていた。

 服部平次も同じように、瀬戸の言葉を待っている。

 遠山和葉は、その平次の態度が気にくわなかったのか頬を膨らませている。

 

 普段ならすでに動きまわっているコナンも、瀬戸の隣で大人しく。だが真剣に考え込んでいる。

 世良は同じような仕草をするそんな二人を興味深そうに観察しながら。

 

「ねぇ、このお城って地下室とかあったりする?」

 

 先に口を開いたのはコナンだった。

 

「いいえ、ございません」

「なら、喜市さんの部屋はどちらに?」

 

 その次に口を開いたのは瀬戸だ。

 天井に装飾などに、時折ライトを当てて調べながらそう聞く。

 

「それならば、一階に喜一様の書斎がございます」

 

 その言葉になんらかの確信を得たのだろう。

 コナンと瀬戸は、互いに目配せをして小さく頷く。

 

 世良はその様子をじっと見つめ――探索よりも警護役に徹している沖矢は、静かに笑っていた。

 笑って――そして突然、何かに気付いたように窓の外へと顔を向けた。

 

「? なんや昴のにーさん、なにか見つけたんか?」

 

 それに気付いた服部が尋ねると、沖矢はいつも通り薄い笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「いえ、別に? ただ――」

 

 

 

 

 

「――窓には近づかない方がよさそうですね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おや、起きたかい?」

 

 気が付いたら助手席で完全に眠りこけていたようだ。

 

「すみません、白鳥刑事。勝手に眠っちゃって……」

「気にする事は無い。むしろ、君は少しでも寝ていた方が良かっただろう」

「出来る事ならベッドの上で寝ていて欲しいんですけど……ねぇ、浅見探偵?」

 

 いやもうホントごめんね、瑛祐君。

 そうだよね、お姉さんとのパイプ役が勝手に死んだら悪いよね。

 でも死なないって決めているからそこは安心してほしい。

 ほら現に大怪我しても死なないじゃん。

 この間もジャケット無しで銃弾死ぬほど叩きこまれて死ななかったし。

 

「しかし……キッドはどう動くのだろうね? 浅見君」

「キッドですか?」

「あぁ。エッグを諦めるのか、あるいは奪い返しに来るのか……それともやはり、あの海で死んでしまっているのか」

「多分、もう向こう側の中に混ざっていると思います。少なくとも、死んではいないでしょう」

 

 少なくとも、死体が上がったと言う事はないはずだ。それならとっくに白鳥刑事に連絡が入っている。

 というか、キッドは多分何をしても死ぬことはないだろう。

 これまでの印象として、そういう役にいるタイプじゃない。

 多少の鉄火場というかアクション映画的シチュエーション程度なら問題ないだろう。

 

 それに、穴が空いていたというマントにも血痕らしきものはついてなかったらしいし。

 自分が起きている間に白鳥刑事が、こちらの事を伏せて佐藤刑事に電話をしてくれたのだ。

 佐藤刑事、今は高木刑事や千葉刑事と一緒に俺を探しまわっているらしいけど……

 

(……また病院かぁ。裁縫関連の道具、先に持ちこんでおいて良かった)

 

 なんとなくポケットに入っていたコインを手で弄びながら、これからの事を考える。

 この件、無事に終わればいいが……あるいは更に面倒な事につながる可能性がある。

 念のために保険はかけているが……こう、なんというんだろうか?

 フラグらしき行動や事件に対しては、その後起こり得る事のための保険が効くのは今まで散々試してきた。

 

(まぁ、それも夏美さんに関わる色々を無事に解決できたらか)

 

 だが、フラグそのものへは介入出来るのだろうか?

 例えば、秘書の幸さんが起こそうとした事件――つまりは俺が燃えた事件だが、あの時すでに死者は出ていた。自殺だったが……それでもきっかけとなる事件自体は防げなかった。

 いやまぁ、知りようもないからしゃーないといえばしゃーないのだが……。

 

「白鳥さん、あとどれくらいで着きます?」

「そうだね……一時間前後と言ったところじゃないかな?」

「……そうですか」

 

 もっと飛ばせませんか? という言葉が口から飛び出しそうになるが、それは酷というものだ。

 警察の人に度を越した速度超過を促すわけにもいかないし、仮にキッドだったとしたらそれはそれで悪い。キッド自身にも、白鳥刑事にも。

 

(一時間、か。キャメルさんは恐らく付いているだろうし、七槻達が来ているのなら多分沖矢さんも……)

 

 警護関連では事務所一のキャメルさんと、安室さんと並ぶ万能型の沖矢さんがいるならば守りとしては十分。攻めるにもコナンがいる以上問題はないだろうが……

 

(どうせまた爆弾仕掛けられてるんだろ? となりゃあ、コナン達と離れてタイミングがズレている今なら……)

 

 自分一人が吹っ飛ばされるのならばまだいいのだが、今回は七槻達が中にいる可能性が十二分にある。

 出来る事なら離れていて欲しかった。

 鉄火場に慣れた事務所メンバーはともかく、一度も銃や刃物と相対した事のない七槻とふなちが耐えられるかどうか。

 

 そういう状況を防ぐには……。

 

(爆発。あるいは火災といったトラブルばら撒く仕掛けがあると仮定しよう。それが起動するタイミングは、これまでの経験と、物語(ストーリー)的に考えてコナンが犯人に気付いた瞬間か、あるいは推理で追いつめた時のハズ)

 

 逆に言えば、コナンが完全に気が付く前に到着。仕掛けに気が付けば対処が可能だ。

 コクーンを利用したシミュレーター。そして今までの経験のおかげで爆発物に関してはかなりの自信がある。

 そうだ。仕掛けに関しては大丈夫だろう。

 

「キッドといえば――浅見探偵」

「? どったの? 瑛祐君」

「いえ、先ほどから気になっていたのですが……そのコイン」

 

 コイン?

 

「右手に持っている奴ですよ」

 

 ……あぁ。さっきからいじくっていた奴か。

 

「良く見るとそれ、表も裏も同じじゃないですか?」

「あぁ、簡単な手品グッズでな。コイントスで決めるって言ってこっちの要求通したりするのに使うんだ」

「……邪な事に使ったりしていませんよね?」

「最近使ったのは……哀に表なら晩酌に一缶追加、裏なら飲むのは二日に一回にするってイカサマに使った」

「…………」

 

 なにその微妙な顔。

 少なくとも他人に迷惑かけるやり方は、コイツ買ってから一度も……

 

(――あれ? そういやこのコイン、いつ買ったっけ?)

 

 確か……ちょっと前にデパートで、手品グッズのコーナーが懐かしくなって……。

 うん……うん?

 

(なんで懐かしいんだっけ?)

 

 昔手品を――あぁ、施設の頃に……、なんかのイベントでマジシャンの人が……。

 ……来た……っけ?

 

「? 浅見君、顔色が悪いけど……ひょっとして酔ったかい?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事してて……」

 

 誰が来たか思い出せるか?

 ノー。薄ぼんやりとしていて分からない。

 

 マジックについての知識は?

 ノー。それなら、あのアクアクリスタルの時に源之助がシーツを手放さなかった意図だって気付けたはず。

 

 なら、手品を習った事はあるか?

 

 

 

 ……ノー。

 

 

 

 だけど薄ぼんやりと記憶はある(・・・・・・・・・・・)

 忘れているとかじゃない。思い出せないとかではない。

 まるで、紙に垂らしたインクの染みが、裏側の方までじんわり染みていくような……こう……なんだ?

 

 それよりも古いはずの師匠との事はハッキリ思い出せる。

 前に、見覚えがある感じがしたカリオストロ家の紋章も、なんというか記憶に違和感はない。

 だけど、これは……

 

「俺、手品とかに興味を持った覚えないんだけどなぁ」

 

 完全に独り言のそれに、瑛祐君が反応する。

 

「え、でも前に浅見探偵、トランプを手の平から消したり出したりしてたじゃないですか?」

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 相変わらず、分からない人だ。

 事件の話をするかと思えば手品の――それも自分の記憶について考え込んでいる。

 

「瑛祐君、それ、いつ見た?」

「もう結構になりますけど……事務所の机で考え事している時に、なんか無意識にやってましたけど……」

 

 うん、確かそうだ。間違いない。

 だって自分が覚えているもの(・・・・・・・・・・・・・)

 

「……そっか。俺、手品してたんだ。そっか……そっかぁ……」

 

 そういうと浅見探偵は、眠るために倒していたシートを元に戻して、手を握ったり開いたりしている。

 そして、『そっかそっか』と小さくつぶやくと、後は何も言わずに窓の外へと目を向けて。

 

 

 

 

「そういう事になりやがったのか、クソッタレ」

 

 

 

 そんな意味の分からない事を吐き捨てるように呟くのだ。

 

(……やっぱり、この人はよく分からない)

 

 あと一時間で、目的地に――エッグを巡る事件に決着を付けるというのに……。

 浅見透という探偵は、一体何を見ているんだろう?

 

 

 


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